第拾六話
「真実と約束」

◆―――第三新東京市、駅前



「僕って何しにネルフに徴兵されたんでしょうね?」

「・・・・・・」

「いい天気ですよね、黒い服だと暑くありませんか?」

「・・・・・・」

「いきなり連れて来てエヴァに乗れないから放り出す」

「・・・・・・」

「ネルフってやな組織ですね?そう思いませんか?」

「・・・・・・」

「皆。僕のこと役立たずって思ってるんだろうな、勝手ですね」

「・・・・・・」

「ところでエヴァって何体ネルフにあるんですか?」

「君は既にネルフの人間ではない、どのようなことも教えられない」

それまで一人で喋っていたシンジの隣に立っていた黒服のネルフ保安部員からようやく返答が返ってきた。サードチルドレンがエヴァとシンクロ出来ない、ネルフにとって役に立たないと判った後の動きは普段のお粗末な作戦部長の指示からは考えられないほど迅速だった。

シンジは荷物もなしに松代までの移動費だけ渡されて今ここにいる。

両脇には保安部員が二人、見送りも無ければ止める人間もいない。

誰一人としてシンジが第三新東京市を離れることを止めなかった。

半ば予想していたことだが、これほど当たると呆れるどころかネルフらしさに感心してしまう。

「時間だ」

「判ってますよ。ただ送るだけなのに仰々しい」

誰か達のようにシンジの言葉にいちいち反応しないのを気楽に感じながら、シンジはネルフに徴兵されたその日に第三新東京市からの退去を命じられた。

この日、遠目から見張っていた保安部員はまたシンジを見失う。

ネルフが発見する以前と同様に消息不明、だが今回はそれを追う人選も心配する人間も誰一人としていなかった。



◆―――京都、町工場跡



十数年前は何かが合ったであろうその場所、だが今はがらんとした室内に差し込む陽の光りと積み重なった埃と天井に蜘蛛の巣があるだけだった。

「16年前、ここで何が始まったんだ?」

辺りを見回しても加持の呟きに答える者はいない。

油断無く歩を進めていると、近くの勝手口から物音がして少し開く。

ドアノブの回転と勝手に隙間を作るドアは風が作り出す自然現象ではあり得ない、人為的な結果。

ジャケットの内側に手を入れて、加持はいつでも抜き撃てる体勢になって足音を忍ばせながら扉口の壁に背をよせた。

「私だ」

「ああ、あんたか」

聞いた事のあるその声で加持は少し緊張を緩めて、隙間から外を覗く。

するとそこには一見買い物帰りの主婦にしか見えない女性が、加持に背を向け座り込んでいた。

「シャノンバイオ。外資系のケミカル会社。九年前からここにあるが、九年前からこの姿のままだ。マルドゥック機関とつながる108の企業の内、106がダミーだったよ」

「ここが107個目というわけか」

いつもと変わらない調子で加持は答えるが、言葉の端々に疲れと苛立ちが見え隠れしていた。

「この会社の登記簿だ」

女性は主婦が座ってタウン誌を広げて読んでいるように周りに見せながら、その影で登記簿を広げていた。

「取締役の欄を見ろ、だろ?」

「もう知っていたか」

取締役、あるいはその下の重役の人物欄には加持の知る名前が幾つも羅列してあった。

碇ゲンドウ。

冬月コウゾウ。

キール・ローレンツ。

「知ってる名前ばかりだしな。マルドゥック機関。エヴァンゲリオン操縦者選出の為に設けられた、人類補完委員会直属の諮問機関。組織の実体は未だ不透明」

「貴様の仕事はネルフの内偵だ。マルドゥックに顔を出すのはまずいぞ」

機械音声の様に単調だった声にはじめて感情がこもる。

だが加持はそんな言葉にも自分の考えを変えず、堂々と言い放つ。

「ま、何事もね、自分の目で確かめないと、気が済まない質だから」



◆―――第壱中学、2年A組



『はい、加持です。只今外出しています。ご用の方は、お名前とメッセージをどうぞ』

「ああーーーー!!助けてぇ!!加持さん!何すんのよっ、変態!きゃあぁぁーーー!!」

掃除時間中に突然の廊下中をアスカの悲鳴が埋め尽くす。

何事かと掃除中の生徒、教師は2年A組の廊下に目を向ける。

「なーんちゃって」

と言いながら加持の携帯電話の留守番電話にメッセージを入れていたアスカが言う。

瞬時に冗談だと気付いて掃除に戻る中、少し遅れて教室内からヒカリが姿を見せる。

「どうしたの?」

「明日の日曜にさっ、加持さんにどっか連れてってもらおっかなーと思って電話したんだけども、ずっと居ないの。・・・・・・ここんとこ、いつかけても留守」

「って事は、明日暇なのね?」

「残念ながら、そういう事」

残念そうなアスカとは対照的にヒカリは嬉しそうにアスカに詰め寄る。

「じゃあさ、ちょっと頼みが有るんだけど」

「は?」

「実はさっ・・・」

ヒカリはアスカの耳に口を寄せ小声で何やら話をする。

「えぇー、デートぉ!?」

「コダマお姉ちゃんの友達なんだけど、ど〜しても紹介してくれって頼まれちゃってさっ。お願いっ!」

委員長ヒカリ、仲人のような役目もやる、14歳にして主婦兼任の学生だった。



◆―――松代



俺の仕事は何なんだろう・・・。とゲンドウと冬月、そして三足草鞋の関係各所から踊らされている事に気付きながら加持は松代駅前でお土産を選んでいた。

踊らされている自覚はある、だがそうしなければ自分の中の真実には近づけない。

いや、近づくのに最短で最良な道がこれしかなかったので。他に選び様がない。

ちょっとした自己嫌悪に陥りながら地酒に手を伸ばす。

「葛城の土産はこれでいいとして・・・残りはリっちゃんか」

赤木リツコ、ネルフ技術部のトップでネルフの重役である為あまり知られていないが、彼女は自他とも認める猫好きである。

土産ならば何か猫に関わりのある物・・・と考えて加持は別の土産を探す。

加持は今回の遠出は『松代への小旅行』と言う名目でネルフへ休暇届を出した。

本来の目的地は京都で随分遠回りだとは思うが、こうして数十分だけ滞在し事実でもある土産も買っている。

自分の行動など隠し様がない事など承知の上だが、こうしてアリバイ作りを行うのは自分の性かもしれない。

またしても自己嫌悪が復活しそうだったそんな加持をある言葉が呼び止める。



「占いはいかがかな・・・?」



突然真横から話し掛けられて視線をそちらに向けると、『漆黒の衣装』に『白い仮面』を付けた『白い長髪』の人物がいた。

「!!!」

「おや?人を見て驚くとは失礼なお方じゃな」

加持が驚くのは無理もない。何しろその格好はネルフを何度も煙に巻き、特定のエヴァの攻撃しか効かなかった使徒の格好そのままだったからだ。

言葉使いは老人を思わせ、格好は使徒、だが声はくぐもっているが若々しい印象を受け姿は見えないが二十代か若ければ十代の声、そして布を置いただけの簡素な机に加持と同じぐらいの大きさの透明な水晶球が一つ置かれ、簡易式の椅子に腰掛けていた。

「う、占い?」

加持は何とか状況を分析して自分を落ち着かせ、目の前の誰かが使徒とは違う物だと結論付ける。

そもそも使徒がこんな所で占い師などやってる筈がない、それが世界の非常識を見てきた加持の出した答えだった。

「さよう、そなたは知りたい事がある。違うかのう?」

「すまないな、俺は神も占いも運命も信じていないんだ。信じてるのは目に見える現実だけさ」

そう言って加持は猫グッズの置いてある土産物屋を探す作業に戻ろうとした。

だが占い師の次の言葉で加持はまた驚くことになる。

「やれやれ、さっかちじゃのう。三足草鞋の加持リョウジさんや」

「・・・さて、何の事かな?」

今度はギリギリの境界線で加持は踏み止まった。

三足草鞋、『特務機関ネルフ、特殊監察部』『日本政府内務省調査部』そして『秘密結社ゼーレ』の三重スパイを暗に言っているその言葉。

目の前の人物が何故その事を知っているかはまだ判らない、だがこんな場所で表情や言葉が出てしまってはスパイなど出来はしない。

内心は驚きに満ち溢れていたが、それでもさっきよりは幾らか平静に言う。

「なあに別に隠さんでもええ、どうせばれとるんじゃ。無駄な演技は時間の無駄じゃ、とっとと話の本題に入りたいんじゃがええかの?」

よく言う、それが加持の感想だった。

目の前の人物こそ演技だ、立ち振る舞いも言葉も全てが自分の正体を隠している。

「アンタが何を言ってるか俺には判らないが、何か言いたい事があるのかな?だったら早くしてくれ、こっちにも用事があるんでね」

向こうは手札を晒してもいないのだ。まだこちらの正体を掴まれるような言葉は言うべきではない。

加持は慎重に言葉を選ぶ。

「ちょっと郵便を頼まれて欲しいんじゃ、渡す相手がVIPなもんで普通に出したら届かん。そこでお前さんの出番と言うわけじゃ、判ったくれたか?」

判る訳が無かった。一番早い解決方法は何か理由を付けてここから立ち去る事だ、だが加持は自分の正体を知っている相手の正体が気になった。

だから加持は気がつけば目の前の相手と”会話”をしていた。

「全然判らないな、郵便と言ってもどこの誰に何を届けるのか不透明だ。それに俺に何の見返りもない、だから受ける理由がない、俺だって慈善事業してる訳じゃないからな」

「せっかちじゃのう、真実ばっかり追い求めとると大事なもんを見失うぞ?」

やはり相手は加持の事を知っている、だが加持は相手の事を何一つ知らない。と言うより判らない。

全身衣類で覆われていても武器の類を持っていれば判るが、その程度だ。以前正体は謎。

「届けて欲しい相手は手紙にそれぞれ書いてある。ほれ『惣流・アスカ・ラングレー』に『碇ゲンドウ』に『葛城ミサト』に『鈴原トウジ』ほれほれ、まだまだ幾つかあるぞ」

そう言って老人(と思わしき)怪しげな人物はどこからか十通近い手紙を出した。

どこから出したのかさっぱり判らず、加持は手品を見ている気分になった。

「どうじゃ、VIPじゃろ?それで見返りの話じゃったな。お前さんが知りたい真実全部でどうじゃ?」

「・・・何を言っている?」

「だから見返りが欲しいんじゃろ?お前さんの知りたがってた答えじゃ、不足かの?」

加持にとって悪魔との契約に等しい言葉だった。

それが知りたいからこそ、自分は今こうしてここにいる。

自分が死ぬことより優先され、騙し騙されても追い続けた世界の裏側のその更に奥。

高々『知人への手紙』にしても採算の取れ過ぎない申し出だった。

これまでの中で一番怪しい。

「真実?何の事か判らないな?」

「疑り深い男じゃのう・・・まあええ。手紙は七通、お前さんの知りたい真実は全部この中じゃ」

そう言うとまたどこからかROMカセットが二つ出て来て掌にあった。

加持はさっきから動き一つ一つに注意しているのに全く判らない。もはや手品よりも魔術と言った方が正しいのかもしれない。

差出人が書いてない代りに受取人の名前がでかでかと書いてある薄い手紙。

入っている紙面はおそらく一枚、多くても二枚だと当たりをつけた加持は恐る恐る手紙に手を伸ばす。

「揮発性の毒物も、発信機も、爆弾もついとらん。無害じゃからそんな慎重にならんでもええ」

一つずつ手紙を捲って見ると、そこには名前が幾つも書いてあった。

『惣流・アスカ・ラングレー』

『綾波レイ』

『鈴原トウジ』

『赤木リツコ』

『葛城ミサト』

『伊吹マヤ・青葉シゲル・日向マコト』

よく知った名が幾つも連ねてあった。

ほとんどがネルフにとって要人、確かに一般的な通信手段では届ける事すら不可能だろう。

そして加持の動きは七枚目を見て止まる。



『加持リョウジ』



「俺に・・・?」

予想はしていたので驚きは少なかった。

「どうじゃ?難しい仕事じゃろ?」

難しいどころの話ではない、下手をすれば真実に迫る今の仕事より難しいかもしれない。

手紙を渡してはい終わり、では済まされない。中身も知らずに渡して脅迫文だったら実行犯である自分の命が危ない。

「これは・・・いや、確かに難しい・・・」

「郵送手段はお前さんに任せる。期限は世界が終わる前にじゃ、ROMカセットと一緒に持ってっとくれ」

「・・・俺が真実だけを見て、手紙を誰にも渡さないとは思わないのか?」

ようやく加持はとぼける振りを止めて、スパイとしての注意深い自分に意識を変える。

期限に関しては良く判らなかったが、無期限だと受け取っておく。

そして加持は完全なプロのスパイとして相手を探る。

「そうなっても別に問題はないわい、わしは人には希望は持っても期待はしとらん」

「そうか・・・・・・・・・判った、この仕事受けよう」

まだ目の前の人物から警戒を解いた訳ではない、だが自分が追い求める真実がもし本当にROMカセットの中に入っているなら受けざろうえない。

「だが内容が俺の追い求める真実と違ったら、契約は破棄だ。手紙は誰にも渡さずに燃やすぞ?それでもいいか?」

「その辺はお前さんの裁量次第じゃ。わしはこの手紙で何か変わったらええと願っとるだけ、変われば由、変わらんでも大したことないわい」

「・・・最後に一つ、あんた何者だ?俺の事を知っている事、手紙を出す理由、三つの組織のどこにも属していない印象を受ける。だがそれほどの諜報能力なら俺が知らない筈が無い。・・・アンタは誰だ?」

これは加持にとって賭けだった。

だが話している内に、目の前の人物も知りたい真実の中に組み込まれてしまった。

人生の転機に現れる人物にしてはあまりにも出来すぎている。

だが下手をすればこちらの命が無い、おそらく相手はそれだけの力を保持していると加持は当たりをつけていた。

「わしが誰か?・・・お主が見返りをくれるなら教えてもええ、どうじゃ?」

「見返りは何だ?」

端的に返し、加持は話を早める。

まさかの交換条件、辿り着けるかもしれない真実に加持の心は躍った。

「見返りは二つじゃ。お主が三足草鞋を辞める事、それにわしが誰か知った後にわしの正体を探らない事じゃ」

「後者は俺にも判る、隠しておきたいものは誰にでもあるからな。でも前者は何だ?俺の仕事を辞める事がどうしてアンタへの見返りになる?」

「それは・・・ちょっとした希望じゃ、人のな」

何となく誤魔化されている節はあったが、加持はそれ以上聞く事が出来ないと判断する。

これ以上聞き出そうとすると正体から遠ざかる危険がある。

「判った。俺は真実さえ知れれば三つの組織から出来るだけ早く離れる。アンタの正体も探らない、これでいいか?」

「契約成立・・・じゃな、破ってはいかんぞ?」

そう言って人影は白い仮面に片手を伸ばす。

両側を挟んで顔から仮面を外すと同時に白い髪がそれを追って前に出る。

どうやら仮面と髪で一つの装飾の役目をしていたらしく、白い髪の下から黒い髪が見え始める。

仮面が外され、白く長かった髪も取れた。

そしてそこに少年がいた。



「・・・君は、サードチルドレン・・・碇シンジ君?」



「これが僕の正体?ご満足いただけましたか?」

おそらくこっちの口調が本当の口調なのだろう、先ほど前の違和感満載の老人口調はもはやどこにも無い。

「いや、しかし。君は確か行方不明だった筈。それにどうして俺の事を知っている?何故ネルフ以外の組織の事を・・・」

疑問が湧き水の様に浮き出てくる。

人物の正体が判れば、自分の疑問も解消されると思っていたが疑問は更に増しただけだった。

何故?

何故?

何故?

謎が多すぎる。

「僕の正体をこれ以上探らない。契約違反ですよ?加地さん」

初めて会うとは思えないほど気安い口調。

そしてシンジはまた仮面と白い髪を着けて、先ほどまでの”占い師”に戻る。

「わしの正体は判った、アンタの追い求める真実もその手の中、そして契約は成立した、これ以上何を望む?」

そう言って”シンジ”は立ち上がり椅子と机と水晶球を一まとめにして横に抱えた。

「あ・・・ちょっと待ってくれ」

「お主との話は終わりじゃ、真実の分だけ働いてくれる事を願うよ・・・」

呼び止めようとする加持をシンジは一言だけ言って黙らせた。

確かに正体を探らないと決めたのは加持自身だ、これ以上は言われたとおり契約違反になる。

「・・・さらばじゃ」

そう言ってシンジは人ごみに紛れ角を曲がって加持の目の前から消えた。

加持の手の中に残された十通の手紙とROMカセット二枚。

まずそれをどうしようか考えながら加持は猫の置物が売っている土産屋へ、シンジが去っていった方向とは逆に歩いていった。



◆―――第三新東京市、加地住居



薄暗い部屋、申し訳程度に点灯する蛍光灯に人が生活する気配の無いあるマンションの一室。

松代から戻った加持は目(盗撮)と耳(盗聴)の危険性を排除した部屋にいた。

「驚いたな・・・・・・」

シンジから受け取ったデータは確かに自分が追い求めていた真実だった。

セカンドインパクトの真意。

使徒の正体。

人類補完計画。

ゼーレの目的。

碇ゲンドウの目的。

マルドゥック機関の正体。

エヴァとのシンクロの秘密。

エヴァとは何か。

果てはジオフロント最下層にある”使徒”についても書かれていた。

ネルフ、そしてゼーレが隠してきた真実。

これだけで少なくとも表舞台から二つの組織を大人しくさせる事は出来る。

ゼーレは過去の栄光があるので難しいかもしれないが、少なくともネルフは完全に潰せるほどの情報だ。

個人が持つにはあまりにも大きい。

これまで自分が集めてきた情報、もちろん偽もあったが真実と照らし合わせても遜色ないことからおそらく本物である。

「これだけの情報・・・確かにネルフの要人に手紙を渡す難しさに見合うかもしれないな・・・」

スパイとして考えるなら危険性はどっこいどっこいである。

しかし加持の中である考えが二つほど浮かんでいた。

(彼は期限に関しても、渡そうとする意志も強い物は感じられなかった、加持と言うスパイに期待していないのか・・・それとも渡さなくてもいいと思っているのか・・・)

前者なら自分への挑戦である、だがもし後者なら加持の中で自分だけの正当性が顔を出す。

自分の安全を得る為に手紙を全て燃やしてしまう、と言うの理由が。

そしてもう一つ。

『碇シンジ、彼は何者か?』と言う疑問だ。

手紙の用件と違い、こちらははっきりと”契約”した。例えそれが口約束だったとしてもだ。

一流のスパイに求められるのは約束厳守である、すぐに契約を破るスパイなど優秀でもどこも使わない。

だからスパイとしての加持は碇シンジを調べてはいけない、それが契約だから。

しかしスパイでいたのは自分の知りたい真実を追っていたからだ、そして真実は今全て自分の手の中にある。

自分はもう真実を追うために危険なスパイをする必要がない。

危険は去ったわけではない、だが格段に薄くなったのは確かだ。だからこそ加持の中で眠らせていた欲が姿を現す。

『ネルフだけ活動をして、他の組織にはダミーの情報を・・・、そして碇シンジを追ってみる・・・』

ゼーレは調べもしなかったが、ネルフはサードチルドレンとしての碇シンジを追っていたので情報は自分以上に持っている。

シンジとは契約違反になるが、調べる最短の道はこれしかない。

この時、加持はこれからどう動くか指針を決めていた。

加持リョウジ、彼は自分の中の真実を追い求める為なら”他の何を犠牲にしても”それを追い求める人間だった。

たとえそれが自分の命であろうと、見えない何かだとしても。



◆―――コンフォート17、ミサト家



アスカはリビングに仰向けに寝転がり、器用にも顔を逆さまにしてTVを眺めていた。

隣ではペンペンが横になって仲良くTVを見ている。

どう見ても暇をつぶしている様にしか見えず、エヴァンゲリオンエースパイロットとしての顔よりも歳相応なゆとりがあった。

眺めているだけのテレビが次の番組を表示すると同時に家主が帰宅した。

「ただいま」

「お帰りー」

何の用意か判らないが、大量の荷物を小脇に抱えてミサトが帰宅する。

アスカは寝っ転がったままテレビから目を離さずに答えるが、それでも形式的に返事を返した。

「もう寝なさいよ。明日デートなんじゃなかったの?」

「そう、美形と」

ちょっとだけ自慢を口調に混ぜてアスカは言う。

「あ、そうだ。ねぇ、あれ貸してよ。ラベンダーの香水」

「駄目」

「ちぇっ!けちぃ」

「子供のするものじゃないわ」

その言葉でアスカの表情が少し暗くなったが、背中を向けて着ていた衣類の整理をしていたミサトは気付く事は無かった。

「ミサトも明日は外出だっけ?」

「そ、結婚式」

「ミサトも三十路だから焦ってんじゃない?」

「そんな訳ないでしょ、それに私は29よ!」

日常会話に聞こえなくもないが、どちらも相手に対して一歩踏み込まない・踏み込ませない”壁”を作っていた。

形式上の同居人、表向きだけの会話。

どんなに近くにいても、二人は遠かった。

ペンペンはそんな二人のやり取りをただ見ていた。



◆―――共同霊園



広大な土地に簡素な墓標が果てしなく続く。

地平線が見えるその霊園の中の一つ、碇ゲンドウの立つその前に碇ユイの墓があった。

「ユイ・・・」

周りに誰もいないのを判っているゲンドウ、普段かもし出す他者を威圧する雰囲気はそこには無かった。

「シンジは生きていた。だがまた行方不明、どうもお前と同じでどこかに行くのが好きらしい」

どこか達観した口調でゲンドウは独り言を続ける。

「人は思い出を忘れる事で生きて行ける、だがけして忘れてはならない事もある。・・・・・・ユイ、お前は私にそれを教えてくれた」

しばらく無言で立っていると、上空からVTOL機が一機接近してきた。

どうやら思った以上に時間を過ごしていたらしい。

「ユイ、全ては私の心の中に在る。今はそれでいい、そしてもう一度会おう」

騒音に紛れながらゲンドウは決意を言葉にする。

背後に着陸を感じたゲンドウは振り返って乗り込んでいく。

そこには先ほどまでの感傷も弱気もない、いつものネルフ総司令碇ゲンドウの姿があった。



◆―――芦ノ湖近辺、バー



「三人で飲むなんて何年ぶりかしらね?」

「10年・・・程ではないけど時間が経ったことだけは確かだな」

「いまさら何言ってんだか。・・・ちょっち、お手洗い」

第二芦ノ湖を一望できる落ち着いた雰囲気のバーで結婚披露宴帰りのミサト・リツコ・加持の三人は一緒になって飲んでいた。

会場で三人が揃ったものの。その場の空気に圧倒され(三人とも独身の為)、二次会には行かずに自然とこうなった。

お手洗いに行くミサトの足元を見て、ヒールである事を確認した加持は満足げにリツコに話し掛ける。

「ミサト飲み過ぎじゃない?何だかはしゃいでるけど」

「浮かれる自分を押さえようとして、また飲んでる。今日は逆か」

「やっぱり一緒に暮らしてた人の言葉は、重みが違うわね」

「暮らしてたっていっても、葛城がヒールとか履く前の事だからな」

「学生時代には想像できなかったわよね」

「俺もガキだったし、あれは暮らしっていうより、共同生活だな。ママゴトだ。現実は甘くないさ」

重ねた年月の分だけ重みが混じり、リツコと加持の間に重い空気が流れ始める。

これはまずいと考えた加持は慌てて話題を変える。

「そうだ。これ、猫のお土産」

「あら、ありがと。まめねぇ」

荷物から袋に入った土産を手渡す加持。

加持の目から見たらそれは一度開封した形跡があるが、そういう観点で物事を見ないリツコは加持の目の前で堂々と袋を開ける。

「女性にはね。仕事はずぼらさ」

「どうだか。ミサトには?」

そう言いながらリツコは袋から猫のペンダントを取り出した。

「一度敗戦してる。負ける戦はしない主義だ」

「勝算はあると思うけど?・・・あら?」

ペンダントだけかと思ったら、袋の中にはもう一つ手紙が入っていた。

受取人は『赤木リツコ』となっており、差出人の名前は無い。

「何これ?京都のお土産?」

「あれ?松代だよ、その土産」

「とぼけても無駄。あまり深入りすると火傷するわよ。これは友人としての忠告」

加地の動向をある程度知っているリツコとしてはこれが歯止めになればいいと思っていた。

そして言いながらリツコは猫のペンダントと同じように手紙を開封する。

これも加持なりの何かのお土産だと考えての行動だった。

「何々・・・『冥界の死者は勝者にも敗者にも成らず、現世にて自分だけの道を行くがよい。思いは揺れ動く不確かな物、水の中を回るコインの裏表なり』・・・どういう意味?」

「手紙の方は駅前の占い師がくれた物だ、姓名占いらしいけど中身については俺も知らなかったな」

堂々と嘘をつく加持に対して、リツコは抽象的な言葉の裏を探っていた。

加持の言葉を信じるならこれは所詮占いだ、科学者として論理的でないそれを信じる訳にはいかない。

だが今の自分の現状に向き直ってみると、この手紙の内容はまさしく助言だった。

自分が悩んでいた考えの一つの答えそのものだ。

「加地君、その占い師ってどんな人?当たるって評判?」

「あれ?科学第一主義のりっちゃんにしては珍しいな」

「ちょっと気になっただけ、大した事じゃないわ」

「当たるかは知らないな、何しろ俺しかお客がいなかったんだから」

そう言ってグラスを傾けて加地は酒を飲み干す。

リツコもそれ以上は言及しなかった。

「火遊びか・・・どうせ火傷するなら、りっちゃんとの火遊びがいいな」

会話が途切れたのを見計らって加地はお土産の話を強引に打ち切る。

いつもの軽い調子でリツコに話し掛けたのだが、後からかけられた言葉で止めることになる。

「花火でも買ってきましょうか?」

ミサトが戻ってきた。



「ああ、お帰り」

「そろそろお暇するわ。仕事も残ってるし」

ミサトが戻ってきたのを確認したリツコはバッグから財布を取り出しながら席を立つ。

「そお?折角戻ってきたのに残念ね」

「またチャンスはあるわよ」

「残念だなりっちゃん」

「じゃあね」

「うん」

こうしてバーには加地とミサトが残された。



◆―――コンフォート17、ミサト家



プルルルルル

昨日と同じようにアスカとペンペンがテレビを見ている中、電話の音が鳴り響く。

アスカのデートは成功とは言えず、”相手が退屈”だと言う理由でとっとと部屋に帰っていた。

心情を一言で表すなら『不機嫌』、それ以上でも以下でもなかった。

怒気を隠しもせずに受話器を取り怒鳴りつける。

「はい!?どちら様!!?」

『・・・・・・アスカ、声が大きい。鼓膜が破れるかと思ったわ!』

「ミサト?」

受話器越しで判りにくいが、その声は同居人の声だった。

「どうしたの?結婚式じゃなかったの?」

『それがね・・・ちょっち遅くなるから先に寝てて』

言いよどんだミサトの声にアスカは嫌な予感を覚える。

「ミサト、まさか加地さんと一緒じゃないでしょうね!?」

『加地〜〜?そんな訳「葛城、まだ飲む・・・」黙れ!!アスカ?今のは違うからね』

「・・・そう、そう言う事ね」

ミサトの声の後に聞こえた加地の声でアスカはミサトの事情を悟る。

「はんっ!!」

『と、とにかく今夜は遅いから、それじゃ!!』

ガチャッ!ツーツーツー

機械音が互いの会話を無残に打ち切る。

「・・・偽善者、アタシが加地さんのことどう思ってるか知ってるくせに」

受話器を握り締め歯を食いしばりながらアスカは言った。



◆―――第三新東京市、夜間道路



少し前、ミサトは胃の中身を盛大に道路に戻した。

アルコールの量が幾らか体内から減った事で体調も多少復帰、今は歩きにくいハイヒールを手に持って加地の前を歩いている。

「葛城がヒール履いてんだからな。俺は時の流れを感じるよ」

お互い無言のまま何となくコンフォート17に向かう道を歩いていたが、後から加地が話を切り出してきた。

「・・・・・・加持くん。あたし変わったかな」

「綺麗になった」

時がたてば人は良くも悪くも変わってしまう。

加地はそんな正論ではなく、今この場に相応しい言葉を言う。

いつの間にかミサトは立ち止まって加地に話し掛けていた。

「ごめんね。あの時一方的に別れ話して。他に好きな人が出来たって言ったのは、あれ、嘘。・・・・・・ばれてた?」

「いや」

「気付いたのよ。加持くんが、私の父に似てるって」

そう言って振り返ってミサトは加地と視線を合わせる。

だがすぐに視線を外し下を向く。

「自分が、男に父親の姿を求めてたって、それに気付いた時、怖かった。どうしようもなく怖かった。加持くんと一緒に居る事も、自分が女だという事も。何もかもが怖かったわ。父を憎んでいた私が父によく似た人を好きになる。全てを吹っ切るつもりでネルフを選んだけれど、でも、それも父の居た組織。結局、使徒に復讐することで、みんな誤魔化してきたんだわ」

ミサトは一気に自分の思いを加地にぶつける。

加地はそんなミサトを責めるでもなく、逃げるでもなく、ただ見つめ言葉を聞いていた。

「葛城が自分で選んだ事だ。俺に謝ることはないよ」

「違うのよ!選んだ訳じゃないの!ただ、逃げてただけ。父親という呪縛から逃げ出しただけ!ただの臆病者なのよ・・・・・・」

ミサトは顔を上げてもう一度加地の目を見た。

その目には薄っすらとだが涙が浮かんで、今にも泣き出しそうな顔だった。

「ごめんね、ほんと。酒の勢いで今さらこんな話」

「もういい」

「子供なのね、私」

「もういいっ」

「その上こうやって、都合のいい時だけ男にすがろうとする、ずるい女なのよ!あの時だって加持くんを、利用してただけかもしれない!嫌になるわ!!」

「もういい、やめろ!!」

「自分に、絶望するわよ!!」

ミサトの爆発しつづける感情を止めたのは加地の唇だった。

一瞬驚いたミサトは目を見開くが、すぐにそれが何なのか知る。

後で持っていたハイヒールが落ちて、自由になった手が加地の腕に添えられる。



◆―――コンフォート17、ミサト家



「ほら着いたぞ。しっかりしろ」

「うう〜〜」

ミサトの荷物から取り出した鍵で加地はドアを開けて部屋の中に入る。

その肩には酔いつぶれたと思えるミサトが唸り声で答えていた。

「あ〜加地さん!」

部屋の奥から歓喜の声でアスカが飛び出してきた。

物音でミサトが帰ってきたと思っていたが、加地も一緒だと言う事は自分が想像する”最悪の事態”は避けられたのだと希望が出てきた。

「すまんアスカ、葛城を運ぶの手伝ってくれ」

「うえ!酒臭っ!飲みすぎよミサト」

加地とアスカは重病患者を運ぶ要領で、両側からミサトを支えてミサトの部屋に連れて行く。





「葛城?・・・お土産のおみくじ置いておくからな、酒は後で郵送されてくる筈だ」

そう言って加地はミサとの部屋から退室する。

ミサト本人に聞こえているか疑問だが、すぐ横にアスカがいるので意図は伝わるだろう。

「それじゃ、アスカ。俺は帰るから」

「加持さんも泊まっていけば?」

多少の下心を混ぜてアスカは加地を誘う。

だが加地は両手で結婚式で着ていたスーツを指差して大人の対応をする。

「この格好で出勤したら笑われるよ」

「えー?大丈夫でしょう?」

そう言ってアスカは加地の片腕に抱きつくが、微かに香る匂いに動きを止める。

「ははは。こいつはチルドレン皆へのお土産の姓名占いだ、アスカから渡しておいてくれ」

アスカの束縛からゆっくりと手を抜いて加地はスーツの裏側のポケットから三通の手紙を出して机の上に置く。

少し離れた位置、加地の後ろでアスカはポツリと呟いた。

「ラベンダーの香りがする」

ミサトの香水の匂いが加地からする、それが何を意味するかアスカは判ってしまった。





「すまないがアスカ、葛城のこと頼んだぞ、じゃお休み」

アスカの返答を待たずに加地は玄関から外へと消えた。

しばらく呆然としていたアスカだったが、近くにあった机に当り散らす。



ガンッ!



拳を叩きつけた衝撃で乗っていた三通の手紙が微かに動く。

アスカの目に入った、一番上にあった受取人の名前『綾波レイ』を見た瞬間に無性に腹が立った。





酒と日頃の疲れからしばらく熟睡していたミサトは、うっすらとカーテンの隙間から差し込む日の光で目を覚ました。

かなり長い時間休んでいたらしい、枕元の時計を見ると時刻は朝の6時。

「あっちゃー・・・」

家に帰ってくる辺りの記憶が曖昧で、どうもはっきりとしない。

何かお土産がどうとか、何かを殴る音を聴いたような気もするが夢なのか現実なのか判断がつかない。

少しぼんやりしていると、近くに手紙が一通ある事に気がつく。その横に『お土産のおみくじだって、良かったわねえお酒も後から届くそうよ!!』とアスカの字で殴り書きのメモが合った。

アスカを怒らせだろうか?と不思議に思い昨日の原因に行き当たる。

「ちょっち・・・まずかったかな?」

言葉にしても過去を変えることは出来ない、仕方なくミサトは逃避の様に手紙に手を伸ばして開封した。

一枚の紙、おみくじにしては大きいような気もするがミサトは書いてあった文字を黙読する。

『真実の更に奥に潜む事実。曇った目に正しさは見えず、あるのはただ虚偽のみ。あなたの隣人は答えを探るだろう。離さなければなくす事も無し』

「これって・・・」

ただの偶然と一笑する事も出来る、だがミサトには思い当たる点が幾つもあった。

ミサトはすぐさま結婚式用に着ていた服から、いつものネルフの服に着替えてマンションからとび出した。

 

◆―――ネルフ本部、ターミナルドグマ



ジオフロント地下2008m、ターミナルドグマ。立入禁止区域であるはずのこの場所に、加持はいた。

懐にはあの時占い師であるシンジから貰った手紙がある。

数名には既に渡してある手紙。

占い師は本当だが、姓名占いは全くの嘘。事実と嘘を織り交ぜる事で信憑性は格段に上がる。

そもそも『行方不明だった碇シンジ君からの手紙だ』等と言える訳が無い、言えばシンジの怪しさは増大しその人物、つまり自分にまで詮索は伸びてくる。

それは避けなければならない事態だった。

加地は既に開封して中身は読んでいる、内容は『真実を追い求める道には死神が、三角形の頂点にはそれぞれ悪魔が、汝動く事なかれ』だった。

それはシンジが言っていた『三足草鞋を脱ぐ』と言う事に繋がる助言。

だから加地はあの時手に入れた真実は目の前にあるゲートの中身を確認する事で終わらせようとしていた。

そこから追い求める事はもっと別な物。

渡された真実が事実ならこのゲートの向こうには紅の槍で繋ぎ止められた使徒がいる。

逸る気持ちを抑え、答え合わせをしようとスリットにカードを通そうとして加地は動きを止める。

後頭部に突きつけられた銃口によって。





加持は両手を上げ軽い口調で言った。

「やあ、二日酔いの調子はどうだ?」

「おかげでやっと醒めたわ」

銃を構えて加地を脅すのはミサトだった、昨日加地の前で見せた弱気な表情ではなく真摯で真面目な顔をして話す。

「そりゃ良かった」

「これがあなたの本当の仕事?それともアルバイトかしら」

「どっちかな」

「特務機関ネルフ、特殊監察部所属、加持リョウジ。同時に、日本政府内務省調査部所属、加持リョウジでもあるわけね」

「ばればれか」

「ネルフを甘く見ないで」

ミサトと加地はゲートを前にして手を上げた状態と銃を突きつけた格好のまま離しつづける。

「碇指令の命令か?」

「私の独断よ。これ以上バイトを続けると、死ぬわ」

「碇指令は俺を利用してる。まだいけるさ。だけど葛城に隠し事をしてたのは、あやまる」

「昨日のお礼にチャラにするわ」

「そりゃどうも。ただ、指令やリっちゃんに俺自身も君に隠し事をしてる。それが、」

加持はカードを持つ手を振り上げた。

ミサトはとっさに銃を握る手に力を込める。だが加持はミサトが撃つよりも早くカードをスリットに通していた。

「こいつだ」

ロックが外れ、ゲートが上下に開き始めた。





「・・・・・・これは!?」

ミサトは息を飲んだ。

そこは周りが全て漆黒の壁に覆われた空間。

天井があるのか壁はどこにあるのか、光源が床を埋め尽くす紅い液体だけなので人の目では判別できない。

だがそんな事よりもミサトを驚かせたのは、壁と思わしき場所に吊るされた巨大な十字架と巨大な人影だった。

足の無い人の形をした何か。

顔面には七つの目が描かれた紫色の板が打ち付けられ。

両手の掌の部分にはネジに似た釘が、そして心臓部に巨大な槍が突き刺さって巨体を十字架に縫い付けていた。

あまりにも巨大な真っ白な体躯、生物とも思えるその姿。ミサトはそれを一つだけ知っていた。

「エヴァ・・・・・・?いえ、まさか!?」

「そう。セカンドインパクトからその全ての要であり、始まりでもある使徒。ネルフの暗部の一つだ・・・」

「使徒?何故ジオフロントに使徒が・・・」

加地はミサトに真実を告げるべきか迷っていた。

ミサトは良くも悪くも使徒に依存して生きている。

それが復讐の対象であったり、日々生きる生活の糧だったり。

だが加地の知る真実はミサトの生きがいを奪ってしまうかもしれない、そう考えると加地は目の前の使徒が『リリス』である事を、そしてセカンドインパクトの真意を告げることが出来なかった。

加地はいつかミサトに真実を、そして八年前に言えなかった事を伝えようと思った。だがそれは今この瞬間のこの場所ではない。

「確かに、ネルフは私が考えている程・・・甘くないわね」

ミサトが呟く答えに加地はそれが遠くない日だと確信した。