第拾伍話
「孤独な三人目の適格者」

◆―――人類補完委員会、特別召集会議



西暦2015年。

第3の使徒

サキエル襲来。

使徒に対する通常兵器の効果は認められず。

国連軍は作戦の遂行を断念。

全指揮権を特務機関『ネルフ』へ委譲。

同深夜。使徒、ネルフ本部直上へ到達。

当日、零号機専属パイロット綾波レイ。

エヴァンゲリオン初号機の初起動に成功。

エヴァンゲリオン初号機、初出撃。

ネルフ、初の実戦を経験。

『第一次直上会戦』

エヴァ初号機、頭部装甲破損。

沈黙。

新たに現れる使徒。

ATフィールドの発生を確認。

ATフィールドによる攻防。

自爆。

使徒殲滅、とほぼ同時に使徒消失。

迎撃施設、一部破損。エヴァ初号機中破。

同事件における民間人の被害者の有無は公表されず。

当日接収予定のサードチルドレンは行方不明。





第4の使徒

シャムシェル、襲来。

当時、地対空迎撃システム稼働率48%。

第三新東京市、戦闘形態への移行率96.8%。

使徒、第三新東京市上空へ到達

『第二次直上会戦』

エヴァンゲリオン初号機にファーストチルドレン・綾波レイ。

予備戦力として導入したエヴァンゲリオン参号機にフォースチルドレン・鈴原トウジ。

エヴァ二体による近接戦闘。

初号機中波および参号機に民間人のタンデムエントリーに失敗。

新たな使徒、襲来。

ATフィールドの状態変化を確認。

初号機との”共闘”により・・・。

使徒、殲滅。

ネルフ、原型を留めた使徒のサンプルを入手。

だが、分析結果の最終報告は未だ提出されず。





第5の使徒、ラミエル襲来。

難攻不落の目標に対し、

葛城一尉、ヤシマ作戦を提唱、承認される。

凍結解除されたエヴァ零号機。

しかし戦力温存の為、初号機および参号機出撃。

同深夜。使徒の一部、ジオフロントへ侵入。

エヴァ参号機、ポジトロンスナイパーライフルにて砲手担当。

エヴァ初号機、超電磁コーティング盾にて防御担当。

ネルフ、ヤシマ作戦を断行。

作戦途中、使徒、襲来。

初号機プログナイフの攻撃による負傷は認められず。

ヤシマ作戦、完遂

エヴァ二機、健在。

しかし使徒、消失。

便宜上”第零使徒”と呼称、コードネームは存在せず。





第6の使徒

太平洋にて、ガギエルに遭遇

太平洋艦隊によるエヴァ弐号機輸送中に遭遇。

太平洋艦隊の攻撃も効果は見られず。

二番目の適格者・セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー。

エヴァ弐号機にて使徒との初戦闘。

海上での近接戦闘予定。

長距離砲撃により戦闘を断念。

第零使徒、襲来。

使徒同士の長距離砲撃戦。

ATフィールドの物質化を確認。

エヴァ弐号機のプログナイフ投擲により。

第六使徒、殲滅。

同時、第零使徒、消失。





第7の使徒、イスラフェル襲来。

エヴァ弐号機の攻撃により一時活動停止。

初の分離・合体能力を有す。

第零使徒、襲来。

エヴァ零号機により、身体の一部破壊に成功。

しかし第七使徒より二点同時砲撃により。

零号機中波、外部装甲およびカラーリングの変更。

エヴァ弐号機、参号機の攻撃により。

第七使徒、殲滅。

第零使徒、消失。





第8の使徒

サンダルフォン、浅間山火口内にて発見。

ネルフ、A−17を発令。

全てに優先された状況下において、初の捕獲作戦を展開。

電磁光波柵内へ一時的に拘束。

だが。

電磁膜を寸断され、作戦は中断。

即座に作戦目的は使徒殲滅へと変更される。

エヴァ弐号機、作戦を遂行。

同時、第零使徒、襲来。

失った体の一部の修復に成功。

エヴァ弐号機により。

第8使徒、殲滅。

エヴァ零号機、損傷復旧及び、改装作業終了。

零号機、初号機、弐号機、参号機、使用可能。

ただしパイロットは三名。

サードチルドレンは今だ行方不明。





第9の使徒

マトリエル襲来。

同日、本部停電と言うアクシデントに見舞われるも。

エヴァ三機による、初の同時展開作戦。

第9使徒ジオフロント侵入前に。

第9使徒、殲滅。

第零使徒の発生は確認できず。





第10の使徒

サハクイエル襲来。

成層圏より飛来する目標に対し。

エヴァ三機による直接要撃作戦を立案。

技術部より新たな追加装備を使用。

『ダミープラグ』

初のエヴァ四機同時展開。

分裂能力を持つ第十使徒に対し。

第零使徒、襲来。

運動エネルギーを完全に相殺。

ATフィールドの複数同時展開。

エヴァ四機の近接攻撃により。

第10使徒、殲滅。

第零使徒、消失。





第11の使徒。

イロウル襲来。

ネルフ実験中に第零使徒と共に第三新東京市直上に出現。

エヴァ四機の集中砲火、効果なし。

状態変化により、第11使徒と第零使徒の形状が酷似。

使徒同士の同士討ちにより。

第11使徒、殲滅。

ネルフ本部へ直接侵入との流説あり。

第零使徒、消失直前。

エヴァ零号機の砲撃により第零使徒大破。

落下予想地点に存在を確認できず。

生死の有無は不明。

同日、サードチルドレン発見。

若干の衰弱は見られるが健康体。

病院にて睡眠中。





「いかんな・・・・・・これは」

「左様、死海文書に無い使徒など存在を許してはいかんのだよ」

「ましてやネルフとの共闘など」

「ネルフの存在意義、忘れたわけではないね碇君」

独・英・米・仏・露の五ヶ国の委員にゲンドウを加えた人類補完委員会。

矢継ぎ早にゲンドウを叱責するのが基本的な体制になっているのか、誰もがゲンドウに向かって注視する。

「判っております、使徒殲滅そして人類補完計画。タイムスケジュールは予定通りに進んでいます」

「殲滅した訳ではないのだろう?」

「確たる証拠も無い、MAGIのレコーダーもその事実は記録されていない」

「どうするのかね?碇君」

これが話し合いなのか、ゲンドウ一人を責めたてる場なのかそれは彼らにしか判らないが、ゲンドウは表情もポーズも崩すことなくいつも通りに答える。

「既に致命傷となる攻撃は加えています、殲滅は時間の問題です」

ゲンドウが言葉を区切ると、それまで話に参加していなかった言動の向かいに座り目にバイザーをつけた男・キールが口を開く。

「碇、君が新たなシナリオを作る必要は無い。早急に手を打ちたまえ」

「判っております・・・・・・全てはゼーレのシナリオ通りに・・・・・・」



◆―――第三新東京市、病院



シンジは窓からぼんやりと第三新東京市を眺めていた。

起きた後近くに誰もいないが、選択した後の学生服(おそらく自分が着ていた物)があったのでそれを着て誰かが来るのを待っていた。

このまま人知れず消える事は今のシンジの本意ではないのだが、いい加減二時間近く景色だけ眺めるのは飽きてしまった。

体は人間と同じになっているので腹は減るが手持ちが無いのでどうしようもない。

(何で・・・こんな状況に?)

悩むが誰かシンジに対してリアクションを起こしてくれないとどうしようもない。

数ヶ月前なら使えたであろう『来い ゲンドウ』の手紙も無い、IDも無い。

出来る事は待つだけだ。

(それに・・・・・・)

どこか納得しつつもシンジは冷めた思いを持っていた。

あの紅い世界で自分が通ってきた道、同等の事をやるとは思っていたがこれほど早いとは思わなかった。

夏服の学生服の襟の部分とズボンのすその部分にいつの間にか盗聴器が仕込まれている事を気付かない振りをしつつシンジは考える。

(サードチルドレン監督日誌・・・・・・)

(ミ・・・葛城さんも”仕事”であんな事してたんだ)

(今まで僕、行方不明だったんだもんね・・・)

(ネルフだし、これぐらいやるか・・・)

思い・考えを知るということはそれだけ期待しなくなる事だ。

ネルフがどういう組織か、そこにいる人間がどんな人物か。

ここが自分のいた世界とは違う平行世界なのは来た時に判った。

だから少しだけ希望を持っていたのだが、本質は何も変わっていないのだと思い知らされる。

偽善者。

復讐者。

弱虫。

ロジック。

どこまで行っても、この世界に生きる人間はセカンドインパクトを建前の理由にして腐っているようだ。

シンジは自分が周りを期待していない事に薄々感づいていた。

(きっと僕は死んだ魚の目みたいに無機質に周りを見てる・・・)

ようやくやって来たネルフ作戦部長の姿を見ながらそんな事を思った。





「久しぶりね、碇シンジ君?」

「そうですね、葛城ミサトさん」

話し掛けられたのでシンジは風景から視線を動かしてミサトと向き合う。

いつもの格好、記憶の中にあるあの姿、そして数ヶ月前自分を第壱中学の屋上で追い詰めたミサトがそのままそこにいた。

「それで今日は何か御用ですか、葛城さん?まさか前みたいにネルフに連行するんですか?今日は取り巻きの人達はいないみたいですけど」

「前にも言ったわよね、貴方はサードチルドレンとしてネルフに来てもらう、って」

「聞きましたよ、断りましたけどね」

この世界のシンジは既に亡くなっている、ミサトと会ったのは今のシンジだけだがそのシンジはサードチルドレンにはならないとはっきり告げている。

「痴呆が始まりましたか?それとも判っていて言ってます?」

「すまないけど私達は子供の駄々に付き合ってる時間も労力も無いの。人類のためにあなたはエヴァのパイロットにならなきゃいけないのよ」

ミサトとしては出来るだけ穏便に進めるための最大限の譲歩だった。

本人は優しく言ってるつもりなのだが、当事者の気持ちを完璧に無視した言い草である。

「人類の為?見たことも無い大事でもない不特定多数の人間のために命を賭けろと?そう言う事は高給取りか正義の味方に言って下さい、僕は嫌です」

「ちっ!」

あえて聞こえるように舌打ちして、ミサトは切れた。

「・・・仕方ないわ。碇シンジ君、ネルフ権限においてあなたを拘束、連行します。これは国連からの超法規的措置に匹敵するので破れば法律違反になるわ」

「言う事を聞かないと力ずく・・・か。やれやれトウジは何でこんな組織にいるのかな?」

「逃げようとしても無駄よ、この病院の周りで諜報部に保安部が網張ってるから。前みたいに逃げられないわよ」

「別に逃げませんよ葛城さん。どうせ僕の意見なんて無視するんでしょ?」

「結構・・・それじゃあ付いて来てね、行きましょうかお父さんの所へ」

このやり取りでシンジはミサトに対する結論を固めた。

(どこまで行っても周りを道具としか見ない、まるで父さんだね)

もう昔のミサトに対して温かいと思い出と思っていた事を考える事はなくなった。

「エヴァの所へ・・・でしょ?」



◆―――ネルフ本部、機体相互互換試験



(山、重い山。時間を掛けて変わるもの)

(空、青い空。目に見えないもの。目に見えるもの)

(太陽、ひとつしかないもの)

(水、気持ちのいいこと。碇指令)

(花、同じものがいっぱい、いらないものもいっぱい)

(空、赤い、赤い空。赤い色。赤い色は嫌い)

(流れる水。血の匂い。血を流さない女)

(赤い土から作られた人間)

(男と女から作られた人間)

(街、人の作り出したもの)

(エヴァ、人の作り出したもの)

(人は何?神様が作り出したもの)

(人は人が作り出したもの)

(私にあるものは命、心)

(心の入れもの。エントリープラグ。それは魂の座)

(これは誰?これは私)

(私はだれ?)

(私は何? 私は何? 私は何? 私は何・・・)

(私は自分)

(この物体が自分。自分を作っている形)

(目に見える私)

(でも私が私でない感じ。とても変)

(体が融けていく感じ。私が分からなくなる)

(私の形が消えていく。私でない人を感じる)

(誰かいるの?この先に)

(この人知ってる、葛城三佐、赤城博士)

(弐号機パイロット、クラスメイト、参号機パイロット)

(碇指令)

(あなた誰? あなた誰? あなた誰・・・・)



移り変わる景色、目に見える光景とは違う頭の中で作り出されるイメージ。

目に移る形と別の形。

何度か零号機と初号機のシンクロを行っているとレイはそれを感じていた。

エヴァとのシンクロで感じる自分以外を。

《やはりシンクロ率は初号機、零号機とほとんど変わらないわね》

《パーソナルパターンも酷似してますからね。零号機と初号機》

《だからこそシンクロ可能なのよ》

スピーカー越しにリツコとマヤのやり取りが聞こえるがレイは殆ど聞いていなかった。

アスカとトウジは全くやっていない機体相互互換試験。

今日もレイだけが行っているが、それに対して文句は一言も出なかった。

他の二人は別の事に忙しいと聞いたが、レイにとっては命令が最優先だ。

いつか零号機が暴走したのが嘘の様に何事も無く機体相互互換試験は終わる。

エントリープラグは静寂に満ちて、機体の電源が落とされた。



◆―――ネルフ本部、第七ケイジ



「荒っぽい運転でしたね、気分が悪くなりましたよ」

病院からミサトの運転でネルフに連れられたシンジが唯一言った言葉がこれである。

運転者としては怒ってもいいように思えるが。シンジ自身の気持ちを全く無視したネルフ権限での徴兵、安全運転をしない運転、ほとんど誘拐である。

カートレインから見えるジオフロントの壮大さにもシンジは欠片も言葉を発しなかった。

ミサトとしては『ちょっとは知ってたけど可愛げの無いガキね』等と考えていたが、シンジの反応は全てミサトとネルフが作り出しているのだと気付いていない。

結局会話らしい、会話が無いままシンジとミサトは迷うことなく初号機が格納されている第七ケイジへ辿り着いた。





冷却水が満たされた初号機、そしてアンビリカルブリッジの上にはとリツコが立っていた。

「例の男の子ね」

「そう、マルドゥックの報告書によるサードチルドレン。碇シンジ君よ」

「よろしく、E計画担当の赤木リツコよ」

「こんにちは、”ただの”碇シンジです」

自分がサードチルドレンになる事を拒否している事は既に伝わっている事を考慮に入れて、堂々とシンジは言う。

リツコはシンジからネルフがそしてエヴァが嫌われている印象を受けたが、思いを表情には出さないで話を続ける。

「これは人の作り出した究極の人型汎用決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン、その初号機」

視線を初号機に向けてリツコは続ける。

「建造は極秘裏で行われた。我々人類の最後の切り札よ」

「知ってます、トウジに聞きましたから」

リツコの熱の入った説明にもシンジは全く関心を示さず、目の前の物体をただ眺めていた。

語る言葉は理論的ではあるが、中学生にしては落ち着きすぎている。

何かおかしいとリツコは感じたが、その前に別の声が割り込んできた。



『久しぶりだな』



「三年いや四年ぶり、かな?”父さん”」

初号機の更に上の段にはゲンドウの姿があった。

スピーカーで音声を拡大しているのか声を近くに感じる。

「シンジ、お前は今から初号機に乗ってサードチルドレンとして使徒と戦うのだ」

「やだ」

ゲンドウの威圧的な言葉にもシンジは視線を反らさずに真っ向から端的に答えた。

これ以上ないシンプルな拒絶だった。

「でもどうせ乗せるんでしょ?そこの葛城さんが言ってたよ『ネルフ権限において徴兵します』、拒否権なんて初めから無いならそんな事言わないでよ。茶番なら時間の無駄だから」

「判っているなら問題ない、乗るなら早くしろ。でなければ帰れ!」

「帰っていいの?じゃあ帰るね」

そしてシンジはゲンドウの言葉どおりに帰ろうとするがミサトが両手を広げてそれを阻む。

「退いてくれませんか葛城さん」

「シンジ君、何のためにここに来たの?駄目よ逃げちゃ、お父さんから、何よりも自分から」

「何言ってるんですか?逃げてるのは僕じゃありません、『帰れ』と言ったあの男です。それが命令なら僕は帰ります」

ゲンドウは記憶の中と数ヶ月前に入ったシンジの報告書との違いに内心驚いていた。

シンジは内向的で人の言う事を素直に聞く処世術の持ち主だった筈、三年前に碇ユイの墓前で会ったときと変わらずに。

だが目の前のシンジは自分の意見を通す強さと、周りを利用するしたたかさを持ち合わせていた。

慌ててゲンドウは新しい命令を下す。

「葛城三佐、サードチルドレンをエントリープラグへ放り込みたまえ。子供の駄々に付き合っている時間は無い」

「了解!」

お灸を据えるつもりなのかミサトは嬉々としてシンジに詰め寄っていく。

「シンジ君、乗りなさい」

「命令ですか、どうでもいいですよもう・・・」

どこか諦めた口調でシンジは言う。

シンジにとってどこまで行ってもネルフは自分の忌み嫌うネルフだった。



◆―――初号機、エントリープラグ



《停止信号プラグ排出終了》

《了解。エントリープラグ挿入》

《プラグ固定終了。第一次接続開始》

《エントリープラグ注水》

記憶の中にある忌まわしいエントリープラグ。

遠い昔の光景そのままにシンジは学生服姿でそこに乗り込んでいた。

下のほうからLCLが浸されていくのを知っていたが、シンジはあえて演戯をしておく。

「何です?水責め?殺すんですか?それとも自白剤?」

少々過敏な言葉かもしれないが、知らない人間からみたらLCLはそんな認識だろうと考えながらシンジは言う。

《大丈夫。肺がLCLで満たされれば直接血液に酸素を取り込んでくれます。すぐに慣れるわ》

二度と味わうとは思わなかったLCLの感触。

紅い世界でずっと浸っていたが、やはり慣れない。

「・・・血の味だ」

《我慢なさい!男の子でしょ!》

どこまでも自分勝手なミサトの言い草に、少々苛ついたので。シンジは一言だけ反論しておく。

「当事者でもない見物人のくせに五月蝿いから黙ってもらえます?」

《な・・・》

《ミサト!ノイズが入るから邪魔しないで!!》

発令所で押し黙る声が聞こえるが知った事ではない。

今更嫌われた所で”碇シンジ”には何の問題も無い。

こちらを人と見ないで戦力あるいは道具としてしか見ない人間と友好関係を持とうとは思わなかった。

むしろ何でこんな奴等のために戦っていたのか、昔の自分を不思議に感じた。

自分が必要とされているのでは無いと知ってしまえば、どこまでも冷徹になれる。

《主電源接続》

《全回路動力伝達》

《第二次コンタクトに入ります。A10神経接続異常なし》

《思考形態は日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト全て異常なし》

《双方向回線開きます。シンクロ率・・・・・・》

《どうしたのマヤ?》

頭の中に入ってこようとする意識を外に追いやってシンジは思った。

(何かが入ってくる感じ・・・)

(これがこっちの母さんか)

(でもあなたの息子はもういないよ)

(死んだんだから)

母に縋るシンジはどこにもいなかった。

《シンクロ率、0%・・・》



◆―――ネルフ本部、発令所



「シンクロ率、0%・・・」

信じられないと言葉の端々から読み取れるマヤの呟きが当たりに響く。

「計器の故障なの?」

「いえ、回線は正常です。データ誤差認められません」

ミサトも後から口を挟んでマコトとやり取りをしているが、シンクロ率は全く変化しない。

「マヤ、もう一度LCL電化、第一次接続からやり直して」

「はい!」

リツコの命令ですぐさま初号機とシンジの再シンクロが行われる。

だが結果は変わらず、シンクロ率は上がりも下がりもせずただ『0』を表示するだけだった。

「初号機・・・起動しません」

《何がどうなってるんですか〜〜》

《いい加減何起こってるか説明してもらえません?》

《いきなり放り込まれて水責めも重なって気分が悪いんですけど〜〜》

スピーカーから事情を知らない振りをするシンジの声が聞こえてきた。

だが発令所の面々は状況の把握と原因の究明に忙しいのか全く応答しない。

その後三度ほど再シンクロが行われたが、結局シンクロ率0は変わることなく起動実験は終了した。

一番その場で理不尽さを感じるなければならないのはシンジだ。

何しろ思惑を別に置けば『いきなり徴兵され、つれて来られて、よく判らない物に乗せられた』が現実である。

だがネルフの他の職員はそうは思わなかった。

特にエヴァの整備を行っている整備班とシンクロに携わるオペレータはそれが顕著に出ていた。

ファーストチルドレン・綾波レイにセカンドチルドレン・惣流・アスカ・ラングレーにフォースチルドレン・鈴原トウジの三人。

それらと同格に扱われてもおかしくないサードチルドレン・碇シンジが、全くシンクロしない事実。

『役立たず』

言葉には出さないが、大人達の感想はみな同じだった。

それが自分勝手な思い込みだと気付かずに。



◆―――ネルフ総司令官公務室



「以上によりサードチルドレンと初号機とのシンクロは事実上不可能と言う結論に至りました」

報告に来たミサトはシンクロしない現場をその目で見ていたので、堂々と言う。

シンジがシンクロしない事がまるで『悪』だと言わんばかりに。

「MAGIはどう言っている?」

答えたのはゲンドウではなく隣に立つ冬月だった。

「起動確率は1のマイナス20乗分。09システムより低く、全会一致で起動不可能を推奨しています」

「どうする碇?」

「・・・・・・サードチルドレンは現時刻を持って破棄、初号機はこれまで通りダミープラグでの起動を行え」

「碇シンジ君は・・・どうしますか?」

持ち前の偽善ぶりで少年を心配する言葉を言うミサトに対して、ゲンドウの言葉は単純にして明確だった。

ミサトも戦力にならない子供に対しての処置は決まっていたが。上を通す意地汚さがそこにあった。

「何人か監視に当たらせてジオフロントから退去させろ、以上だ」

「はい」

それ以上言わせない空気があったのでミサトは司令室から退室する。



◆―――ネルフ本部、待合室



乾いた制服で待たされつづけるシンジ。

ダミーシステムのため零号機での起動実験を終えたレイ。

訓練の為、仕方なく学校から直接ネルフに来たアスカとトウジ。

こうして全員がチルドレンと認識してから四人が始めて対面した。

「お久しぶりトウジ、それに綾波さんに惣流さん」

自分からは出来るだけ友好的に話し掛けたつもりだった、だがシンジは心のどこかでこれから起こる事を判っていた。

『友好には、もう遅い』と言う事を。

「シ・・・シシシシ、シンジ!!」

「サードチルドレン!!」

「・・・・・・」

停電騒ぎの出会いを思い出す三者三様の反応だった。

「皆元気そうだね」

シンジは笑顔を崩さずにそう言った。





まずシンジに絡んできたのは、半ば予想できるアスカだった。

「サード!あんたネルフが停電の時、会ったわね?」

「どの位置を差して『ネルフが停電』かどうか疑問だけど、セカンド。僕は君に会ったことがある」

向こうが自分をナンバーで呼ぶのならばこちらもそれに答える。

無礼には無礼で返すシンジだった。

「人を番号で呼ぶな!!それでアンタなんでネルフにいなかったの?サードチルドレンでしょ!?」

「人に呼ぶのは良くって自分は駄目なのかい?独り善がりの果ては孤高だよ?それに僕はサードチルドレンじゃない」

「あ、アタシはいいのよ!!で、アンタがサードじゃないなら何でここにいるのよ?」

「ネルフ権限の徴兵、僕は静かに過ごしたかったんだけどネルフがそれを許してくれなくてね。僕は嫌なんどけどね、エヴァンゲリオンのパイロットなんて」

怒るアスカに対して、シンジは飄々と柳の様に返す。

どこか相手にされない雰囲気を感じ取ったのかアスカはますますヒートアップする。

「はぁ!?エヴァのパイロットが嫌?とんだ腰抜けね、こんなのが選ばれたサードチルドレンだなんて幻滅」

「別に君にどう思われ様が僕は知ったことじゃないよ、僕は命を賭けてまでそれをやろうとは思わない・・・それにもう遅いだろうし」

最後は小声で言ったので、生憎とアスカには届かなかった。

「エヴァのパイロットよ?人類を守るエリートパイロットで世界一なのよ!?信じらんない!?」

「それは君の価値観だ、僕に押し付けないでくれない?不愉快だから」

「臆病者なんかがここにいるなんて、こっちこそ不愉快だわ!!アンタはそうやってピーピー囀っていれば良いのよ!!!」

今までで一番大きい叫び声を放ち、アスカはシンジに背を向けて去っていく。

口論で負けたとはアスカも思っていない、ただ主張がお互いかみ合わないからどこまでいっても平行線を辿るのだと判ったからだ。

アスカが視界から消えるのを確認してシンジは視線をトウジに向ける。

「やれやれ・・・やあ、トウジ。元気そうだね」

「ああ、シンジも元気そうやな・・・・・・」





トウジはある疑問を常に抱えていた。

第一次直上会戦、妹が死ぬ理由を作った使徒。

もしエヴァンゲリオン参号機の専属操縦者である自分の力があの時あったら別の選択が出来たのではないか?

もしあの時戦ったエヴァンゲリオン初号機がもっと上手く戦ったら妹は亡くならなかったのではないか?

あの時綾波が重症である事は聞いた、起き上がるのも困難の中戦ってくれて使徒を倒してくれたのだ、感謝しても怨む事など出来ない。

綾波に対してはこれ以上望む事など出来ない、あの時彼女は精一杯やった。たとえその結果妹が死んだとしても。

だがあの日、あの時、本来なら自分のナンバリングのひとつ前。サードチルドレンが初号機に搭乗する予定だったと聞いた。

もしあの時戦ったのが綾波ではなくシンジだったとしたら?

重症の綾波より、健康体のシンジが戦ったとしたら?

未来は変わったかもしれない。

それはただの妄想、想像上の仮定でしかない。

だからトウジはシンジがサードチルドレンだと知ったその日から抱えていた疑問をシンジにぶつける事にした。



「シンジ・・・」

「何?トウジ」

「シンジは、初めてこの町に使徒が現れたそん時にこの町におったんか?」

出来れば『NO』で答えて欲しかった、トウジの中ではあった回数こそ少ないがシンジは”表向きだけの”友達なのだから。

しかしトウジの思いは無残に打ち砕かれる。

「いたよ」

「・・・せやったら、シンジは自分がチルドレンやっちゅうことは・・・知っとったんか?」

これも完全に『NO』で答えて欲しかった。

「父さんが僕に何かをさせようとしてるのは知ってた・・・じゃなきゃ僕が呼ばれる訳ないもん。チルドレンだって知ったのはそのすぐ後だよ」

シンジはトウジの思惑を何となく理解した上で嘘をつき続ける。

その上でのトウジの選択を知りたかったから。

「シンジは・・・エヴァに・・・乗れたんやないか?」

「多分ね。でも乗らなかった、それは他の誰でもない僕の意思だ」



バキッ!!



シンジの言葉が終わると同時にトウジの右ストレートがシンジの顔面に決まっていた。

エヴァのパイロットとしての訓練で筋力は数ヶ月前に比べて向上している、成人男性が殴るぐらいの威力がシンジに決まる。

「スマンな、シンジ。わしはお前をなぐらなあかん。なぐらんと気がすまんへんのや」

「・・・妹さんの事?」

トウジはシンジの言葉を屋上で話した事から推察したのだと思った。

「そや。あん時、シンジが初号機に乗っとったら妹は死なへんかったんや!!」

もはやその考えはトウジの中で理不尽さを失っていた。

『シンジはあの時初号機の乗れた』

『重症の綾波ではなく乗る事が出来た』

『もっと上手く戦う事が出来た』

『妹は怪我をしないで、死ぬ事も無かった』

推測がトウジの頭の中で現実に入れ替わり、怒りとなって爆発する。



バキッ!!



もう一度トウジはシンジの顔面を殴って言う。

「われ!妹を見殺しにしよったくせに、何でこんな所におるんや!!わしの前に姿見せんな!!そのツラ見たらまた殴ったる!!」

そしてトウジもアスカと同じようにシンジに背を向けて去っていった。

肉親の死が現実を捻じ曲げてトウジの怒りの捌け口をシンジに定めただけだった。

シンジはそれを知っていたらあえて口にはしなかった。

それがネルフをそして妹の死の真相を知ろうとしない使徒を目の敵にするトウジの出した結論なのだから、好きにさせた。





今までのやり取りを全て見ていたレイはいつもの無表情な顔でシンジを見ていた。

レイは自分と似た何かをシンジから感じていた。

「久しぶり・・・綾波さん」

「そうね」

シンジは立ち上がる素振りをしながら手を足の近くについて、ズボンのすその部分に縫い付けられた盗聴器を握りつぶす。

「痛いな、トウジ・・・」

殴られた衝撃に耐えるかのように手を首の後ろに回して、襟に縫い付けられた盗聴器も同じように握りつぶす。

この場所に盗聴器は元から無いので、これで自分たちの会話を聞くものがいないことを確認してシンジはレイと視線を合わせる。

「・・・・・・・・・」

「・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・」

お互い何もしゃべらないので見詰め合ったままただ時間が過ぎ去っていく。

片方は無表情、もう片方は頬の部分が少し腫れている為、睨み合っているようにも見える。

「綺麗だね、綾波は」

前振りなど完全に無いにも関わらずシンジは堂々と言う。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何を言うのよ」

突然の賛辞を理解するのにレイはかなりの時間を使ったが、何とか返答に成功する。

だが頬は微かだが朱に満ちて、正面から見ているシンジからは照れているのがよく判る。

「照れてるの?可愛いね、今の綾波は」

「・・・何を言うのよ」

先ほどより時間は短いが、返答内容は全く同じ。

更に頬の朱は範囲を広げて顔全体が朱色の染まっている。

レイは内心慌てていて、シンジがいつの間にか自分の呼び方からさんを抜いている事に気付いていない。

「笑った方が綾波は綺麗だよ・・・・・・心から湧き出る自分の表情が持てれば”人形じゃなくなる”から、綾波はもう人形じゃないね」

「!!」

この世界で当事者である二人しか知らないその言葉。

レイのマンションでたった十数秒の中に押し込まれて忘れられない記憶。

「あなた・・・それをどこで知ったの?」

先ほどまでの甘い空気から一変して、レイにシンジを疑う目が宿る。

警戒して一歩引いたまま、視線はシンジからそらさない。

「さあ?」

「答えて」

「綾波が僕の質問に答えられたら教えてあげてもいいよ」

「・・・・・・いいわ」

少し考えるレイだが、今は答えの方が先決と考え先を促す。

どんな質問であれ、答えられると思っていたレイだったが。シンジの質問はレイの予想を越えるものだった。



「綾波にとって使徒は敵?」



それはレイにとって禁忌とも言える言葉だった。

レイは自分の出生を知っている、自分の元になった物を知っている。

初号機から出てきた物とジオフロントにいた”使徒”のハイブリッド。

敵、それは倒すべき物。

だがそれを認めてしまえば自分自身こそ倒すべき存在だと認めてしまう。

それは自己の崩壊に等しい。

思考のループに陥りそうになったレイは表向きの答えを用意する。

「使徒はネルフの目標、人類の敵、殲滅する物、だから敵」

「方便はどうでもいいんだ、『綾波にとって』使徒は敵?」

レイの答えをシンジは一言で黙らせる。

自分自身の答え。

だがどちらの返答でも『ファーストチルドレンである綾波レイ』を否定することになる。



それは許されないこと。

誰に?

碇司令に。



使徒は味方?

ネルフに、そして人類の敵。

碇司令の敵。



使徒は敵?

碇司令の敵。

それじゃあ私は・・・・・・。



「・・・判らない」

しばらく悩んだ末にレイは結論の出ない答えを導き出した。

シンジはそれに対して何も言ってこない。

その顔は不満でも満足でもなく、ただ無関心だけがあった。

「それじゃ、綾波の質問にも答えられない。残念だったね」

「・・・・・・」

また会話が止まって静寂だけが辺りを支配する。

十秒か一分か一時間か。

どれだけ時間が経ったか判らないが、その場所にミサトという乱入者が現れるまで二人は一言も言葉を話すことは無かった。

「ごめんね〜お待たせシンジ君・・・ってどうしたのその顔?」

「大した事ありませんからご心配なく。人を待たせるのが好きなんですか?葛城さん」

一瞬だけシンジを心配したミサトだったが、いつもと変わらない憎まれ口だったので心配することを止めた。

「ま、まあとにかく行きましょうか。?どうしたのレイ?ボーと突っ立って」

「いえ、何でもありません」

「そう?それじゃあ行きましょうかシンジ君」

「ええ・・・」

そしてシンジはレイから離れミサト共に廊下を歩いていった。

その後姿を見つめながらレイは自分の中に新たな息吹を感じた。

それがどういうものなのかは判らない、判ることは普段考える事に”碇シンジ”という新たな情報が増えたと言うことだった。



◆―――ネルフ本部、司令室



冬月は本を見ながら詰め将棋をして、その隣ではゲンドウがいつもの格好で椅子に座っていた。

「お前の息子、生きていて良かったじゃないか」

「初号機とシンクロしなければ意味は無い、ダミーシステムも委員会からの突き上げで完成は間近だ」

「必要はない。そう言う事か?」

「それだけの理由は存在する、委員会もサードに関してはこれ以上何も言えんよ」

冬月はあまりの言い様に顔をしかめそうになったが、ゲンドウがこういう男だと判っていたので話題をずらす事で誤魔化す。

「アダム計画はどうなんだ?」

「順調だ3%も遅れていない」

「では、ロンギヌスの槍は?」

「予定通りだ。作業はレイが行っている」

(レイにこだわりすぎだな。碇)

息子に対する希薄さとレイに対する微かな信頼を感じながら冬月は一人考え込んだ。



◆―――ネルフ本部、最下層



闇の廊下を零号機が槍を持って歩いている。

その手にはネルフが南極から持ち帰った槍が握られていた。

この作業はゲンドウの指示の元、極秘裏に行われているのでレイと冬月をいれてネルフで三人しかこのことは知らない。

エヴァのACレコーダーも切ってあるので、誰にも知られること無く作業を行っていた。

そのエントリープラグの中でレイは、先ほどのシンジとの会話を思い返していた。

自分が人形ではないと気付かされた使徒の言葉。

使徒に対する自分の正直な考えを思い知らされたシンジの言葉。

どちらも執拗にレイ自身を悩ませる言葉だった。

悩む、これまでのレイでは考えられない事だった。

気が付けば悩み、その先に二人の人影がいる。

片方は漆黒の衣装で顔にかかる仮面と長い髪だけが白い、仮面から見える目がこちらを見ている。

もう片方は殴られた顔と普通の顔が何度も入れ替わる、それでも目は自分を見つめている。

「・・・碇シンジ」

何故かはっきりとレイの口からその言葉は出た。

それが何なのか、やはりレイに答えは出せなかった。

ただ自分が撃ち殺そうとした使徒と碇シンジを考える事が多くなっただけだった。