第弐拾参話
涙
リツコが自分の席から電話で話している。
「そう、居なくなったのあの子」
「えぇ多分ね、猫にだって寿命はあるのよ」
「もう泣かないでおばあちゃん」
「うん、時間が出来たら一度帰るわ、母さんの墓前にももう3年も立ってないし」
「今度は私から電話するから」
「・・・じゃ・・・切るわよ」
ピッ
「そう、あの子が死んだの」
電話を切ったリツコは、寂しそうな声で呟いていた。
モノリスの並ぶ中、ゲンドウだけが机に座っていた。
『エヴァシリーズ、まだ予定には揃っていないのだぞ』
ゲンドウに向けて、非難まじりの尋問が浴びせられる。
「使徒殲滅を優先しました。やむを得ない事情です」
『やむを得ないか、言訳にはもっと説得力を持たせたまえ』
『最近の君の行動には眼に余る物がある』
その声と同時に鳴り響く電話の呼び出し音。
「冬月、審議中だぞ・・・解った」
審議中と言いつつ平気で電話に出るゲンドウ。
「使徒が現在接近中です、続きはまた後ほど」
『その時、君の席が残っていたならな』
『六分儀、ゼーレを裏切る気か』
「後15分でそっちに付くわ、零号機を32番から地上に射出、弐号機はバックアップに回して」
NERV本部へ移動中の車の中からミサトは電話で指示を出していた。
「使徒を肉眼で確認・・・か」
NERVへ向け車を高速で走らせているミサトが呟いた。
発令所では、ミサトの指示に従いエヴァの発進準備が進められている。
『零号機発進、地上直接迎撃位置へ』
「弐号機は現在位置で待機を」
「いや、発進だ」
ゲンドウが直接命令した。
「司令!」
「・・・構わん」
「・・・はい」
マコトとゲンドウの遣り取りが終り弐号機が発進される。
『弐号機、発進準備』
『弐号機、第八ゲートへ、出撃位置決定次第発進せよ』
『目標接近、強羅絶対防衛戦を通過』
ライフルを構え使徒を伺っている零号機。
『目標は大枠谷上空にて滞空、定点回転を続けて居ます』
「目標のATフィールドは依然健在」
プッシュー
ミサトが到着した。
「何やってたの?」
リツコが責める様に言う。
「言訳はしないわ、状況は?」
「膠着状態が続いています」
「パターン青からオレンジへ周期的に変化しています」
シゲルとマコトから報告が行われる。
「どういうこと?」
「MAGIは回答不能を提示しています」
マヤが答える。
「答えを導くにはデータ不足ですねぇ」
シゲルが補足する。
「ただあの形が固定形態でないことは確かだわ」
リツコが結論を述べた。
「先に手は出せないか・・・カヲル君、暫く様子を見るわよ」
『いや、来るようだよ』
カヲルは、アルカイックスマイルのまま告げた。
その声と同時に使徒が姿を変え、零号機へ襲い掛かってきた。
「カヲル君!応戦して」
「駄目です間に合いません!」
マコトが叫ぶ。
零号機の咄嗟に張ったATフィールドを難なく突き破り接触する使徒。
零号機は、使徒を掴みライフルを撃ち込むが効果はない。
「目標、零号機と物理的接触」
「零号機のATフィールドは?」
シゲルの言葉にミサトが確認する。
「展開中、しかし使徒に侵食されています」
マヤが状況を説明する。
「使徒が積極的に一時的接触を試みているの?零号機と」
リツコが誰にともなく呟いた。
使徒の侵食に伴い、ミミズ腫れの様なものがパイロットに広がる。
「危険です、零号機の生体部品が犯されて行きます」
「エヴァ弐号機発進、零号機の救出と援護をさせて」
ミサトが指示を出す。
「目標、更に侵食」
「危険ね、既に5%以上が生体融合されている」
リツコは零号機が只では済まないと予測した。
「アスカ?後300接近したらATフィールド最大でパレットガンを目標後部に打ち込んで、いいわね?エヴァ弐号機リフトオフ!」
『さっさと出しなさいってのよ!』
アスカはリフトオフと同時にパレットガンを掴み走り出した。
『カヲル、待ってなさい、今助けてあげるから・・・』
アスカは焦っていた。
アスカの脳裏には自爆する零号機がオーバラップしていたのだ。
零号機の中では、侵食した使徒がカヲルと接触を試みていた。
「誰だい?僕じゃないね?・・君は誰だい?・・リリン達が使徒と呼んでるヒト・・」
「僕と一つにならないかい?」
カヲルの姿をしたヒトが俯いたまま言う。
「それは、辞めておくよ」
「そ、でもだめ、もう遅いよ・・・僕の心を君にも分けてあげる・・この気持ち、君にも分けてあげる・・イタイだろ?ほら、 心がイタイだろ?」
「いたい・・いや違う・・さびしい・・そう寂しいんだね・・」
「サビシイ?・・解らないよ・・」
「一人が嫌なんだろ?・・・僕達は沢山いるのに・・一人でいるのが嫌なんだろ?それを『さびしい』と言うんだよ」
「それは君の心だよ。悲しみに満ち満ちている君自身の心だよ」
「ハッ・・これは・・涙と言う物かい?泣いてるのは・・僕なのかい?」
零号機の背中から大きく何かが出てくる。
「カヲル君!?」
ミサトが何をするつもりだとばかりに叫ぶ。
迫ってきたアスカのATフィールドに反応し使徒の反対側が弐号機に迫る。
『アスカ!』
カヲルが叫ぶ。
「アスカ、プログナイフで応戦して!」
ミサトが指示を出す。
使徒を掴む弐号機の手から弐号機に侵食しようとする使徒。
『くっ!これは僕のココロなのかい?リリンと一緒になりたい僕のココロ?』
「ATフィールド反転、一気に侵食されます」
マヤが状況を報告する。
「使徒を押さえ込むつもり?」
リツコが驚愕の表情で呟く。
一気に膨れあがる零号機のコア。
「フィールド限界、これ以上はコアが維持できません」
「カヲル君!機体を捨てて逃げて!」
『もとより、そのつもりだよ』
自爆装置を引くカヲル。
「カヲル君!死ぬ気?」
ミサトが呟く。
「いかん!自爆をなんとしても食い止めろ!」
椅子から立ち上がりゲンドウが叫ぶ。
「コアが潰れます、臨海突破!」
爆発する零号機。
呆然と見つめるアスカ。
発令所ではゲンドウも立ち上がったまま呆然としていた。
「目標・・・消失」
「現時刻を以て作戦を終了します。第一種警戒態勢へ移行」
震えながら指示を出すミサト。
「了解、状況イエローへ速やかに移行」
驚きの中、たどたどしいながらも責務を全うしようとするマコト。
「零号機は?」
「エントリープラグの射出は確認されていません」
マヤの報告に肩を震わせるミサト。
「生存者の救出・・・急いで」
「もし居たらの話ね」
リツコが呟く。
ミサトが睨み返した時、リツコも俯いていた。
「赤木博士!!」
現場回収に来ているリツコは作業員に呼ばれエントリープラグの場所に行った。
そこには爆発に巻き込まれたにしては、周りが少し拉げているだけのエントリープラグがあった。
回収班によりこじ開けられるエントリープラグ。
中には気絶しているものの、生気のある渚カヲルが確認できた。
「すぐに救護班を!」
リツコは指示を出し、渚カヲルの脈を取った。
(生きている・・・)
(記録はされていなかったけど射出が間に合ったのかしら?・・・)
「アスカ!!」
自室に居たアスカの元にミサトが叫びこんで来た。
病院で、眠る渚カヲルを見詰めているアスカとミサト。
「エントリープラグは奇跡的に損傷が軽微だったそうよ。プラグの緊急射出が間に合ったんだろうってリツコが言っていたわ」
「そう、良かった・・・」
アスカはそれだけ言うと、そこにあるパイプ椅子に腰掛けた。
「私は発令所に戻るけど、アスカは暫く、ここに居るわよね?」
「ええ」
アスカの返事を聞くとミサトは病室を後にした。
ミサトが去った後、アスカは徐に渚カヲルの頭を引っぱたくのだった。
「これは、あまり優しい起こし方とは言えないねぇ」
渚カヲルが頭を撫でながら、上半身を起こした。
アスカはナースコールを押し
「馬鹿が起きました!」
と告げるのだった。
「馬鹿とは酷いねぇ」
「あんたなんか馬鹿で充分よ!これからはバカヲルって呼ぶ事に決めたわ!」
「どうしてだい?」
「あたしに心配させたからに決まってるでしょ!」
「敵を欺くにはまず味方からって言うじゃないかい」
バシッ!
渚カヲルはもう一発頭に強烈な張り手を食らった。
しかし、アスカは眼に涙を浮かべながら微笑んでいた。
実は零号機で自爆したのは、カヲルだったのだ。
アルミサエルを倒す手段は、シンジ達にもエヴァの自爆以外に思いつかなかった。
エヴァが出撃する前ならなんとでもなった。
しかし、NERVの現状からエヴァが出る前に処理する事は難しい。
エヴァが出撃すればアルミサエルはエヴァとの融合をすかさず実施する。
融合されてしまったエヴァを無傷で助けるのは不可能だった。
そこで、アルミサエル戦では、カヲルが渚カヲルに成りすましエヴァに搭乗したのだ。
カヲルには結界とも呼べるATフィールドがある。
エヴァの自爆からでもエントリープラグを守る事は容易だった。
そして、飛ばされ所で渚カヲルと入れ替わったのだ。
アスカは今回、その話を聞かされていなかった。
そして、アルミサエル戦が終って慌ててシンジにメールしたのだ。
しかし、シンジから返って来たのは「心配いらない」の一言だった。
シンジが心配いらないと言うならそうなのだろうとは思ったが、それでも心配したのだった。
モノリスの並ぶ会議室では老人達だけでの話し合いが行われていた。
『遂に第十六までの使徒は倒された』
『これでゼーレの死海文書に記述されている使徒は後ひとつ』
『約束の時は近い、その道のりは長く犠牲も大きかった』
『さよう、エヴァ初号機の損失に続きエヴァ零号機の損失』
『六分儀の解任には充分すぎる理由だな』
『冬月を無事に返した意味の解らぬ男でもあるまい』
『新たな人柱が必要ですな、六分儀に対する』
『そして事実を知る者が必要だ』
司令室では冬月がゲンドウと話をしている。
「六分儀、もう手は残っていないのでは無いのか?」
「・・・・・」
ゲンドウは返事をしなかった。
実はゲンドウには、期待は薄いが最後の手段がある。
しかし、既に冬月すら信じられないゲンドウは、それを言うつもりはなかった。
そして、ゲンドウはそれに縋るしかもう手は残されていなかった。
「しかし、フィフスの少年は助かったとは言え、零号機の損失、キール議長らが煩いぞ」
「・・・ゼーレの老人達には別の物を差し出してある、心配ない」
全裸でモノリスの前に立つリツコ。
『我々も穏便に事は進めたい、君にこれ以上の陵辱、辛い思いはさせたくないのだ』
「私は何の屈辱も感じていませんが」
『気の強い女性だ、六分儀が側に置きたがるのも解る』
『だが、君を我々に差し出したのは他でもない・・・六分儀君だよ』
(使い捨ての駒なのね・・・)
ゼーレから解放されたリツコはNERVのエスカレータを降りていた。
『よいのか?赤木博士の処置』
『冬月とは違う、彼女は帰した方が得策だ』
『エヴァシリーズの功労者、今少し役に立ってもらうか』
『さよう、我々人類の未来のために』
『エヴァンゲリオン、既に八体まで用意されつつある』
『残るは後四体か』
『第三新東京市の消滅は計画を進めるよき材料になる、完成を急がせろ、約束の時はその日となる』
キールが締め括った。
冬月達はリツコの執務室に集まっていた。
この場にいないのは加持だけである。
「いよいよ最後の使徒を残すのみとなったな」
「既に下級職員は順次引き上げさせています」
冬月の言葉にマコトが続ける。
「今回の零号機の自爆により第三新東京市の住民も大幅に疎開が進んでいます」
マヤも知り得た情報を述べた。
「出来るだけ最後の使徒が倒された後に、速やかに本部職員が待避できるように出来るだけ今から準備を進めておこう」
「そうですね、今なら退職希望や転属希望が多量に出ても不思議はありませんから」
今度は冬月の言葉にシゲルが答えた。
「加持君とは連絡は取れたのかね?」
「はい、内調の方から事を進めると言ってました」
ミサトが報告する。
「それが無難だな。しかし生きている事が解っただけでも安心できるな」
「司令の動向は?」
リツコが質問した。
ここに来て、自分を生け贄にするなど、まだ諦めているとは思えなかったのだ。
「もう私も信用していないらしい、何も話さんよ」
「まだ、何か隠し持っていると?」
「零号機が自爆した時には取り乱した様だが、それ以降は前と変らん。何か持っていると見た方が良いだろう」
「この後に及んで、何が残っていると言うのでしょうか?」
マヤが想像もつかないと首を捻っている。
「残されたのはアダムと弐号機のみ、それで何かをするつもりなのは確かね」
ミサトが残っている可能性を上げた。
「弐号機はアダムのコピー、何かできるとは思えないわね」
「フィフスの少年は?」
ミサトがもう一つの不確定要素を思い出した。
「彼も実質SCSに付いていると私は見ているわ」
「どういう事?ゼーレの鈴じゃなかったの?」
「まず、あの自爆で助かったのは間違いなくSCSが介入していると私は見ているわ」
「「「え?」」」
その場にいた全員が疑問符を浮かべた。
「エントリープラグの射出は認められなかった。あれは、何らかの力でエントリープラグが守られていたと見るべきね」
「使徒が侵食していたから、観測できなかっただけじゃないの?」
ミサトが自分が推測していた事を述べる。
「いえ、映像を見る限り、爆発までエヴァの頸部は使徒に覆われていたわ」
「じゃぁ・・・」
「そう、爆発の影響で吹き飛ばされたはずのエントリープラグが少し拉げただけと言う事は有り得ないわ」
「じゃぁフィフスの少年の力と言う事は?」
「それも可能性としては有るわね」
「じゃぁ何故SCSが介入していると見ているの?」
「これは私の憶測でしかないわ、でもSCSの行動はチルドレンを守る事に重きが置かれているわ」
「そうなのかしら?レイとシンジ君は確かに厳重に守られているとは思うけど」
ミサトにしてみればトウジや渚カヲルは守られているとは見えていなかった。
「レイとシンジ君とアスカは疑う余地無しに守られているわ、フォースの鈴原トウジ君だけど、彼の場合、彼の精神上一番良い形でNERVを離れる事ができたわ、そして今回のフィフスの少年」
「しかし、その介入の事実は無いのではないのかね?」
冬月がリツコの理論の証拠のない部分を突く。
「ええ、ですから私の憶測でしかないと申し上げました」
しかし、既にリツコは確信していた。
そう考えるとリツコの中では全ての辻褄が合うのだった。
「後は最後の使徒がどのような能力を持っているか解らん。弐号機だけで倒せれば良いのだが、その準備も万全にしておく必要があるな」
「弐号機は今回、損傷はありません。整備は現状で万全になるよう手配はしてあります」
「うむ、今はそれぐらいか」
冬月も後はNERV職員の整理と最後の使徒を倒す事に今は注力すれば良いと考えていた。
「どうだいカヲル君?」
シンジ達の元に渚カヲルが居た。
「そうだねぇ、アダムに返らなければと言う感覚はあるねぇ、ただ、そんなに強い物ではないようだよ」
「それでカヲル君はどうしたいんだい?」
「僕としては、当然、共存を望むよ。でも、リリンになる必要性を感じないんだ」
「それはそれで構わないと思うよ」
シンジは微笑んでそう言った。
「・・・自由を司るタブリス、元々貴方は自由だもの」
レイが紅茶を入れながら渚カヲルにそう言った。
「でも、最後の使徒を倒した事にしないと問題があるんじゃないのかい?」
「それについては、ちゃんと作戦があるんだよ」
カヲルがニッコリと微笑みながら渚カヲルに言う。
「問題は、その後だね、ゼーレがどう出るのか」
「老人達はゲンドウ氏を人柱に考えているようだよ」
渚カヲルが平然と言い放った。
「「「「え?」」」」
その場に居た全員が、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になる。
「リリスもリリスのコピーもオリジナルのロンギヌスの槍さえもうないからねぇ」
「それはそうだけど・・・」
皆、あの髭面が量産機に降臨されていく所を想像し、冷や汗を流した。
「ゲンドウ氏がアダムを自分に融合させている事は老人達に知らせてしまったからねぇ、それで老人達はアダムそのもので行うしかないかと言う結論になったみたいだねぇ」
「「「「・・・・・」」」」
一同は、老人達のとんでもない判断に大粒の冷や汗を流した。
有る意味、ゲンドウが零号機からレイをサルベージすると言った事よりも衝撃的だった。
「老人の考えている事は僕ら若者には理解できないねぇ」
渚カヲルだけは飄々としていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。