第拾六話
ミサト覚醒


夜も更けた丑三つ時。
カコーンカコーンと何処からともなく音がする。

「加持さん!いい加減にして下さい!面会時間過ぎている処じゃないですよ!」
「いやぁ〜悪い悪い、つい、うとうとしてしまったようだ」
ここはミサトの病室であった。

音は見回りの看護婦の足音であったようだ。
加持は、その諜報能力でちょくちょく夜中に病室に忍び込んでいたのだ。

何に能力を使っているのやら・・・
いや、男たる者、愛する者のためにこそ、その能力を使うべきか。
そう言う意味では加持もゲンドウも正しい能力の使い方をしているとも言える。

その時、加持の握っていたミサトの手が動いたような気がした。

「葛城?」
「ぅっ・・・ぅぅん」

「看護婦さん!先生を!」
「は、はい!」
慌てて踵を返し走って行く看護婦。

「加持君・・・」
掠れるようなミサトの声。

ミサトが目覚めた時、加持が手を握っていた。
眼には涙すら浮かべている。

「葛城・・・」
加持は感極まりミサトを抱締める。

「加持さん!葛城さんは病人なんですよ!」
そこに看護婦が医師を連れて入ってきて、加持を諫める。

加持は「申し訳ない」と言い、頭を掻きながらその場を医師達に明け渡した。



「漸く眼が醒めたのね」
連絡を受けリツコがミサトの病室にやって来ていた。

「リツコ・・・」
流石に何週間も目覚めなかったミサトは覇気がない。
顔も蒼白で唇も色が無かった。

「一応検査上、肉体的には問題ないわ。後はメンタルな部分だけど、どう?」
「リツコ・・・」
リツコの事務的な話が終ったところでミサトは、今まで天井に向けていた顔をリツコの方に向けて声を出した。

それは今までのミサトからは想像も出来ない、少なくともリツコの知らないミサトの顔であった。
何処か、置き去りにされた子犬のような、迷子のような瞳。

「何かしら?」
それをリツコは、病人特有の弱気であろうと、比較的優しく問い掛けた。

少なくとも大学時代からの親友である。
天涯孤独のミサトとして、心細くなったのかもしれないと思い直して。

「私に一体、何があったの?」
それはリツコに取って予測された質問であったが、無防備に受け止めたリツコは少し狼狽えてしまった。
しかし、そこはリツコである。
一瞬で気を取り直し用意していた言葉を発する。

「貴女は何処まで覚えているの?」
「・・・MAGIにハッキングをしている処で、気が遠くなった。気が付くと紅い世界で自分と対峙していたわ」

(やはり使徒と接触している時にも意識はあったと見るべきね。興味深いわ)
リツコは内心、嬉々として耳を傾け先を促した。

「それで?」
「・・・そこからは、夢の中の出来事のようだった。私と一つになりたいと彼女は言ったの。それを断ると良い物を見せてあげるって」

「良い物?」
「えぇ、私の14歳の時、その時は何をしているのか解らなかった。南極での実験。それから私がされて来た事。使徒について。エヴァについて・・・」

「それは夢ではなくって?」
「解らない。でも夢にしては記憶がはっきりし過ぎているのよ」

「じゃぁ覚えてる範囲で構わないわ。順を追って話してくれるかしら?」
リツコの言葉にミサトは大きく息を吸い込んだ。

そしてそれをゆっくりと吐き出すとぽつりぽつりと話し出す。

「白い大きな巨人。周りの人達はそれをアダムと呼んでいた・・・」
リツコは初っ端から度肝を抜かれたが、そんな事は表情には出さず、ミサトの様子を伺いながら慎重に話を聞くために身を乗り出した。



「以上の事から葛城一尉は、セカンドインパクトの事実から自らがゼーレに施されていたマインドコントロール、並びに使徒戦の意味に加え使徒の心と呼べるのかは不明ですが、なんらかの使徒の感情までをも体験したものと考えられます」

リツコの報告にその場に居た全員が唸るような溜息を吐いた。

「よく話してくれたな」
「彼女もまだ夢だったのか何だったのか不明な状態でしたのと、意識的に未だ正常とは言い難い物がありましたので・・・」
冬月の言葉にリツコが答える。
リツコ自身、よくあそこまで話してくれた物だと思っていたのだ。

「単なる夢では済まされないわね」
「これを機に、退職を勧めてみては?」
ナオコの言葉にユイが反応した。

元々ミサトの能力でNERVの作戦課長になる事は不可能だったのだ。
ドイツ時代の戦績についてもゼーレからのマインドコントロールによる自らが優秀だと思い込んだ無理な戦法による結果であったのである。
味方の被害を無視した特攻によるそれは、戦果だけは高かった。
それでマインドコントロールが解けてしまえば、戦闘指揮など執れるはずもないとこの場に居る人間は考えている。

「・・・回復したら作戦課に復帰して貰う」
「「「「「!!」」」」」
ゲンドウの言葉をその場に居た全員が疑った。

「碇、いくら何でもそれは無茶ではないのか?」
「・・・その後、どう判断するかは彼女次第だ」

「成る程、彼女の判断に委ねると言うのか」
「ふっ・・・問題ない」

冬月の言葉に、その場に居る人間達はなんとか納得させられた。
冬月以外はジト目でゲンドウを見ていたが・・・



「いまさら何を言ってんだか」
披露宴の後、リツコと加持は2人だけで3次会に突入していた。

ミサトは未だ入院中のため同窓生の結婚式にも出席できなかったのだ。

「何年ぶりかな、2人で飲むなんて」
「学生の時以来かしらね」
リツコは加持の相手をしながら、カランとオンザロックの氷を揺らせる。
化粧をし、少しアルコールの入ったリツコは、かなり美人で妖艶であった。

「なぁ・・・葛城は一体どうしちまったんだ?」
「あら?やっぱり気になるのね」

「何があいつの身に起こった?」
「何が?」

「セカンドインパクトや使徒やエヴァについて、夢で見たって言っていたが、あまりにも辻褄が合いすぎている」
「加持君、ミサトが何故入院する羽目になったのか知らなかったのかしら?」

「噂にしか過ぎなくてね。確証が持てない話しかなかった」
「使徒に侵蝕された。しかもその時使徒はMAGIにハッキングを行っていたわ」

「おいおい、冗談だろ?」
「事実よ」
加持に一瞥をくれるとリツコは自らのグラスの中身を飲み干す。

「じゃぁ葛城の言ってる事って・・・」
「多分、全て事実ね。検証の方法は無いけれども。これでNERVを辞めるかもしれないわ」

「あいつはそんなに無責任じゃないさ」
「やっぱり一緒に暮らしていた人が言うと重みが違うわね。」

「暮らしてたと言っても葛城がヒールとか履く前のことだからな」
「学生時代には想像できなかったわよね」

「俺もガキだったし、あれは暮らしって言うよりも共同生活だったな。おままごとだよ。現実は甘くないさ」
「・・・・・」

「そうだ、これ猫の土産!」
「あら、ありがと。まめね〜」

「女性にはね。仕事はずぼらさ」
「どうだか。ミサトには?」

「一度敗戦してる。負ける戦はしない主義さ」
「勝算はあると思うけど」 そう言って微笑むリツコに、加持も暫く見蕩れてしまった。



NERV本部内は今、空前の職場旅行ブームである。
先の司令部企画慰安旅行のスナップ写真が流出したのがその大きな原因である。

各部署の男子職員は、その水着姿のグラビア写真以上の質にデジタルデータをこぞって収集し、その宴会の痴態ぶりに自らの部署での温泉旅行を企画したのだ。

しかし、ここに弊害が訪れる。

女子職員の参加希望が少ないのである。
企画した男子職員としては宛が外れたと言うところだ。
だが、部署の女子職員の殆どの参加希望を取り付けた部署があった。

技術部である。

技術部は、発令所勤務者は殆ど参加済であったが、発令所勤務者で無い者達は当然、自分達もといち早く行動を起こしたのである。
だが、その女子職員の参加希望を取った時に思わぬ声を聞いたのであった。

「温泉旅行も魅力的だけど、やっぱり綾波二尉と一緒って言うのが羨ましいのよねぇ」

この言葉を聞いた幹事は優秀であった。
シンジは発令所勤務とは言い難い。
それで参加できた理由をすかさずシゲルに確認したのである。

当然、シゲルもそこは苦労した言訳なのであっさりと「招待した」と述べたのだ。

これがシンジの不幸の始まりであった。
技術部は、シンジに対し是非参加して欲しいと頼み、シンジはそんな思惑など知らずレイも一緒ならと快く承諾したのだ。

かくして、技術部の独身女子職員は全員参加する事になったのである。

この知らせは各部署の幹事に瞬く間に広がった。
結果、シンジは全ての部署の慰安旅行に同行する羽目になり、月に2回ぐらいのペースでほぼ1年先まで予定を入れられてしまったのであった。

シンジは単に付合っているだけなのだが、レイはこのことによりNERVの温泉博士と言われる程、温泉通となってしまった。

しかし、シンジとレイは未だ気付いていなかった。
ミサトが入院中であったため作戦部だけは、温泉旅行を計画すらしていなかった事を。



プシュッと言う音と共にマコトが入室してきたと思ったら、もの凄い形相で迫ってきた。

「レイ!何時なら空いている?!」
「は、はい?」
突然の怒声とも言える質問に流石のシンジも意味不明で呆けてしまった。

「温泉旅行だよ!温泉!葛城さんが退院したら作戦課に復帰する事が決定したんだ。これで作戦課も温泉旅行に行けるって事だよ」
「そ、それはおめでとうございます」
唾が飛ぶかと言う距離まで顔を近付けてマコトが力説する。

シンジは何か違うぞと思いつつもマコトの勢いに言い出せないでいた。
解りきっている事だが、こう言う時にレイは助けてくれない。
解っていても、視線をレイの方に向けたが案の定、我関せずと言う様子で文庫本を読んでいた。

「で?何時なら大丈夫なんだ?」
「そう言う事でしたら、僕の都合よりミサトさんの都合を確認した方が良いんじゃないですか?」

「本来ならその通りだが、知ってるんだぜ?結構先まで予定が埋まってるんだろ?」
「確かにそうですけど、別にどこかと合同でも良いじゃないですか」

「それもそうだな。よし、葛城さんの所に行ってくるわ」
シンジの返事も待たずに飛び出すマコト。

よっぽどミサトの復帰が嬉しいのだろう。
それとも、温泉旅行が嬉しいのか?
首を傾げて考えるシンジを、キョトンとした顔でレイが眺めていた。



「平和だねぇ・・・」
「・・・そうね」

畳敷きの部屋に、備えられているお茶のセットから道具を取り出し、お茶を淹れながらレイはシンジに答えていた。

シンジは、窓から景色を眺めている。
旅館の部屋から眺める景色は、緑が一杯に広がる山間部の景色。
窓の外からはフィトンチッドの薫りが部屋の中へ漂う。
小川のせせらぎらしき音が、常夏となってしまった今、僅かな涼しさを醸しだしていた。

マコトの尽力により、作戦課の温泉旅行がいち早く決行されたのだ。
作戦課と言っても、総勢20人程度である。
実はシンジとレイのパイロットも作戦課所属である。

ミサトとマコト、それにエヴァのパイロット以外での作戦課要員は、発令所勤務ではなかったのである。
シンジ自身は、作戦課員とは仲がよくやっている。
ミサトの書類関係や折衝関係もマコトが引き受けていたので、作戦課員達は雑用が多く表に出てくる事がなかったのだ。

「・・・(ゴクッ・・・ポリポリ)」
レイはお茶請けに備えられていた地元の御菓子を食べながら日本茶を飲んでいる。

「ミサトさん、なんか雰囲気が変わってたね」
「・・・多分イロウルに色々と見せられたのだと思う」

「使徒って皆、そういう能力があるの?」
「・・・ATフィールドは心の壁、脆弱なリリンの心に入り込む事は容易いわ」

「成る程、それで壊れてないって事は、良いように作用したのかな?」
「・・・それは解らない」

「兎に角、折角温泉に来たんだから、まず温泉に入ろうか」
「・・・ここの温泉は時間差で男女が入れ替わる露天風呂が名物」
密かにレイは近辺にある温泉について詳しくなっている。

「そこが女性タイムになるまで入らないの?」
「・・・他の人に怒られるから」

(・・・確かに)
シンジはレイの相変わらずな感性に冷や汗を流すしか術を持たなかった。



宴会場は当然の如く、阿鼻叫喚、酒池肉林の無法地帯と化していた。
ミサトの独壇場である。

以前と全く変わらずはしゃぐミサト。
そんなミサトにからかわれているマコトは、お酒のせいか顔も赤く、嬉しそうに笑っていた。

「あっらぁん?レイ’ズは、なんか暗いわねぇ」
「いや、地ですから」
シンジはミサトの絡みも軽く受ける。

シンジ目当ての女子職員も一通り落ち着き(潰れてるとも言う)、ミサトが漸くシンジの元へやってきた。
所々に浴衣もはだけ、下着も露わにしている職員達が散乱している。

女性職員だけではなく、男性職員も混ざって居る事が些か眼の保養に程遠い光景へと落とし込んでいた。

「ねぇ、レイ?昔、貴方、私に言ったわよね?」
「え?何の事でしょう?」
手に持ったお酒をチビチビとやりながら、ミサトの相手をするシンジ。

レイはシンジの膝を枕にして眠っている。
シンジは、そんなレイの頭を撫でていた。
レイは酔った訳ではないのだが、このような席では、こういう事が出来ると学習したのである。

これがレイが何も言わず参加する理由の一つでもあった。

「本当に使徒が復讐の相手なのか?って」
「あぁドイツでの事ですね?よく覚えてますねぇ」

「貴方は知っていたの?セカンドインパクトの真実を」
「何が真実なのかは解りませんよ。僕はその場に居なかった」

「私は居たのに真実を見誤っていた」
「そうなんですか?」

「あれは、きっと使徒が言い掛かりをつけるなって言う私への警告だったのね」
ミサトが宙を見詰めながら呟く。

それは、使徒に侵蝕された時の事を言っているのだろう。
何を見たのかシンジも聞いていた。
ミサト自身、自分で消化できず、手当たり次第に話したのかも知れない。

普段フランクな態度を貫いているミサトだが、その実、友達は少ない。
従って手当たり次第と言っても、リツコ、加持、シンジぐらいの物である。

そんなミサトをシンジは優しい眼差しで見詰めていた。

「でもね?今度は、何故私があそこに居なければいけなかったのかが疑問なのよ」
「お父さんに連れていかれたんじゃ?」

「そうよ、だけど南極よ?幾ら何でも14歳の少女を連れて行くには過酷過ぎるわ」
「ミサトさんなら、なんともなさそうですけど(イテッ)」
シンジが言い終わる前にミサトの拳骨がシンジの頭を襲った。

「レイちゃんやアスカを連れて行くような物なのよ?」
「二人共、大丈夫そうだけど・・・言わんとしている事は解ります。はいっ!」
途中からミサトのジト目が恐く、焦って同意する事にしたシンジ。

ミサトはまだ睨んでいる。
コクコクと頷くだけのシンジ。

「ふぅ・・・まぁいいわ。それでね、私エヴァに乗れるんじゃないかって思っているの」
「はいぃ?」
シンジの絶叫が響いた。



「第1次接続開始、主電源接続」
「稼動電圧臨界点を突破」
「フェイズ2に移行」
「パイロット弐号機と接続開始、パルス及びハーモニクス正常、シンクロ問題無し」
「オールナーブリンク終了」

ミサトの強引な進言で、現在、起動実験が行われている。
プラグスーツはアスカ用の物を改造したため真っ赤だ。

普段、赤いジャケットを来ているせいかあまり違和感がない。
それでも、中学生のそれとは違い、マコトなどは顔を赤らめている。

身体の線がくっきりと出るプラグスーツは、有る意味、裸以上に艶めかしいのだ。

「絶対境界線まで後2.5」
「1.7」
「1.2」
「1.0」
「0.7」
「0.4」
「0.2」

「絶対境界線突破します」

あわや起動かと言う処でプシューッと言う気の抜けた音と共に全ての計器が0を示す。
落胆とも安堵とも取れる溜息がオペレートルームに充満した。

起動実験に対する緊張は、そうそう薄れる物ではない。
暴走と言う危険性と、エヴァに取り込まれると危険性をいつも孕んでいるのだ。

「弐号機、起動しません」
マヤの事務的な報告が響いた。

「だから言ったでしょ?誰でもホイホイ動かせる物じゃないのよ」

『あちゃ〜やっぱ駄目か』
リツコがマイクに向かってミサトに声を掛けた。

ミサトも駄目元で行ったため、それほど落胆している様子では無い。
実際の処、取り込まれないだけでも凄いのだが、そんな事はリツコは、言わない。
実は、ミサトにも起動できるのだが、シンジ達と違いATフィールドの使い方に慣れていないのだ。

シンジ達のシンクロはエヴァに対し自らのATフィールドを解き放ち、文字通りエヴァと一体となるものである。
そして使徒と接触したミサトにはそれが可能であったのだが、所謂経験不足という事であった。
ミサトにはATフィールドを操る感覚と言う物は存在していなかった為だ。

「でも興味深いデータが取れたわ」
リツコは、なにげに嬉々としていた。

その時、警報が響き渡る。
一斉に緊張感を増す、オペレータ達。

「直上にいきなり現われました」

『どうなってるの?富士の電波観測所は!』
シゲルの報告に未だエントリープラグ内のミサトが怒声を向ける。

「探知していません。目標は微速進行中、毎時2.5キロ」
「パターンはオレンジ、ATフィールドは反応無し」
シゲルとマコトが迅速な報告を行った。

『新種の使徒?』
「MAGIは判断を保留しています」
マヤもけたたましくキーボードを叩き、状況の把握に努めている。

「ミサト!発令所に行くわよ」
『解ってるわ!早く出して!』



ミサトが発令所に着いた時には既にオペレータ達は慌ただしく使徒の解析を行っていた。
流石にLCLを滴らせたままで来る訳にはいかず、プラグスーツのままだが、ざっとシャワーを浴びて来たのだ。

プラグスーツの上からいつもの赤いジャケットを羽織るミサト。
その姿をマコトは横目で見ながら顔を赤らめていた。

「状況は?」
「目標は依然、微速進行中、毎時2.5キロのままです」

メインモニターにはゼブラ模様の球体が悠々と進む姿が映し出されている。

「住民の避難は?」
「完了しています」

「パイロットは?」
「初号機、零号機共に発進準備完了しています」
パイロットの事より先に住民の事を確認した事にリツコは驚いていた。

雛壇に居るトップ陣も同様である。

「碇、これはもしかするともしかするかもな」
「・・・問題ない」
相変わらず会話にならない会話を行うゲンドウと冬月。

「ミサトちゃん、データが変だわ。慎重にお願い」
「データが変とは?」

「質量を計測できないのよ」
「それは一体?」

「浮かんでいるからなのか、そもそも見えている物自体が影なのかと言うところね」
ユイがその卓越した想像力から真実に近い推測を立てる。

「日向君、近くの兵装ビルから牽制してみて」
「はいっ!」

この指示には、発令所の全員が眼を丸くした。
今までの経緯から、ミサトは猪突猛進のイメージが強いのだ。

今回もすぐにエヴァを投入するだろうと予測されていた。
従って初号機と零号機の発進準備が終っていたのだ。

ミサトの指示にマコトは素直に従い、ゼブラ模様の球体の近くの兵装ビルから、攻撃を行った。
途端に球体は消え、兵装ビルから放たれたロケット弾は通り抜け、遠くの山肌に着弾する。
唖然としている発令所にシゲルの叫声が響いた。

「パターン青!兵装ビルの直下です!」

地中に埋没して行くかのように崩れ落ちていく付近のビル群。

「天井部は?」
「健在です!」
ミサトの質問にマコトも映像を見ている限りジオフロントの天井部が破壊された可能性が有る事を理解し、慌てて確認を行い報告した。

「どう言う事?」
ミサトの問いに答えられる者は、今はまだ誰も居なかった。

沈黙の中、忙しげに打ち込まれるキーボードの音がやけに大きく聞こえる。
雛壇の女神達は、一時たりとも手を休めず解析に没頭しているのだ。

「付近のシェルターの住民を移動させて!」
暫くの静寂の後。思い出したかのようにミサトが叫ぶ。

「解析に掛る時間は?」
頭上を見上げてミサトが確認を行った。

「15分いえ、10分下さいな」
「解りました。15分後にブリーフィングルームで」
場違いとも思えるおっとりしたユイの答えに対し、ミサトは頷きながら次ぎの行動を示唆した。

「日向君、使徒に動きがあったらすぐ知らせて」
「了解」

「レイ君にレイちゃん?一旦ブリーフィングルームに来て頂戴。15分後に作戦会議よ」
『『了解』』



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。