第拾八話
三人目の帰還者
第3新東京市からジオ・フロントへ降下する巨大エスカレーターにミサトとリツコが乗っていた。
「で、残った参号機はどうするの?」
ミサトは気になっていた事を恐る恐るリツコに聞いた。
ずっと気になっていたのだが、なかなか聞くタイミングを掴めなかったのだ。
結果、唐突に質問したような形となってしまった。
「ここで引き取ることになったわ。米国政府も第1支部までは失いたくないものね」
そんなミサトの心中を気にもせずリツコはジオフロントを見下ろしながら返事をする。
「参号機と四号機はあっちが建造権を主張して強引に造ってたんじゃない。今更危ないところだけうちに押しつけるなんて虫のいい話ね」
「あの惨劇の後じゃあ、誰だって弱気になるわよ」
怒りを顕わにするミサトに対してリツコは心ここに有らずといった感じで慰める。
その事に怪訝な表情をするも、ミサトは更に気になる事を尋ねた。
「起動実験はどうすんの?例のダミーを使うの?」
「パイロットも送られて来るらしいわ」
リツコのその解答にミサトは驚きを隠せなかった。
下から吹き上げる風がミサトとリツコの髪を靡かせる。
「よもやゼーレが直接送り込んでくるとはな」
「・・・老人達も焦っているのでしょう」
司令室では新たなチルドレンの資料を見て首脳陣が唸っていた。
現在、ゲンドウ、冬月は既に如何にゼーレを欺くかに尽力している。
ゼーレの画策する人類補完計画は、ここに来て漸くゲンドウ達にもその全容が見えてきていたのである。
ユイの提唱する人類補完計画は、アンチATフィールドにより人類の心を今より少しだけ触れ合わせるだけの物である。
しかし、アンチATフィールドはATフィールドより解明されていない事が多い。
それを使う事は、核の扱い難さを無視して核爆弾とした某大国の犯した罪と何ら変わる事はない。
しかも今回の被害は一国ではなく、全人類、いや全生命体に及ぶのだ。
老人達は、それで人類が溶け合った時に、選ばれた種族である自分達の精神であれば、主導権を握れると信じて疑っていないのだ。
だから、サードインパクトで群体である人類を単体の完成された生命体とし、神への階段を上れると信じている。
それこそ妄想。
そこにあるのは、自分達の精神力ならと言う過信を疑わない愚かな思考を裏打ちとした幻想以外の何物でもない。
「この容姿、気になるわ」
「アルビノ・・・だけでは片付けられないわね」
ゲンドウ達とは、また違った思考でユイ達は困惑していた。
「初めてレイ君と逢った時と同じですわ」
「偶然発見された?とは考え難いわね」
シンジの真実を知っているユイや朧気ながら理解しているナオコとキョウコはそれぞれの真実を以て困惑している。
「渚カヲル、過去の経歴は抹消済み」
「ただ、生年月日はセカンドインパクトと同一日」
キョウコはドイツでの経験を元に、ユイはシンジの記憶を元に、ナオコは零号機での経験を元に、第壱拾七使徒となるであろう少年に複雑な思いを浮かべる。
「破棄されたダミープラグの開発が進められていたと考えるべきね」
「即ち、アダムの因子をなんらかの形で取り込んでいると?」
キョウコの知識からの言葉に導き出された内容を示唆したのはナオコである。
「その可能性が高いわ」
「参号機のコアは?」
「報告上は何もインストールされていないわ」
「つまり、アスカちゃんとは違いレイ君達と同じと言う事ね」
資料に添付されている写真には銀髪に紅い瞳の少年が、アルカイックスマイルを浮かべていた。
巨大なクレーンによって細長い円筒状の赤い物体が運ばれてきた。
見上げているのは冬月を除く首脳陣である。
円筒の曲面に合わせた四角いプレートには文字が刻印されていた。
DUMMY SYSTEM EVANGELION <2015> REI-03
「試作された参号機用のダミーシステムです。零号機用の改良のためレイちゃんのパーソナルが移植されています。あくまでフェイク、擬似的なものにすぎません。パイロットの存在を模倣する、ただの機械です」
「信号パターンをエヴァに送り込む。エヴァがそこにパイロットがいると思い込み、シンクロさえすればいいわ」
「まだ、問題が残っています」
「参号機の公開されているデータは当てにならないですものね」
「どちらかと言えば弐号機に近いはず、アスカちゃんのデータを使った方が良かったんじゃない?」
「それも考えましたが、最終調整は零号機でやるしかなかったもので」
「・・・構わん。エヴァが動けばいい」
「はい」
返事はしたものの、リツコの顔色は優れなかった。
ダミーシステムが一発で動いた実績は無かったのだ。
実際にエヴァにエントリーさせ、細部を色々と調整して、漸く動いたのである。
しかし、本部では零号機と弐号機を動かした実績はある。
リツコは、零号機で調整を行いながら、弐号機に乗せた時の違いをフィードバックしながら調整した。
それでも不安は拭いきれなかったのである。
「機体の運搬はUNに一任してある。週末には届くだろう。後は君達の方でやってくれ」
唐突な話だがそれが参号機の事であるのは、ここに居る人間達には解りきっていた。
「はい、調整ならびに起動試験は松代で行います。」
「そう言えば、新しいチルドレンが来るんだって?」
「参号機と一緒にらしいですよぉ」
「なんでレイ以外は、子供なんだろう?」
居酒屋で話をしているのは、オペレーターズのマコト、シゲル、マヤである。
「先輩の話では、セカンドインパクト後に産まれた子供達に、その資質があって、レイ君が異質らしいですぅ」
「謎だな」
「だな」
「ですぅ」
「参号機の起動実験は松代でやるらしいけどマヤちゃんは行かないの?」
「はい、先輩と葛城さんが行くそうですぅ。起動実験はまずダミーで行う予定らしいですよぉ」
「なんで態々松代でやるんだ?」
「空輸されてくるかららしいですぅ。ここには発着できる施設がないですからぁ」
「いや、その後、陸路で運んでもいいわけじゃない?」
「時間の節約ってやつかな?」
「それでも、こちらに運んで来ないと運用は出来ないわけだし、向こうで起動施設を作るのも結構大変だぜ?」
「それが、何故か松代には既に、起動施設があるんだな。まぁ野外施設らしいけど。うちのバックアップだから一通りは有るらしいぞ」
「弐号機の時だってそんな事しなかったのに」
「弐号機は横須賀に陸上げしたから、松代は遠回りになるからじゃないか?」
先程から疑問視しているのはマコトである。
要はミサトが出張なのが気に入らないらしい。
「MAGIのバックアップも有りますぅ」
その時、入り口の扉が開き、シンジとレイが入って来た。
「あっレイ君!こっちこっち!」
「今日は3人揃って大丈夫なんですか?」
「入ってくるなり、それは無いんじゃない?」
「明日の松代の件でシフトがずれてね。その代り明日は早朝出勤さ」
「それも大変ですねぇ。あっ僕はビール、この娘には烏龍茶を」
注文を取りに来た、アルバイトの女の子にシンジは、軽くオーダーした。
「食べる物も頼んでくれよ。もう頼んだのは殆ど来ちゃったんだ」
「あっじゃぁレイ、好きな物頼んで」
「・・・了解」
その堅い言葉とは裏腹にニヤリと笑うレイ。
シンジは、しまったと思ったが、時既に遅しであった。
「で?レイは新しいチルドレンの事は何か聞いている?」
「え?あぁ資料は見せて貰いましたよ」
「どんな子なの?」
「明日には皆にも資料は回りますよ。日向さんはもう見たんじゃないですか?」
「あっうん、でも葛城さんに届ける時にチラッと見ただけだから」
「なんだよマコト。知ってたんなら教えてくれたっていいのに」
「ケチィ」
「・・・銀髪に紅眼のナルシスホモよ」
口を尖らすマヤに答えたのは、以外にもレイであった。
「レイちゃんも見たのかい?でもナルシスホモって・・・」
「・・・そんな気がしただけ」
つい言ってしまった言葉に眼を泳がせるレイ。
少なくとも、資料に【ナルシスホモ】などとは書かれていない。
「ハハ、レイちゃんからそんな言葉が聞けるとはね」
「ナルシスって事は美形なの?」
「美形だと思いますよ」
「う〜んエヴァのパイロットの資質って容姿?」
「僕が居るんですから、それは無いですよ」
笑いながら言うシンジの言葉に、レイを含む全員が溜息を漏らした。
「でも同年代の美少年が来るとなると、レイちゃんも遂に兄離れが出来るんじゃない?」
「・・・それは無いわ」
冷たい空気がマヤとレイの間に発生する。
シンジはタハハと乾いた笑いを出す以外に術は無かった。
「フンフンフ・フフフフ・フフフフンフフ〜ンフフ・・・フンフンフ・フフフフ・・・・」
シンジとレイが帰り道を歩いているとベートベン第九の鼻歌が聞こえてくる。
街灯に照らされたガードレールに座る、銀髪の少年。
明らかに待ち伏せと解る、不自然な登場であった。
「歌はいいねぇ、歌は心を潤してくれる。リリンの産み出した文化の極みだよ。そう感じないか、碇シンジ君」
「・・・出たわねナルシスホモ」
「レイ・・・君は渚カヲル君だね?僕は綾波レイ」
「そうだったね、シンジ君」
「渚君?」
「カヲルで良いよシンジ君。君は僕と同じだね。あ・や・な・み・れ・い」
「い、いや、そうなのかな?」
「・・・私は私、貴方じゃないわ」
カヲルはレイに対して言ったのだが、シンジも現在は綾波レイであるため、カヲルの言葉に答えてしまう。
「ふふふ、困惑しているようだねシンジ君」
「と、取り敢ず立ち話もなんだし、僕の家に来ないかい?」
「それは、嬉しい提案だね。是非お邪魔させて頂くよ」
レイの冷たい視線をものともせずにカヲルはシンジにニッコリと微笑んだ。
その頃、NERVではミサトとリツコが翌日の参号機起動実験について打ち合わせを行っていた。
打ち合わせとは名ばかりでミサトがリツコの執務室に押し掛けただけではあったのだが。
反射光を抑えた柔らかな照明の元、リツコは端末を叩いている。
そのすぐ脇でミサトが暇そうにコンソールに半分体重をのせながら寄りかかってコーヒーを飲んでいた。
「松代での実験は明日だけど、パイロットどうするの?結局ダミーだけ?」
唐突に切り出したのはミサトであった。
「また書類を読んでいないのね。実験にはまずダミーシステムを使用。予備にフォースを連れて行くわ」
「フォースも一緒に来るのかしら?」
「フォースの通達は回ってるはずよ。ちょっと待って・・・あぁこれね・・・って今日じゃない!貴女何してるの?!」
「えっ?私聞いてないわよ!」
そう言ってリツコから書類を引ったくったミサトは、顔を青くした。
それは何日も前の日付で回されている通達事項。
しかもかなり緊急度と重要度が高く設定されている。
「やっばぁ〜、リツコ!フォースが今何処に居るか解る?」
「解るわけないでしょ!チルドレンの管理は貴女の仕事よ!」
頭を抱えながらもリツコは、端末を操作し、フォースチルドレンの行方を探索し始める。
それを、コーヒーを飲みながら見ているだけのミサト。
確かにミサトに出来る事はないのだが、なんとなく苛立つ。
(なんで私はミサトなんかと親友やってるのかしら?)
大学時代から何度となく繰り返した自問を繰り返しながらリツコは端末を操作した。
「駄目ね、場所を特定出来る物を持ってないのか、第三に未だ到着していないのか」
「そんなぁ〜保安部は何をしているのよ!」
「そんな〜もこんな〜も、本来貴女が迎えを手配するのが筋でしょ。保安部だって命令が来てないなら動いているはずないでしょ!」
(う〜日向君なんでこんな大事な事、教えてくれなかったのよぉ〜)
リツコに言い返せないミサトは常に自分の為に色々と便宜を図ってくれる部下を詰っていた。
実は、日向はちゃんとミサトの眼につくように、机の上に溜まっている書類の一番上に目立つ様に付箋紙まで貼って置いていたのだ。
日向としては、シンジもアスカもミサト自ら迎えに行ったため、今回もミサトが迎えに行かないまでも指示は出すだろうと、手を打っていなかったのだ。
全く救われない哀れな男である。
更にリツコが追い打ちを掛けようとした時、リツコの携帯が鳴り響いた。
リツコの携帯に直接掛けてくる人間は限られている。
携帯の発信者を見てリツコは少し眼を見開いた。
【綾波レイ】と携帯のディスプレイに表示されていたのだ。
リツコは顔を少し綻ばすと電話に出た。
そのリツコの動作にホッと胸を撫で下ろすミサト。
当面の直撃は回避されたからだ。
「はい、リツコよ。何かしら?」
幾分、声のトーンも高い気がする。
ミサトは(このショタが)と心の中で謂われのない中傷を行っていた。
しかし、流石のミサトもそれを声に出したりしない。
何より、リツコをそう言うことでからかった時の恐ろしさを知っていたからだ。
遠い、学生時代の事を思い出しミサトは身震いする。
そんな失礼な事を考えているミサトの事など眼中に入れず、リツコは滅多に見せない優しい顔で電話に応対していた。
「えぇ、解ったわ。それじゃ宜しくね。明日の朝一緒に連れてきてくれれば良いわ」
そう言うと嬉しそうに電話を切るリツコ。
「なんだったの?」
ミサトの声に振返ると一変して険しい顔を向けるリツコ。
全く、この女の悪運には呆れる。
それがリツコの思いであった。
「な、何よ、そんな恐い顔して」
「貴女、本当にいい加減に自分の仕事しないと首になるわよ。フォースは偶々レイ君が保護したそうよ。今日はレイ君の家に泊めて明日連れてきてくれるって」
「うそ!ラッキー!」
全く悪びれもしないミサトの態度に盛大な溜息を吐くリツコ。
「そう言う訳だから、明日は遅刻しないで頂戴。ここで彼と合流して連れて行く事になるわ」
「任せておいて!」
ウィンクをし、コーヒーを飲みながら返事をするミサト。
遅刻魔のミサトに全く説得力を感じず、明日の朝は早めにミサトに電話を入れようと決意するリツコであった。
「はい、はい、そう言う事でお願いします。はい、今日はこちらに泊めて明日一緒に連れて行きます。はい、じゃぁそう言う事で」
シンジは電話を切るとふぅっと息を吐いた。
「NERVの方には連絡しておいたから。でも護衛も付けないってどう言うつもりだろうね」
「なんか迷惑を掛けたようだね」
シンジの家に着き、今は3人で紅茶を飲んでいる。
一応シンジは家に着くまでになんとか、状況を整理出来たつもりで居る。
しかし、NERVの方でカヲルの扱いがどうなっているのか不明なため、NERVに連絡を入れていたのだ。
案の定、ミサトが書類を読んで居なかったらしく、本日チルドレンが到着する事は既に通達が来ていたのだが、シンジにその件が伝わっていなかったのだ。
因みにチルドレンの情報はユイから直接資料を貰って居た。
ユイが心配して、いち早くシンジに知らせたのである。
「いや、本当NERVって風通し悪すぎて、カヲル君を一人で来させるなんて考えられないよ」
「それは、僕が望んだ事なんだけれどもねぇ」
「だとしても、護衛の一人や二人は付けるべきだよ。全く人類存亡を救うチルドレンとか言いつつ、相変わらずこういう所がお粗末なんだよなぁ」
「ふふふ、シンジ君は変わったね」
「まぁね、レイに鍛えられたから」
「・・・問題ないわ」
レイはシンジの横で楚々と紅茶を飲みながら氷の視線で、カヲルを牽制する。
「それでカヲル君は、どうやって来たの?」
「飛行機で第二東京に着いて、リニアでだよ」
「カ、カヲル君らしからぬ、ベタなボケだね・・・」
「おや?質問の意図を間違えていたかい?話の流れからそう言う事だと思ったんだけど、僕もまだまだだねぇ」
相変わらずのアルカイックスマイルを浮かべて答えるカヲルに、シンジにはそれが本心なのか冗談なのか判断はつかなかった。
「それで本当の所はどうなの?」
「ふふふ、僕は元々レイ君と融合していたんだよ。だから君達と一緒にこちらに来た。僕の場合、こちらの器に引き寄せられて目覚めたのはプラントだったけどね」
「それって、どう言う事?」
「アダムは卵に還元したから、その魂は有るけど空のような物なんだよ。僕はそのサルベージされた魂だからね。空の殻を器として入ってしまったと言うところかな?」
「でも僕達は、こちらの僕達には入らなかったよ」
「こちらのシンジ君は魂として存在するからね、リリスはこちらのリリスと一緒になったんじゃないかい?」
「確かに、そう言われれば・・・でもそれはレイが力を使い果たしていたからだって」
「そう、僕とは逆だね。こちらの魂で元の魂を補完したと言う形かな?」
「そうだったんだ、でも、カヲル君?」
「なんだい?シンジ君」
「カヲル君の素体は僕が破壊したはずなんだけど」
「そうだったね。それについてはお礼を言っておくよ」
「時既に遅しだったって事?」
「そうなのかな?僕は、既に人についての教育課程に入っていたからね」
「そっか・・・」
カヲルの言葉に落胆の表情を浮かべるシンジ。
「も、もしかして僕が生きていたのは迷惑だったのかい?」
「いや、今度はカヲル君を殺さなくていいようにと思ってやったんだけど、無駄だったんだなぁと思って」
「無駄じゃないさ。おかげでダミーシステムは開発されていないし、何より、またシンジ君に逢えたしね」
「それで、僕はまたカヲル君を殺さなければいけないの?」
「なんでそう言う事になるのかとても不可解だけど、それがシンジ君の望みなら僕は甘んじて受けるよ。僕にとって生と死は等価値だからね」
「やっぱりそうなの?」
「アダムより産まれし者はアダムに還る。でもサルベージされたアダムの魂は僕と共にある。僕はこのままアダムの末裔として生きる事も出来るし、死んでアダムに還る事も出来るんだ。そして、今アダムの本体はシンジ君にある。僕に取ってはシンジ君と共に生きるのもシンジ君と一つになるのも同じと言う事だよ」
「カヲル君・・・」
カヲルの長い口上。
14歳のシンジであれば、理解する事は出来なかったかもしれない。
しかし、流石に今のシンジはカヲルの言わんとする事が理解出来た。
「ところでシンジ君、シャワーを浴びさせて貰えるかい?」
「あっ気が付かなくてごめん。久しぶりに一緒に入ろうか?」
「それは、願ってもない事だねぇ。是非お願いするよ」
その時、レイの瞳が輝いた事に、二人は気が付かなかった。
カコーンと言う音が何故か響くシンジ宅の風呂場。
そこは、マンションの一室にしては、やけに広い風呂場であった。
結構大柄なシンジとカヲルが二人で浸かっても、まだ余裕のある湯船。
ふと触れたカヲルの手に、シンジは反射的に手を引っ込める。
「相変わらず、一次的接触を極端に避けるね君は、怖いのかい?人と触れ合うのが?他人を知らなければ裏切られる事も、互いに傷付くこともない。でも寂しさを忘れる事もないよ。人間は寂しさを永久に無くす事はできない、人は一人だからね。ただ忘れる事が出来るから人は生きていけるのさ」
「いや、カヲル君、普通、男同士では一次的接触は好まれないんだよ」
「そうなのかい?」
その時、扉が開く音と共に入ってくる者が居た。
「レ、レイ!」
「おや、君も一緒に入るのかい?」
そこには一糸纏わぬレイが、前も隠さず平然と湯船に近付いてくると、お湯を一振り身体に掛け、シンジとカヲルの間に割り込んできた。
最近ではシンジが風呂に入ってるとよく入ってきていたのだが、シンジは別な意味で慌てる事となった。
「レイ?カヲル君も居るんだよ?」
「・・・問題ないわ」
「僕とシンジ君の間を裂くとは、好意に値しないね」
「・・・私を通してなら許してあげるわ」
「それは、3Pグフッ!」
何かを言い掛けたカヲルの顔面にレイの肘が直撃する。
カヲルは湯船に鼻血を撒き散らしながら後ろ向きに倒れる。
「・・・下品ね。私達に性器の接触は意味がないわ」
「レ、レイ・・・」
そう言いながらもシンジにしがみ付き、足まで絡ませているレイ。
(だったら何で僕の太腿に擦り付けるのさ!)
真っ赤になっているシンジの叫びは二人に届く事はない。
「しかたがないねぇ。それが妥協点と言うところだろうね」
いつの間にか復活したカヲルが、大袈裟に肩と両手を挙げ同意を示す。
「・・・碇君、私と一つになりましょう。それはとてもとても気持ちの良い事なの」
「行為に値するよ」
そう言いながらカヲルはレイの後ろから抱締める。
その手は、シンジまでを掴まえている。
バコンと言う激しい音と共にカヲルが湯船にプカプカと浮いていた。
眼を瞑るシンジ。
そこには、優しく微笑むレイとカヲルが居る。
今、3人はシンジの身体を母体として融合していた。
文字通り一つになっているのだ。
魂が重なり合った3人に言葉は必要ない。
各々の想いが映像や感覚となり、各々に伝わる。
そこは眩いばかりの世界。
微笑みを湛えるレイとカヲル。
其々の想いが重なり合う空間。
シンジの優しさが、レイの慈愛が、カヲルの友愛がその場を形成する。
そこは、眩し過ぎず、明るい春の日差しに照らされているような暖かい世界。
しかし、一度他の存在に触れると、その空虚であったり悲しみであったりする物に触れる。
それらをも包み込む各々。
お互いに相手の苦痛となるものを包み込み癒そうとする。
それは、拒絶と言う物が全くない3人であるが故に感じる安息。
サードインパクトでLCLとなり魂の表層上だけが触れ合った状態とは全く違った完全なる融合。
相手のあるがままを受け入れる事が出来る3人ならではの現象であった。
様々な感情が鬩ぎ合う人間同士であれば、こうは行かない。
純粋なシンジ達であるために実現する事である。
レイがカヲルを受け入れるのは、元々一つだったから。
シンジを慈しみ大事に想っているレイをカヲルが拒絶するはずもない。
シンジの成長を掛け値なしで喜ぶレイとカヲル。
あの、14歳の頃感じたまま変わらないレイとカヲルに安堵するシンジ。
身体は睡眠状態でありながら、3人は溶け合う時間を満喫していた。
朝日が部屋を照らす頃、光輝くシンジの身体からゆっくりと2人が実体を象っていく。
「もう終りなのかい?」
「うん、カヲル君も僕達もNERVに行かないといけないからね」
「それは名残惜しいねぇ」
「・・・そうね」
珍しくレイがカヲルに同意する。
その顔は、本当に残念そうだ。
レイも久しぶりにシンジと一つになったのである。
嘗ては、一つになったまま10年程過ごしていたのだ。
やはり、身体を分つより一つになっている方が充実しているらしい。
「ごめんよ。でも、もう暫くは・・・」
「解っているよ、シンジ君」
皆まで言うなとカヲルはシンジに微笑んだ。
「・・・問題ないわ」
カヲルに先を越された事が不満だったが、レイもそう言うとシンジに微笑んだ。
3人が微笑み合うその姿は、誰もが羨むであろう安らぎの空間であったが、それを見る事が出来る者は居なかった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。