新世紀エヴァンゲリオン FunFictionNovel『こんなにも愛しい君のためにできること』
著者:咲末 静(さきすえ せい)
第弐話 「アナタの温もり」
[中央作戦司令室]
「日向君!使徒と零号機は?!」
「第16使徒の殲滅を確認!零号機はロスト!しかし爆発直前に初号機によりエントリープラグの回収を確認!
初号機は大破!」
「ついこの間に修理したばかりなのに零号機はロスト初号機は大破?まったく参るわ。」
「リツコ、気持ちは解るけど今はパイロットの保護が最優先よ。」
「解ってるわ...マヤ!パイロット2人の状況は?」
「チルドレンはファースト及びサード共に生存を確認!しかしモニターが壊れているため
映像は出せません。サードは負傷している模様。」
「シンジ君...」
ミサトの顔が不安に塗り潰される。
「ミサト。さきの戦闘でシンジ君のシンクロ率は200に届くところまであがったわ。そのシンクロ率で
いつもの軽く三倍はあるA.T.フィールドで爆発を防いだ。けど、防ぎ切れた訳じゃないわ。
間違いなく重症よ。あの爆発を目の前で受けたんですもの。」
「...クッ、リツコ!街のほうの生存者の確認と保護の指揮は任せるわ。私は今から現場に行ってくる。」
「ええ、解ったわ。ミサトは救護班と共にチルドレンの回収。」
「悪いわね。」
言葉と同時にミサトは駆け出した。
「貸しにしとくわ。」
シンジ君レイ、今、行くわ。
「生存者の確認急ぎなさい!負傷者は速やかに適切な処理を行い病院に移送。」
「マヤに青葉君、日向君はMAGIで救護班の適切な誘導。急いで!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
[零号機エントリープラグ外]
「碇君、碇君、碇君、碇君、...碇くん、め、目を覚まして。..お、おお、願い。」
恐怖のあまりに体中を震わせ紅の瞳からは涙が零れ続け、並びの良く綺麗な歯はカチカチと嫌な音を鳴らせ言葉も上手く出てこない。
レイは生まれて初めてにして最大の『碇君がいなくなる』という名の恐怖に翻弄されていた。
それを誤魔化す為にシンジの体を抱きしめ、呼びかけ続けることしかできない自分の無力さを呪った。
人外の力を持っている癖に大切な人一人助けられないのかと...
「碇君...お願い。居なくならないで。お願いぃ〜...。」
ブゥゥゥゥゥゥン!キィィ!!
ミサトの乗るルノーが爆音をたてて止まった。
ガチャ
「シンジ君!レイ!」
ミサトはその光景に息を呑んだ。シンジが血まみれなうえに「あの」レイが涙を流しながらまるで壊れたようにシンジに呼びかけ続けているのだ。
だが、今は驚いている場合ではない。シンジの状態から言って一刻の猶予もない。
「レイ。あなたは怪我はしてないのね?」
「碇君...碇君..。碇君..」
ミサトはこれほど取り乱したレイを見るのは初めていや、レイの感情を見ること自体が初めてだった。
しかし、これでは話にならない。些か気が引けるがこちらの話を聞かせるには
ショックを与えるしかないようだ。
ぱぁん!ミサトは強烈な平手打ちをレイの頬に入れた。
はっとしたようにレイは顔を上げた。
「葛城三佐?」
ミサトは思わずひるんだ。いつもは自然に白く綺麗な肌は不自然なほどさらに白く、薄い桜色の唇は紫色に変化していた。
「レイ。もう一度聞くわ。あなたはどこも怪我をしてないのね?」
「葛城三佐...?」
打たれた頬を抑えながらレイの焦点が定まっていく。言葉を認識し質問に答えた。
「...私は問題ありません。けど..碇君が!!碇君が!!」
「落ち着きなさい!あなたが今取り乱しても仕方が無いでしょう...これは酷いわね。」
左腕は肩から欠損しており、そこからは血がとめどなく溢れてきている。
右腕も骨折しているようだ。両足が無事なのは不幸中の幸いと言える。
ヘリの音が聞こえる。救護班が到着したようだ。
「葛城三佐。チルドレンの状態は?」
「ファーストチルドレンは特に目立った外傷はないわ。サードのほうは見てのとおりよ。
というわけだから急いで!」
「解りました。」
「サードは重症だ!速やかに中央病院に搬送後オペだ!急げ!」
「「「「はい!」」」」
[中央病院手術室前]
私は葛城三佐に連れられて手術室の前で碇君の手術が終わるのを待っている。
私の体は意志とは無関係に震え続けていた。
「レイ、シンジ君が心配?大丈夫よ。命に別状はないそうだから。」
私にはその質問に答えることができなかった。
いや、私は答えるほどの余裕をもっていなかった。
こんな圧倒的な恐怖を感じるのは初めて。どんなに酷い怪我を負っても死ぬような目に遭っても私は
恐怖を感じたことなどなかったのだから。
「大丈夫。シンジ君は居なくならないわ。」
その言葉のあと葛城三佐が私の震え続ける手を握りしめた。
「少しは落ち着きなさい。命に別状はないそうだから。」
「はい...。でもなぜか震えが止まらないんです。」
落ち着けと言われても無理な話だった。
とても私には無理だった。
「レイ。なんであんなことをしようとしたの?自爆だなんて」
「...あの時点でその他に有効な作戦が無かったからです。それに私が死んでも
碇君が生き残れるならその方が良いと判断したからです。」
私には換わりが居る。碇君にはいないもの
「そう...でもあなたは自分の命を軽く見ている所があるわ。
自己犠牲なんて護ってもらったほうは一生あなたの影を背負うことになるのよ。
シンジ君はそれんなこと望まない。
それにあなたが死んだりしたらシンジ君がどうなるか解らない?ただでさえここ最近彼の精神は弱っていたんですもの
鈴原君のことや取り込まれてしまったことそして私の家でも...その、休まるときがなかったのよ最近
だから今回あなたが死んでいたら壊れてしまったわよ確実に。
いい作戦をあなた達に与えられなかった私が言うのもお門違いなのは解っているつもりだけどあえて言うわ。
これからは自分の命を軽く見ないことね。私が言いたいのはそれだけ。」
「.......はい。」
葛城三佐は知らないからこう言うのだ。私には換わりがいるのに...
ガラララララ。
手術室の扉が開きシンジを載せたベッドが出てきた。
左肩から体にかけて包帯が巻かれ右腕には以前、私がつけていた可動式のギプスがはめられていた。
「どうなんでしょうか?碇君の容態は。」
碇君を乗せたベットと共に出てきた医師に私は自分でも信じられない大声で問いかけた。
医師は少し驚いたような顔をしたあとに簡潔に答えた。
「手術は成功ですよ。命にもなんら問題はありません。ただ見ての通り左腕はどうにもなりませんが...。
その他の右腕の骨折は一ヶ月と少しで完治します。頭も少し切っていたようですが問題ありません。
あと2、3時間で麻酔が切れますので夜中には目を覚ますかもしれません。病室は604号室です。では私はこれで失礼します。」
答えた後、医師はその場を後にした。
「とりあえずは安心ね...。なんでさっきはあんな大声出したの?レイらしくないじゃない。」
「すいません。」
大声を出した理由は明白だった。碇君のことが気に懸かり私は少しいつもの冷静さを欠いているようだ。
「別に怒ってる訳じゃないのよ。レイ。シンジ君が心配?」
私は無言で頷いた。
「そう...ならシンジ君が目を覚ますまで傍に居てあげて。」
「はい。」
誰に言われなくともそうするつもりだった
碇君が目を覚ますまで片時も離れたくない。いや、できることなら私はいついかなるときでも彼のそばに寄り添って
彼のぬくもりを近くで感じていたい。
私自身を見てくれるのは碇君だけ私の孤独を癒してくれるのも...。
皮肉にもあの使徒に気づかされた碇君と一つになりたいと願う私の心...これが私自身の願い。
視線を感じて横に目を向けると葛城三佐が何か私の様子を窺うような視線で私を見ていた。
「何でしょうか?」
「いやね、まるで大怪我した旦那様を心配する妻って感じに見えるわよん。」
「...少し前に碇君にも似たようなことを言われました。」
「なんて?」
「その...主婦とか似合ってたりしてと言われました。」
頬がふいに熱くなった。何この感じ?
「シンちゃんもなかなかやるわねん。」
碇君を乗せたベットが病室に向かって動き出した。私はそのあとに続いた。
「ちょっと〜レイ。私を置いてつもりぃ〜?。からかったわけじゃないのよぉ〜。はぁ〜まったく。」
レイのあんな苦しそうな切羽つまった所見たことがない。
それに頬っぺた真っ赤にしちゃって。あんな顔もできるのね。
私も結局あの子を自分の駒のようにしか見ていなかったってことか...最低ね。
シンジ君はレイにとって特別なのかもしれない。そしてそれはシンジ君も.....
溜め息を吐きながらもそんな事を考えミサトはレイのあとを追った。
[中央病院604号室]
「じゃぁ、悪いけど私は事後処理があるからあとは頼むわね。シンジ君をお願いねレイ。」
「はい。」
葛城三佐が病室から去った。彼女も碇君の身を案じているようだった。
病室に着いてから何時間経ったのだろうか?
私は碇君が気を失う前に言った言葉を何度も何度も思い返していた。
私を『愛してる』と言ってくれた。
その言葉を思い返してると不思議と私の心が満たされていく。
私は碇君の枕もとに椅子を持っていき腰を掛け...彼の頬を右手手でなぞり
そして左手で彼の右手をそっと握った。
こうしていると次第に彼がいなくなってしまうのではないかという不安が消えていくと同時に
彼の暖かな温もりに私の孤独が癒される。
胸が高鳴り頬が熱くなって来る。
この気持ちは何?
この気持ちが『愛する』という気持ち。
暖かい...彼をもっと近くに感じたい。
目の前が歪んで見える。私はまた泣いている。
これはたぶん碇君が生きていてくれて嬉しいという気持ち。
碇君が教えてくれた嬉しいときにも涙は出るということなのだと思う。
この気持ちは大切な物。私だけのもの...私自身の心。私は碇君と心も体も一つになりたい。
「そう...嬉しいのね私。」
碇君が目を覚ましたらいろいろ話してみたい。
碇君と色んなことをしたい。
考えてる間も涙は止まらなかった。
私は寝ている碇君の唇にそっと口付けた。
私の秘密を知っても『愛してる』って言ってくれる?
お願い。私を独りにしないで。
唐突に睡魔が襲ってきた。やはり私も使徒の侵食攻撃を受けたせいでかなり疲弊しているようだ。
少し休んだほうが良いのかもしれない。
私は碇君の手を握りながら眠りの世界へと静かに落ちていった。
「碇君.....。」
もう既にこの時にはレイはシンジを『無に還る』ではなくシンジと共に生きるに変わっていた。
自分自身で選ぶことを手に入れた少女はもはや人形ではない。
少女の顔には涙と微笑が浮かんでいた。
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