Re:birth-福音再び-
〜第弐話 知らない天井〜
暗い室内で数人の男が会議を開いている。
「碇君。ネルフとエヴァ、もう少しうまく使えんのかね?」
「零号機に引き続き君らが初陣で破壊した初号機の修理代および兵装ビルの補修…国一つに大打撃を与えるには十分だよ?」
「おもちゃに金をつぎこむのもいいが、肝心なことを忘れてもらっちゃ困る」
「君の仕事はそれだけではないだろう?」
「左様! 人類補完計画、我々にとってこの計画こそがこの絶望的状況において唯一の希望なのだ」
「承知しております。しかし、サードチルドレンのあの戦闘は予想を超えていました。予想された被害よりも30%以上も被害額が少なかったのは僥倖でした」
「たしかに、映像を見る限りではシナリオとはだいぶ違っている…」
「初陣でこれほどの戦闘能力を発揮するとは、碇君きみの息子は何者かね?」
「10年前に起こった初号機の事故後、シンジ…サードチルドレンは変質しました。使徒の殲滅はスムーズに進むかもしれません」
「あまりスムーズすぎても困るのだがね」
「いずれにせよ、使徒再来による計画の遅延は認められない。予算については一考しよう」
「情報操作のほうはどうなっている」
「ご安心を、その件については既に対処済みです」
部屋全体の暗さは男たちの陰謀が黒く醜く蠢き渦巻いているのが原因かと思わせるような雰囲気だった。
『正午のニュースをお伝えします』
病院の個室を出て待合室にあるテレビの前を通るのにあわせるようにニュースが始まった。
『まず、昨日の爆発事故についてですが、政府の見解では――――』
(この情報操作すぐにばれてたよなぁ…)
しばらくニュースを眺めていたが、ふと立ち上がり病院の見取り図を脳裏に描いて歩き出した。 シンジはレントゲン室へと向かう廊下の窓から外を眺めて待っている、ガラガラという音、それと共にやってくるであろうレイのことを。 そしてそれは記憶にある姿そのままに現れた。
「止めて」
シンジがどうやって呼び止めようか迷っているとか細い声がした。その声に応えるようにシンジの横にそれは止まる。
「…」
しばらく見詰め合ったあと医師に目配せして行こうとする。
「あ…まって」
「何?」
シンジはレイを呼び止めてアポイントをとることにした。 周囲に咎められることの無いように。
「後で君の病室にお見舞いに行ってもいいかな?」
それに対し、レイはコクリと頷いて今度こそ廊下の向うへ進んでいった。 途中でゲンドウがストレッチャーを止めてレイと二言三言言葉を交わし、その後ゲンドウはシンジを見つけたが何も言わずにレイに付き添って行ってしまった。
「ひどいわねぇ、傷心の息子に声もかけないなんて」
突然の声に振り向くと、それはいつの間にか後ろに立っていたミサトだった。
「あ、葛城さん。おはようございます」
「ミ・サ・ト・よ! おはようシンジ君。迎えに来たわ」
二人は病院の中を外に向かって歩いていく。
(そうか、僕は今日で退院なのか)
一度病室に戻り、着てきた学校の制服(ちゃんと洗濯されてる)に着替えて廊下を歩いていた。 本来なら喜ぶべきことではあるが、さっきの約束があるのでそのまま病院を出るわけにも行かない。
「え〜っと、用事があったんですけど無理みたいなんでちょっと伝言お願いしてきます」
「ん、分かったわ。一階の受付のところで待ってるわね」
「わかりました」
第三新東京市に来たばかりの彼が病院に何の用があるのか聞かない所がおおらかと言うか大雑把というかミサトらしい。 そんなこんなで看護士の詰め所を探して歩き出したシンジだったが、廊下の向うから看護士が歩いて来るのに気がついた。
「あの、すいません」
「はいなんでしょう(あら、この子可愛いわ)」
ちょうどよかったとばかりに声をかけたシンジ、そんな彼を女性看護士はしっかりチェックしていたりする。
「実は伝言をお願いしたいんですけど、といってもメモに書いておいたのでこれを綾波レイさんの所に届けてもらえますか?」
「ええ、いいですよ。確かに預かりました」
「それじゃあお願いします」
「はい、綾波さんですね」
看護士に伝言を頼んでシンジは病院を後にした。
「映像、再生します」
ネルフ司令室のメインスクリーンに映し出されたのは先日の戦闘記録だ。
『初号機、リフトオフ!』
ゆらり、とシンジを乗せた初号機が拘束を解除され大地に降り立った。 初号機の前方には頭のない人型のシルエットがたたずんでいる。
(地下の動きを察知されていたみたい、まんまと燻り出された訳ね)
『シンジ君?』
「…はい」
『とりあえず歩いてみて』
「確か考えたとおりに動くんでしたね」
『そうよ、自分の身体だと思って動かす感じ…でいいのよね? リツコ』
『えぇ、基本的には思ったとおりに動くと考えていいわ』
敵を前にして実に悠長なことをしているが、使徒は様子を見ているのか動かない。 足元の塵を巻き上げ不恰好にではあるが初号機は足を上げ確かにその一歩を踏みしめた。
『やった!歩いたわ!!』
(う〜ん…ちょっとまだ調整が甘いよなぁ…ともかく今の目的はサキエルを倒す!)
『シンジ君? 次は…「そんな悠長なことを言っている場合ではありません…来ます」
『ぬゎんですってぇ!?』
先ほどまで佇んでいた使徒が初号機が動いたことに反応して接近してきていたのだ。
「そりゃ敵なんだから襲ってきますよね」
使徒-サキエルは手のひらから戦闘機を撃墜した輝く槍を撃ち出し初号機に攻撃してきた。
『シンジ君避けてっ!』
「くっ!」
しかし、シンジは避けきれずに左腕を貫かれてしまった。 奇しくもそこは初めてサキエルと戦った時に握りつぶされた箇所と同じである、それは単なる偶然かそれとも世界の意志か…。
「うああああああ!!」
『左腕部損傷、回路切断!』
『シンジ君落ち着いて、その痛みはアナタの痛みじゃないわ!』
「リツコ、何とかできないの?こんなんじゃまともに戦えないわ!」
「シンクロ率が…95%!? 神経回路のフィードバック側のレギュレーターのレベルを1桁下げられる?(こんなのありえないわ…さっきは40%くらいだったのに)」
「やってみます!」
『くっそぉ…このやろぉ!!』
「くっそぉ…このやろぉ!!」
(もうやられたふりなんてしてやるもんかっ!)
若干涙目になりながらシンジは反撃を開始した。
『シンジ君!?』
反撃に出た初号機は無事な右腕を突き出しサキエルを捕まえようとするが、サキエルは眼前に紅い壁を展開されそれを阻んだ。
『A.T.フィールド!?』
『やはり、使徒も持っていたのね』
『A.T.フィールドを張っている限り使徒にダメージを与えられないわ』
(そのくらい…)
「う、おおおおおお!!」
『初号機もA.T.フィールドを展開します!』
初号機は手を突き刺しフィールドを横にこじ開けていく。
『位相空間を中和しています!』
初号機がA.T.フィールドを中和し、腕を振りきった瞬間サキエルは仮面のような部位から閃光を放たれる。 閃光は胸部装甲に突き刺さりその衝撃で初号機は大きく吹き飛んでいく。 倒れこんだところに次々とサキエルは閃光を放ってくる。 容赦なく襲いくる閃光の波をシンジは必死でA.T.フィールドを使って防御するが、いつまでも耐えられるものではない。 しかし、シンジはしばらくの間何かを待っているかのようにその場を動かない。 横に転がりなんとか閃光を回避して立ち上がるが、そのときにアンビリカルケーブルを閃光に焼き切られてしまった。
「しまった!!」
『しまった!!』
「しょ…初号機アンビリカルケーブル切断」
初号機と使徒のこの世のものとは思えぬ死闘を前に発令所の面々はみな呑まれている…数名を除いて。
「碇、シンジ君は凄まじいな…」
「あぁ…だが問題あるまい。使徒を倒す上では頼もしい」
「だが、この強さは計画に支障をきたすのではないか?」
「…問題ない」
冬月の口にした不安をゲンドウはいつものポーズでいつもの台詞で切り捨てる。
「す…すごいわ、初めて乗ったのにこんな動きが出来るなんて…シンジ君やってしまいなさい!!」
「ありえないわ。彼にはまだこんな動きはとても無理よ!」
「でも現に動いてるじゃない!行けるわ!」
「でもアンビリカルケーブルが…。マヤ、状況を報告。初号機の近くに電源ビルは?」
「は、はい!…初号機、現在左腕部回路切断及び破損により使用不可能。最寄の電源ビルは…あぁっ! 先ほど破壊されたビルです!」
「「なんですってぇ!」」
マヤの報告した最悪の状況にリツコとミサトは異口同音で驚きの声を上げた。
『シンジ君?残念だけど近くに電源ビルがないの、一番近いビルはそこから右手方向に200Mほど離れたところにあるわ』
「(あと4分30秒…)ミサトさん、あいつの弱点みたいなのはないんですか!?」
(いきなり攻撃すると不信がられるしなぁ…面倒だ)
『リツコ!』
『ミサト…あなたねぇ。ふぅ、シンジ君、胸部にある紅い球体がコアといって使徒の弱点…と言うか心臓のような部分になっているの。そこを狙って破壊することが出来れば倒せる…かもしれないわ』
「…分かりました」
納得出来る回答を得られたシンジはサキエルをきつく見据える。 彼の紅の瞳はさらにその色が鮮やかで輝いているように見えた。
「いっけぇ〜〜〜!!」
『初号機、顎部拘束具引きちぎりました!』
シンジの掛け声と共に初号機の拘束具が破壊され初号機は開放の咆哮を上げた。 A.T.フィールドはその時点で既に中和されサキエルは絶対の盾を失っている。 高速で接近してくる初号機にサキエルは閃光を浴びせるが、初号機は自らのA.T.フィールドでこれを弾く。 初号機は飛び上がり綺麗にサキエルのコアにつま先をめり込ませ、さらにそのままひねりを加えると"ビキリ"と音を立ててコアに亀裂が走った。
「残り…1分」
そうつぶやいたシンジは、先の衝撃で倒れたサキエルのコアに拳の乱打を放つ!
「うあああああああぁぁぁぁ!!!」
次々に休み無く繰り出される拳で次第に亀裂を広げられてゆくコア、敗北を悟ったサキエルは最後の決断を下した。 サキエルは自らの体の形を崩すと初号機に巻きつくように取り付こうとするが、初号機はその一端を掴み回転しながら思い切り上空へと投げ飛ばした。 最後の手段に失敗したサキエルは空中で球体と化し遥か上空で一瞬膨らんだかと思うと十字型に爆炎を撒き散らしながら自らその存在を消滅させた。
「残り20秒…セーフ」
『初号機活動限界まで残り20秒。パターン青消滅使徒の殲滅を確認しました』
『パターン青消滅、使徒殲滅を確認しました』
使途の殲滅を聞きながら初号機は活動限界を向かえ地面へと崩れ落ちた。
「記録終了します」
発令所にいるリツコやマヤなどのスタッフは戦闘のデータを一つでも多く得ようと先日の戦闘記録を見返していたのだ。
「何回見てもすごいですね、シンジ君」
「えぇ、自分たちが作ったとはいえこれが現実だなんていまだに疑わしく思ってしまうわね。 09システムなんて呼ばれていたのが何かの間違いのように思えるわ」
「レイちゃんが大怪我をしていてどうしようかと思いましたど全員無事で何よりでしたね」
「そうね、ところで新たなデータは発見できた?」
「はい、ここを見てください。あの時は気がつかなかったんですけどいつの間にか初号機の左腕が治って動いてるんですよ」
「あら、本当ね。いつの間に修復したのかしら…少しさかのぼって探して見ましょう」
彼女たちは腕の復元や更なる現象の解析を続けたが、何故シンジがあの場所にとどまり攻撃を耐え続けたのかに気づくことは無かった。
[総司令執務室]
シンジの目の前にあるドアのプレートにはそう書かれていた。 ミサトとはここにくるまでの最後の分かれ道まで送ってもらいそこで別れた。
「シンジか」
ドアベルを鳴らすと中からゲンドウの声が聞こえてくる。
「そうだよ、本当に時間をとってくれたんだね」
「あぁ、入れ」
シンジが中に入るとそこにはゲンドウとその隣に冬月が居た。
「私はしばらく出ていよう」
「いえ、冬月さんも居てください」
冬月が気を利かせて席を外そうとするがシンジがそれを止めた。
「それじゃあ、まず僕の住居のことで相談があります。本部の中じゃなくて外に住みたいんですが、どこかいい場所ありますか?」
「本部の中の部屋では不服か?」
「広さも設備も文句はないんですけど、さっき地図で位置を確かめたら中学校の位置が本部から思ったより遠くて登校に時間がかかりそうだから本部の外のほうが助かるんです」
「ふむ…ではコンフォート17マンションはどうかね? 高級マンションだが出来たばかりで葛城君しか住んでいないが登校、本部への移動にも問題あるまい」
「分かりました、場所は後で調べておきます。部屋は自分で選んでも良いんですか?」
「いや、保安上の問題から葛城一尉の隣室11-A-3号室にする。譲歩はここまでだ」
「分かりました。それから僕ってお給料とかもらえるんですか?」
「エヴァンゲリオン初号機専属パイロットということでの登録となっている、よって給金は出る。 金額は月額XXXXX円。使徒との戦闘一回につき危険手当としてXXXXX円だ」
「あぁ、ちなみに部屋は碇の名義で購入という形にしておこう。そのほうが問題が少なかろう」
「えぇ!そんなにもらえるんですか!?」
金額はあえて伏せてあるが、かなりの高額である。月給は既に日本の総理よりもかなり上である。 ちなみにミサトと暮らしていたシンジのお小遣いは月額10000円だった。
(ミサトさん…僕の給料は何処に行ってたんですか…)
「君の能力とエヴァのパイロットということを鑑みれば安いくらいだと思うが…」
「このカードは国連加盟国に本店が存在する銀行ならどこでも手数料無料で引き下ろしができるものだ。 ちなみにジオフロント内の自販機や施設の使用料などはついているカードスロットにこいつを通してやれば自動で銀行から引き落とされるクレジット機能も備えている。 しかしジオフロントの外では通用しないから覚えておけ」
「実際の口座はXX銀行に作られているからこの通帳に記帳してくれたまえ。先の戦闘の危険手当は既に振り込まれているからそのお金で身の回りの品を買うといい。 本当なら後で葛城君から君に渡してくれるように頼むつもりだったのだがちょうどよかった」
「ありがとうございます」
(このカードも何処へ消えたんですかミサトさん…)
真相は紅い海の中だ。ちなみに赤い海から記憶引き継いだといってもエピソード記憶は含んでいない。 そんなことをしたら自我に影響が及ぶからだ。
「他には何か聞きたいことはあるかね?」
「えぇ、綾波レイでしたよね彼女もエヴァのパイロットなんですよね」
「そうだ、レイはお前と同じくマルドゥック機関によって選出された≪一人目の適格者≫だ」
「入院してる間に彼女のお見舞いって出来るかな」
「好きにするがいい」
「とりあえず今はそれだけだよ」
「そうか」
「それじゃあ、また何かあったら連絡します」
「あぁ、シンジ君」
冬月が出て行こうとするシンジを呼び止める。
「なんです?」
「何でも言ってくれたまえ。出来る限りのことはしよう」
「ありがとうございます。それでは失礼しました」
しっかりレイの面会許可を得てから退室したシンジは、隣の部屋に住むことを伝えにミサトの執務室へと向かうことにした。
ミサトの執務室の前までやってきたシンジは突然入っていいものか迷っていた。 インパクト前なら勝手に入っても怒られることはなかったが、なにぶん今は出会って間もない状態だ。 しばし逡巡したが、結局備え付けの呼び鈴を鳴らすことにした。
『はーいどちら様〜?』
待っていると中からそんな声が返ってきた。
「シンジです。入ってもいいですか」
『あら、シンジ君? 司令に話をしにいったんじゃなかったの? まぁいいわ、開いてるわよ。ちょっち散らかってるけどネ…』
「失礼しま…す」
許可を得て部屋に入ったシンジが絶句した理由は、もちろん机の上に詰まれた書類の山だった。
「これが…ちょっとですか?」
机の上にはミサトの正面数十センチ四方以外物など置ける場所は存在していない。 そのスペースも本人の仕事用スペースだ。
「たははは…ちょっちお仕事溜まっちゃってね〜」
「これはもはやちょっとの域じゃないですよ…」
足元にも書類が散乱する室内をを見渡したシンジは、ゴミ箱からはみ出ている赤枠の判が押された書類封筒を見つけて驚いた。 その印鑑の文字は「重要」「機密」で、そんな封筒がゴミ箱に入っているのが信じられなかった。
「ミサトさん、これ重要とか機密とか書いてますけど…」
「え! どれッ!?」
シンジは込み上げる興味を押えきれず、封筒を拾い上げてしまった。
「これですケド」
「あぁ〜〜っ! それ探してたのよ!! 何処にあったの!?」
「…えっとですねぇ…ゴミ箱の中です」
「ご…ごみ箱。マヂ?」
「よく見ないで捨てたんですね…」
ミサトのいい加減さを再確認してしまっただけだった。
「う…うるさいわね。それで? 他に用事があったんじゃないの?」
ミサトは逃げるように話題を変えて立ち上がりコーヒーをカップに入れて飲み始めた。
「忘れるところでした、住むところが決まったんで報告に来ました。」
「あら、早かったのね。それで、何処なの?」
「コンフォート17マンションの11-A-3号室ですよ」
ぶぴっ! ミサトはシンジの入居先を聞いて思わず飲んでいたコーヒーを口から吹き出してしまった。 ミサトの口から噴出したコーヒーは床に散らばる書類(優先度や重要度が低いことを祈る)の一部を黒く染めた。
「うわっ!汚いですよミサトさん」
「コンフォート17マンションでなおかつ11-A-3号室ですって?」
「えぇ、そうですよ。ミサトさんのお隣です」
「それなら一緒に住めばいいじゃないの。そうしましょう」
是名案と言わんばかりに提案するミサトにシンジは少々慌てた。 夢の島のようなあの世界を居住空間として復活させることはかなり困難だったからだ。
「そ、それはお断りしておきます」
「あら、どうしてよ。シンジ君はお金の心配なんて要らないし掃除とかも当番でやれば問題ないじゃない?」
「お金の心配はありませんし掃除も炊事も洗濯も全部自分で出来ますから」
昔取った杵柄である。シンジは主夫と化していたので家事全般が得意になっていた。 しかも金銭に関しては明らかにミサトとは桁違いに稼いでいる。
「む、可愛くないわね〜」
「それに、これは父さんと話し合って決めたことですからね。それより今日は何処に泊まろうかの方が深刻です」
実は"これから"の住居は決定したものの、今日の寝床がなかったりする。 しかし、それをミサトの前で話したのは間違いで、もちろん彼女はこういうのだった。
「だったら今夜は家に泊まっていきなさいよ。隣なんだからすぐだし明日にはたぶん荷物届くわよ」
(し…しまったぁ〜〜〜!!)
「一晩くらいならどってことないでしょ?」
「え〜と…とりあえず保留ということで…」
「泊まる気になったらいつでもOKよん」
ウィンクしながら言うミサトにシンジはなぜか背筋がゾクリとした。
(まずいことになったぞ…何とか今日の寝床を探さなければ…)
「はぁ、それじゃあ失礼します」
「あ、ちょっと待ってシンジ君」
部屋を出ようとしたところを引き止められてシンジは振り返った。
「何でしょう?」
「シンジ君エヴァに乗ったのは初めてよね?」
ミサトの質問に、シンジはドキリとしたが、それを全く感じさせない態度で冷静に対応した。
「どうしてそんなこと聞くんです? もちろん初めてですよ?」
「そうよね、ごめんなさいね。変なこと訊いちゃって」
「いえ、別に…。それでは失礼します」
部屋を出たシンジは宿泊先を求めて歩き回ることにした。
(とはいえ…ここじゃ人もあんまり通らないしラウンジに行こう)
ラウンジは職員たちの憩いの場であるため、いつ行っても大抵誰かがいた記憶があった。 しかし都合のいい事に廊下の向こうから見覚えのある顔が近づいてきた。
(あれは確かミサトさんの取り巻きの〜なんだっけ? まぁいっか、名前わかんなくてもいいんだしね)
名前を忘れられているようだが日向 マコトである。
「すいません、ちょっといいですか?」
「ン? シンジ君じゃないか、退院おめでとう。それからはじめまして、僕は作戦局第一課の日向 マコト。戦況分析が主な仕事なんだ」
「あ、ありがとうございます。はじめまして、既にご存知のようですが、正式に初号機パイロットになった碇 シンジです」
「こちらからもよろしくお願いするよ。それで、何か用かい?」
マコトは人の良さそうな笑みを浮かべて応答してくれた。
「実はですね…」
まだ、続いてます。