白日夢    Daydream Believer



(V) Does she walk ? Does she talk ? Does she come complete ?


(1)


 僕と綾波の病室での20日間はあっという間に終わり今日は綾波の退院日、僕は1日休暇を取った。僕が父さんと鉢合わせした日、『さっきは綾波って、呼んでたわ。』と彼女に言われてから綾波さんは『綾波』になった。そういえば『夢』じゃ、最初から綾波じゃなかったっけ? あれ? 最初からそう呼べば良かったのかなあ。ともかく、せっせと僕がお見舞いの品を運んだので退院時綾波の荷物は一人で持ちきれない量になった。当然僕が手伝うってわけ。付け加えておくと、僕は綾波のとなりに部屋も借りた。想像通りその部屋は清潔で綺麗な壁紙がはってあった。綾波は自分の育った人工進化研究所第3分室に似せたんだものね、自分の部屋を。工事の音でさえ、彼女が物心ついたとき、周辺で行われていた拡張工事の思い出なんだと思う。綾波……。

 綾波は着替えを入れた小さなボストンバッグを僕は重い本など御見舞いの入った大きなキャスター付きのスーツケースをもち病院を出た。彼女の希望で誰の助けも借りずに公共交通機関で自宅に向かう。鉄道はいいけど、バスは荷物が……いや、鍛えた筋力の見せ所だ。  むむ、重いよぉ。
「ありがとう、綾波」
「ちゃんと言って手伝うから」
「ありがとう」
とほほ、男の面目丸つぶれ。とにかく無事お昼前に綾波の部屋に到着した。そして埃だらけの綾波家の上がり口に荷物を置いた。
「綾波、退院おめでとう」
「ありがとう、碇君」
「うん。通学のとき使う部屋をとなりに借りたから、これからはよろしく」
「ええ」
「ねえ、綾波。お昼どうするの? 右手まだ使えないでしょう? どこか食べに行くか、僕が作ろうか?」
「食事作れるの、碇君?」
昼食だけでなく夕食の下ごしらえまで終わっているのは秘密だ。しかも夕食の分は大量にね。
「少しなら出来るよ。よければ僕の部屋に来て」
予知夢の知識とこの20日間、綾波の食べ残しを見た僕に死角はない。完璧な昼食に、眼を丸くして驚いた綾波を僕は初めて見た。可愛いんだよ、これが。

 食後紅茶を飲んだあと綾波は自室に戻って行った。すっかり紅茶を気に入ってくれたようだ。たいした食器を使っているわけではないので洗うのは食洗器に任せた。明日の学校の準備をして授業の進み具合を確認する。またしても『夢』の通りか…… 授業に困ることはなさそうだ。と言うより知識がものすごく増えてるなあ。学校の成績でミサトさんに怒られることはなさそうだ。学校ではネルフでの講義の復習でもしていよう。ドアが開いたようなので振り向くと綾波がきている。僕は鍵をかけるけど綾波のカードでも開くようにしてある。綾波はそれを不思議には思わないようだ。きっと僕のセキュリティレベルは低いのだろう。
「碇君、これ?」
差し出された携帯を見るとミサトさんから退院祝いをしたいとメールが来ていた。メンバーはリツコさんとマヤさんを加えた3人になっている。時間はネルフの勤務終了後。夕食の準備はしてあるし、完璧だね。綾波と相談して、場所は僕の部屋で食事の用意はするが飲み物は持参と返事をしてもらう。綾波の部屋の様子をリツコさんは知ってるだろうし、マヤさんも見れば原因を推測するだろう。でも、ミサトさんに知られたら大騒ぎになる。綾波は指示されれば従うだろうけど、急に環境を変えるのはかわいそうだ。少しずつ変えようね、綾波。


(2)


 3人は同時に到着した。ミサトのはしゃぐ声を聞くとシンジは少し懐かしい。『夢』の経験なのに懐かしさを感じるのを少し不思議に思った。そういえばミサトさんの部屋は地獄になってそうだなあ。
「おお、少年。ちゃんと生活してるじゃないか! 外の様子は驚いちゃったけどさあ」
缶ビールを山のように抱えたミサトは嬉しそうだ。やっぱ、ミサトさんはビールだけか、リツコさんとマヤさんが来なかったら僕達も飲まされたんだろう。
「いらっしゃい、皆さん。狭いですけど、そこ座ってください。今料理だします」
「シンジ君、主夫しちゃってるぅ〜」
「ちょっと、ミサト。はしゃぎすぎ、まだ飲んでないんでしょう?」
「シンジ君、運ぶの手伝うわ」
「すみませんマヤさん」
「葛城一尉、そこ碇君」
「あ、ごみん、レイ。シンジくーん、レイの隣はちゃんと空けとくからねん。って、これ全部シンジ君の手作り?!」
「ええ、綾波のお祝いですし、彼女まだ手が使えませんから」
「すごいわねえ、シンジ君。これ美味しい。まあ、ミサトには関係ないか」
「どういうことですか、先輩?」
「そうそう、なによ、リツコ?」
「世の中には知らないほうが幸せなこともあるのよ」
ミサトさんの味覚も『夢』の通りらしい。でもリツコさんのセリフだと別の意味も考えてしまう。リツコさんも幸せになる未来であって欲しいな。

 ミサトの好みは 『夢』 で知っているし、リアルのこの3週間の生活でリツコやマヤと過ごす時間が多かったので、シンジのメニューは味も量も全員を満足させるものであった。3人はタクシーで来たのでアルコールが入り賑やかになってくる。シンジはレイの様子を気にするが、さほど嫌な顔はしていない……ように見えた。シンジが空いた皿を運び、デザートを用意していると『私が行くわ、マヤ』と声をかけリツコが手伝いに来てくれた。
「ありがとうございます、リツコさん」
「いえいえ。それにシンジ君、心配ないわよ」
「え?」
「レイ、喜んでるのよ」
「へぇー」
以前より随分親しくなった気がしていたが、シンジには判らなかった。
「騒がしいのが好きなわけじゃない。あなたによ」
「ありがとうございます」
リツコさんのほうが綾波をよく知っている。いや父さんの……。
「シンジ君ならすぐにわかるようになるわよ、レイの気持ちがね」


(3)


 レイの退院祝いの翌日はシンジの初登校である。始業前に職員室にくるよう言われているので少し早く起きて朝食を取った。レイには暖めれば食べれるように昨日帰り際に朝食を渡しておいた。
 綾波食べてくれたかなあ。
 シンジはレイの部屋に押しかけるのは控えるつもりだ。レイはいつも一人ですごして来たはずだから嫌がると思ったためだ。もっとも二人ともアパートにいる時は夕食を一緒に食べることと、怪我が治るまでシンジが弁当を作ることは多少強引に話をまとめてしまった。
 どう思ってるのかなあ、僕のこと。ひょっとして三尉待遇の彼女に対し二尉の僕の『命令』だから…… 悪夢だ、『夢』の知識は諸刃の剣かも。こうなると、昨日のリツコさんの。
「碇君」
言葉だけが、ささえだ。
「碇君?!」
「あ、綾波ぃ。おはよう」
「時間よ。玄関で声かけたんだけど」
「ごめん、ちょっと考え事してた。これお弁当。行こう」
レイはうなずくと弁当をしまう。二人は並んで登校した。途中レイが通学路やバス停、バス路線の説明をしてくれた。
「ありがとう、よく分かったよ」
「そう? いつでも聞いて」
第壱中学につくとシンジはレイと別れ職員来客玄関でスリッパを履き案内図を見る振りをしてから職員室に行く。担任もいつか見た顔だ。担任から簡単な学校のレクチャーを受け、教科書と頼んだサイズの上履きを受け取る。
「体操着など他に必要なものは購買部で買えるから、場所は教室へ行く途中だから教えるよ。では行こうか、碇君」
「はい」

 自己紹介して着席したシンジは 『夢』 と少し違うクラスの雰囲気に戸惑った。町の被害が少なかったから疎開した人が少ないらしい。パイロット候補以外の人もクラスにいるらしい。
 シンジは近々やってくる第4使徒対策のため、作戦のイメージトレーニングを始めた。
 そういえば、さっき鈴原がいた。やっぱり殴られてから緊急招集になるんだろうか。疑われても本部でぶらぶらしてた方が良かったかな。おや、端末に通信か、軍人だから自分からはパイロットとは言えないな。

『碇君と綾波さんの関係は?
1 友人
2 ステディ
3 夫婦
さあ、どれだ。』
『選んで! 1,2 or 3?』
だぁ〜、誰かが登校の様子を見てたんだろう。女生徒は全員端末を睨んでいる。とほほ、返事を逃げたら、休憩時間が恐そうだしなあ。どうしよう綾波ぃ〜、って入力中?
『2』
「え〜〜〜!」
「ちょっと、まだ授業中よ!」
がんばれ洞木さん! 
「まあ、洞木さん。少し早いけど終わるから歓迎会でもしなさい」
「はい、先生。さあ、挨拶して、みんな」
教師が退室するや女生徒は綾波のところに行き、僕は男子に取り囲まれた。たしか『夢』では女生徒に囲まれたのにとほほな展開だ。鈴原も来た。
「どういうことや、転校生。説明してもらおうやないか!」
綾波は授業中とはうって変わって質問者の先頭にいる洞木さんに堂々と答えている。
「転校生! 返事せんかい、なめとんのか?」
まさか、これが原因で殴られるのかな?
「いや、そうじゃなくて、僕が返事したわけじゃないだろう」
「男のくせに、ぐちぐち言うんやない。はっきり言わんかい!」
「僕の父も綾波の保護者もネルフに勤めていて知り合いなんだ。都合で僕も転校してきたんだけど、綾波とは部屋が隣で」
「なんや、もう呼び捨てかい」
「いやぁ〜んな感じ」
そのとき綾波の事情聴取を終えた洞木さんの救いの手が差し伸べられた。
「鈴原、相田、もう終わりにして事情は判明したわ。男子の介入を禁じます」
「な、なんやて!」
「横暴だ。権力の圧力には……」

 洞木さんの迫力の前に男子は敗北した。
「ありがとう」
「洞木よ、洞木ヒカリ」
「ありがとう、洞木さん」
「綾波さんから事情は聞いたわ。応援するからね」
「え?」
「綾波さん、1年の時から友達いなかったの。碇君、こっち来てから綾波さんの入院中お見舞い欠かさなかったんだって?」
「うん、まあ」
「もう!」
「はあ、がんばります」
「その意気よ」

 お昼は綾波と洞木さんの3人で食べ、鈴原に呼び出されたところで、非常召集がきた。


(4)


 エントリープラグで起動準備に入ったシンジは、ミサトの指示を確認している。リツコのとりなしでシンジとミサトの関係は良好なのだが、作戦会議ではよく衝突する。もちろん実戦では指揮範囲が決まっているので、もめることはない。今回のミサトの作戦はATF中和できるギリギリの距離からのパレットガンでの射撃で、『夢』 と同じだ。ミサトとの訓練では射撃ばかりしたから扱いは大丈夫だろう。ただ『夢』の情報ではATF中和が確実にできる距離だと使徒の鞭も届く可能性が大きい。しかしシンジは危険でも作戦通りやるつもりでいた。ぐずぐずして長引かせるのはまずい。だめなら、シンジが頼りにしているナイフやリツコ新作の棒に切り替えればよい。ナイフでの戦闘と棒術、棍術はシンジがこの3週間一生懸命に練習した戦闘方法だ。薙刀状のソニック・グレイブは短期間では習熟が困難と言われ棒を選んだ。積極的に訓練を受けるとアスカのすごさがよく分かる。使徒を一刀両断する技術を身につけるのに、いったいどれほど訓練したのだろう。
 初号機を起動させるとシンジはモニタに注意をもどした。国連軍は引き上げ、使徒は最終防衛線を越えた。結局、すべて散発的な攻撃で偵察の役目さえ果たせていない。税金の無駄遣いといわれても仕方ない。シンジはふと思い出して地上都市を俯瞰するカメラの映像を出し市内の動体センサーをモニターしてみた。
『シンジ君どうしたの? もう直ぐ射出よ』
さすがリツコさん、すぐ気づかれちゃった。
「ええ、市内の様子が気になって、逃げ遅れた人がいないかなあって」
『地上都市の直径2kmは無人よ。そうか、シェルター周りね? 退避は完了してるし、シェルターは全て閉鎖さ……。ミサト、地下避難所334が開いてるわ』
『なんですって〜』
『シンジ君、こっちで確認しておく』
「お願いします」
『初号機、射出します』

 初号機が地上に着いたとき、使徒は直立して戦闘態勢になっていた。こいつは鞭は素早いが他は鈍かったな、確か。まあ、でかいから鈍く見えるんだろうけど。シンジは流れ弾が解放されているシェルターに行かないよう回り込み点射をする。くっそー、使徒め。動きは鈍いくせに、ATF中和し難いように自分の体のすぐ近くに張りなおした。鞭の有効範囲内に入らないと中和できないぞ。一度攻撃を受けないと発令所を納得させられないかなあ。痛いのは嫌だ。痛いのは嫌だ。痛いのは嫌だ。
『シンジ君、中和できてない。それにもう直ぐ弾切れよ。予備の銃、受け取って』
これ以上近づくなら、銃を使う意味がないよ、ミサトさん……と言いたいな。
「了解! 交換後、もう少し接近します。シェルターは、リツコさん?」
『ごめんシンジ君、再閉鎖したけど、2名足りない。残念だけど第壱中学の生徒よ。保安部の人が探しに出てくれたわ』
「はい」
直径2kmの土俵内で方を付けよう。流れ弾も兆弾もさせない……。シンジは新しい銃を受け取り、使徒に向かい走る。ミサトが何か叫ぶが、問題ない。歩く走るは、シンジの裁量範囲だ。使徒は鞭を出した、右鞭を左手で受け止めて、左鞭をかわし使徒を蹴り上げる。右鞭をつかまれている使徒は仰向けになってしまった。使徒は左鞭で初号機をなぎ払おうとするが強力なATFで、果せない。初号機が中和しようとしている点から、鞭を突き出してくる。シンジは体をずらし腹部で受け、力をいれて左鞭を固定する。
「いててて……。中和成功、撃ちます」
パレットガンをフルオートで撃ちつくす。発令所から指示がないので手近のビルから銃を取りまた撃つ。
『ちょっとシンジ君、なにしてるの。粉塵で何も見えないわ』
「なにって、使徒まだ生きてるんですか? 指示がないので」
発令所では、情報担当オペレーターの青葉にみなの視線が集まる。
「あはは、パターンブルー消滅です」


(5)


 レイは発令所の一角で戦闘を見ていた。碇君、碇司令の息子、私の隣人、私のたった一人の友人。碇君は言っていた、物理的攻撃をしてくる使徒との戦いは喧嘩に近いと。初号機の射撃は正確だけど、ぎりぎりATFに阻まれている。もう少し近づけば中和できるはずだけど……。碇君は言っていた、3週間訓練をしたけど喧嘩をした事がないから勝負勘が鈍いと。でも今の様子はそうは見えない、碇君。近づくのを今ためらっているのはどうして?
 葛城一尉が叫んでいる。走るなとか、返事をしなさいと言っているようだ。でも使徒の鞭をかいくぐっている碇君に返事をする余裕はなさそう。初号機は使徒との距離をつめ勝負に出た。使徒の鞭が初号機の腹部に刺さる。とても痛そう。そのあとパレットガンを連射したので酸化ウランの粉塵で視界が悪くなった。急に不安になる。私は碇君のことが心配らしい。

 初号機は勝利した。発令所に歓声があがる。私もたぶん嬉しいのだと思う。赤木博士が碇君の検診に同行するかと聞いてくれた。私は肯定する。最近赤木博士はよく声をかけてくれる。
「レイ。シンジ君に外傷は無いそうよ」
「良かった」
ネルフ医学部の救急部に到着した。赤城博士は臨床医ではないので、診察は救急部の医師に任せてデータをチェックしている。
「どうかしら、データに問題ないわね」
医師の意見も同じのようだ。
「ええ、腹部の痛みはありますが、エコーとCTで腹部に問題はありません。頭部PET/CTも問題ありませんでした。鎮痛剤のみ処方しておきます」

 私と碇君は赤木博士の部屋にきている。今日の戦闘の聴取をするためだ。最初にシェルターから抜け出したクラスメートが無事保護されたと説明があった。データを見せてもらうと確かに見た顔だ。聴取を始めると、博士は疲れているのにごめんなさいねとか、レイ待ち遠しいだろうけどもう少し待ってねと繰り返して言う。取り合えず、問題ありませんと返事をしておく。黙っているのは失礼らしいから。
 聴取がほぼ終わりかけた頃、伊吹二尉が合流した。珈琲を淹れてくれる。珈琲は美味しい。でも二尉は碇君の右に座ったが近すぎると思う。碇君は少し左にずれたがソファーが狭くて居心地が悪そうだ。私は碇君に密着したためか少し顔が熱い。
 珈琲を飲み終わる頃にはすべて終了した。博士は良いことでもあったのか楽しそうだ。博士と二尉は仕事を続ける予定なので、私と碇君は部屋を辞して帰宅することにした。碇君は本部にも部屋を持っているが、今日は私の隣室まで帰ると言う。バスの最終は出た後なので家に一番近いジオフロントの歩行者専用開口部から歩くことにした。碇君はいろいろ話しかけてくれる。御見舞いに来てくれているうちに話しやすくなったらしい。私も洞木さんのように話せればいいと思う。でも碇君の話を聞くのは好きだから、このままで良いのかもしれない。
 帰宅した時、就寝時間には早かったので碇君を私の部屋でのお茶に誘った。とても喜んでくれたので私も嬉しい。私の部屋、私はとても落ち着くんだけど碇君はどう思っているんだろう。碇君の部屋とは、ずいぶん違う。紅茶をいれて赤城博士がくれたブランデーをいれる。香りがよくなるし、戦闘後の碇君が興奮で眠つけないのを防いでくれるらしい。私も入れてみたがうっかりたくさんいれたので少し体が熱い。しばらく碇君の話を聞く。碇君はブランデーティーをお代わりしてから自室へ引き上げた。いつもは1人が落ち着く自分の部屋に居るのに、何か寂しさを感じた。




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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。