第壱話
シンジ帰還
『本日12時30分、東海地方を中心とした、関東地方全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難して下さい』
駅のホームに人は一人もいない、ただ辺り一帯に機械的な声でアナウンスが流れている。
澄み渡った青空の上に、銀色に輝く戦闘機が描く一筋の白線。
シンジは、辺りを見回して探していた。
「居たっ!」
そこに見えたのは、アスファルトの上で蜃気楼のように頼りなく立ち尽くし、シンジを見ている蒼銀の髪に紅い瞳の少女。
シンジは思いっきり手を振った・・・が程なくして少女は消えてしまった。
(今度こそ、綾波とラブラブになるんだ!)
シンジは硬く心に誓って、ミサトを待った。
その時、瓦礫がシンジに向かって飛んで来た。
「あぶっ!危ないなぁ・・・こんなとこで死んだらシャレにならないって」
シンジには特別な力はない。
あるのは、前回の記憶のみ。
チョコマカと逃げ回っているうちに、ミサトの車が来た。
「お待たせっ!!」
「葛城さんですね?」
そう言うとシンジは助手席に乗り込んだ。
NERVに着くまで例によってN2地雷の爆風を受けたり、ミサトに何か言われたりしていたが、全て生返事だった。
シンジは、一重にこれからどうするかを考えていた。
(ケージで綾波が来ると可哀想だしなぁ・・・)
(でも、あの時たしか綾波を抱きかかえられたんだよなぁ・・・それを逃すのはおしい・・・ニヤニヤ)
(あぁでも、やっぱりあの重傷なのを連れ出させる訳には行かないし・・・)
(でも、変にさっさと「乗る」なんて言ったら怪しまれそうだし・・・)
(そうなると、綾波が出てきちゃうし・・・)
(でもやっぱり綾波も見たいし・・・ニヤニヤ)
(いや、駄目だ。あんな重症なんだから・・・)
(でも、やっぱり・・・)
と堂々巡りを行っていた。
「・・・ジ君!・・・シンジ君!」
ミサトが必死で呼びかけて居た。
ミサトはニヤニヤと深刻な顔を繰り返すシンジに怖い物を感じ始めていた。
「あっすみません、何ですか?」
「何ボーっとしてたの?それよりお父さんからID受け取ってない?」
周りを見渡すと車ごと移動するカートレインに既に乗っていた。
そしてシンジはポケットに手を突っ込んだが・・・。
「ない・・・」
「へっ?!」
「ちょ、ちょっと待って下さいね・・・」
シンジはそう言うと、自分のポケットを探しまくり、鞄を探して漸く見つかった。
電話を掛けていなかったので鞄から出していなかったのだった。
「あっあったあった、これですよね?」
そう言って封筒ごとミサトに渡すと、ミサトはシンジにパンフレットを渡した。
「これ、一応読んどいて」
(一応、見てるふりでもしとこ・・・)
シンジは手紙を見て渋い顔をしているミサトを見、そうする事に決めた。
パラパラと捲りながら、やはり考えているのはレイの事だった。
(やっぱり、出てくる前に乗るべきだよな・・・)
(でもサキエルって確か暴走で倒したんだよな?勝てるかな?・・・)
(それはやってみるしかないか・・・)
(いいや、取り敢ず適当なとこで乗るとして、綾波とどう接するかだな・・・)
(最初っからなれなれしくすると拒絶されそうだし、かと言って全部話しても怪しまれるだけだろうし・・・)
(あっあんまり親しくすると父さんも何かしてきそうだしなぁ・・・)
(リツコさんも嫉妬するだろうし・・・ひゃぁ敵だらけだ・・・)
そうこうしているうちに既に4週目に入っていたようである。
「システムは使うためにあるのよ」
とか言いながらミサトが呼び出しを掛けていた。
エレベータが開くとリツコが居た。
「あ、あらリツコ・・・」
「何やってたの葛城一尉。こっちは人手もなければ、時間もないのよ」
「ゴミン」
片手を目の前に挙げて謝るミサト。
「この子が例の男の子ね」
値踏みするようにシンジを見るリツコ。
「そぉっ、マルドゥックの報告書によるサードチルドレン」
腕を組みながらミサトが言う。
「私は技術一課E計画担当博士の赤木リツコ・・・よろしく・・・リツコと呼んでもらって良いわよ・・・」
リツコが言うと、今までファイルを読んでいるふりをしてきたシンジが答える。
「あっよ、よろしくお願いします」
シンジはレイの事ばかり考えていて、奇しくも前回と同じ様な挨拶となってしまった。
「いらっしゃいシンジ君、お父さんに会わせる前に見せたい物があるの」
「はい」
シンジは返事をすると、またパンフレットを見ながら思考に耽った。
歩いている最中に「初号機」とか「オーナインシステム」とか聞こえてきたけど、気にしていない。
(ミサトさんはからかうだけだからいいけど、リツコさんは要注意だな・・・)
(下手な言動したらバレちゃうし、バレたら解剖とかされかねないもんな・・・)
(あぁ綾波にも最初っから積極的に行動するとリツコさんに報告行っちゃうなぁ・・・)
(監視カメラとかもあるから下手な事は言えないし・・・)
とかとか考えているとケージに着いた。
「着いたわ。ここよ」
真っ暗なためパンフレットが見えない。
「真っ暗ですね・・・」
シンジの言葉と共にケージに明かりが灯った。
(えっと、前はなんて言ったんだっけ?・・・)
「顔?」
「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。建造は極秘裏に行われた。我々人類の最後の切り札よ。」
リツコは説明を始めた。
(前なんて言ってたか忘れちゃったよぉ。いいや、綾波が呼ばれる前に「乗る」って言えれば・・・)
シンジは冷や汗を流しながら考えていた。
「久しぶりだな、シンジ」
上の方から声がしたのでシンジは上を見上げると畏怖堂々と立つゲンドウ。
「・・・うん」
(久しぶりって言えば久しぶりだけど・・・)
「ふっ・・・出撃!」
ゲンドウが言い放った。
「出撃!?零号機は凍結中でしょ!?まさか、初号機を使うつもりっ!?」
ミサトが喚く。
(まだ早いな、どこで乗るって言えば自然かな?・・・)
シンジは「乗る」と言うタイミングだけを考えていた。
「他に方法はないわ」
「だってパイロットがいないわよ?」
「さっき着いたわ」
「・・・マジなの?」
(もう少しかな?・・・)
そればかり考えていて、自分のセリフはすっかり忘れてしまっていた。
「碇シンジ君。あなたが乗るのよ」
(あれ?なんか記憶より早いけどここでいいか・・・)
自分が喋っていないので事が早く進んでいる事に気が付かないシンジ。
「待ってください司令!綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに七ヶ月もかかったんです!今来たばかりのシンジ君にはとても無理です!」
ミサトの声に、「乗る」と言うタイミングを逸してしまった。
(くっ、ミサトさん突っ込み早いって・・・いや、まだ大丈夫なはず・・・)
「座っていればいいわ。それ以上は望みません」
リツコが言うとゲンドウが高圧的に続けた。
「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!」
(えっと、なんて言えば自然かな?・・・)
(「わかったよ、乗るよ」これで行こう・・・)
「わかっ・・・」
最後まで言わせて貰えなかった。
「冬月っレイを起こせ!」
『使えるのかね?』
「死んでいるわけではない」
(ギャーまずい、綾波呼ばれちゃったよぉ・・・)
(でも、来るなら、やっぱり抱きかかえようかな・・・ニヤニヤ)
(あぁ、でも綾波大丈夫かなぁ?・・・)
「もういちど初号機のシステムをレイに書き換えて、再起動よ!」
リツコが指示を出している。
「シンジ君それでいいの?何をしにここまで来たの?逃げちゃ駄目よ!シンジ君、お父さんから、何よりも自分からっ!」
ミサトがシンジを説得する。
(これだ!)
「そうですよね、解りました。乗ります」
そこへ扉が開きストレッチャーに乗せられた重傷の綾波レイが入って来た。
(ギャーこれじゃ、最悪じゃないかぁ・・・)
「レイ、予備が使えなくなった。出撃だ」
「はい・・・くっ」
小さな呻き声を上げながら起きあがろうとするレイ。
(いや、乗るって言ったよね?僕・・・)
「いつまでそこに居る!お前など必要ない!さっさと帰れ! 人類の存亡をかけた戦いに臆病者は不要だっ!!」
「乗りなさいシンジ君!!シンジ君が乗らなければ、あの娘が乗る事になるのよ!恥ずかしくないのっ?!」
シンジの肩を掴んで説得するミサト
「いや、だから乗るってさっき言いましたけど・・・」
その時ケイジが激しく振動した。
「ちっ、奴めここに気付いたか。」
ゲンドウは舌打ちする。
鉄骨が落ちて来る。
「危ない!」
シンジはレイに駆け寄った。
落ちてくる鉄骨、それを払う初号機の右手。
「そ、そんな有り得ないわ、エントリープラグも挿入していないのに」
「守ったと言うの?シンジ君を・・・いける」
リツコとミサトがそれぞれがそれぞれに考えている頃シンジはレイを抱きかかえて居た。
(やっぱ綾波は軽くて、細くて、柔らかくて、可愛くて、最高だぁ・・・)
(あぁもっと抱きしめていたい・・・)
(我慢しなくちゃ駄目だ、我慢しなくちゃ駄目だ、我慢しなくちゃ駄目だ、あぁ我慢できないよぉ・・・シクシク)
レイは苦しそうに眼を瞑っているためシンジは見えていない。
シンジは感涙していたがなんとかセリフを絞り出した。
「乗ります!僕が乗ります!」
一応レイをストレッチャーに乗せると名残惜しそうにリツコの方を向いた。
「よく言ったわ、じゃぁこっちに来てちょうだい」
リツコは説明を始めた。
発令所では起動シーケンスが進んでいる。
「エントリープラグ挿入」
「プラグ固定終了」
「第一次接触開始」
「LCL注入」
(これは驚いておかないと怪しまれるよな・・・)
「ナ、ナンデス?コレハ?」
シンジは態とらしく驚いてみせたが棒読みだった。
「大丈夫。それはLCLと言って、肺がLCLで満たされれば直接血液に酸素を取り込んでくれます。すぐに慣れるわ」
リツコの説明を聞きシンジは口の空気を吐き出し顔をしかめる。
「きぼじ悪い・・・」
「我慢なさいっ!男の子でしょっ!」
ミサトが喚くが起動シーケンスは着々と進んで行く。
(今度ミサトさんのビールにLCL入れといてやろうかな・・・)
「主電源接続」
「全回路動力伝達」
「第2次コンタクト開始」
「思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス!」
「A10神経接続異常なし」
「初期コンタクト全て異常なし」
「双方向回線開きます」
そこまで言って、オペレーターの報告が途切れていることに気付いた。
「どうしたの?マヤ、続けなさい」
呆然と目の前のモニタを見つめていたショートカットで黒髪の女性は、リツコの声に我に返った。
「あっ・・・はい、あの・・・」
「?」
「シンクロ率・・・76.67%」
(あぁやっぱりシンクロ率って調整できないな、プラグスーツ着たら80超えちゃうかも・・・)
(やっばぁ・・アスカが突っかかってきそうだなぁ、やだなぁ・・・)
とシンジが考えていることとは裏腹に発令所はどよめいていた。
「そんな・・・訓練もプラグスーツもなしに、イキナリ・・・ありえないわ」
リツコはモニター計測器をみて驚く。
「すごいわ!シンクロ誤差0.3%以内よ!」
「ハーモニクス、全て正常位置。暴走、ありません!」
マヤが報告する。
「碇・・・これはシナリオにはないぞ」
「予想以上にシンジが母親を求めていただけだ」
「そうだといいがな」
「・・・問題ない」
ゲンドウと冬月が異常な事態を懸念していた。
「いけるわ」
リツコは、ミサトの方を振り向く。
「エヴァンゲリオン初号機!発進準備!!」
ミサトの号令が響く。
『第一ロックボルト解除!』
『解除確認!アンビリカルブリッジ移動開始!』
『第2ロックボルト解除!』
『第一拘束具を除去!』
『同じく第2拘束具を除去!』
『1番から15番までの安全装置を解除!』
『内部電源充電完了!』
『外部電源用コンセント異常なし!』
「EVA初号機射出口へ!」
ミサトの号令と共に射出口へ移動していく初号機。
(えと、サキエルって確か手からバイルと光線だったよな・・・)
(光線はやっかいだな・・・)
(痛いのもやだし、早く倒したいけど、あんまり早く倒すと怪しまれるし・・・)
『5番ゲートスタンバイ!』
「進路クリア!オールグリーン!」
「発進準備完了!」
技術部最高責任者であるリツコの最終確認が出される。
「了解!」
NERV総司令であるゲンドウの方を向き確認するミサト。
「かまいませんね?」
「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い」
いつものポーズで言うゲンドウ。
「エヴァンゲリオン初号機発進!!」
ミサトの勇ましい声と共に射出口固定台ごと地上に打ち上げられる初号機。
「くっ!」
その凄まじいスピードによるGの為にたまらず呻くシンジ。
(これって結構きついな、久しぶりだから忘れてた・・・)
地上に出るエヴァンゲリオン初号機。
目前に見える使徒の姿。その姿は地下のNERV発令所にも送られる。
激しい衝撃とともに、シンジの体は地表へと押し出される。
「シンジ君。準備はいいわね?」
「・・・はい」
シンジはサキエル戦の考えが纏まらないまま戦闘準備が整ってしまった。
『目標は、最終防衛ラインに侵入しました』
モニターに映る、第三新東京市街へと侵入する使徒の姿が見える。
「最終安全装置、解除!エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!!」
「シンジ君。死なないで」
号令の後、ミサトが呟くが、その声を聞いた者はいなかった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。