第弐話
第一次直上会戦


「シンジ君、まず歩くことだけを考えて」
リツコが始めて動かすシンジに対し指示する。
普通、人は歩く事をわざわざ考えては歩かない。
しかし、エヴァはイメージにより動くのだ。
そこに自身が歩くのとエヴァが歩く事に差が出る。
自身はエントリープラグに座っているのに、立って歩くイメージを持たなければいけないためだ。

『はい♪』
シンジは明るく返事をすると使徒に向かって歩き出した。
『歩くっ♪、歩くっ♪・・・』
シンジは、なんか楽しそうに見える。

「「「おぉ〜〜〜」」」
初号機が歩き出すと発令所で歓声が上がった。

「シンジ君、止まって!」
『は〜い♪』

『きゃぁ〜〜〜〜〜っ!!』
ミサトの指示で止まった途端、エヴァの左腕を使徒が掴み上げた。

「シンジ君!落ち着いて!貴方の腕じゃないのよ!」
『で、でも、あっあぁ〜ぁん』
なにやら妖しげな声をあげている。
痛さで顔も紅潮しているのだが、それが輪を掛けて妖しげに見せている。

発令所では男女問わず、顔を赤くしていた。
勿論、最上段に居る二人も例外ではなかった。


「い、碇、これはユイ君より艶めかしいのではないか?」
「・・・あぁ」
食い入るようにモニターを見つめる冬月とゲンドウだった。


「リツコ!なんとかならないの?これじゃ戦えないわ!」
使徒と戦う事のみに執念を燃やすミサトだけが戦闘に対する判断をしていた。

「そ、そうね、マヤ、フィードバックを一桁落として!」
リツコも顔を赤くして惚けていた。
それを誤魔化すようにマヤに指示を出す。

「はい!」
真っ赤かになっているマヤも強い口調で返事をした。


『いやぁ〜〜〜!いったぁ〜〜〜ぃ!』
今度は使徒が初号機の頭を掴みバイルをガンガン打ち込んでいた。

「シンジ君!避けて!」
ミサトが叫ぶが、頭を掴まれていてどうやって避けろと言うのか・・・

「これ以上、装甲が持ちません!」
マコトの報告と共に、使徒のバイルが遂に初号機の頭を貫き、初号機が吹き飛ばされる。
「きゃぁ〜〜〜〜〜〜〜!ぁん・・・ぁふっ・・・ぁぁ」
悲鳴と共になにやら艶めかしい声を出しながらシンジが痙攣しているのがモニターに映し出されている。
ビクンビクンと仰け反る様は、発令所をピンクの空間に誘っていた。

「初号機沈黙、パイロット生命活動微弱です」
青葉シゲルが、重い声で報告した。

「これまでね、初号機とパイロットを回収、パイロットの生命維持を最優先にして」
ミサトが戦闘の終了を確信し、指示を出した。

その時、今までシンジを映していたモニターがノイズで映らなくなった。
同時に眼が光り雄叫びを上げる初号機。

「まさか・・・暴走?!」
リツコが呟く。


「勝ったな」
冬月が勝利宣言を行った。
「・・・あぁ」
ゲンドウもニヤリと笑い同意する。


「初号機、何も信号を受け付けません!」
マヤが悲痛に叫ぶ。

Wooooooooooooooooooo

雄叫びを上げ、使徒に向かう初号機、しかしオレンジ色の壁に阻まれた。

「ATフィールド!」
「ATフィールドが有る限り使徒には近づけない」
ミサトの叫びにリツコが淡々と戦況を見守る。

「初号機からATフィールドの発生を確認!」
「使徒のATフィールドを中和しているの?!」
「いえ、侵食しているのよ」
マヤの報告にミサトが喚き、リツコがやはり淡々と状況を説明する。

そして使徒のATフィールドを初号機が両手でこじ開けた時、使徒の仮面が光った。
吹き飛ばされる初号機。
十字の炎が湧き上がる。
初号機が吹き飛ばされた先は兵装ビルの一つであったらしく、誘爆が引き起こされている。
初号機が立ち上がると初号機の胸は装甲が融解しコアが丸見えとなっていた。

「リツコ!あれは?・・・」
「初号機のコアよ」
隠し立てもせずリツコは答えた。

「エヴァも使徒と同じなの?!」
「えぇコピーですもの」

しかし、この二人も、そして発令所の誰も気付いていなかった。
今、初号機が吹き飛ばされた所は兵装ビルであった事を。
そのために初号機の背面部は兵装ビル内の弾薬が誘爆したため壊滅的に破壊されている事を。


初号機は手をダラーンと垂らした猫背な姿勢でユラユラと使徒に近付いて行く。
既に左手は千切れており、顔も半分崩壊している。
使徒はバイルを初号機のむき出しのコアに突き刺した。
再度、吹き飛ぶ初号機。
そこへ、使徒は仮面からの光線で追い打ちをかけた。
そして頸部より上が吹き飛ばされる初号機。
パイロットの生存は絶望的となった。


「まずいぞ碇」
「・・・あぁ」
最上段の二人は冷や汗を流している。


「しょ、初号機沈黙・・・」
シゲルが沈痛に報告する。
コアも欠けて罅が入っており、灰色に見える。
身体もあちらこちら吹き飛ばされ殆ど原型を止めていなかった。

「終ったわね」
リツコが負けを確信した。


その時突然、発令所のメインモニターに銀髪、赤目の青年が映し出された。
『NERVは戦闘能力を消失、使徒殲滅続行不可能と判断し、国連からの要請によりこれより指揮権をSCSに委譲させて頂きます』

「何!SCSだと!」
ゲンドウが顔を上げた。

「あんた、何勝手な事言ってるのよ!使徒はエヴァじゃないと倒せないのよ!」
ミサトが相手が誰かも確認せずに喚いた。

「ミサト!止めなさい!」
リツコがミサトを諫める。

「なんで止めるのよぉリツコ!」
「今現在、NERVには使徒への対抗手段は絶たれたわ」
「まだ零号機があるじゃない!」
「パイロットがいないわ」
「くっ・・・」
「それにSCSはNERVよりも特務権限が強いのよ」
「へ?何よそれ」
「NERVは国連の下位組織、でもSCSは国連と対等の特務機関なのよ」
「どう違うのよ」
「ちょっとは書類を読みなさい!ミサト!」
「うぅ・・・」
呆れて何も言う気がしないリツコだった。

『ふぅ、何も知らされていない14歳の少年を決戦兵器に乗せ、死亡させておいて何の感慨もなく、既に対抗手段もないのに使徒殲滅の指揮権は譲れないと仰るのですか?僕には理解できないよ』
その青年は両手を掌を上に向けて肩まであげ、肩を窄めたジェスチャーでそう言った。

「勝手に死んだって決めつけないでよ!」
ミサトは自分がパイロットの死亡を確認していないために喚いた。
そうすると、メインモニターの半分に兵装ビルから立ち上がった処のエヴァを後ろから映した映像が映し出される。

発令所の人間は全員、唖然とした。
そこに映し出されたエヴァの背面には剥き出しになっているエヴァの脊髄や破壊されているエントリープラグ挿入口が見えていた。

『この時、既にエントリープラグは破壊されているように見えますが?』
「エントリープラグは緊急射出されている可能性もあるわ!」

『射出の痕跡は?』
「ぐっ・・・」
ミサトは何も言い返せずワナワナと肩を震わせ拳を握り締めていた。

『では、指揮権委譲の件、よろしいですね?六分儀司令閣下』

「NERVの司令は碇だよ、それより君は誰だね?」
いつものポーズで黙っているゲンドウに代わり冬月が訂正した。

『これは失礼致しました、私は国連特別独立特務機関 The Seven Cardinal Sins (七つの大罪)の参謀を務めますカヲル=アンガー准将です。そして私共の調査では3年前に六分儀司令閣下は碇姓を剥奪されていると存じ上げております』
カヲルはいつものアルカイックスマイルの口を少し吊り上げニヤリとした。

「なんだと?!」
これにはゲンドウが反応した。
実は再三の裁判所からの呼び出しに対し、NERVの特務権限を使い無視を決め込んで居たのだ。
しかし、戸籍については国独自の物であり、その内容については国連の特務権限でどうなる物でもないのであった。

「彼がスマイル・・・」
ミサトが昔の記憶にある戦闘に身を委ねる者なら誰でも知っている通り名を呟いた。

『取り敢ず、時間が惜しいので、指揮権の委譲に関しては宜しいですか?六分儀司令閣下』
カヲルはアルカイックスマイルを浮かべ態と六分儀姓を強調しゲンドウに確認した。

「・・・勝手にしろ」
『ご理解頂けて幸いです』

そして今までエヴァの背面が映し出されていた画面が切り替わると二機の戦闘機がワイヤーのような物を引っ掛け、使徒を吊り上げ移動させている処だった。

「なんであんな事ができるのよ!」
ミサトが理解できない映像に喚き散らしている。

強羅防衛線付近で切り離される使徒。
そこに旋回して行く二機の戦闘機。

一機の戦闘機が使徒の前からミサイル攻撃を行う。
しかし、それはATフィールドに弾かれている。

「ふん!ATフィールドがある限り、使徒に通常兵器は効かないのよ!」
ミサトが誇らしげに喚く。

そこへ使徒の後ろからもう一機がミサイルを撃ち込むと使徒のコアが爆発した。
「「「「「何っ!!」」」」」

クレータになる使徒の爆発あと。

「パ、パターン青消失、し、使徒消滅しました・・・」
シゲルが信じられないと言う声で報告した。

『ミッション終了です。それではまた後日、今後の話をするためにSCSの司令と副司令が近いうちにお邪魔するはずですので、細かい話はその時に』
それだけを述べ、カヲルの映像は消えた。

「こ、こんな簡単に・・・」
リツコが呆然としている。

「使徒に通常兵器は効かないんじゃなかったの?!リツコ!」
ミサトが喚き散らしている。

「え、えぇ・・・マヤ解析できた?」
リツコも呆然とし、マヤにデータを取れているか確認した。

「い、いえデータ上ATフィールドは使徒の物しか確認されていません。普通のミサイルだったようです」

「どういう事よ!リツコ!」
「解らないわ、これからデータを細かく解析するしかないわね」
(あのミサイル自体に秘密があると見るべきね・・・)


「・・・赤木博士、初号機の回収と復元に全力を尽くせ」
「は、はい」
ゲンドウの指示にリツコは焦って返事をした。

(でもコアの復元は絶望的ね・・・パイロットも・・・)


「碇、これはシナリオにはないぞ」
「・・・あぁ」
ゲンドウはユイに生写しのシンジをあっと言う間に失った事と初号機のコアさえ失った可能性に落胆の色を隠せなかった。
しかし、その後、更に衝撃的な事がゲンドウを襲う事となる。



その頃、使徒を倒した二機の戦闘機は一頻りランデブー飛行を楽しんだ後、戦闘機とは思えない行動を取っていた。
なんと海に潜って行ったのである。
SCSの基地は、海底を漂う超大型の潜水艇だったのだ。
実はこの潜水艇も空を飛べるが、余りに大きく目立ち過ぎるため滅多な事では飛ばない。
着艦した戦闘機から降りてきた一人は精悍ながらも中世的な顔付きをした銀髪に紅眼の青年だった。
もう一機から降りてきたのは綾波レイを大人にしたような蒼銀の髪に紅眼の女性だった。

そしてその二人を迎えたのは、先程のカヲル=アンガーと黒髪に黒目の純和風中学生ぐらいの少年、碇シンジと茶色の髪に茶色の眼の中学生ぐらいの少女、綾波レイであった。

「おかえり、シンジ君にレイ」
カヲルはそう言って2人に微笑んだ。

「おかえりなさい、シンジさんにレイさん」
碇シンジもにっこり微笑んで出迎えた。

「・・・おかえりなさい」
綾波レイも微笑んで出迎えた。

「ただいま」
「・・・ただいま」
シンジとレイも微笑んでそれに応える。


国連特別独立特務機関 The Seven Cardinal Sins (七つの大罪)の実体は、
司令:シンジ=アンガー中将(碇のアンカーと怒りのAngerを掛けている)
通り名は「ルシフェル(七つの大罪のうちの傲慢の悪魔名)」
副司令:レイ=アンガー小将
通り名は「サブゼロ(絶対零度)」
参謀:カヲル=アンガー准将
通り名は「スマイル(いつも微笑んでいるから)」
の三人と戦闘機数十機とこの超大型飛行潜水艇のみだったのだ。
そしてこの三人が帰還者達であり、使徒を上回る力を持っているのである。

中学生の碇シンジと綾波レイは、この時間軸の碇シンジと綾波レイである。
使徒戦が開始された今、一番安全なこの艇に匿ったのだ。

因みにシンジは、第三新東京市へ向かい家を出る前に入れ替わり、レイは中学校に行き始めた頃入れ替わっていた。

つまり零号機起動実験の失敗も実はATフィールドにより無傷であり、置き手紙を書いて居なくなったのは、このレイ=アンガーだったのだ。

そしてミサトと会って終始ニコニコしていた女装シンジはシンジ=アンガーだったのだ。

シンジ達は10年程昔、碇シンジがゲンドウに捨てられた頃まで時間を遡り、碇シンジをまず保護したのだった。
そして、その頃、碇ユイを失い失意の中にあった碇家と話をつけ碇シンジは碇家で育った。

シンジ達は影ながら碇シンジをガードすると共に、ゼーレに対抗し碇家を世界的財閥へとのし上げたのだった。
碇シンジの親権については碇家が通常の手続きを行いゲンドウから剥奪していた。

元々SCSは碇財閥を護衛や、ゼーレの組織破壊の活動等を行ってきたのだが、その副産物として各国の内乱を鎮める等の国際的功績が目立つようになってしまった。

国連がその組織を調べた時にSCSの名前が挙がった。
以後、SCSには国連からの要請が来るようになったのだが、ゼーレに利とならない事は快く引き受けたのだ。

この事により国連の中ではSCSシンパが出来上がり、NERVが特務機関として色々な権限を有するにあたり、SCSシンパはその権限がSCSに及ぶ事を嫌がった。
そしてSCSも国連の特務機関とする事が進言されたのであった。
当然、裏ではシンジ達が暗躍していたのだが、この事によりSCSが行った内乱の鎮圧等は国連の業績と表向きにする事を狙えると言う事でゼーレ自信が承認してしまった。
しかし、いざSCSと交渉すると国連の命令さえ拒否できる事を条件として提示してきたのだった。
国連の中にゼーレの草が多く、何より国連の最高決議機関である人類補完委員会はゼーレそのものである事が本当の理由なのだが、SCSは元々民間であり、その職務を今更放棄する事はできないし、活動内容はこれからも独自で決めたいと言うのが表向きの理由だった。
SCSシンパは元々、独自で活動してきたのだから問題ないとし、ゼーレも単なる武装集団だろうと強行には反対しなかったため承認されてしまったのだった。

つまり国連からのSCSに対する命令は全て要請と言う形になるのである。


綾波レイについては、ずっとドグマで生活していたため中学校に出てくるまで手が出せなかったのだった。

しかし、入れ替わってからは、シンジ達と生活を共にし、瞬く間に感情表現豊かな年相応の少女となった。
そして、入れ替わった時にリリスの因子をレイが全て抜き取り、今では完全に人間(ホモサピエンス)となっている。
そのため色素も出てきており、茶色の髪に茶色の眼となっているのである。

碇シンジと綾波レイはこのままだと死亡扱いとなり、使徒戦が激化してくる頃には、もう探される事もなくなるだろうとシンジは考えている。
そのための女装であり、もし、NERV関係者に見られても、もう今の碇シンジを碇シンジだと思う者はいないだろう。
綾波レイも同様である。


食堂で食事を取りながら5人は話をしていた。

「これで漸く準備は揃ったようだね」

「うん、暫くの間窮屈だろうけど、この艇で碇君と綾波さんは過ごして貰うことになるよ」
シンジの言葉に頷く碇シンジと綾波レイ。

「・・・どんなに長くても1年」
レイが微笑んで告げた。

「偶には外にも僕が連れていってあげるよ」
カヲルがニッコリと笑って言う。

「大丈夫です」
「・・・問題ないわ」
碇シンジと綾波レイが揃って返事をした。

その二人を見るとどうしても3人は優しく微笑んでしまうのだった。

「しかしシンジ君の女装は似合っていたねぇ」
「もぅ止めてよカヲル君、演技大変だったんだから」
「・・・演技に見えなかったわ」
「レイまで・・・」
ガックシと項垂れるシンジ。
声を上げて笑う碇シンジと綾波レイ。

シンジはニヤリと笑うとレイの耳元で小声で囁いた。
「あれはレイのベッドでの反応を参考にしたんだよ」
ボッと音がするほど真っ赤になるレイ。

「おやおや、シンジ君も腕を上げたようだねぇ」
カヲルがニヤニヤしている。

お子ちゃまの碇シンジと綾波レイはキョトンとしている。

「でもあれ程、髭が反応するとは予想外だったよ」
シンジは苦笑した。
ほんの悪戯のつもりでユイそっくりにして行ったのだが、冬月もゲンドウもあれ程反応するとは思っていなかったのだった。

5人の食事は笑顔と共に進んで行った。



急造のプレハブ小屋の中でミサトはテレビを見ていた。

『昨夜の第3新東京市での爆弾テロに対して政府は』

ミサトはチャンネルを変えた。
『え〜ですから、その件につきましては、後日』

ミサトはチャンネルを変えた。
『正式な発表を持って』

ミサトはチャンネルを変えた。
『詳細を発表』

ミサトはチャンネルを変えた。
『したいの』

どこのテレビ局も全く同じ嘘の会見の放送をしているのに苛つき、ミサトはテレビの電源を切った。

「シナリオはB−22か」
解ってはいたが、こうまで鮮やかにマスコミに圧力をかけるとは、ミサトは少し複雑な心境だった。

「作られた真実・・・事実と言うものね」
「解ってるわよ・・・・でもね」
ミサトは小屋の外を見た。

大人数を投入しての復旧作業、ちょっと高いビルに登れば崩壊した使徒やエヴァが見える。
ここまでやってしまえば、不審に思う者も3桁では済まないだろう。

「広報部は喜んでいたわよ、初めて仕事ができたって、皆張り切っているわ」
「恐怖から逃れるために、仕事に打ち込む。の間違いじゃないの?」
あの時、ミサト自身もそうであったとは否定できないから・・・

「言えるわね・・・貴女はどう?」
「決まってるでしょ・・・誰だって怖いわよ・・・」
ミサトは窓越しに使徒の残骸を処理している作業者達を見た。

「しっかし、あのSCSってのはむかつくわ!」
「あら、彼らが使徒を倒してくれなかったらサードインパクトだったのよ」

「そりはそうだけどさぁ・・・」
ミサトは自分が使徒を倒せなかった事に苛立ちを抑えきれなかった。

「それでリツコ、奴らが使った武器はなんだったか解ったの?」
「未だサンプル収集中よ、少なくともATフィールドの発生はデータには無かったわ、後は、あのミサイルが通常のミサイルなのかどうかだけね」

「零号機は何時動かせるようになるの?」
「凍結解除は予算次第、でもパイロットが居ないわ」

「レイは何処に逃げたのよ!全く普段から愛想ない娘だったけど、いきなり逃げる事ないでしょうに!」
「そうね、よっぽど信頼を失うような出来事があったのか・・・まさか!いえそんなはずは無いわ」
リツコは零号機起動実験の失敗が意図的で有る事を感づかれたのかと一瞬考えたが、有り得ないと思考の外へ追いやった。

(あの人の計画は瓦解、私も身の振り方を考えた方がいいわね・・・)
リツコだけは、流れが突然現れたイレギュラーに傾いていることを感じ取っていた。



人類補完委員会、通信会議で行われる国際連合の実質的最高決定機関である。
議長は、ドイツのキールローレンツ、他議員はアメリカ、フランス、イギリス、ロシアの代表である。
そして準議員として日本のゲンドウが出席している。

「碇君、いや、六分儀君だったな。ネルフとエヴァもう少し上手く使えんのかね」
「零号機に引き続き君らが初陣で壊した初号機に兵装ビルの補修・・・国が一つ傾くよ」

「まぁ、我々の先行投資が無駄にはならなかったとも言えるがね」
「聞けば、あの玩具を君は息子に与えたと言うではないかね」

「しかも、その息子すら死んでしまったと言うではないか」
「人、物、金、いったい幾ら使えば気が済むのかね」

「更には、使徒を倒したのはNERVではなくSCSだ、これは由々しき問題だよ」

「その件につき弐号機の輸送の前倒しと参号機の本部移管をお願いしたい」
ゲンドウがつらっと言い放った。

「なんと、使徒を倒せなかったのにまだエヴァをよこせと言うのかね」
「ファーストチルドレンまで行方不明と言うではないかね」
「君にエヴァとチルドレンの運用は無理なのじゃないのかね」
口々にゲンドウの失態を嘲る老人達。

「現状、本部に稼働できるエヴァは一機もありません。しかし使徒は来ます」
ここで稼働できるエヴァを手に入れない事にはNERV本部さえ危険なためゲンドウも引かない。

「しかし、SCSはエヴァ無しで使徒を撃退した」
「国連では既にNERVとエヴァ不要論がかなりな勢力を伸ばしている」

「NERVとエヴァの信用回復のためにも必要な手段と存じます」
全くもって勝手な言い分だが、稼働できるエヴァが無ければ信用回復のための戦闘を行う事もできないのは事実である。

「玩具に金を注ぎ込むのもいいが肝心な事を忘れちゃ困る」
「君の仕事はそれだけではないだろう」
「左様、人類補完計画、我々にとってこの計画こそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだ」

「承知しております」

「明らかになってしまった使徒とエヴァの存在、どうするつもりかね」

「その件に関してはお任せを、既に対処済みです」

「いずれにせよ、使徒再来による計画の遅延は認められない、予算に関しては一考しよう。弐号機輸送の前倒しは認められん、参号機の移管については手を打とう、早急にパイロットを選出したまえ」

「承知致しました」

「では、後は委員会の仕事だ」

一人を残し委員達の姿が消えた。

「碇、いや、六分儀、後戻りはできんぞ」

「解っております、全てはゼーレのシナリオ通りに」
ゲンドウはにやりと口元を歪ませた。

キールの姿が消える。

「・・・解っている。人間には時間がないのだ」



会議の終った後、司令室にリツコが呼び出された。

「・・・それで現状はどうだ」
ゲンドウが高圧的に聞く。

「初号機の復元は不可能です。予算、時間ともに新しく作った方が早くできます」
「・・・コアは?」

「損傷が酷く、零号機に乗せ替えて色々試してみてからでないと何とも言えない状況です」
(復元は無理ね、完全に死んでいるわ・・・)
リツコは顔に笑みが浮かびそうなのを必死に堪えていた。

「・・・許可する、早急にコアの復元に全力を注げ」
「了解致しました」

「パイロットの遺体は確認できたのかね?」
「いえ、エントリープラグの破片しか発見する事ができませんでした。エントリープラグの状況からパイロットの生存は絶望的です」

「そうか一瞬の幻だったな・・・」
「・・・・・」
冬月は残念そうに呟き、ゲンドウはいつものポーズを崩さなかった。

「レイの消息は掴めたのかね?」
それは暗に3人目へ移行したかと言う確認だった。

「実は・・・レイの素体が全て破壊されていました」
「「何っ!」」
これには冬月とゲンドウも驚いた。
最悪でも3人目に移行するだけだと思っていたのに、その3人目となる素体が無くなったのだ。

「監視カメラの映像にレイがバルブを操作し素体を破壊している姿が残っております」
「むぅ・・・無への回帰を植え込み過ぎたか・・・」
「・・・・・」

「更にターミナルドグマのリリスも消えています」
「「何だとっ!!」」

「レイの素体もリリスの抜け殻も無くなったとは・・・レイの魂は何処に行ったのだ?」
「無に帰ったか、或いはレイ自身は生きているのか」
「・・・レイの捜索に力を入れろ、諜報部は全員レイの捜索に回して構わん」

「はい、了解しました。しかしレイの逃亡時の怪我からドグマでの遺伝子治療による延命処理もないままでは3日も持たないと考えられますが」
「・・・死体でも構わん、なんとしても探し出せ」
「はい」
リツコは返事はしたが、最初に力を入れて探していないのだから今更消息を追う事は不可能だと思っていた。
(ふっ・・・無様な男ね・・・私は何に拘っていたのかしら・・・)

「碇、いや六分儀・・・これは次ぎの使徒がここに現れる保証がなくなったな」
「・・・あぁ」

「報告は以上かね?」
冬月がリツコを追い出そうと終了を促した。

「はい、現状は以上です」
「解った、では下がりたまえ」
「はい、失礼致します」
そう言ってリツコは司令室を後にした。

「碇、いや六分儀・・・シナリオは修正できるのか?」
「・・・解らん、コアが無事ならまだ手はある」

「コアが復元できなければ?」
「・・・それでも使徒は倒さねばならん」

「確かにそうだな」
「・・・冬月、暫く一人にしてくれ」
「解った」
そう言って冬月は司令室を後にした。

「・・・ユイ・・・ユイ・・・」
ゲンドウはいつも口の前に組んでいる手に額を押しつけ、呟き続けていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。