第弐拾六話
たった一つの冴えない結果


「マヤ、さっきのスクリプトをカスパーで実行しておいて」
「はい、先輩」

現在、リツコとマヤはMAGIの事後処理で大忙しであった。
マヤに指示を出しつつ自らも端末を操作するリツコ。

発令所は現在、リツコ指揮下の元MAGIの整理に追われている。
騒然としている発令所は、現在メインモニターに何も映し出されておらず、所々解体されている機械があちらこちらに散乱している。
オペレート業務が殆どの発令所では、元々女性職員が多かったのだが、現在は男性職員も多数、忙しいそうに動き回っていた。

ふと、端末を操作していたリツコのその手が止まる。
そこには、使徒戦の映像ログが表示されている。
リツコは、その中の一つを起動した。

画像にはミサトの指揮する姿が映し出されている。
これはレリエル戦。
ミサトが初めて指揮らしい指揮を執った使徒戦である。

懐かしげにモニターを見るリツコ。
何時しかかなりの人数が、リツコの後ろからその映像を覗き込んでいる。

「本当、貴重なサンプルに逃げられたわ」

それが、人集りが出来てしまったリツコの照れ隠しである事は皆知っていた。
周りの人間達には涙ぐんでいる者も居る。

「さ、仕事に戻って戻って」

パンパンと手を叩いたリツコの言葉に持ち場に戻っていく職員達。
画像を起動させたのはリツコだろとは誰も言わない。

「先輩」
「何かしら?」

「レイ君達は、本当に異次元に行っちゃったんでしょうか?」
「さぁね。でも私は、きっと楽しく生きていると思っているわ」

「どうしてですか?」
「だって、あのミサトが一緒なのよ?きっと喧しいぐらいに賑やかだわ」

「私も一緒に行けばよかったなぁ」
「それは私が困るわ」

「本当ですか?!」
「勿論よ」

他愛無い言葉で寂しさを紛らす。
皆の脳裏には、笑顔のシンジやミサトが浮かんでいた。



ゲンドウと冬月は、対外折衝に飛び回っている。

「碇、そろそろ老人を労らんか?」
「・・・先生にはまだまだ頑張って頂きますよ」

移動中の飛行機の中で、愚痴を零した冬月を歯牙にも掛けないゲンドウ。
冬月は読んでいた雑誌を無造作にシートポケットにしまう。
然したる記事も無かったのだろう。

「しかし、別次元のシンジ君か、パラレルワールドと言う奴かね?」
「・・・どうでしょう?本当の過去かも知れません」

両手を腹部で組んでリクライニングシートを倒しながら呟く冬月に、ゲンドウは珍しく律儀に答えた。
その内容に冬月は興味を抱いた様子で、顔をゲンドウの方に向け言葉を続けた。

「それならサードインパクト後に存在したと言う彼は存在せんだろう?」
「・・・それも解りません。もしかしたら、この世界その物がサードインパクト後の世界かも知れない」

「サードインパクト後の?」
「・・・レイの話を聞く限り、それは私の取り得る行動です。そして今現在はレイの希望に沿った世界と成っている」

ゲンドウは、膝掛けを掛け直すと冬月の方を向きニヤリと笑う。
丁度横を通り掛かったフライトアテンダントに冬月は飲み物を頼んだ。
今暫く、ゲンドウとの会話を続けるつもりになったようだ。

「レイ君が遣り直すために世界を再構築したと言うのかね?」
「・・・サードインパクト。いや、人類補完計画。それが成功していたなら、人類は新たな神を得ていた。それは依り代となったレイの可能性が高い」

「しかし、それだと同じ時間軸に同じ人間が居る事になるぞ?」
「・・・エヴァのパイロットであったレイは、そのまま世界を構築しても元の生活には戻れなかっただろう」

「それ故に、自らは別人として遣り直し、シンジ君には普通に暮らせるようにしたのか・・・」
「・・・後、あの娘の事もあるのでしょう」

「レイちゃんかね?」
「・・・彼女こそ私達夫婦の罪です」

その時ゲンドウの顔には朱が差していたが、暗い照明と髭のお陰で冬月に気付かれる事は無かった。

「葛城君はどうなんだ?」
「・・・レイの話では、彼女の心はセカンドインパクトの時に壊れ、その後ゼーレに造られた物らしい」

「確か失語症になっていたな」
「・・・彼女は、最後にレイを送り出し銃弾に倒れたそうだ」

「生きている事自体が彼女の幸せか」
「・・・前は彼女と同居していたらしい」

「彼は満足なのだろうか?」
「・・・そう願いたい」
ゲンドウの言葉に冬月は頷くと眼を瞑る。

二人の脳裏には、笑顔でレイと寄り添うシンジが映っていた。



ユイとキョウコとナオコの三賢者は第二発令所を改造し、MAGIの後継機を開発していた。
第二発令所もリツコ達が整理している発令所のように、至る所に基盤が剥き出しの装置が散乱している。
発令所と違う所は、ここには3人しか居らず、その3人が見目麗しい女性であった事だ。

「でも寂しいわ。最後にレイ君、私の名前だけ呼んでくれなかったのよ」
「あら?そうだったかしら?」
キョウコは、基盤に直接接続した端末を操作しながらぼやいている。

「確かに、私はどっちかと言うとお世話になった方だけど、なんとなく哀しいわ」
「きっとアスカちゃんと対なのよ」
「それも失礼な気がするわね」
キョウコの愚痴に付合っているのはユイである。

「でも思い出すわ。初めてレイ君に逢った日を」
「どうだったの?」

「今のシンジを銀髪紅眼にした感じよ」
「じゃぁ、本当にシンジ君だったの?」

「そうね、今思えばシンジその物だったわ。ねぇナオコさん?」
「何?」
二人と離れた所で作業を行っていたナオコが急に声を掛けられ、顔を出す。
鼻の頭が油で黒くなっているのだが、見た目が若いために可愛く見える。

「レイ君を初めて見た時の事よ!」
「あぁ、あの時は神秘的な可愛い子だと思ったけど、今のシンジ君にそっくりだったわね」

「じゃぁやっぱりアスカには、シンジ君に唾を付けるように言っておかなきゃ」
「アスカちゃんなら私も反対しないわよ」
「リッちゃんじゃ、シンジ君は少し年が離れ過ぎているわね。残念だわ」

「でも、あのカヲル君って言うのも可愛かったわね」
「私もミサトちゃんみたいに連れて行って貰えば良かったかしら」

「ナオコさんまで付いていったらリッちゃんが暴れるわよ」
「でも許せないのはゲンドウさんね。私達に黙っていたなんて」
急に怒りを露わにするユイ。
それを見て吹き出すナオコとキョウコ。
ユイもそんな二人につられて笑い出す。

3人の脳裏には、笑顔のシンジ達が浮かんでいた。



マコトとシゲルが物理的な事後処理を仕切っている。
今は、セントラルドグマにある破棄されたエヴァの失敗作の消却作業を行っていた。

荒廃とした空間に無造作に打捨てられているエヴァの残骸。
それらを消却するために、今は多くの作業員が入り込んでいる。

「なぁ、マコト?エヴァってこんなに失敗していたんだな」
「あぁ、金が掛っているのは知っていたけど、一体どれくらいの試行錯誤があったんだろうな」

黄色い零号機の頭部と同じ物が並ぶ大きな棚。
脊髄だけが伸びているそれは、あまり気持ちの良い物では無い。
何処か、晒し首を想起させる。

「でも、これが終ったら俺達どうなるんだろうな?」
「そのままじゃないのか?」

「シゲルは良いけど、俺は作戦課だぜ?戦闘が無くなれば基本的に仕事は無いさ」
「諜報課や保安部に異動もあるんじゃないか?」

「どうだろうな。どっちにしても葛城さんも居ないし、あんまり魅力ないよ」
「レイが連れていっちゃったからな。クシシ」

そう言って笑うシゲルに冷ややかな眼を向けマコトは言葉を続けた。

「全く、あんまり仲良いようには見えなかったんだけれどな」
「レイは誰でも同じだったんじゃないか?」

「そうだな、付合い易いけど底が知れない感じはしてたな。記憶喪失のせいだと思ってたけど」
「実際は、重い物を背負っていたと言う事だな」

「あぁ、俺達が支えてやってるつもりが、実は支えられてたんだなって感じちゃったよ」

巨大なクレーンが、廃棄されたエヴァの素体を運んでいく。
それを眼で追いながらも、二人の脳裏には居酒屋で談笑しているシンジ達の姿が映っていた。



疎開していた人達も徐々に第三新東京市へ戻りつつあり、ここ第壱中学校も再開していた。
清々しい木洩れ日の中、登校していく生徒達。
どこのクラスも久しぶりに会う友人達と賑やかな再会を喜ぶ言葉で溢れている。
2−Aは、元々NERV関係の子供ばかりだったので、既にほぼ全員が復帰していた。

「アスカ!久しぶり!」
「ヒカリ!」
アスカは親友のヒカリの元気な顔を見て、久しぶりに笑顔を取り戻した。
手を取り合って踊るアスカとヒカリ。

「そっかぁ綾波さん達、居なくなっちゃったんだ。それで元気なかったんだ」
機密に触れそうな所を端折り、その事実だけを伝えたアスカ。
ヒカリもNERVのそう言う所は解っているので、細かい所を突っ込んだりしない。
聞きたいのは山々だが、話せないのだろうと納得する。

「でもこれでアスカも碇君一本に絞れるって事ね」
「な、な、なんでそこでバカシンジが出て来るのよ!」

「だって、アスカがまともに話をする同級生って碇君しか居ないじゃない」
「そ、それはあいつが司令の息子だからママとママが仲が良いからそれで仕方なく、そうよ!仕方なくよ!仕方なく!」
真っ赤になって、そこまで息継ぎ無しで捲し立てるアスカ。
伊達に幼少の頃から訓練を受けていたのでは無い。

「ふ〜〜〜ん、まっ良いけどね」
ふふんと言う音が聞こえてきそうなヒカリの表情にアスカはどうにも納まらない。

「ヒ、ヒカリこそジャージとはどうなったのよ!」
起死回生の攻撃とばかりにアスカは思い出したヒカリの思い人の事を口に出した。
しかし、ヒカリの反応はアスカの想像したものでは無かった。

「鈴原ぁ?なんか冷めちゃった」
「え?」

「前は優しいと思ってたんだけど、ほら、優しいなら碇君の方が優しいじゃない?男らしいかと言えば確かに碇君はちょっとなよっとしてるけど、なんか幻想だったのかななんてね」
「それってバカシンジの方が良いって事?」

「別にアスカの邪魔をするつもりは無いわよ」
「なっ、何言ってんのよ!」

どこか一回りも二回りも落ち着いた感じのヒカリ。
疎開先で成長するような出来事でもあったのかも知れない。
どちらにしても、あまり変わってないアスカが手玉に取られているのは間違いなかった。

「おはようさん!おっ委員長やないか?そぅっか委員長も戻って来たんやな」
「おはよう、鈴原」

丁度登校してきたトウジにも違和感無く挨拶をするヒカリ。
何事もなかったかのように日常に還っていく子供達。
確かに、クラスの中でシンジ達と付き合いのあった生徒は限られている。
それでも、シンジ達が居なくなっても問題なく過ぎていく時間がアスカには、やるせなかった。

ふと窓際を見ると自分と同じように黄昏れている碇シンジが眼に入った。
アスカにはもう一つ重大な問題がある。
あのシンジとこの碇シンジが同じ存在であると言う事だ。
確かに髪の毛や眼の色が違うが、10年も経てばあのシンジにこの碇シンジは成るのだろう。

だからと言って、いや尚更、ホイホイとこの碇シンジに懐く訳にも行かない。
今まで通りで良いと自分の中で一度は決着を付けたのだが、本人を目の前にすると、何故か躊躇してしまうのだ。

碇シンジの方はもっと複雑であった。
自分自身に自信が無いのは、今以て変わらない。
それが、ああなると言われても、そうは思えない。
自分がああなれる訳はないと思う。
そのために在りもしない周りのプレッシャーを感じるのである。

アスカと碇シンジは、お互い複雑な思いでシンジを「なんで居なくなったのさ(よ)」と呪っていた。



「ぷっはぁ〜!やぁっぱ人生この時の為に生きてるって感じよねぇ!」
いきなり大ジョッキのビールを一気飲みするミサト。

「・・・貴女だけ」
「やぁねぇレイったら何時まで経っても堅いんだから。ね?シンちゃん」

そう言いながらカヲルの肩に手を掛けニッコリと微笑むミサトは、本当に幸せそうだ。
ここはドイツの場末の飲み屋である。
周りは金髪や銀髪の白人の中、日本とは逆にレイやシンジ達ではなくミサトの方がどっちかと言うと目立つ。

雑多な喧噪の中、シンジ達4人は夕食がてらここに立ち寄っていた。
日本で居酒屋に味をしめたカヲルは、こういう所で夕食を取る事を好んでいた。
酒が飲めるならミサトに否は無い。
シンジとレイについては、別に拘りが無かったため、必然的に流される形になる。

「しっかし、別次元じゃなくってドイツに飛ばされるとはねぇ」
「いや、本当にそう思っていたんですけどねぇ」

実は、別次元に飛ばされると言うのは、全くの憶測であったのだ。
その可能性が無かった訳ではないが、どこに飛ばされるかは全く不明だった。
ただSS機関を解放し、エヴァの体組織を消滅させただけ。
その際ATフィールドで自らを護り、3人(ミサトを入れて4人)が離ればなれに成らないようにしていただけであったのだ。
殆どセカンドインパクト級のエネルギーを抑えて放出するため、レイがシンジに融合した時のように別次元に飛ばされると考えていたのだが、思った程エネルギーが無かったのか、はたまたあの紅い世界が特別だったのか今となっては、知る由も無い。

結果は時空を飛ばされたのでは無く、その時のエネルギーにより大気圏外に飛ばされただけ。
それを3人で力を合わせ地上に降り立った場所が、偶々ドイツだったのである。
因みにミサトは気絶していて、その経過は全く知らない。
流石にMAGIも人間大の地球の裏側のATフィールドまでは感知出来なかったようだ。
元々MAGIの索敵範囲は狭いのであった。

「まぁ私としちゃ知ってる土地で良いんだけどね」

シンジ達としてもドイツは、それなりに知っている土地であった。
カヲルは元より、シンジもドイツに研修で来ていたのである。
そして、その時レイはシンジの中に居た。
言葉の不自由も無く4人は生活が出来たのだ。

お金は、カヲルがキール=ローレンツの隠し財産であるスイス銀行の口座からくすねて来た。
何故かカヲルは、その口座の存在と引き出し方を知っていたのである。
カヲル曰く、キール=ローレンツ個人の物であり、例え家族でもその存在すら知られていない物らしい。
しかもスイス銀行であるために、カヲルが引き出した事すら誰にも解らないそうである。
元本の額が膨大なため、カヲルが引き出した額程度は利息の範疇らしく、キール=ローレンツすら気付かないだろうとの事である。
尤も国連に拘束される形になっているキール=ローレンツが、その確認を行えるかは定かでは無い。
彼は、もう生きているうちに自由を得る事は無いであろう。

シンジ達と一緒に生活するようになり、ミサトはシンジの事を「シンちゃん」レイの事を「レイ」と呼ぶようになっていた。
レイも所憚らずシンジの事を「碇君」と呼んでいる。
シンジもレイの事を「綾波」と呼んでいた。

「でもねぇシンちゃん、レイに手を出すのは犯罪じゃない?」
「・・・貴女がカヲルに手を出す方が犯罪」
シンジをからかうミサトだが、レイの攻撃にグッと言葉を詰らせる。
いつもこのパターンなのだが、それがミサトには楽しいのか、いっこうに止める気配が無い。

因みにミサトがカヲルに手を出しているのかは不明だが、最初の頃一人で寝られないミサトにカヲルが添い寝をしていたのは事実である。

「男と女の関係を口にするのは野暮と言うものだよ」
「・・・貴方は男でも良いから?」

「そう、僕にとって男と女は等価値なのさ」
バコッと言う音と共にカヲルの後頭部に衝撃が加えられた。

「でも、どうしてNERVに戻らないわけ?」
「ミサトさん?リツコさんに実験されたいんですか?」

「それは、ちょっち嫌ね。でもリツコもそこまでしなんじゃない?」
「まぁリツコさんの件は冗談ですけど、少なくともミサトさんも含めて僕達は、科学者に取って貴重なサンプルなんですよ」

「うぅっ・・・そ、そうよね」
「世界中が僕達を放っておかないでしょう、嫌な意味でね。僕達は存在しない。それが一番平和なんです」

ニッコリと微笑むシンジにミサトは、もう一度「そうよね」と呟いてジョッキを空けた。



「マヤ、NERV各支部との接続状態は現状どうなっているかしら?」
「はい、MAGIへハッキングを行った各支部のMAGIコピーは、その時こちらから送り込んだウィルスにより、今もこちらの制御下におかれたままです」

今日の仕事も一段落し、帰り支度を行いながら明日の作業のために確認したリツコは、眼を見開いた。

「制御下?各支部のMAGIは何も手を付けられていないって事かしら?」

そう呟きながら、椅子に座り直し、コマンドを打ち込むリツコ。

「何か問題なのでしょうか?」
「いえ、問題と言うより、各支部は国連軍に制圧されたはずでしょ?当然MAGIも国連軍が接収していると思っていたのよ」

そう言っている間に、リツコのコンソールには何処かの支部の状況が映し出される。
支部のMAGIが持ってる監視カメラの映像だ。

「あらあら、本当に手付かずみたいね」

国連軍としても、MAGIの貴重性は知っている。
無条件で降伏する発令所職員などに銃撃するような事がなかったため、MAGIは無傷であり、国連としては、それを接収する技術者を今検討中であったのだ。
外部は厳重に警戒し、誰も侵入出来ないようにしていたが、MAGIへのアクセスまでは手を付けていなかった。
物理的に繋がっているのが、NERV本部だけであったのと、その時は666プロテクトが掛っていた事が大きい。

面白そうにコンソールを操作しているリツコの手が止まった。

「先輩?」
「マヤ。各支部のMAGIへのアクセスを禁止。どこからの接続も受け付けないようにしていおいて」

「は、はい。今からですか?」
「今からすぐよ!」

リツコは、マヤにそれだけを言い放ち発令所を飛び出して行った。

「せ、せんぱぁい。グスッ。今日こそ帰れると思ったのに・・・」
愚痴を言いながらリツコの見ていたディスプレイを覗くマヤ。
そこには、どこかの場末の飲み屋が映し出されているだけ。
首を傾げつつもマヤは、リツコに言われた作業を行うために自らの席に戻った。



プシュッと言う音と共にリツコが息を切らせて入り込んできた。
広大な司令室には、ゲンドウを始め冬月、ユイ、キョウコ、ナオコと首脳部全員が揃っている。

「どうしたのかしら?リッちゃん」
眼を見開いてる全員に変わり声を掛けたのは、母親であるナオコであった。
司令室にノックもなくリツコが入ってくる事など珍しいどころの騒ぎではないのである。

「か、母さん・・・ちょっと端末を・・・貸して」
息を切らせながらナオコに有無を言わせず、リツコはナオコの端末を占拠した。

何事があったのかと見守る一同。
お互いが顔を見合わせては首を横に振り合う。

「これを見て下さい」
漸く1枚の画像を画面に出し、リツコが皆の方に向かって言った。
そこに映し出されているのは、欧米であればどこにでも在りそうなごった返した飲み屋。
縦横無尽に行き交う人々で、その顔の判別すら難しい。

「これは?」
「各支部のMAGIコピーは、こちらから送り込んだウィルスでMAGIオリジナルの制御下のままでした」

最初に訝しげな声を発した冬月にリツコは淡々と説明する。

「では、これはMAGIコピーの監視映像かね?」
「はい、ドイツ支部です」

「・・・それで、これがどうした」
「ゲンドウさん」
ドスを利かせたゲンドウの声をユイが窘める。

「ここです」
リツコの指さしたのは、画像の端。
ほんの小さく、セミロングの髪の女性と金髪の男性が座っているのが見える。
あまりに小さく、それが誰なのかは特定出来ない。

「これが?」
「ミサトとレイ君です」

「「「「「!!」」」」」

しかし、膨大に画面を流れるデータを一瞬で見て解析出来るリツコは違った。
それは、リツコで在るが故に気付いた事。

「そう言われれば、こっちの娘の髪の毛はレイちゃんのようにも見えるわね」
「拡大してみるわね」

キョウコが、リツコの指した位置を拡大する。
しかし、大きくした画像はドットが粗く、更に暗いためやはり人物を特定するには至らない。

「これでは確認できないわね」
「私がミサトをレイ君を見間違う事はありません」
そう、大学時代からの友人であるミサトと、10年以上弟みたいに接してきたシンジをリツコは見間違わない。
その卓越した記憶力と観察力を以てするリツコの全身全霊が訴えていたのだ。
画像を見たのがリツコでなければ永遠に知れる事はなかったであろう。

「・・・ならばドイツ政府に協力を要請しよう」
「駄目です!」

「なぜかね?」
ゲンドウの言葉を間髪入れずに却下したリツコに冬月が穏便に尋ねた。
この辺りが長年ゲンドウと一緒で培われた手腕であろう。

「彼らが今以てNERVに連絡を行わない事を考えれば、組織だった行動で彼らを拘束しようとした途端に逃げられます」
「それは確かにそうだな。では、どうするのかね」

「私が行きます」
「リッちゃん?」

暫しの沈黙が司令室を包んだ。
皆、なんと言って良いのか解らない。
沈黙を壊したのはゲンドウの言葉であった。

「・・・許可する。但し1週間だ」
「ありがとう御座います」
他の言葉を聞かず発令所を出るリツコ。

「ゲンドウさん?」
「・・・問題ない」

「何が問題ないんですか?」
「・・・ユイ・・・」

「はい」
剣呑な表情でゲンドウを見据えるユイ。

「・・・レイが帰ってくる」
ゲンドウの言葉に眼を見開くユイ。

画像はどうであれ、ゲンドウはリツコを信じているのだ。
確かにリツコがそう言うなら、間違いない気がしてくる。

「「「レイ君が帰って来る・・・」」」
「「「きゃぁ〜〜」」」
奇声を上げて抱き合う3賢者。
白衣を着ていなければ、どこかの女子大生かと見間違ってしまう。

「碇・・・」
「・・・冬月、頼みがある」
3賢者の様子に冷や汗を流す冬月にゲンドウはこっそりと耳打ちしていた。



NERVにあるヘリポート。
場にそぐわない程の人数がそこには並んでいた。

ゲンドウはヘリの飛んでくるであろう方を見詰めている。
シンジとアスカは花束を持たされていた。
(兄さんが帰って来る)
(綾波先輩が帰って来る)

ユイ、キョウコ、ナオコは普段と同じように白衣を纏っているがやはりゲンドウと同じようにヘリの飛んでくる方を見詰めている。
(((レイ君が帰って来る)))

多くの職員達もここに来ているが、それを咎める者は居ない。

「マコト、良かったな」
「あ、あぁ」
(葛城さんが帰って来る)

マコトだけは待ち人が別なようだ。
そんなマコトを微笑みながらシゲルも空を見上げた。
(レイが帰って来る)

その横で、手を胸の前で組み眼を瞑り祈るような姿勢のマヤ。
(レイ君が帰って来る)

バタバタバタとヘリのプロペラ音が聞こえてくる。
皆、一斉にヘリを見上げた。
手を振る者、胸の前で手を組む者、ポケットに手を突っ込む者。
しかし、皆ヘリを眼で追っている。

VIP用のヘリのタラップに最初に顔を出したのはリツコであった。
その顔には微笑みがある。

そして、続いて出てきたのは蒼銀の髪に紅眼の少女を腕に巻き付けた、少し照れ草そうな銀髪紅眼の青年。
それを見たマヤは走り出していた。

「レイ君〜〜」
「あっ!マヤ抜け駆け!」

それを追う赤っぽい金髪に碧眼の少女アスカ。
シンジがタラップを降り切った時には、二人の女性に抱付かれていた。
勿論、その傍らで蒼銀の髪の少女が存在を主張していたのは当然である。



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ここまでお付合い下さりありがとう御座いました。
なんとか年内に仕上げる事が出来ました。
如何でしたでしょうか?

20万ヒット記念に始めて、今や55万ヒット超え。
記念連載は止めようと心に誓う夢魔でした(笑

スーパーに成っても、僕は要らない子なんだ、僕は必要ないんだと言っていたシンジ君を皆が迎え入れる。待ち望んでいる。
そんな最後を演出してみました。

皆様に優しさは伝わりましたでしょうか?

優しさを「貴方」に
これにて完結で御座います。

それでは皆様、よいお年を。




新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。