第八話
新技


惣流=アスカ=ラングレー。
嘗ての地球では東方の三賢者と言われ、銀河系にも辺境の賢者と名を馳せた稀代の学者の一人である惣流=キョウコ=ツェッペリンの一人娘。

キョウコの夫であったラングレーは、NERVドイツ支部の人間であった。
当時、ドイツで建造されていたエヴァ弐号機をラングレーの独断でアンタレス星団に譲渡する事をゲンドウは止め損なった。
ラングレーは事もあろうにアスカを人質として自ら亡命したのである。

アンタレス星団の女性は、とても魅力的である。
数少ない女帝星団でありその美と気高さは、他の星団の追随を許さない。
ただし、男尊女卑ならぬ女尊男卑が社会風潮としてある。

ラングレーは口約束通りに、アンタレス星団に於いて女性と結婚する事になる。
だが、アンタレス星団での結婚とは、男にとって隷属以外の何物でもなかった。
それでも能力があれば、能力主義である中それなりの地位は確保出来る。

しかし、妻の功績を以って亡命したラングレーは、昼夜を問わず働き通しである。
アンタレス星団で男の方から離婚を申し出る事は出来ない。
そして、逃げ出したとしたならば、死刑あるのみなのである。

つまりラングレーは騙されたのだ。
しかし、そんな風潮であるが故に、アスカは高待遇で迎え入れられていた。
地球に居る頃、母は研究、父は浮気に忙しく構って貰えず、寂しい思いをしていたアスカであったが、こと、アンタレス星団への亡命だけは父を褒めてやりたいと思っている。

最初からエヴァ弐号機のパイロットとしてアンタレス星団に迎え入れられたアスカは、アンタレス星団圏内の士官学校を出た事になっており、特殊戦艦の艦長の地位も既に与えられている。
ただ、基本教練や戦術基礎などは学んでいないため、どうしても独断専行になり勝ちであった。
それも、エヴァが一隻しか存在しないので、あまり問題にはなっていない。

元々アンタレス星団の軍人は独断専行タイプが多いのだ。
ミサトなどは、ここの風潮を色濃く受けているのだろう。
ただ、ここでは能力のないものはすぐに排除される。
能力に裏打ちされた独断専行なのだ。

そして、ミサトは自分の異動願いが通ったと思っているが、NERVへの異動はアンタレス星団にしてみれば左遷。
アンタレス星団のNERVに対する評価は、科学者集団である。
武勲を誉れとする星団の軍人にとっては、戦闘の無い場所への異動は左遷以外の何物でもないのだ。

しかし、ここ最近のNERVの報告に上層部は慌てだしていた。
敵は、エヴァでしか倒せない。
その一文がアスカのみならず、星団内上層部の琴線に触れたのである。



薄暗いNERV総司令室。
いつものように、唯一つある机には司令であるゲンドウが肘を付き、手を前に組んで顔を隠すように座っている。
その傍らには、白髪の紳士冬月コウゾウがゲンドウとは対照的に手を後ろに組んで立ってた。

対峙しているのは、シンジである。
唐突に呼び出しを受けて、この部屋に入ってからかれこれ5分程、この沈黙が続いていた。

(一体何の用なのさ!)

シンジは、そう叫びたいところだったが、一応勤務時間内であり、上官と部下の立場である。
また、通達は冬月を通じて行われており、正式なものであった。
それが、シンジの叫びを押し止めている。

(仕事なんだ、仕事なんだ、仕事なんだ、仕事なんだ、仕事なんだ・・・)

心の中で念仏のように唱えながら、目の前の二人が口を開くのを待っていた。

「碇、なんとか言ったらどうだ?」
「・・・碇中尉」
「はっ!」

重い口を開いたゲンドウに、漸くかとシンジは姿勢を正す。

「・・・本日付で大尉に昇進。以上だ」
「はい?」

「立て続けに現れた未確認敵生体の殲滅。その功績に対する物だよ。戦闘機乗りであればエースの称号を与えられる働きだからね」

言葉足らずのゲンドウを捕捉するように冬月が言葉を発した。

「でも・・・綾波は?」
「彼女は既に少佐なのだよ。葛城君は全く無視しているがね」

淡々と答える冬月であったが、流石に最後の方には苦笑が混じっていた。
シンジは自分の迂闊さを呪った。
元々そう言う事に頓着しない性格であったのだが、だからと言って階級章を見落としていたなどとは言えない。
軍属にあるまじき失点である。
が、その時思い出した。
レイは、階級章を付けていただろうか?

「まぁレイの方もそんな事に無頓着で階級章すら付けていないがね」

そんなシンジの心の中を読み取ったように冬月のフォローが入る。
この爺出来るな、とシンジが思ったのは内緒である。

「解りました、それでは失礼します」
「あぁ、これからも宜しく頼むよ」
「了解致しました」

シンジが退室した後に、冬月は盛大な溜息を吐く。

「祝いの一つも言ってやれば良いだろうに」
「・・・問題ない」

「お前、もしかしてレイを取られて妬いているのか?」
「・・・ふっ馬鹿馬鹿しい」

しかし、ゲンドウの頬はひくついている。
冬月は、それを見て可笑しいやら情けないやらで、再び溜息を吐く事となった。

そんな冬月にゲンドウは1枚の用紙を無造作に差し出す。
怪訝な表情でそれを見やる冬月。

「漸く連邦も重い腰を上げたと言うわけかね」
「・・・いや、高慢な女帝星団の見栄でしょう」

「しかし、ラングレーも報われんな」
「・・・所詮、自己利益しか興味のない愚か者だ。老人達と大差ない」

ゲンドウの机の上の戻された用紙。
そこには、地球上の文字ではない文字で書かれた文章と真っ赤なプラグスーツに身を包んだ自信に溢れた少女が写っていた。

「まさかシンジ君に、その少女を任せてレイを取り戻そうと考えているのではないだろうな?」
「・・・ふっ、ハーレムは男の夢ですよ先生」

「お前が親馬鹿だったとは初耳だぞ」
「・・・私も初耳です」

いつにも増して嫌な空気が、その後暫く総司令室に充満していた。



レイの纏う雰囲気と言うのは透き通っている。
と、シンジは感じていた。

そこに居て空気のように存在感を感じない。
他人が居ると言う重圧を感じないのだ。

それでいて微風を纏っているかのように清々しく穏やかであった。
身体を重ね、二人で汗を滴らせていてもシンジは、そう感じていた。 「綾波・・・」

シンジの言葉に顔だけをシンジの方に向けるレイ。
その露わになっている胸は上下し、今までの情事の激しさを物語っている。

「・・・何?」

言葉では無く、レイの紅い瞳は、そう言っている。
シンジにはそれがはっきりと解り、つい笑みを零してしまっていた。

レイの乱れた蒼銀の髪を優しく梳くように手で撫でるシンジ。
心地良いのかレイは眼を細める。

言葉は、あまり必要では無い。
特に身体を合わせた後は、下手な言葉は滑稽にすらなる。

結局、これまででシンジが理解した事は、地球で影の勢力を持っていた老人達の凶行により、地球は脅威に晒されていると言う事だ。
銀河連邦軍が積極的に介入しないわけである。
銀河連邦軍からみれば、これは内部紛争に過ぎないのだ。

しかし、その脅威は下手をすると銀河系は疎か現状の宇宙空間そのものにすら影響を与える可能性があった。
しかし、それを実証する術は無い。
従ってゲンドウは、なんとか地球と言う星の存亡に関わるとして、NERVに対抗兵器を置く事を承知させるのが精一杯であったのだ。

少なくとも、父ゲンドウは地球と言う星を護ろうとはしている。
親子と言うには色々と蟠りがあるシンジとゲンドウであるが、この事実はシンジの心に一種の誇りのような物が宿ったのも事実であった。

宇宙空間から見た地球は美しい。
全く以て比類無き美しさであった。
しかし、宇宙空間に出る事がない多くの地球人はそれを映像でしか知らない。

シンジはレイの蒼銀の髪に、宇宙空間から見た地球の青さを重ねて見ていた。
優しく髪を梳くように撫でるシンジ。
レイは、その心地良さに眼を細め、シンジの首に腕を廻して抱付いていた。

今日あった出来事を話すなどと言う習慣はレイには無い。
シンジもまた、話上手と言う方では無い。
レイの求める物は、温もり。
シンジの求める物は、安らぎ。

お互いの欠けたものが補完されていく。



「レイを囮にするって言うの?!」

リツコの執務室でミサトが叫声を上げた。

シンジ達作戦課は、有事以外定められた仕事が無い。
スクランブルを前提とした待機が主たる任務であるので、過度のトレーニングも行えない。
トレーニングで疲れたのでスクランブルに間に合いませんでしたでは本末転倒だからである。

だからミサトは、よくリツコの執務室で油を売っていた。
事の発端は、シンジの疑問だった。
敵は本当にこの場所に対して攻撃を行おうとしているのか?

実際に戦闘を体験して、シンジは明らかに敵がレイへ照準を合わしている事を実感している。
その事を確認するためにリツコの意見を聴きに来ていた。
そこへミサトが乱入したわけである。

「そんな事言ってませんよ。ただ、敵の標的を確認すべきだと思います。敵が綾波を目掛けているのか、最初に聞いた通りこの地を目掛けているのか」
「ここを空けるわけには行かないわ」

「少々不可解ですね。綾波は何度も特殊戦艦の訓練に駆り出されている。・・・と以前に伺いましたが?」

(本当、鋭いわね。ミサトなら誤魔化せるけど厄介だわ・・・)

リツコは、キーボードから手を放し、煙草に火を点ける。
間を取ったのだ。

ふぅ〜っと吐き出される白煙。
会話の最中でこの行動に突っ込んで来る人間は、そうそう居ない。

「それは作戦課の考える事ね。私には何とも言えないわ」

リツコは煩わしさから対応をミサトに委ねる事にした。
ミサトの性格はよく解っている。
【偽善者】それが最も端的に言い表しているであろう。

自らが持つ価値観での人道的行為を優先する。
しかし、いざ戦闘になると自らの利益が優先する。
ミサトは否定するであろうが、それが彼女の行動であった。

内心でどう思いどんな葛藤と決断があったとしても、他者から見ればその行為と結果しか映らない。
その意味において、ミサトの取る行動は予測し易い。
彼女が心の内で幾ら悩んだとしても、彼女の取る決断はリツコには手に取るように解るのだ。

「そんな事許可出来るわけ無いでしょ!仮にレイが狙いだと解ったら、レイが排除されかねないじゃない!」

(ほらね)

リツコはほくそ笑む。
ミサトは自分の言葉の欺瞞に気付かない。
その言葉が出てくると言う事は、彼女自身がそう言う考えを持っていると言う事。
即ち、レイが狙いならレイを排除すれば良いと言うのは彼女の考えであるのだ。
レイが狙いなら何故レイを狙うかと考えなければならないのに、そんな事は思慮に浮かばない。

そして論理的思考の人間にとって感情論者は天敵だ。
勝てる事がないからである。
感情論者は自らの論理が破綻していたり、論理的に敗退している事など関係ない。
自分の感情が最優先であるからだ。

「別に貴女の許可を貰いに来た訳じゃありませんよ?」
「何を言ってるの?!私は作戦課長なの!貴方達は私の命令に従う義務があるのよ!」

「そんなものありませんよ?」
「あんですってぇ!」

「僕が従う義務があるのは旗艦艦長ですよ。綾波もね」
「ざっけんじゃないわよ!」

「いい加減にしなさい!喧嘩をするなら出て行ってくれるかしら?!大尉殿」

語尾を強調し、リツコが叱責する。
リツコがミサトを階級で呼ぶ時は、ミサト主観でリツコがかなり怒っている時と認識している。
しかもここはリツコの執務室である。

ちょっちまずかったかも…と思いながらもリツコの言葉に違和感を覚えた。
そう、いつもリツコは「葛城大尉」と言うのだ。

「大尉殿?」
「そう、今日付けで大尉に昇格された碇大尉よ」

「なんですってぇ!」
「つまり、僕の昇格すら知らない貴女は僕の上司でも上官でも無いと言う事です。赤木博士、お騒がせして申し訳ありませんでした」

そう言ってシンジはペコリと頭を下げるとリツコの執務室を後にする。

「パイロットと指揮官が同じ階級じゃ統率が取れないじゃない!何考えてんのよ!あの鬚親父は!」
「貴女、司令の権限で階級が上がるとでも思っているの?」

「他にどんな理由があるって言うのよ!」
「正体不明の敵生態の鮮やかな殲滅3体。それに加えこの間の火星での対処ね。貴女、そろそろ首が危ないわよ」

「くっ!」
「特殊戦艦艦長はね、戦闘機乗りと同じなの。敵の殲滅数が昇進の全てよ。それと貴女、レイが少佐だって事忘れてるんじゃない?」

その場で固まるミサト。
見る人が見れば、ミサトが燃え尽きて真っ白に見えている事だろう。

そうは言っても作戦課の許可が下りなければ作戦行動は行えない。
同じ階級なら先任者の方が上である。
ただ、強制的な有無を言わせぬ命令を行使する事が出来ないだけだ。
それが組織と言う物であった。



「弐号機の引き取り…ですか?」
「・・・そうだ」

薄暗い総司令室でゲンドウと対峙しているのは、今度はミサトであった。
総司令室に呼び出されたミサトは、喜び勇んで訪れた。

シンジが敵の殲滅で昇格したのなら、その上官であった自分に対しても何かあってもおかしくない。
自分が何をしたかも忘れ、もしかしたら佐官の仲間入りかもと浮かれていたのだ。

「何故か護衛はアンドロメダ星雲軍らしくてね。僻地と言えど、銀河連邦軍の射程圏内に入るのは憚られるそうだ。それでも譲歩して木星と火星の間までは護衛してくれるらしい」
「よく解らない政治的判断ですね」

「・・・君がそのような事を考える必要はない。これは命令だ」
「はっ!謹んで拝命させて頂きます」

ゲンドウの言葉に、余計な事を言ってしまったと、ミサトはそそくさと退散の道を選んだ。
敬礼をするとさっと踵を返し、総司令室を後にするミサト。

今現在、彼女がゲンドウに含む物は何もない。
単にNERVの最高権力者と言う認識だ。
故に不評を買う事は避けたいと、通常の判断は行えるのである。

そして持ち前のずぼらさと自分本位な感情が、新たな不幸を生み出してしまう。



執務室で他愛もない話をしていたシンジとレイ。
殆どシンジが、呟くように言った事に対し素っ気無い返事をするだけのレイであり、周りで聞いている者が居れば喧嘩でもしているのかと疑いたくなるような会話だが、レイとシンジにはこれが当たり前の会話であった。

そこに急に緊急警報が鳴り響く。

『旗艦MAGI発進準備を開始します。所員は速やかに持ち場についてください』

流れる館内放送に顔を見合わせるシンジとレイ。
レイは首を横に振るだけ。

護衛艦を付けないで旗艦が発進すると言うのだ。
それも緊急発進である。
全く事態が飲み込めない。

発進準備に入った発令所には立ち入り出来ない。
しかし、旗艦の発進には緊急発進とは言えかなり時間が掛かる。
あくまでエヴァと比較してだが。

シンジとレイは頷き合うと司令室へと向かった。
ここで状況の説明を受けるには、そこしか無かったためだ。



「葛城さん、司令室からです」
「あによぉ、もうこの忙しい時に」

ただ周りで行われる発進準備を見ているだけのミサトは、どう贔屓目に見ても忙しそうには見えない。
しかし、そんなミサトの態度に「全くですね」と同意するようにマコトは受話器を渡した。

「はい、葛城です」
『葛城君、どう言うつもりかね?』

電話の相手は冬月であった。
言葉とは裏腹に幾分緊張していたミサトであったが、少し安堵し強気になる。
ゲンドウよりは卸し易いとでも思っているのだろう。

「どう言う意味でしょうか?」
『何故、護衛艦を付けずに旗艦を発進させようとしているのかと言う事だよ』

ふんと鼻で哂うとミサトは用意していた答えを告げる。

「現在エヴァは初号機のみ、敵襲に備え待機させておくべきと判断致しました」
『ならば、なぜその事を艦長達に伝えていないのかね?』

ぐっと言葉に詰まるミサト。
ハッキリ言って忘れていたと言うのが事実なのだが、正直に言う訳には行かない。

ミサトとしては、古巣であるアンタレス星団から来るアスカに対し優位に立つために旗艦を動かしたに過ぎない。
その事に囚われていて先の言い訳を思いついた途端シンジ達の事がすっぽり抜けていたのだ。

旗艦で迎えに行きそのまま護衛艦として二号機を従えて帰還する。
そのままの上下関係でアスカに接するつもりであったのだ。

そもそも旗艦艦長はゲンドウである。
艦長を乗せず、その許可を得ないまま旗艦を発進させる事自体、越権行為であるのだが、ミサトは後の事まで考えていなかったらしい。

それでもシンジ達を伴っていたならゲンドウと冬月は
「置いていかれたな」
「・・・あぁ」
ぐらいで済んでいただろう。

しかし、最後の砦とも言えるMAGIを裸で放り出すわけには行かない。

『旗艦MAGI発進準備を停止します。所員は速やかに解除処理を行ってください』

無情な館内放送が流れミサトは自らの失態を知る事となった。



JAの時と同様に、ミサトとリツコが初号機に乗り込んでいる。
結局、旗艦の発進は認められず初号機で迎えに行く事となったのである。
そして、監視役とも言えるリツコの同伴。
JAの時とは反転して不機嫌なミサトと、それを面白そうに見ているリツコ。

「ふっ・・・無様ね」

十八番の言葉が出る程にリツコは上機嫌だ。

「まぁったく、これで敵が出現して間に合いませんでしたじゃ、洒落にならないっての」
「旗艦で敵に遭遇したら、生還率は0%よ?」

「二号機を引き取るまでの事だし、そっちに全速力で逃げれば、アンドロメダ星雲軍も居るじゃない」
「一惑星の都合を星団軍に負わせようと言うの?星間戦争ものね」

「向こうだって、いざ敵が現れたらそんな事言ってらんないって」
「その脅威を連れて行ったとしても?」

「当然でしょ!それが軍人って言うものよ」
「貴女なら、アンドロメダ星雲軍が敵を地球に連れて来ても嬉々として迎え入れるのでしょうね」

「当ったり前じゃない!弱きを助け強気を挫くよ!」
「・・・・・」

流石のリツコも言葉が無かったようだ。

シンジも呆れ返っている。
これで何故、作戦課長なのか?
自分の父はもしかしたらとんでもなく人を見る眼がないのではないのか?
いや、もしかしたらあの胸に騙されて…。
シンジの妄想は在らぬ方向へと飛躍していった。

突然、シンジの妄想を嘲笑うかのように艦内の照明が緊急照明へと移行し、緊急救助信号、所謂SOSを受信した事を告げた。

「貴女の希望通りになったようね」
「シンジ君!全速力で発信地に急行よ!」

ミサトの言葉にシンジは溜息を吐く。
レイはシンジの言葉を待っているようだ。
階級的にはレイの方が上だが、これはシンジの艇である事をレイは弁えている。

「何をしているの!」
「その前に、お二人共席に着いてシートベルトを着けて下さい」

「そんな悠長な事言ってる暇はないでしょ!」
「ミサト。この艇はシンジ君が艦長なのよ。艦長指示に従いなさい」

「そんな事、今は関係ないでしょ!私は作戦課長よ!私の指揮に従いなさい!」

全く解ってないミサトを尻目にシンジはレイを膝に乗せると特殊レバーを引き艦長席毎スライドして行く。
レイはシンジの首に腕を回しており、さながら甘えている恋人同士と言うところだ。

「なっ!こんな時になにをイチャついてるのよ!あの二人は!」
「エントリープラグへの移動手段が他にないのだから仕方ないでしょ」

実際のところ、別な手段も当然あるのだが、時間が掛かり過ぎると言うのが理由であった。
艦長席のスライドは結構早く、席に座っているシンジは問題がないのだが、膝に座っているレイはシンジにしがみ付いていないと危険なのだ。

「そんな物ぐらいちゃっちゃと作りなさいよ!仕事してるの?」
「貴女にだけは言われたくないわ」

その時ブリッジの電源が全て落とされた。

「なっ!あんの餓鬼ぁ!嫌がらせのつもり?」
「エヴァはエントリーすれば、他の電源は無意味だから切れるようになっているのよ」

「だってこれじゃ何にも見えないじゃない!どうやって指揮しろって言うのよ!」
「無理よ。ちょっとは書類を読むのね。それより席に着いてないとエントリーしたエヴァの加速は普通じゃないわよ」

リツコの言葉より早く強烈なGが掛かり、ミサトは転げブリッジの壁に激突する事となった。

「ふっ無様ね」

ゴンッと言う壮絶な音と共に静かになったブリッジでリツコの呟きが響いた。

当然だが、エヴァや特殊戦艦は一人乗りを前提として作られている。
エントリーすれば他の機関は不要であり、全てエントリーした者に制御を渡す為にも電源が落ちるのである。

そしてSOSを発信している所へ着いてからエントリーするのでは、敵に隙を与えるような物だ。
エントリーしてから向かうのは常識であろう。
旗艦からの指揮を行っていたミサトは、同じようにブリッジから指揮出来ると考えていたのだろうが、全くの勉強不足と言う他ない。

そして、シンジの言葉を蔑ろにしたツケを身を以って払う事になったのだ。

シンジ達が、到着した時には、白い巨大なクジラのような敵にアンドロメダ星雲軍が孤軍奮闘していた。
ATフィールドに自らの攻撃を無効化されつつも、敵の牽制に成功している。
その中でも赤い戦艦の攻撃は異彩であった。

エヴァの能力を遺憾無く発揮していると言える。
ただ、ATフィールドは中和出来ていない様子だ。
ATフィールドが張れるのかも怪しい。

どこをどうやったのか、リツコの前のコンソールには戦況が映し出されていた。
流石エヴァの第一人者と言うところだろう。

「あれが弐号機か」
「・・・そうね」

「大丈夫そう?」
「・・・無理」

「じゃぁ試してみようか?」
「・・・構わないわ」

一応タンデムシートにしたと言ってもエントリープラグの中の二人は密着している。
恋人達の語らいのように言葉を交わした二人は、眼を瞑り集中していった。



押し迫ってくる脅威に敵はビクリと震えたように見えた。
アスカもその圧力を感じ、そちらに注意を向ける。

そこには蒼い光を纏った巨大な鳥が映し出されていた。
フェニックスを想起させる蒼い炎の鳥。

「火の鳥?」

そう思った時には、それは敵のど真ん中に風穴を開けていた。
爆発によるホワイトアウトが消えた時、そこに見えたのは自分の戦艦と同じような紫の戦艦。

「あれが…初号機?」

アスカの呟きはLCLの中に溶けて行った。


続きを読む
前を読む
戻る


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。