第伍話
取り返しのつかない言葉


シンジはシャムシェル戦の後3日間、学校を休む事になった。
そしてレイもシンジの付き添いで休むと言い出した。

(あぁ綾波・・・)

シンジは歓喜していた。
しかし、レイはシャムシェル戦の前に執ったシンジの行動の疑惑を晴らしていなかったのだ。
つまり、見張るためと、隙あらば聞き出したいと言うのがその理由だった。
内実はどうであれレイがシンジに強い興味を持ったと言う意味では間違っていないが。

その事とは反面、シンジは少し焦っていた。
アスカの来日が迫って来た事と、前と違う状況のためゲンドウがどういう手段を取ってくるか解らないためだ。

(次ぎの次ぎの使徒の時にアスカは来る・・・)
(そうするとアスカに掻き回されかねないからなぁ・・・)
(それまでに綾波と確固たるものを築いておきたいんだけど・・・)
(現状、最高のシチュエーションだよなぁ・・・)
(これを生かさないと、絶対後悔しそうだよなぁ・・・)
(でも、功を焦って全てを台無しにすると目も当てられないし・・・)
(あぁぁぁ・・・もう少し綾波の考えている事が解ればなぁ・・・)

シンジは、休んで居ると言ってもそこは同居人がミサトとレイである。
食事はシンジが作らないと、大変な事になる。
と言うより、ミサトの料理を食べたら休む日数が増えてしまう。
故に、シンジは、安静ではあるが食事は作る羽目になっていた。

しかし、食事が終るとレイに
「・・・安静にしていないといけないわ」
とベッドに追いやられてしまっていた。

流石に、後片づけはレイがやってくれて居た。

レイが料理を作ろうとしていたのでシンジが手伝った。
かなり美味しくできあがり、レイも微笑んでいた。
レイが微笑む度にシンジは
(はぁ幸せだぁ・・・何時までもこの時間が続けばいいのに・・・)
と考えていた。

その時、シンジはやはり微笑んで居たので、そんなシンジを見てレイも自分の考えは思い過ごしだったのではないかと思い始めて居た。

そんな二人を見てミサトも穏やかな気分に浸る事が出来た。

そして、休みも最後、3日目の昼食後にシンジは行動に出た。
この日の為に、自分の部屋の中にある監視カメラの類は壊しておいた。
すぐ直しに来るだろうが、少なくとも自分達が居る間は来ないと踏んで居た。

「あ、あの、綾波・・・話があるんだ」
「・・・何?」
そっけないながらも穏やかにシンジの話を聞く姿勢が感じられた。

(よし、綾波も話を聞いてくれそうだ・・・)

シンジは自信を持った。

そしてシンジは自分が時を遡った事を話し出した。
「実は、僕はサードインパクトを経験したんだ」
レイの眼は大きく見開かれた。

「それは、生の無い世界で全ての生命がLCLに溶けた、紅い世界だったんだ」
レイは黙って聞いている。

(よし、大丈夫だ、綾波はちゃんと聞いてくれてる・・・)

「僕は他人の居る世界を望んだんだけど、遅かったみたいで、だれもLCLから出て来なくて、僕とアスカしか世界には居なかった」
レイはアスカと言う名前に聞き覚えがあった。

「アスカも程なくLCLに溶けてしまってね、僕は独りになったんだ」
遠い眼で語るシンジ、その顔は辛そうだ。

「そしたら初号機が槍を持ってきてね、初号機の中の母さんが槍と初号機のS2機関を使って僕を元の時間に飛ばしてくれたんだ」

「この世界の僕は僕と融合してしまって一人になったんだ」

レイの反応は少なかった。

「・・・サードインパクトはどうやって起きたの?」
「量産型エヴァが、僕を降臨して、大きな綾波が出てきて・・・気が付いたら綾波の膝枕で色々話して、他人の居る世界を望んだら紅い世界だったんだ」

「・・・そう、私の事も知っているのね」

「・・・うん」
シンジは何と答えようか迷ったが、頷くだけに止めた。

「・・・それで貴方は何をしたいの?」
シンジはその言葉に、少し顔を紅潮させ、当たり障りのないだろうと思われる事を言ってしまった。

「そ、それはサードインパクトを阻止して・・・それから・・・」
「・・・そう、そのために私に近付いたのね」
「えっ?!」
シンジは一瞬レイが何を言ったのか解らなかった。

「・・・貴方も私を道具として見ていたのね」
レイは表情を硬くした。

「ち、ちがうよ・・・」
シンジが取り繕おうとしたその時、玄関のチャイムが鳴りレイは、玄関に出て行ってしまった。

(あぁ・・・僕の話し方が不味かったのかなぁ・・・)

シンジは功を焦った自分を呪った。
しかし、事態はもっと深刻であった。

レイは玄関から戻ってくるとシンジに言った。
「・・・眼鏡とジャージが来て、貴方に謝りたいと言ったけど、今は安静で明日には学校に行くからと言っておいたわ、これプリント、じゃ」
それだけを一気に言うとレイは自分の部屋に入ってしまった。

この3日間、寝るとき以外、レイはシンジの部屋に居た。
本を読むなどしてシンジを看ていたのだが、既にシンジに取付く島を与えない態度となってしまった。

(綾波・・・なんでこうなるんだよ・・・僕ってやっぱり馬鹿シンジだ・・・)
(サードインパクトの阻止なんてどうでも良かったのに、何で言っちゃったんだ・・・)

それでもシンジは、なんとか誤解を解こうとレイの部屋の前で何度も話かけた。

「綾波、お願いだからもう少し話しを聞いてくれないかな?」
何度目かの懇願の後、レイが扉を開けた。
シンジは、(やった!)と思ったのだがレイの眼は赤かった。
それは、元の瞳の紅さではなく、泣いた赤さ。

「・・・嫌」
その一言を言うとピシャッと扉を閉められてしまった。

(僕は、綾波を悲しませてしまったんだ・・・)

そして、その夜ミサトが帰って来て食事の時にレイが切り出した。

「・・・葛城一尉」
「えっ?」
これまでの生活でミサトはなんとかレイに「ミサトさん」と呼ばせる事に成功し、ここ暫くは、少なくとも家では、そう呼んでくれていたのだ。

「・・・私の怪我は治りました。碇君も明日から学校に行けます」
「そ、そうね・・・」
「・・・私は元のマンションに戻ります」

「「えっ!」」
ミサトとシンジは驚いた。

「レイがここに居たければ、別に怪我の事なんて関係なく居ていいのよ?」
ミサトは努めて冷静に言った。

「・・・それは命令ですか?」
「い、いや命令じゃないけど・・・」
「・・・では赤木博士にどうすれば良いか聞いて見ます」
「ちょ、ちょっち待って、勿論、レイが戻りたいならそれはそれでいいわよ」
ミサトはもう一度、この件でリツコとやり合う気にはなれなかった。

そして、その後ミサトはレイを送って行った。
戻って来たミサトに「喧嘩したの?」と聞かれたが、シンジは、「そんなんじゃありません」と言うのが精一杯だった。

その夜、シンジは何が悪かったのか考えた。

(やっぱり時期早々だったのかな・・・)
(いや、綾波はちゃんと聞いてくれた・・・)
(どこが不味かったんだ・・・)
(やっぱりサードインパクトの阻止なんて格好付けたからだ・・・)
(僕は馬鹿だ・・・)

シンジは一頻り落ち込んだ。

翌日、シンジは学校に行ったが、レイは以前の鉄面皮に戻っていた。
シンジが話しかけても、シンジの方は向くが返事はしないし、眼が冷たい。
それはシンジには解りたくないが解ってしまう、拒絶の表情だった。
シンジが一緒に住んで居た時のようにお弁当を渡したが「・・・いらない」と言われてしまった。

落ち込むシンジを意にも介さずトウジは土下座をしてシンジに謝ったが、殴ってくれと懇願されても殴る気にはなれなかった。
「ごめん、とてもそんな気にはなれないんだ・・・」

そんなシンジに突っかかろうとしたトウジをケンスケが止め、トウジも漸く状況が飲み込めた。

「なんや、夫婦喧嘩かいな、しゃーないな」
トウジはそう言って、戻って行った。

その夜の葛城家はお通夜のようだった。
ミサトも辛気くさいが、今日のところは黙っておこうと考え、話を振らなかった。

シンジは考えに考えた。

(もう綾波は僕に心を開いてくれないかもしれない・・・)
(そうなると、この世界は父さんの望むサードインパクトが起こるな・・・)
(綾波が僕が話した事を父さんやリツコさんに話すと僕は殺されるかな・・・)
(母さん、僕はこれからどうすれば良いんだろう・・・)
(流れに逆らってしまったのか・・・)
(僕に出来る事はエヴァに乗る事だけだ・・・)
(いっその事、ミサトさんに全て話してしまおうか・・・)
(でもミサトさんも何か出来るとは思えない、それより僕が狂ってると思われるかもしれない・・・)
(じゃぁリツコさんはどうだろう?・・・)
(リツコさんの考えは解らないけど、実験材料かなんかにされそうだな・・・)
(父さんは?・・・僕の話なんか取り合う訳ないよな、母さんに会う事しか考えてないし・・・)
(何より、父さんのサードインパクトを成功させるためには僕は邪魔だ・・・)
(僕は、一時の気恥ずかしさで、なんて失敗をしてしまったんだ・・・)
(綾波がどう思おうと、僕に出来るのは綾波を護るだけだ・・・)
(それも自己満足か・・・)
(でも綾波の苦しむ姿を見るのは辛いからそれしかないな・・・)
(綾波・・・ごめんよ・・・)

シンジはレイを悲しませた事を心底悔やんでいた。
そして自分の一言を心底悔やんだ。

そして何も進展しないまま数日が過ぎた。

その日、シンクロテストの時にレイに近寄るゲンドウが見えた。
レイは微笑んでゲンドウと話をしている。
ゲンドウも微笑んでいる。
シンジはやるせない気持ちで一杯になった。

(それでも僕は綾波を護るんだ・・・)

シンジは自分にそう言い聞かせるのが精一杯だった。

その夜、リツコがミサトの家に来た。

流石にミサトの料理を食べさせる訳には行かず、シンジが料理を作った。

「暗いわね?」
「でしょ?」
リツコとミサトがヒソヒソ声でシンジの様子を伺っていた。

「あら、これ全部シンジ君が作ったの?」
リツコがテーブルに並べられた料理を見て驚いた。

「えぇ、有り合わせですけど・・・」
「凄いわねぇ、それじゃぁ遠慮無く頂くわ」
リツコが一口食べて固まる。

「どう?シンちゃんの料理、美味しいでしょう?」
ミサトがニヤニヤしてリツコに言う。

「こ、これは美味しいなんてもんじゃないわよ、シンジ君、こんなところ出て家に来ない?」
「・・・それもいいですね」
「な、何言ってるのよ、シンちゃんは私の家族なんだから、駄目よ!」
ミサトは慌てて止めに入った。

「・・・すみません」
暗く謝るシンジにミサトとリツコは溜息をついた。

「シンちゃん?レイだけが女じゃないわよ、元気だしなさい」
ミサトはシンジを慰めるつもりで言ったのだが、藪蛇だった。

「・・・僕には綾波が全てなんです」
静かにゆっくりと言うシンジ。
それはシンジの本音、時を遡った理由であった。

(なんで、あの時これを言えなかったんだ・・・)

シンジはそんな自分を責めてさらに表情が暗くなった。

「これは重傷ね」
リツコが呟いた。

「あっそうだ、シンジ君、これレイに届けておいてくれない?レイのカード今日で期限切れなんだけど渡しそびれたのよ」
そう言ってリツコはレイのIDカードをシンジに渡した。

レイのカードをじっと見詰めるシンジにミサトは
「よかったわね、レイの家に行く理由が出来て、これで仲直りしなさい」
と言ったが、シンジはそれは無理だと思っていた。

シンジに取って救いだったのは、レイがシンジの話した事を誰にも言ってないと思われる事だった。

(もし、言ってたらリツコさんがこんな態度のわけないよな・・・)

シンジにはレイの意図は計り知れなかった。

翌日、レイのマンションの入り口に佇むシンジが居た。
チャイムは壊れている。
扉も鍵は掛かって居なかった。
扉を開けて呼んだが返事はない。

(きっとシャワー浴びているんだよな・・・)

シンジは外で待つ事にした。
程なくして出てくるレイ。

「・・・何?」
視線が冷たい。

「これ、リツコさんから預かった」
そう言ってシンジはIDカードを渡した。
レイは黙ってそれを受け取ると、NERVへ向かって歩き出した。

シンジは後ろからレイの後を付いて行った。

「綾波、僕は君を道具だなんて思ってないよ、それだけは信じて欲しい」

一瞬レイは立ち止まったが、シンジの方も向かず、すぐ歩き出した。

「あ、綾波・・・」
シンジの言葉にレイは二度と反応する事は無かった。


零号機の起動実験は滞り無く終り連動試験に入ろうとしたところで使徒が来た。
シンジは一応、発進拒否をするも受け入れられず加粒子砲に晒される。

シンジは絶叫と共に気絶した。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。