第七話
全ては流れのままに


ヤシマ作戦の後、シンジは余儀なく入院させられた。
フィードバックではなく物理的な火傷による炎症が酷かったためだ。

入院中、レイは何度もシンジの病室の前までは来ていた。
しかし、入る事はなかった。
シンジは、そんな事は知らず、やはりレイには嫌われたままだと思っていた。

(やっぱり僕は馬鹿だ・・・)
(綾波の笑顔を見るどころか、綾波を泣かしてしまった・・・)
(何をやっているんだ、僕は・・・)

シンジは元来の内罰的思考に陥っていた。

レイのそんな様子をモニタで見ていたミサトは一役買って出る事にした。
リツコには「放っときなさい」とは言われたのだが、ラミエル戦でのいきなり初号機を危険に晒した事や、ヤシマ作戦でシンジの提言を活かせなかった事に負い目を感じており、なんとか二人の力になってやりたいと思っていた。

なによりミサトにはシンジの「綾波は僕の全て」発言とか「綾波が危険なのに平常心で居られない」と言う言葉が切なくのし掛かっていたのだった。

ミサトがシンジの病室の前に行くと、扉の前でレイが立ち尽くしていた。

「レイ?何してるのかなぁ?」
ミサトはいつものおどけた調子で声を掛けた。

「・・・何でもありません」
そう言うとレイは立ち去って行ってしまった。

「あっちゃー」
ミサトはレイを追いかけた。
レイを連れて行かないのなら意味はないのだ。

「待って!待ってよ!レイ」
レイは立ち止まり、ミサトの方を向いた。
それは以前ミサトの家で生活している時のレイの顔ではなく、もっと前の拒絶する様な無表情。
暫く一緒に住んでいたため、ミサトにもそれくらいは解るようになっていた。

「・・・何でしょう?葛城一尉」

「ごめんごめん、からかうつもりじゃなかったのよ、シンジ君のお見舞いに来たんでしょ?一緒に行きましょ」

「・・・それは命令ですか?」
頑なな拒絶の視線にミサトも怯みかけた。

「命令じゃないわよ、でもレイも仲直りしたいんじゃないの?一人で入り辛いなら一緒に入れば大丈夫よ」
ミサトはいつもとは違い、腫れ物を触るように言葉を選んだ。

レイは黙っている。

「レイ?シンジ君は貴方をとても大切に思っているわ、この間なんて、『綾波は僕の全てです』なんて言ってたのよ、ね?一緒に行きましょ?」

レイは一瞬ハッとした顔をしたが俯いて黙っている。

「じゃぁ、こうしましょ、私もシンジ君に謝りたいけど、一人で行くのが怖いから着いて来てちょうだい、それならいいでしょ?」

レイは、漸くコクンと頷いた。

ミサトはレイの手を引っ張ってシンジの病室に行く。
「シンジ君?入るわよ」
例によってノックもせずに入ったミサト、その影に隠れるようにレイも付いて入っていた。

「あっミサトさん・・・それに綾波も・・・来てくれたんだ・・・」
シンジは微かに微笑んだ。

(ミサトさんが引っ張って来てくれたのかな?・・・)
(でも、また命令とか言って無理矢理連れてきたんじゃないのかな・・・)

シンジは全面的に喜ぶ事はできなかった。

「シンジ君、この間はごめんなさいね」
「えっ?何の事ですか?」
「突然初号機を出したり、シンジ君の提言を活かせなかったり・・・」
「あれは、僕が怖くて喚いていただけですから気にしないで下さい・・・」
「シンジ君・・・ありがとう」
ミサトは少し涙眼になった。

「ほ、ほら、レイも言いたい事があるんでしょ?」
ミサトはレイを前に押しやった。

「綾波・・・」

「・・・碇君」
レイは俯いている。

「わ、私はお邪魔みたいね、じゃぁ先に帰るから、仲直りするのよ」
そう言ってミサトは病室を出た。
「あっミサトさん」
「何?」
「ありがとうございます」
ミサトは振り向かず手をヒラヒラさせて出て行った。

レイはまだ俯いている。
「・・・私は」
レイが何か言おうとしている。
スカートの裾をギュッと握りしめているレイ。

シンジは黙ってレイの言葉を待った。

「・・・私は貴方を信用したわけじゃない」
「・・・うん」
シンジは頷くしかなかった。

「・・・でも・・・ありがとう」
(アリガトウ、あの人にも言った事がない言葉、でもこれが一番正しいと思う)とレイは考えていた。

「え?」
「・・・貴方は私の全てを受け入れてくれている、それだけは解った」
「・・・うん」
シンジは嬉しかった。

(また、ここから一歩ずつ綾波に近付いて行こう・・・)

そう決意していた。

「・・・あの時、貴方を失うのは怖かった」
「え?」
「・・・それは何故か解らない」
「そ、そう」
「・・・多分、貴方には代りは居ないからだと思う」
レイは自分で考えついた理由を話していた。
それが正解ではないと気付かないまま。

「そ、それはそうだね、でもありがとう」
レイはハッと顔を上げた。
そこにはシンジの笑顔があった。

レイも少しだけ微笑んだようだった。
それはシンジさえも見間違えかと思うほど、ほんの少しだけ。

「・・・話はそれだけ、さよなら」
そう言うとレイは踵を返した。

「綾波!」
シンジは思わずレイを呼び止めた。
「・・・何?」
レイは振り返らなかったが、今度は応えた。

「別れ際は『さよなら』じゃなくって『またね』って言ってくれるかな?」

レイは暫く黙って考えているようだった。

「・・・解ったわ、それじゃまた」
「ありがとう綾波、またね」
レイは病室を出て行った。

シンジは小さくガッツポーズを取っていた。

レイが扉を出るとミサトが立っていた。
「どう?仲直りできた?」
「・・・解りません」

「そう・・・」
「・・・言いたかった事は言えました」
「そう、良かったわね」
レイはコクンと頷いた。 ミサトはそれだけで満足だった。


シンジは退院し、学校にも通っていた。
レイとの関係は、前ほどではないにしろ、全く無視と言う状況からはなんとか脱していた。

シンジが何度か
「ミサトさんの所に戻らない?」
と聞いたのだが

「・・・必要ないわ」
と断られていた。
それでも弁当だけは、受け取って食べてくれるようには、なっていた。

そんなある日、シンジにだけ呼び出しが掛かった。
シンジが行ってみると、暴走したJAを止めると言う事だった。
シンジの活躍により、ヤシマ作戦で盾になったにも関わらず初号機の損傷は軽微だった。

機内で説明を聞いて、ミサトを手のひらにのせ初号機が降下する。
ミサトはJAと併走して乗せてくれと言っていたのだが、シンジはミサトの乗っていない方の手を水平に薙払った。

初号機の放ったATフィールドにより腰から下が切れて上半身だけ倒れるJA。
シンジはまだ動いている邪魔な手もATフィールドで切り取り、ミサトをJAの背中に乗せた。

パスワードが変更されておりミサトの手ではなく、時間で炉心融解前に止まるJA。
ミサトはきな臭いものを感じていた。


そんなある日、自宅のベッドでシンジは考えていた。

(母さん、僕は流れが解らないよ・・・)

シンジの回想・・・
全ての生命が溶けたLCLを前に佇むシンジ。

「気持ち悪い」
の一言を残してLCLに溶けてしまったアスカ。

シンジの横にはアスカのプラグスーツと包帯が人型のまま残っている。

空に掛かるLCLの虹、しかし色は赤のみ。
遠くに見える崩れゆく、レイの顔。

そこに空から降り注ぐ、1点の光り。
どんどん近付いてくる。
シンジは巨大隕石でも近付いて来ているのかと考えて居た。
それならそれで良いと・・・

それは、大きな音と共にシンジから程なく離れた所に落ちた。
砂煙が晴れる頃、シンジはそちらを向いて驚愕した。
それは、ロンギヌスの槍を持った初号機。

「何故、初号機が?誰が乗ってるの?」
シンジは久しぶりに立ち上がり初号機に近付いた。

『シンジ・・・』
初号機から声がする。

「誰?」
『私は、そう、初号機そのものかしら?』
「もしかして、母さん?」
『あら、よく解ったわね』
結構、脳天気な声が初号機から聞こえる。

「母さん、これが母さんが望んだ世界なの?!」
シンジは顔もはっきり覚えていない母に怒りを感じていた。

『ごめんなさいね、シンジ、でもこれも流れだったよの』
「流れって何だよ!」

『貴方は流れに逆らって、動く事を止めた、その結果なのよ』
「やっぱり僕のせいなんだね・・・」
『貴方だけのせいでは、ないわ』

『ゼーレやゲンドウさん、それに戦自や日本政府とか各国政府も、色んな人が流れに逆らった結果なのよ』
「でも、僕がもっとしっかりしていたら・・・」
『そうね、貴方は止まってしまったから流れに押し潰された、流れに逆らわなければ違った結果があったかもしれないわね』
「やっぱり、そうなんだ・・・」

『そう、悲観するものでもないわよ、シンジ』
「なにがだよ!もうどうしようもないじゃないか!」

『私が貴方を過去に戻してあげるわ』
「えっそんな事ができるの?」
『それは私を信じなさい、それより貴方は過去に戻ったら、どの流れに乗るの?』

「僕は、過去に戻れるなら、綾波のために生きる」
『そう、レイちゃんのためね、それはそれで構わないわ、でもどのレイちゃん?』

「そ、それは、全部だよ、二人目も三人目も、水槽に浮かぶ綾波も、巨大な綾波も全部だよ」
『そう、全てのレイちゃんをどうするの?』
「それこそ、流れのままにだよ、流れのままに僕に出来る限りの事を・・・」

『レイちゃんが好きなのね』
「そうだと思う、でもそれよりも最後まで僕を見てくれたのは綾波だけだったんだ。なのに僕は綾波を恐れて、避けて、怯えて、なのに綾波は僕の願いを聞いてくれて・・・僕は最低だ」
拳を握り肩をわなわなと震わせているシンジ。

『アスカちゃんはどうするの?』
「アスカは、僕に認めてもらいたい癖に僕を認めないから・・・」
『から?』

「今度はアスカに頼らないようにするよ、アスカはそれが一番気に入らなかったみたいだから」
『そう、解ったわ、頑張りなさい』
そう言うと初号機は自分のコアにロンギヌスの槍を突き刺した。
咆吼する初号機、辺り一面に煌めく光り。

「母さん、何をするのさ!母さん!母さん!!」


(そして僕は、時間を遡った・・・)
(そうだった、その時に出来る限りのことを・・・)
(僕はそれを忘れていたんだ・・・)
(そして僕はまた流れに逆らってしまったんだ・・・)
(全ては流れのままに・・・)

(母さん、僕はまだ流れのままに生きられるかな・・・)

(アスカがそろそろ来日する・・・)
(アスカは助けて欲しかったんだ・・・)
(でもプライドの高いアスカが僕に助けられるのはもっと屈辱なんだ・・・)
(甘えたかったアスカ・・・)
(でも、それも加持さんぐらいの大人じゃないと出せないアスカ・・・)

(僕はアスカと上手くやっていけるんだろうか・・・)
(とても無理だ、アスカと上手くやって綾波に出来る限りをなんて器用な事できるはずない・・・)
(僕はきっと僕の行動を選ばないと行けない時が来る・・・)
(その時のためにも、僕はアスカに対する態度を決めなければいけない・・・)

(そうだったね母さん・・・)
(僕は今度はアスカに頼らないようにしなくては・・・)
(多分、それが僕にできるアスカにとっての最善・・・)

(後は、全て流れのままに・・・)

レイと危機的状況になったシンジは、アスカとの事をかなり冷静に考えられた。


そして翌朝、ミサトがシンジに言った。
「シンちゃん?今日、私とちょっちデートしない?豪華なお船でクルージングよん」


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。