第六話
それでも・・・


シンジは病院で目を覚ました。
気が付くとレイが横に立っていた。
「綾波・・・」

レイはスカートのポケットから手帳を取り出し読み始める。
「明日午前0時より発動されるヤシマ作戦のスケジュールを伝えます。
碇、綾波の両パイロットは本1730、ケージにて集合。
1800、エヴァンゲリオン初号機、及び零号機、起動。
1805、出動。同三十分、双子山仮設基地に到着。
以降は別命あるまで待機。
明日0000、作戦行動開始。
これ、新しいプラグスーツ」

そういってレイは袋をシンジのベッドに放り投げた。

中には真新しいプラグスーツが入っている。
「あ、ありがとう」
「・・・寝ぼけてその格好でこないでね」

「うん、解った」

レイは廊下に出ると食事を載せたワゴンを押して戻って来た。
「・・・これ食べて」
「解った、置いておいて」

「・・・60分後に出発よ」
「・・・うん」

「・・・ケージで葛城一尉と赤木博士が待っているから」
「あ、綾波・・・」
「・・・さよなら」
レイはそう言うと病室から出て行った。

「うぐっ・・・うっ・・・うっ・・・綾波・・・」
シンジは泣いて居た。
レイはその声を扉の外で聞いていたが、一瞬だけ眼を見開き、すぐその場を離れて行った。


学校の近くの山がスライドしてエヴァンゲリオンが出てくる。
学校の屋上ではクラスメート達が手を振っていた。


双子山ではミサトとリツコの前にシンジとレイが立ち、説明を受けていた。
「本作戦における担当を通告します。シンジ君は初号機で砲手を担当、レイは零号機で防御を担当」
「・・・はい」
「・・・了解」
ミサトの説明に二人は返事をする。

「これはシンジ君と初号機とのシンクロ率の方が高いからよ。
今回の作戦ではより精度の高いオペレーションが必要なの。
陽電子は地球の自転、磁場、重力の影響を受け、直進しません。
その誤差を修正するのを忘れないで、正確にコア一点のみを貫いてね」
リツコが陽電子砲の特性を説明した。

「どうやるんですか?」

「それは大丈夫、貴方はテキスト通りにやって、真ん中にマークが揃ったら撃てば良いのよ。後は機械がやってくれるわ」

「・・・はい、もし1発目が外れたら?」

「2発目を撃つには冷却や再充填等に合計20秒掛かるわ。その間レイの盾に守ってもらう事になるわ」
「余計な事は考えないで、1発目を当てる事に集中して頂戴」
リツコの説明にミサトが追尾する。

シンジは苛ついていた。
このままではレイが加粒子砲に晒される。
しかし、シンジには護る手段がない。

「・・・余計な事は考えるな・・・か」
「何が言いたいの?」
ミサトが怪訝な顔をした。

「僕が待ってって言うのに強制的に発射させて瀕死にしておいて、余計な事を考えるなって、そんなの無理に決まってるじゃないか!!!」
シンジは叫んだ。

その迫力にミサトとリツコは一瞬怯んだ。
「いいわ、言いたい事を言いなさい」
ミサトはシンジに言わせるだけ言わせた方が得策と考えた。

「盾は何秒持つんですか?」
シンジは静かに聞いた。
「理論値では17秒よ」
リツコが答える。

「それだと、1発目が外れれば確実に盾は融解しますね」
「そうね」

「使徒が同時に撃ってきたら、当たりますか?」
「お互いに干渉して外れるわ」

「1発目の発射準備中に使徒が撃って来るようだと、再計算できますか?」
「できるわ」

「ATフィールドは計算に影響しますか?」
「ATフィールドはエネルギーと言うより位相空間なので影響しないわ、でもできれば射軸に対し直角であって欲しいわね」

「解りました、僕が防御では駄目ですか?」
「えっ?」
これにはミサトが驚いた。
てっきり怖くなっているのだと思っていたのだ。
しかし、今の質問内容から防御の方が危険度が高いと思ったはずだ。

「僕の方がシンクロ率が高い、それは、より強力なATフィールドを張れると思うんですが」
「そうね、シンクロ率とATフィールドの強度の関係は立証されていないけれど、レイはまだ起動に成功したばかりだからシンジ君の方がATフィールドは強いと思うわ」
リツコは淡々と現状のデータから答えられる事だけを答える。

「でも、このオペレーションは高い精度が必要なのよ」
ミサトが暗に変更はできないと言っている。

「僕は、綾波が危険に晒されている時に平常心で照準を合わせる自信がありません」

睨合うシンジとミサト。

「解ったわ、砲手はレイ、防御をシンジ君に変更します」
ミサトが折れた。

「ありがとうございます。我儘を言ってすみませんでした」
シンジはぺこりと頭を下げた。

「時間よ、二人とも準備して」
「「・・・はい」」

仮設の更衣室で二人が着替えている。
シンジは脱いだ服をいちいちきちんと畳んで、重ねて綺麗においた。
そしてプラグスーツを着込むと、スイッチを押して余計な空気を排出し、体にフィットさせる。
一方、シルエットさえ映る薄さのカーテン一つ隔てたところでは、レイは無造作に脱いだ物を置き着替えていた。

「・・・どうしてあんな事言ったの?」
珍しくレイから話しかけてきた。

「言った通りだよ、僕には冷静に照準を合わせる自信がない」
「・・・そう」
レイはそれ以上追求してこなかった。


双子山に急場で作られたエヴァンゲリオン搭乗タラップでは、シンジとレイが最上段でならんで座っていた。
冷却装置の水の音やライトの操作音、電源関係の車両のエンジン音などもこの高さまでは風でかき消され、静寂が二人の間を流れている。
雲一つなく、月夜の空に星が無数に瞬いている。

「綾波・・・」
「・・・・・」
返事はない。

「綾波は何故エヴァに乗るの?」

(もう僕とは話しもしてくれないのか・・・)

「・・・絆だから」
少し間を置いてレイが答えた。

「父さんとの?」
「・・・みんなとの」

「みんなって誰さ?綾波は父さんしか見えてないじゃないか!」
シンジはまた苛立って声を荒げてしまった。

(馬鹿!そんな事が言いたいんじゃないのに・・・)

暫く静寂が支配する。
「・・・私には他に何もないもの」
レイがそう言うとアラームが鳴った。

「・・・時間よ」

レイは立ち上がりエントリープラグへと向かった。

「・・・さよなら」

一瞬立ち止まり放たれたレイの言葉、それは、またしてもシンジにはシンジを拒絶するATフィールドの様に感じられた。

(綾波、今度は僕が君を護るよ・・・)

今では、それだけがシンジのレゾンデートルだった。


《東京標準時00:00:00》

「作戦スタートです」
日向がミサトに告げた。

「レイ、日本中のエネルギー貴方に預けるわ」
『・・・了解』

「第一次接続、第407区まで送電完了、続いて第408区から第803区までの送電を開始します」
日向がレバーを起こすと、付近一帯を地鳴りのような音が包んだ。

「ヤシマ作戦スタート!!」
ミサトが作戦の開始を告げた。

「電圧上昇中、加圧水系へ」
「全冷却機出力最大へ」
「陽電子流入順調なり」
「温度安定依然問題無し」
「第2次接続!」
「全加速器運転開始、強制収束機作動!」
エネルギーを示すメーターが順調に上がっている。

「第三接続、完了」
「全電力、ポジトロンライフルへ」
「最終安全装置、解除」
「撃鉄、起こせ」
モニター上のライフルを示すマークの安全装置が『安』から『火』に変わり、撃鉄があがる。
零号機プラグ内のモニターも、マークが揃っていく。

「地球自転誤差修正、プラス0.0009」
「電圧、発射点へ上昇中。あと15秒」
緊張感が走る。

「10・・9・・・8・・・7・・」
マコトがカウントを始める。

「6・・5・・4・・」
と、急に使徒の明るさが増した。
そのスリットに光が走り始める。

「目標に高エネルギー反応!」
「なんですって!」
マヤの悲鳴にも似たオペレートに、リツコも声を上げる。

一方、零号機のモニター内の赤いランプの真ん中のマークは揃っていく。

「シンジ君、防御に・・・」
リツコが言おうとした途端、ミサトの命令が飛ぶ。

ミサトは間に合うと踏んだ。
『撃てぇ!』
ミサトの叫びと同時にレイはスイッチを押した。

零号機が引き金を引き、陽電子が打ち出されると同時に使徒の加粒子砲も発射され両方が交差し合い方向が反れた。
かなりの衝撃が走った。陽電子は使徒の少し横のビル街に着弾しエネルギーの柱が出来ていた。
加粒子砲は山の中腹に激突し、爆風が周囲の木々を薙ぎ倒した。

(ミスった!!)
『第2射急いで!!』
ミサトが次ぎの指示を叫んでいる。

「ミサト・・・」
リツコはミサトの判断ミスに目眩がしたが、今はそんな事を言っている場合ではない。

零号機は再度、弾を込めた。

『ヒューズ交換』
『再充填開始!!』

「目標内部に再び高エネルギー反応!!」

『銃身冷却開始』
『使徒加粒子砲を発射!!』

初号機が零号機の前で盾をかざし加粒子砲から零号機を守る。

シンジは盾をATフィールドでコーティングし、少し斜めにする事で加粒子砲を流していた。

『発射まで10秒』

「盾は?」
「まだ持ってます」
リツコの確認にシゲルが答えた。

「・・5・・4」
「初号機、盾消失します!」
零号機の前で両手を広げ零号機を守る初号機。
「3・・2・・1」

『発射!!』
レイは号令と同時か、号令よりも早く、スイッチを押し陽電子砲を発射させた。
使徒を貫き陽電子が上空へと上がっていった。

初号機が崩れ落ちた。
「パターン青消滅、使徒沈黙しました」

「救護班、初号機に急いで!」

レイは初号機の背中にあるカバーを零号機でこじ開けエントリープラグを抜いた。
緊急排出される、熱せられたLCL。
レイはそっとエントリプラーグを地面に置くと自分もエントリープラグから出て駆け寄った。

レイは必死でエントリープラグの緊急ハッチを開ける。
手がエントリープラグの熱で焦げる。

エントリープラグの中には、項垂れたシンジ。
「碇君!」
レイが叫んだ。

うっすらと眼を開くシンジ。

「綾波・・・よかった・・・無事だったんだね」
力無いシンジの声。

「・・・貴方は、私には代りが居る事を知っているはず、何故私を庇ったの?」
レイは涙を流していた。

「何故、泣いているの?」
「・・・涙、私泣いているの?」

「綾波も、水槽に居る綾波も、そして地下に貼り付けられている巨人も、僕にとっては全て綾波なんだ」
「(ハッ)」
レイは眼を見開いた。

「僕は、綾波が傷付いたり、苦しんだり、悲しんだりすると胸が痛くて耐えられないんだ」

「でも、また綾波を泣かせちゃったね、ごめんね、僕は本当に馬鹿で・・・」
シンジも泣いていた。

そして、救護班が来て、シンジは連れていかれた。
後には、月を見上げるレイが残された。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。