第弐拾話
「バラバラの仲、目の前の現実」
◆―――第三新東京市、病院
トウジはケンスケのお見舞いに来る為に病室の前に来ていた。
第13使徒戦での司令との口論はうやむやになり、結局処罰無しで終わった。だがそれはトウジの悩みを全て払うには余りにも不足した恩情だった。
”何も出来なかった自分”
一番近くにいながら、ケンスケを助けられなかった自分。
聞いた話によると、シンジの攻撃は運良くエントリープラグを斜めに切り裂いたのでケンスケの体には傷一つ付いていない。
だが四号機起動から第13使徒殲滅まで低シンクロとは言え、ずっとシンクロしていたので”殺される自分”を体験したのだと聞いた。
命の危機は何度も味わっている、だが自分の身が引き裂かれる”死”の感触はトウジも味わった事が無い。
だから今のトウジにはどんな言葉をケンスケにかけたら良いか判らなかった。
嬉しそうにエヴァのパイロットになったと語るケンスケを見ているからこそのトウジの気持ちだった。
病室のドアに貼り付けられた『面会謝絶』の文字を免罪符にして、トウジは病室に入ることなく来た道を戻っていく。
◆―――第三新東京市、病院待合室
トウジは怪我なし、だがレイとアスカはそれなりにエヴァのフィードバックで傷を負っていた。
軽傷で包帯でも巻いていればすぐに治る軽い怪我。
だがそれはシンクロ率の低さがもたらした偶然に過ぎない。
レイのシンクロ率がもう少し高ければ、左肩は重症で下手をすればエヴァ同様に千切れていた。
単純な腕力で無力化されたアスカは複雑な思いを抱えながら、包帯を巻いたレイの左腕を見つめていた。
「眼鏡はフィフスチルドレンから抹消されるそうよ、エヴァが修復不可能じゃ無理も無い話ね」
「・・・・・・」
アスカとてシンクロと搭乗者の怪我の重さが比例していることを知っている。
だからこそ判ってしまうが、受け入れたくない事実。
”自分は横の椅子に座るファーストチルドレンにシンクロ率で劣っている”
それが錯覚であると自分を誤魔化し、エヴァ四号機を操った第13使徒バルディエルにやられたのはエヴァの強さとトウジと通信ウィンドウで話していたから油断した結果だと自分を慰める。
「ジャージの奴、眼鏡が面会謝絶って知らないのかしら?そうだとしたらやっぱり馬鹿ね」
「・・・・・・」
会話とも独り言とも取れるアスカとレイの言葉。二人はトウジがケンスケの病室から戻って、それぞれ帰宅していく中終始無言だった。
◆―――夢、相田ケンスケの場合
ケンスケは第12使徒レリエルのディラックの海の中でアスカが見たのと同じ電車の座席に座っていた。
乗員は自分一人。
景色は動いてないのに音と振動はある正確で不確かな世界。
ケンスケはそれが夢だと判った。
「あれ・・・俺なんでこんな所にいるんだ?」
『死んだと言えば信じる?ここは死後の世界だって?』
「死んだ?俺が?それは違うね、これは夢。だから俺は生きてる。違うか?・・・・・・ってお前は誰だ?」
突然現れた向かいの席に座る制服姿の黒髪の同年代に見える少年は誰か。
ケンスケはそいつと会話している自分に驚いて、それから相手の正体が分からないのでまた驚いた。
『ここがどこか。僕が誰か。そんな事は些細な事だよ』
「でもお前が誰か判らないと話しにくいだろ?俺と歳同じくらいに見えるけど、初対面だと思うぜ」
『これは君の夢じゃないの?』
「夢って言っても俺はお前に会った事は無い・・・と思う。だから聞くんだよ」
『名前は人を区別する為の記号に過ぎない』
「それって凄い失礼な考え方じゃないか?」
『僕の考えじゃない、君の考えさ』
「俺の?」
『そう、ここは君の心。君自身の心。僕という偽りの形をもって対面する君自身さ。人は自分を移す鏡なんだよ』
「じゃあ・・・お前は俺か?」
『合ってるけど、違う。正確じゃないけど間違いでもない』
「・・・よく判らない」
ケンスケ自身本当に良く判らない世界だった。
何故電車?
何故夕暮れ?
何故少年?
何故会話?
これは何?
一番早い解決策は夢として自分を納得させる事だった。
『君がここにいるのは、ここが現実じゃないから。君は現実から逃げてここに来た』
「何だ、じゃあやっぱり夢なんじゃないか。思わせぶりなこと言うから。俺、分裂症になったかと思っちゃったよ」
今までと一変してケンスケは努めて明るい言葉で話す。
だが目の前の少年はそんなケンスケを一瞥もしないで話を続ける。
『君は辛い現実から逃げた、自分で選んだ道なのに逃げた、夢の世界に逃げた』
「逃げた?俺が?」
『学生である自分から、親友を怨む目で見る自分から、なりたい自分になれない自分から、エヴァのパイロットである自分自身から』
「エヴァのパイロットになった俺が逃げる訳無いだろ?何言ってんだお前?」
『君は判って理解して知った。でもそれはとてもとても辛い事』
「お前が何言ってんのかいまいち判んないんだよな。もうちょっと判りやすく言ってくれない?」
『もう判っている・・・・・・ただ思い出そうとしないだけ。辛い現実から夢の世界に逃げて否定しているだけ』
「思い・・・出さない?」
『そう、もう知っている筈。思い出さないだけ・・・”エヴァのパイロット”である自分自身を』
「エヴァの・・・俺は四号機のパイロット・・・、校長室に呼び出されて・・・、トウジと話して・・・、松代に言ってエントリープラグに乗って・・・、周りが光って・・・、それで気付いたらエヴァが勝手に動いてて・・・、動かしたいのに動かせなくって・・・、弐号機とか零号機とか初号機とか参号機とか・・・、色んなエヴァが合って・・・、それで・・・、それで・・・・・・」
『死んだ』
「違う!俺は生きてる!」
突然の言葉に大声で返すが、体は全く動かない。
動けば立ち上がり、目の前に人物に殴りかかったかもしれないが。ケンスケは言葉を口にする以外のことが出来ずにただ吠える。
『使徒に殺された』
「違う!違う!俺は・・・俺は・・・」
『何も出来ない自分、足が腕が取れて真っ二つにされた』
「違う!そんな訳無い!!」
『自分が消える』
「違う!嘘だ!そんな事がある訳無い!これは夢だ!!夢なんだ!!!!」
『そう、これは夢。でも現実は変わらない』
◆―――第三新東京市、個人病室
うっすらと目を開けたケンスケの視界にいたのはトウジだった。
いつものジャージ姿でケンスケが寝ているベッドの横から見下ろしていた。
「ケンスケ〜お前三日も寝とったんやで、元気か?」
「・・・・・・・・・」
いつもの軽い調子で話し掛けられて、ケンスケはさっきの悪夢から解放されたのだと知った。
自分はどうやら生きている、それは判ったが何故か体の動きが鈍い。
動かそうとしても自分の体じゃないような違和感がある。
「・・・・・・」
「下手に動かさん方がええ。疲れとるんや、今は休むんや」
変わらない顔で、変わらないいつもの調子で話し掛けられると安心すると同時に憎くも合った。
夢から覚めると同時に思い出してしまった”エヴァごと破壊された自分”。
自分が何の役にも立たずにトウジに助けられたのだと思うと理不尽な怒りが湧き出てくる。
「トウジ・・・・・・」
「何や?何でも言うてくれ、力なるで」
「・・・・・・・・少し、一人にしてくれ・・・」
「わ、判った」
ケンスケは病室から出て行くトウジの背中を見ながら、自分はもうエヴァに乗れないのだと頭のどこかで理解していた。
所詮自分はその程度、凡人とは違う”特別”にはなれない。
親友であるが故に、またトウジが憎く思えてきた。
◆―――ネルフ本部、ケイジ
アスカは訓練も無いのにプラグスーツに着替えて弐号機の前に立っていた。
初号機、弐号機、参号機は先日修理を終えたが、左腕部が丸ごと取れた零号機は現在急ピッチで修理が進められている。
第13使徒戦からミサトの家には戻らず、ネルフの宿泊施設を利用していた。
そしてアスカの脳裏には黒衣の使徒、シンジの姿が焼きついている。
どうしてこんな所にいるのか、アスカ自信にもそれは判っていた。
見知った場所にいればそれだけで自分が勝てないと思い始めている使徒を、自分ではなくミサトとよりを戻した加地を思い出してしまうからだ。
だからと言ってそう何日もヒカリの家に押し入るのも気が引けて結局エヴァの前に来る。
「あなたはわたしの人形なんだから、黙ってわたしの言うとおりに動けばいいのよ!!」
近くに作業員がいたような気がしたが、アスカは気にしないで弐号機に怒鳴りつける。
「この前みたいに失敗したらアンタのせいよ!このままじゃ弐号機を降ろされちゃうじゃない!ミスは許されないのよ!!」
アスカはヒートアップするが、弐号機は決して動かず彫像の様にその場にいた。
アスカはふと、自分がどれだけ馬鹿らしい事をしているか悟る
「・・・・・・バッカみたい」
アスカが我に返ってケイジから出て行こうとした時、ネルフの施設内全てに警報が鳴り響いた。
《総員、第一種戦闘配置。地対空迎撃戦用意。》
「使徒?早すぎる!!」
第13使徒襲来から数える事、四日。
第14使徒ゼリエルがその姿を第三新東京市に現した。
◆―――ネルフ本部、発令所
松代から怪我をした状態で救助されたミサトにほとんど無傷だったリツコ、今回はゲンドウと冬月が出張などと不測の事態ではないので発令所には主要メンバーが全て揃っていた。
とりあえず冬月は状況の説明をシゲルに求める。
「目標は?」
「現在進行中です。駒ヶ岳防衛戦、突破されました。」
モニターには地上からミサイルの嵐が空中に浮かぶゼリエルに打ちつづけられる映像が映し出されていた。
ゼリエルは太目の胴体に短い足、手に当たる部分は肩までしかないので鈍重なイメージを受ける。
四方八方から顔面と胴体中心部に光るコアの二箇所に集中砲火が浴びせられるが、着弾の瞬間にゼリエルの目が光る。
ドゴゴオオン!
兵装ビルの一つが跡形も無く蒸発して、地面に深い穴を掘る。
《1番から20番装甲まで損壊!!》
「20もある特殊装甲を一瞬に・・・」
マコトは強力な攻撃力に怯えの色が混じる、その後方でミサトは指示を出した。
「エヴァの地上迎撃は間に合わないわ! 弐号機および参号機をジオフロント内に配置!本部施設の直援に回して!」
すぐさま指示通りに二体のエヴァはジオフロントの迎撃地点に射出される。
「アスカとトウジ君には目標がジオフロントに侵入した瞬間を狙い撃ちにさせて。零号機は?」
「ATフィールド中和地点に配置されています」
マヤはすぐさまミサトに伝えると、リツコがそれに補足を加える。
「左腕の再生がまだなのよ」
「戦闘は無理か・・・仕方ない、レイ」
「レイは初号機で出せ」
ミサトが指示するより早く、今まで黙っていたゲンドウが最高責任者として指示を送る。
「ダミープラグをバックアップとして用意」
「はい」
ジオフロント内での初の戦いが始まろうとしていた。
◆―――ジオフロント、民間人収容シェルター付近
ネルフの職員は慣れた仕草で民間人を誘導していた。
しかし手つきとは裏腹に、つい先ほど下された命令に肝を冷やしている。
『ジオフロントが戦場になる可能性有り、可及的速やかに民間人の避難を行え』
職員はこれまで何度か使徒とエヴァの戦いを見ていたが、それはジオフロントの外でしかもモニター越しに”観戦”していたに過ぎない。
ここに来てようやく彼は自分が戦場に居るのだと実感し始めていた。
そんな職員が遠目で見ると、20mほど離れた位置に学生服姿の少年が一人佇んでいた。
自分の職務通りに避難させようと走り寄って話し掛ける。
「君!何している早くシェルターに避難しなさい!」
「お気になさらず、僕はここに居なければならないんです。シェルターには入りません」
「何を言って」
ドガンッ!!
その時振動がジオフロント全体を襲い、天井から地上から退避させたビルの幾つかが落下する。
「うわっ!」
揺れで転倒しながら、ネルフ本部近くに落ちたビルを見て職員はこの場に居ることが恐ろしくなった。
この場所から逃げて自分もシェルターに避難しよう。そう思い少年に声をかける。
「君!君もいそ・・・・・・どこ行った?」
さっきまで立っていた位置に少年の姿がない、文字通り消えてしまっていた。
「え?あれ・・・?」
白昼夢か自分が目を離したシェルターに行ったのだと自分を納得させて職員はその場から逃げた。
そこにはもう誰もいなくなった。
◆―――ネルフ本部、発令所
振動と爆音がセンサーを焦がし、モニターにゼリエルの力を映し出していた。
一撃放たれれば特殊装甲は貫かれ、二撃目が直撃すれば第三新東京市が破壊されていく。
「ダメです! あと一撃で全ての装甲は突破されます!」
シゲルの報告を苦々しい顔で聞きながら、それでもミサトはどうにかしようとしていた。
「頼んだわよ・・・アスカ、トウジ君。すぐにレイも送るから」
◆―――ジオフロント
ジオフロントにはエヴァ兵装武器がありったけあるので、守りの要でもあると同時に最高の武力でもある。
だから二体のエヴァの周りの地面には交換用のパレットガンにミサイルランチャーがありったけ突き刺さっていた。
零号機が修理中の現段階ネルフ全兵力の内、三分の二がそこにいた。
「来るわよジャージ!まあ、アンタ何か居なくてもあんなのわたし一人でお茶の子さいさいだけどね」
《・・・・・・》
アスカはジオフロントの今地上と繋がってしまったばかりの穴に向かってパレットガンを構えながらトウジと通信していた。
いつもなら打てば返ってくるトウジのやり取りなのだが、今回は全く応答無し。
「ジャージ・・・どうかした?」
《惣流・・・わし等勝てるんやろか・・・》
度重なる力不足に加え、四日前のシンジの力。
自分の不甲斐なさに弱気な発言が出てしまう。
「何言ってるのよ!!勝つのよ、何としてでも!!!」
《せやけどな・・・》
「五月蝿い!!五月蝿い!!五月蝿い!!この臆病者!!!戦うのが嫌ならここにいるな!!」
アスカも自分自身の力では使徒相手に足りないと心のどこかで納得してしまっていた。
だが、言葉にすることは出来ないので怒鳴ることで自分をそして他人を誤魔化すしか出来なかった。
二人が話している内に、ゼリエルはついにジオフロントに到達した。
「アンタが変なこと言ってるから来ちゃったじゃない!!」
怒鳴りながらもアスカはパレットガンを連射して、天井付近の噴煙から出現したゼリエルに攻撃を加える。
《・・・今は目の前の使徒やな、すまん惣流さっきのは忘れてくれ》
少し贈れてトウジもパレットガンの一斉射撃を実行する。
二点から地上兵装ビルの数倍の弾薬が打ち出されその全てが命中するが、ゼリエルに聞いた様子も無くゆっくりと着陸する。
数秒後、弾丸を撃ち尽くした二体のエヴァは新たなパレットガンに持ち替えて撃ち続けるが、先ほどと同様に効果は見れない。
「ATフィールドは中和しているはずなのに」
《全然効かへん》
弐号機は今度は武器をミサイルランチャーに持ち替えて撃つが、やはり効果は見られない。
破壊どころか着弾の衝撃に揺らぐことも無く平然とゼリエルはそこにいた。
しばらく撃ち続けた二人だったが、効果が無いこととゼリエルに変化が出たので一時攻撃を止める。
「・・・?」
肩の部分から白い紙のように薄い何かが伸びて腕の位置に収まる。
それがゼリエルの腕なのかもしれないが、突然に動きにアスカとトウジは注意深く戦況を見る。
瞬きの間、一瞬後にはその腕が鞭のようにしなり、伸びながら一本ずつ弐号機と参号機に迫る。
「嘘っ!」
《んなアホな!》
ズバッ!
ズバッ!
遠距離の油断もあったが、二人は一瞬起きた事実を理解するのに時間を必要とした。
弐号機は肩と右腕を繋ぐ関節の位置、参号機は腹部。
ゼリエルの腕はそれぞれのエヴァの装甲をいとも容易く貫いた。
伸びた腕を元の肩の位置に戻すと、止まった時間が動き出して弐号機の腕が落ちる。
弐号機は肩から体液が飛び出し、参号機の腹から同じように体液は噴き出す。
「うううう、ぐぐううう」
《うがああああ》
エヴァのフィードバックで激痛が両者の体を襲う。
《二人とも下がって!今初号機が向かうから!》
戦況を不利と見たミサトが発令所から指示を出すが、アスカはそれに反発した。
「いやよ!」
《命令よ!アスカ撤退しなさい!》
「いやよ!絶対にイヤ!あんな奴に助けられるなら今ここで死んだほうがましだわ!!」
《アスカ・・・》
レイに対する絶対的な拒絶、トウジもその通信を黙って聞いていたがそれは絶対見せてはいけない隙を作ってしまった。
ゼリエルの腕がまた伸びる。
「!!」
《!!!》
《しまっ!!全神経接続をカット早く!!》
発令所内で命令を出すミサトの声を聞きながらアスカとトウジは自分達に迫るゼリエルの腕を見ていた。
ミサイルランチャーを手にした初号機がジオフロントに姿をあらわすのとほぼ同時刻、二つの首が空を舞った。
◆―――ネルフ本部、発令所
「弐号機、参号機大破!!戦闘不能!」
シゲルはエヴァを瞬殺した使徒に恐怖を覚えながらも何とか報告する。
ミサトとしては戦力激減の事実、だがそれよりも自分の心配の種を先に回してマコトに聞く。
「二人は?」
「無事です。生きてます!」
「使徒、移動を開始!」
モニターのゼリエルは現れたばかりの初号機に向かって進んでいた。
その体は傷一つ無く、二体のエヴァと戦った痕跡は全く無い。
「レイ!距離をとって応戦、敵は中距離攻撃を可能よ!!」
《了解》
ミサトは二人の無事に安堵しながら指示を出す。
それ以上のことは出来ない、あることを除いて・・・。
「日向君」
「判ってます、ネルフ本部自爆コードの準備は既に完了してますから・・・」
発令所には冷めた空気が漂っていた。
◆―――ジオフロント、綾波レイの場合
アスカの通信は初号機のエントリープラグにも届いていた。
自分が疎まれていることを肌で感じていたが、こうして言葉にして聞くのはこれが初めてだった。
だがレイは特にその言葉に傷ついたり、反応を示すことは無かった。
いつもと無表情なので、発令所の誰しも『レイだから』と納得する。
だがレイは今までの無関心とは異なった思いを抱いて、それがアスカの言葉を無視した。
何故かは判らない、だがレイは待ち望んでいた。
自分の攻撃だけ効果を表したあの使徒の出現を。
ミサイルランチャーの弾丸がゼリエルに着弾するのを見ながらその瞬間を待っていた。
初号機の攻撃も効果なし。
元々弐号機と参号機の攻撃が効かなかった時点で何か別の攻撃方法を行うべきなのだが、それが無い。
接近戦は離れた位置に射出してしまったことと相手にこちらの位置を見られた時点で危険度が倍増しているのでもう遅い。
別の手をミサトが考えていると、特殊装甲20枚を打ち抜いたゼリエルの光線が顔面から放たれる。
《避けてレイ!》
ミサトが言い終わる前に光線は光の速さで初号機の頭に直撃していた。
エヴァの装甲が高温と衝撃からパイロットを守るが、それでも限界はある。
レイはアスカ、トウジと同様に激痛に襲われて地面に伏した。
一発で初号機の無力化に成功したゼリエルは進行方向をネルフ本部に向ける。
本部の外装に攻撃が開始されようとした時、ゼリエルが動きを止めた。
周りを見れば動かなくなった巨人が三体。
そのどれでもない方角を見つめながら、ゼリエルはそこにいる何かを感じていた。
数秒後、そこ場所から12枚の羽が姿をあらわす。
そこは民間人収容シェルターのすぐ近くだった。
◆―――ネルフ本部、発令所
シンジの存在は周知の事実であり、どうしようもない存在だった。
『何故、同じ使徒どうして戦うのか?』
『何故、エヴァを攻撃しないのか』
疑問はあっても、誰も何も出来ない。
エヴァが使えない今となっては、N2爆雷での局所攻撃位しか出来ないが。第3使徒の段階で既に足止めにしかならない事が判ってしまっている。
エヴァ三体を完全に無力化した使徒とエヴァ四号機を滅ぼした使徒。
人類の最後の切り札であるエヴァンゲリオンを両者ともその圧倒的な武力で破壊している。
『あの使徒達が共闘してネルフを破壊したら』
観客となりながら最悪の事態を常に考えつつ、人はそれでも希望も同様に考える。
『あの使徒達が戦って共倒れになれば・・・』
それが根拠の無い憶測でどこまで行っても希望でしかない事は判っているが、それでも人は考えてしまう、自分たちが生き残る為の道を。
リツコはシンジがジオフロントの中に突然現れたことに対しては驚いていなかった。
出現パターンは『使徒とエヴァが現れる所』なのだ、今更自分達の砦の内部に現れたところで不思議でも何でもない。
そしてネルフの暗部、ターミナルドグマのリリスが目的では無いとこれまでのデータから推測できた。
では目的は何なのか?
その点もリツコは当たりをつけていた。
おそらくシンジはエヴァ三体を屠った使徒を倒す。それは予想ではなく決定事項のようにリツコは考えていた。
この後。戦闘が終わったら自分の考えを証明するためにゲンドウにある進言をしようと決めて。
◆―――ジオフロント
数十メートルの高みに浮かび上がったシンジ、ちょうどゼリエルの顔と同じ高さである。
二人の距離は数百メートル離れているが、真っ向から向き合った状態で両者共々動こうとしない。
少し離れた場所では頭部の無い状態で前方に倒れた参号機と顔面を焦がして倒れた初号機からそれぞれエントリープラグが排出されてパイロットが脱出していた。
何故か弐号機からはアスカの姿は現れない。
「くそっ!くそっ!くそっ!」
発令所の指示がもう少し遅かったらトウジはフィードバックのショックで死ぬことを実感していた。
煙に巻かれた事はあった、再挑戦の機会もあった、だが”完全敗北”はこれが初めてだ。
トウジには巨大な使徒とそれに向き合うシンジを睨み付ける事しか出来なかった。
トウジが見ている光景をレイも同じように見上げていた。
シンジを心待ちにしていた自分が居る。
ネルフの命令どおり使徒を倒そうとする自分が居る。
自分の中にたくさんの自分が居る。
そんな矛盾した考えをもちながらレイの足はネルフ本部に向かっていた。
残った零号機に乗ってもう一度戦場に戻るために。
シンジが現れゼリエルが活動を一時停止してから数十秒。
遂に最強の使徒達が動き出した。
ゼルエルの両側から高速で飛んでくる紙にも見える腕。
エヴァの装甲をバターの様に切り裂いたそれをシンジは羽の二枚を前方に出して正面からガードする。
ATフィールドが凹んでシンジを切り裂こうとするが、破るには至らずゼリエルの肩に戻っていく。
攻撃を一度発射したら戻して再度発射。
ゼリエルの腕の攻撃方法はこうなっているので、一度戻す必要が出てくるのでそれが隙になる。
その間に四枚の羽を左上、左下、右上、右下の四方に伸ばし、二枚を両手に持ち剣の様に構え、残りは前方に展開して六角形の盾にするシンジ。
腕が戻った所でゼリエルの顔面から特殊装甲20枚を貫いた光線がシンジに向かうが、これも盾にしたATフィールドで防ぐ。
防御に満足したシンジは盾と両手の剣を構えたままゼリエルに突進する。
距離にして十数メートル、シンジとゼリエルの間に八角形のオレンジ色の壁が出現する。
ゼリエルの八角形のATフィールドとシンジの六角形のATフィールド。
二つがぶつかり合い、二人の盾は即座に消滅する。
巨大化するシンジが持つオレンジ色の二つの剣。
ゼリエルの両側から伸びる、全てを切り裂く腕。
シンジの剣は×印を描くようにコアを中心にゼリエルの身体を四分割して、ゼリエルの腕はシンジの身体を上半身と下半身に別ける。
「・・・・・・・・・」
《・・・・・・・・・》
『・・・・・・・・・』
ゼリエルの身体が斜めにずれ、真紅のコアが四等分され赤黒い色に変わる。
浮かぶ上半身に重力を思い出して落ちていくシンジの下半身だった物。
ジオフロントの地面に崩れ落ちるゼリエルだった物。
第6使徒ガギエル、第7使徒イスラフェル、第10使徒サハクィエル。
それらの三体の使徒がそうであったように、第14使徒ゼリエルは自らの最後を自爆と言う形で終える。
赤黒いコアに一瞬だけ紅い光が灯り、N2地雷に匹敵する局所的な大爆発を起こす。
ドゴゴゴゴゴゴ!!!!
爆発が晴れた後、シンジは何事も無かったかのように上半身だけで空中に浮かんでいた。
誰が言い出すでもなく判ってしまった。
『勝てない』
人類の兵器ではこの怪物にはどうやっても勝てない。
エヴァ三体を屠った怪物をいともあっさり滅ぼした化け物をどうやれば倒せるのか。使徒とずっと戦ってきたネルフでその答えを持つものは居なかった。
ただ一人の予想を除いて。
シンジがいつも通りにその場から姿を消す数秒後まで、人々は畏怖の目でシンジを見ていた。