そしてあの時へ


咽返るようなアスファルトの照り返し。
肌にねっとりと張り付くような湿気。
頭上には雲一つない青空が広がっている。

西暦2015年、日本は西暦2000年に起こったセカンドインパクトの影響で地軸がずれ年中常夏の気候となってしまっていた。
その厄災による影響でここ5年ほど前から、漸くセカンドインパクト前の生活を取り戻し始めたと言うのが日本社会の実情であった。

「やっぱり繋がらないや…」

Dバッグを背負い、スポーツバッグを足元に置いて、少しレトロな店先にある公衆電話を切ると少年は呟いた。
それにしても、何故人っ子一人居ないのか?
いや、少年には解っていた。

電車を目的地の二駅前で降ろされたのも、今、電話が繋がらなかったのも、全てあのアナウンスが言っていた【特別非常事態宣言】とやらのために違いない。
しかし、少年は俄かにその事態を受け入れてはいなかった。

穏やかな生活を送ってきた少年にとってどこか他人事な話でしかないのである。
シェルターに非難と言われても、学校で行われる避難訓練ぐらいにしか受け取れない。

こんな街中で一体何が起こると言うのだ?
そう思って辺りを見回すと、数十メートル程離れたアスファルトの上に蜃気楼のように立ち尽くす少女が瞳に映る。

遠目にも解るその蒼銀と言う異彩な髪の毛の色。
真紅の瞳。
透けるように白い肌。

少年は幻でも見たかのように立ち尽くしてしまった。
時間の流れがそこだけ止まったかのような静寂に包まれる。
その時、まるでその静寂を破るかのように辺りの鳥たちが飛び立つ。
と同時に耳に入る轟音。

少年が視線を上げたビルの谷間に姿を現したのは、冗談のような巨大な怪獣であった。
少年はまるで自分がSFの世界に迷い込んだかのように呆然とする。
ふと視線を戻した先に、既に先ほどの少女は居なかった。

彼の常識の範疇を超えたこの現象は、少年の思考能力を停止させるに充分であった。
だから、眼に映るものに反応出来ない。

目の前の怪獣に叩き落された戦闘機が少年の数メートル先に墜落してくるのを、まるで映画のひとコマを見るように少年は眺めていた。
自らの命の危険にすら気付かないまま。

そこにけたたましい騒音を引き連れて青いスポーツカーが滑り込んでくる。
沫や戦闘機の爆発の余波により少年が吹き飛ばされる寸前、そのスポーツカーは少年と戦闘機の間にドリフトで滑り込み見事少年の危機を回避させた。

「お待たせっ!」

助手席の扉を開き、少年に顔を向けたその女性は、サングラスを押し上げニッコリと微笑んだ。
少年は、挨拶もそこそこに車内に引っ張り込まれたかと思った途端、車はタイヤをホイールスピンさせその場を立ち去る。
間一髪、車の居た場所は巨大な怪獣の足により踏み潰されていた。



「う〜ん、我ながら前後不覚な行動だよね。そうは思わないかい?綾波」

青いスポーツカーが走り去っ後に先ほどの少年に瓜二つ、いや、髪の毛の色は陽炎のように消えた少女に近い銀髪、その瞳は真紅の少年が、先ほど少女が立っていた辺りに向かって言葉を発していた。

傍から見ればこの緊迫した状況下で独り言を話す少年。
あまりお近づきになりたいと思う者は居ないだろう。

「僕の定めか。僕の希望は悲しみに綴られている」

今まで穏やかな笑みを浮かべていた少年の顔が哀しみに彩られた。

「漸くこれで止まった時が動き出す。そのために僕はここに居る。やっと君の願いが叶えられそうだよ綾波。子供達に明るい未来を…」

その言葉と共に少年がニヤリと唇を吊り上げたかと思われた時、辺りを凄まじい閃光が包み込む。
一面真っ白で何も見えない。
漸く、光が落ち着いた時には、巨大なクレーターの中、先ほどの怪獣がボロボロになって立っていた。






辺り一面赤い世界に蹲る少年。
少年の傍らには真っ赤なスェットスーツのような物が皺くちゃに放置されている。

「・・・碇君」

少年の前に陽炎のように蒼銀の髪に真紅の瞳の少女が浮かび上がる。

「綾波…」

暫し見詰め合う少年と少女。
先ほどまでは、お互いに全裸で少年は少女に膝枕されていたような気がする。

「・・・ごめん」
「・・・何を謝るの?」

「僕のせいでこんな世界になってしまった」
「・・・そうね」

「・・・・・」

否定でも欲しかったのだろうか?
少年は再び黙り込み、俯いてしまった。

「・・・遣り直したい?」
「出来るの?!」

「・・・ここは時間が止まってしまった」
「僕のせいなの?」

「・・・そうよ」
「だから誰も還って来ないんだね」

「・・・貴方を動いている時間に飛ばすわ」
「解ったよ。それが全人類を滅ぼした僕の罪なんだね」

「・・・違うわ」
「えっ?」

「・・・全生命体」
「綾波…」

「・・・いってらっしゃい碇君」
「うん、有難う綾波」

少女が右手を掲げると少年は淡い光に包まれていく。
対して少年からは、世界が暗転して感じられていた。

「・・・碇君」

少年が消えた砂浜には泪を流す少女だけが佇んでいた。






西暦2000年。

(これが僕の罪なのかい?綾波…)

地下とは思えない程大きな空洞の真ん中で十字架に貼り付けらた巨大な生物。
いや、生物と呼んでよいのかも不明な物体。

「これがアダム。人類の希望ですね。葛城博士」
「あぁ、SS機関を内蔵した古の遺産だ」

(誰だ?僕を起こすのは?そう…僕のSS機関が欲しいのかい?あげるよこんな物。好きにすれば良い…)

「ミサト、頼んだぞ」
「怖いよパパ」

「大丈夫、ほらこれをあげよう」
「これは?」

「ママから貰ったお守りだよ」

そう言ってミサトと呼ばれた十四歳ぐらいの少女の首に掛けられる無骨な十字架のネックレス。
少女はその十字架を握り締め円筒形のカプセルの中へと消えて行った。

「それでは実験を開始する」

静かに作業を進める白衣の作業員達。
彼らは技術者なのであろう。
各々が自らの正面にあるディスプレイに映る情報を真剣に眺めている。

(なんだ?これは…やめろ!僕の中に入ってくるな!)

けたたましく鳴り響く警告音。

「葛城博士!」
「止むを得まい。実験は中止だ」

しかし、その判断は遅かった。
轟音と共に揺れ動く急場仕立ての研究施設。
警告音が警報に変わり、怒鳴らなければ言葉さえ聞き取れない。

状況をなんとか打開しようと懸命に端末を操作する技術者達。
それに反して単なる作業員達は警報に慌てふためき、逃げ出そうとしていた。

「ロンギヌスの槍を…」
「しかし!それではSS機関が!」

「暴走を止めるにはそれしかない!」
「解りました」

「六文儀の言う通りになってしまったな…」

緋色の螺旋を描いた二股の槍がアダムと呼ばれた巨大な生物に突き刺さる。

「ミサト…すまん」

凄まじい爆発に巻き込まれ一瞬のうちに研究施設は崩壊した。



辺り一面真っ赤な海。
アダムに突き刺したロンギヌスの槍の効果によりセカンドインパクトが発生したのだ。
全てがアンチATフィールドによりLCLへと還元させられた死に絶えた海。

何故かその水面に少女の入ったカプセルが浮かぶ。

(そう…ミサトさんだったんだ…)

苦しそうに顔を歪める少女の精神に干渉する巨人。
いや、先に干渉してきたのは少女だった。それが自らの意思では無かったとしても。
シンクロシステム。
それがSS機関を自在に操る術だと葛城博士は考えていたのだ。

施設が爆発し、少女は父に抱えられていた。
そう、これは少女の願望。
少女の見ている現実と望みが融合してしまった夢。

自らを怪物の生贄に捧げた父に、未だ護って貰いたいと言う願望が見せた幻。
少女をカプセルに入れると何かを呟き男は少女に十字架を渡した。

(あぁ現実と混同しているんだ…大丈夫、ミサトさんは僕が護ってあげるよ)

誰かに囁かれた気がして振り返る少女が見た物は、光り輝く巨人であった。
後に、少女は自分が見た幻を真実とし、少女は自分を護ってくれた本当の者に対して復習を誓う。
それが、自分の幸せを奪った元凶であると信じ込まされて。

実は、葛城調査隊そのものがモルモットであったのだ。
ゼーレと言う組織は、裏死海文書と言うものを手に入れ、その翻訳作業と平行し、試験を行ったのである。

それは白き月と黒き月と呼ばれる二つの要が発見されたからであった。
そして片方は南極と言う人類の僻地であり、人知れず実験を行うには丁度良かったのだ。

その結果、ゼーレの老人達は確信した。
準備を怠らなければ地球規模で約束の日を人為的に起こせると。

約束の日。
聖書で言われる救済の日であるが、老人達の信仰にもその日は存在した。
老い先短い老人達は、自らが生あるうちに約束の日へと到達したかったのだ。

そのために、人類の三分の一を犠牲にした実験を行い、更に生物全てで集団自殺を図ろうと言うのである。






少年は、清々しい川のせせらぎと周りの子供達の声で目が醒めた。

(眩しい…)

眼を擦り周りの風景を確認する。
どうやら川原の土手で寝ていたようだ。
周りには自分と同じように芝生の上に寝転がっている人達がちらほらと伺える。

眼下には親子連れで遊んでいる幼子達。
日差しは高いが自分の知っている茹だるような暑さではない。

(ここは何処?)

少年は、現状を知るためにその場を離れた。
宛もなく少年は歩いていたが、自分の知っている街並みではなかった。

(何処なんだよここは?)

先進的とは言えない街並み。
どちらかと言えば教科書で見た古都と呼ばれるような場所。

道は狭いながらも人の行き来は結構ある。
道沿いに立ち並ぶ家屋は、どう見ても木造でやたら趣きがある。

少年はタバコ屋のような小さな店先に新聞が売っているのを見つけた。
ポケットを探るがお金は持っていない。

店先に誰もいないのを良い事に、少年は新聞を一つ手に取り日付を確認し目を見開いた。
眼をゴシゴシと擦りもう一度よく見てみる。
しかし少年の期待に応えず、その日付は変わらなかった。

(せ、せ、せ、1980ねぇ〜ん?綾波ぃ〜一体どう言う事さぁ?)

店の人は未だ出てきていないが、周りの人達が不審そうに少年を見ている。
新聞を見たかと思ったら天を仰ぎ見て何やら呟いているのだ。
周りの雰囲気に気付いた少年は、新聞を元の位置に戻すと足早にその場を去った。






NERV総司令、碇ゲンドウ。
顎鬚を生やし、サングラスを掛けたその見た目は如何にも胡散臭いのだが、事実は彼が極端に人付き合いが苦手な事と自らの望みのために人の心を捨てて居ると自分に言い聞かせている事に由来する。

「ふっ…出撃」

「待ってください司令!綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに七ヶ月もかかったんです!今来たばかりのシンジ君にはとても無理です!」
「座っていればいいわ。それ以上は望みません」

「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!」

自らの息子を電報かと思われる程短い文面の手紙で呼びつけたゲンドウは、眼下での喧騒など意に介さず自らの言葉だけを継げる。

「冬月っレイを起こせ!」
『使えるのかね?』
「死んでいる訳ではない」

そう言いニヤリと口元を吊り上げるゲンドウは一体何を考えているのか。
彼に取ってみればシナリオ通り。
解り切っている展開であった。

「もういちど初号機のシステムをレイに書き換えて、再起動よ!」
「シンジ君それでいいの?何をしにここまで来たの?逃げちゃ駄目よ!シンジ君、お父さんから、何よりも自分からっ!」

それでも動こうとしない、いや動けないシンジと呼ばれた少年の前をストレッチャーに乗せられた重傷の少女が運ばれて、これ見よがしに少年の前を通る。

「レイ、予備が使えなくなった。出撃だ」
「はい・・・くっ」

小さな呻き声を上げながら起きあがろうとする少女。
その髪は蒼銀であり瞳の色は真紅であった。
現実離れした話の展開と、現実離れした儚さを持った少女を前に少年の思考は固まってしまう。

「いつまでそこに居る!お前など必要ない!さっさと帰れ! 人類の存亡をかけた戦いに臆病者は不要だっ!!」

「乗りなさいシンジ君!!シンジ君が乗らなければ、あの娘が乗る事になるのよ!恥ずかしくないのっ?!」

少女にしても少年にしても子供を乗せ戦場へ送り出そうとする自分は、恥ずかしくないのだろうか?
その時ケイジが激しく振動した。

「ちっ、奴めここに気付いたか」

ゲンドウはそう呟き舌打ちするが、これも少年に聞かせるための言葉。
そもそも地下のアダムを目掛けて使徒は攻めてくるとNERV内では発表されている。
それすらアダムでは無くリリスなのだが、それはNERV内でも知っているのはこのゲンドウと冬月、赤木リツコそしてリリスの魂を持つ綾波レイだけであった。

「危ない!」

今の揺れでストレッチャーから落ちた少女の元へ駆け寄る少年。
しかし、その時、少年の頭上には鉄骨が落ちて来た。

沫や少年と少女を押し潰すかと思われた鉄骨は、紫の腕に阻まれた。

「そ、そんな有り得ないわ、エントリープラグも挿入していないのに」
「守ったと言うの?シンジ君を・・・いける」

「乗ります!僕が乗ります!」

少年の言葉にニヤリと再び唇を吊り上げるゲンドウ。
全てシナリオ通りと言わんばかりに。



ゲンドウ達NERVが第三使徒と呼称される怪獣と戦闘している頃、先ほどの少女の下へ訪れる人物が居た。

「やぁ、綾波。具合はどう?」
「・・・貴方誰?」

突然病室に入ってきて、馴れ馴れしく話しかける人物に少女は怪訝な表情で尋ねた。
元々自分の病室に訪れる人物は医師か看護士、それを除けばゲンドウか赤木リツコしか居ないのだ。

「僕は碇シンジ」

はっと眼を見開くも、その眼が細く疑いを持った視線に変わる。
先ほどケイジに居たのがサードチルドレンであろう事は推測出来る。
目の前の少年は彼と同じ容姿だが、髪の毛の色と瞳の色が違う。
何より、身に纏うATフィールドが別質のものであった。
少女にはそれが解る。

「・・・それは貴方の名前では無いわ」
「じゃぁ、二人目の君は綾波レイではない?」

その言葉に目を見開く。
それは知られてはならない秘密をこの人物が知っていると言う事。

「・・・貴方誰?」
「僕は碇シンジだよ。多分最後のね」

そう言って微笑む少年の髪は銀色、瞳は真紅。
保安部員を呼ぼうかと考えた少女であったが、その雰囲気の前にその考えは霧散させられる。

(・・・私と同じ感じがする)

「君の怪我を治すわけには行かないけれど、苦痛は和らげてあげられるからね」

そう言って少年は少女の髪を優しく梳く。
その心地良さに思わず瞼を閉じてしまう少女。

少女は、そのまま眠りに落ちてしまった。

「ごめんよ綾波。君の前に現れるつもりは無かったんだけどね…苦しんでいる君を放っておけなかった…傲慢だよね」

ぶつぶつと独り言をいいながら少年は少女の体に触れるか触れないかのところに手を当てる。
ぼんやりとした淡い光が少女を包み、そして何事も無かったかのように静寂が訪れた。

そこには少年の姿はなく、少女は重症である事や、外では人外の戦闘が行われている事など別世界の事のように穏やかな寝息を立てる少女だけが残されていた。






3メートルはあろうかと言う門構えの石畳で蹲る少年。
サードインパクトの後、リリスと融合した綾波レイに時空を飛ばされた碇シンジである。

本人もあの第三使徒が現れた時か、その前ぐらいに飛ばされるものだと考えていた。
いや、期待していたのだろう。

それが何故か1980年。
しかも第三新東京市からもかなり離れた京都であった。
最初に眼が覚めたのは、どうやら加茂川だったらしい。

途方に暮れて、何処をどう歩いたのかさえ記憶にない。
それでも体が疲れて、この石畳の上に座れば気持ち良いかも知れないと、体が勝手にに休憩へと入った。

(僕にどうしろって言うのさ…綾波…)

動いていれば、それなりに意識はある。
しかし、いざ一旦立ち止まってしまうと、シンジは元来の内罰的思考へと没入していった。

「どないしたんや?ボン。家出か?」

声を掛けて来たのは品の良さそうな坊主であった。
何も言葉を返さないシンジの横に座り、その坊主はじっとシンジの反応を待っていた。

行く当てもない、シンジは結局その人の良い坊主の世話になり、寺の小坊主となった。
寺の名前は、六文寺。
人の良い坊主は、その寺の住職であったのだ。

あまりにも喋らないシンジは、自らの名前さえ明らかにしなかった。
流石に名前がないと困ると考えた住職により名付けられた名前は、六文儀ゲンドウ。

名は体を現すと、あまりにも喋らないシンジに住職が寺の名前から考えた名前だった。

そんなシンジだったが、住職の遂力により大学まで行かせて貰えた。

シンジは、よく自分が目覚めた川原に行っていた。
成人したシンジが、いつもと同じく川原に行った時、その出会いは起こった。

遥か彼方に見覚えのあるジャンバースカート姿。
紛れもない第三新東京市、第一中学校の女子制服。
シャギーの掛かったショートヘアーの、その少女が振り返った時、シンジの時は止まった。

「あ、綾波…」
「・・・碇君」

蒼銀の髪は茶色に、紅い瞳は黒くなっていたが、紛れも無くそれは綾波レイ。
その鈴の鳴るような声を片時も忘れた事は無かった。

泪が溢れ、我知らず少女を抱きしめる。

「あ、綾波…ぼ、僕は…」
「・・・ごめんなさい。碇君」

レイを抱きしめるシンジの背中にレイも手を回して抱きしめた。
シンジの逞しくなった胸に顔を埋めるレイ。
二人は時間が経つのも忘れ抱き合っていた。






使徒迎撃都市と名付けられた第三新東京市の中央に、今、紫の巨人が地下から射出された。
その数十メートル先には、第三使徒と呼称される、異形の怪獣。

人類の敵。
誰かがそう言った。

「あんた馬鹿ぁ?訳の解らないものが攻めてくるのよ!」

知ろうとしたのだろうか?
本当に攻めて来ているのだろうか?

住民は全てシェルターへと避難し、そこは戦闘のために用意されたコロシアム。
対峙する異形の怪物と紫の巨人。
某博士に言わせれば「人造人間」らしい。

使徒のコピー。
彼女はそう言ったが、本質的な意味で、射出された紫の巨人と目の前の怪獣は同じである事を彼女は知っているのだろうか?

「最初のシンジと使徒となった三番目のシンジ。そしてそれを仕組むのは二番目のシンジ。全くお笑いだ。全ては碇シンジの一人芝居だったなどと誰が考えるだろう。でもこれで終わる。漸くあの世界の時間を動かせる。頑張っておくれ3人のシンジ君」

誰も居ないはずの戦闘区域で呟く少年。
その眼前では、今まさに紫の巨人が咆哮をあげ、第三使徒に猛攻を奮うところであった。





「勝ったな」
「・・・あぁ」

NERV発令所の最上段で不気味な笑いを浮かべる総司令、碇ゲンドウとその副官である副司令冬月コウゾウ。
二人は漸く自分達のシナリオが動き始めた事に安堵していた。

しかし、その内なる思いは大きく違う。

東洋の三賢者と言われた中でも異彩の才能を発揮していた碇ユイ。
自らの教え子である彼女が原案を作ったと言われる人類補完計画。
その行く末をただ見届けたいだけの冬月コウゾウ。

ただ最愛の妻との再会を果たしたいだけの碇ゲンドウ。

何故、こんな男に彼女は惹かれたのかは、冬月にとって人生最大の謎であった。

しかし、それは必然。
二人にとってお互いでなければならなかった。
お互い以外に誰も必要では無かったのである。



「どうしてもエヴァに乗るのか?」
「・・・はい、それが定め。子供達の明るい未来のために」

「このままの方が明るい未来になるのではないのか?」
「・・・問題ありません。約束の日、私と貴方はともにある」

エヴァ搭乗実験の前日にゲンドウとユイの間で交わされた会話だ。
ゲンドウはその言葉を思い起こす。

「・・・ユイ。もうすぐだよ」



成人したシンジの下に現れた綾波レイは、全く普通の人間であった。
働いていたシンジはレイと二人暮しを始め、レイを学校に通わせる。

シンジが六文儀ゲンドウと言う新たな名前を得たように、レイも碇ユイと言う新たな名前で人生を歩み始めた。

冬月はユイをゲンドウが誑かしたのだろうと思っているようだが、二人はずっと一緒だったのだ。

だからユイは言う。

「全ては流れのままにですわ」






紅い世界。

「やぁ久しぶりだね」

シンジを過去へと送り出し、この世界を維持する力も残っていない綾波レイが、一人泪を流しているところに能天気な挨拶で現れた少年。
その姿は髪の毛と瞳の色が違うが、今送り出した碇シンジに瓜二つ。

「・・・貴方誰?」

「前に自己紹介したはずだけどなぁ?碇シンジ。覚えてない?」
「・・・知らないの。多分私は3人目だと思うから」

「それは置いておいて、早速だけど、綾波には過去に行って貰うよ」
「・・・どうしてそう言う事言うの?」

「だって、君、ミスったでしょ?」
「・・・そう、もう駄目なのね」

「取り合えず1990年に送るから、そこで君は碇ユイとしてシンジと一緒に生きるんだ」
「・・・碇君と一緒に…」

顔をポッと紅く染めたレイに溜息を吐きながらシンジと名乗った少年は手を翳すと、淡い光がレイを包んでいく。
両手を胸の前で組み、何処かに行ってしまってるレイ。

「そうそう、体は人間にしておくからね」

その言葉は聞こえていたのだろうか。

「さて、最後の仕事かな」

空に向かい少年はそう呟くとその場には誰も居なくなった。



広大な宇宙空間に浮かぶ紅い玉。
その玉を慈しむように包み込む先ほどの少年の姿があった。

初号機に喰われたゲンドウは、そのままアダムとなり時を遡った。
初号機の中にあったユイの魂はその時弾き出されたのである。
アダムと融合していた為にゲンドウがリリスを母体としていた初号機に弾き飛ばされたのかもしれない。

何故3人のレイとユイが最後の時にゲンドウの前に現れたのか。
それは、全て同一人物だったからである。

そしてアダムとなったゲンドウは、16の階梯を上り神と等しき存在へと昇華される。
つまり使徒として進化していったのだ。
残りの92の階梯を登ったのが、今、紅い玉を抱きしめているシンジであったのだ。

「さぁ行くよ。綾波」

少年が手を翳すと、真っ赤であった地球が黒き月を中心に、元の蒼い地球へと姿を変えていく。

シンジは還って来たのだ。
LCLへと還元された全ての生物を元に戻す力を持って。


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後書き

ここまで読んで頂きありがとうございました。
envy様のリクエストにお応えして書いてみましたが…難しい(^^;

多分、期待されていたものとは違うと思いますが夢魔が書くとこのようになってしまうと言う事でご了承下さいませ。

結局、シンジ→ゲンドウ(逆行シンジ)→アダム(逆行使徒化シンジ)→その後現れる使徒は全て進化したシンジ→神シンジ
と言う事で御座います。

原作に合わして…と言うか原作のまま時間は流れたとご推察下さい。
ではでは、また何れ


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。