イスラフェル戦の翌日、ショウと綾波はいつもどおりに昼休みに昼食をとっていた。
昨日、上司に対して命令に背いた彼女ではあったが使徒を殲滅した功績もあったため咎められることはなかった。
今こうして綾波と共に昼食をとっているが、いつもと違っていた。
それは何か?それはシンジが居ないことだ。
昨日のイスラフェル戦でのダメージが深刻だった為か今日は欠席していた。
シンジのことを綾波から聞いた。
「それでシンジ君の容態は大丈夫なのか?」
それに答えるようにコクリと頭を縦に振る。
「碇君は未だ意識が戻らないの…命に別状はない。」
昨日、イスラフェル戦でシンジはアスカを庇った為に負傷してしまった。
しかし、幸いにも使徒の攻撃を防いだこともあって命に別状はなかったらしい。
とはいえ、無事に済むはずもなく未だに意識不明の重体に陥ったと綾波から聞いた。
「命に別状がないならいいが、心配だな。」
「そうね。」
「ところでどこの病院に入院しているんだ?」
「一般の人は入れないの。」
「?…どういう意味だ?」
「碇君の入院している病院はNERV関係のみしか入れないの…。」
「ああ…そういうことか。」
自分はNERV関係の人間ではないので入るのは無理だろう。
侵入しようと思えば何時でもできるのだが、それは流石にまずい。
さてどうしたものか…。
とふと目の前でカロリーメイトをモグモグと頬張る彼女に目を向けた。
そこに名案が思い浮かんだ。
「そうだ、レイ。」
「?」
ショウに名前を呼ばれたことに綾波は首を少し傾げた。














EVANGERION
Another Story
漆黒の騎士と白衣の天使

―第十四話―
---もう一つの世界、もう一人の自分 ---
--- Another one world, another oneself ---














太陽の陽が差し込む中、白で統一された病室の一室で一人の少年が死んだように眠っていた。
その呼吸はリズム良く整えてはいるものの未だに意識は戻らない。
その側に見守るように一人の少女が居座っていた。
紅色の髪が太陽の陽に照らされて、それを一層輝かせていた。
絹のように滑らかなその髪は窓の隙間から吹き抜けるそよ風に揺れる。
「いつまで寝ているのよ。…馬鹿シンジのくせに私を庇うなんて…。」
イスラフェル戦の時シンジはアスカを護るために自らダメージを受けてしまったのだ。
幸いしてアスカはダメージを受けることなく無事ですむことができたが、身代わりとなったシンジは未だに眠ったままだ。
その閉じられた瞼の裏でシンジはどんな夢を見ているのだろうか?
それをアスカは知ることはできない。

シンジは第三新東京市駅の前の時計台のある広場で一人立っていた。
「え?」
シンジは何故こんなところにいるかがわからずただ呆然としていた。
「ここって…父さんに呼び出されたときに居た場所?」
何でこんなところに…と考えて辺りを見回すと一人の少女が見えた。
彼女を見るとそこに居たのは…。
「綾波!?」
見間違うはずもなかった、彼女の髪は太陽に照らされて輝くその髪は蒼色だった。
そして、紅の瞳はこっちを見ていた。
彼女は第壱中学校の制服を着ていた。
ジャンパースカートが風に揺らされる。
綾波の瞳は悲しそうにこっちを見ていた。
何故、彼女がここにいるのか…考えていたら後ろから轟く爆音に驚いて後ろを振り向く。
振り向いた先にいたのは、大きな巨体、金属音が鳴り響くような声で叫んで市街を破壊していた。
「あれは…サキエル!?どうして!?倒されたはずなのに!?」
そうシンジの目に映るのは倒されたはずの第三使徒サキエルだった。
「綾波!ここにいては危ない!……!?」
綾波のほうに再度振り向くとそこに居たはずの彼女は姿を消していた。
そして、世界は歪み、何かに引っ張られるような感じを受けて、周りの景色が砂状に歪んでは姿を変えた。

次に目に入ったのは、双子山の山頂だった。
ここは綾波と共にヤシマ作戦が行われた場所だ。
今でもはっきりと覚えている。
綾波と絆を感じたあの満月の月夜のことを…。
あの時は綾波が自分を庇って、使徒ラミエルを殲滅したんだ。
イレギュラーが起こったけれど、見知らぬ誰かが手を貸してくれたおかげで倒すことができたんだ。
前に体験した出来事を思い出していると、そこに自分が乗っているエヴァ初号機とエヴァ零号機が姿を現した。
「(……あれ?)」
シンジはエヴァの姿が目に入ると同時に何かしら違和感を覚えた。
自分はここにいる。しかし、あのエヴァ初号機には自分は乗っていない。
「これって……夢?」
夢にしてははっきりとしているし、景色も身体に感じる感覚も鮮明だった。
夢とは思えないほどだった。
完全に再現されているモノに奇妙な感じを受ける。
暫くして事は起こった。
ついにヤシマ作戦が実行された。
ラミエルがエヴァに向けて高エネルギーを収束した可粒子砲を放った。
そして、それに答えるようにエヴァ初号機も放った。
それらは干渉しあい反発して軌道がずれた。
「(そうだ、あの時。俺は葛城の言うことにうまく実行さえすれば綾波も怪我することはなかったのに…。)」
シンジは自分が彼女を護れなったことに苦笑する。
ラミエルは再度可粒子砲をエヴァ初号機に放った。
同時に綾波の搭乗するエヴァ零号機が自分の乗っていたエヴァ初号機を護るようにシールドで庇う。
見る見るうちにシールドは溶けていく。
「(なんで…またこんなことを見るんだろう?)」
綾波が自分を護ってくれていることに嬉しさを覚えるが、同時に胸にちくりと棘が刺すような痛みを覚えていた。
自分は綾波を護ると約束したのに…。
護れなかった自分に腹が立つ!
シンジは言いようのない怒りを感じていた。
そして、エヴァ初号機がラミエルに向けて再度ポジトロンライフルから可粒子砲が放たれた。
「(えっ!?)」
シンジは自分の体験した記憶と違ったことに驚いた。
ラミエルから放たれた可粒子砲の被害を受けてエネルギーが足らず、二発目を放つことができず、絶望かと思われたときにある声が聞こえたと思ったら、頭上に雷雲が作られて一条の雷が動力炉に直撃してそれが幸いしてエネルギーが収束されてラミエルを倒したはずである。
しかし、目の当たりにして起こっているそれは自分の体験したものと違っていた。
「(どういうことだ!?)」
驚きを顔に露わにして、目の前に起こっている出来事から目が放せなかった。
そして、エヴァ零号機のエントリープラグのハッチを開ける自分の姿が見えた。
ハンドルを一生懸命に回して、ハッチから高温のLCLが溢れる。
そこから綾波を救出した。
そこから世界が歪み背中が引っ張られるような感じを受けた。

次に目に入ったのは、イスラフェル戦の記憶だった。
辺りに見えるのは第三新東京市のどこぞの市街だった。
高層ビルが天に向けて高く聳えている。
やがて、ある道路から二つのゲートが開かれた。
エヴァ初号機とエヴァ弐号機がエレベーターより同時に射出されて空に舞う。
そして、頂点に達するとコンパクトロッドを同時に放った。
放った先にイスラフェルはそれを弾き返して、下からせり上がるレーザーカッターで真っ二つになり、二つに分裂する。
エヴァ二機は着地と同時にパレットライフルを装着し、イスラフェルに放たれる。
それを諸に喰らうイスラフェル。
弾切れと同時にイスラフェルからの反撃にバック転でさらりとかわす。
そして、シールドスイッチを押すと地面からのシールドにイスラフェルの攻撃を回避する。
さらにシールドの影からパレットライフルを放つ。
それをかわされてイスラフェルはシールドを切り裂いた。
次に山から放たれるミサイルとバルカン砲からの総攻撃だった。
そこからはアスカとシンジのダブル攻撃だ。
滑らかで一心同体であるようにも見えるその動きにシンジは感心していた。
アッパー・踵落としと連続攻撃を繰り出してイスラフェルは一体に融合した。
ここからエヴァ初号機とエヴァ弐号機は同時に大きく跳躍して、ユニゾンキックの体勢に入った。
「(そうだ…あの時、イスラフェルからの攻撃を喰らって自分は倒されたんだ。)」
アスカを庇うことはできたけど・・・と考えながらもエヴァのユニゾンキックを見ている。
イスラフェルからは呆然としたように見上げているだけだった。
「(……おかしいぞ!?自分の記憶に間違いがないなら、確かにイスラフェルは攻撃を繰り出していたはずなのに!)」
またしても自分の体験した記憶とは食い違うところに驚きを感じられずに入られないシンジだった。
急降下してイスラフェルのコアに見事ユニゾンキックが命中した。
勢いあまって後ろのほうへとエヴァと使徒諸共吹っ飛んでいった。
やがて、コアが耐え切れず大爆発を起こした。
それと同時に世界が歪み、後ろへと引っ張られる感じを覚えた。

夕暮れだろうか、辺りは夕暮れの陽の光に照らされてあたりは山吹色に映えていた。
市街ではなく、田舎町らしき場所にエヴァ初号機とエヴァ弐号機、エヴァ零号機が見える。
未だ完全に暮れていない太陽を背にしてこっちに向かってくる黒い何かが見えた。
最初は使徒かと思われたが違った。
肉眼でも確認できる距離に達するとシンジは驚愕して目を大きく見開いた。
「(あれは…使徒じゃない!)エヴァなのか!?」
目に入ったのは未だ見知らぬ黒のエヴァだった。
黒のエヴァといえばエヴァシャドウではあるが、それとは異なっていた。
二本の触角がないかわりにあるのは昔の忍者がしていた額あてのようなものがあり、ボディのフォルモも違う。
ボディはエヴァ弐号機に近いタイプだった。
自分が未だ見知らぬエヴァはこちらに向かってきた。
いきなり攻撃を仕掛けてきたエヴァ参号機は綾波の搭乗するエヴァ零号機へと牙を向けた。
「綾波!!」
エヴァ参号機の牙がエヴァ零号機に向けられたことにシンジは思わず叫んだ。
瞬く間にエヴァ零号機は反撃することもできず、それを許すまいとエヴァ参号機が一瞬にして零号機を倒した。
エヴァ零号機はピクリとも動かず、力が抜けたようにぐったりと倒れた。
エヴァ零号機が破壊されなかったことに安心したが、内心では煮え滾る怒りでいっぱいだった。
今目の前に起こっていることは夢であることはわかっていても自分が何もできないことに腹を立てていた。
アスカの搭乗するエヴァ弐号機がエヴァ参号機に攻撃を繰り出そうとした瞬間だった。
しかし、またしても一瞬のうちにエヴァ参号機がそれを許さず、あっという間に倒された。
アスカでさえも倒せないエヴァ参号機にシンジは驚いていた。
「アスカまでもやられた…!?何を考えているんだ!あのパイロットは!」
シンジはエヴァ参号機をみると背中に何かが張り付いているのが見えた。
見てみると何かしら菌糸のようなものが粘りついていた。
最悪にもそれはエントリープラグの射出口だった。
「まさか!?あれは使徒!?あのエヴァは操られているのか!?」
エヴァ参号機が菌糸状の使徒に操られていることに驚きを隠せなかった。
エヴァのパイロットはまだ子供だ。
もしかしたらあの中には自分と同い年のパイロットが乗っているのかもしれないという恐怖を感じた。
自分の知っている人があの中に乗っていたとしたら自分はまともに戦えるのだろうか?
無理だ…きっと自分はあのエヴァの中に乗っているかもしれないパイロットを殺してしまうのかもしれない、とシンジは思った。
いくら使徒によって操られているとはいえ、パイロットには何の非もないのだ。
使徒によって操られているエヴァ参号機はエヴァ初号機を定めた。
あのエヴァ初号機には自分が乗っているのだろうと考えた。
「(―――駄目だ…!あのエヴァにはパイロットが乗っているのかも知れないのに…!)駄目だ!それを倒しちゃあ駄目なんだ!」
シンジは無意味にも叫ぶがそうせずにはいられなかった。
やがて、エヴァ参号機が不気味にも腕をだらりとぶら下げながらエヴァ初号機へと歩み寄っていく。
その動きはまるで死神を連想させる。
シンジは旋律を覚え、背筋にゾクリと冷えるような感覚が走った。
心臓はドッドッと大きく脈打っていた。
やがて、エヴァ参号機がエヴァ初号機に向けて跳躍した。
エヴァ初号機もそれをかわして、攻撃しようとするが躊躇しているのか戸惑う様子をみせた。
それを見逃さなかったエヴァ参号機は地面に片手を突き出した。
何をする気かと考えているとそれはエヴァ初号機の真下から突き出してきた。
それに対応できず初号機は首を鷲掴みにされる。
空いたほうの片手で遠く離れたエヴァ初号機へと腕を伸ばして力強く拳を顔面にぶつけた。
それに伴い吹き飛ばされるエヴァ初号機。
そして、次に初号機と間合いを詰めてエヴァ参号機が両手をエヴァ初号機の首にかけてギリギリと絞められる。
身動きが取れない初号機は反撃ができなかった。
「(――――俺が死ぬ……!?)」
エヴァ初号機が使徒に操られているエヴァ参号機に締めつけられている様子を目の当たりして、言葉が出なかった。
無言の時が暫く流れると、エヴァ初号機が咆哮してエヴァ参号機に対して反撃を始めた。
エヴァ参号機の両腕を鷲掴みにして、締め付けられる首から手が次第に離れていく。
次の瞬間には強く握り締めてエヴァ参号機の腕が引き千切られる。
それにエヴァ参号機は苦痛の雄叫びをあげるとエヴァ初号機はフロントキックで蹴り放した。
仰向け状態になったエヴァ参号機にエヴァ初号機が覆いかぶさって拳を何度もぶつけた。
成す術もないエヴァ参号機はされるがままだった。
首を締め上げると大きく持ち上げて投げ飛ばした。
シンジはエヴァ初号機が狂ったように嬲り倒しにする様に驚きを感じ、言葉が出なかった。
再度エヴァ参号機に近づき、腕を、足を引き千切る。
そして、エヴァ初号機はエントリープラグを無理やり引っこ抜いた。
次にエヴァ初号機が起こそうとする行動にシンジはさらに戦慄する。
「やめろーーーーーーーーーーっ!!」
シンジは大きく叫ぶがその声は届くはずもなく空しく空に消えていった。
そして、エヴァ初号機は強く握り締めエントリープラグは無残にも握りつぶされLCLが溢れた。
同時に世界が歪み、背中が引っ張られる。

薄暗い円柱形の空洞の中タラップの上に自分は立っていた。
数少ない照明で照らされた紅のLCLに反射して少しほど紅く染まって見える。
そして、目の前に見えるのは白の巨体が紅の十字架に貼り付けにされていて顔には虹色の七つの目が刻まれた仮面の付けられていて、両手には杭らしきものが打ち付けられていた。
胸には紅の槍らしきものが左胸、心臓の部分に串刺しにしていた。
下へと目線を下ろしていくと下半身がなかった。
それよりも強烈なものが目に入った。
「(――――…………あれ…は人?)」
そう白の巨人のない下半身には人の形をしたものが突き出ていた。
それに吐き気を覚えるシンジ。
夢の中のはずなのに、LCLから来る血に似た臭いに更に嫌悪感を覚えた。
シンジは最悪の気分だった。
夢の中のはずなのになんでこうも鮮明なのか、何故感じるはずのない臭いを感じることができるのか頭は疑問だらけだった。
さっきから続く自分の知らない記憶に戸惑うばかりで頭が混乱する。
自分に何度も自問自答を繰り返してもやはり答えは見つからない。
ただ、目の前に起こることをただ受け入れるだけしかできなかった。
やがて、LCLの上に一つの人影が見えた。
「(……!?)」
本来人間が空中に浮かぶはずがないのに、それが当たり前のように一人の少年が空に浮かんでいた。
後姿で顔は見えないが、髪の色が銀色であることが印象的だった。
服装が自分と同じ第壱中学校の男子の制服であることが見て取れた。
「(あれは自分の第壱中学校の制服!だけど、銀の髪をした生徒なんて見たことないぞ?)」
そう、だれもが彼を見れば印象的なその銀の髪に目が向けられるはずだ。
しかし、そのような生徒は見たこともなかった。
やがて、彼は白の巨体を見上げるようにして顔を上に向けた。
それでもまだ顔は見えない。
彼の口から声が聞こえた。
「……これはアダムじゃない!?リリス!?」
―――…アダム?…リリス?一体何なのか訳がわからない。
シンジは頭を悩めるばかりだった。
ただ、目の前にある白の巨体がリリスであるということがわかった。
しかし、名前がわかったからといって名前からでは何もわからない。
突然、真下から壁を砕いたような轟音が響いた。
そこからエヴァ初号機がエヴァ弐号機を引きずって入ってきた。
「(………!?)」
エヴァ初号機が突然現れたことに驚くシンジ。
「どうして……!どうしてなんだよ!カヲル君!!」
カヲル?彼の名前か?
シンジはエヴァ初号機から話すもう一人自分の言葉を確かに聞き取った。
彼の名前なのだろうか、それは銀髪の少年に向けて言ったものだとわかった。
そして、その少年はエヴァ初号機のほうに振り向いた。
彼の素顔をみてシンジは驚愕した。
彼の瞳は綾波と同じ紅の色をしていたのだ。
男にも女にも見える彼の顔立ちは中性的だった。
自分と同い年ぐらいにも見えた。
「弐号機を止めてくれたんだね…。ありがとう。」
「カヲル君…。」
「さぁ、僕を消しておくれ………。」
カヲルと呼ばれる少年はそれを受け入れようと悲しみを帯びた声で言った。
それに答えるようにエヴァ初号機が手を前に突き出して、カヲルを掴み取る。
それからは沈黙が辺りを支配する。
「……どうしてこんなことを?」
「僕が生き続ける事が、僕の運命だからだよ。結果、ヒトが滅びてもね。だが、このまま死ぬ事も出来る。生と死は等価値なんだ、僕にとってはね。自らの死、それが唯一の絶対的自由なんだ。」
「カヲル君…?君が何を言っているのかがわからないよ!」
「…遺言だよ。僕を君の手で消しておくれ、そうすれば君たちリリンは滅びることはない。君たちには未来が必要だ。何より君は死んではならない存在だ。」
「……卑怯だよ。カヲル君。」
「……………。」
「どうして、カヲル君は僕に近づいたんだよ!?僕がカヲル君を殺さなければならないことを知っていたなら何故僕を殺さなかった!?いつでも出来た筈なのに!?」
「………君が好きだからだよ。」
「……!?」
「僕は君のような繊細な心を持つリリンが好きになったんだよ。」
「……カヲル君。」
「だけど僕は人間じゃないんだ。使徒ダブリスとして存在しているんだ。…僕は使徒としての使命を果たさなければならない。唯一の自由が己自身の死のみなのさ。」
「……………。」
「僕を消して欲しい。そうすれば僕は縛られることなく自由を得ることができる。」
「………カヲル君。一つ聞いてもいい?」
「なんだい?」
「僕とカヲル君…もしも違う立場で違う形で出会えたならずっと友達でいられたかな?」
「もちろんさ。今でも君の事を友達だと思っているよ。……君と出会えて嬉しいよ。」
「………僕もだよ。」
暫くの間無言の間が続いた。
カヲルはゆっくりと目を閉ざす。
エヴァ初号機はカヲルの願いを叶える為、手に力が込められる。
そして、カヲルと呼ばれる少年の胴体と頭部が離れ、LCLのプールに落ちて、水飛沫が散る。
「う……うわああああああああああ!!」
世界が歪み、後ろへと引っ張られていった。

シンジはもう何も見たくなかった。
何故こんなものを見るのかわからないままだった。
自分の知らない記憶、自分の知らない未来。
全てが曖昧で不鮮明なものばかり。
今まで起こったことに頭がついて行けず、頭痛と眩暈を起こす。
いくら夢とは言えど、ここまで見せ付けられては気分のいいものじゃない……とシンジは毒づいていた。
再び、世界が構成されてゆく。
「……………ここは?」
シンジが目の当たりにしたのは紅で統一された世界だった。
あるのは紅の海とそれに反射して紅く照らされた満月の月。
そして、白の女性のような巨体が見えた。
「……ここは一体どこなんだ?」
シンジは目の当たりにしている光景に頭がついていけずただ混乱するばかりだった。
とりあえず歩んでみることにした。
暫く数分ほど歩むとある人影が見えた。
いるのは自分と同じ第壱中学校の制服を着た少年だった。
髪は銀色にも見えてしまいそうなほどに絹のようにさらさらとした白の髪だった。
さっきほど見たあのカヲルと呼ばれる少年だろうかと考えたが髪形が違う。
シンジは声が届くことはないと知りながらも声をかけてみた。
「ねぇ、君は一体誰なの?ここはどこなんだ?」
やがて、シンジの声が届いたのか少年は立ち上がりこっちを振り向いた。
シンジは絶句した。
「な……。お前…は……俺?」
「…そうだよ。僕は君さ。……碇シンジ。」
少年の素顔を見たシンジは言葉が出なかった。
今目の前に居るのは紛れもなく自分だった。
違うのは紅の瞳と銀にも似た白の髪。
シンジは言いようのない恐怖を感じた。
「あ…あ…うわああああああああああああああああああああ!!」
次第に世界も歪んでいった。
そして、世界は崩壊していった。
後ろへ引っ張られる感じを覚えながら意識はホワイトアウトした。

「ここがシンジのいる病室か。」
「ええ。」
ショウは綾波に頼み込んでどうにかしてシンジの入院している病院へ入ることが出来た。
本来ならNERV関係者以外は立ち入りを禁じられているがNERV関係者である綾波と同伴で来たので面会が許された。
今、二人はシンジの居る病室の前に立っていた。
中に入ろうと自動ドアが開き、病室へと足を踏み込んだ。
すると奥のほうからシンジの叫び声が聞こえた。
何が起こったのかとショウと綾波は駆け寄った。
見てみると激しく呼吸をして、身を起こしているシンジの姿がそこにあった。
悪夢に魘されていたのだろうか荒々しく呼吸をしているシンジの目はどこか虚ろだった。
「ちょっと!シンジ!大丈夫なの!?」
「…………。」
「ちょっとしっかりしなさいよ!」
「…………アスカ?」
次第に意識もはっきりしてきたのか目の前にいるアスカを確認できた。
「シンジ、魘されていたようだが大丈夫なのか?」
「…碇君。」
シンジの身を案じて二人が言った。
「綾波……ショウも……。」
「大丈夫か?」
「………なんとか…ね。」
シンジは今まで見ていたものが全て夢であると知ったのか安堵していた。
自分の知っている部屋、自分の知っているアスカ、綾波、ショウがいることが心を落ち着かせる。
知らない記憶とこれから先起こるかもしれない未来に頭を痛めたが、もう何も考えたくないと大きく息を吸って、ため息をついた。
自分の中の緊張の糸が解かれたのがわかる。
途端に眠気が襲ってきたが、また眠ってしまえばあの夢を見てしまうかも知れないと思って、意識を手放すまいと自分を奮い立たせた。
あの夢は何なのか未だよくわからないが、唯一つだけわかったことがあった。
一番刺激の強い印象的だった紅の世界。
推測でしか言えないが、サードインパクトの起こった世界であるのだと。
これから先何が起こるかわからない未来に不安を抱かずには居られないシンジだった。




                        ……………To be continued