第弐拾参話
手紙


シンジはレイのマンションへやって来ていた。

(例え三人目でも綾波は綾波だ・・・)
(二人目を救えなかった事を謝って、そして三人目として向き合って貰おう・・・)

そうシンジは考え、レイの元へと足を運んだのだった。

玄関のチャイムを鳴らすが返事はない。
扉に手を掛けると鍵は開いていた。

「綾波?居ないの?」
そう言いながら中に入るシンジ。

部屋にはベッドで寝ているレイが居た。

(寝ていたのか・・・)

「ほっ」と胸をなで下ろすシンジだった。
ベッドの横に座りレイの寝顔を見るシンジ。

(何も変わらない・・・綾波だ・・・)

シンジは涙が出てきた。
「ごめん、ごめんよ・・・綾波・・・」
そう呟くシンジに反応し、レイが目覚めようとしていた。

「うっぅん・・・」
レイが薄く眼を開く。

「おはよう綾波、勝手に上がってごめんよ」
シンジがそう言うとレイが眼を見開いた。

「・・・構わないわ」
レイが暫くして口を開いた。

「・・・何?」
何も話さずただ見ているだけのシンジにレイが聞いてきた。

「君は三人目なんだよね?」
シンジは切り出した。

「・・・そうよ」
レイはただ肯定するだけだった。

「ごめんね、僕が情けないばかりに・・・今度は必ず君を護るから・・・」
そう言ってシンジは涙を流していた。

「・・・何故泣いているの?」
「僕は、二人目の君を護れなくって・・・だけど、君は僕と話をしてくれる。情けなくって悲しくて、そして嬉しい気持ちが混ざっているんだと思う」

「・・・私には代わりがいるわ」
「もう、居ないよ。リツコさんが全て壊してしまった」
レイは眼を見開いた。

「・・・そう、それでなのね」
「どういう事?」

「・・・私の魂が急速に満たされた」
「やっぱり君の魂が分化されていたんだね」

暫く沈黙が続いた。
切り出したのはシンジだった。

「君の事も綾波って呼んでいいのかな?」
シンジはボソッと呟いた。
「・・・どうしてそう言う事言うの?」
「いや、二人目の君と重ねられているような気がして嫌かなって思って・・・」
「・・・構わないわ」

暫く時間を置いてレイが言った。
「・・・ありがとう」
「え?」
「・・・ちゃんと私を見てくれて」

レイは引き出しを開けると一通の手紙を取り出した。
シンジはそれを見て眼を見開いた。

「こ、これは?」
「・・・二人目が貴方に書いた手紙」
シンジはそれを開いて読み始めた。

碇君へ

貴方がこれを読んでいると言う事は、私は三人目になったのだと思います。
碇君はきっと自分のせいだと思っている。
でも自分を責めないで下さい。
私は何時かこうなる事は解っていました。
でも恐くて碇君には聞けなかった。
だから碇君は何も悪くないの。

私は碇君に謝らなければなりません。
碇君の言葉を勘違いした事。
碇君が私を道具として見ていない事は始めから解っていました。
でも、あの時は、碇君の言葉を疑ってしまい、ついそう思ってしまいました。
本当にごめんなさい。

そしてありがとう。
碇君に逢えて私は産まれてきて良かったと思う事が出来ました。
無に帰る事だけを考えていた私に幸せを教えてくれたのは碇君。
笑う事を教えてくれたのは碇君。
泣く事を教えてくれたのは碇君。
美味しい食事を教えてくれたのは碇君。
楽しいと言う事を教えてくれたのは碇君。
暖かい物を教えてくれたのは碇君。
葛城一尉、いえミサトさんから碇君が「私が碇君の全てだ」と言ったと言う話を聞いた事があります。
でも、碇君こそ私の全て、私に色々な事を教えてくれた碇君。
私は、弐号機パイロットが羨ましかった。
自分の気持ちを素直に表現できる彼女が。
私は自分の気持ちすら解らなかった。

でも今なら解ります。
碇君が教えてくれたから。
碇君の笑顔をいつまでも見ていたかった。
碇君。
碇君、私は碇君に逢えて幸せでした。

三人目の私を宜しくお願いします。
綾波レイ



その手紙には日付は無かった。
シンジは泣き崩れた。

「僕は馬鹿だ・・・大馬鹿だ・・・」

そしてレイはもう一つの手紙を渡した。
それはシンジへの手紙より何倍も厚かった。
封筒には「三人目へ」と書かれている。

「読んでいいの?」
「・・・読んであげて、あの娘の全てだから」

シンジはその手紙を読み始めた。

三人目へ

貴方がこれを読んでいると言う事は、私は死んだのだと思います。
こう言うのを遺書と言うのね。
私は貴方に伝えたい事があって、この手紙を書いています。
それは碇君のこと。
私は、今まで無に帰りたいと思っていました。
でも彼に逢って、私は生きたいと思ったのです。
彼に初めて逢ったのは、病院でした。
そこに立っている彼は私を見て泣いていました。
私は彼が何故泣いているのか解らず、聞いたら「嬉しいからだ」と彼は言いました。
私が元気そうなのが嬉しいと、でも私にはそれが解りませんでした。
次に彼が泣いていたのも、私の病室でした。
今度は私が彼を見ていないから悲しいからだと言いました。
この時、私はその悲しみが解った気がしました。
そして、退院すると同時に葛城一尉、碇君と同居することになりました。
彼と食べる食事は美味しかった。
彼は私を見てよく微笑んでいました。
私も何時しか微笑むと言う事が出来るようになったようでした。
第四使徒が倒された後、彼が秘密を打ち明けてくれました。
でも、それを聞いた私は彼が私を道具として見ていると思ったのです。
そして私は葛城一尉の家を出ました。
第伍使徒の加粒子砲を受けて彼が病室に居た時、私が病室を出た後、碇君は泣いて私の名前を呼んでいました。
碇君が泣く時は何時も私の事でした。
この時はまだ私は、碇君が見ているのは私の知らない綾波レイだと思っていました。
でも第伍使徒を倒す時、彼は盾となって私を護ってくれました。
私には代わりが居る事を知っているはずなのに。
そして彼は言ってくれたのです。
私も、水槽の中の私も、そしてリリスさえも彼の中では綾波だと。
私の全てを見て受け入れてくれていると私は感じました。
でも、私は素直になれず、彼の前に出れませんでした。
毎日、彼の病室の前まで行っては、帰る日々を続けていると葛城一尉に連れていかれて、やっと彼の病室に入る事ができました。
私はそこで初めて、あの人にも言った事の無い言葉「ありがとう」を言う事ができました。
それからの私は自分の気持ちが何かわからなく戸惑っていました。
一人で考えたくって、葛城一尉の家への再度の誘いも断りました。
そして、弐号機パイロットがやってきた時、碇君に素直に話しをする弐号機パイロットを見て胸が痛くなりました。
これをきっと嫉妬と言うのだと思いました。
第七使徒が倒された夜、私は偶然、公園で碇君と逢う事ができました。
本当に聞きたかった事、私はどうなるのか、それは聞けませんでした。
碇君はあの第伍使徒の時、確かに言ったのです。
「水槽の中の私」と、それはきっと今の私が居なくなるから知った事だと思いました。
でも恐くて聞けませんでした。
その代わり、碇君がここで何をしたのかを聞く事ができました。
それは私に関する事か使徒の倒し方だけでした。
その夜、碇君が作ってくれた料理を二人で食べた時、とても美味しかった。
碇君が帰る時、止めたかった。
碇君が帰った後、泪が出ました。
私は自分が戸惑っていた気持ちの正体を知りました。
私は貴方にこの大事な物を必ず渡します。
碇君は貴方にもきっと私と同じ様に接してくれるはずです。

私は何時居なくなるのか恐くて聞けません。
だから、これから毎日、この手紙を足して行きます。
だから、碇君をお願いします。
私が居なくなったことで悲しまないように。
そして私が渡した大事な物を貴方が遂げてください。

そこからその手紙は、日記の様に日付とその日シンジと何をしたか、自分が何を思ったかが綴られていた。
その始まりは、あのミサトの家を出て公園で逢った日だった。
そして、第拾六使徒が来る前日まで、毎日毎日書かれていた。

はじめて抱き合った日、暖かかった、嬉しかった、幸せだったと。
初めてキスした日、ずっと望んでいた、嬉しかった、幸せだったと。
プラグの中で裸で抱き合って寝た日、嬉しかった、暖かかった、幸せだったと。
初めて結ばれた夜、想いが叶った、もう恐くない、幸せだったと。
初めてシンジが泊まった夜、初めて心地よい目覚めだった、その日、買って貰ったプレゼントは宝物だ、幸せだったと。
毎日毎日、最後には幸せだったと書き綴られていた。

そして、皆に話した日付には、「きっと私はその日同じ事をするだろう、碇君を失う事は耐えられない。碇君に怒られるかも知れないけど、碇君は私が守る。それまで碇君とは一緒に居られる。それだけでも私は幸せ。碇君ありがとう」 と書かれていた。

シンジは声を出して泣いた。
レイはそんなシンジをそっと抱きしめた。

「僕は・・・僕は、解っていたのに、何の手も打たなくて・・・僕は・・・僕は」
「・・・あの娘は碇君を護れて幸せだったと思う」
「ご、ごめん、君を否定している訳じゃないんだ・・・でも・・・」
「・・・解っているわ」

シンジは暫くレイの胸の中で泣いていた。

シンジが落ち着いた頃を見計らってレイが言った。
「・・・私にも二人目にした事と同じ事をして」

「そ、それって・・・」
「・・・私は二人目の大事な物を受け取ったわ。貴方との記憶もある。だけど、それは実感を伴わない、単なる知識としての記憶」

「そ、そうなんだ・・・綾波は僕を受け入れてくれるの?」
「・・・私が引き継いだ物は貴方への想い、受け入れるも何も最初から貴方が私の中には居たわ」

「あ、綾波・・・」
「・・・貴方は私を私として見てくれている。そして綾波レイとして認めてくれている」

「勿論だよ」
「・・・だから私の記憶の中にある貴方に実感が欲しい」

「解ったよ、まず何からがいいかな?」

レイは暫し考えた後、こう言った。
「・・・涙は見せて貰ったわ、次ぎは料理が食べたい」

シンジは少しずっこけた。

(そ、そこからなのね・・・)

「解った、じゃぁ買物に行こう。それと、これ受け取ってくれるかな?」
そう言うとシンジは、あの指輪をレイに差し出した。

「・・・これは」
レイが見入っている。

「二人目の君に買ってあげた物だけど、二人目が最後の力で守ったらしいんだ。君が貰ってくれると嬉しい」
「・・・あ、ありがとう」
レイはそう言うと頬を紅く染めた。

「・・・でもこれは大分先だったはず」
レイが呟いた。

(もしかして、どこまで同じ事をすればいいんだろう・・・)

シンジは冷や汗を流した。

そして二人で食材を買いに出かけた。
レイは殆どの事は知識として持っているようで、以前よりちょっと無表情であまりシンジに引っ付かないレイと言う感じだった。

それでも時々見せる、驚いた顔や、僅かに微笑む表情にシンジは、「やっぱり綾波だ」と感じるのであった。

三人目もやはり肉は苦手だった。

(これはLCLのせいかな?それとも本質?・・・)

等とシンジは考えるのであった。

その夜の食事では、シンジとレイは微笑み合う事ができた。

「・・・これが美味しいと言う事なのね」
レイが呟く。
シンジは微笑んでいた。

そしてシンジが帰る時に、シンジの恐れていた(期待していた)事が起った。

「・・・帰る前に抱き合ってキスしていたわ」
淡々と述べるレイ。

「そ、そうだけど・・・」
「・・・私とじゃ嫌なの?」
上目遣いで見上げるレイ。

(なんでそんな事だけは教えて無くても出来るんだよぉ・・・)

シンジは敢なく玉砕された。

初めての時のように、柔らかく優しく抱きしめるシンジ。
上向き加減で眼を瞑るレイ。

(なんか、より積極的な気がするのは気のせいだろうか・・・)

奇しくもそれは的を射ていた。
今のレイには迷いがないのだ。

重なる唇。
長く甘い時間が二人を包んでいた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。