第六話
決心


「少しは頭が冷えたかしら?」
「なによ、冷やかしに来たの?」
独房に居るミサトの元にリツコはやって来ていた。

ミサトは独房のベッドに腰掛け顔もあげずに言う。
そんなミサトの態度に溜息をつくリツコ。

「日向君が貴女の意見を聞きたいそうよ」
そう言ってリツコは後ろに居るマコトに目配せをする。

通常、独房では面会を行えない。
面会するとしてもそれなりの地位の有る者が同行しなければならない。
これは、独房内での遣り取り、例えば脱走のための手助けを阻止する等の目的のために設けられた措置である。

そして、ミサトに面会をしたいとマコトが漏らした所、リツコが同行してくれる事となったのだ。
リツコは技術部長である。
地位としては申し分なかった。

「葛城さん、あの目標は難攻不落の要塞の様な物なんです。何か良い作戦はないでしょうか?」
マコトが怖ず怖ずと、資料をミサトに渡しながら伺う。

その資料に一通り眼を通すミサト。
暫く沈黙が続く。
リツコはミサトの様子を観察し、マコトは固唾を呑んでミサトの言葉を待っていた。

「これまでに採取したデーターによりますと目標は外敵と認めた物を自動排除するものと思われます」
日向がミサトの読んでいる所を察し報告する。

「敵対行動と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち・・・エヴァによる近接戦闘は危険過ぎるわね。と言うより近付くのも困難か」
ミサトは淡々と状況を整理していく。

「ATフィールドは?」
「健在です。相転移空間が肉眼で確認できるほど強力なものが展開されています」

「リツコ、加粒子砲って何か弱点ないの?」
八方塞がりの状況にリツコの意見を聞こうとするミサト。

「あら?私が口出して良いのかしら?」
「悪かったわよぉ〜リツコ、もう怒らないで」

「謝る相手を間違ってるわよ。加粒子砲の弱点は、そのエネルギーの収束に時間が掛かる事、それとこれは加粒子砲に限った事では無いけれど、エネルギー砲は周りの環境に影響を受けるわ」
「どう言う事?」

「真っ直ぐ飛ばすのは結構難しいって事よ」
「赤木博士の助言を受けて一応電磁波による威嚇も行いましたが、敵は無視していました。敵対行動と見なさなかった様子です」

「じゃぁ決まりね」
ミサトの唇がニヤリと吊り上った。



「綾波・・・」
シンジはレイの病室に訪れていた。

レイは酸素吸入器を付け、点滴を打たれてベッドに横たわっている。
蒼銀の髪に陶磁器の様に白い肌は、どこか現実味が無くシンジは暫くその美しさに見とれていた。
ふと我に返ったシンジは、点滴を受けていない方の手をそっと握る。
レイの柔らかい手の感触を受け、そこに感じる暖かさに生きていると実感するシンジ。
その時薄っすらとレイの瞳が開かれた。

「綾波?」
「・・・碇君」
レイは、薄っすらと笑みを浮かべる。

「大丈夫?」
「・・・・・問題ないわ」
何時もより長い溜めの後、レイが静かに言う。

身体の部位を確認していたのだろう。
こう言う時のレイは、至って冷静に自分の身体を観察する。

「やっぱり、敵は綾波に狙いを付けて来るね」
「・・・そうね」

シンジはギュッとレイの手を握り締めた。
レイもそれに応える。

「そう言えばミサトさんと喧嘩しちゃった」
シンジの言葉にレイが怪訝な顔をする。

「あの後、発令所に行ったんだけど、綾波の容態も気にしないで敵の調査にのめり込んでいたよ」
「・・・あの人は取り憑かれているわ」

「えっ?」
シンジは一瞬レイの言葉が理解できなかった。

「仕事にって事?」
「・・・星の絶望に」
レイは空虚を見つめてそう言った。

エヴァが星の祈り、そして星の絶望に取り憑かれているとは、どう言う事なのか。
シンジは一通りレイから話を聞いている。
しかし、それが理解していると言う事ではない。
レイの言葉には、どこか神秘めいた物があり、細部まで理解できていない物があるのだ。
星の〜についてはその最たる物だ。
レイはよく、星の〜と言う言葉を使う。
公園で逢った時にも星を感じていると言っていた。

シンジはそれを自分の知識にあるガイアと言う概念で消化していた。
ガイアとは地球そのものが神であると言う事だ。
人々が自然と呼んでいる物こそ神の恩恵であり、それは地球上に存在する生物全てに平等に与えられる。
そして、死を以て土に帰ると言う事はガイアに帰る、即ち神の御許に行くと言う事である。
身体を構成する組織は分解され新たな生命の糧となる。
生態系そのものが神の意志であり、神は常に我々と共にあると言う概念だとシンジは理解している。

実際、シンジが過ごして来た星々では色々な宗教があった。
それらは学科としてシンジは勉強していたため大外枠の知識でしかなかったが、それでも生命あるところには宗教が生まれると言う事を学んだ。

どの宗教も大枠は自然に対する畏怖であったり感謝であったりし、その中にそれぞれの解釈により階梯を上がる事を意としていた。
つまり、なんらかの方法により、昇華されるのだ。
仏教で言う解脱、キリスト教で言う審判の時等である。

「祝福されている星に絶望に取り憑かれている人が居るって言うの?」
「・・・人は色々な物に感化され易いわ。それ故に色々な物に取り憑かれる」

シンジはレイの何時もの言葉に載せて聞いてみたのだが、益々困惑する答えが返って来た。
「僕は綾波とずっと一緒に進んで行くよ」
「・・・碇君」
レイはシンジの方を向くと嬉しそうに眼を細める。
そしてシンジの手を強く握り返す。

シンジもそれを見て我知らず微笑み、レイの手を握る手に優しく力を込めた。



司令室ではマコトが作戦の説明を行っていた。

「MAGIはどういっている?」
冬月が眉を寄せながら、拠り所であるMAGIによる解答を尋ねる。

「スーパーコンピューターMAGIによる解答は、賛成二、条件付き賛成が一でした」
「勝算は8.7%か」

「もっとも高い数値です」
マコトはミサトを信じ、高らかに答えた。

データを取ったのはマコトだが、作戦の骨幹を考えたのはミサトである。
ミサトを敬愛するマコトは、何としてもこの作戦を通したかった。
例えそれが、エヴァの艦長に掛かる危険がどれ程高くとも・・・

暫しの間、静寂が流れる。
僅かに顔を上げたゲンドウが口を開いた。

「反対する理由はない。存分にやりたまえ、日向少尉」
「はい!」



ブリーフィングルームで説明を受けるシンジとレイ。
説明を行っているのは日向マコトだ。

彼は、憧れのミサトが起てたこの作戦に微塵も疑いを持っていない。
自信満々で説明を行っていた。

リツコはそのことに目眩を覚えるも、リツコに作戦立案能力があるわけではなく、代替え案も浮かばない上にゲンドウが承諾した作戦のため、オブザーバーとして同席していたが、特にマコトに同調するわけでもなく、ただ黙ってシンジとレイの反応を伺っていた。

作戦の概要はこうである。
まず、監視衛星から電磁波を発生させ、ジャミング効果を起こす。
その間にエヴァ両機を発射させる。

敵が攻撃してきても、電磁波を強める事により、敵の加粒子砲に干渉し方向をずらす。
初号機に高出力のポジトロンライフルを装備。
射程圏内に入ったら発射準備を行う。
高出力のため発射準備に時間が掛かり計算では20秒程の空白時間ができる。

その間、零号機は囮として敵の眼を向けておく。
零号機には、特殊な装甲と盾の様な物を装備する事により、こちらも計算上20秒は直撃に耐えられるはずだ。

初号機の発射準備完了と共に、監視衛星からの電磁波を止める。
その間に発射。
次射に向けて、再び電磁波を発生させる。

基本的に零号機に直撃する事はないであろうとの目論見だ。

「作戦の概要は以上だけど、何か質問はあるかい?」
マコトが意気揚々と説明の終了を告げる。

「僕が囮になるわけには行かないんでしょうか?」
暫く考えた後、シンジが質問した。

「敵は何故か、零号機をいつも先に狙っているんだ。理由は解らないけど、零号機を砲手とした場合、成功確立が極端に低下するんだよ」
「そうですか・・・」
敵が零号機を狙ってきているのはシンジにも解っていた。

レイを危険に晒したくはない。
しかし、シンジにも代替え案は浮かばなかった。

「・・・心配しないで」
そんなシンジにレイが微笑んで言う。

「綾波・・・」
シンジには、最初の一発で決める事を誓う以外に術はなかった。



『ケイジ内注水開始、第一ゲートオープン!進路初号機はルート3を零号機はルート6を使用』

作戦通り、エヴァの発進準備が進められる。
余談ではあるがルート3とルート6は、正反対の方向にある。
敵の探知を少しでも攪乱させるために施した策であるが、大気圏外から見ている敵に対し、有効であるとは考えづらい。
実は、これもミサトのマコトに対する助言であった。

マコトはその助言を忠実に実施しているに過ぎない。

『初号機、零号機、システムオールグリーン!発進できます』
マヤからスクランブルではない、通常の発進準備が整った事が告げられた。

『零号機、発進します』
『初号機、発進します』

零号機は、山間部の山がスライドした状態で発出口が開き斜め45度に角度をつけられたカタパルトの様な所から発出される。

初号機は、第三新東京市郊外にある湖面に姿を見せ、湖上から発進した。

『目標内部に高エネルギー反応を確認、収束中です』
『きたな!監視衛星からの電磁波強度を3倍に!』
シゲルの報告にマコトが指示を出す。

しかし、操作しているのもマコトだった。

『シンジ君、レイちゃん、落ち着いて射程圏内まで移動してくれ』
シンジやレイにまで指示を出すマコト。

その様子を見ていた頭上の二人や、リツコにマヤやシゲルまで、ミサトは不要と判断していた。
ただ一人、その能力を果敢なまでに発揮しているマコトを除いて。

『目標が加粒子砲を発射!太平洋に逸れます!』
『よしっ!』
大気圏外から発射するそれは、少しの歪みで地上に到達する頃には途轍もない誤差を生じる。
マコトは予想以上に電磁波のジャミングが作用した事に嬉々とした。

その後、敵からの攻撃は何度かあったが、日本海側に逸れたり、太平洋側に逸れたり、一部旧東京へも着弾したが、エヴァ両機は射程圏内に入った。

『ポジトロンライフル発射準備!』
『了解』
これまで思惑通り進んでいる作戦にシンジも少し安心し、マコトの命令に素直に従った。

ポジトロンライフルの射程圏内に入った初号機を庇う様に敵との間に停泊する零号機。
しかし、敵の攻撃はその装備した盾を使う事もなく逸れていく。
近付いているが故にその誤差は小さくなっており、零号機のすぐ近くを射抜いていくが当たらなければ問題はない。

『エネルギー充填完了』
『よしっ!発射の号令と共に電磁波を止めるから気をつけて』
『『了解』』

『5・・・4・・・3』
『目標内部に高エネルギー反応を確認、収束中です』
『くっ!』
マコトは唇を噛み締めるが、もう止められない。

『2・・・1・・・発射!』
その時を狙ったかの様に敵も加粒子砲を撃ってきた。

シンジも引き金を引く。
発射のタイミングを合わすために、今回はインダクションモードと言う引き金式のインタフェースを使用している。

二本のエネルギー波が交差するように螺旋を描き、双方が目標から外れた方向へと飛んでいく。

(ミスった!!)
『第2射急いで!!電磁波再開!』

ここに誤算が生じた。

『目標内部に再び高エネルギー反応!!』
『くっ!早い!』
マコトは予想以上に早い敵の2発目に焦りを覚える。

電磁波を切るのは一瞬だが、その出力をあげエネルギー砲に干渉する出力に達するには多少時間が掛かるのだ。

『目標加粒子砲を発射!!』
『綾波っ!』

敵も今回はその威力に驚異を感じたのか初号機に対し攻撃を行って来た。
そして、電磁波による干渉が行えないまま初号機に加粒子砲が向かう。
そのシンジの視界に零号機が入って来たのだ。

『シンジ君!エネルギー充填に集中してくれ!』
『くっ!』
シンジは歯噛みしながらもエネルギー充填に集中した。

何よりも早く充填し、次ぎを撃たなければ、レイが盾となったままになる。
作戦とは言え、シンジは焦った。

『盾が持ちません!』
『早すぎる!電磁波は?!』

『零号機が遮っている加粒子砲の反射で周りの監視衛星が消滅しています!』
『なんだって!』

『くっ!綾波っ!』
『・・・碇君は私が護る』
シンジの頭に聞こえて来たレイの声。
それは通信を通してなのか、テレパシーの様な物なのか、またはシンジの幻想なのか解らない。

『綾波!そこを退くんだっ!』
『零号機持ちません!』
シンジの切羽詰まった声と発令所で叫ぶマヤの声が重なる。

『エントリープラグの強制射出!』
リツコがミサトが居ないため代りにマヤに指示を出した。

神速の動きでキーボードを叩くマヤ。
この時ばかりはリツコをも凌駕する速さだったかもしれない。

『綾波っ!!』
シンジは発令所の号令を待たずポジトロンライフルを発射した。

真っ白になる発令所のメインスクリーン。
シンジにも周りが真っ白に見えている。

『目標消失、ぜ、零号機もしょ、消失・・・』
シゲルの報告に頭上の二人さえ顔面が蒼白になった。

『・・・エントリープラグの緊急射出は?』
『コ、コマンドは打ち終えましたが、射出は確認できていませ・・・ん』
ゲンドウの静かな声にマヤが涙を堪えて報告する。

その時シンジは全神経を集中してレイを探していた。
その映像は呆然と佇んでいる様にさえ見える。

発令所が呆然としていなければリツコはそのデータに驚愕したであろう。
ATフィールドをまるで蜘蛛の巣の様に細く広く展開していたのだ。

『居たっ!』
シンジの声と共に初号機が急に行動を起こした。
急旋回を行い、全速力で移動を開始する初号機。

『シンジ君?!』
『綾波のエントリープラグを発見。回収します』
発令所内に安堵の息が漏れる。



「綾波っ!綾波っ!」
シンジは必死でレイのエントリープラグを回収していた。

高熱に晒されていたエントリープラグが緊急射出により宇宙空間に放り出されたのだ。
つまり、高温から氷点下へ一気に温度変化が行われた事になる。

急いで収容したが、やはりエントリープラグには罅が入っていたのだ。

下手をするとLCLは蒸発し、レイも真空に晒されたかもしれない。
そうなると生存は絶望的だ。
普通の人間が宇宙空間に放り出された場合、急激な体液の沸騰により生きている事は不可能である。

しかし、ここで手を拱いて手遅れになるかも知れない。
シンジは確かめるのが恐かったのだが、それでも艦内に収容したエントリープラグの緊急ハッチを開く。

溢れ出すLCL。
シンジは少し安堵し、そして一気に緊急ハッチをこじ開けた。

そこにはぐったりとしたレイが咳き込んでいる。
LCLが取り除かれたため、肺にあるLCLが咽せるのだ。

「綾波っ!」
シンジはレイをエントリープラグのシートから抱きかかえた。

耳をレイの胸に当てる。
心臓の鼓動が聞こえた。
咳き込んでいるのだから生きているのは解っている。
しかし、こういう時の人間の反応という物は実に滑稽な物である。

シンジは柔らかいレイの胸に耳をあてている事に気が付き顔を思いっきり赤らめた。

うっすらと眼を開けるレイ。
「・・・碇君」
「綾波!大丈夫?」
コクンと頷きシンジの首に手を回すレイ。

「綾波?」
「・・・何故泣いているの?」

「綾波が無事だったから・・・嬉しいからに決まってるじゃないか」
「・・・そう、ごめんなさい。こんな時にどんな顔をすれば良いのか解らないの」

「笑えば良いと思うよ」
涙を流しながら微笑むシンジ。

レイもうっすらと微笑む。
シンジにお姫様だっこをされ、手をシンジの首に回した状態で。

その笑顔はシンジの脳天を直撃する。
我知らずレイの唇に自らの唇を重ねるシンジ。

レイは一瞬、眼を丸く見開いたが、眼を閉じ静かにそれを受け入れた。
暫く、お互いの舌を堪能しあった二人は唇を離す。

レイは先程よりもはっきりと微笑む。
シンジは自分の行為に真っ赤になりながらもレイを仮眠室へと運んで行った。



「早すぎるな、この時期に零号機の損失。これは大きすぎるのではないか?」
「・・・問題ない。弐号機召喚を急がせる理由が出来る」

「理由?お前が欲しいのは口実だろう?」
冬月の言葉にニヤリと笑うゲンドウ。

「レイ君はどうするのだ?乗る艦が無いぞ」
「・・・問題ない。初号機に乗せる」

「しかし、そうすると益々レイ君はシンジ君に近付くな」
冬月のその言葉にゲンドウはピキッと凍り付いた。

してやったりとニヤニヤとする冬月。

「・・・日向少尉への罰はどうする」
ゲンドウはニヤニヤする冬月を忌々しげに睨みながら話題を変えた。

「日向君は葛城君の作戦を実践しただけだよ、作戦自体はお前も承認しただろ?」
ゲンドウ達も馬鹿ではなかった。
マコトが持ってきた作戦がミサトの発案であることは重々承知していたのである。

「・・・しかし零号機を失った責任を取らせねばならん」
「功績と相殺させるのが妥当な所だな」

「・・・冬月、任せる」
「全く、面倒事ばかり押しつけおって」
そう言いながらも顔が綻んでいる二人。

傍目から見るとかなり不気味であった。



「まったく私が折角作戦を考えてあげたのに零号機を壊していたんじゃ意味ないじゃなぁい」
数日後、独房から解放されたミサトがニヤニヤとマコトに話し掛けていた。

(貴女は突然発射させて壊しかけたくせに・・・)
マコト以外のその場に居る人間達はそう思って白い眼をミサトに向けていたがミサトはそんな事には気付かない。

マコトは、ミサトのその言葉の通り落ち込んでいた。
根本的に作戦自体がエヴァそのもの、引いては艦長の危険を顧みない作戦だとは考えもしないで。

作戦部は軍属である。
百万の兵を失っても最後の一人が敵の将を討てば勝ちと言う考えがある。

しかし、この戦争は少し勝手が違う事に未だこの二人は気付いていない。
エヴァが最終兵器であること。
その補充は艦長(パイロット)込みで効かない事を失念している。

いや、ミサトに限って言えば書類を読んでいないのだ。
マコトは敬愛するミサトの言う事に盲目になっているだけであり、本来ミサトから知らされなければならないその事実はミサトが読んでいないため知らされていないのだ。

それでも、マヤやシゲルからそれらしい事は聞いている。
ミサト自身からそれを告げられないのはミサトがその事は重々承知しているもので自分に余計な負担を掛けないためだと都合良く解釈しているのだ。

「まぁ私が戻ってきたからこれからは大丈夫よ」
「はい、これからも宜しくお願いします」

ミサトは暗に、あの作戦は自分が考えたのだと言う事をアピールするためにそう言う行動を取っていた。
マコト自身は、作戦が成功したら、「これは実は葛城さんの考えた作戦でした」と進言しミサトを独房から出すつもりだったのである。

しかし、冬月から言い渡されたのは、敵の殲滅の功績とそれを補って余りある作戦の不備と失態だったのである。
従ってマコトもミサトが考えた作戦だとは言い出せず、その罰は自分の身へと受けたのである。

そんな事とは知らず、ミサトは作戦により殲滅した敵への功績にのみ眼が行っていた。
そして、自分が考えた作戦であり、自分が指揮していたなら零号機も損失しなかったと暗に訴えているのだ。

そんなあからさまなミサトとマコトの遣り取りに発令所に居る面々は深い溜息を吐くのだった。



レイは、またも入院している。

今回は射出された際に、爆破した破片にぶつかったのか、外的損傷が激しかったのだ。
右手は骨折しており、ギプスをしている。
左手も二の腕には包帯が巻かれていた。
右目の瞼を切ったらしく右目に掛かって頭から包帯を巻かれている。

後は服を脱がないと解らないが胸にも包帯を巻かれており、太腿にも包帯が巻かれている。
病院服では、胸元も広いため、レイが何かの拍子に屈んだ時にシンジはその胸をはっきりと見てしまった。
胸は肋骨に罅が入っているらしい。

裾もそれ程長くないのか、ベッドから降りる時などに太腿も見えた事がある。
太腿の方は肉離れの少し酷い物らしく、筋肉が断裂しているそうだ。

シンジはそれらを見た時に痛々しそうに顔を顰めた。
何故か赤くもなっていたが。

火傷もしていたそうだが、そちらはLCLの御陰で酷くならなかったらしい。

シンジは昼休みにもレイの病室に来ている。
右手の使えないレイに食事を食べさせるのが、目下のシンジの楽しみである。

レイもまんざらではない。

「あ〜ん」
シンジの言葉に顔を赤らめながらも口を開けるレイ。

束の間の穏やかな時間がここには流れていた。

穏やかなレイの笑顔にシンジは二度とレイを傷つけないと誓うのだった。


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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。