第弐拾四話
最後のシ者


カヲルは司令室に呼び出されて居た。

長い間、沈黙が流れる。

「・・・何故、零号機を自爆させた」
いつもの手を前に組み、机の上で顔を隠すポーズでゲンドウが威圧的に尋ねる。

「他に使徒を殲滅する手段が思い浮かばなかったからねぇ」
そんなゲンドウの放つプレッシャー等、無いが如くカヲルは答えた。

また、暫く続く沈黙。
普通の人間なら早くこの空間から抜け出したいと思うだろう。
しかし、カヲルはいつものアルカイックスマイルを浮かべたままゲンドウに対峙していた。
「・・・貴様の乗る機体は無くなった、ドイツへ返還の手続きを行う」
「六分儀、使徒殲滅を行い、エヴァが自爆したのに生還した者なのだ、もう少し言葉を選んだらどうだ?」

「構いませんよ、副司令、それより僕は弐号機にも乗れるんだけどねぇ」
「何?!」
ゲンドウが引き攣ったが、手で隠しているためその表情は見えなかった。

「それは本当かね?」
零号機のシンクロテストに立ち会った冬月は本当なんだろうと思えたが敢えて聞いた。

「零号機もコアの変換なんて行わなかったんじゃないんですか?」
「確かにそうだが・・・」

「・・・貴様は何を知っている」
「ご存じ何じゃないですか?僕はゼーレに計画のために送り込まれた」

「「!!」」
解っていたとは言え面と向かって言われるとは思わなかった2人だった。

「君は何を行おうとしているのかね?」
「全てはリリンの流れのままに」
カヲルはそう言ってアルカイックスマイルを浮かべた。

その言葉に冬月は在りし日のユイの言葉を思い出した。
(『全ては流れのままにですわ』・・・そう言うことなのかユイ君?・・・)

「それより、貴方は何をしようとしているんです?六分儀ゲンドウ司令?」
「・・・貴様の知るところではない」

「そうなのかい?」



ゲンドウはセントラルドグマに独り佇んでいる。

「我々に与えられた時間はもう残り少ない、間もなく最後の使徒が現れるそれを消せば願いが叶う、もうすぐだよユイ」
そう言って、ひび割れた初号機のコアを撫でていた。



シンジとレイは久しぶりに京都に来ていた。

シンジ独りでも良かったのだがレイは片時もシンジと離れたがらないのだ。
シンジ達は一通り周りの状態を調べた。

特に監視者の数などは変化がないようだ。
シンジは調べた事と碇家のガードの情報を照らし合わせ、特に問題ないと結論付けた。

シンジ達のいない間も、特に変った事はなかったと報告を受けた。

「どうだいシンジ、京都の生活は?」
シンジは碇シンジ達と話をしている。

「あんまり外に出られないので、空が見える以外はシンジさん達と居た時とそれ程変わりないですね」
「まぁチルドレンと言う事を除いても、この家と関わりがあるだけで、眼をつける輩は、まだ居るからな。窮屈かもしれないけど、もう少し我慢してくれ」

「いや、別に我慢って程じゃないですよ、皆さん良くしてくれるし、綾波も居るし」
「・・・な、何を言うのよ」
横で黙って聞いていた綾波レイが紅くなっている。

(これは2人の間に進展があったか?・・・)

シンジは碇シンジに向かってニヤリとするのだった。
その笑いを見て俯く碇シンジ。

(確定だな・・・)

シンジは確信を持った。

レイは我知らずとお茶を啜っている。

「ところでどうじゃ?2人はこのままここで暮らして行けそうか?」
碇老がヤキモキした感じで聞いて来た。

「今のところ大丈夫そうですね、それに少しお願いがあります」
「おお、なんだ?出来る事なら何でもするぞ?」

「もしかしたらお世話になる人間が増えるかも知れません」
「おぉそんな事か、何人でも連れてきなさい」
ガッハッハと言う感じで笑う碇老だった。

碇シンジはアスカの事かなぁ?等と考えていた。

その夜は碇家で食事となった。
例によって大宴会なのだが、綾波レイがかなりお淑やかな振る舞いを身につけていてシンジは驚いた。

レイもがさつではないのだが、綾波レイの動きには優雅さが追加されているのだ。
実はレイにも出来ない訳ではない。
しかし、SCSの副司令として普段振る舞うレイは優雅さよりも合理的な動きを選択しているだけなのだ。

「綾波さんも動きが優雅になってきたね」
「・・・そうね」
レイも嬉しそうに微笑んでいる。

レイは綾波レイが誉められると自分の事の様に嬉しいのだった。



碇家の離れで、シンジの腕枕に顔を擦りつけながらレイが尋ねた。
「・・・もう2人はここで暮らしても大丈夫そうね」
「そうだね、量産機も粗、完成しているようだし、今更チルドレンに似ている人間をどうこうする必要も無いんだろうね」

「・・・良かった」
「ゼーレは量産機にかなり資産を注ぎ込んでいるらしい、サードインパクトでチャラにするつもりか、かなり無理な資金集めをしたようだよ」

「・・・そう」
「多分、13号機までが限界だったんだろうな」

「・・・今回は旨く行っているわ」
「そうだね」

そしてレイがシンジに抱きつき2人は眠りについた。



モノリスの並ぶ会議室では、老人達が話し合いをしている。

『NERV、我らゼーレの実行機関として結成されし組織』
『我らのシナリオを実践させるために用意されたもの』
『だが、今は一個人の占有機関と成り果てている』
『さよう、我らの手に取り戻さねばならん』
『約束の日の前に』

『NERVとエヴァシリーズを本来の姿にしておかねばならん。碇、ゼーレへの背任、その責任は取ってもらうぞ』

『人は愚かさを忘れ同じ過ちを繰り返す』
『自ら贖罪を行わねば人は変わらん』
『アダムや使徒の力は借りぬ』

『我々の手で未来へと変わるしかない、弐号機による遂行を願うぞ』



翌日、NERVは今までにない事態に見舞われた。

いきなり警報が鳴り響く。
「何?何が起ったの?」
ミサトが騒ぐ。

「ターミナルドグマにATフィールドの発生を確認!」
マコトが漸く発生源を突止めた。

「何でいきなりターミナルドグマに?」

「パターン青!使徒です!」
「なんですって!いきなり使徒がターミナルドグマに?!」
これには冬月も焦った。


「六分儀、まずいぞ」
「・・・問題ない。弐号機を向かわせろ」

既にターミナルドグマには何もない。
セントラルドグマを通り過ぎている事はゲンドウに取って幸いであった。


「アスカを呼んで!一体何が起きているの?・・・」
ミサトは焦った。

ターミナルドグマには殆ど監視カメラすらない。
状況が全く解らなかった。

「弐号機発進できます!」
マヤが叫ぶ。

「追撃させて!」
ミサトは、なんとか状況が見えるカメラが無いか探していた。

「弐号機は第二コキュートスを通過」


「しかし、使徒が何故突然ターミナルドグマに」
「・・・恐らくあの少年だろう」

「フィフスの少年か」
「・・・老人は予定を一つ繰り上げるつもりだ、我々の手で」


『エヴァ弐号機ルート2を降下』



「遅いなぁアスカ」
カヲルはターミナルドグマで上を見上げながら呟く。

カヲルは感慨深げに紅い十字架を見ていた。
「リリンにとって、忌むべき存在のエヴァ。それを利用してまで生き延びようとするリリン。僕には理解できないよ」
カヲルは呟いた。



発令所では、弐号機の移動場所だけが告げられていた。

『弐号機、第四層に到達』

『弐号機、最下層に到達』

『弐号機ターミナルドグマまで後20』
発令所では弐号機から送られてくる映像に皆、固唾を飲んで集中している。
監視カメラのないターミナルドグマでは弐号機から送られる映像だけが頼りなのだ。



「居た!」

「待っていたよアスカ」
弐号機と対峙し、微笑んでいるカヲル。



「何ですって!使徒・・・あの少年が?」
発令所で弐号機から送られて来た映像。

そこに映し出されたのは、フィフスチルドレンの姿。


「やはりフィフスの少年だったな」
「・・・ああ」
冬月とゲンドウが確認している。



「あんたが使徒だったとわね」
アスカはカヲルを弐号機の右手で握り言い放つ。

「僕は死ぬ気はないよ」
そう言うとカヲルは弐号機の腕をATフィールドで切り落とす。

中に浮かんだままのカヲル。
弐号機の右腕だけが、下に落ちた。

「ぐぅっ!」
エントリープラグに映るアスカは右手を押さえている。
その時、カヲルの前にオレンジの壁ができプログナイフを止めた。
「ATフィールド・・・」
「そう君達リリンはそう呼んでいるね。何人にも犯されない絶対領域。君達リリンも気が付いているんだろ?ATフィールドは誰もが持っている心の壁だと言う事を」

「そう、そう言う事だったの」

「君には死んで貰うよ」
カヲルがそう言って右手を翳すと、弐号機の頸部に掛けてATフィールドが突き抜けた。

「アスカ!」
発令所ではカヲルの放ったATフィールドが映像として捉えられエントリープラグの映像が消えた。

発令所からは見えていないが、弐号機のエントリープラグだけ抜き取られた形になっている。

「人の定めか、人の希望は悲しみに綴られている」

カヲルがそう言い再度、右手を翳すと今度は弐号機のコアに向かって伸びるATフィールドが映像に映された。

すかさずカヲルはエントリープラグの方に行く。
と同時に激しい爆発音と大きく揺れる発令所。

立ってる物は近くの物に掴まらないと立っていられない程の衝撃が襲った。

漸く揺れが収まった時には、弐号機から送られる映像も消えていた。


「状況は?!」
ミサトが怒鳴る。

「駄目です、目標、並びに弐号機、存在を確認できません」
シゲルがセンサーを必死に操作しているが、どこにも見あたらない。

「ATフィールドは?!」
冬月が唯一の確認方法を指示する。

「確認できません、パターン青、消失してます」

「弐号機の爆発に巻き込まれたのか?・・・」
冬月が呟いた。

「調査班を編制し、即刻ターミナルドグマの状況を確認に向かわせろ!」
冬月が指示を出した。

その傍らでゲンドウはいつものポーズだが、口元はニヤリと笑っていた。



シンジの所ではアスカが憤慨している。

「あんたねぇ何も手を切り落とさなくても良かったんじゃないの!」
「いやぁ臨場感を出そうと思ってねぇ」
「銀カヲルはサディストの変態だったなんて聞いてないわよ!」
アスカは弐号機の腕を切り落とされた時、かなり痛かったらしい。

「それは酷い言われ方だねぇ」

一応カヲルは抗議するも、アスカはシンクロ率も90%台なのだから当然だろう。
その後遺症か、今も右手を三角巾で釣っている。

「アスカを傷つけるのは好意に値しないねぇ」
渚カヲルがカヲルを笑いながら責めた。

そう、ターミナルドグマに居たのは、カヲルだったのだ。
別に渚カヲルでも良かったのだが、作戦をいちいち説明するのが面倒だと言う事で、前回、渚カヲルが来て、帰って行ったのはカヲルだったのだった。

「まぁ、これでアスカも死亡扱いだよ、誰も死んだと思ってないとは思うけどね」
シンジが言った。

「そうね、ご丁寧にエントリープラグまでグシャグシャにしてくれていたからね」
「プラグスーツもわざわざ細切れにしたからねぇ」

「アスカの裸を見たのかい?」
カヲルの言葉に渚カヲルが突っ込んだ。

バカッバカッ!
両カヲルの頭に鉄拳がお見舞いされる。

「馬鹿な事、言ってんじゃないわよ!ちゃんと着替えを用意しておいたのよ」
「でも着替えたんだろ?」
「煩い!」

バカッバカッ!
「僕は何も言ってないじゃないか」
カヲルが抗議した。

「同じ顔なんだから同罪よ!」
アスカニズム炸裂。

「それよりアスカはどうするんだい?僕としてはカヲル君、渚カヲル君の方ね、と一緒にシンジ達と京都で暮らすのが良いんじゃないかと思うんだけど・・・」
シンジがアスカのこれからについてアスカの考えを聞いた。

「僕はそれで構わないよ、あの2人を護るのに都合が良いしねぇ」
渚カヲルはあっさり同意する。

「あんた達はどうするのよ」
「え?」
シンジはまさか自分達の事を聞かれるとは思っていなかったので惚けてしまった。

「・・・私達はこの艇と共にあるわ」
レイが難解な解答を示した。

「ふ〜ん」
アスカは言葉の通りならこれからもSCSとして活動していくと取れるが、レイの言葉に含んだ物を感じた。

「もう少し考えさせて」
「いや、すぐにでも京都の碇家に行って貰いたいんだけど・・・」
シンジが途中まで言ったところでアスカが睨付けたため、シンジの言葉が最後の方小さくなった。

「ふふふ、シンジ君も鈍いねぇ、じゃぁ僕だけでも、先にそこに送ってくれるかい?」
渚カヲルがシンジに助け船を出した。



渚カヲルを碇家にお願いして戻って来たシンジ達。

シンジはレイと話をしていた。

「これで、この世界のシンジと綾波は、カヲルに任せておけば大丈夫だね」
「・・・そうね」

「一安心ってところだけれど、アスカはどうするつもりなんだろう?」
「・・・彼女はきっと私達と居たいの」

「どうして?シンジ達の方が年も同じだし、良いんじゃないの?」
「・・・彼女は、記憶を持っているわ」

「あっ!」
そこで初めてシンジは気が付いた。

「カヲル君が言った鈍いってこの事だったのか・・・」
シンジは自分の迂闊さを悔いた。

そうなのだ、アスカは一度サードインパクトを経験した記憶を持っているのだ。
つまり、アスカの中のシンジやレイは自分達であり、京都に居る碇シンジや綾波レイはアスカとしては、こっちに来てから知り合った人間なのだ。

そこで、シンジはアスカが初めてこの艇に来た時に言った言葉を思い出した。
「独りだと思っていた」アスカは確かにそう言ったのだ。
そして泣いていた。
2人を見て、あのアスカが微笑んでいたのだ。

どこかの街から街へ引っ越したのとは訳が違う。
引っ越しただけなら、偶に会いに行く事も可能だ。
しかし、アスカのその同じ時を過ごしたヒトはこの世界にはシンジ達だけなのだ。


「でも、僕達と一緒に居るわけには・・・」
「・・・そうね」

言葉は少ないがレイも悩んでいる風であった。

「独りは寂しい・・・」
「・・・ええ」
自分は人ではないとずっと孤独だったレイ。
紅い海を見詰めて長い時間独りだったシンジ。

孤独の辛さは嫌と言う程、解っている2人だった。

そして、その寂しさを思い出したのか、シンジにしがみつくレイ。
シンジもそんなレイをしっかりと抱きしめるのだった。

「僕にはレイが居る」
「・・・私には碇君が居るわ」

「カヲル君も居る」
「・・・私には碇君だけ」
少し冷や汗を流すシンジだった。

「ありがとう」
しかしフォローは忘れない。

その言葉に応える様にしっかりと抱きしめるレイ。

「アスカには本当の事を話すしかないね」
「・・・碇君の好きな様にすればいいわ」

「ありがとう」
「・・・いい」



NERVでは、解雇、転勤と言う名の避難が刻々と進んでいた。

ターミナルドグマの弐号機の様子を観測した調査班は、使徒殲滅と結論付けた。
それは零号機の自爆時に使徒が殲滅された前例によるものだった。

そして発見された無惨に粉々になったエントリープラグにより弐号機パイロット死亡と報告された。
所々に焼け付いた弐号機パイロットのプラグスーツらしき物が発見されたが、不思議と肉体の構成要素は発見されなかった。

しかし、それも爆発による高熱でLCLに溶けた物として整理された。
勿論、リツコ達が深く追求させなかったのだ。

ゲンドウは、その報告を冬月から受けた後、司令室に籠っている。

それは冬月達にとっては、事を進めやすかった。

弐号機が無くなった現在、本部にエヴァは一機もない。
故にエヴァ整備班もそのまま解雇と言う形で本部から避難させた。

勿論、解雇と言っても依願退職である。
退職金も充分に渡された。

エヴァがなくなった事は幸いだった。
整備部、武器開発部、等エヴァに関わる全てを放棄する事ができたからだ。

諜報部には、度重なるエヴァの爆発による依願退職者の増加と言う形で伝えられていた。
こちらも幸か不幸か、ゲンドウの命令でない事には感心を示さなかった。
それより、ゲンドウの子飼いでない諜報部員から自主的に退職願い等が提出されていた。

「発令所の人間も出来るだけ減らしたいわね」
ミサトが言った。

「マヤと青葉君と日向君が居れば、発令所は機能できるわよ、エヴァは無いのだから」
リツコが平然と言う。

「そうなの?」
ミサトが信じられないと言う顔をした。

「エヴァもない、上の兵装ビルも殆どない状態で発令所に何をしろと?」
リツコが制御する物がないのだから当然だとばかりに言った。

「ねぇ、今から通路の殆どにベークライトを流し込んでおくってできないかしら?」
ミサトが、急にやるよりは良いだろうと提案する。

「できなくはないけど・・・通路をMAGIに計算させておくわ」
「頼んだわよ」
そう言うとミサトはリツコの執務室を後にした。

「加持君にでも逢いに行くのかしら?」
リツコは引き出しから写真を取り出し見て呟く。

そこには、若いゲンドウとリツコの母親、赤木ナオコとそして高校生姿のリツコが写っていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。