第拾六話
四人目の適格者


巨大なクレーンによって細長い円筒状の赤い物体が運ばれてきた。
待っているのはゲンドウとリツコ、だけであった。
円筒の曲面に合わせた四角いプレートには文字が刻印されていた。

DUMMY PLUG EVANGELION <2015> REI-00

「試作されたダミープラグです。レイのパーソナルが移植されています。ただ、人の心、魂のデジタル化はできません。あくまでフェイク、擬似的なものにすぎません。パイロットの思考の真似をする、ただの機械です」

「信号パターンをエヴァに送り込む。エヴァがそこにパイロットがいると思い込み、シンクロさえすればいい。初号機と弐号機にはデータを入れておけ」

「まだ、問題が残っています」
「構わん。エヴァが動けばいい」

「はい」


場所はセントラルドグマに移る。
部屋の中心に備え付けられた円筒形の水槽、その中にLCLに浸されレイは居た。

レイを見ながら話すゲンドウ。
「機体の運搬はUNに一任してある。週末には届くだろう。あとは君の方でやってくれ」
唐突な話だがリツコにはそれが参号機の事であるのは解りきっていた。

「はい、調整ならびに起動試験は松代で行います。」

「・・・テストパイロットは?」
「ダミープラグはまだ危険です。現候補者の中から・・・」

「・・・4人目を選ぶか」
「はい。ひとり速やかにコアの準備が可能な子供がいます」

「・・・任せる」
「はい」

「レイ、実験は終りだ、食事に行く」
「・・・はい」

そんな遣り取りを見て、リツコは顔を歪めていた。

レイはこの実験が嫌いだった。
何より長い時間拘束されシンジに逢えない。
そして、終れば終ったでゲンドウが食事に誘うのだ。
しかし、レイには抗う術はなかった。
ゲンドウの事は嫌いではない。
しかし、それは一般的な父親のような物。
自分を造り自分を育てた存在。
だから、それが計画の為でも問題はない。
自分に誰かを重ねて見ていても問題はない。
今はそれより、シンジと一緒に居たい気持ちの方が強いだけなのだ。


シンジは自室で考えていた。
レイが最近、実験に駆り出される事が多く、この様な日が増えている。

(綾波は、ダミープラグの実験か・・・)
(僕は本当にこのままでいいのだろうか・・・)

(そろそろフォースチルドレンが選出される・・・)
(でもトウジの妹を助けても、きっと誰かが犠牲になって違う人が選ばれるだけなんだ・・・)
(それに、僕にはトウジの妹を助ける力はない・・・)

(父さんに話したとしても、サードインパクトを止めるとは思えない・・・)
(きっと最後の一瞬でも母さんに会えて、始まりに還るなら満足なんだ・・・)
(副司令?あの人程、何を考えているのか解らない・・・)

(そもそもサードインパクトを止める必要があるのだろうか?・・・)
(あの紅い海からは誰も戻らなかった・・・)

(でもあれは違うと思う・・・)
(違う・・・僕は、誰も僕を必要としてなかったから嫌だっただけなんだ・・・)
(じゃぁ誰かが必要としてくれていたら、僕もあそこに居た?・・・)
(希望・・・好きと言う言葉と共に解り合える希望・・・)

(このまま流れのままだとサードインパクトになる・・・)
(サードインパクトを止めたとしてもその後、綾波は無事なんだろうか?・・・)
(使徒として扱われるような気がする・・・)

(NERVはあの時、戦自に攻め込まれて居た・・・)
(だとすると、NERV権限で綾波を護る事はできなくなる・・・)
(そうか、ゼーレもNERVと言うか父さんもサードインパクトを起こすつもりだから後先考えない無茶な事ばかりしているのか・・・)

(解らない・・・僕はどうすれば良いんだ・・・)

リフレッシュコーナーでシンジは加持と遭遇した。
レイが実験のため、自室に居たのだがする事もなく飲み物を買いに来たのだ。

「たまにはどうだい?お茶でも」
「僕、男ですよ?」

「俺もシンジ君と二人っきりで話しをしたかったんだが、君はいつもレイ君と二人だから声を掛け辛くてね」
「何故、僕なんかに?」

それには答えず加持は微笑んでいるだけだった。

「そうだ、一つ良いものを君に見せよう」
「いいもの・・・ですか」

2人は、加持の作っている畑に場所を移動した。

「スイカ・・・ですか?」

「ああ、可愛いだろ?俺の趣味さ、みんなには内緒だけどな。何かを作る、何かを育てるのは良いぞ、色んな事が見えるし判ってくる。楽しい事とかな」

「そんな物でしょうか?」

「あぁそんな物だ」
加持はぶっきらぼうに言い放った。

「シンジ君?何を悩んでいるんだい?」
「やっぱり何か悩んでいるように見えますか?」

「あぁ、悲壮感が背中に漂っているよ、レイちゃんの事かい?」
加持は恋愛の悩みなら相談に乗ってやろうと声を掛けたのだった。

「言いたくないなら言わなくていい、だけど、話せば楽になる事もあるぞ?」
加持は至って、年上の相談者と言う姿勢で言った。

しかし、シンジにはそれはとても辛い物だった。

(話せば楽になるか・・・)
(でも話せば殺されるかも知れない・・・)
(僕は非力だ・・・)
(加持さんに話せば、解ってくれるのだろうか?・・・)

「本当に聞いて貰えますか?」
「あぁ勿論だ」
加持は安請け合いしてしまった。

「ここは盗聴器の類は大丈夫ですか?」
「おぃおぃそんなに大変な事なのかい?安心してくれ、ここはその手の物は無いよ」
シンジの神経質さに加持はおどけてみせた。

「僕には何の力も無いんです。だから殺されないよう、今まで黙っていました」
「おぃおぃ穏やかじゃないなぁ」

「でも、死んで行く人が解っていて、何もしない自分が、最近それでいいのかって・・・」
シンジは涙ぐんでいた。

「シンジ君、何を言っているんだ?」

「僕は、綾波さえ居ればよかったんです。だから後は全て流れのままにと思ってました。でも、この間、母さんの命日に父さんと会って、それじゃぁ父さんと一緒じゃないかと思ったんです」
「碇司令と?」
加持は、話の方向が掴めなくなって来ていた。

「僕は、サードインパクト後の世界から来たんです」
「なんだって?」

「僕の経験したサードインパクトは、全ての生物がLCLに溶けてしまった紅い世界でした」
「それを信じろと言うのかい?」

「別に信じなくても構いません。聞いてくれると言ったから話しているだけです」
「そ、そうだったな、続けてくれ」

「ゼーレの起こしたサードインパクトと父さんの起こしたサードインパクト、その結果だったんでしょう。ゼーレは初号機を依り代とした儀式により、父さんはアダムとリリスを融合させサードインパクトを起こそうとしました」
「何故、ゼーレを知っている・・・いや、いい続けてくれ」

「僕は多分フォースインパクト、母さんとロンギヌスの槍によって起こされたエネルギーにより過去へ飛ばされたんだと思います」
「母さんって碇ユイ博士か?」

「えぇそうです。僕の辿った世界とこの世界は粗、同じ状況になってます。違うのは僕と綾波の関係と、僕がミサトさんの家に住んでいない事、後はクラスメートとの関係ぐらいです」

「フォースチルドレンは選出されましたか?」
「いや、俺はその辺りの情報はよく知らないんだ」

「そうですか、もし選出されたなら、鈴原トウジが選出されていたら、彼の妹が命を落としています。僕は・・・僕は知っているのに、また、何もしないで失われる命が・・・」
「シンジ君・・・」

「加持さん、貴方ももうすぐ、死にます」
それは加持に取って衝撃的だった。

「おぃおぃ、今度は予言かい?」

「例えトウジの妹を助けても、今度は他の誰かが犠牲になってフォースチルドレンは選出されるでしょう、だけど、加持さん、貴方は自分で逃げられますよね?」

「どうして俺が逃げなくちゃ行けないんだい?」

「ミサトさんが泣いて、アスカが壊れるからです」
「どう言う事だい?」

「もし、もう一度会う事が出来たら8年前に言えなかった言葉を言うよ・・・そう加持さんは留守電に残して帰らぬ人となりました」
「それが君の辿った世界での出来事かい?」

「そうです。そして僕は全てを知っている訳ではありません。サードインパクトの時触れ合った人と、リツコさんに教えて貰った事ぐらいしか知らないんです」
「リッちゃんに?」

「えぇリツコさんは、第壱拾六使徒が倒された後、僕をセントラルドグマに連れて行って色々教えてくれました」
「後は、戦自が攻めて来た時にミサトさんが色々教えてくれました」
「でも、そんなの僕の頭じゃ理解出来なかったんです。今でも出来てないです。何が正しくて何が悪いのなんか判断着かないんですよっ!」

シンジは最後の方は声を荒げていた。
それは、今まで時を遡ってからシンジがずっと抱えていた罪悪感であった。

「セカンドインパクトだって、葛城調査隊がアダムのS2機関に手を出したから起こったんです。でもそれだって人類の未来のためだと葛城博士は信じていただろうし、アダムを卵まで還元させたのは、使徒の襲来を遅らせて対抗手段を用意するためだとゼーレは思ってます。そのため40億の人間を犠牲にしても・・・確かにアダムがそのまま生存していたら人類は滅んで居たでしょう」

「それがセカンドインパクトの真実か・・・」

「真実は解りません、それが事実です」
「どういう事だい?」

「実験の前日に全ての資料を持って南極から父さんは引き上げてます。でも、それは母さんも知っていたはずなんです。止めなかったのか止められなかったのか。本人に聞かなければ解りません」
「成る程・・・事実と真実は違うと言う事か・・・」

「今の父さんはサードインパクトを利用して母さんに会う事だけを考えています」
「そのために全てを犠牲にするか・・・そしてそれを知っているけど何も出来ない君は司令と同罪だと?」

「えぇ僕は綾波さえ居れば良いと思ってますから」
「だけど、黙っている事が苦しくなって来た?」

「黙っている事より、死んでいく事が解っている人に何も出来ない事です」
「成る程、俄に信じがたい話だな・・・何かシンジ君の話が本当だと言う確証が欲しいな」

「加持さんが3重スパイだと言う事は知ってます」
「こいつは参った」
加持は頭を掻いた。

「次ぎの使徒は、エヴァ参号機を侵食し、乗っ取って来ます。松代での実験時に爆発が起こりミサトさんとリツコさんが怪我をします」
「成る程、知っているけど何もできないと言うのは、そう言う事か」
加持も実感した、教えたからと言って信用して貰えるとも思えない。
止める事は不可能だろう。
教える事により自分が怪しまれる方が危険になる。

「どうして俺にその話をする気になったんだい?」
加持は疑問をぶつけた。

「多分、加持さんなら話しても、無闇に父さんに報告しないと思ったからです」
「確かにな・・・」

「一つ聞きたいのだが、戦自が攻めてくるとはどういう事だい?」
「多分、使徒を全て倒した後、NERVを占拠するためだったと思います。確かA-801とかが発令されたとかだったと・・・」

「成る程、そう言う事か・・・」
加持はA-801の内容を知っている。
そのため大体の経緯が推測できた。

「今日は、済みませんでした。こんな話をしてしまって」
「いや、また何か話しをしたくなったら遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます」
シンジはそう言うとその場そ立ち去った。


シンジは自室で考えていた。

(話してしまってよかったのだろうか・・・)
(遣ってしまった事は仕方ない・・・)
(後の判断は加持さんに任せるしかないか・・・)

(綾波は、今の綾波ならきっと自爆を止まってくれるだろう・・・)
シンジは安易に考えていた。

その夜、レイが尋ねてきた。
レイを送って帰るシンジ。

「加持さんに、僕が時を遡って来た事を話したよ」
レイは一瞬、眼を見開いたが
「・・・そう」
と一言だけ言った。

「僕の辿った世界では、次ぎの次ぎの使徒の後ぐらいで加持さんは死んだんだ」
「・・・・・」
レイは黙って聞いている。

「今度はどうなるか解らないけど、それだけは教えておきたかったんだ」
「・・・それだけ?」
「うん、それだけ」

「・・・あの人はあまり信用できない気がする」
「確かにそうだね、でも加持さんはミサトさんやアスカの拠り所なんだよ」

「・・・弐号機パイロットが心配なの?」
「それにミサトさんもね」

その夜はレイの部屋に入った。
レイは実験のある日、特にゲンドウと食事をした日はシンジを求める事が多かった。
シンジもそれに応じた。

レイはそんな時はいつも「ごめんなさい」と言う。
そしてシンジはいつもこう言うのだった。

「綾波にだって避けられない事はあると思うんだ。僕はこうやって綾波が僕の傍に来てくれるだけで幸せなんだよ」


その日の夕方、加持はネルフ内の自分の仕事用のパソコンの画面を見つめていた。
フォースチルドレン関連のデータを何度も呼び出して、シンジの言った事の裏を取っていた。

プシュー!

部屋のドアが開いて、アスカが顔を覗かせた。

「加持さん」
「アスカか、すまない。今ちょっと忙しいんだ、後にしてくれ」
「これ、私達のシンクロデーターね」

アスカは構わず部屋に入ると、加持の後ろからパソコンの画面を覗き込んだ。

「・・・なにこれ?どう言う事?!フォースチルドレンが、なんでこいつなの?!」

フォースチルドレンがトウジだと知って、アスカが何かを喚いていた。
加持は「シマッタ」と言う顔をしていたが、時既に遅かった。


続きを読む
前を読む
メニューに戻る


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。