第参話
綾波保護計画発動
シンジはリツコの尋問を受けて居た。
今日はインダクションモードの訓練の日だったのだが、リツコに呼び止められ拉致されたのだった。
「シンジ君?悪いんだけどもう一度、戦闘の時の話、聞かせてくれる?」
「は、はぁ・・・でも前も言った通りあんまり覚えてないんですよ」
シンジは最初にリツコに尋問された時は、あまり覚えてないで押し通したのだった。
「そうね、でもエヴァの操縦については、解ってない事が殆どなの、何でもいいから思い出したら教えて欲しいのよ」
リツコとしてもシンジに対し疑惑があるのと、仮に本当に覚えてないなら、時間が経てば何か思い出すかもしれないと言う期待からの尋問であった。
「じゃぁもう一度、最初から順を追って質問するわね」
何度も同じ事を聞き、話に矛盾がないかを確認するのと、同じ事を聞く事により新たに思いだす可能性があるリツコにとって一石二鳥の尋問だった。
質問ではなく尋問なのである。
「まず、最初エヴァに乗った時にどういう風にエヴァを感じたか」
「えと、前にも言った通り、なんか自分の身体が大きくなったようなそんな感じでした」
シンジは前に何と答えたかを必死に思い出しながら答えていた。
「そうね、じゃぁ使徒のATフィールドにぶつかった時は?」
「ATフィールドってあのオレンジの壁ですよね?まさしく壁って言うか、自動ドアが開いてると思ってドアにぶつかったような感じでした」
ここまではリツコも理解できる。
問題はここからだ。
「じゃぁその壁をどうしようと思ったの?」
「兎に角、邪魔だと思って、手を出して突っ込んでこじ開けようかと、そうですね、まさしく電気の入ってない自動ドアを開けようと言う感じでした」
「ふぅ、やっぱり、前と変わらないわね」
「すみません、お役に立てなくて」
「いえ、いいのよ、あの時、貴方はATフィールドを発生させて居たんだけど、その原理が少しでも解ればと思っただけだから」
(ふぅ・・・まぁ興奮しててあんまり覚えてないのは事実だけど・・・)
「もう、いいわ、ミサトの訓練に行ってあげて」
「はい、解りました」
そしてシンジはプラグスーツに着替えインダクションモードの訓練へと移動した。
エントリープラグ内、ゆっくりと息を吐き、口と鼻から気泡が出る。
シンジはうっすらと目を開けた。
『おはよう、シンジ君。調子はどう?』
「・・・いいと思います」
ミサトがマイクを持って話しかけて来るのをシンジは受け答えする。
『エヴァの出現位置、非常用電源、兵装ビルの配置、頭に入ってるわね』
「・・・はい」
『ではもう一度おさらいするわね。通常、エヴァは有線からの電力供給で稼働しています、でも非常時に体内電池に切り替えると、蓄積容量の関係でフルで一分、ゲインを利用してもせいぜい五分しか稼働できないの。これが私達の科学の限界・・・てワケ。おわかりね』
「・・・はい」
『では、昨日の続き、インダクションモードの練習、始めるわよ』
起動音が響き、体内電池の活動限界がゼロに向かってカウントされる。
ビル街の中、第参使徒を模した巨大生物が初号機の前に立ちはだかる。
『目標をセンターに入れて・・・・スイッチ・オン』
ミサトの指示通りインダクションレバーを引く。
大型ガトリング・レーザーの銃口から閃光が走り、目標に命中。
第参使徒を模した 巨大生物はものすごい轟音と共に爆破、地響きを上げ崩れ落ちる。
実際にはカチカチと何も放たれない銃の引き金を引く体内電池による作動状況の観測だ。
「・・・しかし、よく乗る気になってくれましたね、シンジ君」
マヤがオペレートしながら呟く。
「人の言うことにはおとなしく従う、それがあの子の処世術じゃないの?」
リツコが報告書から判断したシンジの性格を述べる。
「全ては流れのままに・・・っか」
「何それ?」
「シンジ君が、チルドレンを承諾した時に言った言葉よ」
ミサトの声に重なるように、規則正しい爆発音が連続する。
『目標をセンターに入れて、スイッチっと』
それだけを呟き、シンジはカチカチとボタンを押し続ける。
「シンジ君、今日はもう終わりでいいわよぉん」
ミサトがシンジに終了を告げる。
『・・・はい』
「シンジくぅ〜ん、これからまたレイのところぉ?」
『・・・はい、そのつもりです』
「随分仲良くなったのねぇ?」
『うまく行かないです、まだ綾波何も話してくれないし・・・』
「そう、努力あるのみよん」
ミサトは無責任に応援した。
(レイじゃ無理ね、でもやっぱり親子ね・・・)
リツコだけは面白くなさそうな顔をしていた。
シンジはしっかりとその表情をモニタで見ていた。
(うわっまずいなぁ・・・ミサトさんも何もこんなとこで言わなくてもいいのに・・・)
自分の事は棚に上げ、ミサトを呪うシンジだった。
レイの病室にシンジは居た。
あれから日参しているのだが全く進展はなかった。
レイが何も言わないので辛うじて病室に入っている様なものだった。
(あんまり話す必要はないとは思うけど、こう無視されるとなぁ・・・)
それはシンジぐらいにしか解らないレイの表情だった。
他の人が見ても無視してるとは思うが、シンジにはその微妙な違いが解るのだった。
(この高そうな果物ってきっと父さんだろうなぁ・・・)
シンジは枕元に置いてあるかなり高そうな果物の籠を見て、少し暗くなった。
同じ無表情でもゲンドウに対しては、喜んでいる事がシンジには解るのだった。
(綾波、食べるかな?・・・)
「綾波?果物食べる?食べるなら剥いてあげるけど・・・」
「・・・いらない」
がっくしと項垂れるシンジ、しかしここでめげてはいけないと一念発起する。
「じゃ、じゃぁ、僕食べてもいいかな?」
「・・・構わないわ」
そしてシンジは横で食べて、美味しそうだろう作戦に出た。
(ここは無難に林檎か梨にするか、それとも思い切ってあのマスクメロン・・・)
シンジはそこまで考えて、どうせ自分が剥いて食べさせなければ腐らすのだろうと思いマスクメロンに決めた。
籠に付いてた果物ナイフで悪戦苦闘してマスクメロンを切り、レイの分も用意して食べ始めた。
「うわっこれすっごく甘くて美味しいよ、綾波も一口食べて見ない?」
「・・・いい、いらない」
取付く島も無かった。
「そ、そう・・・ごめん」
シンジは泣きそうになっていた。
当然と言えば当然だが、今のところ何をやってもレイは反応してくれないのだ。
(どうすれば良いんだよぉ・・・ここに綾波は居るのに・・・届かない・・・)
「・・・何が悲しいの?」
「え?」
「・・・何故泣いているの?」
シンジは泣きそうだったが、実際はまだ泣いていなかった。
しかしレイには泣いている様に見えたのだろう。
「・・・美味しいから嬉し泣き?」
レイは前にシンジから嬉しいから泣いていると聞いた事があったのでまた嬉しいから泣いているのかと聞いた。
「違うよ・・・僕は・・・綾波と・・・話がしたいんだ」
「・・・今してるわ」
「違う・・・綾波はまだ僕を見ていない、見ようともしていない、だから悲しいんだ」
「(ハッ)」
瞬間レイの眼が見開いた。
「・・・どうすればいいの?」
暫くの沈黙の後、レイが口を開いた。
「何もしなくて良いよ、僕が、綾波が見てくれるように頑張るから・・・」
「・・・そう」
そう言うとレイは眼を落とした。
その先にはシンジが食べやすく切ったメロンがあった。
「・・・それ、頂くわ」
「え?あっこれ?は、はい、あっでも右手それじゃ食べ辛いから食べさせてあげるよ」
「・・・いい、自分で食べれる」
「今は怪我人なんだから、無理しないで」
そう言うとシンジは小さく切ったメロンを一つフォークに刺し、レイの口元まで持って行った。
戸惑いながらも、それを口にするレイ。
「どう?」
「・・・甘くて美味しいわ」
「そう?もっと食べる?」
コクンと頷くレイ。
漸くシンジは微笑む事ができた。
それを見たからか、食べさせて貰っているからかレイの頬はほんのり上気していた。
切った分を食べ終わり、レイが顔を上げたところには、穏やかなシンジの笑顔があった。
それを見たレイも我知らず、ほんの少し微笑んだ。
それはシンジとリツコぐらいにしか解らない微笑みだったが、シンジは歓喜した。
(やった、綾波の笑顔だ!あぁ・・・溶けちゃいそうだよぉ・・・)
暫くその笑顔に見惚れていると、面会時間が終了のアナウンスが響いた。
「あ、明日から学校なんだ、来る時間遅くなると思うけど来てもいいかな?」
「・・・構わないわ」
レイはいつものように返事した。
しかし、それは今までと違う、強いて言えば「どうでもいいから構わない」から「構わない」に昇格されたような物だった。
「あ、ありがとう、じゃぁ明日また来るよ」
「・・・さよなら」
その日、シンジは喜びに踊りながら帰って行った。
そして、その夜、シンジは上機嫌だった。
ミサトが
「何シンちゃん、何か良い事あったみたいねぇ?レイとキスでもした?」
とからかっても
「そんなのまだまだ先ですよ、ミサトさんビールもう一本飲みます?」
と全く歯牙にも掛けず上機嫌を維持し続けたのだった。
(こりゃよっぽど良いことがあったのね・・・)
と思うミサトだった。
「シンちゃん明日から学校だから寝坊しないようにねん」
「はいはぁ〜い」
こりゃ駄目だとビールを飲むミサトだった。
それからの一週間、シンジとレイの関係は格段に進歩した。
と言っても周りから見れば、何も変わっていない。
むしろ会話が少なくなったくらいだった。
しかし、シンジには解っていた。
レイの表情が自分に向けられるようになったのだ。
少なくとも見舞いに行くと自分の方を向いてくれるようになったのだ。
それは、シンジか精々リツコぐらいしか解らない変化。
シンジは、そろそろ次ぎのステップへ移らなければいけないとも考えていた。
レイの退院が近付いて来たからだ。
レイの退院の日、シンジはミサトを巻き込んだ。
「ミサトさん明日、綾波退院らしいんですけど、荷物とかあると思うんで、出来ればミサトさん車で送ってくれません?」
「明日かぁ・・・何時?」
「ミサトさんの都合の良い時間でいいと思いますけど・・・」
「そう、じゃぁ明日、朝から一緒に行く?」
「はい、お願いします」
シンジは心の中でガッツポーズを決めた。
(綾波には迎えに行くまで待っててって言ってあるし、朝から行けばきっと大丈夫だな・・・)
(これで、ミサトさんも綾波の部屋に連れ込んで・・・)
(ミサトさんの事だからきっと引き取らないまでも、もう少しましなマンションにして貰えるはず・・・)
(マンション変わるなら近くがいいなぁ・・・)
(あっでもマンション移るならアスカが来た時にでも僕も一人暮らしにして綾波の隣に・・・ムフフ)
(ミサトさんが引き取るとか言い出せば、上手く行けば綾波と一緒に住めるかも・・・ムフッ)
シンジは妄想絶好調だった。
翌朝、シンジはミサトと一緒にNERVに向かった。
始終ニヤニヤしているシンジにミサトは少し引きつっていた。
「シンちゃん、よっぽどレイと一緒に居るのが嬉しいのね」
「えっそんな一緒にだなんて・・・」
真っ赤になるシンジ。
妄想ぶっ飛び中だった。
ミサトもからかう以前の問題だと溜息をついていた。
ミサトが一通り用を済ませ病院に行くと10時頃だった。
レイは病室で、制服を着てベッドに腰掛けて待っていた。
「じゃぁ行こうか」
シンジが言うとレイはコクンと頷き、立ち上がった。
「荷物は?」
「・・・ないわ」
冷や汗を流すシンジとミサト。
(誤算だった、着替えぐらいは持ってると思ったんだけど・・・)
(まぁいいか・・・でもミサトさん部屋まで上がってくれるかなぁ・・・)
「ミサトさん、すみません、てっきり着替えとか荷物あると思ってて・・・」
「あぁいいのいいの気にしないで、私も公然とさぼれるしね」
手をひらひらさせながら、そう言ってミサトはウィンクをした。
ミサトが車を運転している。
流石に怪我人が乗っているため無謀な運転は控えているようだ。
「でもレイ、入院中下着とかどうしてたの?」
ミサトが不審に思って尋ねた。
「・・・付けていませんでした」
「あ、そ、そうだったんだ・・・」
シンジとミサトは更に冷や汗を流した。
確かに入院中は検査等で下着を脱ぐ事が多い、レイの場合はプラグスーツを着る事も考えられる。
合理的と言えば合理的だ。
レイのマンションに着くとミサトは怪訝な顔をした。
「本当にこんな所に住んでいるの?」
「・・・はい」
(よし、よし、ミサトさん訝しんでるぞ・・・)
シンジは心の中で小さなガッツポーズを決めた。
「ミサトさん部屋まで送って行きましょう」
「えっ?私はここで待ってるわ、シンジ君行ってらっしゃい」
「女の子の部屋に一人で上がるなんてできませんよ、付いて来てくださいよ」
「シンちゃんに限ってそんな事しないって信用してるから大丈夫よん」
「そうじゃなくって僕が困るんです!」
シンジは、なんとか言いくるめてミサトをレイの部屋に連れ込む事に成功した。
「こ、これは・・・」
ミサトは声も出ないようだ。
中にあがると、そこは壁紙すら張られていない冷たいむき出しのコンクリート。
あるものはベッドと、小さなタンスと、そのわきに血のついた包帯の入った段ボール。
ベッドも枕も血の跡がどす黒くなっており、とても人が寝ていたとは思えない。
黒いビニールのカーテンの隙間から僅かに日差しが差し込んでいる。
冷蔵庫の上には、ビーカーと錠剤が数粒、そしてゲンドウの眼鏡。
好奇心から冷蔵庫を開けたが水しか入っていなかった。
「レイ、あんた本当にここに住んでいるの?」
「・・・はい」
「レイ!荷物纏めなさい、家に行くわよ!」
シンジは心の中で大きくガッツポーズを決めた。
「・・・何故ですか?」
「こんな所に居たら健康でも病気になっちゃうわよ!」
シンジは心の中で盛大に応援旗を振っている。
「・・・それは命令ですか?」
「そ、命令よ命令、私の仕事にはチルドレンの健康管理もあるんだから」
「・・・了解」
レイは荷物を纏めたが、スポーツバッグ1個で収まってしまった。
それを見たミサトは更に表情を険しくする。
帰りの車の中でミサトは電話で喚いていた。
多分、相手はリツコだろうとシンジは思っていた。
(これで当面は一緒に住める、引っ越すにしても少しはましになるだろう・・・)
シンジはここに来て、初めて自分の計画通り事が運んで有頂天だった。
その夜は例によって、レイの歓迎会とかこつけてミサトがビールを飲み捲っていた。
制服しか持ってないレイが風呂から裸で出てきてミサトが自分の短パンとタンクトップを貸し与えたり、シンジとどちらが倉庫で寝るか争ったりかなり騒がしかった。
意外に頑固なレイが今の倉庫で寝る事になったので、シンジが倉庫を片付けた。
ベッドに入ったシンジは、なかなか寝付けなかった。
(あぁ・・・すぐそこに綾波が居る・・・)
(父さんがどう出るか解らないけど、まだ強引な事はしないだろうし・・・)
(アスカが来るまでは綾波と二人っきりの夜もきっとあるな・・・ムフッ)
相変わらず妄想大爆発中だった。
いつもは、壁側を向いて寝るシンジが、今日は幸せそうな顔をして扉側を向いて眠りについていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。