第弐拾六話
「親友が必要だと言ったモノ」

◆―――ネルフ本部、発令所、葛城ミサトの場合



ATフィールドの結界が消えるとほぼ同時に第17使徒殲滅の報告が初号機から通信が入った。

ミサトは待ちわびたその報告を聞きながらマコトのコンソールを奪い取って全世界に向けて自分が手に入れた情報をばらまいた。

ネルフの上位組織ゼーレ、セカンド・インパクトの真実、ネルフのトップがゼーレと共に進めていた人類補完計画。

メディアが食いつくには十分過ぎる餌なので、ミサトが何もしなくても世界とそこに生きる人間にゼーレを潰させる算段だった。

ミサトが発信した情報は世界を駆け巡ると同時にネルフを混乱に陥れた。

自分たちが世界の為と思ってやっていたことが世界の終焉に向かう行為だと知らされる。

もちろん冗談か嘘だと声を上げる人間も多数いた。

だがもう遅い、ミサトは本当の復讐の幕が上がったことに笑みを浮かべていた。

この時ミサトはある事実と自分が言った言葉を忘れていた。

それは13年前から既にゼーレが国連の情報操作を可能にするほど強大な組織であること。

そしてエヴァ建造はネルフを含めて全てゼーレが絡んでいると言うことだった。



『エヴァを五機も独占・・・その気になれば世界征服も可能かな?』



◆―――ネルフ本部、発令所、タブリス殲滅から23時間後



ゲンドウは冬月と共にいつの間にか姿を消した。

全てを知らせたネルフ職員が責任追及を行う前にどこに消えてしまった。

マヤはすぐさまMAGIによる補足を急いだが、行方は知れず現場最高責任者にミサトを置いてネルフはとりあえずの沈黙を守っていた。

最後の使徒を殲滅したことで気が緩み。皆思い思いの急速手段をとる中、オペレータの三人は椅子を近づけて話し込んでいた。

「使徒はもういない・・・今や平和になったってことか?」

「じゃ、ここは?エヴァはどうなるの?先輩も今いないのに」

マコトは思い人が現在のネルフの実質のトップになっている事が嬉しいのか軽口交じりで話すが、それと対照的にマヤの声は落ち込んでいた。

技術部としてネルフの兵装やエヴァは自分たちが関わった為愛着があり、それ以上にネルフを治めていたゲンドウ、冬月に加えリツコもこの場所にいないことが気がかりだった。

「ネルフは組織解体されると思う、俺達がどうなるのかは見当もつかないな」

シゲルは考えられる現実を言葉にするが、”誰が”ネルフを組織解体するかまでは考えていなかった。

セカンド・インパクトが起こってしまった事実は変えられない。

ならば今をどうにかするしかないのだが、ネルフに忍び寄る影は彼らが想像するより強大で醜悪だった。



◆―――ゼーレ、査問会



ジオフロントにいくつも点在する監視の目の届かない場所。

ターミナルドグマの奥深くで立体映像をゼーレに送る、ゲンドウと冬月の姿があった。

『約束の時が来た。ロンギヌスの槍を失った今、リリスによる補完はできん。唯一、リリスの分身たるエヴァ初号機による補完を執り行う』

「ゼーレのシナリオとは違いますが」

浮かび上がるキールのモノリスに、ゲンドウは逃亡者と成り果ててもいつもの態度に変化はなかった。

横に立つ冬月にも焦りはなく、普段と同じように佇んでいる。

「人はエヴァを生み出す為にその存在があった。人は新たな世界へと進むべきなのです」

『我らは人の形を捨ててまで、エヴァという名の方舟に乗る事はない』

『これは通過儀式なのだ。閉塞した人類が再生するため』

『同じ場所をただ動き回る人が新たな道を歩き出す』

次々とモノリスが浮かび上がりゲンドウと冬月を中心に円を作り出していく。

『そして滅びの宿命は、新生の喜びでもある』

『知れば人類は皆、選ぶだろう』

『神も人も、全ての生命が死をもって、やがて一つになるために』

人類補完計画の最終段階、その時が近づいていることで皆喜びを隠せずに話し続ける。

ゲンドウは一言だけ言うが、キールがそれに採決を言い渡す。

「死は何も生みませんよ」



『死は、君達に与えよう』



そしてゲンドウと冬月の前からモノリスはすべて消えた。



◆―――ネルフ本部、第一発令所



第3使徒襲来から約一年。遂に約束の日が訪れる。

始まりは国連から松代の第二新東京市を通してネルフに届いた連絡だった。





『Aー801』

特務機関ネルフの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本国政府への委譲。





ミサト自身が証明した最後の使徒。

それがいなくなった事により、ネルフは対使徒組織を解体して国連へ特務権限を返却しなくてはならない。

ちゃんと聞けば理にかなってる上に当たり前の事なのだが、ミサトはこれに反発する。

「何言ってんのよ!!情報は見たんでしょ!?ゼーレの誘発するサード・インパクト!その危険性が判ってんだったら、そっちからどうにかしなさいよ!!」

ミサトは自分が転送した情報の中にネルフがゼーレの下位組織である事を伝えているのを忘れていた。

そしてこの命令そのものがゼーレの指示によって出されたものだと知らずにただ自分の怒りを第二東京と国連に向かわせる。

『数日前にそちらから転送された情報については現在調査中だ。特務機関ネルフ!命令に従いたまえ』

「はんっ!!お断りよ!!ゼーレがつぶれるのをこの目で見るまではネルフは不滅よ!!」

通信役の初老の男性はその言葉を一語一句漏らさずに伝えた。

隣で通信をすべて聞いていたマコトが冷や汗を流した十数秒後。

『そうか、では始めよう。予定通りだ』

国連:ゼーレからの返事は。外部端末からMAGIへのハッキング、戦略自衛隊の戦力を使用したジオフロント侵入作成、そして衛星軌道を周回していた衛星からのN2爆雷十数個を纏めた弾道弾の洗礼だった。

ミサトのこの時のなってようやく、相手に大義名分を与えてしまった自分の失態を悟る。

だが全てが遅かった。



◆―――ネルフ本部



ネルフ本部の入り口を警備していた男性警備員は、ライフルに手をかけたまま辺りを見渡していた。

N2爆雷が第三新東京市を破壊してジオフロントまでの特殊装甲を融解させた振動を感じながら、視線を左右に振るがその場だけは異常はない。

「・・・何が起こってるんだ?」

それがその男の最後の言葉となった。

通風孔から侵入した戦略自衛隊の特殊工作員の一人が背後から忍び寄り口を塞ぐ。

束縛から逃げようとする、それよりも早くナイフが背中に突き刺さる。

「!!」

ナイフは背骨と心臓を一直線に貫き、警備員を絶命させる。

ナイフから滴り落ちた数滴の血が床を染めると同時に警備員の後ろに封鎖されていた扉が全て開放される。

そこには全身を装甲服で固め、銃器類を体の至る所に着けた死神が大勢いた。

人の手による惨劇が始まる。





オペレータの通信と爆音、どちらが早かったのか定かではないが。オペレータは必死になって現在のネルフの状況を説明する。

《第六ネット、音信不通》

《外部との情報回線が一方的に遮断されています》

「ぐ・・・MAGIタイプ5!!ドイツと中国、アメリカの外部端末から侵入が確認されています!!」

シゲルは局所的な振動の中、何とかミサトに報告をあげる。

「MAGIへのハッキング!?」

《第四防壁、突破されました》

「主データベース、閉鎖、だめです、侵攻をカットできません!」

マコトは持てる技術で何とかハッキングを停止しようとさせるが、相手の方が上手で効果がない!

「さらに外郭部侵入、予備回路も阻止不能です!!」

(こんな時、先輩はどこへ行ったの!?)

今だ独房の闇の中にいるリツコを知らないマヤは、心配しつつそれでも手は動かしてハッキングを止めようとする。

人の手による占拠が始まる。





兵装ビルを丸ごと吹き飛ばしたN2爆雷。

ジオフロントの天井に丸い穴が開いて、今までの人工的な光とは違う太陽光が差し込んでいた。

爆発の余熱が地表と特殊装甲の側面を燃やす中、どこからともなく落下音が響いてくる。

砲弾、ロケット弾、小型弾道弾、直径十メートルほどを根こそぎ燃やし尽くす『人が人を殺す為』の兵器。

それらがジオフロントに開いた穴から数百発ネルフ本部に向かって撃ち込まれる。



ドガガガガガガ!!



木が燃え、湖から水が飛び跳ね、地面を焦がし、建物を焼く。

人の手による破壊が始まる。



◆―――ネルフ本部、発令所



「総員、第一種戦闘配置!!伊吹二尉はB−DANANG型防壁を展開させて。青葉君!!アスカとトウジ君は?」

「303、401号病室です」

ネルフ内病棟、第一脳神経科303号病室と401号病室。アスカとトウジは脳波と脈を計る体勢で今だ眠り続けていた。

「そこだと確実に消されるわ、エヴァの中に収容後エヴァ二体は地底湖へ!!すぐに見つかるけどケイジよりマシだわ、レイは?」

「所在不明です、位置を確認できません」

シゲルの目の前のモニターには「LOST」の文字。

「補足急いで!!日向君、リツコは独房だから保安部に言って呼び寄せて!!それと非戦闘員の白兵戦闘は極力避けて頂戴。ドグマまで後退不可能なら投降した方がいいわ」

「了解!!」

「戦闘配置・・・相手は使徒じゃないのに?同じ人間なのに・・・」

コンソールを叩きながら自分が今やっている事への疑問をマヤは口にする。

戦争が始まった。



◆―――ネルフ本部、独房



《第一種警戒体制、繰り返す、総員第一種警戒体制、可及的速やかに所定の場所についてください》

アナウンスが流れる音を聞きながら、リツコは扉が開いて光が入るのを見ていた。

普通なら独房など長時間入っていたいとは思わない、だがこの時リツコは出て行くことを躊躇った。

黒いスーツとサングラスをかけた保安部員はその様子を見ても何の感情のこもらない無機質な声で言った。

「葛城三佐からの要請でMAGIの自立防御にご協力願います」

「・・・ミサトの?」

「はい、詳しくは第二発令所の伊吹二尉からどうぞ」

リツコは幽霊のようにゆっくりと起き上がり、保安部員の横を通り過ぎて外に出る。

この時、ある考えがリツコの中に浮かぶ。

(MAGI・・・母さん)

(・・・最後にしましょう)

自分の最後の願いを適えるためにリツコは発令所に向かった。



◆―――ターミナルドグマ



制服姿のレイはLCLのプールの淵から白い巨人リリスを見上げていた。

ナイフで突き刺した弐号機はここにはもういない。

この場所であった戦い、友人同士での会話の跡はもうどこにもない。

レイが空虚な目でシンジの事を思っていると、後ろから声がかけられた。

「レイ。やはりここにいたか」

自分に縋っていると思い込んでいるゲンドウと、全てを見届けにきた冬月がそこに立っていた。

振り返ってゲンドウの顔を見上げてレイは考える。

(・・・・・・)

(駄目・・・)

(碇君と違う・・・)

(もう、用なし)

そんな事を考えているとは夢にも思っていないゲンドウは、最後の宣言を口にする。

「アダムは既に私と共にある。アダムとリリスの禁じられた融合、ユイと再び会うにはこれしかない」

レイは、まだ自分の右手にある物が本物のアダムだと思い込んでいるゲンドウが滑稽に見えた。

「ATフィールドを、心の壁を解き放て。欠けた心の補完。不要な身体を捨て、全ての魂を今一つに。そしてユイの元へいこう」



◆―――ネルフ本部



グレネードランチャーを撃ち込まれて人が死ぬ。

ライフルか放たれた銃弾で人が死ぬ。

血が床を濡らし、壁に穴が開き、天井がひび割れる。

爆弾で辺りに爆風が飛び散り人が死ぬ。

次々と閉じられる隔壁が爆破されて人が死ぬ。

吹き抜けの通路に爆煙が立ち上がり、鳴り止まない銃声が響く。

撃たれ焼かれ砕け人が死ぬ。

仲間を引きずるネルフ女性職員に弾丸を撃ちこんで人が死ぬ。

放り投げた手榴弾で人が死ぬ。

人が死ぬ

死ぬ

しぬ

シヌ

死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ



発令所にはオペレータからの報告が入り乱れ、状況把握に困難を極めるが。そんな状態でも判る事はあった。

危機的状況が、である。

《第七下トンネル、使用不能》

《西5番搬入路にて火災発生》

《特科大隊、強羅防衛線より侵攻してきます》

《侵入部隊は第一層に突入しました》

《三島方面からも接近中の航空部隊3を確認》

矢継ぎ早に入ってくる現在の状況、それは圧倒的武力でネルフの内と外から蹂躙されていると言う事だ。

何とか独房から出てきたリツコがプロテクトの作業に入ったので、ネットワーク上のMAGIの防御に関して言えば安心できるが。物理的に占拠されれば意味は無い。

《第二グループ応答なし》

《地下第三隔壁破壊、第二層に侵入されました》

《52番のリニアレール、爆破されました》

《第三層Bブロックに侵入者》

ネルフ施設内での武力で言えば相手側に勝てる道理は無かった。

こちらは使徒と戦うプロ、向こうは人を殺すプロなのだから人同士の戦闘で勝てる筈が無い。

「弐号機、参号機射出、共に8番ルートから水深70に固定されます」

「初号機、最終ダミープラグにて起動、準備完了しました!」

マコトとマヤの報告を聞きながらミサトは起死回生の一手はエヴァにしか無いと考える。

施設内の敵は無理でも施設外に展開している敵と、第三新東京市に進行してきている敵はエヴァで倒す事が出来る。

あわよくば指示系統が崩れて助かるかもしれない、そんな淡い期待もあった。

「初号機発進!!ジオフロント内に配置。ネルフ本部第三層までは破棄します、戦闘員はさがって。803区間までの全通路とパイプにベークライトを注入!!」

「はい!!」

マコトはすぐさま廊下とパイプ周りにエヴァ拘束用の特殊ベークライトを流し込む。

紅くどす黒い液体が廊下を満たし、死体になったネルフ職員を丸ごと包み込んでいく。

壁の純白さに血の赤とベークライトの紅さが混じり喧騒を作り出していた。

「これで少しは持つでしょ・・・」

「エヴァ初号機、ジオフロントに迎撃を開始!」

ミサトはシゲルの報告を冷めた感情で聞いていた。



◆―――ネルフ本部、MAGI・カスパー



リツコはMAGI・カスパーの中、中枢基部の蓋をこじ開けて人格移植OSに繋げた端末を操作していた。

自分が今やっている事がどれだけ意味があるのか、もう判らない。

判る事は自分は”馬鹿な事をやろうとしている”、それだけだった。

「母さん・・・娘の最後のお願い・・・聞いて頂戴」

ENTERキーを押すと、第666プロテクトが作動を開始して外部からの進行が全て消える。

《FREEZE、FREEZE、FREEZE》

アナウンスが聞こえている間、理論上は62時間は外部侵攻が不可能になるが、今やろうとしている事はそんなに時間を必要としない。

プロテクト作業が終わったにも関わらず、リツコはその後数分に渡りその場所で端末を打ちつづけた。



◆―――ジオフロント



紫の巨人がジオフロントに姿を見せる。

だがその周りには攻め込まれた戦力で溢れかえっていた、道を見ればおびただしい数の戦車が、少し見上げれば戦闘機とVOTLがジオフロントを飛び回り、空を見上げれば大型ミサイルを搭載した空機がジオフロントに向いて、湖を見ればフリケート艦がその巨体を浮かばせている。

一般人が見たらその兵力さに恐れおののいたかも知れない。

だが紫の巨人を周りに敵しかいないそんな状況でも恐れる事は無かった。

1万2千枚の特殊装甲に守られたエヴァンゲリオン。唯一残ったダミープラグで動く人形は恐れる前に叫んでいた。



ウオオオオオオ!!!



咆哮が鳴り止むのとほぼ同時、全方位から砲撃が始まった。



ドガガガ

ババババ



ミサイルが艦砲射撃が砲撃が初号機を襲う。

だが着弾の瞬間、初号機は砲撃の一番薄い地点を強引に突っ切って跳躍する。

数発当たったが、特殊装甲はいとも容易く爆発を跳ね返し傷一つ負わない。

一足飛びで数百メートルを移動、飛び降りた先は湖の中のエヴァ二体に爆雷を落とそうとしていたフリケート艦だった。



ズンッ!



着地の衝撃で作業員を数人踏み潰したが、初号機はそんな事を気にしないで体勢を立て直す。

そのまま右手で拳を作り、艦内に一撃。

壁も床も天井もいとも容易く突き破り、肩まで押し込めて破壊する。

脆さに満足しながら右手を引き抜いた初号機は、艦の後方に飛んで燃料貯蔵庫に拳を叩き込む。

爆音、振動、粉砕。

ものの数秒で無力化され、沈む以外に何も出来なくなった艦の中でまた人が死ぬ。

初号機は船が沈む前に別の場所に跳んで破壊を続ける。





一度は回避されたが跳躍中は基本的に格好の的になる。

指揮官はすぐさまネルフが抱えるエヴァ共通の弱点を全兵士に伝達する。

「ケーブルだ!奴の電源ケーブル、そこに集中すればいい!!」

電力供給の為のアンビリカルケーブルは初号機と違って脆く、電力が無ければエヴァとて無限に動き回る事は出来ない。

初号機から初号機の動きと一緒に暴れまわるアンビリカルケーブルに標的を移した集中砲火は、着地寸前に何とかケーブルの切断に成功する。

だが初号機は何事も無かったように破壊を続ける。

ダミープラグ、それは破壊の為だけの機械。





立ち並ぶ戦車を踏み潰しながらVTOL機を叩き潰す。

足元の戦車を掴み上げて空に浮かぶ航空機に投げつける。

跳んできたミサイルを特殊装甲で真正面から受けて、爆風を地面に逃がして全てを払う。

壊して殺す。

対使徒専用の兵器はその猛威を振るい、ただ人を殺していた。



◆―――ゼーレ



『忌むべき存在のエヴァ、またも我らの妨げとなるか、やはり毒は、同じ毒をもって制すべきだな』

モノリスナンバー01、キールは最後にして最強の戦力を投入する。



◆―――ネルフ本部、発令所



本部の外では初号機が圧倒的な強さで”敵”を蹂躙している。

だが施設内の人間同士の戦いまで関与できないので、どうしても施設内では人が武力を必要とする。

マコトはコンソールの引出しを開けて中からライフルを取り出す。

「外はいいけどやっぱり分が悪いよ、本格的な対人要撃システムは、用意されて無いからな」

「ま、精々テロどまりだ」

シゲルは答えながらマコトと同じようにマシンガンを取り出す。

「戦自が本気を出したら、ここの施設なんてひとたまりもないさ」

その言葉どおりに、施設内の状況は更に悪化している。

特殊ベークライトも突破されMAGIオリジナルがある発令所のすぐ近くまで敵は迫っていた。

「初号機の活動時間も残り四分・・・どうなるのかな?」

マコトは自分たちがやっている事が正しいのか判らなくなった。

自分たちはゼーレが掲げるサード・インパクトを防ぐ為に戦っている。こんな事で防げるような軽いものなのか?マコトは考えずにはいられなかったが、マヤの報告で思考は中断される。

「ジ・・・ジオフロント直上にエヴァ専用輸送機・・・九機!?」

マヤの前のモニターには松代方面から飛行してくる巨大な空輸機を映し出していた。

機体の下には滑らかな白く丸っこい物体が付いていたが、マヤにはその正体は判らなかった。

しかし後で状況を見ていたミサトはその正体を知っていた。

マコトからの情報と加地から受け継がれた情報を照らし合わせた確実な現実。

「・・・エヴァシリーズ」

一瞬考えをそれに向けていると、爆発音がして階下の壁が吹き飛んでいた。

そこから盾を構えた工作員が流れ込み、銃撃戦が始まる。

ミサト、マコト、シゲルは銃を構えて階下に向けて銃を撃つが、マヤは死の恐怖に怯え縮こまっていた。

白い悪魔がすぐ傍まで迫っていた。



◆―――ジオフロント



”人が乗る兵器”をほとんど破壊し尽くした初号機は次の獲物を探していた。

そんな初号機の上空で、エヴァ輸送機の下に吊るされた量産型エヴァにダミープラグが挿入される。

共に赤黒い色だが、初号機のダミープラグに打ち込まれている文字は『REI』だがこちらは『KAWORU』だった。

ダミープラグ挿入後。すぐさま細長い顔が輸送機から現れ、繋いでいた四肢が輸送機から切り離される。

自由落下の最中。量産機は背中から翼を広げ、片手に幅広で両刃の剣を持ちながら不気味な泣き声を発して滑空する。

九体のS2機関搭載型エヴァシリーズ。

円を描きながら敵を見つけた初号機が待つジオフロントに着地する。

降り立った道路が拉げ、木が薙ぎ払われる。

背中の羽を折りたたみ九対一の戦場が用意された。





九対一。

数の有利さから”そうプログラムされた”エヴァシリーズは初号機を警戒する。

だが初号機の活動時間は残り三分弱、ダミーシステムは現在の最良を導き出して一番近くにいた白亜の機体を襲う。

無防備な顔面に拳の一撃。



グシャッ



口だけで目も鼻も耳も無い顔が拉げる。

LCLの紅い液体が、まるで血のように初号機の腕を濡らしゆっくりとその巨体を地面に静めていく。



ウオオオオオオ!!!



腕を顔から引き抜いて、初号機は次の獲物に向かっていく。



◆―――ターミナルドグマ



「私は、あなたの人形じゃない」

レイはゲンドウの目を見ながらハッキリとそう告げた。

レイが生まれた意味、生かされていた理由、約束の日、レイの役割。

それら全ては理解はしているものの”自分”がそれを受け入れる事は出来なかった。

「何故だ!?」

思っても見なかった拒絶に、ゲンドウはいつもの冷淡とは正反対に感情をあらわにして叫んでいた。

右手の手袋は外されて白い胎児の形をしたものが見えるが、レイは無表情のまま続ける。

「私はあなたじゃないもの。だから・・・駄目」

「レイ!!」

ゲンドウの目に怒りと失望と悲しみが浮かぶ。

「足りないの・・・この身体じゃ・・・」

両手を握ったり開いたりして自分の感触を確かめるようにしながら、ゆっくりとレイは告げる。

「私は碇君の所に行く・・・・・・・・・」

そしてレイはカヲルとシンジがそうであったように浮かび上がった。

人の形をした人で無い証。

「レイ!」

あれだけ縋っていたゲンドウの声が雑音に聞こえる。

今のレイには一つの事しか見えなかった。

シンジに会うため、その為に必要な力。

レイはリリスの胸部の前まで近付いていく。

「ただいま」





『おかえりなさい』





心臓付近のリリスの皮が開き、その中にゆっくりとレイは入っていった。

一瞬の後、開いた後が消えて変わりに振動が辺りに木霊する。

心音。

鼓動。

生きている証。

今まで動く事の無かった白い巨体は、打ち込まれた楔から手を引き抜いてLCLの海に降り立つ。

衝撃でLCLが雨の様にゲンドウに降りかかる。

掌から開いていた穴が消え、人間の輪郭をしていた巨体が細身になっていく。

仮面がゆっくりと外れ、仮面が合った場所に顔と髪の毛が構築される。

レイの裸体の姿見そのままになったリリスは顔を上げた。



『私はレイ、リリスにして綾波レイ』



口を動かさない”声”が届く中で、ゲンドウは呆然とその光景に見入り、冬月はこのやり取りをただ見守っていた。



◆―――ジオフロント



紫の巨人に残った八体の白亜の巨人が群がる。

殴り。

蹴り。

薙ぎ。

斬り。

首が折れ。

腕が拉げ。

足が曲がり。

腕が飛び散り。

胴が千切れる。

プログナイフで切り裂き。

剣を避け。

顔面を蹴り砕き。

腕をもぎ取る。

鬼神の如き強さを見せる初号機だったが、動かしているのはあくまでダミープラグ。

しかもゼーレ側のダミープラグはネルフで開発された物に改良を加えた物。

同じ機械なら勝つのは数で勝る方、単純にして不変の事実。

エヴァシリーズを五体まで活動不能に陥れた所で、物量の差をつかれて四方から剣を向けられて上空に逃げるしか出来なくなった。

初号機は最良の選択で上空へと逃げる。

目下には白の装甲を紅で染めたエヴァシリーズと、こちらを見上げるエヴァシリーズ。

上空では自由落下と体勢を立て直す以外には持っているプラグナイフを投げつけるしか出来ないので、初号機はすぐさま両の腕を前方で組んで防御に回す。

だがその時右足の動きが止まり、空中で停止する。



ウオオオオオオ!!!



咆哮とも悲鳴とも取れる初号機の声がする中、右足の膝の部分に棒が生えていた。

いつの間にかエヴァシリーズの内、一体の剣が”ロンギヌスの槍”に変わり右足を串刺しにしていた。

槍から足を引き抜こうと防御を解除してプラグナイフを持っていないほうの手で槍を掴もうとするが、その前にその腕が別のロンギヌスの槍の貫かれる。



ズシュッ

プシュッ



残った二体のロンギヌスの槍が手を足をそれぞれ貫き、初号機は空に四肢を貼り付けにされる。

初号機の内臓電源が切れるのと、それはほど同時だった。



◆―――ゼーレ



『遂に我等の願いが始まる』

『いささか数が足りぬが、やむを得まい』

『リリスの申し子、エヴァ初号機のアンチATフィールドを』

『エヴァシリーズを持って増幅』

『今こそ』



『『『『『人々の補完を』』』』』



『エヴァシリーズを本来の姿に』

『我等人類に福音をもたらす真の姿に』

『等しき死と祈りをもって、人々を真の姿に』

『我等が下僕、エヴァシリーズは』

『皆、この時の為に』

モノリスが一人の人間のように同じ思いを言葉にする中、モノリスナンバー01が人の姿に戻る。

バイザーをかけた人類保管委員会委員長のキールだった。

「それは魂の安らぎでもある。・・・では儀式を始めよう」



◆―――ネルフ本部、発令所



「内蔵電源、終了。・・・活動限界です、エヴァ初号機沈黙・・・」

銃撃が音が鳴り響く中、マヤの沈鬱な報告を聞いてミサトはモニターを睨み付けた。

モニターには両手足それぞれ一本ずつ貫かれた初号機の姿が映っていた。

エヴァシリーズが地上から持ち上げる、その姿は罪人を咎める裁きにも見える。

「初号機はもう無理か・・・弐号機と参号機は!?」

「両機共にシンクロ率0%、起動する気配すらありません」

今だ湖の底で避難しているエヴァ二体。だがそれは戦力足りえず、ネルフにはこれ以上の戦力が無かった。

ミサトは更なる一手を考えようとするが、考える前に三方からそれぞれ報告が飛んでくる。

銃を構えて階下に弾丸を撃ちつづけるシゲルが言う。

「ターミナルドグマより、正体不明の高エネルギー体が急速接近中!!」

隅っこで大人しくネルフ本部の外の状況だけを見ていたマヤが言う。

「これ、倒したはずのエヴァシリーズが・・・動き出してる」

ミサトを庇うように前方に出てコンソールと銃を扱っていたマコトが言う。

「ジオフロント直上に超高密度のエネルギー反応!!測定不能!!!」

「何・・・一体何が起こっているの?」

ミサトの呟きは、下から浮かび上がってきたリリスの音で掻き消えた。

「あ・・・」



◆―――ジオフロント



戦略自衛隊の作戦本陣で、指揮系統のトップの隊員はそれを見ていた。





血に濡れた白亜の巨人、五体満足のもの、腕が無いもの、足が無いもの、首が人ではありえない方向に曲がったまま立ちあがるもの、腹から血を流し続けるもの。

それら全てが手に持った槍で急所を外して紫の巨人を突き刺して持ち上げていた。





ネルフ本部から盛り上がる白い女性。

裸体に劣情が沸いたが、それを超える異常な大きさ。

知る限り”生命体”では決してありえない推定数百メートルの大きさ。

それが生えた。





N2爆雷でこじ開けた地上とジオフロントを繋ぐ穴に浮かぶ人影。

手持ちの望遠鏡を持ってようやく見えるそれは黒尽くめの格好に白い髪を生やしてオレンジ色の羽を生やしてそこにいた。





正確な情報を与えられないまま、”命令”でネルフ本部占拠を展開していた。

軍人である以上、命令であれば逆らうことは許されない。

途中まで順調だった作戦は、途中から”よく判らない場所”へと変貌を遂げた。

最強の軍事兵器エヴァ。

人の戦力が次々と屠られると思ったら、見たことも聞いたことも無い”何か”が続々と現れる。

よく判らない、だが一つだけ判ったことが在る。

「作戦は、失敗だな」

どこか夢を見ているような気分を味わいながらそんな事を言った。





シンジは何よりもまずレイに驚いた。

自分の知る前の世界の綾波レイは自分を守る為にリリスと融合した。

だがこの世界の綾波レイはそれとは無関係の筈、リリスになっている理由が判らなかった。

(・・・・・・)

(・・・ま、これから判るか)

レイが何をしようとしているかは判らない、だったら自分がやりたい事を優先させる。それはレイを知ることに繋がるのだから。

そしてシンジは、紅い世界で知りたかった事。最後の願いをかなえる為に行動を開始する。





ゼーレからの指令で儀式・サードインパクトにリリスは必要な要素となる可能性が高いので除外。

空に浮かぶ人影が放つ高エネルギーが邪魔になりそうなので排除対象。

エヴァシリーズの内、比較的軽傷な数体はすぐさま行動を開始した。

初号機からロンギヌスの槍を引き抜いて背中に格納された翼を開く。

飛行形態に移行。九体のエヴァシリーズの内、四体が飛び上がりシンジに襲い掛かる。



グサッ!

グサッ!

グサッ!

グサッ!



鮮血が溢れ、血と肉が”エヴァシリーズ”から噴き出す。

伸縮自在のエヴァシリーズのロンギヌスの槍は、シンジの目の前の現れた本物のロンギヌスの槍によって阻まれ。シンジの羽によって巨体を貫かれていた。

一筋の外れもなくダミープラグだけが破壊されていた。

残ったエヴァシリーズ五体は、すぐさま危険度を最大限に引き上げS2機関を解放する。

白亜の装甲が光を帯びて、2000年にセカンドインパクトの時にアダムがそうであったように力の全てを解き放つ。

初号機は全て引き抜かれた槍のお陰で自由になったが、内臓電源は既に0になっているのでその体を巨体を地面に叩きつけて終わる。

槍を構え、羽を広げ、飛翔しようとするエヴァシリーズ。

だが飛び立つよりも早くシンジが動く。



グサッ!

グサッ!

グサッ!

グサッ!

グサッ!



ほんの数秒。

人が人を殺すために作り出した兵器を無傷で倒した初号機。

その初号機を物量の差を持って無力化したエヴァシリーズその全てがいとも容易く動きを止める。

S2機関搭載型エヴァ。現人類の最強兵器と言えど、命令系統の頂点となるダミープラグを破壊されたら木偶人形となる以外道は無かった。



悪魔



圧倒的な武力、12枚の羽のうち9枚でエヴァシリーズを貫くその姿はそれを見た全ての人間にその名を思い浮かばせた。



◆―――ネルフ本部、発令所



「何!何が起こってるのよ!!」

ミサトはモニターに写る現実が信じられずに怒声を上げる。

だがそれを説明できるものはそこにいなかった。

マコト、シゲル、マヤは言うに及ばず。銃撃戦を繰り広げていたはずの戦略自衛隊の戦闘員もその光景に見入っていた。

「何で第零使徒が生きてるのよ!!殲滅したはずでしょ!?どうしてロンギヌスの槍があるの!?白い巨人は何!?何でレイの姿をしてるの!?何で第零使徒が碇シンジと同じ顔をしてるの!?!?」

疑問は数多く存在する。

口に出すことで何とかある程度の落ち着きを取り戻すことは出来るが、結局疑問が解消された訳ではないのでまた怒声を上げる。



「あれは何!?」



◆―――ジオフロント



シンジはレイ、リリスに視線を向けると向こうをこちらを見ていたので急に気恥ずかしくなった。

自分が付けていた仮面は渚カヲルと一緒にターミナルドグマに沈んだので身に付けていない。

真正面から目と目を合わせるのが酷く久しぶりだと感じながら、シンジは残った三枚の羽を動かした。

一枚目は足元に転がっている初号機の胴体に回して持ち上げ。

二枚目は湖に伸ばして弐号機の胴体に巻きつけて引きずり出し。

三枚目も同じように湖に突っ込んで参号機を持ち上げる。

一枚の羽につきエヴァ一体。現存する全てのエヴァがシンジの元に集う。



『さあ、僕らの儀式を始めよう!!』



シンジの宣言と共に全てが始まる。

エヴァシリーズが燐光に包まれ、九つの円と三つの光がシンジの周りに広がったその時、世界が紅に染まった。



◆―――ジオフロント、碇シンジの場合



自分が他人で、他人が自分。

自分以外を感じるが、それはすぐに自分に変わり他人が自分になる。

そうかと思えば自分が離れていく感触を覚え、いつの間にか自分が他人になる。

誰が誰でどれが自分なのか判らなくなる曖昧な感触。

リリスとなったレイとシンジを除く全ての人間が紅い球体に変貌を遂げていた。

戦車の中に、ネルフ本部内に、民家に、ビルの中に、船の上に、山に、谷に、ターミナルドグマに、エヴァのエントリープラグの中に紅い球体が在る。

世界が静寂に包まれ、人の変わりに紅い球体が太陽の光を反射する。



『・・・何をしたの?碇君』



これまでシンジのやる事を見守っていたレイはようやくシンジと会話をする。

ネルフとゼーレにエヴァシリーズと言う邪魔者がいた為、話が出来そうに無い状況だったので今まで黙っていたが。ようやく話せそうな状況になったのを好機と見る。



『・・・別に、全ての人が僕の力で僕とだけ繋がってるだけだよ。エヴァシリーズのS2機関で増幅させた僕のアンチATフィールドを解けばすぐに自分の形を思い出す状態・・・・・・、カヲル君はもういないからアダムの力を使っても出来るけど、きっと疲れるから・・・』



『そう・・・あの世界の一歩手前なのね』



『・・・・・・え?』



シンジしか知る筈の無い言葉をレイが言ったので、一瞬シンジはアンチATフィールドを解きそうになるほど驚いた。

両手を広げて初号機を覆うレイ。

渚カヲルと入れ替わりにシンジの前に現れた”碇シンジの願いそのもの”のレイ。

腕が頭が足が千切れて紅い世界に在り続けた綾波レイ。

記憶の中にあるレイと目の前にいるレイがだぶる。



『私は碇君の知る綾波レイと碇君の知らない綾波レイ、ただ一人の綾波レイ』



『・・・・・・・・・』



『あなたの中の綾波レイは私と共に在る・・・』



『・・・・・・・・・』



『碇君の、そして私自身の願いそのもの』



『・・・・・・・・・』



『渚カヲルがそうであったように。たとえ出会う場所も時間も条件も違ったとしても、私は碇君を選ぶ』



『・・・・・・綾・・・波?』



『そう、私はレイ、綾波レイ。あの世界を体験した碇君の願いそのものよ』



『・・・そう』



泣き出したい気持ちを隠しながらシンジは短くそう言った。

カヲルを殺した時に流した涙とは違う、嬉しいと感じて出る涙。

嘘だとは思えない。だが二度と会えないと判っていたからこそ声を上げて泣き出したかった。



『綾波はずっと僕と一緒にいたの?』



『そう』



『僕が気付かなかっただけなの?』



『そう』



『綾波はずっと僕を見ていてくれたの?』



『そう、だから碇君が何をしたいのかも判るの』



『・・・・・・・・・』



『でも碇君、これだけは知っていて』



『・・・何?』



『私はもう二度と碇君を離さない』



『・・・・・・ありがとう、綾波』



『いいの。それが私の願いだから』



『・・・じゃあ、始めるね』



『ええ』



シンジはゆっくりと両手を広げ、シンジの儀式を始めた。

微かな空気の揺れがシンジを中心に流れ、紅い球体を揺らす。

最初は一つの声だった。



『こんばんわ、知恵の実を食したリリスの末裔達!』



◆―――LCLの海



ミサトは自分が立っている位置をハッキリと理解する事が出来なかった。

ゲンドウは気が付けば何もかもが紅い視界に変わっていたことに驚いていた。

マコトは何がどうなってるか判らなかった。

アスカはまだ生きている”自分”に違和感を覚えていた。

リツコは自暴自棄な自分を自覚していた。

キールは突如変わった自分自身を呆然と知っていた。

自分が判る。

だが声が出せない。

だが動きが取れない。

自分以外の他人を感じるが、それが他人なのか自分なのか良く判らない。

判るのは自分の名前と自分であること。

思考をもっと深くしようとする前に何かがそれを阻む。

抵抗できない。

それが他人なのか自分なのか判らない。



『こんばんわ、知恵の実を食したリリスの末裔達!』



突然”声”が響き思考を止める。

何?を理解する前に声の主は次の言葉を出す。



『世界は僅かな人間の手によって変貌を遂げようとしている』



『だが、それを悪いとは言わない』



『今君達は”自分”を判っている』



『権力をもつ僅かな人間が編み出した”人類補完計画”』



『脆弱な人類を更に高みを持ち上げる為の願い』



『今、この瞬間が分岐点』



『さあ、選べ』



『痛みも憎しみも喜びも哀しみも辛さも楽しさも苦さも嬉しさも強さも弱さも”自分自身”も無い世界』



『死の恐怖に怯え、生を享受し、妬み喜び楽しみ悲しみ生きて死ぬ”自分”の世界』



『自分を望むなら自分の形を思い出せ!!自らを放棄するなら自分を解き放て!!』



『全ては”自分”が決めるしかない!』



『周りに流されない、他人が決めない、自分だけの世界だ!!』



『さあ決めろ!!!』



声が自分なのか、他人なのか判らない。

いきなり選べと言われてもそれがおかしいとは思えない。

声の主が赤い世界にいる事を感じてしまう。

思考を発展させようとしてもそれか或いは自分自身が邪魔をする。

あるのは選択の意志。



憎しみを糧にして自分を取り戻す者がいる。

先の見えない人類の為に自らを殺す者がいる。

生への執着が自らの形を作り出す者がいる。

怠惰的に自分を放棄する者がいる。

喜びを得る為に戻る者がいる。

悲しみから逃げる為に選択する者がいる。

辛さを知る為に生を願う者がいる。

思い人を願い自分を定義する者がいる。

押えつけた自分に耐え切れない者がいる。

何かの為に自分が必要に思える者がいる。

自分の形を思い出せない者がいる。

自分の形を思い出せる者がいる。

人の数だけ選択があり。

同じものなど存在しない

紅い。

赤い。

あかい。

アカイ世界。

それは原初の地球。

誰もがそれを体験し、誰もがそれを感じ取る。

それは自分であり世界の始まりであり終わり。





この日、ジオフロントが紅の液体によって満たされた。

ネルフ本部のMAGI・カスパーの中には押される事の無い自爆スイッチがぷかぷかと浮かんでいた。