第弐拾四話
最後のシ者


シンジとレイは前にも増して一緒に居る事が多くなった。
零号機の無い今、レイの参加すべき実験や試験は無い。
また、素体が破壊されたためダミープラグの開発も頓挫してしまったのだ。
加えてリツコが素体破壊の実行犯として独房に隔離されている。

ゲンドウは3人目となった事で2人目のシンジへの感情は無くなったと思っている。
その為、レイの生存を公にしてしまった今、二人の行動に干渉するのは控えているのだ。
実質、レイに干渉する人間が居なくなったのだった。


一方レイの方は、実感を持たすためと言う口実でシンジを引っ張り回している。
言葉や態度が積極的になったかと言うとそうではないのだが、気が付くとシンジは行動する事になっていた。

零号機の爆発により、街の人々は殆ど疎開してしまっていた。
その為に学校も閉鎖されており、二人には自由な時間がかなりあった。

その為、シンジと二人目のレイが行った様々な事は学校での出来事以外、殆ど再現していた。
後一つを残して。

従ってシンジの秘密も当然、話終っている。

そして今日は、二人で手を繋いで歩いていた。
天使像が半分、零号機の爆発で湖となってしまった水に浸かって居る場所で二人は佇んでいた。


「フンフンフ・フフフフ・フフフフンフフ〜ンフフ・・・フンフンフ・フフフフ・・・・」

ベートベン第九の鼻歌が聞こえてくる。

崩れた天使像に座ってカヲルが口ずさんでいた。

「歌はいいねぇ、歌は心を潤してくれる。リリンの産み出した文化の極みだよ。そう感じないか、碇シンジ君?」
「・・・僕の名前を?」

「君の事を知らない者は居ないよ。失礼だが君は自分の立場をもう少し知った方が良いと思うよ」
「そうかな?」

「君は僕と同じだね、あやなみれい」
「・・・私は私、貴方じゃないわ」

「ふふ、確かにそうだね。お互いこの星で生きていくために、この身体に辿り着いたと言う事さ」

「・・・貴方誰?」

「これは失敬、僕はカヲル、渚カヲル、君達と同じ仕組まれた子供。フィフスチルドレンさ」
「君がフィフスチルドレン・・・渚君」

「カヲルでいいよ」
「僕もシンジでいいよ」

「・・・碇君を傷つけたら許さない」
レイはカヲルを睨付けている。

「はは、そんな事はしないから安心しておくれ」
カヲルは両手を挙げながら答えた。

「綾波、まだ会ったばかりだし、喧嘩腰は良くないよ」
「・・・解ったわ」

「君達は本当に仲が良いようだねぇ」
「カヲル君はこれからNERVに行くの?」

「そのつもりだよ」
「じゃぁ一緒に行こうか」

「そうして貰えると助かるねぇ」
そうしてシンジ達はNERVへと向かった。

レイは未だ警戒の眼でカヲルを睨んでいる。
「僕は随分と嫌われたようだねぇ」

カヲルは堪えた風もなく、そう言った。


その頃、ミサトとマコトはカートレインに乗り、車の中で密談していた。

「フィフスチルドレンが今、到着したそうです」
「そう・・・いよいよね」

「渚カヲル、過去の経歴は抹消済み、レイと同じね」

「ただ、生年月日はセカンドインパクトの同一日です」
「委員会が直で送って来た子供よ、大体、機体もないのに、ふざけてるわね」

「マルドゥックの報告書もフィフスの件は非公開となってます。それもあってちょいと諜報部のデータに割り込みました」
「危ない事するわねぇ」

「その甲斐ありましたよ、赤木博士の居場所です」
「リツコの?!」

「フィフスのシンクロテストどうします?」
「今日の所は小細工を止めて、素直に彼の実力、見せて貰いましょ」


シンジとカヲルがシンクロテストを受けている。
レイとアスカは実験室から様子を見ていた。
シンクロテストのためのプラグは3本あるがシンクロすべき機体が2体しかないためだ。

「後、0.3下げてみろ」
冬月が指示を出す。

「はい」
マヤが答え操作する。

「このデータに間違いはないな」
冬月が確認する。

「全ての計測システムは正常に作動しています」
今度はマコトが応えた。

「MAGIによるデータ誤差、認められません」
「よもや、コアの変換も無しに弐号機とシンクロするとはな、この少年は」
冬月が驚愕する。

「しかし信じられません、いえシステム上有り得ないです」
マヤの声が小さくなる。

「でも事実なのよ、事実をまず受け止めてから原因を探ってみて」
ミサトが指示を出す。

(原因は解っているけどね・・・)

この場で原因を知らないのは、末端のオペレータと冬月だけだった。


NERV名物の長いエスカレータを上がった所でカヲルはアスカと遭遇した。

「やぁ、初めまして惣流=アスカ=ラングレーさん」
カヲルはアルカイックスマイルを浮かべ挨拶した。

「あんた、シンジやレイを傷つけたら許さないからね!」
そう言ってアスカはカヲルの横を通り過ぎて行った。

「おやおや、僕はあんまり歓迎されていないみたいだねぇ」


エレベータの降り口にシンジが座って待っていた。

「やっ僕を待っててくれたのかい?」
カヲルはそう言ってシンジに微笑んだ。

「うん、そうだよ、僕もNERVの中に住んでるからね」
「帰る家、ホームがあるという事実は幸せに繋がる、良いことだよ。でもNERVの中だとそうも言い切れないね」

「これから大浴場に行こうと思うんだけど?」
「僕は、君ともっと話しがしたいな、一緒に行っていいかい?」

「勿論だよ」
シンジは微笑んで答えた。


シンジとカヲルは二人で大浴場に入っていた。

湯船に浸かっているシンジの横にカヲルが浸かった。
カヲルの手がシンジの手に触れ、シンジは思わず手を引いた。

「一次的接触を極端に避けるね君は、怖いのかい?人と触れ合うのが?他人を知らなければ裏切られる事も、互いに傷付くこともない。でも寂しさを忘れる事もないよ。人間は寂しさを永久に無くす事はできない、人は一人だからね。ただ忘れる事が出来るから人は生きていけるのさ」

(いや、男と手を触れ合う趣味がないだけなんだけど・・・)

シンジは冷や汗を流した。

「常に人間は心に痛みを感じている、心が痛がりだから生きるのも辛いと感じる。ガラスのように繊細だね、特に君の心は」

「僕が?」
「そう、好意に値するよ」

「コウイ」
「好きってことさ」

「ありがとうカヲル君」
シンジがそう言った時、浴場の電気が消えた。

「もう、行かなくっちゃ」
「もう終りなのかい?」

「うん、電気が切られちゃったからね」
シンジはそう言ってニッコリ微笑んだ。


シンジとカヲルは加持のスイカ畑に来ていた。
ここなら加持の居ない今、盗聴器の類は無いだろうとシンジは考えたのだった。

「これは何だい?」
カヲルが地面にあるボーリングの球大の物体を見て珍しそうに聞いた。

「それはスイカって言って、野菜と果物の中間の様な食べ物だよ。冷やして食べると結構美味しいんだ」
「そうなのかい?今度食べてみたいね」

「カヲル君が望むなら、今度、育てている人に聞いて貰ってみるよ」
「それは楽しみだねぇ、ところで僕をこんな所に連れて来て、君は何を話したいんだい?」

シンジはカヲルの方を見ないで話し出した。
「ここに来てから色んな事があったんだ・・・」

「前に居た所は、紅い生命の無い世界だった・・・」
「シンジ君?君は何を言っているんだい?」

「僕はカヲル君に未来が必要だって言われたのに、未来を作れなかったんだ」
「シンジ君、君が何を言っているのか解らないよ」
シンジは思わず吹き出してしまった。

カヲルの顔からアルカイックスマイルが消え、なんとも言えない表情をしている。

「ごめんごめん、その言葉、僕が前にカヲル君に言ったのと全く同じだったからさ」
「前ってどういう事だい?シンジ君とはここに来て初めて会ったと思うけど」

「僕は、一度サードインパクトを経てここに居るんだ。母さんは過去に戻すって言ったけど、僕が居る時点で平行世界になっていると思う」
「興味深い話だねぇ」
カヲルは元のアルカイックスマイルに戻っていた。

「ゼーレの望むサードインパクトは人類に未来なんかないよ、それどころか全ての生命がLCLに溶けてしまう。君はそんな人類に未来を託すのかい?」
「時を遡ったと言うのは俄に信じられないけど、シンジ君は僕の事は知っているようだねぇ」

「カヲル君が生き続けると言うのは、アダムと融合する事なの?」
「そうだね、アダムより産まれし物はアダムに帰るのが宿命なんだよ、例えそれで人類が滅んだとしてもね」

「君の絶対的自由は、死によってその宿命から逃れる事が出来ると言う事なんだね?」
「本当に僕の事は知っているみたいだねぇ、その通りだよ。僕にとって生と死は等価値なんだ」

「僕はねカヲル君、サードインパクトによる補完の時には綾波とカヲル君しか居なかったんだ」
「どういう事だい?」

「他人による欠けた心の補完、それが人類補完計画の全てだよ。だけど僕には誰も居なかったんだ、綾波とカヲル君以外ね」
「そう言う事かい・・・」

「その時、僕の中に居る綾波とカヲル君は何?って聞いたんだ。そしたら希望だって言っていた。『好き』と言う言葉と共に解り合える希望だって」
「シンジ君・・・」

「カヲル君、僕は君が好きだよ。カヲル君も好きだって言ってくれた。僕達は解り合えないのかな?」
「未来を託される生命体は一つしかないんだよ。シンジ君」

「僕はこの1年、いや、最初の頃は綾波の事しか考えてなかったから、半年ぐらいかな?ずっと考えていたんだ。カヲル君は考えた事がある?」
「いや、思いつきもしなかったよ」
カヲルは苦笑いをした。

「それじゃ、少しで良いから考えてみてくれるかな?自由を司る君が、選択技が二つしかないなんておかしいよ」
「はは、これは参ったよ。約束する、暫く考えさせて貰うよ」
カヲルはそう言って普段のアルカイックスマイルではない微笑みを見せた。

「ありがとう、カヲル君」


翌日ミサトはマコトと第三新東京市のはずれにある橋の上で密談していた。

「どう?彼のデータ入手できた?」
「これです、伊吹二尉からこっそり借用してきました」

「済まないわねぇ、泥棒みたいなことばかりさせて・・・何これ?」
「マヤちゃんが公表できないわけですよ、理論上は有り得ない事ですから」

「そうねぇ謎は深まるばかりだわ。エヴァとのシンクロ率を自由に設定できるとわね。それも自分の意志で」

「もうシンジ君の言葉を疑う余地はありませんよ」
「そうね・・・」
(またも形振り構ってらんないか)


ミサトはリツコが監禁されている独房へと足を運んだ。

「聞きたい事があるの」
「ここでの会話、録音されるわよ」

リツコは気怠げにベッドに腰掛けていた。
「構わないわ、フィフスは間違いなく最後の使者よ。時間がないわ。貴方は決断できた?」
「えぇ決めたわ」
そう言ってリツコは顔を上げミサトを見つめた。

「煙草が吸いたいわ」
「今度、差し入れてあげるわ」

「期待しないで待っているわ」
そしてミサトは独房を後にした。


弐号機ゲージにカヲルは居た。

「さぁ行くよ、おいでアダムの分身、そしてリリンの僕」

弐号機の前に浮かんで行くカヲル。
眼が光り、起動する弐号機。

「エヴァ弐号機起動!」
マコトが叫ぶ。

「そんな馬鹿な!アスカは?」
ミサトも叫ぶ。

「現在、シンジ君の居室に居ます!確認済みです」
シゲルが答える。

「誰が乗っているの?フィフスの少年?」
「無人です、弐号機にエントリープラグは挿入されていません」
マヤが報告する。

「誰も居ない?フィフスの少年ではないの?」
「セントラルドグマにATフィールドの発生を確認!」

「弐号機?」
「いえ、パータン青、間違いありません使徒です!」
マコトが悲痛に報告する。

「何ですって!使徒・・・あの少年?」
「駄目ですリニアの電源は切れません」

「セントラルドグマの全隔壁を緊急閉鎖、少しでもいい時間を稼げ」
冬月が命令する。

「まさか、ゼーレが直接送り込んで来るとはな」
「老人は予定を一つ繰り上げるつもりだ、我々の手で」
ゲンドウがいつものポーズで呟いた。

NERV内には警報が鳴り響いている。
それをシンジの部屋で、シンジ、レイ、アスカが聞いていた。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。