白日夢    Daydream Believer



(X) I won't be afraid
    Just as long as you stand by me


(1)


 二子山での一夜の後も、それを知らないものが見ればシンジとレイの関係に大きな変化があったとは思えなかった。シンジは通学する日以外はレイの部屋のとなりを使うことは無くなったので、かえって関係が冷却したと思った人物もいたくらいだ。近づいた再起動実験のため、レイと零号機のシミュレーションを繰り返しているリツコたちの横で茶々を入れているミサトもその口である。親友とはいえ限界点はあるだろうにとマヤは不安であった。しゃべり続けるミサトにリツコの雷がおちれば、とばっちりを食らうのはマヤなのだから。
「ねえ、リツコ。シンジ君たらさあ、最近レイに冷たいんじゃないかなあ。この前までいつもべったりだったのに、ねえ聞いてる?」
「マヤ、深度少し下げて」
「はい」
「ミサト。あんたねえ、最初は二人を無理に引き合わせ、次はシンジ君がいちゃついて学校行かないって怒ったくせに、今度は二人の仲を心配するってわけ?」
リツコの迷惑顔にもマヤの不安顔にも気づく様子なくミサトは続ける。まあ気づいても気にしないのだろうけれど。
「何言ってんの。レイの心理状態を心配しているのよ! 前の暴走はレイの精神的不安定が原因と言ったのはリツコでしょう」
「まあ、言わせてもらえばレイは絶好調ね。データ的に再起動実験に不安は無い。それにシンジ君とレイの会う時間が減ったのは確かなようだけど、レイは右腕のリハビリと私との実験以外は、本部での時間のほとんどをシンジ君との戦闘訓練にあてている。訓練見た?」
「え? 格闘技訓練ってやつ?」
「そうよ。短期間に見事なコンビネーションだと思うわ」
「エヴァでの近接戦闘の重要性は聞いているけど、前回の使徒戦でパレットガンの優位性は確認できたんじゃない」
「馬乗りになるならナイフか棍棒で良いんじゃないの?」
「あら、作った本人の評価が低いのね」
「まあね。シンジ君はできれば、自走砲や兵装ビルを使って欲しいってさ」
「シンジ君は、射撃苦手だしね」
「撃つなら代わりがあるけど使徒と組み合えるのはエヴァだけだからよ」
「棒で戦うつもりね」
「零号機はソニック・グレイブの刃を少し小型化した槍を使うわ」
「ふーん、まあ武器は相手次第ね」
二人が話している間にマヤをはじめとしたスタッフは手順よく実験を進めていた。
「先輩、これで終了です。レイちゃん、今までの最高成績ですよ」
「見せて、マヤ。 うん、すごいわね。
レイ、お疲れ様。今日は終わりにします。十分な成績よ」
『はい。赤木博士』

 リツコたちはデータ整理で忙しく、レイは司令室に出頭予定なので、ミサトは作戦部と仕事を迂回しカフェテリアに向かった。日向君ごめんねと思ったかどうか定かではない。店に客は少なかった。本を読んでいるシンジを見つけ、ミサトは声をかけた。
「シンジ君、訓練終わり?」
「ミサトさん。はい、待ち合わせです」
「あら、レイは司令のところ行ったわよ。残念ねぇ〜。ところで何読んでるの?」
「そうだ、ミサトさん。ドイツ語できるんでしょう。ここちょっとわからないんですけど」
「うへ、クラウゼビッツかぁ。どうして?」
「ええ、和訳だけではだめらしいので」
「誰がそんなこと?」
「やあ、シンジ君。葛城さんも参加ですか?」
「日向君。なに?」
(まずーい!) ミサトは急に居心地が悪くなった。
「シンジ君への講義のまとめにディベート形式の討論をしようと思って、マヤちゃんは忙しくて来れないけど青葉はきますよ」
「ははあ、クラウゼビッツは日向君か」
「ええ」
「日向さん、ミサトさんにドイツ語みてもらうことになりました」
( ちょっと、ちょっとシンジ君てばぁ。困るよぉー。ミサトさまは緊急事態に備えて万全の態勢でいるために、ずぼらを決め込んでいるんだからぁ )
「それは良かった。僕は辞書が手放せないレベルですから。」
「よろしくお願いします」
「にゃはは、まあ任せなさい」
( とほほー、逃げられないかなあ )


(2)


 司令室を訪れたレイは碇と冬月に自身の状態を説明し、起動実験に支障ないことを告げた。
「そうか、レイ」
「はい。今日の赤木博士のデータでは心配ありません」
「調子良さそうで安心したよ」
「はい、副司令」
「それで」
「起動実験は予定通り明後日です」
「今日はもういいのか?」
「準備は全て終わったので、明日は学校へ行きます」
「レイ、学校はどうだ」
「問題ありません」
「ならばいい」

 司令室でレイの退出を見送った冬月は良い機会だと思い碇に話しかける。
「碇、今回はレイの調子良さそうじゃないか」
「ああ、安定している」
「シンジ君とも仲良くやっているようだが、いいのか」
「冬月、何のことだ?」
「レイについてだ。その精神的由来は問うまい、私には絶望の産物にすぎん。しかし……  中学生どうしとはいえ、その体は?」
碇は少しため息をつくと、少し改まって話し始めた。
「二人の遺伝的関係ですか? 先生に隠す気はなかったのですが、話しづらいこともあるのです」
「君が」
「お聞きになればわかりますよ、先生」
「話がユイ君に絡むのだな、やはり」
「初号機の事故後の失敗したサルベージよりあとで、レイは誕生したことになっています。レイがネルフに来たのは今から5年前、計算上年齢5才の時です。もちろんすでに記録は抹消済みでした」
「私もそう聞いている」
「その頃レイは、少なくとも7−8才に見えたはずですが」
「MAGIの完成、ナオコ君の自殺、ネルフ移管と続いた頃だな。確かに口調も5才児とは思えなかったな。しかし、レイとユイ君の外見上の相似、二人の遺伝子は近いのではないのか」
「ユイの個人記録は私が全て消去しました。遺伝子情報もね。MAGIにもありません。でもレイとユイの遺伝子は似ていたとしても遠い親戚程度のものと思いますよ。チルドレンの遺伝子情報は研究目的でネルフ支部も把握していますし、本部なら幹部でなくても技術部の部員なら閲覧できます。シンジがサードになった時、二人の遺伝子が親子や姉弟というなら彼らが気づきますよ。そうなら今頃大騒ぎでしょう。いや、このくらい先生には……。やれやれ、先生」
「たまには人の策略にかかるのも良い薬さ。ところで、赤木リツコ博士への説明は?」
「彼女は当時のゲヒルンを知りません。レイがユイ失踪当時に出現して、ゲヒルンで生活始めていれば赤木ナオコ博士が知らないのは変でしょう」
「うん、合理的説明だね」
「それにレイはファーストチルドレンです。セカンドの惣流アスカより早く選出されているんですよ」
「それはそうだが……。むぅ、なるほど」
「水槽の中のレイのクローンはゲヒルン前からのユイの研究の産物です。どうして姿を自分に似せたのかは聞いていません。ユイに限って神を気取ったわけではないと思います。生きて体は成長しているものの活動しないと私は思っていました。ユイの遺言にレイの記載があり、私は驚いたものです。チルドレンとして登録するのも遺言にあったことです」
「事故のあと君が一時失踪した時のことだな」
「ええ、レイの存在と所在が記載してありました。ただ」
「ただ?」
「我々の補完計画は、ご存知のように私が企画したものです。遺言にはこれに関しては何の記載もありませんでした。ユイには何か別の計画があったのではないかと考える時があります」
「そうか。計画自体、ユイ君と会うのが目的の1つになっているのは、そのためもあるんだな」
「最近考えることがあるんです。あの初号機の事故をイレギュラーな事件と我々は思っていますが、ひょっとしてユイの計画内のことではないかと。我々や全てのシナリオを書いたと思っている連中をもユイは欺いてるのではないかとね」
「それでは、惣流博士の……」
話は弐号機、MAGIの成立にまで及んだ。


(3)


 翌日はシンジもレイも久々に登校した。午後も訓練の予定はないので、気楽な日のはずなのだが二人とも黙って通学路を歩いている。二子山での語り合いは結びつきを強めたが、前途に横たわる難問・難関の解決にはほど遠い内容で終わった。結局第5使徒対策は決まってないものなあ。シンジはレイの横顔をチラッと見て考える。話し合いでは、お互いの身を案ずるあまり作戦が決定できなかったのだ。レイはヤシマ作戦を捨てがたそうだった。シンジは作戦の危険を伝えようと話したのだが、レイは別のことに注意が行き、結局シンジは『夢』のヤシマ作戦の全てを話したのだ。『夢』と現実のずれが大きくなっていなければ、使徒は明日の零号機起動実験の直後現れるはずだ。国連軍が攻撃してくれなければ、飛行速度が速いため短時間で芦ノ湖まで来るだろう。ネルフが偵察目的の攻撃をしてくれて、使徒の攻撃方法が早期に判明すれば良い。しかし、偵察をうるさく提案して零号機を先に出されても困る。ここからシンジの思考は堂々巡りになる。やはり流れに任せて初号機が出るのが良いのかな。

 レイはシンジのすぐ後ろをその影を見つめたまま歩いていた。二子山でのシンジの話はレイの想像を超えたものであった。もちろん一晩で全てを聞けるわけではなく第5使徒戦時の話が中心になった。レイの気がかりは、シンジの心配 ( 『夢』 が現実のレイへの感情に影響していると疑われること ) と全く違うところにあった。シンジの影響で多少予知夢とは変化があるのは当然だろうが、『夢』のレイと自分との差が大きいのだ。レイは何らかの情報をシンジが受けたのは間違いないと思っている。提供者は彼の言うように、未知の時空の碇シンジなのだろう。シンジと会うまでのレイは『夢』の通りの少女だった。確かにシンジは頻回に見舞いに来てくれた。元のレイでもそれに多少の好感を持つことはありえる。しかし今はそれまで本を読んだ知識で定義しか話せなかった感情を現実に自分のものにしている。だいいち、あの時シンジにはっきり好きといっている。ということは、レイにも何か外から働きかけがあったのではないだろうか。シンジはネルフに到着した日、途中下車した駅で白日夢のように全てを見たと言っている。レイは夢を見たことが無かったので上手く受信できないのか? 最近時々睡眠時に見る映像がそうなのかもしれない。情報は受け損なったが、感情を呼び覚ますことには成功した。そんな所なのだろう。でも、できればレイも詳しい情報を直接受けたい。今のままではシンジが内緒で危険に跳びこみそうで心配だ。
 ヤシマ作戦……、もう少し成功率が高ければ強く押すのになあ。今の私なら最初から 『 碇君は私が守る 』 って言えるのに。耐久の足りない盾は予備の装甲版などで補えばよい。問題は攻撃手段の陽電子砲だ。不発なら目も当てられない。といって、再起動実験直後の盾を持たない零号機で偵察にでれば生き残っても損傷のため作戦に参加できない可能性もある。通常兵器で威力偵察してくれれば一番良いのだけれども。

 二人の悩みの解決には通学路は短すぎたようだ。程なく教室に到着した二人はそれぞれの席につき授業の準備を始めた。レイとシンジのラブラブモードを覚悟していたクラスメートは少し拍子抜けし、逆に二人の間に嵐でも来るのかと不安を覚えた。しかし午前中の授業は何事も無く過ぎていく。レイはいつものように窓の外を見てシンジは端末のディスプレイをにらんで。様子を見ていた洞木ヒカリは授業が終わると二人と弁当を食べようと近づいた。ヒカリはシンジとレイがもたらした暗いムードを吹き飛ばすつもりでいた。彼女の見るところ二人は何か同じ悩みを抱えているだけだ。
「ねえ、私も一緒にいいかな?」
「ええ」
「うん、洞木さん」
シンジは周りを見渡し鈴原トウジを呼ぶことにした。鈴原と友人の相田は予知夢の通り使徒戦のさいシェルターを抜け出したため、ネルフの保安諜報部からきつい糾弾を受け保護観察処分をうけている。それでも鈴原がチルドレンに選ばれる可能性は高い。ヒカリと鈴原が、互いに好きであれば気づいておいて欲しい。シンジは訓練を重ねエントリープラグに傷をつけず使徒を倒すつもりではいるが……。


(4)


 シンジはケイジへ通じる通路の窓からレイの再起動実験を見ていた。とうとう何も手を打てなかった。出撃して初号機の固定を引きちぎり、第1射を避ければ近接戦闘で勝つチャンスはある。MAGIで計算はしてないが、使徒に近い位置なら1−2割の成功率ありそうだ。でも勝手に実行したらレイが恐い。う〜ん、一度引き上げるか。では次の手は? ヤシマ作戦は陽電子砲の信頼性を考えれば危険すぎる。エヴァ2機なら、近接戦で勝てるだろうか。シンジは零号機の起動の心配はしていない。前回碇ゲンドウとの絆に自信が無かったレイとは違い、事故で救助されたことで強い絆を感じているはずだ。今のシンジもまだレイの中ではゲンドウの存在に勝てない。もちろんレイがシンジとゲンドウに感じている絆の種類は違う。僕の存在も少しは綾波の安定に役立ったかなあ。シンジの思考がわき道にそれかけた時、実験が開始された。起動は成功したが、実験の詳細はシンジの所からでは、よく分からない。この部分は『夢』でも、やや曖昧だ。
『第一種警戒態勢がひかれました。規定に従って各員部署に移動してください。サードチルドレンは初号機搭乗の準備を開始してください 』
 シンジはチルドレンの更衣室の端末から一縷の望みをかけ通常兵器による威力偵察案をミサト及び関係者に送った。このおせっかいでミサトさんに嫌われるのは必定だな。でも記録に残しておきたい。エントリープラグのスクリーンを全てつけるとレイが上方の足場から見ているのにシンジは気づいた。
( レイ、必ず戻る。勝手なことはしないよ )
ズームしたレイの映像を見て誓う。リツコさんはレイを見ていることに気づいてるんだろうなあ。
『 シンジ君、このまま出撃予定よ 』
「はい。リツコさん」
『何言ってんのよ、リツコ』
『事実を。それよりミサト、いきなり発進なの』
『ん? 司令の指示でしょう。
シンジ君、発進!』

 一番恐れていたところは『夢』どおりか。射出の加速中に集中を保つのは骨だ。ぎりぎりまで警告を待つのもストレスだ。
『だめ、よけて!』
くそー、こんなに間際だったっけ。待ちに待った一言に固定を引きちぎり逃げ直撃はまぬがれたが、背中が熱かった。
「退避ルート指示を!」
『ルート66で、高速回収するわ』
「了解」
真面目に訓練してたのが役に立った。それでも回避能力いっぱいだ。射撃のわずかな間隙を縫ってエレベータに乗った初号機はどうにか本部への下降に成功した。

 帰還したシンジは作戦部の偵察の見学を希望した。シンジが再出撃に同意するか否か心配していたミサトは喜んでシンジとレイを『見学』に招待してくれた。初号機にほとんど損害がないのを確認したリツコも興味があるのか二人と一緒に来る。初号機バールーン・ダミー、独12式自走臼砲などの攻撃を見たシンジの感想は、これでどうしてヤシマ作戦なのかという疑問だった。頭をひねっているミサトの邪魔をしないように、リツコに小声で尋ねた。
「使徒は直上や直下方向も撃てるのでしょうか?」
「飛行型の使徒のそんな所に死角があるとは考えられないわ、シンジ君。縦方向の円環状の加速器を持ち撃てると思ったほうが良い。あと何か気づいた?」
「初号機ダミーは射撃体勢になった時攻撃しましたが、臼砲は受け止めてから攻撃したようですね」
「そう、そうね。よく見ていたわね」
「赤木博士」
「なにレイ?」
「初号機のダミーに意味あったのでしょうか?」
「外見で敵と認識するか見たかったのじゃない?」
「初号機、使徒に姿覚えられましたね」
「……」
 理論的に正しければ偏見無く採用してもらえると思い、シンジとレイは幾つかの提案をリツコにすることにした。二人の話から興味を持ったリツコは零号機の準備はマヤで十分対応でき、ミサトが何らかの案を出すまで時間もあったので検討を約束した。

 既に使徒は本部直上でボーリングを開始している。一刻の猶予もない。作戦部で素案をまとめたミサトはMAGIでの演算を依頼するためリツコを訪ねた。
「リツコこれお願い」
「OK。技術部でも幾つか案を立てて計算したから見て」
「どれどれ?」
リツコが入力を始めるとミサトも手渡された作戦案に目を通し始めた。原案がシンジたちから出たことは本人の希望もあり記載されていない。
「リツコぉー。協力してくれるのは嬉しいけど、あの使徒に近接戦闘は無謀じゃない? 一番良い数字でも勝率38%じゃない。しかもエヴァ2機出して片方は中破以上ではね。それに零号機は調整が不完全なんでしょう。」
「作戦部のあなたの案の数字も出た。陽電子砲はネルフのものを単純に出力を上げたとして計算したわ」
「へへ。で、どう?」
「8.7%よ。こんな陽電子砲が存在すればだけど」
「……」
「司令との立案会議まで時間まだあるでしょう。ミサト、折衷案を考えよう」


(5)


 シンジはレイとカフェテリアで待機していた。シンジは出来るだけのことはしたつもりでいる。リツコを通して提案をすることは最初から狙いの一つにあった。要はタイミングだ。作戦部の偵察を同じところで観察できたから、提案の合理性は理解してもらえただろう。後はミサトの作戦との兼ね合いが問題になる。副司令または日向を通すよりは上手く行くと思う。それにしても『夢』の世界での勝利は奇跡に近い。『夢』が並行宇宙での出来事なら、この時点で滅びた世界がほとんどに違いない。レイの携帯端末に連絡がきた。
「作戦部から呼び出し。行くわ」
「うん。気をつけて」
おそらく筑波の戦自研へ陽電子砲を挑発に行くのだろう。ミサトの作戦がヤシマであればリツコはシンジたちの作戦の支援武器として採用するだろうから不思議ではない。万一シンジたちの案の成功率が著しく低いなら、ヤシマ作戦に文句はない。採用作戦を問い詰めたいところだけど、リツコさんもミサトさんも忙しいはず。しばらく待とう、でも待つのは辛い。痛いのは嫌だけど、こうなると意識消失のほうが気楽だね。
 時間をもてあましたシンジはネルフ内の自室に戻り待つことにする。夕刻になってレイが直接たずねてきた。招きいれ、一つしかない椅子を勧め自分はベッドに座る。レイは室内を一瞥してから切り出した。レイの自室より小物が多いから気になったのかな。
「作戦が決まったわ。戦自の試作自走陽電子砲は支援武器として使用。電源の関係から二子山に配備予定。初号機は予備の胸部装甲を改良した小型の盾をもち使徒の加粒子砲を避けながらATF中和を担当、零号機はSSTO底板を改良した大型の盾をもちエヴァ用ポジトロンライフルで攻撃予定。その他かく乱のため、自走臼砲10門、初号機ダミー5体、兵装ビル15棟を使用する。詳細はあとで赤木博士、葛城一尉より説明の予定」
「ありがとう。よし!」
大体は予想通りだ。後はエヴァの射出と攻撃のタイムスケジュールの調整が問題だ。
「碇君」
「え?」
「大盾のほうが耐久時間は3倍あるわ。零号機が前方に出たほうが良い」
「零号機の調整は万全じゃないんだから今回は僕が前に行くよ。使徒はこれまで一撃ですべてを貫いている。遮蔽ビルでさえね。だからたくさんの攻撃兵器が出現したら次々点射してくると思う。それに射撃のうでは一流だ。偵察に出たときも正確に初号機の胸部に照準してたらしい。だから盾は小さくても大丈夫だし、ATF中和する時間はちょうど持つはずだ。心配しないで」
「わかったわ。今回だけは」
 

(6)


 挑発した陽電子砲の設置や盾の製作など技術部の仕事が多いため、いつの間にかリツコが今回の作戦の中心になっている。全ての進行状況を見て順調なのを確認すると、リツコはパイロット二人の居場所を調べた。二人はシミュレーションで最後の確認をしている。初号機が前方で囮役をすることをリツコは承認した。零号機はATFの展開も未確認なのだから今回はこれしかないだろう。しばらく二人の訓練を見てからリツコは連絡を入れた。
「二人とも準備は出来たようね」
『あ、はい、リツコさん。でももう少し確認したいところもあるのですが』
「気持ちはわかるけど、食事して休憩しておきなさい。作戦決行は夜中だから」
『了解しました』
『はい』

 リツコは二人を誘い食事をすることにした。ミサトの二子山での作業が終わってないこともあるが様子が気になったのだ。シンジもレイも若干の緊張は示しているが、薬物を使う必要はなさそうだ。
「いつもどおりのメニューしかないけど、何でもおごるわよ」
「はい、リツコさん。では遠慮なく」
「いただきます、赤木博士」
リツコはカードで支払いをし、二人と同じテーブルについた。リツコの綾波レイへの嫌悪感は最近になって幾分和らいできている。シンジと仲良く話をしている様子がいかにも普通に見えることや、碇ゲンドウが必ずしも死んだ妻とレイをダブらせて見ているわけではないことに気づいたのだ。
 食事中の3人は使徒の話題を避けている。
「どうシンジ君、学校は。友達できた?」
「挨拶する程度なら。もともとそういうの得意じゃないし、今はもう少し訓練しておきたいので」
「あら、そんな様子だとミサトが介入するわよ」
「え?」
「もっと通学しろとか、寂しいだろうからミサトと同居したらとか」
「はあ。エヴァに乗らないなら、それも良いかな」
「訓練第一ってわけ?」
「そりゃもう。少しでも痛いのは嫌ですから、強くならないと」
「ミサトは、あなたとお父さんの関係を心配してるのよ。まあ彼女も訳ありなんだけどね」
「父親と息子の関係と娘の関係は違いますよ」
「へえ、言うわね、シンジ君。ミサトより大人の発言だわ。あなたはもう庇護のもとにないというわけね」
司令とレイにシンジ君も私と同じものを見たのかしら。そうだとすればシンジ君を子ども扱いしてはいけないってことね。
「一人前ではありませんが、もう庇護を父さんに求めることが出来る立場にないという感じです」
「なるほど。あなたを戦場へ送り出す者としては返す言葉も無いわ」
「セカンドインパクトを経験したリツコさんたちに比べればましでしょう?」
その後シンジはリツコにインパクト前後のことをいろいろ質問した。本当のところリツコは恵まれていたので、ミサトやリョウジほどの逆境を経験していない。

 食後はリツコの部屋で珈琲を飲みながら最後の打ち合わせになった。雑談中は一言も発言しなかったレイも問われるとはっきり自分の意見を話している。
「じゃあ、レイ。あなたも零号機が前に出る案を出したのね」
「はい、赤木博士。今でもそれが私の希望ですが、碇君の案が正しいと思います」
「数字だけでは判断しづらいけど、実際どうなのかしら?」
「私は実戦の経験はありませんが、シンクロ率の差と調節の不備は決定的だと思います」
「そう。シンジ君?」
「はい。零号機の運動性能は十分発揮できませんから、大盾は必須です。次からは対等に参加できるよ、きっと」
「了解」
「私のセリフがなくなっちゃうわね。さて、ミサトの到着はぎりぎりになるから、二人ともプラグスーツに着替えて」
「はい」


(7)


 零号機と初号機は途中まで上昇させ停止したリフトビルで待機している。陽電子砲の初弾にあわせ地上に出る予定だ。使徒がエヴァを狙ってくれれば勝率は上がる。本部に戻ったミサトは張り切っている。
「シンジ君、レイ、準備いいかな。タイミングさえずれなければ使徒は55%の確率で初号機を狙うわ。この場合、二子山の陽電子砲で片がつくけど、二子山を狙った場合の予測は難しい。気を緩めないでね」
『はい!』
『はい』
ミサトの指示が終わったのを確認してリツコが付け加えた。
「さっきミサトはタイミングの話をしたけど、全てMAGIがコントロールしてるから安心して」
『了解』

 発令所のリツコはミサトの横でカウントダウンを聞きながら、マヤのモニターで素早くパイロットの状態を確認した。落ち着いている、二人とも。ミサトは訓練づけに批判的だが、明らかにそのおかげだ。シンジ君、がんばれ。……レイもね。
 5秒前になり兵装ビルの援護射撃の中、初号機、零号機の順で地上へ出た。
「目標に高エネルギー反応!」
前回より少し反応が遅い。
「初号機を見落とした?」 リツコは声に出してしまった。 「違う! 二子山のエネルギーが探知されたのよ」
「なんですってぇー! 日向君、準備できてる?」
『はい』
「発射!」
使徒は一度退けた初号機より、二子山に集まったエネルギーに反応した。反応? 判断? 知性があるかどうかは今後の課題ね。ミサトの判断は悪くない。防御を持たない自走砲は先に撃たれれば、ただのゴミだ。使徒もほぼ同時に撃った。
 まずい。リツコの見守る中、互いのビームは干渉し螺旋を描き目標を外した。
『初号機です。ATF中和にもう少し時間かかりそうです』
「マヤ、推定時間?」
「15−17秒かかりそうです。先輩」
「日向君。第2射、準備急いで!」
『始めています、葛城一尉。あと16秒』
「目標内部に再び高エネルギー反応!」
「くそ! 早い」
使徒の第2射は二子山へ。
「陽電子砲大破、司令車は無事です。死者はいない模様」
「目標内部に再び高エネルギー反応!」
発令所は騒然となる。オペレーターの悲鳴のなか、リツコには悲しげな声がはっきり聞こえた。
『碇君!』
初号機が危険だ、ミサトや司令たちはこのまま作戦通りらしい。零号機を前に出すよう進言するか、リツコは迷ったが作戦前の2人の言葉を信じることにした。
『綾波、聞こえる? 初号機の後ろへ、もう直ぐ中和できる』
『了解!』
「ビームが初号機を直撃、まだ無事です。ATF中和まで、3 2 1 ……」
レイのパイロットデータは落ちついているが、もともと白いその顔は蒼白になっている。初号機はモニターできなくなっていた。


 使徒の殲滅を確認した後、零号機からの応答は無くなった。倒れた初号機の近くに零号機をとめ、無断で外に出たレイをとがめる者はいなかった。






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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。