第弐拾伍話
「求め続けた願い」

◆―――コンフォート17、ミサト家



セカンドインパクトの真実を知った。

父の本当の仇を知った。

ゼーレが何を行おうとしているか知った。

ゲンドウが何をしようとしているか知った。

こうしてミサトは加地が残した”真実”を受け継いだ。

最初の使徒『アダム』を卵まで還元する為に使ったエネルギーの余剰と相殺の余波、それだけで南極大陸が吹き飛んだ。

改めて父が提唱したS2機関の恐ろしさと使徒の強さに身震いしながらミサトは考えた。

(できそこないの群体として、既に行き詰まった人類を、完全な単体としての生物へと人工進化させる補完計画)

(人類の進化、大義名分だけはご立派ね)

(でもそれで今の人類が死滅したら意味無いわ)

(私は押し付けられる運命はこりごりなのよ)

(碇司令はユイ博士と会う事しか考えてないから、今更計画変更は無理・・・)

(だからと言って人類補完計画が成功するとは限らない)

(やはり情報戦で父の仇を潰す・・・か)

(残る使徒は一つみたいだし)

(使徒は・・・父の仇じゃない)

(でもサードインパクトの可能性があるのは事実)

(やはり殲滅するしかないのね)

今のミサトの味方と言える人材は限りなく少ない。

ネルフのトップにゼーレは人類補完計画に積極的、そしてゼーレはエヴァ建造の関係諸国を裏から支配していると言っても過言ではない。

武力で戦えば確実に負ける

ミサト個人に出来る事はメディアを通しての情報戦しか出来なかった。

「最後の使徒・・・・・・」

第零使徒が記述されていなかった裏・死海文書の記述は気になったが、ミサトは周りにある事から処理していこうと決めた。

最初は第16使徒戦での零号機の自爆で第三新東京市を危険と感じ、次々と疎開していく人達の中にペンペンをお願いする事からだった。

学業に復帰はしたが、生きる熱意が薄れてしまった元チルドレンの相田家か。入院したフォースチルドレンにずっとお見舞いに来ているチルドレン候補者クラスの委員長の洞木家か。

小さい問題は山積みになってミサトの前に立ちはだかっていた。



◆―――ネルフ本部、独房



椅子に座ったリツコは背中側から光が入るのを感じ取った。

こんな場所に来るのはネルフの保安部員か、あるいは。

「碇司令・・・」

リツコは背を向けたまま、そこに立っている男:ゲンドウに話し掛ける。

「猫が死んだんです。おばあちゃんのところに預けていた・・・ずっとかまっていなかったのに、突然、会えなくなるのね。・・・もう二度と会えなくなるのね」

「なぜ、ダミーシステムの予備を破壊した?」

リツコの独り言を無視してゲンドウは叱責する。

「ダミーではありません。私が破壊したのはレイです」

「・・・今一度問う。何故だ?あれでは現在のダミーシステム一つしか残らん」

「あなたに抱かれても、嬉しくなくなったから。・・・私の体を好きにしたらどうです?あの時みたいに!」

リツコはゲンドウに対して思慕の思いを寄せていたと思っていた、だが今感じているのは憎悪以外の何者でもない。

ゲンドウがリツコを見ないと判ったその時から、憎しみしか感じなくなっていた。

「君には失望した」

「失望!?最初から期待も望みも持たなかったくせに!私には・・・何も・・・何も・・・」

リツコはうつむいた姿勢のまま涙を流しながら叫ぶ。

ゲンドウはそんな様子に対して表情を崩さずにその場を後にした。

部屋の中にはまた暗闇が満たされて、リツコ一人が残される。

「・・・どうしたらいいの・・・母さん」



◆―――第三新東京市、開発区マンション



レイは無表情でベットに仰向けになりながら考え事をしていた。

数日前に満たされる感触が身体を通り抜け、自分に足りない何かが補われたような不思議な感覚があった。

同日、赤木博士がダミープラグ開発用の三人目以降のレイを破壊したのだと知る。

レイの体が自分一人になったことで何か変化が起こったのかもしれないが、詳しい事は判らない。

そんな事よりもレイはシンジの事を深く考えていた。

(碇シンジ・・・)

(サードチルドレン)

(でも、使徒)

(私と同じ感じがする)

(シクスチルドレンも)

(どうして?)

(どこにいるの?)

第16使徒との自爆から救われて、気がついた時には視界から消えていた。

一瞬夢だと恐れたが、床に落ちたLCLの足跡と耳に残る声がそれを否定する。

『リリスの前で会おうね』

それは初めてシンジから言われた約束。

あの時気を失ってしまった自分を後悔しながら、レイは叶えたい願い考えていた。

逃がさない、共にいたい、一つになりたい。

心も身体も一つに重ねたい。

いつもの無表情の影に”自分”が溢れ出ようとしていた。



◆―――ネルフ本部、初号機ケイジ



初号機の顔の前でゲンドウはいつも着けている手袋を外して立っていた。

「我々に与えられた時間は、もう残り少ない。だが、我らの願いを妨げるロンギヌスの槍は、すでに無いのだ」

それは独り言ではなく、明らかに誰かに話し掛けているのだが。現状でケイジにはゲンドウ以外の人の姿は無い。

掌には小さな胎児を思わせる白い肉塊が手と融合して目を初号機に向けていた。

「間もなく最後の使徒が現れる。それを消せば願いがかなう」

そしてゲンドウは初号機の中の人物に向かって言う。

「もうすぐだよ、ユイ」



◆―――月、ロンギヌスの槍



ディラックの海でしばらく眠っていたシンジは巨大な槍の前にいた。

月表面に刺さったロンギヌスの槍を眺めながら、お目当ての物を探す。

(多分ロンギヌスの槍なら・・・)

(僕と同じ存在が自らを滅ぼす為に作った武器なら)

(きっと・・・・・・)

宇宙空間を学生服で生身で浮遊する異常な光景を作り出しながら。シンジは月表面、ロンギヌスの槍の穂先の部分へ降下する。

(あ、合った合った)

(アラエルの魂)

(カヲル君の欠片)

(やっぱりロンギヌスの槍にしがみ付いてたんだ)

探し物が見付かると、シンジは手をロンギヌスの槍に触れさせる。

数秒後、展開された巨大なディラックの海にアラエルの魂はロンギヌスの槍ごと放り込まれる。

(回収完了)

(物騒な武器もついでにね)

(いきなり無くなったら怪しまれるか・・・)

月の表面に開いた二つの穴、ロンギヌスの槍が合った場所を見ながらシンジは考え込む。

(・・・・・・)

(・・・・・・)

(・・・・・・偽物、作っておこう)

即決したシンジは髪の毛を二本抜いて、ロンギヌスの槍が合った場所に放る。

髪の毛だった物は時間と共に質量を増加して、色合いも変化して二重螺旋構造を作っていく。

十数秒後には”ロンギヌスの槍にそっくりな物”が出来上がって、月に刺さっていた。

元がシンジの髪の毛とは思えないほど巨大な作りだった。

(これでよし・・・)

(準備は整った)

(じゃあ、カヲル君に会いに行こう)

シンジはディラックの海を通って地球に戻っていった。

その目から涙が流れている事にシンジ自身気付いていなかった。



◆―――ジオフロント、鉄橋



ミサトは自分の知る限りの情報を、即座にメディアに流す準備を整えながらマコトと密談をしていた。

今ネルフで一番怪しい人物、渚カヲルのデータである。

MAGIが全力を出して調べても正体不明の少年、例えチルドレンといえど怪しむには充分すぎる理由だった。

「どう?彼のデータ入手できた」

「これです。伊吹ニ尉から無断で入手したものです」

「すまないわね。ドロボーみたいなことばかりやらせて」

ミサトは受け取った端末の電源をいれて目を通す。

そこに映し出されたエヴァのシンクロテストの結果に移動した時、ミサトの目が止まる。

「何、これ?」

「マヤちゃんが公表できないわけですよ。理論上はありえないことですから」

「そうね。謎は深まる・・・まさか・・・」

「エヴァとのシンクロ率を自由に設定できるとはね。それも自分の意志で」

「・・・・・・・・・」

「葛城さん?」

「シクスの監視を強化して、出来る範囲限界ギリギリまで」

「・・・何かあるんですか?」

「懸念で終わればいいんだけどね、ちょっち気になることがあって」

ミサトの言葉に何か引っ掛かるものを感じたが、マコトはすぐさまネルフ本部と連絡を取ってシクスの現状と監視強化を通達した。

ミサトが予想する渚カヲルの正体。

『使徒』

まさかとは思うが前例と送り込んできたゼーレの野望を知る今となっては笑って済ませる問題ではなくなっていた。

「シクスは現在散歩中との報告です」

「そう・・・」



◆―――第三新東京市、ネルフ本部直上



湖の中にポツンと立つ壊れた天使の像。

零号機の自爆によって出来た第三芦ノ湖で休憩していたカヲルは周りに誰もいない事を確認して話し出した。

「人は無から何も作れない。人は何かにすがらなければ何も出来ない。人は神ではありませんからね」

端から見ると独り言なのだが、確実に誰かと話している。

数秒後、カヲルが足元に置いた黒い球体から映し出されたモノリスが目の前に浮かび上がり声が出る。

ナンバーは01、キールのモノリスである。

『だが、神に等しき力を手に入れようとしている男がいる』

『我らの他に、再びパンドラの箱を開けようとしている男がいる』

『そこにある希望が現れる前に、箱を閉じようとしている男がいる』

次々とモノリスが浮かび上がり、カヲルを中心にゼーレのメンバー全てのモノリスがそこに現れる。

「希望・・・。あれがリリンの希望ですか?」

笑顔の中に少し呆れた表情を作りながらカヲルは顔を上げてモノリスを見上げる。

『希望の形は人の数ほど存在する』

『希望は人の心の中にしか存在しないから』

『だが、我らの希望は具象化されている』

『それはいつわりの継承者である黒き月よりの我らの人類。その始祖たるリリス』

『そして正統な継承者たる失われた白き月よりの使徒。その始祖たるアダム』

『そのサルベージされた魂は君の中にしかない』

『だが、再生された肉体はすでに碇の中にある』

(碇ゲンドウ・・・行方不明中のサードチルドレンの親にしてネルフ総司令・・・か)

『だからこそお前に託す』



『『『『『『我らの願いを』』』』』』



そしてモノリスは全て消えて、足元に合った黒い球体は溶けて無くなってしまう。

初めからその場所に何も無かったかのように、痕跡すらない。

消えたモノリスに満足しながら、カヲルは溜息の後に一言呟いて天使の像から降りた。

「全てはリリンの流れのままに・・・・・・」



◆―――ネルフ本部、弐号機ケイジ



カヲルは片手に白い仮面を持って弐号機の前にいた。

目に当たる部分だけ空洞になっていて、着けるだけを目的とした装飾品。

シンジが着けていた仮面だった。

本来なら使徒の一部として厳重に管理されているのだが、管理責任者のリツコが束縛されている今、持ち出すのは容易だった。

カヲルを監視していた保安部員もその事は知っていたが、倒した使徒の一部など危険性が少ないと見てカヲルの行動を放置していた。

「死海文書に無い使徒・・・・・・僕に彼女、リリンと同じ形に行き着いた君に会ってみたかったな」

それだけ言って弐号機に向き直ると、仮面を両手に持ったままの姿勢で浮かび上がる。

「さぁ行くよ。おいで、アダムの分身、そしてリリンの下僕」

その言葉と共に弐号機の四つの目に光が宿り、エヴァが起動する。



◆―――ネルフ本部、発令所



ALERT!!

ALERT!!

ALERT!!



警報が鳴り響き、警告灯が点灯を始める。

異常事態はケイジ、拘束具を破壊して動き出した弐号機によってもたらされた。

「エヴァ弐号機、起動!!」

「そんな馬鹿な、アスカは!?」

ミサトはすぐさまシゲルに確認を取らせるが、監視モニターに移る病室には薄っすらと目を開けたままどこも見ていないアスカが映し出されていた。

「303号室です。確認済みです」

「じゃあ、一体誰が!?」

「無人です!弐号機にはエントリープラグは挿入されていません」

マヤのコンソールには『ENTRY PLUG NOT PRESENT UNMANNED』の文字がはっきりと表示されていた。

(誰もいない?シクスの少年ではない・・・まさか!!)

突然の事態に考えられる最悪の予想にミサトはたどり着く。

すぐさま確認を取ろうと電話に手を伸ばそうとするが、それよりも早く新たな警報が鳴り響く。

「セントラルドグマにATフィールドの発生を確認!!」

「弐号機!?」

「いえ。パターン青。間違いありません使徒です!!!」

「なんですって!!」

口に出しつつも、ミサトはそれをどこか納得している自分に気がついていた。

こんな事なら監視強化ではなく、強引に拘束すべきだったと思ったがいまさら後の祭りと思い直す。

《目標は第4層を通過、なおも降下中》

「だめです!リニアの電源は切れません」

エヴァ弐号機と共にカヲルは止まることなくセントラルドグマをゆっくりと降下していく。

自分たちが一番よく知る内部にいるからこそ、致命的な状況が逐一判ってしまう。

《目標は第5層を通過》

「セントラルドグマの全隔壁を緊急閉鎖!少しでもいい、時間を稼げ」

相変わらず黙ったままのゲンドウに変わり、冬月がすぐさま指示を出す。

だがエヴァと使徒の力から考えると、それは数秒ほどの猶予しか作れないほど脆弱なものだった。

「まさか、ゼーレが直接送り込んでくるとはな」

「老人は予定を一つ繰り上げるつもりだ。我々の手で」

ゲンドウの呟きは、誰に耳にも届かなかった。



◆―――ゼーレ、会合



『人は愚かさを忘れ、同じ過ちを繰り返す』

『自ら贖罪を行わねば人は変わらぬ』

『アダムや使徒の力は借りぬ』

『我々の手で、未来へと変わるしかない』

計画は最終段階へ移行、それを知る全てのモノリスはただ結果だけを待ちわびていた。



『碇、初号機による遂行を願うぞ』



◆―――ネルフ本部、発令所



装甲壁を次々と破壊、踏み破りながら弐号機はターミナルドグマを目指していた。

エヴァの自重だけで緊急閉鎖された装甲壁は紙のように砕けていく。

「目標は、第2コキュートスを通過!!」

「エヴァ初号機に追撃させろ!」

「はい」

ゲンドウの支持に対してミサトは端的に返した。

それ以外に方法が無いので、やるべき事は皆わかっていた。

ゲンドウの普段と変わらない威圧的な命令が下る。

「いかなる方法をもってしても、目標のターミナルドグマ侵入を阻止しろ」



◆―――ネルフ本部、セントラルドグマ



前にきた時はロンギヌスの槍を回収するため、そして弐号機が踏み抜いた隔壁を横目で見ながらレイは下方を見ていた。

渚カヲルが使徒だと聞いて驚きは無かったがターミナルドグマに一直線に向かっている事に驚いていた。

元々使徒がたどり着く為の目標がそこにあるのだから不思議に思うことは無いが、シンジが言った言葉はこの時を指していたのではないかと思う。

『リリスの前で会おうね』

使徒がターミナルドグマに行くと、レイが初号機に乗って追撃すると、シンジはこうなると知っていた?

まさかとは思っていると、下の方に光る物体を発見したので思考を戦闘に切り替える。

自分と同じリリンの形を持つ使徒、渚カヲルは弐号機の前でいつもの微笑を浮かべていた。

「目標発見。攻撃を開始します」





掴みかかろうとする初号機の腕は横から伸びてきた弐号機によって遮られる。

何故かは判らないが、弐号機は使徒に味方している。

躊躇は一瞬、レイはすぐさまウェポンラックからプラグナイフを取り出す。

「邪魔」

一刀で弐号機の頭蓋を叩き割ろうとしたが、突き出したプラグナイフは弐号機の左手の平に突き刺さって脳天まで到達しない。

すぐさま引き抜いて再度攻撃を仕掛けようとするが、その前に弐号機の右手にウェポンラックから取り出されたプログナイフが握られる。

お互い左手は左手で握り合い、空いた右手にプラグナイフを構えて相手の体勢を崩そうとする。

降下中の今、体勢を崩すのは相手に有利を与えてしまうのでお互い力押しをするが、両者の力が拮抗して左腕を引いたり押したり出来ずに硬直してしまう。

《エヴァシリーズ・・・》

突然エントリープラグの中に響き渡る声は外からエヴァ二体の攻防を見つめていたカヲルの声だった。

この状態で攻撃されたら間違いなく負けるが、攻撃してこないのは何か意図があってか攻撃手段が無いのかレイには判らない。

少なくとも攻撃してくる気配が無いのが幸運なことなので、耳はスピーカーに向けても意識は弐号機に向けていた。

《アダムより生まれし、人間にとって忌むべき存在》

返答が無くても気にしていないのか、カヲルはただ話を続ける。

《それを利用してまで生き延びようとするリリン。僕にはわからないよ》

「・・・判ろうとしないからよ」

判ろうとしないから判らない、当たり前すぎる謎かけの答えを何故レイが口にしたのかはレイ自身にも判らないが。答えてしまったことで一瞬意識が弐号機から離れる。



ドスッ!



「うっ」

その隙をつかれ、引き手で初号機を近づけた弐号機は初号機の胸部にナイフを突き立てる。

フィードバックの痛みで胸を抑えたくなる衝動に耐えながら、レイはナイフを突き立てたままの格好で動きを止めている弐号機の頸部に向かってナイフを差し込む。

本来ならその場所はエントリープラグが入っているので。一撃加えれば機能停止するはずだったのだが、いくら押し込んでも止まる気配が無い。

《この弐号機の魂は今、自ら閉じこもっているから魂さえなければ同化できるさ。僕もアダムより生まれし者だからね》

わざわざ説明することが余裕の表れか、それとも単なる親切心か。

カヲルはやはりただ眺めているだけでそれ以上何もしようとせずにエヴァと共に降下していた。

《人のさだめか。人の希望は、悲しみに綴られているね》



◆―――ネルフ本部、発令所



《エヴァ両機、最下層に到達》

《目標、ターミナルドグマまであと、20》

今回の戦闘では使徒とエヴァの戦闘映像よりも現在の状況を把握することが重要視されていた。

最悪の場合、本部の自爆もやむなし。

ターミナルドグマのエヴァと使徒を追跡するオペレータ以外は。皆、緊張のあまり言葉が少ない。

発令所の下から強烈な振動と轟音が伝わってきたのはそのすぐ後だった。



ドゴォォン!!



「どういうこと!?」

突然の振動にミサトは状況説明を求めると、マコトとシゲルは状況を読み上げる。

「これまでにない、強力なATフィールドです」

「光波、電磁波、粒子も遮断しています。何もモニターできません」

「まさに結界か」

「目標、およびエヴァ弐号機、初号機、ともにロスト。パイロットとの連絡も取れません!!」

マヤの報告で発令所は絶望的な空気が流れ始めた。



◆―――ネルフ本部、ターミナルドグマ



赤い空が描いてある天井、床にはLCLが浸してあり塩の柱があちこちに生えている。

天井の縦穴から二体のエヴァが落ちて、振動と音が辺りを賑わす。

カヲルはある意味無様とも言える巨人のやり取りを一瞥すると、目的の場所へと浮かんだまま進む。

数ヶ月前に加持とミサトが訪れた場所。

最後の扉も何かする訳でもなく、見ただけでロックが解除されていく。

遂に使徒がその場所へとたどり着いた。





レイは着地の衝撃で意識が少し飛んでいた。

移動するカヲルの後姿を視界に捕らえ、追うために起き上がろうと足に衝撃が走る。

「!!」

慌てて振り向いてみると、そこには首にナイフが刺さったまま初号機の足をしっかりと掴んで離さない弐号機の姿があった。

「邪魔!!」

怒りを込めて殴りつけると、弐号機は自分に刺さっていたナイフを引き抜いて斬りかかって来る。

まずは止まらない弐号機をどうにかする為に、弐号機と同じようにレイも胸に刺さっていたナイフを抜いて迎えうつ。

胸に痛みがはしったが、それを上回る怒りで初号機を斬りつけて行く。

弐号機が斬り。

初号機が刺し。

弐号機が突き。

初号機が薙ぐ。

数秒で激化する巨人の斬り合い、その途中でターミナルドグマに振動が襲ってきた。

「・・・来た」

レイはそれの正体に何となく気がついていた。

こんな事をするのは一人しかいないと知っているからこそ。



◆―――ネルフ本部、発令所



「状況は!?」

自爆の準備を指示していたミサトは、突然の振動に眉をひそめる。

「ATフィールドです」

「ターミナルドグマの結界周辺に先と同等のATフィールドが発生、結界の中へ進入して行きます!」

シゲルとマコトは自分たちが報告しか出来ないことに歯痒さを覚えながら、突然のATフィールドに困惑していた。

モニター出来ないターミナルドグマで何が起こっているのか?

それを知る術が今は無い。

「まさか、新たな使徒?」

「だめです、確認できません。―――あ、いえ、消失しました」

突然消えたATフィールドの反応にシゲルは何とか報告することに成功するが。

何がなんだか判らないミサトはただ驚くことしか出来なかった。

「消えた?使徒が!?」

自分達の見えない場所で何かが起こっている、だがそれが何なのか判らない。

今はレイと初号機に賭ける事と自爆作業を進めることしか、発令所にいる人間に出来ることは無かった。



◆―――ネルフ本部、ターミナルドグマ



十字架に両手を貼り付けにされた白い巨人。

カヲルは七つの目が刻印された紫色の仮面の前に浮かび上がってその巨人を見つめていた。

「アダム。我らの母たる存在。アダムに生まれしものは、アダムに還らねばならないのか、人を滅ぼしてまで・・・」

そこまで言いながら近づいて、カヲルは何かに気が付く。

自身が感じる波動、似ているけど違うもの。

「違う、これは・・・リリス!?」

目の前にある現実を悟ってカヲルは理解した。

与えられた情報が嘘であったこと。

還るべき場所、アダムでは無い事。

弐号機を操って自分が道化を演じてしまったこと。

「そうか、そういうことか、リリン」

改めてリリン・人の策略に微かな喜びを感じながらカヲルはただそう言った。



ドガアァン!!



言い終わるのとほぼ同時、眉間にプラグナイフを刺した弐号機が壁を突き破ってLCLの海に着水する。

無理をすれば動かすことも可能だが、カヲルにそんな気はもう無かった。

普段の笑みではなく、少し残念そうな顔をして壁の向こうから歩いてくる初号機を見つめていた。

「弐号機を止めてくれたか・・・ありがとう」

この時カヲルの心はこの後どうするか決まっていた。

自分からは何もしない、使徒である自分の属性を最大限に開放するだけだった。

タブリスは自由意志の天使。

自らの死。それが唯一の絶対的自由。

死を持って自分の幕を下ろそうと考える。そしてその役目は目の前の初号機。

「さぁ、僕を消してくれ」

あらん限りの望みを持って近づいてくる初号機に語りかける。

腕が伸びて自分を握りつぶせば全てが終わる。

その時を今か今かと待ちわびたが、初号機は両腕を下げた体勢のままカヲルの前で立ち止まっている。

手を伸ばせば届く距離、だが何もしない。

「??」

カヲルが不思議に思っていると、突然初号機のエントリープラグが排出され中から純白のプラグスーツを来たレイが現れる。

「・・・何のつもりだい?」

キョトンとした年相応に見える表情でレイを見ていると、レイはカヲルのほうを見向きもしないで上を向いていた。

その視線を追ってカヲルも視線を上に上げると、そこに一人の少年が浮かんでいた。



『僕が待ち望んだ時が遂に訪れた!』



厳かに宣言する学生服姿の少年。

碇シンジはゆっくりとカヲルの前まで降りていった。





カヲルはシンジを始めて見る。

シンジもこの世界のカヲルとは初対面だった。

だからシンジは親友と呼べる相手と同じ姿をしているカヲルに抱きつきたい衝動を我慢しながら話し始めた。

「はじめまして、渚カヲル君」

「・・・君は碇シンジ君だね、行方不明中のサードチルドレン」

ずっと聞きたかった声。

記憶の中と変わらない口調に微笑み。

シンジは自分の顔が笑顔になるのを抑えられないのを自覚しつつ話を進める。

「シンジでいいよ」

「そう?それじゃあ僕のこともカヲルでいいよ」

カヲルは何故自分がこんなにも気安いのかが少し不思議だったが、目の前の少年の顔を見るとそんな疑問は消し飛んだ。

そうである事が正しいとカヲルの中のカヲル自身が言っていた。

向かい合う二人、それだけ見たら中学生がただ話しているようにしか見えないが、そう解釈するには無理がありすぎた。

何しろ二人とも浮かんでいるのだから。

「カヲル君、僕は君に聞きたい事があってここに来たんだ」

「君は僕と同じ感じがする・・・僕も聞きたい事が出来たから話が終わったら君の正体を聞いてもいいかい?」

「もちろんだよカヲル君」

「ありがとう、シンジ君」

楽しそうに話す二人、シンジの後方でレイはそれを羨ましそうに見ていた。





「もし君が唯一の絶対的自由を選ばないとしたら・・・未来を与えられる生命体になれるなら君はどんな選択をするの?」

「シンジ君・・・君が何を言ってるのか僕には判らないよ」

「・・・こういう事だよ」

シンジはそう言うと右手を前に出す、すると手の平から胎児の形をした生き物が現れて目をカヲルに向ける。

加持がゲンドウに渡していたアダム、ゲンドウの手の平にある偽者と違い本物である。

「シンジ君・・・君はいったい、それはリリスじゃない本物のアダムじゃないか!!」

「アダムは3から16までの使徒に自分の魂を分ける事で擬似的な生命を作り出した・・・でもそれは魂の細分化に過ぎない。リリスの様に第18使徒リリン、自分以外の生命・人類を生み出す事は出来なかった・・・」

シンジはカヲルの追求を黙殺して話を進める。

「だから僕は集めた・・・一つになろうとしている魂を。アダムの魂を持つ君の還るべき場所、セカンドインパクトの汚名を被せられた光る巨人の身体と魂を・・・アダムに、そして”カヲル君”になろうとする心を」

今度は左手を前に出したシンジの手の平から14個の光る球体が出現する。

蛍の様に淡いかと思えば、太陽のように力強く光る不思議な発光体だった。

「元に戻ろうとする意思、自分の形を取り戻そうとするアダムの意思、そしてアダムの魂の持ち主であるカヲル君の意思」

シンジの右手から胎児の形をしたアダムが離れ、14個の発光体がその中に吸い込まれていく。

光る胎児が出来上がった次の瞬間、時間を早送りするように成長してその姿はカヲルそっくりに変わる。

鏡を写したようにそっくりだが、目を閉じていることと服を着ていないだけが違った。

「カヲル君・・・アダムは、もう一人の君はここにいる。君はどうしたいんだい?」

「・・・・・・」

突然の事態に、常に笑顔を絶やさなかったカヲルも開いた口が塞がらなかった。

自分とそっくりに見えるアダムを突然作り出したサードチルドレン。

自分の存在よりも非常識な存在が目の前にいた。

「・・・・・・タブリスの絶対意思、僕にあるのは自由だけだ。それに僕たち”使徒”はアダムに還ればそれだけでインパクトに等しい破壊をもたらしてしまう」

カヲルは何とか微笑みを復活させて話すことに成功するが、まだ驚きからは開放されていない。

「滅びの時を免れ、未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないんだ。リリスの申し子たる君たちには、未来が必要だ。僕にはアダムに還ることは選べないよ」

「自由とは自らに由ること、自由であるなら全ては自分で答えを出さなきゃいけないんだよカヲル君。それにもし君がアダムに還った時の衝撃を心配しているなら、僕が全て押さえ込んであげる。使徒じゃない人の渚カヲルにする事だって僕なら出来る。だからどんな選択でも結果の心配はしないで選んでよ・・・」

シンジは知りたかった。

渚カヲルの決意を、何を思って自らの死を選んだのかを。

タブリスである為か。

シンジを生かす為か。

還るべきアダムが無かったからか。

人として生きられなかったからか。

”シンジを生かす為、人に未来を託した自由と言う死を選んだ”なら”碇シンジを知らない渚カヲルはどんな選択をするか?”

自分に考えられる全ての選択肢を用意した。

その上でなお、カヲルがどんな決断をするのか知りたかった。

この手で殺してもなお、親友と呼びたいからこそシンジは知りたかった。

紅い世界からずっと考えて、知りたかった答えがすぐそこまで迫っていた。

「・・・どうして・・・どうして君はこんな事ができるんだい?」

「カヲル君が・・・決断したら答えを、教えてあげる・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

押し黙るシンジとカヲル、時間だけがただ流れていく。





「・・・・・・」

「・・・・・・」





「・・・・・・」

「・・・・・・」





「・・・・・・」

「・・・・・・」





視線を合わせたまま、時間はただ過ぎていく。

レイを含め、誰一人として静寂を破ったのはカヲルだった。

「・・・僕は与えられた使命かもしれないけど”自由”である事に誇りさえ感じているんだ」

「・・・・・・」

「だから僕は”タブリス”として僕自身の絶対的自由を手に入れたい」

「・・・そう」

「だからアダムにも還らないし、リリンの渚カヲルとして生きる事も選べない・・・」

それは数ある選択肢の中からタブリスが選び出した答えだった。

シンジはそれを聞いてどこか残念に思いながらも嬉しく思っていた。

姿見は同じで中身が違っていたとしても、シンジに親友であるカヲルは変わっていない。それが永久の別れを意味しても渚カヲルはどこまで行っても渚カヲルで有り続ける事が嬉しかった。

「それが・・・カヲル君の出した答え何だね?」

「君が作ってくれた選択肢に魅力を感じたのは嘘じゃない、でも僕にも譲れないものはあるんだ」

「・・・そう、だよね」

シンジは自分がカヲルから視線を外して俯くことしか出来なかった。





「・・・シンジ君」

「・・・何?カヲル君」

「君の手で、僕を消してくれないかい?」

残酷だとカヲルは理解していた。

だがそれを望んでいるのも確かにカヲルだった。

「きっとそう言うと・・・カヲル君なら、そう言うって思ってた・・・」

シンジは泣きそうな声で俯いたままそう答える。

左腕でカヲルの姿をした”アダム”を掴み、右手に背中に生やしていた12枚のATフィールドを一つに纏めたオレンジの剣を作り出す。

左手から出した物をそのまま身体に戻す、巻き戻しのようにアダムを体内に収めたシンジは顔を上げた。

笑っている、でも泣いている。

「それがカヲル君のお願いだもんね・・・」

涙を流しながら、それでもその顔は笑顔だった。

「それじゃあ、さっきのカヲル君の疑問に答えるよ」



『僕はアダムとリリスとリリンが混在する、こことは違う別の未来の可能性が生み出した使徒では無い”使徒”。君が持っている仮面の持ち主なんだ』



「・・・・・・そうか。だから君は僕とアダム、両方に似た感じがするんだね」

普通の人間が聞けば突拍子も無く聞こえる言葉を、カヲルは真摯に受け止めた。

別の未来の可能性、だからこそ”今”をこれほどまで操れるのだと理解する。

「教えてくれてありがとうシンジ君。君に会えて、嬉しかったよ」

それは”シンジがいた世界”の同じ場所で言ったカヲルの言葉。

とても嬉しくて、とても悲しい別れの言葉。

あふれる涙で視界が滲む。

だがシンジはやるべき事を果たす為に、確かめたかった最後の言葉を投げかける。

「ねえカヲル君?」

「なんだい、シンジ君?」

「僕等は別の場所で、別の立場で出会っていたら友達になれたかな?」

自分だけが彼をそう思っていたのかもしれない恐ろしさ。

シンジは涙の奥で返答に脅えていたが、カヲルは堂々と言う。

「なれるさ、今の君と僕みたいにね」







『ありがとう』







そしてシンジの右手に持つ剣が動き出す。

タブリスの首と胴体は重力を思い出してシンジが着けていた仮面と一緒にLCLに落ちていく。

第17使徒は殲滅された。



◆―――ターミナルドグマ、綾波レイの場合



「カヲル君・・・カヲル君」

血に濡れたATフィールドの剣を消したシンジはLCLに横たわる弐号機の上で泣いていた。

「カヲル君、カヲル君、カヲル君」

レイは惨劇の全てを見ていた。

「カヲル君・・・」

エントリープラグから初号機を伝って、弐号機の上で今殺した人物の名前を叫び続けるシンジの元に近寄っていく。

「カヲル君!!カヲル君!!!!!」

両手を目に当てて、泣くその姿。使徒を圧倒的な強さで屠って来た使徒とは思えないほど小さく見えた。

自分を零号機の自爆から救い上げた時の凛とした力強さはどこにも無い。

レイは自分の中でこの状況を言葉にする

(この人は『泣いている子供』)

(最強の使徒なんかじゃない)

(もっと弱く、脆い)

一つになりたいと思った。

慰めたいと思った。

気が付けば、レイは両手でシンジを抱きしめていた。

「うう、ぐす・・・綾波ぃ・・・」

顔は涙でボロボロになって、今まで見てきた顔が見る影も無い。

だがレイはそれをいとおしいと感じた。

悲しむ訳が知りたい。

心も身体も一つに重ねたい。

泣いた顔を押し付けて、両手を背中に回すシンジを抱きしめる腕に力を込めてレイはそれを願った。

「また・・・僕は・・・カヲル君を・・・カヲル君を」

幼子をあやすようにレイはシンジの頭に手を乗せてゆっくりと撫でる。

一回。

二回。

三回。

喋る言葉の意味は理解していない。

だがそれでも今は、その行為が正しいと信じて撫でつづける。

四回。

五回。

六回。

泣き声が薄れて、体が震えが小さくなっていく。

腕から力が消えていき、レイの背中から離されていく。

七回。

八回。

手がレイの肩に移り、シンジとレイの間に隙間を作る。

それと同時にレイの手もシンジの頭から離れ、お互いが間近で向かい合う体勢になる。

「あ、・・・りが、・・・とう、あやな・・・み」

涙はまだ流れて、声はしゃっくりで途切れるがさっきの狼狽振りに比べれば数倍落ち着いていた。

話が出来る状態になったことに安心して、レイは肩に手を置かれたままシンジの顔に自分の顔を近づける。

「・・・碇君」

「な、・・・なに?、あや、なみいい!!??」

突然近づいてきた顔に驚愕しつつ、シンジはレイの唇から目が離せなかった。

一秒一秒を長く感じながら、シンジはそのままレイと唇を合わせる。

そこの時間だけが他と隔離されたように止まり、数秒が経過すると今度はレイが驚愕に目を見開く。

シンジから流れ込んでくる強烈な”自分以外の自分”に。

(これは・・・私)

(私だけど、私じゃない)

(私の形をしていない)

(でも私)

(碇シンジを選んだ私)

断片的ではあるが、自分ではない自分を感じつつレイはそれを受け入れていく。

今の綾波レイと、紅い世界からずっと碇シンジの中にいた綾波レイ。二人の綾波レイが溶け合い混ざっていく感触。

あまりの情報量の多さに、レイはシンジから離れ仰け反る。

自己防衛が受け入れた情報の整理と体を守る為に気絶させようと理解しながら、レイは突然の自分の奇行を心配そうに見つめるシンジに一言だけ言って意識を手放した。

それが聞こえていると信じて。



「”綾波レイ”は”碇シンジ”が好き・・・」





自分が挙動不審になっていると、突然抱きつかれて、突然キスされて、突然気絶して。

レイの行動に判らない事が多かったけど、自分を落ち着かせてくれたことは確かなので少し感謝した。

最後に何か言ったような気がしたが、小声だったので聞けず。シンジはプラグスーツで弐号機の装甲の上に横たわるレイを唇の残る感触の余韻を味わいながら見ていた。

紅い世界からずっと自分以外の存在を認めていなかったシンジに、自分の中に”シンジが知る綾波レイ”がいて、違う世界の綾波レイ同士が引き合ってシンジの中から移ったとは露とも知らずにいた。





「・・・・・・」

しばらく黙ってみていたが、慌てて命の危険が無いか脈を調べるシンジ。少し早いが正常の範囲内なので安心した。

「・・・どうしちゃったのかな、綾波?」

好かれていることに全く気がついていないシンジは、そう言ってこの場所から消えることを決意した。

カヲルを殺してしまった事に後悔がないと言えば嘘になるが、まだ最後にするべき事が残っているのでここに居てはいけなかった。

「カヲル君・・・君の選択はやっぱり変わらなかった。後はその選択が人にとって正しかったのか僕は確かめてみるよ」

声が切れると同時にディラックの海がシンジを包み込んで消える。

後にはしゃがみ込む初号機に倒れる弐号機、その上に横たわるレイが残された。





レイが気が付くと、初号機のエントリープラグ内のスピーカーから発令所の通信が入っている所だった。

《レイ・・・生・・・て》

どうやら渚カヲルの結界が消えて通信が回復したようだ。かなり離れてるのに聞こえている所を見ると、どうも最大音量で呼びかけているらしい。

周りを見ると既にシンジの姿が無かった。

少々残念に思いながら、”前の世界の”綾波レイの記憶を掘り起こす。

最初に笑顔を教えてくれた人。

周りに流されながらそれでも生きていた人。

たった一人残されて、誰の声も聞こえなくなってしまった人。

レイはカヲルの言葉は正しいと思えてきた。

たとえ出会う場所も時間も条件も違ったとしても、惹かれてしまう自分自身がそれを証明している。

シンジの中にいた自分がこの先どうすべきか教えてくれた。



”人を越えてしまった人と判りあうには人ではいけない、この世界のリリスはその為にいる”



一つになってはいけない。

人を超えてもシンジは寂しさに耐えられない。

心も体も一つになると救われない。

だから今度は間違えない。

『私も同じ者になって碇君と共に在る』

すべき事とタイミングを考えながら、レイは発令所の返答をどうしようかも考えていた。