第七話
欺瞞


「また君に借りが出来たな」

『返すつもりもないんでしょ。で、どうです?例のものは。こっちで手、打ちましょうか?』

「いや。君の資料を見る限り、問題はなかろう」

『では、シナリオ通りに』

「気をつけたまえ」

『貴方こそ、気をつけた方がよろしいのでは?最近はまた、煩方もいらっしゃるようで』

「フッ・・・問題ない」

『そうですか・・・では』

薄暗い司令室で電話を切ったゲンドウは、いつものポーズを取り溜息を吐いた。
いつも太々しい態度を取っているゲンドウが溜息を吐くなど、かなり珍しい事である。
冬月がこの場に居たなら、歓喜してからかったであろう。

ゲンドウの溜息は言わずと知れた零号機の損失についてである。
エヴァは簡単には建造できない。
諸般の事情により、レイ専用機の再建造は不可能に近かった。
しかし、それを公にするわけには行かない。

ゲンドウは零号機再建の予算申請を行い、それが却下されるのを見越して弐号機の召還を早める画策を行っていた。
実は、元々弐号機もここで骨幹が作られた物だったのである。

そして既に多数の骨幹を各星間に引き渡し建造を行わしていた。
これも金策の一つである。
骨幹を引き渡す際に多額の金額を請求していたのだ。

そして出来上がった物を理由を付けて召還する。
正しく外道と呼ばれる所以であった。



真っ暗な宇宙空間。
青い地球を後ろに一隻の戦艦が巡航している。
本来、戦艦らしくないその紫の船体は、この虚無の世界に一際異質な存在だった。

「ここが、嘗て死の惑星と呼ばれていたとはね・・・」
「今では眠らない星とも言われているようですよ」

ミサトは今、リツコと共に初号機により火星の第二惑星へと運んで貰っている。
メインモニターに映し出される煌めくコロニー。
地球上では存在しないだろう建物の隙間を縫って空中を行き交う小さな移動物体は、ここでは日常的に使われる移動手段である。
現在、火星の第二惑星は、数多の企業が研究施設を建造していた。
無重力状態で造る超伝導物質がそのまま生産ラインに入れる事が出来、地球に研究施設を造るより遥かに効率的なのだ。
必然的に最新技術の発表などもここで行われる事が多い。

「眠らない星か、悪いわね、こんな事まで頼んじゃって」
「いえ、これも仕事ですから」

「でも、相変わらず特殊戦艦のブリッジは狭いわねぇ」
「仕方ないですよ。元々一人で運用するのが通常ですから」

ミサトの言葉にシンジが軽い合の手を入れる。
殆ど自動運行の上、レイまで補助で乗っているので、シンジのやることは全くと言って良い程ないのである。

「見えたわよ」

リツコの言葉にメインモニターを見ると、数あるビル群の中に一際趣味の悪いビルが見えた。

「何もこんなところでやらなくてもいいのに・・・で、その計画、他の星団はからんでるの?」
「星団?いいえ、介入は認められず、よ」
「どうりで好きにやってるわけね」

ミサトの言う星団とは、地球防衛連隊以外の銀河連邦軍を指している。
基本的に軍備の選定は各連隊に委ねられているため、その利権を獲得するために民間企業は地元以外の連隊へも営業を行うのが当たり前になっているのだ。
そして地球防衛連隊での、軍備に関する情報はNERVが全て掌握していた。
つまり、今回のお披露目が地球防衛連隊に対しては初のお披露目となるはずである。

「じゃぁシューター借りるわね」

ミサトはリツコを連れ立ってブリッジを後にした。
シューターとは、船外作業用の小型艇の俗称である。
戦艦が発着出来ないような場所や、小さな惑星へ降り立つ時に使用するもので、二人乗りの小さな小型艇であった。

元々特殊戦艦は一人で運用する事が前提なので、このような付属の船も二人乗り程度の物しか積んでいないのだ。
そして、リツコには小型と言えども船を操縦する事は出来なかった。
やろうと思えば出来るのだろうが、所謂免許のような物が無いのだ。
最初は、初号機で行くのならレイも乗っているため問題なかったのだが、ミサトが強引に自分が運転するから連れて行けと割り込んで来たのである。
その真意は定かでは無いがマコトなどは、軍備に対する研究心だと思っているが、リツコは出張費と実務のサボリが目的だと考えていた。

「綾波、お茶でも飲もうか」
「・・・(コクリ)」

ミサトがシューターを動かすなら戻ってくるまでシンジ達には、する事が無い。
シンジとレイは、二人っきりのゆったりとした時間を過せると微笑んでいた。



記念パーティ会場は、さながら結婚式の立席披露宴のような会場であった。
NERVご一行様と言う立て札のあるテーブルは、二人しか居ないにも拘わらず10人用程度の大きいテーブルで、その広いテーブルの真ん中に数本の飲み物が置かれているだけである。
ミサトは訝しんで周りを見渡すと、他のテーブルには豪華な食事が並んでいた。

「これって新手の嫌がらせ?」

ミサトがリツコに小声で耳打ちする。

「そのようね」

リツコもまさかこのような子供染みた仕打ちを受けるとは考えていなかったようだ。
深い溜息を吐いてミサトの言葉に答えた。

会場の壇上では、延々とパンフレットの朗読のような拙い説明が行われている。
現在のリツコの頭脳は、何時引き上げるかだけが計算されていた。
パンフレットをパラッと見ただけで、大体どのような物か判断が付いたのだ。
ただ、この仕打ちは自分達を笑い物にしたいのだろうと言う事は予測出来る。
であれば、某かの質問を当てられる可能性がある。
または自分達からの質問を期待しているのか。
折角来たのだから、リツコはもう少しこの茶番の結果を見て行こうと結論付けた。

どうせなら、時計の針を進めてやろう。
リツコはニヤリと笑うと挙手を行い、立ち上がった。

「質問を宜しいでしょうか?」
「これは、これは、御高名な赤木リツコ博士、どうぞ」

説明を邪魔された司会者は、それでも魚が餌に食いついて来たとばかりにリツコを促す。

「先程の説明ですと、内燃機関に核融合炉を使用とありますが」
「ええ、本機の大きな特徴です。連続150日間の作戦行動が保証されております」

「原子力では、ワープ航法に支障を来すと考えられます、また戦艦に核融合炉を搭載する事は、安全性の点から見てもリスクが大きすぎると思われますが?」
「JAは、ワープ航法メカに限らず一切の生体部品を使用しておりません。また、あらゆるミスを想定し全てに対処すべく、プログラムは組まれております。間違っても炉心融解など起こしませんよ」

「ワープ航法以外の長距離航法に成功したと?そのような報告は受けておりませんが」
「そのための150日間稼働です」

話にならない。
リツコは質問することすら馬鹿らしくなってきていた。

「遠隔操縦では、緊急対処に問題を残します」
「パイロットに負荷をかけ、精神汚染を起こすよりは、より人道的と思います」

これはエヴァではなく、特殊戦艦全般の話である。
司会者は精神汚染と言っているが、特殊戦艦の適正試験時にフィードバックによって気分が悪くなるものが居る。
それを称して俗称で精神汚染と呼ばれているのだ。
だが、これは正しく状況を述べた名前であった。
その事を知るのはNERVでも上層部だけである。

それよりも、あろう事か宇宙空間を遊泳する戦艦が遠隔操縦とは、全く状況を理解していないとしか言いようが無い。
操作に対するタイムラグが有りすぎるのだ。
ある程度はAIで自動制御されるのだろうが、それでも初動に対して遅れが出る。
戦闘でこの遅れは致命的だ。

「よしなさいよ、大人気ない」

ミサトも作戦指揮官として使えないと判断していた。
精々、護衛艦か、敵状視察用の捨て駒にしかならない。
しかし、核融合炉を搭載していると言う事は、それも行えない。
巨大な核爆弾で敵状視察するような物だからだ。

「核廃棄物の処理はどうなるのでしょうか?」
「内部に弾頭製造システムを搭載しており、そのまま劣化ウラン弾となります。クリーン且つ有効な廃物利用です」

この言葉にリツコとミサトは頭を抱えてしまった。
空飛ぶ核弾頭、装備は劣化ウラン弾。
放射能汚染物質散布戦艦としか言いようがなかった。
これを用いた星は、瞬く間に銀河連邦全星間から袋叩きにあうだろう。
地球ほど環境汚染に無頓着な星は無いのだ。
他の星、特に生体部品の生産を手掛けている星などは、見事なまでに自然が残されている。
放射能汚染など、論理的に起こりえると言うだけで却下される星が殆どなのである。

地球では、西暦で言う20世紀初頭。
高度成長期に入った日本の工場は、近代化と言う名目で数々の汚染物質を川から海へ垂れ流した。
それと同じように広大な宇宙空間なら汚染物質を捨てても問題ないと考えているかのようなプロジェクトである。

「よく解りました。それでは我々は失礼致します。ミサト帰るわよ」
「えっ?ちょ、ちょっち待ってよ」

「逃げるんですか?赤木博士。どうせATフィールドが有る限りとか考えておられるのでしょうが、それも時間の問題です。核融合炉の力を使用した従来にない強力な砲撃を行えるJAであればそんな物は壁にもなりませんよ」
「その言葉が実現される事を期待しておりますわ。我々は被爆したくありませんので、失礼致させて頂きます」

後ろを向いたまま一礼すると、リツコは背筋を伸ばし会場を後にする。
その姿は敗者の姿などとは程遠い、畏怖堂々したものであった。



「大した事ないわね・・・ただ、誉めてもらいたいだけのつまらない男」
「どうせうちの利権にあぶれた奴らの嫌がらせでしょ」

帰りのシューターの中、ミサトとリツコはそれ以上言葉は交わされなかった。
お互いがお互いの思考に耽っていたのだ。



「随分早かったんですね」

シンジは機嫌の悪い女潔二人をブリッジに迎え入れると、眼を合わさずに話し掛けた。
この辺りは、人との付き合いが苦手なシンジの得意とする社交辞令だ。

「思ってた以上にどうしようも無い物だったわ」
「あれなら、見に来るまでもなく他の実験を進めてた方がよっぽど有益だったわね」

リツコは兎も角、ミサトにまでどうしようも無いと言われる物と言うのも悲惨である。
どんな物であれ、某かの使い道を見出すのがミサトなのだ。

「じゃぁ、早速帰りますか」
「そうして頂戴」

本当に無駄な時間を過ごしたと言わんばかりの機嫌の悪い顔をしたリツコにシンジは肩を竦めると発進準備を始める。

(この不機嫌が僕に向かいませんように)

そう念じてしまったシンジを責める事は出来ないだろう。
ミサトですら、帰りのシューターの中では同じ事を考えていたのだ。

「・・・目的地、地球、第三新東京市、進路オールグリーン。進路設定終了」
「了解、初号機、発進」

穏やかな鈴の鳴るようなレイの報告の後、これまた穏やかなシンジの声が発進を告げた。
その時、緊急避難警報が鳴り響く。
近くの船舶が異常事態に陥った時に待避を促す警報だ。

「何?!」
「・・・警報発信源をスクリーンに映します」

ミサトの怒声に答えたレイの言葉通り、正面スクリーンに映し出されたのは、先程までリツコ達が説明を受けていたJAと呼ばれる戦艦であった。
ワープ航法メカに代表される生体部品を多く使用した艦は、どこか鈍重なイメージがある。
その特性から、外観が丸みを帯びたものになるためだ。

それに引き替え、地球製に代表される鉱物を使用した艦は、鋭角的なイメージがある。
進行方向に対し、極力摩擦係数を減らした造りのためなのだが、それは一種のポリシーとも呼べるデザイン感であった。

しかし、目の前に映る機影は、鉱物しか使用していないにも拘わらず、ぼてっとしており、どこか肥満体を意識させる。
核融合炉を文字通り強固に覆った結果なのだろうが、本末転倒も良いところだろう。
これでは、大気のある星に突入するときの摩擦に思いやられる。

「暴走でしょうか?」
「そのようね」

スクリーンに映るJAは、とても制御されているとは思えない軌道を描いていた。
不規則に噴出される推進器からのジェット噴射が伺える。
機首が右に左に上に下にと、方向が全く定まっていない。

「コロニーに突っ込まれたり、地球に向かわれると面倒だわ。シンジ君?推進器を破壊出来る?」
「問題ないと思います」

「止めなさい!ミサト。そんな権限ないわよ!」
「緊急避難よ。レイ?あれを制御しようとしている周波数に割り込める?」

「・・・出来るけど音声を向こうで受信しているとは限らない」

ミサトの意図を把握したレイの言葉に、ミサトはぐっと詰らされる。

「ふっ・・・無様ね」

「こちら、銀河連邦軍地球防衛連隊特務機関NERV。エヴァンゲリオン初号機艦長碇シンジ。緊急避難警報を発している機体への攻撃を許可されたい」
「ちょっ!シンジ君?どこに連絡しているの?」

「第二惑星コロニーの空間管制官ですよ」

『ご提言、感謝する。艦は核融合炉を搭載している。できるだけ壊滅的なダメージを与えないようにお願いする』
「了解。綾波、速射砲で推進器のみを破壊」

管制官の責任者は、正しい判断基準と決断力を持っていたようだ。
あんな物につっこまれたらコロニーなど一溜まりもない。
銀河連邦軍が力を貸してくれると言うなら、御の字なのである。
利権に懲り固まった亡者達で無い限り。

「・・・了解」

言うや否や、レイは速射砲の照準をJAの推進器に合わせ、撃ち抜いた。
その間ほんの数秒。
その場でグルグルと回るだけのJA。
これも、どこかに飛んでいかないように計算されて推進器を撃ち抜いたのだろう。

「通常射撃もすごいのね」
「綾波ですから」

ミサトの言葉にシンジは何故か誇らしげに微笑んでいた。



薄暗いNERV司令室。
今は、いつも傍らに居る副官の冬月も居ない。

サングラスに顎髭を生やし、机の上で手を組んでいる男にリツコは一人で対峙していた。

「葛城大尉の行動以外シナリオ通りでした。ご子息とレイの活躍により、他の被害を出さずに済んだことは幸いだったと言えるでしょう。関連企業の接収は滞りなく終了致しました」
「そうか・・・ならば問題ない」

「はい、失礼致します」

暴走はゲンドウの仕組んだ事であった。
技術力は見る物が無いが、あのような馬鹿げた物を造る膨大な資金力と、その物資の入手経路がゲンドウの眼に止まったのだ。
無駄な物を造るなら、NERVのために使った方が人類のためだと言うのがゲンドウの論理である。



「・・・やっぱりタンデムエントリーかしら」

リツコは実験で得られたデータ解析に忙しかった。
既にJAの事など頭から綺麗さっぱり忘れ去られている。
いや、意図的にデリートされているのだ。
何より、あんな物に自分の時間を取られた事が、その行為に拍車を掛けていた。
そして、データ解析に没頭することで逃避しているのだ。

しかし、このデータ解析が性急な事もまた事実である。
初号機に対するダブルエントリーの実験も、多種多様な方面からデータは揃えられた。
その中で、最も効率的なエントリー方法は、二人で同じプラグに入って行うタンデムエントリーであった。
他には別々のエントリープラグで個々にエントリーする方法や、勿論レイだけの単独エントリーもデータとして存在する。

問題は、倫理観。
エントリープラグの中にはLCLと言われる液体で満たされる。
同じプラグ内に入ると言う事は、相手の体内に入ったLCLを自分の体内に入れる可能性があると言う事であり、これは唾液の交換にも相当する。
シンジとレイなら、文句も言わないが、このデータは何れ公に出る事になる。
その時に倫理委員会のような物が口を挟んでくるのは眼に見えているのだ。

相互間の意識もある。
同時シンクロは、相手を強く感じるとレイやシンジからの証言もある。
シンジ曰く、まるで同衾しているようだと言うのだ。

マヤなどは、実験中エントリープラグ内を映すモニターを見て、
「不潔ですぅ」
と顔を真っ赤にしていたぐらいだ。

そこには明らかに性的興奮を感じている二人の姿が映し出されていたためである。
すぐさまリツコはモニターの映像を切ったのだが、実験室内に桃色の雰囲気が充満していたのは仕方の無い事だろう。

察するに、命令だからとは言え、男同士で乗る事は忌諱されるだろう。
しかし、高い性能がデータとして残った場合、いざ戦争となれば、軍としてより性能の高い兵器を望むのは致し方ない。
その為に望みもしないダブルエントリーを試されるのは、当然であろう。
同姓ならまだ良い。
これが男女となると、どのような精神作用を引き起こすか想像も出来ない。
少なくとも、自分だったら強姦された気になるだろうなと言うところまではリツコでも理解出来た。



「今日も星が綺麗だね」
「・・・銀河連邦に参入してから地球も環境汚染に煩くなったから」

「それって何時の話さ。あんまり人前でそう言う言い方は止めた方が良いよ?」
「・・・そう?解らない」

結局の所レイの年齢と言うものは、有って無きが如しであった。
地球が銀河連邦に参入してから僅か25年である。
それでも、その前の話をあたかも見ていたように話すと言うのは、シンジには年寄り臭く感じられるのだ。

25年。
つまりセカンドインパクトが起きてすぐに地球は銀河連邦に参入している。
それまでは、地球外生命体との交流など皆無であったにも拘わらずである。
これには、当然シンジの父であるゲンドウが絡んでいた。
それ故にゲンドウは、今の地位と権力を持っているのだ。

銀河連邦への手土産は、当然特殊戦艦であった。
今まで銀河系の辺境の星と思っていた太陽系第三惑星から、突然軍事バランスを壊すような兵器が現れたのである。
当時の銀河連邦は、焦った。
すぐさま侵略するべきだと言う意見が多かったのだが、その兵器を簡単に持ってきた事が、彼らを慎重にさせた。

自分達の持ってきた武器に対する備えをしていない訳がない。
その兵器は、今の銀河連峰に存在するどの兵器よりも強力であったのだ。
そしてゲンドウの持ってきた条件。
これが、彼らを更に悩ませた。

地球に対する不干渉は元より、ゲンドウの地位、そして今後の協力体勢についても銀河連邦に都合が良いとしか思えない。
罠だと言う意見も多かったのだが、それらを飲んだとしても、銀河連邦には何の不利益もなかったのだ。
強いて言えばワープ航法メカの技術提供ぐらいである。

ゲンドウは、まず地球で裏から経済を操っていたゼーレと言う組織を利用した。
彼らは狂信者であり、セカンドインパクトは彼らが起こした物だ。
その頃のゲンドウは、銀河連邦との繋がりを作る事に注力しており、セカンドインパクトを防ぐ事はままならなかったのである。

狂信者達は、地球上で神になる事を目論んでいる。
しかし、それは戯言。
聖書にある最後の審判を自分達で起こすようなものであった。

碇ユイ。
彼女は何事に於いても卓越していた。
彼女と出会った事がゲンドウの人生を大きく変える事となった。

彼女は考古学と宇宙とを結びつけた。
そして、その結果地球外生命体との交信を可能にしたのだ。
彼女の卓越していた所は、それをすぐさま発表しなかった事である。

彼女は、交信相手の言葉を検証する事に注力したのだ。
そのために雇われたのがゲンドウであった。
日本の箱根と呼ばれる地域にある黒き月。
それを調査するのがゲンドウへの依頼内容であった。

その頃、私立探偵擬きを営んでいたゲンドウは、元々学者肌であり、大学でその手の研究も行っていたのだ。
ユイは、その事を聞きつけ彼に依頼したのである。
ゲンドウの調査結果は、ユイの満足するものであった。

そして、ユイは大学の助教授であった冬月コウゾウの協力を得、ゲヒルンと言う研究機関を作った。
この資金調達のため、元私立探偵であったゲンドウが自分の情報の中にあったゼーレと言う組織に接触する事に成功したのである。
そのため殆どの資金を提供したゼーレの意向を無下には出来ず、名称もゲヒルンなどと言う胡散臭い名称となっていたのだ。

資金と研究施設を手に入れたユイは、凄まじい勢いで黒き月の解析を進め、その傍ら、解析結果を実証する施設をも作り上げていった。
その中枢を成す人物の中には赤木ナオコ、惣流=キョウコ=ツェッペリンが名を連ねていた。
そして、作り上げたのがエヴァ初号機。
当時は、戦艦と言うよりは、巨大な箱と言う感じであった。

銀河歴2000年、ゼーレはユイの報告から独自に南極にあるであろうとされた白き月の探索に乗り出していた。
葛城調査隊。
それがゼーレが徴集した科学者達の集団であった。

ゼーレはユイの話を自分達の都合よく曲解し、自らの探索班を作り上げたのだ。
その中には当然ユイの危険視している事こそが、自分達の望む物に違いないと言う妄想に取憑かれている者が大半であったのは言うまでもない。
そして南極と言う、人類が簡単には行けない場所である事も彼らに行動を起こさせた原因である。

日本にある黒き月をユイに与え、そちらは好きに研究させているように振る舞い、自分達は南極で独自に研究を行い、ユイ達の研究成果をも吸い上げようと言う魂胆であったのだ。
しかし、ゼーレの思惑は大きく外れた。
ユイが危険視していた、白き月に存在するアダムの覚醒を、真っ先に行ったのである。
それは宇宙の真理における禁忌。

アダムの覚醒だと思われていた事は、宇宙の真理から破滅を誘発させる行動だったのだ。
それ故に、白き月は正体不明の攻撃を受ける事となった。
しかし、ゼーレの老人達はその膨大なエネルギーに、自分達の考えを確信に変えた。
失敗はしたが、考えは間違っていなかった。
次こそは成功させる。
それがゼーレの老人達が導き出した結論であったのだ。

ゲンドウとユイは、この現象に慌てた。
自分達が引き入れた者達が愚者であったことに酷く後悔した。
しかし、時は止まってくれない。
自分達の罪は自分達で償わなければならない。

そして、ゲンドウとユイは銀河連邦へ働きかけ、冬月は国連へと働きかけた。
銀河連邦とのコンタクトを手土産とし、ゲヒルンをNERVと組織変更し、銀河連邦との交渉拠点とした。
その傍ら、当時、東方の三賢者と言われたナオコ、ユイ、キョウコで、エヴァ初号機を模造した特殊戦艦の原型を作り上げたのだ。
戦艦にしたのは、未だ軍事価値が大きな意味を持つ銀河連邦への手土産とするに妥当だと考えたからである。

国連からの予算を取り付けたゲンドウはゼーレから離反する。
その5年後、東方の三賢者は、久しぶりの休暇中に襲撃され殺害された。
ゼーレの報復である。
ゲンドウも5年間神経を尖らせていたのだが、思考操作によるエントリープラグが完成した事もあり、その緊張が綻びかけて来た時であったのだ。
シンジ4歳の夏であった。

途方に暮れたゲンドウは、気が付くと黒き月の最深部、ターミナルドグマと呼ばれる場所に居た。
ここにゲンドウは数回しか立ち入った事が無い。
全てはユイが行っていたのだ。
そして、その奥に居る女神に眼を奪われた。
蒼銀の髪に黒子一つない白い肌のユイと瓜二つの女性、いや、ユイを十代にしたような女性が、透明なガラスの円筒状の機材の中に全裸で浮かんでいる。
ゲンドウが近付くとカッと眼を見開いた。
その眼は深紅。
ゲンドウは、ルビーのような光を放つその眼に射抜かれたように動けなくなった。

「・・・貴男誰?」

液体で満たされたガラスの器の中から声が聞こえた気がした。
有り得ない現象だ。

「ユイ・・・」
「・・・それは貴男の名前では無いわ」

深紅の瞳が細められる。
ゲンドウは、その時初めてこれが幻聴では無い事を悟った。
と同時に筒の中から液体が排出されていく。
やがて、液体が全て排出されるとガラスの隔壁が上に上がり、少女がゆっくりと近付いて来た。

「・・・貴男誰?」
「・・・ゲンドウ。碇ゲンドウだ」

「・・・そう、貴男は何を望むの?」
「・・・何も・・・ユイが居なくなった今、俺にはもう何もない」

「・・・死者を蘇らせる事は出来ない。でもその思いを紡ぐ事は出来る」
「フッ・・・そんな事をしても虚しいだけだ」

「・・・ユイ博士達には、この身体を貰った。私もあの人達に身体をあげるわ」
「・・・ユイを復活させれるのか?」

「・・・死者を蘇らせる事は出来ないと言ったはずよ」
「どうすると言うのだ?」

この少女こそ綾波レイである。
リリスと呼ばれた物は、大凡人の想像する生物の形を取っていなかった。
アダムも然りである。
ユイはその物が生命体である事をつきとめ、それを母体としてエヴァ初号機を完成させたのだ。
しかし、その過程でその物に自我が存在する事に気が付き、自らの遺伝子とその物を掛け合わせ少女の肉体を作ったのである。
そして、リリスの自我を少女に移す事に成功したのだ。

そして碇ユイ、惣流=キョウコ=ツェッペリン、赤木ナオコの肉体は、少女に教えられた通りにそれぞれの素体とも言うべき物に融合させる事に成功した。
今現在、ユイは初号機、キョウコは弐号機、そしてナオコはMAGIにその融合させられた形のまま取り込まれている。
この事により、魂を留めておく事が出来ると言うのだ。
そしてゲンドウが死を迎える時に、ユイと一緒にして貰う。
それがゲンドウが望んだ内容であった。

この副産物として、今もユイ達の思考をMAGIを経由して使う事が出来る。
既に死んでいたために会話が出来るような自我は残っていなかった。
しかし、そこには確かに本人達の思考であると思われる内容が表示されるのだ。
つまり、感情のない思考だけの存在となっているのである。
会話は感情が無いと成立しないと言う事であった。

以後、ゲンドウはここから得られた情報を自らの指示としてNERVを運営していく。
ゼーレなどの思惑は阻止しなければならない。
それはユイの愛した地球と言う星を滅亡に導く行為であるのだから。
ユイの理想を実現するためにゲンドウは、無我夢中で事にあたった。

更に10年後、ナオコの娘であるリツコを迎え入れ、NERVの技術は銀河連邦中でも押しも押されもしない唯一の技術として認知される事になったのだ。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。