白日夢    Daydream Believer



(U) When I Need You


(1)


「夢で見た天井……」
とシンジはつぶやいてみた。
でもないな
実際は 『夢』 とは違い特別室にいる。
 使徒との戦闘で外傷はなかったが搭乗後の検診などがあり遅くなったので、シンジはリツコに頼み1晩入院させてもらった。前日はすぐに寝てしまったので考えをまとめる暇も無かった。今ならまだ病院の起床時間前で静かだから、ゆっくり考えられそうだ。

 さて自分は何者なのだろう。箱根に来るまでの記憶に途切れは無い。そして昨日の綾波の幻以降、赤い水辺の綾波の幻を経てまたもとの綾波の幻に戻ってきた夢(?)か記憶(?)がある。時間を逆行したのか、時間のループに捕らわれたのか、あれが予知夢だったのか、それともあのサードインパクトが事実で今もその夢の中にいるのか。
 これでは先に進めないや。とりあえず、今ここに居るのは現実と捉えよう。ではあの 『夢』 は、いったいなんだ。綾波だった存在が僕に見せたビジョンなのか? ではあれは預言で僕は預言者なのだろうか。これもきりがない。
 あの記憶は予知夢とする。何か新情報があれば訂正すれば良い。いまさら逃げちゃダメだなどと言っても仕方ないだろう。ふん、 『夢』 の中の僕より少しは現実的に考えられるようだ。
 さて、じゃあ僕はどうしたい? 神に等しい力を持つために、あの道を繰り返すのか? うーん、神の力で何かしてみたい気もする。しかし、パニックにならなければエヴァ量産機は初号機の敵ではなかっただろう。今の僕が生き残ってあの場にいれば、もっと楽勝に違いない。『夢』 の中の選択では僕だけが正気で生き残ってしまう。では、勝てば全てうまくいくのかなあ。それとも勝っても同じことが起こるのかなあ。大体綾波がどうするかで決まるんだし……。どうも不確定要素が多い。それにあれは痛いから嫌なんだよね。
 そういえば、この世界の綾波は僕の知っている綾波なんだろうか、まだ会ってもいない。『夢』 の中の僕は綾波の出生の秘密の一端を知って彼女を恐れた。そして渚カヲルは友人…… いや『夢』の中の現実の彼は人間とは異質な存在だった。友人と見えたのは、『夢』の中のサードインパクトの夢(ややこしいなあ)の渚カヲルだ。どうして、綾波を恐れ、渚を友人と思ったんだっけ? リリスとアダム本体でも、人間、リリンに近いのはリリスだったはずだ。たしか渚がそういっていた。
 結局、綾波のコピーを見て感じた僕の原始的な恐怖の感情のせいなんだ。それでも綾波は僕を助けようとして自分の存在を消した……。『夢』 の中の僕は綾波にお礼を言わないといけない。
 使徒との戦はまだまだ長い。僕の1年戦争を戦おう。使徒の殲滅を第一義とする。( あれれ、父さんみたいだな ) そして問題は閉塞した人類の進化ってやつをどうするかだ。人類としてはこの世界から姿を消さないと進化不可能なのか? 白亜紀の大絶滅でも二畳紀末の大絶滅でも恐竜や三葉虫は消えただけだ。絶滅種が進化したわけではない。そうか、そうだったのか、渚カヲル! ゼーレは裏死海文書に騙されているのかもしれない。彼らが贖罪と呼ぶ補完計画では人類が消えてアダム系の種が支配種族になるんじゃないかな。なるほど、それならいろんなことが理解できる。ゼーレに所属していた母さんは、そのために人類を未来に残すことにこだわった。それに対して父さんは神のごとき力を得てアダム種族に対抗しようとしたんだ。まあ母さんにも会いたかったんだろう。人類の進化はもっとよく考えてきめよう。まあ 『夢』 のように神になるとは限らない。僕としては綾波に幸せになってほしい。


(2)


 昨日は気づかなかったが、シンジの個室にはソファーがあるし付属のトイレおまけにシャワーまであった。シンジが体を洗い終わった頃、ちょうど朝食の時間になったのでシンジはトレイを取りに廊下に出た。
「シンジ君!」
「おはよう」
ミサトはともかく、超多忙のはずのリツコまで来たのでシンジは驚いた。随分 『夢』 とは違ってきている。あまりずれていくと予知夢としては価値が無くなる。また、新しく見ることが出来るのかな?
「あ、おはようございます」
「食事時間に悪いけど入っていいかな?」
「どうぞ、リツコさん、葛城さん」
ミサトからは、まだ名前で呼べとは言われていない。シンジは部屋の応接用の小テーブルで食事をすることにして2人にソファーを示した。リツコがお茶を淹れてくれた。
「ありがとうございます。朝早くからどうされたんですか?」
「私もミサトも寝てないのよ、忙しくてね」
「あ、すみません」
「いいのよ、仕事だもの。それに昨日の興奮でどうせ寝られなかったわ。今朝はね、シンジ君に予定を話しておこうと思って早く来きちゃったのよ。悪いけど技術開発部から山のような質問があるわ」
「はい、覚悟してます。でもまず住所不定をどうにかしてください」
シンジは、ミサトとの同居は避けるつもりだ。同居人がいることでミサトと加持の関係が進むのが遅れたのは間違いない。加持が早期にミサトとの関係を修復すれば不必要な危険を冒さないで綱渡りを無事終えられる可能性もでる。それにシンジがいなければアスカが同居する確率も下がるだろう。
「碇司令は同居しないつもりみたいよ」
「そうですね。僕もいまさら困ります」
それまで黙っていたミサトが話に割り込んできた。シンジは丸め込まれないように身構える。
「ちょっと何よそれ。シンジ君を一人暮らしさせるの?」
「私のところでもいいけど?」
「なに言ってるのよ、リツコ。思春期の男の子を同居させるのは無理でしょう」
あれれ、変な具合だ。
「でも、チルドレンをあずかれるレベルのスタッフに既婚者はいないわよ」
「じゃあ、男性?」
「あのー?」
「なに、シンジ君?」
やはり、リツコが相手をしてくれる。ミサトに、よほど嫌われたらしい。
「もう一人のパイロットの綾波さんはどうしてるのですか? 今は入院中でしょうけど、普段は」
「アパートで一人暮らしよ」
「それで、僕はなぜ?」
「どう、ミサト?」
「いいわよ。寂しいかなって思っただけ」
「心配してくれて、ありがとうございます」
「あら、いいのよ」
「一応ネルフ本部にも部屋を確保しておいたわ。ミサトの許可もでたから、これが住所よ。アパートも本部の部屋も、鍵はこのIDカードで開くから。」
『第三新東京市地下F区第6番24号の1』
『夢』 と同じ住所、天井都市の地下部分にある。
「ありがとうございます」
「リツコ、地下に住まわせる気?」
メモを覗き込んだミサトは不満そうだ。
「彼には便利よ」
「葛城さん、昨日それとなくリツコさんに聞かれた時、近くが良いって僕が言ったんです」
「そうかもしれないけど……。そこから学校はちょっと不便じゃない?」
学校のことはシンジは後回しにしていたが、公共機関を使えば時間的にはさほど変わらない。実際リツコたちはネルフに通勤していた。
「時間は大丈夫です、葛城さん。それに新人エヴァパイロットの訓練はきつくなりそうですから本部の部屋の方をよく使うかもしれません」
「ミサトで良いわ。だめよ、学校第一よ!」
やっとお許しが出た。
「ミサトさん、でも戦闘で痛い目にあうのは嫌です。エヴァを上手に操縦できるまでは訓練中心にさせてください。僕は運動苦手ですし体力ありませんから訓練を休む日も多いと思うので、その日は必ず学校行きますから。それに落ち着いたらミサトさんの意見どおり地上にも部屋を借りて学校もなるべく通います。リツコさん、綾波さんのところなら保安上も通学も大丈夫でしょう?」
「ええ、まあね」
返事が…… やはり再開発地区なのだろうか。
「そこまで言うなら、リツコとシンジ君に任せるわ。それにしても、シンジ君。もうレイに目をつけたの?」
そう来るか、ミサトさん。
「まだ会ってませんし、顔も知りませんよ」
「あら、この病院で見たのかと思った」
「昨日は遅かったからすぐ寝ました。今朝はまだ起きたばかりです」
シンジは嫌な予感がした。ミサトが何かたくらむ時の表情をしている。
「よし! お姉さんが一肌脱ぐわ。早く食べて、レイのお見舞いに行こう」
「この病院の御見舞いの時間は午後です」
「ちょっと、ミサト!」
「なに言ってんのよ。チルドレンの友好を深めるためにはネルフの権限で……」
もう止まらない、シンジは諦めた。リツコさんも諦め顔、さすが親友よく分かってらっしゃる。


(3)


 ミサトが退院手続きとネルフ権限の行使に向かった後、シンジは部屋を出てリツコにレイのことを質問しながら御見舞いの品を探した。果物とリツコに聞いて本を少し買った。シンジは最初はレイと2人で会いたかった。予知夢を見せてくれた本人かもしれないし、ひょっとしたら『夢』の中のレイ本人である可能性もあると思ったからだ。しかし、戻ってきたミサトと3人で訪れた病室にいたのは赤の他人のレイだった。シンジを迎えたのは冷たい赤い眼と無表情だった。
「レイ、大丈夫?」
「はい、赤城博士。問題ありません」
「こちら、サードチルドレンの碇シンジ君よ」
「よろしくお願いします、綾波さん」
「なにかよう?」
シンジは、その時突然自分の頬を伝い始めた涙に驚いてしまう。リツコとミサトも驚いている。
「え? ああ、ごめん辛そうなのに、おじゃまして。お見舞いにきたんだ。本と果物置いておくよ。じゃあね」
「まって! なぜ泣いてるの?」
シンジを知らない他人とはいえ予知夢と同じ姿の綾波が無事なのを見たシンジは嬉しかったのだ。でもそれは言えない。シンジは返答に窮してしまった。それに予知夢は見方によっては 『夢』 の綾波から 『夢』 のシンジへのラブレターともいえる気がしてきた。あっと何か返事しなきゃ、赤い眼に緊張してしまう。
「あのね、20日くらいで退院て聞いてたのに実際の綾波さんの酷い怪我を見て悲しくなったんだよ」
「そう」
「シンジ君、私の説明が不十分だったわ」
リツコがすまなさそうに話を続ける。
「ここの設備と技術で20日間と言うのは、かなりの重傷なの。つい先日治療用カプセルから出たばかりよ」
「すみません。怪我をした人とかあまり見たことないのです。ごめん涙やっぱり止まらないや。また改めて、お見舞いに来ていいかな、綾波さん」
「かまわないわ」
「来ようといったのは私よ、私も謝るわ。2人とも」
「いいんです、ミサトさん」

 退出したシンジは2人に挟まれたまま、本部へ向かった。無言の3人はそれぞれ自分の考えにひたっている。
 ミサトはシンジの涙を見て考えを変えた。あの年齢の子に学校教育は必要だし、私が行けなかっただけに是非行かせてあげたい。でも、あの程度のレイの様子で泣いているようでは使徒戦を戦い抜くのは心理面で難しいだろう。シンジの言うように十分な訓練をするのもいいかもしれない。
 リツコは自分だけが気づいたであろうレイの表情を思い出して驚いている。レイがシンジ君にあれほど興味を示すとはね。普通の娘なら一目惚れといったところかしら、もっとも今のレイはその感情に気づかないだろうけれど。
 シンジは会話中に思いついた 『予知夢=予知夢の綾波レイのラブレター』 説に拘っていた。しかし『夢』の中の『レイ』とこの世界の綾波を同一視するのは間違いだ。僕と『レイ』が時間を跳んだのでない限り『レイ』は、この世に存在しないんだ。綾波に『レイ』を見ないように気をつけよう。それと綾波を恐れない…… その心配はなさそうだ。それにさっきの綾波を僕は好きらしい。では 『レイ』 が尋ねて来たらどうする?ぶっちゃけ、それはありえないな。夢でなら会えるのかなあ。


(4)


 シンジは退院後手荷物を本部内の自室に置いたあとリツコの部屋に来ている。リツコとマヤから昨日の戦いについての質問を受けるためだ。

「OK。シンジ君、一休みしよう。、次は使徒が目視できてからのことね」
「はい。リツコさん」
「シンジ君も珈琲でいいかな?」
「お願いします、マヤさん」
リツコは二人の許可を得てタバコに火をつけた。医学をかじったものが、喫煙を止められないとは皮肉なものね。碇シンジ君か……。本人であることに間違いはないけれど随分報告とは違う。でもミサトの報告の最初の方は報告書どおりの性格だった。危機が彼を大きくしたわけか、まだまだ化けるかもしれないわ。さて、分煙君を止めて仕事に戻ろう。
「いいかな、シンジ君。珈琲飲みながらでいいわ」
「はい」
「じゃあ、画像も出すから、説明してみて」
リツコは、モニターに映像を出す。
「初号機、いえ僕はさっきも言ったように、あらかじめ近くの工事現場から拝借した鉄塊を使徒に投げました。最初は隠れて不意打ちしようと思ってたんですけど、バリア、えーっと、ATフィールドをもっている使徒に不意打ちは通用しない気がしたんです」
「あのぅ、でもそれ投げてやっつけられると思ったんですか?」
「いえマヤさん。突撃する前にATフィールドを実際に見ておきたかったんです」
「それで使徒のATF見た感想はどうだった?」
「見たのはリツコさんと同じ八角形の壁です。でも別の感覚で使徒に恐がられてるとか嫌われている感じを受けたんです。それでほら、リツコさんの説明を思い出して使徒の真似をしてみればフィールド出るかもと思いつきました」
「なるほどね」
「すごいわぁ、シンジ君」
リツコか場面を進める。
「でも恐がるだけでは何も変化がなく一発撃たれてから、嫌だ嫌いだ僕の方が強いぞと言う感じになったときフィールドは出た気がします。一度感覚がわかれば集中すると強力になったようです」
「うん。この画面の時点で使徒よりはるかに強いフィールドが形成されたのよ。マヤ、グラフ出して」
「はい、先輩」
「リツコさん、マヤさん。僕にはかえって判りにくいんですが」
「ああ、ごめんなさい。あとでまとめて説明する。知っておいたほうがこれからのATフィールドの訓練がやりやすいと思うから」
「はい、お願いします」
画像を進めながらリツコが説明をする。
「ATフィールドを中和した初号機・シンジ君は、そのままナイフで使徒の光球を貫いた。そして山の向こう側に2体は倒れこみ、使徒は自爆したわけね。自爆直前には使徒のフィールドは微弱になっていたので初号機は最初の光線攻撃で胸部装甲が焦げた程度の損傷のみ。完勝と言っていいわね」
リツコがあきれるほどマヤはすごいすごいを連発するのでシンジは照れくさそうだ。まあ、姉弟のような感じだし問題ないでしょうね。リツコは嬉しそうに話す2人の邪魔をしないように、少しの間話しかけるのを我慢した。
「さて、2人ともじゃれるのはそのくらいにして、次は計測数値から戦闘を振り返るわよ」
「はい」

 結局シンジの技術開発部での仕事は夕方までかかった。リツコとマヤは引き続き仕事をするようなのでシンジは本部の食堂で夕食をとってから、部屋の片付けをするためにアパートに帰ることにした。
 部屋は家具つきの3LDK、仕事部屋に2ベッドルームでかなり広い。『夢』 の納戸生活とはおさらばできた。ちょっとリッチな気分になる。とりあえず衣料品を広いクローゼットに整理してしまう。すべてその日の内にしてしまうつもりだったが思っていたより疲れがひどいので、大きめの荷物は予備のベットルームに押し込んで早く寝ることにした。シンジは明日からの訓練とレイの見舞いのことを考えながら、いつの間にか寝てしまった。


(5)


 翌朝、シンジは早めに起きてまず病院に向かった。リツコの手配でレイが許可すればいつでも入室できる。しかし一人でいるのが平気なレイに何をすればよいのかシンジは困ってしまった。挨拶だけでは芸がないし、入院中の患者に勝手に弁当差し入れるのもまずいだろう。主任看護師に聞くと大体の身の回りのことや食事は一人でしている。シンジが悩んでいると優しそうな女性の主任は笑いながら、家族の代わりに看護師が手伝っている仕事を教えてくれた。体の清拭、シャンプー、食事のトレイの上げ下げ……。
『よければ、トレイの上げ下げを手伝いたいんですが、来れない時は必ず連絡しますから』
『ありがとう、助かるわ。清拭はどう、綾波さんに聞いてあげようか?』
『主任さん、からかわないで下さい』
ひょっとしてミサトさんの親戚だろうか?
 病棟につくとステーションの看護師に挨拶してトレイを受け取る。
「綾波さん? 碇だけど、食事のトレイ運んできたよ」
小さな同意の声が聞こえたようなので、シンジは部屋に入った。
「あのー、手伝える日は来るからね。ちゃんと教わってきたから心配しないで」
「担当の看護師に聞いたわ。助かるって喜んでた」
「うん」
ベッドテーブルを移動させトレイをセットして飲み物の用意をしていく。
「後でまた来るから、綾波さん」
「わかった」
シンジは病棟ロビーまで戻り、時間をつぶすことにした。一緒に食べるならともかく、見られていてはレイも気詰まりだろうと考えたのだ。しばらくすると今日の個室担当だという看護師がシンジの側に来た。
「シンジ君、綾波さん食べ終わったわよ」
「あ、ありがとうございます。あのー、僕、本当に役に立ってるのでしょうか?」
「もちろん、みな感心しているんだから、がんばれ」
「はい。あのー、珈琲や紅茶、許可出たでしょうか?」
「うん、普通の量なら大丈夫よ」
「ありがとうございます」
声をかけてから入室しトレイを片づけてレイに話しかける。
「珈琲と紅茶を用意してきたんだけど、飲まない?」
「え?」
見つめられてシンジはあせってしまう。
「あのさ、珈琲はリツコさん特別注文のブレンドで美味しいよ。紅茶も昨日僕が選んできたんだ」
「紅茶、もらうわ」
「うん、ちょっと待っててね」
レイは紅茶をあまり知らないらしく、淹れかたをみて質問する。話のきっかけを待っていたシンジは一生懸命に説明した。
「どうぞ、熱いから気をつけてね。僕もここで飲んでいいかな?」
「ええ」
そのあと後片付けをして帰る挨拶まで会話は無かったけれど、シンジは満足していた。会話が多ければ実りが多いわけではない。

 シンジは午前中に格闘術や武器の訓練をし、午後にエヴァのシミュレーション訓練と学科講習を受けている。学科は主にオペレーターの3人が講師役になる。慣れたら中学へも行くとは言ったが、シンジはレイの入院中は訓練に集中するつもりだ。などと言うとカッコいいけれど現実の訓練はトホホな状態だ。シンジは自分の体力の無さとあまりにも平凡な運動神経に無力感を味わってしまう。それでも、その熱心さは相手をする保安部員が感心するほどのものだった。午後の訓練も手を抜くことはない。検診時にシンジの体のあざを見たリツコは、少し小言を言うが実験も訓練も熱心なシンジに文句は無かった。
 2週間ほどたつとシンジも訓練の筋肉痛から解放された。

 やれやれ、筋肉痛のまま次の使徒戦になるんじゃないかと心配したよ。

 いつもどおり朝食を簡単に済ませ、レイの病棟に行く。顔見知りの看護師に挨拶しトレイを受け取りレイの部屋の前にいくと、ドアが開いていた。
 誰かお見舞いかな?
「シンジ、何をしている。」
父さんか相変わらず偉そうだ。とはいっても脚は震えちゃうなあ。情けない。
「手伝いだよ」
よし、声は震えていない。
「看護師の仕事だ」
「僕は好きでしてるんだ。でも、綾波は父さんがした方が喜ぶよ。きっとね」
シンジは多少はレイと話をすることが出来るようになり、『夢』の知識以外でもレイが『碇司令』を特別視しているのをはっきり認識していた。
「そうか」
「うん」
碇ゲンドウは何事も無かったように足早に立ち去って行った。
ちっ、それだけか、とは言っても、へこむなあ。もう少し何か言い方ないのかな。『夢』の知識がなければこれだけでどん底だよ。しまった、ドア開いたままだった。綾波に聞こえたかな。嫌われたならスタートに戻るだね。まあ、それならそれで、またがんばるだけだ。
「あのー、綾波さん。騒いでごめん。食事だけど」
「ありがとう」
シンジは変わらぬ様子のレイに安心し何時も通りに準備をした。
「私の食事中、何してるの?」
「え? ロビーにいるよ。ようがあったら内線でステーションの看護師さんに言って、みな顔知ってるからね」
「ここにいれば良い。果物もあるし、先に紅茶入れて飲んでてもいいわ」


(6)


 不機嫌な様子で部屋に入ってきたミサトの様子を見たリツコは作業中の仕事を諦めて端末を閉じた。
「どうしたの、ミサト?」
「シンジ君、学校行ってないじゃない」
「訓練は順調よ。それにまだまだやりたいこともある」
「何言ってんの、学校が大事な年齢でしょう?」
「こんなこともあろうかと、なのかしら。シンジ君からレポートが出てるわ。訓練は予定より遅れているけど、約束どおり来週から学校通学始めるってさ」
「えらく急ね」
「レイも退院するの。」
「ったくもう、色気づいたわけ?」
「それは酷い言い方ね。あなたが、けしかけたようなものでしょう」
「ああ、私がきっかけかぁ。そういえばシンジ君の携帯にレイの病棟の看護師からの連絡が多くてさ。調べたらなんと女性看護師たちがシンジ君の恋の応援を」
「ちょっと、彼女達のメールをのぞいたの? やりすぎじゃない、ミサト」
「チルドレンの保護は保安諜報部だけに任せて置けないわ」
「ミサト、気をつけないと保安部ににらまれるわよ。シンジ君の応援してる人も多いんだから」
「なんで? 訓練での知り合い?」
「そう、彼、一生懸命だからね。怪我をしたレイのため鍛えているとみな思ってるから、保安部員も応援してるの」
「げ、あの外道どもが?」
「だから、そういう言い方止めなさい。汚れ仕事が彼らに行くのは仕方ないんだから」
「はいはい、すべて私が悪うございます」
「用はそれだけ?」
「ここからが本論よ。シンジ君の要望したエヴァの武器や支援武器は見た。勉強の成果も出てると思うけど私に相談ないものもあったわ」
「ああ、相談しなかったのは主に近接戦闘の武器よ。シンジ君の感覚的なものと技術開発部の構造計算で決まるからね。データは送ったはずよ」
「あの棒?」
「そうよ、武術の師範も賛成していたわ。データ見ておいて」
「じゃあ、指揮権の詳細は?」
「前回の戦闘でシンジ君、それなりの評価をもらったからね。正規のネルフ職員だし、二尉扱いになったのは知ってるでしょう。あなたは後方から指示する小隊長、彼は前線で直接戦う分隊長ってわけよ。攻撃しろとか撤退しろはあなたの権限だけど、それ以上の詳細は彼に任せてみようってわけ。私も賛成した」
「なんでよ!」
「エヴァの戦闘では感覚的にしか判らないことが多いから、彼がパニックにでもならない限り私たちの出番は少ないの。言い換えれば私たちが管制官で彼はパイロットだけど、計器なしの手動で着陸態勢入ったようなものなの。わかった?」
「わかんない」
「やれやれ、今夜は飲むの付き合うわ、ミサト」



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。