第弐拾壱話
トラウマ


葬儀の最中で聞こえてくる話。
「仮定が現実の話になった。因果なものだな、提唱して本人が実験台とは」
「では、あの接触実験が直接の原因と言う訳か」
「精神崩壊、それが接触の結果か」
「しかし、残酷なものさ、あんな小さな子を残して自殺とは」
「いや、案外それだけが原因ではないかもしれんな」


「アスカちゃぁん、ママねぇ今日貴方の大好物を作ったのよ、ほら、好き嫌いしてるとそこのお姉ちゃんに笑われますよぉ」
病院で母親を見ているアスカ、そこのお姉ちゃんとはアスカを指している。

病院の医師らしき女性と父親の話し声が聞こえる。
「毎日あの調子ですわ、人形を娘さんだと思って話しかけてます」
「彼女なりに責任を感じているのでしょう、研究ばかりの毎日で娘を構ってやる余裕もありませんでしたから」

「ご主人のお気持ちはお察しします」
「しかし、あれではまるで人形の親子だ、いや、人間と人形の差なんて紙一重なのかも知れません」

「人形は、人間が自分の姿を模して作ったものですから、もし神が居たとしたら我々はその人形に過ぎないのかもしれません」
「近代医学の担い手とは思えないお言葉ですな」

「私だって医師の前にただの人間、一人の女ですわ」


墓標の前で血縁者らしきおばあさんが泣きながら話しかけてくる。
「偉いわねアスカちゃん、いいのよ我慢しなくても」
「いいの、あたしは泣かない、あたしは自分で考えるの」


猿のぬいぐるみを抱き泣いているアスカ。
「ウェェェーーーン、ヒック、ェェーーッン」
(なんであたし泣いているんだろう、もう泣かないって決めたのに)

引き裂かれるぬいぐるみ。
「どうしたんだ?アスカ、新しいママからのプレゼントだ、気に入らなかったのか?」
「いいの」

「何がいいのかな?」
「あたしは子供じゃない、早く大人になるの、人形なんてあたしには要らないわ」

「だからあたしを見て、ママお願いだからママを止めないで」

「一緒に死んでちょうだい」
「ママ、お願いだからあたしを殺さないで!嫌!あたしはママの人形じゃない!自分で考え自分で生きるの!パパもママも要らない一人で生きるの」

「アスカちゃん、一緒に死んでちょうだい」
「一緒に死ぬわママ、だからママを止めないで、ねぇママ!」

「ママーーーーーーーッ!!」
自分の叫び声でアスカは目覚めた。


ケージでミサトが初号機を見上げていた。

(あのアダムより産まれし物エヴァシリーズ。セカンドインパクトを引き起こした原因たる物まで流用しなければ私達は使徒に勝てない。逆に生きる為には自分達を滅ぼそうとした者をも利用する。それが人間なのね。やはり私はエヴァを憎んでいるのかもしれない。父の仇か)


「葛城さん」
マコトに呼びかけられた。

ケージを離れ二人で第三新東京市のはずれにある橋の中間で話をしていた。

「エヴァ13号機までの建造を開始?世界七カ所で?」

「上海経由の情報です。ソースに信頼はおけます」

「何故この時期に量産を急ぐの?」

「第二次整備に向けて予備戦力の増強を急いでいるんじゃない事は確かですね」

「ここにしてもドイツで建造中の5、6号機のパーツを回して貰ってるわ。最近随分と金が動いているわね」

「ここに来て予算倍増ですからね、それだけ上も切羽詰まってると言う事でしょうか?」

「委員会の焦りらしきものを感じるわね」
「ますます、シンジ君の話に信憑性が出てきましたね」

「そうねぇ・・・非公式に行う理由・・・人類補完計画と言う事ね・・・」

ミサトとマコトは、お互い頷きあった。

「加持さんから連絡は?」
マコトが尋ねた。

「まぁったく音沙汰無しよ。生きているとは思うんだけどねぇ」
ミサトが溜息をついた。

マコトも違う意味で溜息をついていた。


発令所は久しぶりに慌しかった。

『総員第一種戦闘配置、対空迎撃戦用意』

「使徒を映像で確認、最大望遠です」
シゲルが報告する。

衛星上に見える、光りの羽の様な使徒の映像が映し出されている。

「衛星軌道から動きませんねぇ」
マコトが現状を呟く。

「ここからは一定距離を保っています」
シゲルの報告。

「って事は、降下接近の機会を伺っているのか、その必要もなくここを破壊できるのか」
「こりゃ迂闊に動けませんね」
ミサトの解析にマコトが応える。

「どの道、目標がこちらの射程距離内に近付いてくれないとどうにもならないわ、エヴァには衛星軌道の敵は迎撃できないもの。チルドレン達は?」
ミサトが諦め気味のセリフを述べながら、パイロットの状況を確認する。

「初号機、弐号機、零号機全て順調、行けます」
マヤが報告する。

「了解、初号機発進!超長距離射撃用意!、弐号機、零号機はバックアップとして発進準備」
ミサトが指示を出す。

降りしきる雨の中、初号機が射出された。
ポジトロンライフルを構え、照準を合わす初号機

「目標未だ射程距離外です」
その時、初号機に向かって一筋の光が使徒から放たれた。

「敵の指向性兵器なの?!」
ミサトが叫ぶ。

「いえ、熱エネルギー反応無し」
シゲルが解析結果を報告する。

「心理グラフが乱れています。精神汚染が始まります!」
マヤが叫ぶ。

「使徒が心理攻撃?まさか、使徒は人の心が理解できるの?」
リツコが驚愕し仮説を立てる。

((((これがシンジ君が言っていた、精神攻撃・・・))))
オペレータ3人とミサトは、考えがユニゾンしていた。

「零号機、弐号機発進!シンジ君を援護して!」

『もぅさっさと出せってのよ!』
『・・・了解』
言葉は違うが二人とも焦っているのは、その顔から見て取れた。

零号機、弐号機が、陽電子砲で応戦する。
『陽電子消滅!』

「駄目です。射程距離外です」
シゲルが結果報告を行う。

弐号機がライフルを必死で撃ちまくる。
「弐号機ライフル残弾ゼロ!」

「アスカ、新しいライフルを出すわ、少しでも敵の攻撃を弱めて!」
「解ってるわよ!」

「光線の分析を!」
ミサトが指示を出す。

「可視波長のエネルギー波です。ATフィールドに近いものですが詳細は不明です」
マコトが分析結果を報告する。

「危険です。精神汚染Yに突入しました!」
マヤが叫ぶ。


シンジの中では、様々な過去が映し出されていた。

エントリープラグで溺れているように見えた母。
駅に置き去りにされる自分。
厄介者扱いされてプレハブの部屋を与えれた自分。
学校で虐められていた自分。
初号機ケージで乗る事を強制される自分。
トウジに殴られる自分。
逃げ出して彷徨う自分。
レイの裸に倒れ込んで胸を掴んでいる自分。
恐い、エヴァに乗りたくないと思って蹲る自分。
アスカとのユニゾン訓練。
アスカの風呂上りの姿を見て照れている自分。
アスカとキスし、嗽に走るアスカ。
アスカに突き放される自分。
シンクロ率を抜かれて突っかかってくるアスカ。
握り潰すエントリープラグ。
血だらけのトウジ。
エヴァで本部を脅す自分。
加持の留守電を聞いて泣いているミサト。
使徒からの心理攻撃により喚き散らすアスカ。
レイの自爆。
水槽に浮かぶ多数のレイ達。
泣き崩れるリツコ。
レイを避ける自分。
握り潰すカヲル。
病室のアスカ。
それを見て自慰を行う自分。
何もしないで蹲る自分。
エレベータの前で崩れるミサト。
エヴァの前で蹲る自分。
量産型エヴァに陵辱された弐号機。
巨大なレイに恐れる自分。
紅い世界・・・
アスカの首を絞める自分。

還って来たシンジ。
何も知らない大人達を嘲り笑っている自分。
レイに拒絶された自分。

(そう、これが僕だ・・・)
(僕ってトラウマだらけだな・・・)
(アスカはこんな苦痛に晒されたんだ・・・)

それでも自我を保っているシンジが居た。
サードインパクトで自分を見せつけられていたシンジにとってこれは2回目の事。
僅かに免疫があったため耐えられたのだった。

(解っていても落ち込むな・・・)
(やっぱり、僕は最低だ・・・)


「レイ、ドグマに降りて槍を使え」
ゲンドウが指示を出した。

「ロンギヌスの槍をか?碇・・・」
冬月が心配そうにゲンドウに呟く。


その言葉を待っていた他の者達の行動は早かった。

アスカはシンジの前に出ようとした。
「駄目だ!」
シンジがアスカを制する。

「何でもかんでも独りで背負ってるんじゃないわよ!」
アスカがそれでも前に出ようとするが、シンジがそれを止める。

アスカは仕方なく初号機の後ろからATフィールドを展開した。

一人呆気に取られているリツコを除いて。
「まさか、使徒は人の心を知ろうとしているの」
リツコだけは、使徒の攻撃に驚愕している。


「碇、早すぎるのではないか?」
「・・・老人達が量産機の建造に着手した、チャンスだ冬月」

「しかし、ゼーレが黙っていないぞ」
冬月がゲンドウに進言する。

「ゼーレが動き出す前に全てを終わらさなければならん、今、初号機を失う訳にはいかん」
「かといって、老人達に無断で槍を使うのはまずいぞ」

「・・・理由は存在すればいい」
「理由?お前が欲しいのは口実だろう」
ゲンドウはニヤリと笑うだけだった。


「パイロット危険です」
「パイロットの生命維持を最優先させて!」
マヤの報告にリツコが慌てて指示を出した。

「・・・碇君!」
ドグマから出てきたレイは初号機の様子を見て叫んだ。

初号機は苦悩に打ち拉がれるように頭を抱え蹲っている。
レイは、槍の投射準備に入った。

弐号機は初号機の後ろでATフィールドを目一杯張っている。
シンジが初号機の前には出させないのだ。

レイが槍を投げ放った。

槍は衛星軌道上の使徒を巻き付けるように使徒を通過していき、使徒は槍の軌跡と共に消え去った。

「パターン青消失、使徒消滅しました」
シゲルの言葉と共に初号機は崩れ落ちた。

「シンジ!」
「碇君!」

弐号機と零号機が初号機に駆け寄り支える。

「だ、大丈夫だよ、綾波、アスカ、ありがとう・・・」
そう言ってシンジは気を失った。


病院で目覚めるシンジ。
横にはいつもの様に心配そうに見つめるレイが居た。

「ごめん、また心配掛けちゃったね」
シンジは済まなさそうに言うと手を出した。

「・・・無理はしないで」
その手を握りしめながらレイは言った。

「・・・ごめん」
シンジはもう一度謝った。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。