第伍話
ミサトの受難


ドッドッドッドッドッと単気筒のバイクの音が鳴り響く。
レイ(シンジ)の愛車である。
ガソリン車が少ない第三新東京市で、単気筒の大型バイクは更に珍しい。

レイ(シンジ)は第三新東京市を横断する高速道路を走っていた。
暑いためライダースーツは着ていない。
革のズボンに革のジャンバーだが、中はランニングシャツである。

ノーヘルでバイクを走らせるレイ(シンジ)。
サングラスで瞳の色は見えないが銀色の髪が靡き、絵になる。

緊急だとNERVのIDを見せれば警察も引き下がった。

(・・・葛城三佐?)
(はは、同じ穴の狢だね)
シンジの中のレイに突っ込まれ苦笑するレイ(シンジ)。

(大体、ヘルメット着用とかチャイルドシート着用って業者との癒着じゃない?)
(・・・そう?解らないわ)
照れ隠しか、意味不明な事を話し出すレイ(シンジ)

(頭だけ無事で、それで手とか足とか無くしちゃったら、その後生きていくのだって大変だと思うよ)
(・・・生きていれば何処だって幸せになれるわ)

(チャイルドシートで助かった子供なんか誰が育てるのさ?)
(・・・親戚、誰も居なければ施設)

(ヘルメットの制作会社や、チャイルドシートの制作会社なんて、それを付けていて死んだなら賠償金を払うぐらいすべきだと思わない?)
(・・・責任転嫁だわ)

(問題は事故を起こさない様にする事で起こっていない事故から身を守る事じゃないと思うんだけどなぁ)
(・・・備えあれば憂い無し)

(どんなに気を付けていても、交差点で止まっている時に暴走するトレーラに突っ込まれれば一溜まりもないよ)
(・・・極論だわ)

(まぁね)

風を受けバイクを走らせながらレイ(シンジ)はシンジの中のレイと他愛のない話をしていた。
魂で会話をする彼らにバイクに乗っている事は弊害にならない。
寧ろ独り言を聞かれないため安全とも言える。

エヴァで音速をも超える動きをしているレイ(シンジ)にはバイクで出る速度など自転車に乗ってる様な物だった。

ヘアピンカーブをハングオンで難なくすり抜け一般道に出るとそこからNERVの駐車場はすぐであった。



コンコンッ
レイ(シンジ)がミサトの執務室をノックするも返事はない。

「まだ来てないのかなぁ?」

(・・・赤木博士の部屋かも)
(それは有り得るね)

そしてリツコの部屋へ向かう。


コンコンッ
レイ(シンジ)はリツコの執務室をノックした。

「開いてるわよ」
インターフォンからリツコの声が聞こえる。

プシュッと言う音と共にリツコの執務室の扉が開いた。

リツコはディスプレイから目を離さず、凄まじい勢いでキーボードを操作している。

「あらレイ君、どうかしたの?」
声を掛けてきたのは、やはりミサトであった。

退屈そうにマグカップでコーヒーを飲んでいる。
リツコの部屋にあるコーヒーメーカーで淹れた物だろう。

「ミサトさんを探していたんですよ。この間の戦闘の反省会と今後の方針のために」
その言葉を聞いたミサトは露骨に嫌そうな顔をした。

「その話はもう良いわ」
「そうですか・・・」
無下に断られ、落ち込んだフリをするレイ(シンジ)。

その眼はリツコに目配せしていた。
見るんじゃ無かったと小さく溜息を吐き、リツコがレイ(シンジ)の後押しをする。

リツコとしても、ぐちぐちと同じ事を繰り返し愚痴っているミサトが鬱陶しい事に違いは無かった。

「あらミサト、貴女、暇なんでしょ?ここで同じ愚痴を繰り返しているよりレイ君とコミュニケーションを取った方がよっぽど有益よ」
「わ、私は暇じゃないわよ。ちょっち休憩してただけじゃない」

「そう?でも私は貴女の愚痴に付合ってる程、暇じゃないのよ」
「そんなぁリツコぉ〜」

「じゃぁ僕が代りにミサトさんの愚痴に付合ってあげましょう」
「きゃぁ〜助けてぇ〜神様、仏様、リツコさまぁ〜」
ドップラー効果を残しミサトはレイ(シンジ)に引きずられて行った。



ミサトの執務室でミサトは自分の机に突っ伏している。
レイ(シンジ)はどこから調達してきたのかホワイトボードを背に話をしていた。

「まず第参使徒ですが、光のパイルと光線、第四使徒は光の鞭が攻撃方法でした。後から聞いた話ですけど、第参使徒の光線はNN爆雷の後で使徒が機能増幅したそうです」
「・・・それでぇ?」

「第参使徒は短距離、第四使徒は中距離と攻撃範囲を伸ばして来ていると考えられないでしょうか?」
「じゃぁ次ぎは長距離とでも言いたいの?」
そんな予想通り行くわけないでしょとばかりにミサトが鼻で笑いながら言う。

これが直感で動くミサトの限界である。
見た物に対しては臨機応変に対応できるのだが、予測、推測と言う事が出来ない。
従って、初めて見た攻撃方法に後手へと廻るのだ。

どこか受験勉強で与えられた問題、傾向と対策がある物には強い子供達と共通する物がある。

その点、天才肌のリツコは論理的に理解しようとする傾向はあるが、色々な可能性を自分を中で組み立てられる。
幾つもの推論と言う物がリツコの頭の中では常に浮かんでは吟味され振り分けられているのだ。

「可能性の話です。もしかしたら全く想像つかないような攻撃方法かも知れません。衛星軌道上から攻撃してきたり、2体同時侵攻があるかもしれません」
「そんな馬鹿馬鹿しい荒唐無稽な物の戦術を考えておけって言うの?」
ミサトはハンっと鼻で笑って背もたれに凭れかかった。

「使徒が攻めて来るなんて馬鹿馬鹿しい、荒唐無稽な話だとNERV以外の組織は言っていたのでは無かったでしょうか?しかしNERVは莫大な費用と期間を掛けて、この街とエヴァを制作した」
「・・・そうね」

ミサトに取って使徒が攻めてくると言う話は簡単に信用できた。
他の組織や政治家達が馬鹿にしていたのを嘲笑っていたのはミサト自身である。

「それで?」
ミサトが漸く身を乗り出しレイ(シンジ)の話を聞く体勢を取る。

実はミサトとしては、前回の指揮についてまた責められるのだろうと拗ねていたのである。
リツコの部屋で愚痴っていたが、リツコにすら指揮と言えなかったと諭されていたのであった。

しかし、レイ(シンジ)の話は、今後の戦闘に向けた純粋な復習。
ミサトもここに来て漸く自らの職分を思い出したと言う所だ。

「まず、今までは色々な柵もあったのでしょうが、いきなりエヴァを投入していました。しかし、もし第参使徒の光線がエヴァ射出時に放たれていたらどうなっていたでしょう?」
「かなり危険な状況ね」

レイ(シンジ)はミサトの解答に満足したように一つ頷く。

「今までは無事でした。しかし、そうなってもおかしく無い攻撃方法を使徒は持っていました。第四使徒もそうです。攻撃方法を知る前に射出。使徒があの鞭をいきなり振らなかったのは幸運だったと思います」
「そうね、じゃぁこれからはどうすれば良いの?」

レイ(シンジ)はニッコリと微笑むと白板に何か書き出す。

ミサトとレイ(シンジ)の討論はその後かなり長い時間続けられた。



「葛城君は大丈夫かね?」
「・・・その為のレイです」

(レイに頼り過ぎだな・・・)

かなり広い部屋、司令室であるが、冬月とゲンドウが話をしていた。

そこに机は5つある。
ゲンドウ、冬月、ユイ、ナオコが使用していて一つは空き机であった。
一応、司令であるゲンドウの机を中心にコの字型に並べられており、ゲンドウから右に冬月が座っている。
左にユイ、ナオコの席となっており、ナオコの向かいであり冬月の隣の席が空席である。

リツコは部長職のため自分の執務室を持っている。
ミサトは課長だが、作戦課はその上が司令部になるため実質部長職と同程度の待遇が成されているため自分の執務室を持っているのだ。

ユイとナオコは技術部所属だが、技術部の長はリツコであり、技術部顧問として司令部付きになっており、ここに席がある。

当初、全員に個室を与えるとゲンドウが言っていたのだが、ユイがこんな広い部屋をゲンドウ一人で使うのは勿体ないと今の形になっているのだ。

そして司令室は結構明るい。
セフィロトの樹も書かれていない。
観葉植物や、応接セットもある。

当然の事だが、ユイの好みだ。
これも当然だが、ゲンドウも冬月も異論を唱える事は許されない。

余談であるが、NERVのTOP陣営で煙草を吸うのは赤木親子のみである。
信じられないだろうがゲンドウ、冬月ですら煙草は吸わない。
ゲンドウはユイに言われて止めただけだが・・・

従ってナオコは煙草を吸うためによくリツコの部屋を訪れる。

因みにナオコとユイがこの席に居る事は滅多にない。
どこかの実験室に居る事の方が多いためである。
そして現在もゲンドウと冬月の二人っきりであった。

「しかし、暇だな・・・」
「・・・あぁ」

基本的にこの二人の仕事は外部折衝である。
殆どの事はMAGIが判断してくれるため、この二人が現在執務室で行う執務は決済のみなのであった。

ナオコが居る今、MAGIが日々グレードアップされている。
基本的にMAGIによる三者決議の結果で全てが決まるのだ。
決まったフォーマットが出来上がった物は、項目を入力するだけで決済を待つのみとなる。
誰かが項目を打ち込むと次ぎに閲覧する必要のある人間にMAGIが自動的に転送するのだ。
そして、その人間が閲覧し決済が必要なら決済すると次ぎへと転送される。
メールでの転送が決済と同時に自動で行われる様な物だと思えば良い。

従ってかなりなペーパーレス化が実現されている。
ゲンドウ、冬月はその中から署名捺印の要る物を抜き出して処理すれば良い形にまでなっているのだ。

「ゼーレの方はどうだ」
「・・・問題ない」
急に空気が重々しくなった。

この件に関しては未だゲンドウも気が抜けないのだ。
基本的にNERVの運営資金は国連から出ている。
追加予算などは委員会の承認を得なければならない。

委員会とは国連の最高決議機関である人類補完委員会であり、その実体はゼーレそのものである。
つまり、ゼーレに離反するとNERVとしては運営資金を絶たれるのである。

今までは使徒襲来と言う物を国連の殆どの代表が嘲笑っていた。
ゼーレの後押しがなければNERVは存続すら出来ない状況であったのだ。

しかし使徒は現れた。
ここで漸くNERVが必要であると言う認知がゼーレの息が掛っていない諸外国にも浸透を始めたのである。

これからゲンドウ達はゼーレ以外の協力者を懐柔していかなければならない。
何れゼーレに対抗しなければならないのだから。

「葛城君を送り込んで来たのはゼーレだ。彼女はゼーレの駒ではないのかね」
「・・・重要な駒でしょう」

「何か解っているのか?」
「・・・セカンドインパクトの生き残り。サードインパクトに対する貢献と読み取れる節が裏死海文書にあると老人達は信じている」

ユイが居る今、裏死海文書の解読もユイにより新たな展開を見せている。
しかし、老人達も独自の解読を進めており、それは自分達ゲルマン民族に都合の良い解釈、つまり曲解であった。

「ゼーレに洗脳されているのか?」
「・・・或いは条件付け」

「マインドコントロールか、厄介だな」
「・・・その為にレイをドイツに送った」

「そうだったな。首尾は上々と言うところか?」
「・・・期待以上だ」

それは第参使徒戦においてミサトが邪魔をしなかったことを指している。
ゲンドウは第四使徒戦時は発令所に居なかったからだ。

「彼は一体何物なのだろうな」
「・・・私とユイの息子ですよ」

「しかし養子の件は断られたのでは無かったのか?」
「フッ・・・問題ない」



レイ(シンジ)がゲンドウとユイの前に現れて、レイ(シンジ)の処遇も安定してきた頃、ユイが唐突に口にした。

「でも不思議ですわね?男ならシンジ、女ならレイ。ゲンドウさんはそう言ってましたが男の子でレイも良かったかもしれませんね」
ユイの言葉は何気なく発した物。

しかし、ゲンドウには、それはかなりな衝撃を与えた。
今の今まで忘れていたのだ。
自分の考えていた子供の名前を。

「・・・彼は一体何者なのだろうな」
「多分、セカンドインパクト孤児。あの容姿のため迫害されて来たのかも知れません」

「・・・記憶がないのは?」
「それは私にも解りませんわ。もしかしたら記憶喪失を装っているのかもしれません」

「・・・何のために?」
「生きていくために」

「・・・だから催眠療法などの強攻策に出ないのか?」
「それもありますわ。それより私はあの子を養子にしようかと思ってますの」

「・・・何故だ?」
「世間並みの生活をあの子に送らせてあげるために」

「・・・それは本人が決める事だ」
「えぇ、でもゲンドウさんの許しが無いと話もできませんわ」

「・・・問題ない」
「うふ、ありがとう御座います。ゲンドウさん」

しかし、ユイの申し出をレイ(シンジ)は断った。
理由は、今の名前【綾波レイ】を名乗っていれば、そのうち知り合いに逢えるかも知れないと言う記憶喪失者らしい理由であったため、ユイもその場は引き下がった。

実際は、ここに居るシンジから両親を取るわけには行かなかったからである。
レイ(シンジ)は本当の事を話してしまいたい衝動といつも戦っていたのだ。

しかし、それはここでは起こっていない未来。
起こしてはならない未来。
未だ起こされていない罪。
レイ(シンジ)は真実は自分の胸の中だけに止めようと考えているのだ。

ユイ達と家族になってしまえば、ユイ達に可愛がられるシンジと共に生活する事になる。
その状況を見て、自分の決意が崩れてしまわない自信が無かったのである。

勿論、これはレイ(シンジ)が考えた事ではない。
シンジの中のレイと相談し、起こり得る可能性をレイから指摘され、決断した事であった。

(・・・碇君は【シンジ】と呼ばれなくて耐えられるの?)
(大丈夫・・・だと思う)

(・・・【シンジ】と呼ばれるシンジ君が居るのよ)
(そうだね・・・)

(・・・碇君も本当のシンジだと言いたくならない?)
(それは・・・)

(・・・もし、それを話したら、シンジ君やユイさん、碇司令が傷付くわ)
(うん・・・)

(・・・そんな事になったら碇君も傷付くわ)
(そうだね・・・)

レイも意地悪で言ったわけでは無い。
ユイ達の養子になることは、例え仮初でもレイ(シンジ)に取って嬉しい事である事は解っている。
しかし、その後傷付く事が解っていたのだ。
それは、自分を傷付け、周りを傷付け、その事がまたシンジを内罰的思考に陥らせる。
その時のシンジは、まだ安定していなかったのだ。



当然の事だが、ナオコはMAGIについて、ユイはエヴァについての顧問である。
リツコはその両方の教えを受けて技術部を統括している。
それともう一つ、ここではダミーシステムの開発が成されている。
これはユイとナオコの共同作業そのものであった。

この二人が組んでいなければ実現は成されていなかったであろう。
生体コンピュータと未知の生体との融合とも言えるべき技術であったからである。
当然、その理論は学会などに発表する訳にも行かず、埋もれた功績となっている。

「なんとか起動まで漕ぎ着けたわね」
「でもやっぱりATフィールドは無理ね」
零号機の動きを見てユイとナオコが溜息を吐いていた。

この二人には満足と言う文字が辞書から欠け落ちているのかも知れない。

「でも流石、母さんとユイさんね。まさか機械だけでエヴァが動かせる様になるなんて」
「本当ですぅ」
リツコはその天才と呼ばれる二人に溜息を吐き、マヤは単純に感嘆していた。

「全てはレイ君のデータの御陰ね」
「そうね・・・」
二人はキョウコの事を思い、少し陰を帯びる。

もっと早くこれが出来ていればキョウコが取り込まれる事は無かったであろうと。

しかし、それは全くの間違いである。
ドイツ支部長は今でさえゲンドウの失脚を狙っており、そのためドイツ支部は未だ肝心な情報は流してこない。
従ってアスカのシンクロ状況などはドイツ支部のMAGIをハッキングして手に入れている始末だ。
例えダミーシステムが早く開発されていても、本部にファーストチルドレンが居る限りシンクロ実験は行われていたであろう。

「ATフィールドは魂が無いとやっぱり張れないのかしら?」
「レイ君は心の壁だと言っていたわね」

「心か・・・」
「一応、レイ君が実験した時と同じデータはエヴァに流れているはずなんだけどね」

「魂の形、心の形はデジタル化できないのかも知れないわね」
「そうね、ここに表示されているデータ以外の物が流れていると考えると、ATフィールドが張れない理由は簡単に説明できるわね」

零号機を見守るモニター室ではナオコとユイが眉を顰めて会話していた。



「それで我々を集めた理由は、何かね葛城作戦課長」
広い会議室で口を開いたのは、作戦課を毛嫌いしている諜報部長であった。

諜報部は諜報1課と諜報2課がある。
そのため、諜報部長と言う役職もあるのだが、彼は役職も階級も下のミサトが持つ権限に嫉妬しており、作戦課を目の敵にしているのだ。

「今日、お集まり頂いたのは、作戦課としての現状報告と、NERV本部としての意思疎通のためです」
「はん!今更戦闘報告など聞いてもこちらの仕事には影響せん!無駄な時間だ」

「・・・私が承認した会議が不満なら出て行きたまえ」
「い、いえ、そう言う意味では・・・」
ゲンドウの一喝にミサトに偉そうな事を言っていた諜報部長も焦った。

彼はこの会議の後、出向元への返還が決まる。
この失言を理由として。
そう、彼はゼーレから送り込まれた草だったのである。
ただ、あわよくば司令の座をと狙っていたため、その強欲さ故にミサトの権限に嫉妬していたのだ。

この会議は錚々たるメンバーが出席していた。
ゲンドウを始め冬月、ユイ、ナオコ、リツコ、保安部長、諜報部長、総務部長まで。
実質的なNERV本部、首脳会議と言うメンバーだ。

実はレイ(シンジ)も出席している。
戦闘報告の為と言うのが表向きの理由であった。

実際はミサトが自分一人では不安なので同席をお願いしたのである。
そして何故かマヤも同席していた。
技術部としての報告のためと言うのが表向きの理由である。
実際は、リツコと何やら取引が行われていたらしい。

普段、これだけのメンバー全員が集められる事はない。
それぞれの部署で纏めた結果を司令部に報告に行くのが通常の業務だからだ。

そしてミサトが話を始めた。

前回、前々回の戦闘の報告。
その準備の不備。
被害総額。
命令の不徹底。
事前準備、連携の不徹底。
命令伝達経路の不備。
外部との連携の不備。

大凡、総務部以外の人間には耳の痛い話であった。
技術部も例外ではない。
第四使徒には間に合った武器であるが、それぐらいなら第参使徒にも間に合わせられたはずであるからだ。
しかし、その本当の理由はミサトにあった。

パレットガンを正規の申請前にあたかも申請が通った様にリツコに言っていたのである。
そのためにレイ(シンジ)の申請した武器の開発着手が遅れたのが本来の原因であったのだ。
しかし、リツコもこの場では、そんな事には突っ込まない。
この会議の本来の主旨を理解しているからだ。



「「「乾杯!お疲れさまぁ〜」」」
「おつかれぇ〜」
ミサト、リツコ、マヤ、レイ(シンジ)で街の居酒屋で乾杯していた。

ミサトだけは本当に疲れている様だ。
ミサトに取って今日の会議は、今までで一番精神疲労した会議であったらしい。

リツコ、マヤが一緒な理由。
これは、会議の事前にネゴを取っていたのである。
それ故にミサトの発言に技術部からの反発はなかったのだ。

「今日の会議は、なかなか素晴らしかったですよミサトさん」
「あにがとぉぅ〜」
ミサトは疲れのせいかふにゃふにゃである。

「司令達も良い掃除が出来たって喜んでいらしたわ」
「掃除ですかぁ?」
マヤが何のことか解らず首を傾げながら疑問符を浮かべた。

「諜報部長は出向元に戻るそうよ」
「えっ?何故です?」

「表向きは上官侮辱と命令系統の混乱」
「あの最初の発言だけでですか?随分と強引ですね」
レイ(シンジ)はビールをグビッと一口呑んで、態とらしく言った。

「ふふふ、策士ね。レイ君」
「あによぉ〜また私の知らない所で何かやったの?」
突っ伏していたミサトがリツコの言葉に反応した。

その口には焼き鳥の串がくわえるられている。

「いや、僕は何もしてませんよ」
「えぇ〜レイ君ってなんか暗躍してるって感じぃ〜」

「ま、マヤさん、それじゃぁまるで僕が悪人みたいじゃないですかぁ」
「うぅ〜ん、確かに悪人って感じじゃ無い事は認めてあげましょう。しかぁ〜し、暗躍している感じは否めないのでこれは保留としまぁす」

「ま、マヤさぁ〜ん」
そんな遣り取りを見てリツコは微笑んでいるだけであった。

リツコにとってレイ(シンジ)は、あの病室に食事を運んだ時から可愛い弟の様な物なのだ。
そしてマヤは文字通り可愛い後輩。

リツコからすれば、弟と妹が兄弟でじゃれ合っている様な感覚を受けていた。

「でも保安部と諜報部は、ミサトの意見を支持していたわ。それだけでも今日の会議は有意義だったわね」
「元はレイ君の意見よ。彼は暗躍してるから」

「み、ミサトさんまで、何て事を言うんですか」
レイ(シンジ)はリツコに助けを求める視線を送ったが無視された。

「僕はミサトさんと話し合っただけで、草案はミサトさんが考えたんじゃないですかぁ」
「考えさせられた。と取るべきね」

「り、リツコさんまで・・・」
今日はレイ(シンジ)の味方は居ないらしい。

「まぁ御陰で今後がかなり遣り易くなったのは確かだわ。有り難うレイ君」
ミサトはニッコリとレイ(シンジ)に微笑む。

レイ(シンジ)も微笑み返した。

「あぁぁ〜なんか雰囲気出して狡いですぅ」
間でクピクピと生グレープフルーツサワーを呑んでいたマヤがぷくぅっと膨れる。

「マヤさんも今日は有り難う御座いました」
「えっ?私は先輩に言われた報告をしただけで何にも・・・」
何故か急に振られて顔を染めるマヤ。

「あら?私には?」
「リツコさんも有り難う御座いました」

「解れば良いのよ。じゃぁ今日はレイ君の奢りね」
「「ラッキー!!」」

「そ、そんな」
何故か女性3人にギロッと睨まれるレイ(シンジ)。

「は、はい・・・」
力無く了承してしまった。

そんなレイ(シンジ)を3人はそれぞれの思いで優しく見詰めている。

(・・・碇君)
(ありがとう、綾波だけだよぉ僕の味方わ)
(・・・問題ないわ)

そんな3人の視線に気付かず、シンジの中のレイと戯れているレイ(シンジ)。
レイ(シンジ)の鈍感さは実はレイのせいなのかも知れない。



続きを読む
前を読む
戻る



新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。