第拾六話
侵食
「成る程な」
マナは、ワイングラスを傾けながら、頷いた。
ここは、マナの住居で、カウンターキッチンにあるテーブルでマナの向かいには、リツコがタバコを吸いながら同じようにワイングラスを傾けていた。
二人ともほろ酔い加減なのか、少し紅潮しており、かなり艶っぽい。
服装も女二人だからなのか、お互い下着姿だ。
リツコは、紫の上下お揃いのブラとショーツに、やはりお揃いのペチコートである。
マナは、赤いやはり上下お揃いのブラとショーツのみであった。
二人は、最初、街のラウンジで飲んでいたのだが、込み入った話があると、マナが自宅に呼んだのだ。
リツコの家でも良かったのだが、マナの家に有ると言うヴィンテージ物のワインにリツコが引かれた。
二人で家に到着した頃には、二人ともほろ酔いで、暑いからとマナが脱ぎだしたのだ。
リツコも暑かったため、ここは、マナしか居ないし、相手だけ下着姿で寛いでいるのが癪に障り、自分も脱ぎだしたと言う訳だ。
クーラーと言う物もあるのだが、マナはそれより自然な風の方が好きらしい。
これは、宇宙空間で過ごす事が多い者達に共通して言える事だが、自然があれば出来るだけ自然環境に身を委ねたいらしいのだ。
「まぁ、私の憶測が多分に入っているけどね」
「だが、納得出来る話だ」
リツコは、漸く自分の推測を話せる相手としてマナを選んだのだ。
マヤにも何れ話す時が来るとは考えているいるが、今はその時ではないと思っている。
「しかし、よく調べたな」
「納得出来ない事があると、放っておけない性質なのよ」
「それで銀河連邦も表立っては手を出さないのだな」
「どちらと言うとそちらが気になって調べ始めたのよ」
「どちらにしても、ジオフロント内の警戒レベルを上げる必要があるな」
「そちらは、任せるわ。私の権限ではどうしようもないし」
「葛城には話してなかったのか?」
「話せる訳無いでしょ?聞いた途端、何を始めるか解ったもんじゃないわ」
リツコは、そう言うと掌を上に向けポンと開いた。
何もかも台無しにしてくれていただろうと言う事だ。
「確かにな。しかし、逆に加持の行動を抑止出来ないな」
「それは、ミサトでも同じよ」
「しかし、厄介だな」
「えぇ、司令は、流石としか言いようがないわね」
「美化し過ぎじゃないのか?」
「そ、そんな事、ないわよ」
「そうか?クッフッフ」
「そ、それより、シンジ君は、どうなのよ」
「おっ、話を逸らしたな。同居を打診してきたよ」
「で?受けるの?」
「かなり心が動いたけどな。流石に、今のままじゃ無理だろ」
「どうして?」
「アスカが拗ねる」
「アスカとも出来てるの?」
「何言ってるんだか。多分、あいつは疎外感を強くするだろうな」
「貴女でも手を焼いているのね」
「大した事は無い。だが、これ以上悪化させる必要もない」
「そうね。使徒は、後何体来るか解らない。けど、何れ終わる。その時彼女はどうするのかしら?」
「まぁアンタレスに帰るんだろうな。その頃にはシンジ君が司令かも知れない」
「有り得なくないわね」
「そうなると、改めて同居してもらうかな」
「貴女、ここに落ち着くつもり?」
「それも悪くないと思ってる」
「呆れた」
ニカッと笑うマナに、リツコは深い溜息を吐くのだった。
そこでマナは、身体を乗り出しリツコに迫る。
目の前にマナの顔が来て、流石のリツコも赤面した。
「な、何?」
「もう一つ、大事な話がある」
「ダブルエントリーね」
マナがコクリと頷くのを見て、リツコは貞操の危機は免れたわと安心していた。
リツコがそんな事を考えているとは知らず、マナは、座り直してグラスを傾けると話し出した。
「タンデム搭乗以外の方法を確立したい」
「それだと、シンクロ率が落ちるのは、前に話したと思ったけど?」
「それは、シンジ君とレイちゃんだからだろ?例えば男同士ならそちらの方が有効かも知れない」
「成る程」
リツコは、マナの言いたい事を理解した。
同じLCL内に入るには、それなりに相手の事を許容していなければならない。
それこそ、抱かれても構わないぐらいにだ。
そうなると別々にエントリーする方が拒絶感は、無いだろう。
ダブルエントリーの実績が出れば、いくら隠してもその情報は出て行ってしまう。
それならば、こちらで先に安全な方法を教えてやれば良いのだ。
「ムサシ君とケイタ君だっけ?」
「それとアスカだ」
成る程とリツコは、感心した。
今のアスカが誰かとタンデムエントリー出来るとは、思えない。
しかし、個別にならどうだろう?
「有効なのは並列エントリーね」
「それでも、シンジ君達は、ソロより高かったのだろう?」
「えぇ、そうね」
やはり、この女はミサトとは違う。
リツコは、改めてマナの評価を高めた。
ここからは、技術部の仕事だ。
新たな指標に、リツコは心躍らせていた。
素早いキーボード操作でマヤがチェックルーチンを入力している。
マヤの後ろではリツコが、コーヒーを片手に眠そうな眼を擦りながら書類をチェックしていた。
昨夜のマナとの討論会が響いているのだ。
「マヤ、速いわね」
リツコは、書類に飽きたのかマヤの操作を見守りながら誉めた。
流石にミサトと違い、酒が残っている訳ではないが、寝不足は否めない。
「それはもう先輩の直伝ですから!」
マヤは手を止めずに3次元ホログラフィモニターを見ながら嬉しそうに答えた。
尊敬するリツコから褒められたのだから、嬉しくて仕方ないと言うところだ。
表情もニコニコとしており、心なしか体も揺れており、今にも鼻歌でも歌いだしそうだ。
「あっ、待って!そこA−8の方が速いわ。ちょっと貸して」
リツコがコマンドを打つと、先ほどの3倍もの速度で画面が次々とスクロールしていった。
あきらかにマヤとは次元の異なる速度である。
「は、速い!」
あらためてリツコの実力を思い知るマヤだった。
ブザーと共にスピーカーから金属質の音声が流れる。
『MAGI-SYSTEM、3機共に自己診断モードに入りました』
ディスプレイには「MELCHIOR-1」「BALTHASAR-2」「CASPER-3」の3機のMAGIの状態が表示されている。
暫くして『第127次定期検診、異常なし』という報告とともに作業は終了した。
リツコは洗面所で顔を拭いていた。
フェイスタオルを右手に持ち鏡を見つめるリツコ。
「異常なしか…。母さんは今日も元気なのに…。私はただ歳をとるだけね…いえ、飲みすぎかしら?」
リツコはフッと苦笑する。
最近、どうも気が緩んでいるようだ。
ミサトが居なくなったからかもしれないとリツコは、ふと笑みを漏らしたのだ。
リツコがプライベートで他人と飲むなど、大学生の時以来であった。
その頃は、宇宙の話など荒唐無稽だったのだが、今はその最先端にいる。
人生とは、面白い物だとリツコは、感じていた。
発令所では、オペレータ青葉シゲルの横で、冬月がディスプレイを覗いている。
何かおかしいと、シゲルが冬月を呼び止めたのだ。
「3日前に搬入されたパーツです」
「拡大するとシミのように見えますが何でしょう?」
最近の戦闘で監視衛星の数も激減し、最近になって急遽打ち上げられた物が多数存在している。
その中の一つで監視シグナルのおかしい物が有り、内部監視カメラにて確認中の出来事であった。
「第387衛星か」
「浸食でしょう。温度と伝導率が若干変化しています」
冬月の言葉に、自らの推測を織り交ぜ回答したのは、日向マコトである。
「また、気泡が混じっていたのかもしれません。工期が60日近く圧縮されていますからね。杜撰ですよB棟の衛星は」
「無理ありませんよ。みんな疲れていますからね」
シゲルもマコトの意見と同意見の様子である。
確かに最近、突貫工事で打ち上げさせた衛星が多数あることも、冬月は知っていた。
「明日までに処理しておけよ、碇が煩いからな」
二人の様子から、大した事では無いだろうと冬月も軽い指示のみとした。
これが、これから大問題に成るなどとは、全く思いもしないで。
この日は、大々的に並列エントリーの試験が行われていた。
組み合わせパターンは、特殊戦艦に乗れる人間が7人居るため、21通り有る。
試験は、ケイタの搭乗機で行われる事となった。
これは、ムサシとケイタが、エヴァにはシンクロしない事が既に解っていたためである。
以前に、四号機の搭乗者をマナが探している時に、既に試していたのだ。
シンクロ率の向上だけを見れば結果は、以下の通りとなった。
マナ 中佐…ムサシ○、ケイタ○、アスカ○、他はタンデムで確認しているので未実施。
シンジ少佐…ムサシ○、ケイタ○、アスカ×、他はタンデムで確認しているので未実施。
レイ 少佐…ムサシ×、ケイタ×、アスカ×、他はタンデムで確認しているので未実施。
マユミ大尉…ムサシ×、ケイタ×、アスカ×、他はタンデムで確認しているので未実施。
ムサシ大尉…マナ ○、シンジ○、レイ ×、マユミ×、ケイタ○、アスカ×
ケイタ大尉…マナ ○、シンジ○、レイ ×、マユミ×、ムサシ○、アスカ×
アスカ中尉…マナ ○、シンジ×、レイ ×、マユミ×、ムサシ×、ケイタ×
「面白い結果ね」
「確かに、マユミとレイも結構行けるかと思っていたのだが、結果的に、シンジ君の方が間口は広いようだな」
「貴女は、間口が広すぎね」
「全員を受け入れていなければ、指揮官など務まらんだろ」
「口だけじゃなくて、データが証明したわね」
「アスカは、誰にも心を開いていないと言うことだろうな」
「それでも、貴女は、認められているみたいね」
「流石に、アンタレスの先輩だからな。実績ぐらいは、認めていると言うことだろう」
リツコは、成る程と考えた。
これは、全く相互間の信頼関係を、表していると言える結果だ。
マナは、全員を信頼し、全員を受け入れおり、そして全員から信頼されていると言うことだろう。
シンジがアスカを受け入れているのかは不明だが、アスカがまずシンジを信頼していないと言うのが、普段の行動からも解る。
レイとマユミについては、信頼と言うより、シンジ以外の男性を受け入れていないと言うところか。
この結果から、逆に相手が異性であれば、壁が高いと言うことになる。
「でも、ケイタ君とムサシ君で、向上が見られたのは、幸いだわ。これでエヴァ搭乗者だけと言う話では無くなったわ」
「まぁ、実戦になっても、二人がシンクロしていられるかは、難しいところだろ」
「まだまだ、実戦では、投入出来ないと言うこと?」
「全く駄目だな。この程度の向上では、逆に実戦では、お互いに足を引っ張り合う可能性の方が高いだろ?」
「それは、そうね。それよりは、2機投入出来る方が、よっぽど戦力としては、高い?」
「そう言うことだ、やはり、シンジ君とレイが異常なのだろうな」
これは、タンデムでのシンクロ実験の後、マナが考えていた事だった。
あのシンクロ状態で、実戦に耐えれるだろうかと。
確かに気持ち良いのだが、その状態で、戦闘出来るとは、思えなかったのだ。
「一長一短には、行かないものね」
「戦争とは、そう言うものだ。時と場合によっては、一石二鳥もあるが、多くは、日々の積み重ねだ」
「研究もそうだけどね」
「確かにな」
リツコとマナは、コーヒーカップをカツンと合わせる。
最近になって、この二人がとても気が合っているのは、NERV内の周知の事実である。
その為に、若干1名の童顔オペレータが、「私を見捨てないで下さい。先輩」とシクシクしているところを、技術部の人間は、生暖かい目で見ていた。
この実験結果は、マナに取っては、あまり収益と言えるものは無かったが、リツコに取っては、かなり喜ばしい結果となっていた。
少なくとも、ダブルエントリーに対してどこからか突っ込まれた時に、結果として出せるデータとして貴重なものであったのだ。
そこに、マナの考察を入れれば、少なくとも危険性を示唆し、実戦配備を反対すると言う態度を取れるからだ。
ブリーフィングルームには、マナ以下エヴァ並びに特殊戦艦の、艦長達が集合していた。
前に立っているのは、マナと、説明役のツコとマヤである。
マヤが資料を配る時、ムサシがパチッとウィンクをしたため、マヤの顔が少々赤い。
「それでは、説明を行うわね。結果は、渡した資料通り。結論は、ここでの並列エントリーの運用は、当面、考慮しない。以上よ」
「いや、赤木博士、それでは、集まった意味がないだろ」
「あら、後は貴女の仕事だと思っていたけど?」
「いや、確かにそうなのだがな」
マナとリツコの漫才のような掛け合いに、場の緊張した空気が霧散する。
アスカは、その結論を聞いて、ホッと安堵の息を漏らしていた。
「ゴホン」と態とらしい咳払いを一つすると、マナは、話し始めた。
「まぁ、結果と結論は、赤木博士からの報告通りだ。ただ、ここで意識して貰いたいのは、結果の方だ」
ここで、シンジ達資料を渡された者が、もう一度資料に目を通すのを確認し、マナは、話を続ける。
「ケイタは、兎も角、ムサシが私以外の女性とで向上が見られないと言う事は、メンタルな部分が多いと判断している。つまり、女性は、相手を選ぶと言うことだ」
「おかしいなぁ、俺は、全ての女性に対し、優しく接しているのだがな」
「優しいだけでは、駄目だと言うことだな。ここで推測される事は、信頼関係だ。それが、ムサシとケイタで向上が見られる事で理解出来ると思う」
「まぁ、俺はケイタも愛しているからな」
「き、気持ち悪い事、言わないでよ」
「私は、部下の私生活には口を出さないので、好きにやってくれ。お前達が肉体関係に有ろうが無かろうが、私の部下であることに変わりは無い」
そう言ってニヤリと口元を歪めるマナに、ムサシとケイタは、「勘弁してくれ」と降参した。
「この結果が、全ての判断材料では無い。しかし、私や周りが感じているこの部隊の人間関係を象徴した結果となっている事も否めない」
何時に無く真面目なマナの言葉に、何時もはふざけているような反応をするムサシとケイタも、神妙に聞いている。
アスカは、段々顔色が悪くなってきていた。
「我が部隊は、エヴァ3艦に特殊戦艦2艦と言う、艦数で言えば小規模、威力で言えば他に比類を見ない強力な部隊だ。故に、全員がベクトルを合わせる必要が有る」
「現在、示されている結果は、最悪では無い。しかし、最善でも無い。まだ改善の余地が有ると言うことだ」
「アスカ、言っている意味が解るな?」
「…はい」
アスカの返事にマナは、ニッコリと微笑むと言葉を続ける。
「くれぐれも言っておくが、ムサシとケイタに、アスカやマユミやレイちゃんを口説けと言っているのでは無いからな!」
「わ、解ってる。何を釘刺してるんだよ、マナ」
「ほぅ、釘を刺していると解る程には、私の事が解って来たようだな」
「それよりも、俺とケイタが並列エントリーで出る事は、本当に無いんだな?」
「それは」と、以後マナは、並列エントリーの実現性について、リツコに詳細を求めながら説明を行った。
その内容は、リツコと話をしていた内容の再確認となっている。
このブリーフィングにより、並列エントリーについての知識が、各艦長で統一され、また、現状の問題も認識されたとマナは考えていた。
アスカに取ってこのブリーフィングは、本人がどう感じているかは別として、有益であった事に間違いは無い。
マナは、アスカに取っても目指すべき存在で有る事も事実なのだ。
アスカは、エヴァにより己を誇示してきたが、マナはエヴァにも乗れるが、エヴァに乗らなくても今の地位を持っており、実績を伴っている。
アスカのその思いが、今回の結果に出ている以上、自分だけが他に心を開いていないと言うことが、明らかに示されてしまったのだ。
流石に「そいつらがアタシを受け入れていないからよ!」とは、怒鳴れなかった。
アスカに取って、マナ以外は、いけ好かない相手に他ならない。
態々資料には、階級付けで名前が載っており、自分が一番下の階級で有る事が明らかである。
中尉が、佐官に文句など本来言えるはずは無いのだ。
ただ、アスカは、アンタレス以外を卑下して見ている傾向があり、それはアンタレスの風習とも言える。
従って、アスカだけの責任では無いのだが、それでもここで周りを罵倒するほど子供でも無かった。
考えれば、マユミ、ムサシ、ケイタは、マナが長年連れ添ってきている部隊なのだ。
オドオドした感じが有り、シンジに好意を持っているところは、いけ好かないが、マユミぐらいとは歩み寄ってみるべきかと、漸くアスカも考え出していた。
レイは、佐官であり、アスカには既に苦手意識が根付いていたのも、マユミを選んだ理由でもある。
タイミング良いと言うか、悪いと言うか、丁度ブリーフィングが終わろうとしていた時に、警報が鳴り響いた。
マナは、備え付けのインターフォンですかさず発令所に状況を確認する。
「何があった?」
『ATフィールドが検知されました!第387衛星から突然の発生です!』
「使徒か?」
『MAGIは全会一致で使徒と認定しています!』
(まずいな…)
「付近の衛星を出来るだけ離れさせろ!後、第387衛星の全ての機能を停止!通信もだ!」
『それでは、制御が出来なくなります!』
「制御などすぐに出来なくなる。もたもたしていると付近の衛星まで敵にまわるぞ!エヴァ、特殊戦艦、各艦のスクランブルシーケンス開始!初号機、弐号機、続いて紫電、雷電、四号機の順だ!」
『イエスマナ!』
警報と共に艦長達は、スクランブル発進のためブリーフィングルームを出ている。
マナがインターフォンを切った時に、部屋に残っているのは、リツコのみであった。
マヤも、警報と同時に、リツコが発令所に向かわせたのだ。
「通信、いや電波による使徒の侵入は考えられるか?」
「まさか、と言いたいところだけど、可能性は在るわね」
「そうか、出来るだけMAGIの防御に気をつけてくれ」
「任されたわ」
それだけで、マナは、コートを翻しブリーフィングルームを後にする。
既に、リツコとは阿吽の仲となりつつあると言うことだろう。
リツコもそれを見送ると、白衣を翻し、発令所へ向かった。
「いいか!初号機、弐号機は、大気圏外に出たならATフィールド展開。目標は、第387衛星。座標は、MAGIに送らせる」
「「イエスマナ」」
「ムサシとケイタは、初号機、弐号機の援護!もし別方向からの攻撃があったら、それに対応しろ!」
「「イエスマナ」」
「初号機、弐号機、スクランブル発進!引き続き30秒後に紫電、雷電スクランブル発進!2艦の発進を見届けてから四号機を発進させる」
「「「「「イエスマナ」」」」」
四号機から直接指示を出すマナ。
リツコは、その通信の違和感に気が付いた。
『マナ?貴女ダブルエントリーしているの?』
「あぁ、こちらの方がスクランブルの時、楽だからな」
『マユミさん、大丈夫?』
「はい、慣れました」
リツコは、「一体、何に慣れたのだ」と、小一時間程問い詰めたい気分になったが、ぐっと堪えた。
そして、自分のするべき事を行う。
「マヤ、MAGIの防護壁の準備をしておきなさい」
「旗艦のですか?」
「いいえ、本体のよ」
「了解です」
マヤは、リツコの指示を受け、凄まじい速さでキーボードを叩いて行く。
「初号機、第387衛星に対峙します!」
「第91衛星、第37衛星、制御から外れます!第387衛星の制御下に入ります!次々と近辺の衛星が侵食されていきます!」
「マナの危惧していた通りになってきたわね」
『シンジ君!アスカ!出来るだけATフィールドで隔離して!』
『『イエスマナ』』
シンジには、第387衛星へと接近する衛星と、離れていく衛星が眼前に見えている。
離れていくのは、本部からの誘導だろう。
しかし、本来、静止衛星としての推進力しか持たない衛星を、急激な移動は求められない。
「アスカ!僕は第387衛星側に注力する!アスカは外側を!」
「解ったわ」
シンジとアスカで2重のATフィールドで覆うと言うのがシンジの考えだ。
アスカもここでは張り合う事もなく、シンジに従う。
戦闘区域に到着した5艦は、現在、膠着状態と言って良い状態だった。
『MAGIにハッキング!第101衛星からです!』
『マヤ!』
『防護壁展開!駄目です!押されています!』
『第101衛星との通信を遮断しろ!』
『駄目です!切れません!』
『第101衛星とのシンクロコードを遮断して!』
「マユミ!第101衛星付近のATフィールドを中和!ムサシ!ケイタ!第101衛星を攻撃!」
「「イエスマナ」」
マナの機転により、MAGIへのハッキングは途絶えたかに見えた。
『MAGIにハッキング!今度は、第114衛星からです!』
しかし、間髪入れずに次の攻撃が始まる。
「くっ!猶予は無いか。マユミ!主砲の用意を。四号機の主砲の用意が出来たらタイミングを計り、初号機、弐号機のATフィールドを解除!一気に片を付ける!」
「「「「「イエスマナ」」」」」
「赤木博士、ATフィールドを解除時に備えてくれ」
『努力するわ』
現状でもリツコとマヤが凄まじい勢いでキーボードを叩き、MAGIへの侵食を抑えていた。
席は、マコトが譲っている。
状況を映し出すディスプレイでは、一進一退を続けているのが見て取れていた。
「四号機主砲、いつでも発射出来ます!」
「よし!5秒後に発射だ!」
「4」
「3」
「2」
「1」
「ATフィールド解除!主砲発射!」
それは、目視出来る衛星を全て消滅させる程の威力であった。
発令所のディスプレイは、一気に侵食が無くなって行くことを表示しており、漸く緊張が途切れる。
リツコも席を立ち、マコトに席を返した。
『こちらへの侵食は、止まったわ』
『パターンブルー消滅しました!』
「了解。敵の殲滅を確認。帰還する!』
『『『『『イエスマナ』』』』』
マナは、全員の声を聞くと発令所へも、命令を通達した。
『現時刻を以て作戦を終了。第一種警戒態勢へ移行』
「了解、状況イエローへ速やかに移行」
マコトの復唱により、其々が戦闘態勢の解除と、警戒態勢への移行処理を行い始める。
発令所の檀上では、冬月とゲンドウが、誰にも聞こえないぐらいの小さな声で会話を行っている。
「碇、どう見る?」
「…敵が戦法を変えてきた」
「まさか監視衛星が敵に回るとはな」
「…全てのモノが敵に回る可能性が有る」
「それは、人も、と言っているのか」
「…人間の敵は人間だと言ったはずだ」
「そうだったな」
「…我々も次のフェーズに移る必要が有る」
「ロンギヌスの槍か」
「・・・・・」
冬月の言葉に、ゲンドウは、沈黙を以って答えた。
ここでは、いくら声を押し殺していても、話せない内容だと言うことだろう。
「これからの戦いが厳しくなるな」
「…予測されていた事だ」
「そろそろ、赤木君と霧島君が何かに気付いているようだぞ」
「…問題ない」
何時もの言葉で会話を終わらされた冬月は、それ以上何も言葉を発しなかった。
ゲンドウが「使徒」では無く「敵」と言った意味を考える。
冬月も、そろそろ腹を括る時が来たなと、厳しい顔付きとなっている。
メインディスプレイには、帰還してくる5艦の情報が流れていた。
ゲンドウに取って、今は、思惑以上に上手く行っていると言えただろう。
しかし、これからは、厳しくなってくる。
(…シンジ、レイを頼む)
ディスプレイに映る、初号機を見ながら、ゲンドウは心の中で祈っていた。
続きを読む
前を読む
戻る
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。