生誕と生殺に福音を
第参話
「死闘」
◆――――ある二人の会話
「目的を履き違えてはいけないわ」
「どうしたいか? だね」
「そう」
「僕は彼らに生きていて欲しい・・・それが目的」
「死を与えることではないのね?」
「今更だよ、復讐なんて僕はもう済ませちやったんだから」
「
「・・・・・・」
「悔しくないの?」
「悔しいよ・・・悔しいからあいつ等だけは僕の手で絶対
「それは私もよ―――君」
「――――? いいの?」
「悔しい、この感情を教えてくれたのも―――君。私は嬉しいわ。でも今の目的は違う、そうでしょ?」
「うん、僕は彼らを救いたい。そして生きていて欲しい。例えそれが別の形だとしても・・・」
「その為に見殺すの?」
「・・・・・・この星じゃ彼らはお互いを拒絶する事しかできない哀しい存在だから」
「欺瞞ね」
「判ってるよ」
「でもやるのね?」
「うん」
「僕らは『やられたからやり返す』、そして『死にたくないから戦う』。それで・・・ただそれだけの理由でいいんだと思う」
◆――――第三新東京市、――――の場合
『来たね』
『でも問題ないわ』
『その通り』
『邪魔になったら相手をすればいいわ』
『目的を忘れちや駄目だよ』
『あなたの目的は?』
還る
『じゃあ行こう』
『『サキエル』』
さきえる?
『あなたの名前』
『君が君でいるという証』
『一つしかないあなたの名前』
『頑張って』
『目的を達して』
使徒:サキ工ルは深く考えない。
よく判らないまま、こうしてこの場所に来てよく判らないまま事態は進展を見せている。
だから深く考えずに言葉に従った。
工ヴァ初号機が射出ロより現れたが、遠く離れている事と優先する目的のためサキエルは見向きもしない。
そして崩れ落ちたエヴァ射出ロを覗き込んで、四発目のレーザーを真下に向かって打ち込む。
辺りが地響きでグラグラと揺れた。
◆――――ネルフ本部、第一発令所
ドゴォン!!
「第19層までの特殊装甲融解!! 後一撃でジオフロント最終装甲が破壊されます!!」
「エヴァンゲリオン初号機、最終安全装置解除!!」
マコトの報告に合わせて三人いるオペレータの最後の一人青葉シゲルはエヴァの状況をミサトやリツコ伝える。
その声に合わせて射出口から現れた紫色の巨人の肩の部分と台を繋いでいたロックが離れ、初号機は一人第三新東京市に佇んだ。
時刻はすでに夜を向かえ、夕暮れの赤さではなく外灯の白い光が下から初号機を照らしだす。
「シンジ君。今は歩くことだけ考えて」
『歩く?』
「さっき話したと思うけどあなたの乗っているエヴァンゲリオンは搭乗者の意思を反映して動くの。思い描いたイメージを機械がフィードバックしてエヴァに伝えるからあなたはやりたい事を深く強く考えて、そうすればエヴァは動くわ」
エヴァンゲリオンの技術的な点に関してはネルフで右に出るものがいないリツコは的確と言えなくもない指示を飛ばす。
何も知らない者に成否を問うことは出来ず、碇シンジも反論はしなかった。
『あるく・ ・ ・』
小さく咳いた声が予想以上に発令所に反響し、遠く前方で射出口を覗き込むサキエルを睨みながら初号機が動く。
大きくもない小さくもない足を前に出しただけの一歩。
だが予想を超えた自然さに発令所内の誰もが驚嘆を口にした。
「「「おおっ・・・」」」
「歩いた!!」
思ったとおりに歩く事が出来たので、リツコも喜びを隠さずに叫ぶ。
だが次の瞬間、初号機から送られて来た通信で発令所は別の驚きが広がる事になる。
『・・・赤木さん。僕はあの怪物と戦う為にここにいるんですよね?』
「え、ええ。そうよ」
足を一歩踏み出した状態で固まった初号機。
そこから発令所に送られてくる碇シンジの通信はまるで緊張とは無縁なほど落ち着いた言葉だった。
『つまり、戦わなきゃいけないんですよね? あの怪物と』
「・・・そうね」
「今更何当たり前のこと言ってるのよアンタは!!」
何故こんな事を言うかまだ理解できずにリツコが生返事を返すのに割り込んできたのはミサトだった。
元々対使徒の現場最高責任者である彼女は搭乗者が素人であると言う理由で、ミサト自身ならすぐに判るけど素人には判らない的確な指示が出せない事を歯がゆく思っていた。
そこにきての碇シンジの言葉。
リツコはまだ判断を保留していたが、ミサトはその言葉が脅えから来るものだと決定した。
一度決めたのにいざ本番となると脅えている。
ミサトの自分勝手とも言える自己分析はさらに言葉を続けさせる。
「肩にプログレッシブナイフが格納されているからそれを使って使徒を殲滅しなさいシンジ君、あなたが今いるのは戦場。やるかやられるか。逃げちゃ駄目よ」
「ちょっとミサト!」
いきなり戦場に中学生を送り出しておきながらの暴言にリツコがミサトを止めようとするが、事態は二人の予想を遥かに超えて動き出す。
『そう・・・”敵”と戦えるんだ』
ポッリと誰に聞かせるでもなく独り言のように咳いた言葉。
その瞬間、モニターに映し出された初号機に変化が起きる。
『行け!』
言葉と共に初号機はビルを蹴散らしながら一直線にサキエルに向かって走っていった。
幾つかビルが踏み漬され跳ね除けられていく。
ドガンッ!
ドガンッ!
ドガンッ!
ドガンッ!
◆――――第三新東京市、サキ工ルの場合
求めるモノの間に邪魔なものがある
サキエルがそう考えると彼らはそれを待っていたように答えを導いてくれた。
方法論はさほど変わらず『掘って行く』に変わりは無かったが、どうすれば早く出来るかを教えてくれた。
同じ攻撃を放っておきながら地面を決るだけで終わった攻撃と深い穴を作る攻撃。
サキエルは喜んだ。
攻撃を放てば放つほど穴が開いて気持ちいい。
だけど底が見えてその場所には求めるモノがいないことは判る。
だからサキエルは撃ち続けた。
一度。
二度。
三度。
四度。
それでもまだ足りないと判断してレーザーを改めて放とうとしたその時。
下を覗いていたサキエルの背中側に強烈な衝撃が襲い掛かる。
何!?
二つの球体が守ってくれた強大な爆発のときにも感じた驚きがサキエルの中に染み渡る。
衝撃で横倒しになり、撃とうとしていたレーザーが第三新東京市を一部破壊した。
『あれは君が求めるモノを参考に作られたモノ』
『あれはあなたの”敵”』
『あれは君を殺すモノ』
『あれは人の作りし哀れな人形』
『『どうする?』』
声を聞くまでも無くサキエルは迷わない。
何故ならそれは”敵”だから。
目的を邪魔するものは排除する。
短絡的ともいえる思考でサキエルは起き上がり自分を踏みつけたモノに向かい合う。
紫色の巨人、エヴァンゲリオン初号機がそこにいた。
◆――――第三新東京市、碇シンジの場合
(凄い!)
多少鍛えたとは言え、ただの人に過ぎないシンジは初号機の動きに喜んでいた。
まるで玩具と錯覚してしまう小さく見えるビルと道路を踏みつけ蹴り上げて蹂躙して壊してく。
飛翔、走破、暴力。
これまで味わった事のない力が体現されるエヴァンゲリオン初号機。
(凄い! 凄い! 凄い! 凄い!)
こんなものは知らない。
こんな事はやった事が無い。
こんなものは聞いたことが無い。
こんな事はできない。
(だけど出来る)
空想と言う現実から離れた夢に羽をつけて羽ばたかせた結果、初号機は碇シンジの予想通りに動いてくれた。
いや、むしろ想像以上に動いた
それは成りたかった自分。
夢の中で思い続けた理想がこれ。
(あはははははははははははははははははは)
思考の笑いが止まらず、気分がいい。
色々ごちゃごちゃしていた筈なのに
(何でこんなに楽しいの?)
(何でこんなに暖かいの?)
(何でこんなに面白いの?)
(何で? 何で? 何で? 何で? 何で?)
酒を飲んだ後に訪れる意識が飛びそうな酩酊感と空に飛び出していけるような高揚感を重ね合わせた非現実感を味わいながら碇シンジは”敵”を睨む。
敵、それは殺してもいいモノ。
「行け! 行け! 行け! あははははははは!」
『落ち着きなさいシンジ君! 』
余計な口出しが通信で入ってきても碇シンジは気にしない。
「誰ぇ!? あはははははは」
『くっ! この糞ガキ。エヴァはあんたの玩具じゃないのよ!!』
「知らないよ」
そして碇シンジは殴るイメージを頭の中に描き出し、初号機はそれを忠実に再現した.
ドゴン!
初号機の右拳がサキエルの顔面を殴り飛ばす。
◆――――第三新東京市
角を生やした紫色の巨人と緑色の体躯を持った異形が殴り合っている。
彼女は目の前の現実が信じられずに夢を見ているような気持ちで事態を見ていた。
「・・・」
言葉が出ない。
それが恐怖からくることだと少女は知らない。
それが頭が理解できない部分を弾き出そうとしている事だと少女は知らない。
ただ何も出来ず、見ること以外に出来なかった。
少女の小さな体で抱き締めたクマのぬいぐるみはそれを黙って見つめていた。
ガキン!
初号機の左拳が黒い球体にぶつかると、まるで鋼鉄同士がぶつかり合うような音が響く。
サキエルの顔面に一発、肩の上の黒い球体にもうー発。
硬く握り締められた拳がそれぞれに襲い掛かり、サキエルは後ろによろけ、黒い球体は遥か彼方まで吹き飛ばされた。
「はははは」
笑い声がエントリープラグ内に鳴り響き、碇シンジの高揚感は収まる気配はない。
『心理グラフ上昇』
『シンジ君!! こっちの言う事を聞きなさい!!』
発令所からの指示とそれを完全に無視した碇シンジの暴走。
エヴァが稼動して戦闘になった状況は今回が初めてなので、指示が出し切れないのもその原因で碇シンジは止まらない。
そもそもいきなり乗せておいて命令をただ聞けというのも無理な話ではある。
「はははは」
振りかぶる手。
振り下ろされる腕。
撃ち出される拳。
サキエルが再びよろけ、今度は持ちこたえる事ができずに道路に転倒する。
その際を突いてもう一発振り上げた拳は残った白い球体を黒い球体が飛んでいった方向とは別の場所に殴り飛ばす。
壊れるビル。
飛んでいった二つの球体。
ひび割れる道路。
殴りつける敵。
砕け散る外灯。
殴りかかるエヴァ。
押し漬されるガードレール。
強大な破壊音と共に第三新東京市の一画は町の形を少しずつ失っていく。
少女が見ていた光景は遠い場所での出来事だった。
時間が経てばようやく事態がどれだけ危険か悟る事ができる。
少女は特別非常事態宣言と言うものを聞いたときにその事を知っていたが、判ってはいなかった。
危険だからその為の特別非常事態宣言。
少女は目で見てようやくその現実を知る事ができた。
「・・・あ、あああ」
抱き締めるクマのぬいぐるみが少女の手の力で少し変形する。
お気に入りのぬいぐるみを取りに行こう。
少女はそう思った。
シェルターに避難してどれだけ時間が経ったか判らない過去。
あまりにも何も無いのを理由に不貞寝した兄の眼を盗んでシェルターを抜け出して自宅があるアパートへと向かった。
不幸だったのは子供の足ではシェルターから家に戻るまでかなりの時間が必要だった事だろうか?
それともようやくたどり着いた家でクマのぬいぐるみを見つけた安堵感からちょっとだけ眠ってしまった事だろうか?
子供の足、それが少女のものでは僅かな距離も疲労を誘うには十分すぎる要因だった。
気が付けば人のいなかったその町は戦場になっていた。
怖い
それ以外を考えられない。
手はぬいぐるみを抱き締めるために動くのに足が動かない。
声にもならない声で少女は言った。
「怖いよ・・・」
だがそれを聞いてくれる人は誰も居ない。
厳格だが普段からよく家を開けている祖父と父はいない。
いつも呼べば駆けつけてくれる兄の姿は無い。
誰もいない一人ぼっち。
遠くにある『戦争』を見て、少女は涙した。
黒い球体が少女のいるアパートの近くに激突したのはそんな時だった。
微震が少女を揺らす。
「あ!」
悲鳴も振動も恐怖を増徴させる以外の効力は発揮せず、少女は目に見えて体を震えさせた。
ブルブルと小刻みに体が揺れてクマのぬいぐるみもそれに合わせる。
怖い
怖い
怖い
怖いから震えることしか出来ない。
だから震えている、でも窓から見える景色に変化が起きる。
遠くで殴り合っている二人の巨人の姿、それよりももっと近くに黒い球体が
震えながら見るその姿。
黒い丸。
少女はそこから絵の具の黒と夜の空の色を連想させた。
「・・・」
少女は黒い球体がすぐ近くに殴り飛ばされた事を知らない。
少女は黒い球体がすぐさま浮かび上がった事を知らない。
少女は黒い球体がサキエルの肩の上にいた事を知らない。
だから危険だとは思えなかった。
「・・・」
黒い球体はただそこに在る。
でも少女は何故か見られているような気がしていた。
そう思った次の瞬間、少女の意識は闇に包まれる。
後方に崩れ落ちたサキエルの巨体。
攻撃のチャンスと思った碇シンジはすぐさま相手を殴るイメージを描き出す。
それは碇シンジがやってみたかった事。
それは碇シンジの望み。
「あはははははは」
すかさず初号機はサキエルの巨体に覆いかぶさる。
足で下半身を固定して、顔を肩を腕を胸を、そして鳩尾の部分に存在する紅い球体を殴る。
ボガン
ボガン
ボガン
ボガン
ボガン
鈍い音が鳴り響き、時折紫色の血が弾け飛び。それを見た後に凶暴な破壊衝動が碇シンジの中に駆け巡る。
「あははははは、死ね」
言葉と共に紅い球体:コアを殴ろうとした次の瞬間、サキエルと初号機の間にオレンジ色の八角の壁が出現した。
「うわ!」
突如現れたそれがどんな効力を発揮するのか碇シンジは知らない。
だが初号機がまるごと弾き飛ばされた事実は移り変わる景色で知る事ができた。
浮遊する体が容易く道路へと叩きつけられる。
『ATフィールド!』
『駄目だわATフィールドがある限り、使徒に触れる事はできない』
碇シンジは予想外の反撃に薄れそうな意識を必死に繋ぎとめる。
顔を上げるとそこにはオレンジ色の壁の向こうにいる敵。
起き上がると同時に駆け出して初号機は拳を前に出す。
ガァン!!
だが拳はサキエルには届かずにスピーカーから聞こえてきた名前で知るATフィールドと言うものによって止まる。
続けて二度、三度攻撃を加えるが結果は変わらず、初号機の手の装甲が反対にじわじわと凹んでいった。
『無理よ! ATフィールドは絶対防壁と言われる強固なシールドなの、今のエヴァじゃ中和か侵食しないと壊せないわ』
エントリープラグのスピーカーを通してリツコの声が聞こえてくる。
碇シンジは目の前のATフィールドと悠々と立ち上がるサキエルを一瞥しながら話す。
「壊せるんですか?」
『え!?』
「だからこのATフィールドとかいうのは壊せるんですか?」
『り、理論上エヴァもATフィールドを展開できるから可能よ、”1-1=0”、出力が同一なら単純な引き算でかき消す事も可能だわ、でも・・・』
『すぐ後ろの第23射出口を解放するから撤退しなさい!!』
「このエヴァもATフィールドが張れるんですね?」
『・・・そうよ』
『撤退しろって言ってんでしょうがこの糞ガキ!!』
本当に戦争の最前線で戦っているのか疑わしくなるほど冷静に話す碇シンジと理知的に返すリツコ。
そして作戦部長という肩書きのまま自分の思い通りに事が進まないことに激怒するミサト。
碇シンジは話しかけてくる片方を完全に無視してリツコに言った。
「どうすれば張れるんですか?」
『正確には判らないわ、何しろシンジ君以外のチルドレンの中でもドイツにいる一人しかATフィールドを展開出来た子はいないのよ』
「そうですか・・・」
『戻れって言ってんでしょうがああああ!!』
ミサトの絶叫がエントリープラグ内に響き渡るが碇シンジは完全無視。
そして目の前で佇むサキエルとの間に張られたATフィールドを見つめる。
「出来るはず・・・出来るはず・・・出来るはず・・・出来るはず・・・出来るはず・・・出来るはず・・・出来るはず・・・」
ぶつぶつと咳いていると初号機はこれまで見せた殴る動きとは打って変わって、ATフィールドにただ触れた。
両手と初号磯の額をATフィールドに付け三点で触る。
「AT・・・フィールド」
『こらっ! 聞いてんのこのガキ! こっちが黙ってれば好き勝手やってくれて、エヴァはネルフの決戦兵器であんたのおもちゃじゃないって何度言えば判んのよこらっ!!』
「ATフィールド・・・出来るはず・・・出来る・・・出来る・・・出来る」
ミサトの声を右の耳から左の耳に流したシンジが咳いた瞬間、サキエルの前に展開されたATフィールドに波紋が広がった。
初号機が付いた両手と額の三箇所からATフィールドが揺れ、初号横の目に当たる部分の前にあるATフィールドが開いていった。
『初号機もATフィールドを展開、位相空間を中和していきます!』
『違う、これは侵食してるんだわ。信じられない・・・』
碇シンジはスピーカーから流れてくるマヤとリツコの驚信の声を聞いていたが、彼自身どうしてこうなるのか判っていない。
『ATフィールド』と言う言葉を咳いた瞬間、見えない手が脳髄を鷲づかみにしてぐるぐる回した後に一撃食らわせたような浮遊感と激痛が一瞬だけ頭の中を通り過ぎた。
それを意識したときにはもうどうすればいいかが何となく判っていた。
まるで
(強く、強く、ただ強く望む・・・)
エヴァが搭乗者の意識をフィードバックして動くのならば、
ATフィールドとやらも同様の動きをする筈。
ただそれが何なのか判らない。
ぼんやりとして、空気のように形の無い存在。
でも何となくそこにある事だけは判る不確かな形。
(これはそこにある、そこにある、そこにある、そこにある、そこにある、そこにある、そこにある)
願った時、それは形になっていた。
リツコの言う『1-1=0』が現実になり、 ATフィールドに出来た穴がどんどんと広がっていく。
その大きさが初号機が通れるくらいになったころ、碇シンジの意識はようやくATフィールドから目の前のサキエルに向けられた。
だがその時すでにサキエルの腕が初号機の頭のすぐ前に待ち構えていて、VTOL磯を打ち落とそうとしたパイルが伸びてくるのを真正面から見ることになる。
頭蓋を叩き割られるような強烈な衝撃が額を割り、碇シンジの頭から鮮血が少しだけ流れ落ちた。
ぐわん
と、音が響いた錯覚を覚えながら、サキエルを倒すために衝撃で閉じた目を必死になって開く。
そこには
◆――――ネルフ本部、第一発令所
その頃リツコとミサトは碇シンジという話し相手を挟んだため、口論が勃発していた。
片方は話し、もう片方は無視。
二人は少しだけモニターから目を離して睨みあう。
「ミサト! 彼はまだ中学生なのよ、いくら初号機が起動したからって命令を素直に聞いてくれるとは限らないわ!」
「だからって好き勝手やらせてたらエヴァが壊れちゃうでしょ!」
「その為に貴女が居るんじゃない、的確な対処は本来貴女の仕事なのよ!?」
「あのガキがこっちの言う事聞けばいいのよ!」
「だから」
ドゴンッ!
二人の口を止めたのはエヴァと第三新東京市を打ち抜いたサキ工ルのレーザーが作り出す地響きだった。
ATフィールドに出来た穴から無防備な初号機に向かっての一撃。
数個のビル郡を巻き込んだ灼熱の炎は初号磯を遠方まで吹き飛ばす。
「初号機は!?」
「右腕および右肩損傷、着弾とほぼ同時に右手でガードしました」
リツコとの口論が無駄に終わると判断したのか、ミサトはマコトに尋ね状況を把握する。
元々よそ見しなければ損害が軽微になったことはありえた可能性だが、ミサトは頭からその考えを消した。
「瞬間的な超々高温によりパイロット負傷。シンクログラフが反転! パルスが逆流しています」
「パイロット、モニターに反応なし生死不明」
「危険よミサト」
ミサトと同じようにすぐさま頭を切り替えて自らの職務に戻ったリツコはマヤとシゲルの報告を聞いてこれ以上の戦闘が続行不可能だと提示する。
モニターには顔面の装甲にひびが入り、初号機の右側が焦げた様子が映し出されていた。
それは中にいるパイロットは見た目と同じくらい危険な状況であると告げている。
「ちっ! 勝手に動き回った挙句にこのざま!?」
嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨てるミサト、だがネルフ絵司令と副指令の目もあるので続けて自らの職務を全うする。
「作戦中止、パイロット保護を最優先。プラグを強制射出して」
「駄目です、こちらからの信号を受け付けません」
初めて出した的確ともいえる指示。
だが返すマヤの言葉は最悪の状況を伝えた。
「何ですって!?」
◆――――第三新東京市
サキエルはパイルの一撃でよろめかせた後のレーザーの直撃で動かなくなった初号機を見て満足気に立つ。
邪魔者の排除に完了。
目的の為の行動が実ったので目的を目指す戦いとは別の行動、射出口をこじ開けて求めるべきモノの場所に行くために動く。
殴り合い、弾き飛ばされ、吹き飛ばし、当初開けていた射出口から遠く離れている事を確認すると。サキエルはゆっくりと道路を歩く。
初号機のように破壊し粉砕しなぎ倒したりはせず、あくまでゆっくりと。
一歩一歩進んでいくとレーザーの余波で周りが溶解した射出口が見えてくる。
ドスン、ドスンと道路を踏みしめて、射出口の淵に立ち。見下ろしたところでサキエルはある事に気が付いた。
あ
黒い球体と白い球体の姿が無い。
そう思って今打ち出そうとしたレーザーを止め、あたりを見渡す。
右、いない。
左、いない。
前、いない。
後、いない。
上、いない。
下、当然いない。
消えた?
サキエルにとって初めて感じる喪失感。
近しいものが、求めるモノに似たモノがいなくなる恐ろしさ。
戦いで浮かび上がった気分が冷水で一気に冷まされるような悪寒。
ほんの少しだけ緑色の巨体を震わせたその時、ほぼ同時に黒い球体と白い球体が姿を見せる。
え?
ただ単にビルの死角に入り込んでサキエルから見えなかっただけなのだとサキエルは知る。
そして感情とも言うべき心の流れを実感していた。
たった一つの気持ち『還りたい』以外に感じた思い。
それの驚きながらも、安堵感と気恥ずかしさと始めて感じるそれらにごにやごにやしていると白い球体と黒い球体はサキエルの元に集合した。
――――あるモノを連れて。
それは何?
サキエルの肩口が低位置になってしまった黒と白の球体。
黒い方の上にサキエルが見たことのない小さいモノが乗っかっていた。
感情の発露か、それとも自我の目覚めか。
サキエルはそれに興味を示す。
『これは”人”、君の兄弟みたいなものだよ』
『そう言えば戦車、VTOL機、あるいはエヴァに守られていたから”人”を直接見たことはなかったのね』
『君と同じこの星に生まれた生命体』
『そしてあなたの”敵”』
『哀しいけどね』
『相容れない存在』
『判り合えるのに』
『判ろうとしない存在』
『見える?』
少しだけしか離れていなかったのに復活した声にサキエルは懐かしさを覚える。
言葉が示すとおりに動いたのか、それとも元々そうしたかったのか。
サキエルは体をずらして、黒い球体の方を向く。
正確には黒い球体の上に仰向けになって動かない少女を見た。
人
『そう』
『リリスより生まれた命』
『君はアダムより分化された命、還りたい場所』
『それは同じ命』
『でも人は恐れる』
『あなたを』
『僕らを』
『『人は恐れる』』
サキエルは少しの間、求めるモノを忘れてそれを見た。
◆――――ネルフ本部、第一発令所
「民間人!? まだ残っていたというの!?」
「当初の作戦は続行不能、どうすれば・・・」
真実や思いがどうであれ、モニターに映し出される状況は表向き使徒が少女を捕まえていると見える。
リツコは目の前の現実を言葉に、ミサトは自分の職務から個別の言葉を出す。
敵であるサキエルは体のあちこちに裂傷にも似た初号機の攻撃痕があるが、重症になる前に叩き返したので損害はむしろ軽微。
加えて目に見えてじわじわ自己修復しているので、時間が経てば経つほど不利になっていくのは明白。
そしてあと一撃加えられればジオフロントまで貫通してしまう工ヴァ射出口。
頼みの綱の工ヴァ初号機は沈黙を保ち、パイロットの意識は不明。
他意はなくても『人質』になっている少女。
状況は最悪としか言えなかった。
起死回生の一手は?
そこにいた誰もがそう望んだ瞬間、モニターに写る初号機に異変が起こった.
装甲で固められた初号機の顎の部分が内側から砕けて開く。
「エヴァ再起動!?」
「そんな・・・」
マヤは反射的に現実に起こっている事象だけをロにするが、状況判断ではそんな事ある訳がないと知っているリツコはぼんやりと言葉にする事しか出来なかった。
だが現実はリツコの予想を超えてどんどんと進んでいく。
顎を開いた初号機。
パイロットからの反応が無いまま立ち上がる初号機。
そして初号機は吠えた。
オオオオオオオオオオオオオオ!!
「まさか、暴走?」
何とか自分の想定内に現実を収めようとするリツコ。
その隣でミサトはころころ変わる主義主張で命令とは言えない諦念を言葉にした。
「いけない! 民間人が危険だわ」
だがそこにいた誰もが何も出来ない。
モニターは無慈悲に起き上がってサキエルに再び突っ込んでいく初号機を映し出していた。
◆――――第三新東京市
オオオオオオオオオオオオオオ!!!
サキエルがその声に反応して、黒い球体に向けていた視線を声のする方向に向けた時。すでに初号機はサキエルのすぐ近くまで跳んでいた。
初号機を認識した次の瞬間にはもう組み合っており、張っていた筈のATフィールドがやすやす突破された事を知る。
だが守りが消えたからといって邪魔者が復活した事実に代わりはない。
だから攻撃する。
仮面にも顔を殴られながらサキエルは反撃する。
振り上げられた手を強引に掴むと、もう片方の手が伸びてきた。
ボガン
体液を少し巻き上げてサキエルの体の一部がへこむが、サキエルはそれを無視して掴んだ手を力任せに握り締めた。
殴る。
握る。
殴る。
握る。
殴る。
握る。
殴る。
握る。
殴り倒す。
握り潰す。
殴られた箇所にエヴァの拳のあとが痛々しく刻まれたのとほぼ同時に握り締めた腕が不快な音を立てて曲がった。
ゴギッ
折れ曲がる腕。
紫色の血を流す体。
人に置き換えれば痛々しいそれを無視した二人の巨人は更に猛攻をかける。
初号機は折れた腕とは反対の腕で弱点と思われるサキエルのコアを殴る。
サキエルは両手で初号機の顔を掴み、零距離で腕からパイルを撃ち出す。
オオオオオオオオオオオオオオ!!!
殴る。
撃つ
殴る。
撃つ。
殴る。
撃つ。
殴る。
頭部装甲にヒビが入っても初号枚の攻撃は止まない。
コアを殴られ続けられてもサキエルのパイルは撃ちだされる。
掴みあい殴りあい倒しあう二人の巨人。
殴る。
撃つ。
殴る。
殴る。
グギョ!
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
先に根負けしたのはサキエルの方だった。
両手の二本のパイルが初号機の頭を撃ち抜いてなお初号横の攻撃は止まらない。
顔に穴を開けながら、両目を貫かれても初号磯は殴り続ける。
いつしかサキエルの両手は離れ、初号機の片手がコアを殴り続けるだけになっていった。
殴る。
よろめく。
殴る。
下がる。
殴る。
後ろに倒れる。
転倒して一際大きな音を立てるサキエル。
その際を突くように、折れた腕を持ち上げる初号機。
顔の前に構えたかと思うと、折れた場所が瞬時に正常な腕に修復された。
サキエルが見せた自己修復を数十倍の速度にまで引き上げた異常な速さ。
そして初号機はATフィールドで弾かれる前とほぼ同じ格好で倒れたサキエルに覆い被さると。力尽きたのか微動だにしないサキエルのコアに向かって殴りつづけた。
殴る。
ゴガン!
いやだ
殴る。
ゴガン!
まけたくない
殴る。
ゴガン!
あいたい
殴る。
ゴガン!
ころしたい
殴る。
ゴガン!
敵
サキエルの擦れ行く意識を必死に繋ぎとめる感情。
恐怖が。
憎悪が。
執着が。
願いが。
目の前の敵 、エヴァ初号機へと集約される。
その目は自分を導いてくれた黒と白の球体も、最初の初号機の一撃を耐えた衝撃でどこかで飛ばされた人も、自分が撃ち抜いた射出ロも、第三新東京市の町並みも写さない。
あるのはただ敵の存在のみ。
だからサキエルは敵を殺すために撃ち出すパイルより超高温のレーザーよりも強力な武器を解放する。
コアを粉々に破壊しそうな勢いで振りかぶった初号機の手に絡みつくように自分の体を密着させ。自らの意思でコアの結界を突破させて放つ武器。
それはサキエルという存在全てを消滅させる武器。
名を『自爆』。
コアを中心に巨大な破壊の光が第三新東京市を照らした。