第拾話
失墜


『何をしているんだ惣流!』
『アタシは!負けてらんないのよ!』

シンジの抑止に耳を貸さずアスカは180度エヴァを方向転換させると、敵の一体へと先程と同じく船首の先端にある刃で突き抜けた。

しかし、今度は瞬く間に再生される。
通常の戦艦では行えない、例え行えても乗組員が持たないであろう急旋回を繰り返しアスカは敵に突進を続ける。

初号機は二体のATフィールドの中和を行いつつ、もう一体の牽制を行っていた。
ダブルエントリーの賜物か、牽制はレイ、ATフィールドはシンジが担当している。
アスカの攻める方は、アスカが縦横無尽に体当たりを行っているので、下手に援護出来ない。
二号機に砲弾が当たってしまうためだ。
星型のヒトデっぽい敵影は、機体と呼ぶより生態と呼ぶ方がしっくり来る。
シンジも生物を相手にしている気がしてきていた。

『くっ!葛城さん!何か策は?』

「えっ!ちょ、ちょっち待って!リツコ!何かない?」

あんた作戦課長だろう?と言う白い眼が突き刺さるが背に腹は変えられない。
ミサトはマヤに指示を出し、データ取りに忙しいリツコに助けを求めた。

「シンジ君、敵は相互補完を行っているわ」
『相互補完?』

「えぇ、だから同時に傷ついたところは修復が若干遅いわ。つまり同時に同じところを攻撃すれば、敵を倒せると思うわ」
『どうやって補完しているんです?』

「え?」
『お互い離れているんだ。テレパシーみたいな超能力でもない限り、なんらかの方法で情報を遣り取りしているんじゃないんですか?例えばATフィールド』

「ちょっと待ってくれる?マヤ!敵相互に遣り取りしているようなATフィールドを感知出来る?」
「あっ、はい。ノイズかと思っていたのですが、確かにお互いの間をATフィールドの反応が行き来しています」

「ビンゴよ、シンジ君。それで何か勝算があるの?」
『ならば中和ではなく間に入って遮断します!』

そう言ってシンジは二体の敵の間に初号機を突入させた。
強力なATフィールドが初号機を中心に広がる。
途端にアスカの攻撃により敵一体が爆発した。
二号機はその煽りを受け、吹き飛ばされる。

シンジは、主砲の一斉射によりもう一体を難なく殲滅した。

「シンジ君!アスカが!」
『遠隔システムは?』

ミサトの言葉にシンジは状況を素早く理解した。
敵の爆発の余波を諸に受けたアスカは気絶したのだ。
初号機は当然ATフィールドにより何の被害も受けていない。

「リツコ!」
「駄目だわ!地球から遠ざかる速度が速すぎるわ!」

『ちっ!』

シンジは最大船速を以って二号機を追従。
地球に戻ったのは、それから1時間後となってしまった。



戦闘後のブリーフィング。
戦闘を振り返り、問題点を洗い出し今後の戦闘に備えるものだが、本来あまり実施されるものではない。
何故かと言うと、生き残っている=勝ったと言う事であり、そこには生き残れた歓喜の方が強く反省などを行う雰囲気では無いからである。

また敗戦と言う事であれば、生き残っている確率は低く、例え生き残りが居てもブリーフィングなどと悠長な事を行っている暇などない。
従って、今回ブリーフィングが行われたのはかなり異例な事であろう。

「本日午前11時7分、目標に対する二号機の攻撃により目標が二体に分離、以後、目標甲、乙と称します」

スライドで映される映像を元に説明を行っているのは伊吹マヤだ。

「同8分、初号機艦長の抑止を無視した二号機による目標乙への再三の攻撃にも拘らず目標乙は瞬時に再生」

「午前11時11分。初号機によるATフィールドにより相互補完用の目標が発生するATフィールドを遮断。二号機の攻撃により目標乙が爆破。二号機はその余波により艦長が意識不明となりそのまま爆破の影響で戦線を離脱」

「同12分、初号機の攻撃により目標甲が爆破。二号機を捜索するも帰還はその1時間後となります」

「本作戦におけるE計画責任者のコメント」
『無様ね』

リツコの声とともにブリーフィングルームに照明が点される。

「二号機艦長」
「は、はい!」

アスカも軍人であり、流石に副司令の言葉には、席を立ち敬礼を以って応えた。

「君の仕事は何かね?」
「エヴァの操縦?」

「違う!軍人として民間人を護る事だ!そしてNERVは未確認である敵から地球を護っている。君はその一員として働く義務がある。エヴァの操縦はその手段に過ぎん!」
「・・・・・」

アスカには返す言葉が無かった。
そして顔面蒼白となる。
副司令に叱責されたのだ、このまま役立たずとして還される事も有り得る。

「・・・葛城大尉」
「は、はい!」

今度は司令自らミサトを名指しする。
アスカに良い気味だと感じてたミサトは、明るく元気に立ち上がった。

「・・・NERVに無能は必要ない」

その言葉にミサトはキョトンとし、アスカは更に顔を青褪めさせた。
そして、ミサトもアスカの事だと勘違いし、アスカを庇おうとする。
当然、ここで恩を売っておいてと言う打算もあるが、自分に被害が無いところでは、お人好しなところもあるのだ。

「いや、でも今回は初戦ですし、アスカも緊張していたのでは無いかと…」
「何を言っているのだね?葛城作戦課長」

「え?アスカを返還すると言う意味じゃ?」
「君の事だよ。葛城作戦課長」

ゲンドウがミサトを階級で呼ぶのに対し、冬月は役職で呼ぶ。
これも与えられた役目であった。

「はい?」

ミサトには何の事だか解らない。

「赤木博士、説明してやってくれ給え」

目頭を押さえ、椅子に崩れるように腰掛ける冬月に哀れみの眼を向けてリツコが頷いた。
「アスカ、ミサト、座りなさい。少し話が長くなるわ」

リツコはそう言うとマヤに目配せを行い、マヤも頷きスライドの準備を始める。
アスカの退院を待って行われたこの戦闘後のブリーフィングには意味があった。
ミサトの関係各省への後始末も粗終わっている。
殆ど、副官であるマコトの尽力による賜物であるが。

「まず、今までの戦闘記録と今回の戦闘記録から、NERVは敵を生態と断定。以後、使徒と呼称します」
「使徒?」

疑問の声を上げたのはミサトである。

「そう、神の使い、ソドムやゴモラのように地球を神の雷で滅ぼそうとする者。言い得て妙でしょ?」

シンジには、着任した時に見せて貰った南極に突き刺さる光が思い起こされていた。

(確かに言い得て妙だ…)

変な所で感心しているシンジであった。

「そして第一次直上空間会戦、この敵を第三使徒サキエルと命名しました」
「何で第三なのよ」

「南極が第一、ここが第二よ。少しは黙って聞いていられないのかしら?作戦課長さん?」
「ぐっ…」

リツコの言葉にゲンドウの言葉を思い出すミサト。
ゲンドウの方を向くといつものポーズで顔色は伺えないが、その隣に立っている冬月は、明らかに侮蔑の眼で見ていた。

「まず敵を生態と決定付けたのは、生命体である事が確認されたからです。何故生命体が、真空の空間で生きていられるのか?そもそもどのような動力を以って活動しているのか?これは綾波少佐が持ち帰ってくれた第四使徒の残骸を調べてつい最近その結果が出たものです。その辺りの説明は、予備知識が必要ですので後で資料を閲覧出来るようにしておきます」

そこまで言って、周りを見渡すリツコ。
ミサトはまだ何か言いたそうであるが、流石に今度は黙っていた。
それを確認して、リツコはマヤに合図する。

「さて、葛城大尉」
「な、なによ?」

「まず、第三使徒戦、これは仕方なかったとは言え、その後第四使徒戦、第五使徒戦、そして今回の第七使徒戦、全て貴女は敵の偵察無しにエヴァを投入している」
「それがどうしたって言うのよ。敵はエヴァでなきゃ倒せないんだからしょうがないじゃない」

「しょうがない。そこで思考停止するのが貴女なのよ。第五使徒戦は貴女の起てた作戦だったわね」
「そ、そうよ!だから敵を殲滅出来たんじゃない!」

「零号機を失ってね」
「そ、それは私が指揮したんじゃないからよ!」

「そう、だから貴女が起てた作戦にも関らず貴女には何の責任も取らされていないわ」
「あ、当たり前じゃない。指揮も執ってないのに責任だけ押し付けられたら堪らないわよ!」

「それが管理職と言うものよ。部下の失態さえ責任を取るのがね。ところで貴女が指揮した戦闘はどれかしら?」
「な、何を言ってるのよ!その第五って言う奴以外、全部私が指揮しているじゃない!」

「そう。じゃぁ今回も貴女の指揮ね。それで貴女は何を指揮したの?」
「交互に目標に対し波状攻撃…」

「それで?それは実施されたのかしら?」
「だって急に二体に分裂しちゃってそれどころじゃなかったじゃない!」

「その前よ」
「あ、あれはアスカが独断専行して…」

その時、リツコが何かのスイッチを入れた。

『ナイス、アスカ!』

「じゃぁ、その独断専行をこれは奨励したと言う事ね」
「それは、その、敵を殲滅したと思ったから…」

「思った?貴女は確認も取らずに思っただけで指示を出しているの?」
「・・・・・」

俯いてブツブツ呟くミサトを一瞥するとリツコはマヤに指示を出す。
マヤが頷き操作を始めると、第三使徒戦からの先頭記録が映し出されて行った。
それぞれの、問題点を指摘するリツコ。
しかし、ミサトには既に喚く気力さえなく、リツコはすんなりと説明を行う事が出来た。

「以上の事から、葛城大尉には作戦立案能力及び作戦指揮に対する能力不備が顕著と言えます」
「・・・何か異論はあるかね?葛城大尉」
「いえ、御座いません…」

「・・・葛城大尉、本日付を以って作戦課長の任を解く。以後はアンタレス星団軍へ出向、再度作戦指揮について勉強してきたまえ」
「りょ、了解致しました…」

「・・・惣流中尉」
「は、はい!」

「・・・君はNERVでのエヴァ艦長としては一番序列が低い。その事を理解出来ないのなら君ももう一度アンタレス星団軍に還って貰う事になるが?」
「は、はい!理解しております!」

「・・・そうか。ならば今後の活躍に期待する。作戦課長には当面日向少尉に代理となって貰い、近日中に代わりの者を選抜する。他の事は綾波少佐か碇大尉の指示を仰ぐように」
「はっ!了解致しました」

「・・・綾波少佐、碇大尉。今回もご苦労だった。以上だ」

ゲンドウの言葉に、シンジとレイは立ち上がり敬礼を行う。

ゲンドウは一つ頷くと、冬月と共にブリーフィングルームを後にした。
重苦しい後味が残る。

(父さんが人を労うとはね…)

シンジは、そう感想を持ったが、これは人身掌握術として当然の事であった。
組織の長として信賞必罰に徹する。
当たり前の事である。

アスカは、シンジを睨み付けている。
理解していると言ったのは、口だけであったのだろう。
大方、司令の息子だから優遇されているとでも考えているのだろう。

(面倒を押し付けないでよ…)

シンジには髭面の男が「問題ない」と机に肘を突いている姿が思い浮かんだ。
つまり、飴と鞭である。
たった一言の労いでシンジは、とてつもない面倒を押し付けられたのだが、それに気付いた時には、既に後の祭りであった。

ゲンドウとシンジ。
まだまだ役者としてはゲンドウの方が2枚も3枚も上手なのである。

「・・・碇君、行きましょう」
「あっ、そうだね」

シンジとレイが去り、リツコとマヤもとっくに退室したブリーフィングルームには、肩を落としたミサトと、肩を震わせたアスカだけが残っていた。



「しかし、どうするつもりだ?葛城君を追い返すなどとは」

譜面を見ながら将棋を指しつつ、冬月がゲンドウに問い質す。
薄暗い司令室でゲンドウは、いつものポーズを取っている。

「・・・アンタレス星団軍は、彼女を受け入れはしない」
「何?!では、どうするつもりだ」

「・・・それは向こうが考える事だ」
「また何か陰謀を図ったな」

「・・・人聞きが悪いですよ、冬月先生。取引を行ったと言って下さい」
「それで、向こうはどんなカードを切ってきたのだ?」

「・・・アイアンズフォグが派遣される」
「何?!あの白鳥座の軍神か?!だとするとまさか!」

「・・・勿論、四号機も着いてきます」
「むぅ…そこまでして葛城君を引き取りたくないと言うのかね」

「・・・駒は使いようですよ、先生。例え歩でも敵陣に入れば金、ポンであればクィーンですからね」
「確かに、葛城君が敵に回れば、これ程頼もしい事はないな」

「・・・先生…敵に回してしまっては意味がありませんが…」
「ん?いや、そうだったな。これはワシとした事が碇に一本取られるとは、これもシンジ君の影響か?」

「・・・シンジは関係ありません」
「そうか?しかし、白鳥座の軍神も確か女性だったな」

「・・・アンタレス星団の息が掛かっておりますがね」
「シンジ君の周りは、美女ばかりになるな」

「・・・羨ましいのですか?」
「お前がだろ?」

「・・・私は、ユイ一筋です」
「そうか?何やら赤木博士が、お前に用があるとか探しておったぞ」

「・・・冬月、後を頼む」
「まだ、仕事中だろ」

「・・・将棋を指す程、暇なご様子ですので」
「くっ、逃げおった」

アイアンズフォグ。
なんとも奇妙な渾名である。
詳しい情報は、あまり無い。
ただ、戦略指揮者と戦術施行者の四人でそう呼ばれていた。

四号機は珍しく特殊戦艦の隊長として君臨していた。
そこに、戦略指揮者が存在するのである。
一緒に戦闘に出た事のある艦長は、口を揃えてこう言った。

「あの銀色の特殊戦艦は、まるで霧が掛かったように、その存在が希薄なんですよ。通信が繋がってなければ気が付かないぐらいに。見えてはいるのに不思議なんですよ」



「全く、総督ったら、無茶な注文するんだから」
「どう致しました?」

茶髪のショートヘアに少々垂れ眼の愛らしい女性が、ブツブツ言っているところに、黒く長い神を携えた眼鏡に口元の黒子がチャーミングな女性が話しかけた。

「マユミ、これから会議よ。次の出向先が決ったわ」
「またですか?漸くここに慣れ始めたと言うのに…」

「ムサシとケイタも連れて行くわ。今回はそれで我慢して頂戴」
「命令とあれば仕方ないですね。それでどちらに?」
「それは会議でのお楽しみよ」

ショートヘアの女性、霧島マナはミサトとは違ったロングの仕官服を翻し闊歩していく。
それを燻し銀色の特殊戦艦艦長コートを羽織った黒髪の女性、山岸マユミが後を追った。

「なんだよマナ。俺達やっと休暇が取れたんだぜ?」
「残念ね、休暇返上よ」

会議室で行き成り文句を言い始めたのは、浅黒い肌で体格の良い、ムサシ=リー=ストラスバーグ。
迷彩色の艦長コートを羽織っている。
その横には、少し線の細いシンジを更にひ弱にしたような浅利ケイタ。
彼もまた、カーキーグリーンの艦長コートを羽織っていた。

「なんだよそれ?」
「今から地球に向けムサシ、ケイタ、マユミの三機編隊で移動よ」

「地球?!なんで今更、あんな銀河の辺境に行くの?」
「仕方ないでしょ?アンタレスの女王様のご命令よ。NERVに出向」

「げっ!拒否権無しかよ。しかも良い噂の聞かないNERV?」
「最近、なんか未知の敵と戦っているらしいね?」

「はん!大方、外宇宙の海賊かなんかじゃないのか?」
「詳しい情報は、入ってないわ。ただ、アンドロメダ星雲軍から仕入れた情報によると、こちらの攻撃が一切通用しなかったらしいわね」

「眉唾ものだな。攻撃が一切通用しないなら、どうやって倒したって言うんだ?」
「これを聞いたらもっと信じられないと思うけど、蒼い火の鳥が体当たりしたと聞いているわ」

「なんだよそれ。宇宙空間の話じゃないのか?火の鳥って漫画じゃあるまいし」
「そう言うと思ってね。現に私もそう思ったから映像を手に入れたわ」

マナがそう言うと会議室の照明が落ちる。
プロジェクターには画質の荒い映像が浮かび上がった。

それは、丁度二号機を引き取りにシンジ達が駆けつける直前からの映像だ。

「あの赤いのは?」
「二号機よ」

「凄まじい操縦技術だな」
「アンタレス星団軍の秘蔵っ子よ」

「あぁ聞いた事があるなぁ。赤い流星だっけ?」
「あれか?!」

ケイタが叫んだ時に映像の端に蒼い光が見えた。
徐々に近づいてくるそれは、いままで一切の攻撃が効かなかった敵に突っ込んでいく。
正しく、蒼い火の鳥と言う形容そのままの姿で。

静まり返る会議室。
漸く光が消え、そこに映し出されているのは紫の機体。

「あれは?」
「エヴァンゲリオン初号機。艦長は碇シンジ」

「碇さん…」

今まで沈黙していたマユミがボソッと呟く。

「そう、マユミと同期の碇シンジよ」
「あんな事が出来るならもっと有名になりそうなものだが、聞いた事ない名前だな」

「機体の性能なのか、艦長の技術なのか、詳しい事は不明。と言うかNERVの事は機密が高くて簡単には調べられないのよ」
「碇さんは、戦艦操縦の技術はずば抜けていました」

「僕は聞いた事があるよ。士官学校の訓練で一度も戦艦に被害を受けなかった奴が居たってね」
「なんだよそれ?有り得ないだろ?俺なんかズタボロに何度もされたぞ?」

「まぁ、普通の艦長じゃないのは確かなようね。それともう一つ、初号機の副艦長に綾波レイが登録されているわ」
「げっ!蒼銀の妖精が?なんて羨ましい奴!」

「碇さん…」
「それってどういう事?エントリーしている時はどうしてるの?」

「解らないわ。ただ、別なルートで入って来た情報にダブルエントリーって言う言葉があるの。その時は有り得ないってガセネタだと思っていたんだけどね」
「なんか考えただけでおぞましいな。同じLCLの中に入るんだろ?あっでも相手が蒼銀の妖精なら俺もお願いしたいかな」

「不潔ですわ」
「いや、不潔ってなマユミ。男と女ってのは唾液の交換から始まって…痛っ」

ムサシの言葉をマナの拳骨が遮る。

「マユミはムサシと違って初心(うぶ)なの!」
「ケイタァ〜」

「僕に振らないでよ」
「まぁ暫くは退屈しないで済むんじゃない?出発は明朝0900、それまでは自由行動よ」

「「「イエス、マナ!」」」

三人が声を揃えて敬礼する。
マナは「イエス、サー」も「イエス、マム」も気に入らなかった。
それで「イエス、マム」に引っ掛けて「イエス、マナ」と皆に言わせているのだ。

そのお陰か、マナの部隊では、誰もマナの事を階級や役職で呼ばない。
マナもそれを良しとしているところがある。
この辺りはミサトに通じるものがあるのだろう。
同じアンタレス星団出身者の文化なのかもしれない。

「それで、本当の任務は何なのです?」

ムサシとケイタが会議室を出た後に、マユミはマナに詰め寄った。
マユミとしては、先程の鮮やかな戦闘から自分達が出向する理由は見当たらなかったのだ。

「汚名返上」
「はい?」

「葛城ミサトって知ってる?」
「いえ、聞いた事もありませんが?」

「アンタレス星団からNERVに作戦課長として派遣されたのよ」
「それが何か?」

「当初はね、銀河系の辺境、しかも新参者の地球連邦軍の更に研究機関であるNERVだから総督としては左遷のつもりだったのよ」
「それが、結構注目を浴びる戦場となってしまったが、そのために無能さが際立ってしまってアンタレス星団軍に汚名が被さって来た?」

「ご名答。NERVは葛城大尉を返還すると言ってきたらしいわ」
「戦況が切迫してきたなら当然の行為でしょうね」

「そう、当然の行為だから総督も単純な拒絶は行えなかった」
「代わりに私達を派遣すると?」

「そう言う事よ」
「その葛城さんはどうなるのでしょうか?」

「それはNERV司令が考える事よ」
「まさか、私達の上司になると言う事は?」

「それは有り得ないわね。既に作戦課長の任を解かれているわ」
「返り咲く可能性は?」

「NERV司令がよっぽど私達を毛嫌いしているか、余程の間抜けでない限りないわよ。そして誰も見向きもしなかった地球防衛を早くから進めて来たNERV司令には、何かが見えている」
「私達とは接点が無いわけですから、嫌われる要因もないですね」

「それは早計。どうも二号機艦長も何かやらかしたらしいのよね。つまり…」
「アンタレス星団軍出身に良い印象が無い」

「そう言う事よ」
「でも私は、ベガ出身ですから関係ありませんね」

「ちょっ!マユミ!私を見捨てるつもり?」
「いざと言う時は、自分の身の安全を最優先しろ。マナさんの口癖じゃないですか?」

「マユミィ〜あんなに愛し合った私を見捨てると言うのねぇヨヨヨ」
「ひ、人聞きの悪い事を言わないで下さい。私はノーマルです!」

「マユミィ〜ィ」
「きゃぁ〜男日照りの上官に犯されるぅ〜」

「マッ!マユミッ!」
「きゃぁ〜っ」

その後、二人の追いかけっこは2時間程、スピカ連合軍の基地内に黄色い悲鳴を轟かせながら様々な人を巻き込んで行った。



「・・・また星の加護を受けた者達が来るわ」
「えっ?どこから?」

シンジの言葉に答えるようにレイは白鳥座を指差した。

いつものように夜の公園で星空を眺めていたシンジとレイ。
レイの意味不明な言葉には慣れている。
しかし、今夜はシンジにも、その言葉が解るような気がした。

懐かしい何かが近付いて来る。
そんな感覚に似た何かがシンジにも感じられたのだ。

「ちょっと冷えて来たね。帰ろうか?」

シンジの言葉にコクリと頷き立ち上がるレイ。
夜の公園を二人は寄り添って後にした。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。