第拾弐話
ラーメンはニンニク
今回、シンジはトウジやケンスケとあまり親しくなっていない。
まず、トウジに殴られなかった事、トウジが謝りに来た時にレイとすれ違いがありそれどころでは無かった事、そのためオーバーザレインボーにも一緒に行かなかった事。
更にはシンジは常にレイとの事を優先させていたのでケンスケ達と放課後を共にする事もなかった。
ましてや、シンジはミサトと同居していない。
ケンスケ達が朝、迎えに来ると言う事もないわけで、故にミサトの昇進に気付くケンスケが存在しなかったのである。
アスカが気付いて昇進祝いをするなどと言い出す訳もなかったのだが・・・
ここに一つシンジの大きな誤算があった。
それは、前回マトリエル戦の後、行った大宴会である。
シンジの料理に味を占めたオペレータ3人衆が、如何に次の宴会を設定するかを、日々画策していたのであった。
当然ミサトの昇進を日向マコトが見逃すはずはない。
今回、シンジは一つの作戦を取った。
まず、食材は前もって大量に用意した。
そしてアスカにそれとなく委員長を誘う事を進言したのである。
アスカは元々誘うつもりだったらしかったので、委員長に料理のお手伝いをお願いした。
そして、皆が揃う前にはテーブルの上に乗り切らないぐらいの料理を用意しておいたのである。
更に、暖めればすぐ出せるように何品か用意しておき万全の体制で臨んだ。
かくして第二回葛城邸大宴会は幕を開けたのであった。
「「「「「「あめでとうございまーす」」」」」」
チン!
部屋にいた全員で乾杯を交した。
「有難う、皆」
現在、出席者、マヤ、シゲル、マコト、ミサト、シンジ、レイ、アスカ、ヒカリ、ペンペンである。
ペンペンはヒカリの膝の上で御機嫌でビールを飲んでいる。
「今日はまた、凄い豪勢ですねぇ」
マヤが驚愕の声をあげている。
「今日は前もって教えて貰えたし、綾波や洞木さんに手伝って貰えたので」
シンジは謙遜して答えた。
「わ、私は本当にちょっと手伝っただけです。碇君がこんなに凄いなんて・・・」
ヒカリが俯いて答えた。
レイは既にお気に入りのポテトサラダをちゃっかり確保して幸せそうに食べていた。
「洞木さんも凄いもんだったよ、こっちのお皿なんて全部洞木さんが作っちゃったじゃない」
シンジはフォローを入れたつもりだったがレイが何か言いたそうな顔で見ている。
「綾波もかなり料理できるようになったね」
シンジはレイにだけ聞こえるように言った。
レイは満足そうに微笑むと、ポテトサラダに再度侵攻を開始した。
「そんなに恰好いいの?加持さんって」
「そりゃもう!ここにいる芋の固まりとは月とスッポン!比べるだけ加持さんに申しわけないわ」
アスカがヒカリに加持の自慢話をしていた。
マコトとシゲルがさめざめと涙を流していた。
その時、チャイムが鳴った。
「加持さんだぁ!」
アスカがはしゃいだ声を上げて玄関を開ると、加持とリツコが揃って部屋に入ってきた。
「よっ、本部から直なんでね。さっきそこで一緒になったんだ」
「「怪しいわね」」
アスカとミサトがユニゾンした。
「あら、焼き餅?」
「そんな訳ないでしょ」
「いや、この度は御昇進おめでとう御座います、葛城3佐」
加持が頭を軽く下げた。
「ま〜でも、これでタメ口がきけなくなるな。」
心にも無いことを言う加持。
「何言ってんのよ、ぶわぁ〜かっ!」
「しかし司令と副司令が揃って日本を離れるなんて前例の無かった事だ。これも留守を任せた葛城を信頼してるって事さ」
「司令と副司令、出掛けてるんですか?」
アスカが不思議そうに口を挟んだ。
「司令達は南極よ」
リツコが答えた。
そんな事には興味がないとばかりに宴会は盛り上がる。
そして、本日も、シンジとレイは手を繋いで帰るのだった。
別れ際の抱擁も既に定番となっている。
前回の宴会の後での出来事の後、シンジがレイの家で晩御飯を作り、食べて帰る時にそれは起こった。
レイは、おずおずと、やっていいのかどうか戸惑っているように控えめに、扉を開けようとするシンジを後ろから抱きしめた。
「・・・こうすると、ゆっくり眠れたから」
とレイは言っていた。
シンジはレイに向き直り、レイが離すまで優しく軽くレイを抱擁していたのだった。
それ以後、シンジと別れる前には抱擁することとなった。
勿論、シンジが恥ずかしがるので人の居ない場所でだけだったが。
翌日、使徒が現れた。
「えーっ!手で受け止める!?」
作戦を聞いてアスカが絶叫した。
「そう、落下予測地点にエヴァを配置、ATフィールド最大であなた達が直接、使徒を受けとめるのよ」
「使徒がコースを大きく外れたり、エヴァが衝撃に耐えられなかったら?」
「その時はアウトね」
「勝算は?」
「神のみぞ知る、と言ったところかしら・・・」
「上手く行ったら奇跡ですね」
「奇跡ってのは起こしてこそ初めて価値が出るのよ」
「つまりなんとかして見せろって事?」
アスカはミサトの方に向き直った。
「すまないけど、他に方法が無いの、この作戦は」
「作戦と言えるの?これが!」
「ほんと、言えないわね?・・・だから嫌なら辞退できるわ」
「「「・・・」」」
3人は視線だけでミサトに作戦遂行の意志を告げた。
「一応規則だと遺書を書く事になってるけど、どうする?」
「別にいいわ、そんなつもりないもの」
「・・・わたしもいい、必要ないもの」
「僕もいいです」
「すまないわね、終わったらみんなにステーキ奢るから」
「ほんと!?」
アスカは嬉しそうに声を上げる。
「ステーキはちょっと・・・」
「なんでよシンジ!」
「綾波は肉が嫌いだから・・・」
「あ、そうだったわね。ごめんね」
謝りながら自分の迂闊さにミサトは頭を掻く。
「何にするかは、エヴァから降りてくるまでに考えておきます。それでいいですよね?」
シンジは軽く微笑んだ。
エレベータで移動中にシンジはアスカに尋ねた。
「アスカ?」
「何?」
「アスカはなぜ、エヴァに乗ってるの?」
「そんなの決まってんじゃない。自分の存在を世間に知らしめるために決まってるでしょ」
「他人に認められると言う事?」
「まっ似たようなものね。そういうあんたこそどうして乗ってるの?」
「僕は、全ては流れのままに・・・かな」
「何よそれ?」
「自分のやりたい事は主張するけど、大きな流れには逆らえないからね」
「なんかそれって状況に流されてるだけじゃないの?」
「そうかもしれない、でも無闇に逆らっても押し潰されるだけだから」
「ファーストには聞かないの?」
「綾波には前に聞いたんだ」
「はん、仲の宜しいことで」
『目標、最大望遠で確認!距離およそ2万5千』
『目標は光学観測による弾道計算しかできないわ。よって、MAGIが距離一万までは誘導します。その後は各自の判断で行動して!あなた達に全てを任せるわ』
『使徒接近、距離およそ2万』
『では、作戦開始』
「行くよ」
シンジの声にレイとアスカが頷き、動くのに邪魔なアンビリカルケーブルを切り離す。
「スタート!」
シンジの掛け声と同時に3体のエヴァが一斉に使徒の落下予測地点へと走り出した。
3体とも途中の丘や送電線を飛び越えてかわしながらグングンと加速する。
『距離1万2千!』
ぐんぐん走る3機のエヴァ。
シンジが目標落下地点に到達した。
「フィールド全開!!」
シンジの展開したフィールドが周辺の木々を吹き飛ばす。
次いで零号機が到着した。
「・・・弐号機フィールド全開」
「やってるわよ!」
レイの声にアスカが苛立つ。
「アスカ!」
「任せて!」
そしてアスカがプログレシッブナイフを使徒に突き立て、殲滅した。
爆発する使徒。
通信が繋がったようだが、シンジ達はその場には居なかった。
ミサト達4人は屋台のラーメン屋に居た。
「心配しなくてもミサトの財布の中身ぐらい解っているわよ、ラーメンならファーストも食べれるって言うしね」
アスカが言う。
「あたし、フカヒレラーメンチャーシュー大盛りで!」
「・・・ニンニクラーメンチャーシュー抜き」
「あらぁ、レイ?ニンニクラーメンなんか食べたらシンちゃんにキスして貰えないわよ」
ミサトがおどけて言う。
「・・・キス?」
そんな遣り取りを遮るようにシンジが注文した。
「僕もニンニクラーメン」
「やるわねぇシンちゃん!二人で食べれば恐くないか」
薮蛇だった。
紅くなるシンジ。
「私は醤油ラーメン大盛り!」
散々ミサトにからかわれた後、アスカはミサトと帰り、シンジはレイを送っていた。
手を繋いで歩いているシンジとレイ。
「・・・どうしてニンニクラーメンを食べるとキスして貰えないの?」
レイは誰と誰がするのか考えず率直な質問をしただけだった。
「そ、それは、ニンニクの臭いが強烈だからかな?・・・」
「・・・そう、二人で食べれば恐くないって言うのは?」
「そ、それは、お互いに食べていれば、臭いも気にならないからじゃないかな?」
「・・・お互い・・・」
そこまで言ってレイは顔を真っ赤にした。
ここに来て漸く自分とシンジの事だと気が付いたのだ。
「・・・碇君は私とキスしたいからニンニクラーメンにしたの?」
「い、いや、そう言うわけじゃ、いや、したくない訳じゃなくって、いや、したいけど、その・・・あの・・・」
シンジは久々に回答に窮した。
レイは立ち止まると、何処で覚えたのか目を瞑り手を後ろに組んで顔を上向けている。
(こ、これは・・・逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ・・・)
シンジはレイの肩をやさしく掴み、唇に自分の唇を重ねた。
ミサトに教えられた大人のキスではなく、淡いファーストキスの様に。
「・・・ニンニクの臭いはしないわ」
そう言うとレイはシンジの首に腕を回し、再び唇を吸って来た。
(あ、綾波・・・どこでこんなテクニックを・・・)
それはミサトにされた大人のキスより強烈だった。
シンジの口の中を弄るレイの舌。
いつしかシンジもレイの舌に自分の舌を絡めていた。
それは優しくお互いの舌を包みあうように。
お互いの息さえ吸い込むように。
長い長い口吻。
(と、とろけちゃうよ、綾波・・・)
唇を離した時、レイは少し紅潮していた。
息も少し上がっている。
「・・・少しニンニクラーメンの味がした」
俯き加減でレイはそう言うと、先に歩き出した。
「あ、綾波待って」
シンジはレイを追い駆けると、レイは手を出して待っていた。
そこから二人、手を繋いで何時ものようにレイのマンションまで送るシンジ。
扉の前で行われる、いつもの儀式。
今日はその抱擁に加え、先程と同じか先程よりも強烈な口吻が加わっていた。
唇が離され、シンジは
「それじゃ、また明日」
と言った。
「・・・えぇまた明日」
ここで別れる事が出来るのは若さ故か。
何時もと違うのはレイが去って行くシンジをずっと見守っていた事。
シンジが何度も振り返った事。
シンジの姿が見えなくなり、漸く部屋に入ったレイ。
当然、その夜、シンジは悶々として寝付けなかった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。