白日夢 Daydream Believer
(T) As a purple knight
(1)
「あ、綾波?!」
綾波レイの姿が消えた無人の道路を凝視したまま、碇シンジは困惑していた。すべて夢なのか? あの赤い水辺で綾波の幻を見たのは…… そこで目が覚めたのか? すべてが夢? アニメのファンフィクションの逆行ものなら超人になってるだろうけど、夢じゃ『杜子春伝』だ。あ〜ぁ! ひょっとして、お約束の! シンジはあわてて”確認”したあが、無事男のままだった。
さて、悪夢は忘れて現実に戻ろう。現実は夢のあとにってわけだ。改めてシンジは周りを見回すが誰もいない。って、この振動は! 国連軍のVTOLが飛んでいる! ひぇー、あれは正夢だったのか、使徒がいる。ひょっとして『恋はデジャブ』かなあ。とほほ、それも困る。逃げずにここで死んだら、綾波の幻の時点にまた戻るんだろうか…… 痛そうだから試すのは止めよう。だぁー、爆発が近い。ミサトさん、いや葛城一尉はまだかなあ、うっへーこんなに使徒の近くにいたんだっけ、夢だったしなあ……。来た!
「ごめん、おまたせ!」
やれやれ、ミサトさん……まだ葛城さんの登場で、いきなり死亡か振り出しに戻るは、避けられた。シンジは夢を思い返し始めた。あれ? 葛城さんが何か叫んでる。閃光と爆風のあと車は大車輪状態になる。しまったN2兵器が使用されたんだっけ。
シンジの見た『夢』の通りにすべてが進行している。ではあれは予知夢なのか……避けられない運命なのだろうか。思い返してみてもあれはやはり夢としか思えない。自分がいない場面や経験も見えていた。シンジは記憶を探るのに夢中でミサトへの返事はエエとかハイばかりだ。
「ねえ、シンジ君。ショックで心ここにあらずなのかも知れないけど話ちょっと聞いてくれないかな?」
「ごめんなさい。なんですか?」
「私はあなたのお父さんの部下なんだけど、仕事の内容知ってる?」
「知りません」
「これに目を通しておいて」
渡されたパンフレットの中身にも見覚えがある。僕に予知能力が備わったとしても、これほど正確に見えるとは思えない。さてどうする碇シンジ、運命に逆らうのか。未来が変わったら今の知識は役に立たないのでは? くそっ、ゆっくり考えないと無理だ。時間がない。たしか綾波の怪我も酷かったし、3人目に乗り換える時間もないだろう。とりあえずこの使徒は僕が倒すべきだ。そうだ! それにあの『夢』は綾波が見せてくれたのかもしれない。いや今のこれも夢? ……考えるのは後にしよう。
車は、既にジオフロントのカートレイン上だ。しまった、また無言で質問に答えなかったらしい。困ったなあ、葛城さんが、かんかんだ。
「ああ〜、ジオフロントだ。すごいなあ」
「あら、そう」
うぇーん、もう未来を変えてしまったらしい。
「葛城さん、お勤めのネルフはどの建物ですか?」
「三角のやつ」
とほほ……。
(2)
本部内に入ったシンジは、気を取り直しミサトに声をかけ本部のマップを借り受け先にたった。
「ほら、葛城さん。地図にチェックしてあるトイレは、ここですよ」
「あら本当に。すごいわシンジ君。最初から迷わず行けるなんて」
「でも、ほら地図見ながらですから」
「あら、そう!」
しまった、ミサトさんは見てもダメだったんだ。さて時間のロスも少ないから、直接ケイジじゃなく発令所に寄っても大丈夫そうだ。
「葛城さん、このエレベーターでケイジのとなりの発令所に行けますよ」
「うーん、それでもいいわ。行こう」
さあ父さん、もう一人の予備の到着ですよ。『夢』が真実ならエヴァに乗ってあげる。さあ、発令所に到着だ。
「司令、碇シンジ君をお連れしました」
「ご苦労、葛城一尉。シンジ、久しぶりだな」
「うん……。何か用があってよんだの?」
「そうだ。ネルフの兵器エヴァンゲリオンに搭乗して、お前も見た敵性生物、使徒と戦ってもらう。他に適性者がいないのだ。負ければ人類は滅ぶ」
せっかく発令所に来たけど見下ろされてしまった。もう最上段に上がっている。よほど高いところが好きなんだね、父さん。
「いきなり僕に操縦できるの? それに軍に準じた組織らしいけど、どんな組織なの? 上官は? 僕の階級は?」
「操縦方法は赤木博士に聞け、今入室した女性だ。細かいことは、この副司令の冬月に聞くんだな。出撃準備!」
冬月はシンジのところまで降りてきて話しかけた。
「シンジ君、引き受けてくれてありがとう。別に軍人にならなくてもネルフの協力者、実験参加者という身分でも搭乗できるんだが」
命令違反なら営倉に入れられる協力者か、義務は兵士と変わらず権利は無いように思ったけど……。
「軍人で参加できるんでしょうか? 僕はまだ14才なんですけど?」
「ああ、今回お願いする兵器のパイロットには国連の例外条項がある。で、どうするね」
なるほど、きっと最悪の場合には強制徴用もあり得たんだろう。
「いえ、戦うなら正式に入りたいです」
「君が望むなら止むを得ない。今回は三尉待遇で乗ってもらう。正式な叙官はこの戦闘後だ」
「はい」
「あとは、赤城博士に聞きなさい」
シンジはリツコの話を聞き、一つ一つ質問をして確認していく。すべてが『夢』どおりとは限らないし、うっかり知らないはずのことを口走ったり実行したりしないためだ。起動までの手順、電源ケーブル、内部電源と話が終わった。
「さて、使徒が活動始めるまでにもう時間があまり無いわ。いろいろ言ったけどとりあえず座っていてくれるだけで良いのよ。まだ何か質問ある?」
「地上での電源ケーブルの位置とロボットの武器は?」
「エヴァンゲリオンって言い難かったらエヴァでいいわ。位置はこの図にある、エントリー……操縦席のモニターにも出しておくからね。搭載している武器はプログナイフよ。慣れれば思考で抜刀態勢に入れるけど最初はこのスイッチを使って。あとはパレットガンがあるんだけど、訓練受けずに使用するとかえって危ないの」
「はい」
都市は建設途中のため記憶と違うので、今あるケーブルの位置を頭に叩き込む。
「このヘッドセットを頭につけて、それから服は全部脱いでこの服に着替えてね」
「は、はい」
出されたのは綾波の白のプラグスーツだった。
「これはもう一人のパイロットの綾波レイのもの、さっきも言ったように彼女は今怪我で入院してるのよ。不要な部分は外したし、新品だから着て。左手首のスイッチで体に圧着されるわ。これ着方の説明書ね」
照れている場合ではない。ケイジの隅に整備部の人が張ってくれたカーテン内で着替える。でもやっぱ、ちょっと恥ずかしいな。そういえば赤いのは着た記憶がある。
「博士、着替えました。スイッチこれですよね?」
「うん、やってあげる。あら、ぴったりね。似合うわよ。それから、私のことはリツコで良い」
「いろいろ、ありがとう。リツコさん」
「なに言ってるの。私たちがあなたに救われるのよ。がんばって! ちゃんと帰ってきてね」
「はい」
(3)
シンジはエントリープラグに乗り込み、オペレーターたちが起動準備を始めた。主オペレーターは 『夢』 では顔見知りの二尉トリオ、伊吹、日向、青葉だ。
「リツコ、シンジ君を気に入ったみたいね」
手持ち無沙汰なミサトがオペレーターの伊吹マヤの後ろで数値をチェックしていたリツコに話しかけた。
「あら、昔から賢い子は好きよ。それより、ミサトの御眼鏡にはかなわなかったの?」
「私は小賢しい子は嫌いなの、昔からね」
「何はともあれ、これほど素直に乗ってくれるとは思って無かったわ。さあ、ミサトも彼のバックアップしなきゃね」
「わかってるわよ」
シンジは、知識があるのがばれない様に芝居をするつもりだったが、レイのプラグスーツのおかげで変に緊張してしまい楽にごまかすことが出来た。それにLCLは、 『夢』 での初搭乗の時より気持ち悪かった。リリスの体液と知ってしまったせいかも知れない。そういえば、何の略だったんだろう、LCL? Lilith's Cellular Liquid かな? 細胞外液なのかなあ?
『起動に入るわよ、シンジ君。準備はよいかな?』
いけない、集中、集中!
「はい。リツコさん。さっき聞き忘れましたが、映像で使徒の使っていたバリアはエヴァも使えるんでしたよね」
『ATフィールドと言うのよ。理論上はエヴァでも出るはず』
「どのボタンですか? 聞き忘れたみたいです」
『残念だけど、ボタンはない。やり方も聞かないで、知らないの』
「ありゃま」
『ごめんなさい。今の私たちの限界よ。もう使徒が動く。起動シークエンスに入るわ』
「了解」
シンジは、集中した。『夢』 の中の知識は全て正しかったが、『夢』 で積んだ経験が実際に役に立つとはとても思えない。知識が正しいなら有利な点は母さんが初号機に溶けていると知っていることだ。不利な点は、天井から何も落ちてこなかったから母さんが目を覚ましてない可能性がある。暴走をあてにするのは止めよう。では第3使徒をどうやって倒す? 暴走で倒したってことは強かったんだろうなあ。なんといっても初号機の暴走時の強さは第14使徒戦で明らかだ。母さん、できれば起きて応援してね。
起動した初号機は地上に射出された。シンジは言われたとおりに歩いたり腕を上げたりする。発令所は興奮状態になっている。
『シンジ君、すごい。シンクロ率も60%前後だし、他の数値も安定している』
リツコはデータに興奮気味になっている。確かに 『夢』 より良い。綾波のスーツと母さんを意識したおかげかな。
「はい? リツコさん、よく分かりませんがご期待に添えたんですね?」
『期待以上よ』
『ちょっと、シンジ君。どこへ行くつもり?』
うーん、『夢』 とは違いすっかりミサトさんに嫌われちゃったなあ。
「町外れまで、お散歩に……」
『ちょっとなに言ってんの! ふざけている場合じゃないわ』
「あ、すみません。兵装ビル使えないなら、町の外で戦おうと思って」
『そんな命令していない、私の命令に従いなさい』
「あのぉ〜、『歩いて』 とか 『右手上げて』 はできますけど、戦闘を命令下に実行するのは無理と思います。自由に突進させてもらえませんか? 副司令、お聞きですか?」
発令所では、予想外の初号機の動きのよさに気が緩みかけていたが、言われてみればシンジの発言も一考の価値はある。少しの沈黙を冬月が破る。
「碇?」
「ああ、かまわん。彼の好きにさせろ」
確認した冬月が改めて指示を出す。
「葛城君、彼の言う通り細かい指示は無理だろう。好きにさせてみよう」
「そんなあ」
「ミサト、しかたないわよ」
暴走を考慮に入れた司令たちの計画に気づいているリツコは反対しない。ごめんねシンジ君、大人の汚い計画につきあわせて。残念だけど私も完全にあなたの側につくわけにはいかないの。本当にごめん。
シンジは外周道路を越えたところでケーブルを付け替えた。使徒を待ち受けるつもりのようだ。
『リツコさん。モニターの見方に自信がないんですが、ここで待機で良いんですか?』
「大丈夫、あってるわ。あと3分で前の山を越えてくる。光球を狙うのよ!」
『了解』
「初号機、プログレッシブナイフを装備しました」
オペレータの言葉に、ミサトが反応した。
「なによ、冷静なものじゃない」
マヤがめったに見せない怒った表情をしているのに気づいたリツコは、マヤより先に指摘した。
「そんなことはないわ。モニターのバイタルサイン見て御覧なさい。血圧、脈拍、発汗、脳波、すべて過度の緊張を示しているわ。今回は命令より応援してあげるのね」
「そ、そうなの? 別に意地悪いうつもりは無いのよ」
シンジは戦い自体を恐がったのではない。エヴァで動いてみると 『夢』 での経験も使えることがわかって来たからだ。問題は 『夢』 より高いシンクロ率だ。使徒のパイルは鈍いから捕まらなければ平気だが、光線は避けられない。あれは痛そうだなあ。いきなりATフィールドと言うわけにもいかない。まてよ、使徒にATF出させて真似したって言えばいいかな。初号機は手近なところにあった重機の部品を手に取り丸める。
「初号機、使徒目視まで約10秒です」
『はい。ありがとうございます』
マヤが嬉しそうな様子で赤い顔しているのにリツコは気づいた。あらマヤったら、シンジ君が好みなのかしら。
「さあ、全員集中よ。MAGIの記録に頼らないで、リアルタイムの自分の感覚を重視してね!」
リツコがオペレーターに次々指示を出していく。
稜線を越え目視できた使徒に初号機は鉄塊を投げつけた。
続きを読む
戻る
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。