第参話 「生きてる」


シンジはゆっくりと目開き体を起こそうとしたがその途中、全身に痛みが走った。
「っク...。」
またこの天井か...。いったいあれから何時間くらいた経ったんだろう?
右手に暖かさを感じて見てみると、綾波が僕の手を握りながら眠っていた。
「ははっ...なんか赤ちゃんみたいだ。」
...綾波...良かった。怪我しなかったんだね。本当に良かった。

僕は握られている手とは反対の手で彼女の頭を撫でようと思ったんだけど...
「そういえば、こっちの腕はなくなちゃたんだっけ。忘れてたな。」
満身創痍か...でもあんまり痛くないや。
麻酔や痛み止めが効いているのだろう。
「この位の怪我で綾波を護れたんだから安いもんだよね?」

不思議と体の一部がなくなっていると言うのに気にならなかった。
ちょっと前までの僕なら多分、いや間違いなく無様に取り乱していたに違いない。
もうヤダ!もうヤダ!何で僕だけがこんな目にあわなくちゃいけないの?ってね...。

でも、今はそんなことどうでも良い。
僕にとって何が大切なのかが解ったから。
こんな怪我どうってことない。
僕はもう、迷わない。『自分で考え自分で決めた』んだ。悔いの無いように。
迷ってるだけじゃ何も変わらない、何も掴めない。
僕は僕の意思で僕のためにエヴァに乗って戦う。綾波を守る。
傲慢と言われてもかまいやしない。
臆病で卑怯で弱虫な僕だけど...

シンジはそっと状態を起こし、握られている手をそっと手を抜きとった。
そして、寝ているレイの綺麗な髪をガラス細工を扱うかのようにそっと撫でながら未だ目を覚まさぬお姫様に語りかけた。

「こんなにも、こんなにも僕の心を暖かくしてくれる、こんなにも、こんなにも、なんだろう言葉に出来ないや。
やっぱり僕は馬鹿だな。
だけど、なによりも大切な君のためにできることを僕なりに一生懸命やってみたい。
だからさ、お願いだよ綾波。君の隣に死ぬまでずっと...ずっと居させてくれないかな?」

病室は暗く、外灯の明かりだけが二人を照らしている。
周囲からは音もなく、ただ、ただ静寂が二人を包んでいた。
シンジは綺麗な髪が流れるレイの頭を撫で続けていた手をそっと、その頬へと持っていった。

「本当に良かった。綾波...」

ピクンッ

「うぅん、...」
「あれ、起こしちゃったのかな?」
「......いかりくん?」
目を擦りながら綾波が聞いてきた。ははっ、なんだか可愛いや。
「あ、うん...」
なんだか間抜けだよなこの返事じゃ、ちゃんとしなきゃ。

「ついさっき目が覚めたんだ。ちょっと怪我したみたいだけど...でも全然平気だよ痛くないし。
綾波を守るために出来た傷なんだから男の勲章みたいなもんだよ。うん。え〜と何クサイこと言ってるんだろうね僕....
あ、う〜んとでも本当にそう思うっていうか、...えと、綾波?」
シンジが訳のわからない言葉を並べている時レイは胸を一杯にする安堵とシンジに対する想いが溢れていた。
「あの〜綾波?寝ぼけてるの?綾波?」
次の瞬間、レイは凄まじい勢いでシンジに抱きついた。
「うわっ!」
「良かった...碇君。良かった。」

僕は思いっきり綾波に抱きしめられた。
正直ちょっと体が痛い。けど、それ以上に嬉しい...この気持ちがヒトをスキになるってことなのかも。
なんて考えていた。

「...碇君。」
「な、なに?綾波。」
「碇君..碇君...良かった。」
僕を呼びながら泣き出した。
「どうしたんだよ?綾波。なんで泣くのさ。」
「碇君が目を覚ましたから、生きていてくれたから目を覚ましてくれたから嬉しくて泣いているのよ。
嬉しいときにも涙は出ると教えてくれたのはアナタよ。」
そう言いながら綾波はあの時みたいに僕に笑顔を向けてくれた。
「...そうだったね。僕の為なんかに涙を流してくれて本当にあ、ありがとう。」
僕は心から微笑みながら応えたんだけど嬉しくて泣きながらになって最後のほうは声が詰まってしまった。
だって僕が死んだって誰も悲しんだりしないと思っていたのに僕が生きていて喜んでくれる人もいないと思っていたのに
綾波が僕が初めて好きになった人が僕の存在を肯定してくれたんだ。これじゃぁ、嬉しくて涙もでるよ。相変わらず情けないよな僕。
それからしばらく二人で泣きながら見詰め合ってたんだけど二人して泣き止んだら急に綾波が真剣な顔になった。

「どうしてあんなことしたの?」
「あんなことって..綾波を助けたことを言ってるの?」
「そう...私なんかを助けなければそんなひどい怪我なんてしなくてすんだのに。」
「綾波、それは本気で言ってるの?流石に怒るよ?」
「でも、私が死んでも誰も気にしないわ。」
「それじゃぁ、綾波はあのまま死んだほうが良かったのかよ?!なんでそんな悲しいこと言うんだよ?!」
自分には価値はないと思っていた僕が言って良い言葉じゃないのにね。
でもそれはついさっきから過去形になったんだ。
「なんでいっつも自分になんか価値はないみたいな態度とるんだよ?!綾波が死んだら僕が悲しまないわけないだろう?!」
何故なら綾波が僕の存在を僕自身を必要だと言ってくれたから。だからこそ綾波にも気づいて欲しかったんだ。
「...なぜ悲しいの?。」
「僕は君のことが好きだから君に生きて欲しいから....だから..だから。」
悔しくてまた涙が出てきた。
「......ゴメンナサイ碇君。」
そう言った綾波の顔は哀しみで満ちていて、まるで迷子になった子供のように不安と孤独に彩られていた。
「ごめん。綾波大きな声出して。しかも偉そうなこと言って。でもそんな悲しいこと言わないでよ。お願いだから。」
「ごめんなさい。」
「良いよ。もう、でも綾波のことを必要にしている人は間違いなく居るんだよ。
少なくとも僕は綾波がいないこの世界なんて要らない。だから...そんな哀しいこともう言うなよ。」
「わかったわ。....碇君、ありがとう。」
そう言って綾波がまた微笑んでくれたんだ。
「...」
言葉が出てこない。あまりに綺麗で、天使の微笑ってこういうのを言うんだろうな。
「どうしたの?」
「ああ!い、いや、え〜とその..あ、綾波の笑顔に見とれていたんだ。その〜綺麗だし可愛いし。ははっ何を言ってんのかな僕」
何時もの自分からは絶対に出てこない言葉が何故か出てきた。
「.........な、何を言うのよ。」
綾波は頬を染めて俯いてしまった。もしかして恥ずかしいのかな?
僕も恥ずかしくなって俯いてしまった。
そろそろもう一度寝たほうが良いのかな体もだいぶ参ってるみたいだしなんて考えていたら
「碇君..碇君は何故、私のことを好きになってくれたの?」
って聞かれた。何も知らなくて何も知ろうとしなった綾波から
「明確な理由なんて無いよ。ただ綾波のことが大切だから」
そう、誰が死んでも誰を殺すことになってもたとえ世界全てを敵にまわしても君だけは...。
自己犠牲とかじゃなくて純粋にそう思うんだ。  
たとえそれが僕のエゴでしかないけどそれでも。これだけはこの想いだけは誰にも邪魔させない。
馬鹿な甘えや未練も全部この左腕と共に吹き飛ばしたんだから...
「...私が大切..。」
綾波は何かを噛み締めるように呟いてた。
「君が自分の命と引き換えにしてまで僕を護ろうとしてくれたとき気づいたんだ自分の気持ちに...。」
これだけは誰にも譲れないもの僕自身のものだから。
「私も碇君が大切。この新しい気持ちは愛。私は貴方を愛してる。」
「ありがとう。綾波。君に逢えて良かった。」
無口で無垢でこんなにも僕の心を夢中にさせる君に逢えて良かった。

しばらく無言で見詰め合ってたらふいに綾波が口を開いた。

「...碇君、一つ頼みごとしても良いかしら?」
「え?何かな僕なんかに出来ることならなんでも言ってよ。」
「それなら、私を抱いて。」
「え?ええぇ!まずいよ!だってその...」
僕は予定通りといわんばかりにうろたえた。
「なぜ?私の心が貴方を求めているもの。私はあなたのことが好き心もそして体も一つに重ねたい。」
綾波は紅く染まった頬を隠そうともせずにそんな事を言ってきた。
「しょ、正直すごく嬉しいけど。か、か、体もって?あ、綾波、意味わかってて言ってるの?」
「ええ。私はあなたに抱かれたい。貴方と一緒になりたい。」
「私は貴方の優しさも弱さも全て好きだわ。私は...貴方を..あなたを愛しています。
この気持ちを表す言葉はこれ以外に考えられないわ。そう、だってこんなにも溢れているもの。空っぽだった私のココロが
今はこの気持ちでいっぱいだもの。」
綾波は自分の気持ちを確認するようにしながらそう言ってくれた。
こんなこれ以上ないってことばを彼女から聞けるなんて思いもしなかった。
「愛しているわ碇君。」
囁くように綾波が愛してるって言ってくれた。
初めて好きになった相手に好きになってもらえてとんでもなく嬉しくて。
「僕も綾波のこと愛してる。」
誰かを愛して誰かに愛してもらうのは僕が今までずっと望んでいたことなんだと思う。それを再確認しながら綾波に力強く答えた。
そしたら綾波が目も眩むようなまぶし過ぎる笑顔を見せてくれた。
「で、でも僕の体こんなだし..。」
でも、相変わらず僕は情けない。
うろたえてこんな逃げるようなこと言っちゃったんだから。
「もちろんあなたのその怪我が治ってからで良いわ。私を抱いて。それともダメなの?」
その上目使いは反則だよ綾波。
そんな彼女の姿が愛らしくて胸が満たされるのを感じる。
「ごめん。女の子の綾波にそんなこと言わせておいて逃げるようなこと言って...やっぱり僕は「馬鹿」だな。」
「碇君は馬鹿じゃない。」
「ありがとう。綾波。君を護れて良かった。」
ありのままの自分をみてくれる彼女にとても感謝のしるしを...なんてキザッぽいけど。
「じゃ、じゃぁ今は...。」
そう言って僕は綾波に顔を近づけた。
「?」
綾波は解っていないようだったけど構うもんか。あんなこと女の子に言わせたんだこれくらいは自分からしないと男として立つ瀬がない。
それに、二回目だし...
意を決して僕はそっと綾波の背中に右腕をまわした。
一瞬、拒むような素振りを見せたけど両腕で僕を優しく包むように抱きしめてくれた。
お互いの温もりがお互いに広がるのをかんじた。
そして僕は彼女の桜色の唇に自分のそれを重ねた。
自然に涙が流れてきた。綾波の目からも涙が流れ落ちてくるのを感じる。
嬉しさと喜びと愛おしさが混在してお互いの哀しみと苦しみを癒してくれるような..そんな口付け
だんだん触れているだけじゃお互いに物足りなくなってきて
舌を絡ませ、口の中を吸い合った。お互いの口の中の舌も歯茎も歯も頬の裏も全てを吸い尽くしてしまうかのように。
下腹部を中心にして体全体に甘美な痺れが響いてくる。
「「うん..んん。」」
綾波の艶やかな声が僕の頭をあつくする。背中にまわしていた右手で思いっきり抱き寄せたら。
綾波も強く抱き返してきた。
体がこんなじゃなかったら間違いなく綾波を求めていた。今だって欲しい。
それはきっと潤んだ紅い瞳を僕に向けてくる彼女も同じで...だから僕も今日はここで止めておかないとね。
体が治ればたぶんいつでもその..できるからね。
切れかけの理性で綾波をなんとか離して僕はありったけの気持ちを込めてこういった。
「ごめん。綾波、今日はここまでいいかな?」
「ハイ。」
口付けのあとはお互いに恥ずかしくてなかなか顔を見ることができなかった。
綾波が嬉しそうに頷いてくれてほっとした。
でもやっぱりハイって言った綾波には良妻って言葉がとてもあてはまるよう思ったんだ。
「やっぱり綾波には主婦とか似合うんじゃないかな。」
そしたらまた顔を紅くして俯いちゃったんだ。本当に可愛いよね綾波は。
「恥ずかしがってる綾波も可愛いや。」
「...これが恥ずかしいということなのね。なんだか落ち着かない感じ。でも嫌じゃない。」
恥ずかしさで俯きながら綾波がそう言った。
でも、誰も綾波に表情があるの見たことないって言ってたよな。僕にだけ見せてくれる
これ以上に嬉しいことなんてないな。

「...ということはやはり、あなたが私を奥さんにしてくれるのよね?」
「えぇ?!正直、そうなれればものすごく嬉しいけどいろいろ順序があると思うんだ。
それに第一僕らはまだ結婚できる年齢じゃないよ。」
「なら、その順序を教えて。」
間髪要れずに言う綾波にびっくりしながら
「い、いや僕も詳しくは知らないけど好き合って告白して恋人になって
愛し合って時がきたら結婚するんじゃないかな。やっぱり...。」
「なら私たちはさっき自分の気持ちを伝え合ったわ。だから碇君と私は今から恋人同士。」
「うん。そうだね。ありがとう。綾波。」
「いいえ、お礼を言うのは私のほう。ありがとう碇君。」

そんなことない君にお礼を言うのはやっぱり僕のほうだよ
ありがとう綾波。昨日までの僕は死んでたも同然の生き方だった。
そう、歩く死体と言ってもいい。
でも今は確かに生きているって胸をはって言える。
ありがとう。
君と二人なら何処まででも行ける気がする。
僕は君に会うために生まれてきたのかもしれない。
「綾波...」


あれから少ししてから碇君はまた眠ってしまった。
眠っている碇君の髪を撫でながら私は今日いや、もう日付けが変わったから昨日のことを思い返した。
私にはいままで何もなかった。エヴァに乗ることでこの世界との絆を見出していた。
でも今はこの人がいる。私にはこの人が...
無条件に私を必要としてくれるこの人が
エヴァに乗らなくても生きてると実感できる。
いや、今までとは比べ物にならないほどの実感が私を満たす。
今まで感じることが出来なかった暖かさに酔いしれながら私も目を閉じた。
「碇君...」





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