第拾四話
「進化の終着点、最強を超える最強」

◆―――ネルフ本部、発令所



《エヴァ三体のアポトーシス作業は、MAGIシステムの再開後、予定通り行います》

《作業確認。450より670は省略》

例え使徒が攻めて来なくてもネルフが忙しい日々はある。

今日はチルドレンの新しいテストに加え、スーパーコンピューターMAGIの定期検診もあるので誰もが休まずキーボードを叩く。



その中でも画像に表示される文字が休むことなく動きつづけているのはオペレータの一人伊吹マヤの操作する画面だった。

その後で、後輩の作業振りに満足しながら自分の仕事もしっかりこなす赤木リツコがいた。

「流石マヤ。速いわね」

「それはもう、先輩の直伝ですから」

「あ・・・・・・待ってそこ、A−8の方が早いわよ。ちょっと貸して」

そう言ってリツコはプログラムの作業ボードを自分のボードに瞬時に移し変え、マヤが両手でやっていた作業よりも数倍速い速度を片手でこなしていく。

画面に次々と文字が写り消えていく。

「・・・・・・さっすが先輩」

マヤはただ唖然としていた。

リツコの助力もあり作業は順調に進んだ

三角形に配置された

MAGI・バルタザール。

MAGI・メルキオール。

MAGI・カスパー。

それら全てが『異常なし』の青表示に切り替わる。

《MAGIシステム、三基とも自己診断モードに入りました》

《第127次定期検診、終了。異常無しです》

「了解、お疲れさま。みんな、テスト開始まで休んで頂戴」



◆―――ネルフ本部、超クリーンルーム



「ほら、お望みの姿になったわよ。17回も垢を落とされてね!」

隣からレイ、アスカ、トウジの順番でチルドレン三人が全裸で立っている。

トウジは横目でアスカとレイの裸体を覗こうと前を向いたまま視線だけ横に動かそうと躍起になっているが、一度だけアスカと視線があって止めた。

やめないと報復が恐ろしい事をようやく学んだトウジだった。

『では3人ともこの部屋を抜けて、その姿のままエントリープラグに入ってちょうだい』

「えぇ〜〜!!」

聞こえるのはリツコの放送だけだが、言ってる事は受け入れられる物ではなかった。

同性ならまだ我慢できても、放送が届くと言う事は映像も向こうに送られていると言う意味。加えて例え何とも思っていなくても同年代の異性が隣にいる。

『大丈夫。映像モニターは切ってあるわ。プライバシーは保護してあるから』

「そういう問題じゃないでしょ!?気持ちの問題よっ!」

『このテストは、プラグスーツの補助無しに直接肉体からハーモニクスを行うのが、主旨なのよ』

『アスカ、命令よ』

リツコの論理的な説明にミサトの切り札が重なる。

よっぽどでもなければアスカがそれを破らないと知った上で”命令”を使う。

「もう、絶対見ないでよ!!」

渋々折れたアスカはようやく気持ちの切替に成功したが。当然ながら一番手に部屋を抜けたのはトウジだった。

彼の内情は『うう、後姿とは言え見られてもうた・・・わし嫁に行けん』とギャグを考える余裕はあった。



◆―――ネルフ本部、プリブノーボックス



《各パイロットエントリー準備完了しました》

「テストスタート!」

リツコの号令でネルフの実験は始まった。

《テストスタートします。オートパイロット記憶開始》

《シミュレーションプラグを挿入》

《システムを模擬体と接続します》

モニターとガラスを兼用するディスプレイの向こうでエヴァの素体に似た模擬体にエントリープラグに似たシュミレーションプラグが挿入される。

チルドレンはその場にはいないで別の場所のエントリープラグに乗っており、模擬体もエヴァと違って頭部が無い。

《シミュレーションプラグ、MAGIの制御下に入りました》



◆―――シュミレーションプラグ接続済みエントリープラグ



《気分はどう?》

「・・・何か違うわ」

「薄い膜の中におるような・・・」

「感覚がおかしいのよ。右腕だけはっきりして後は、ぼやけた感じ」

リツコの言葉にはっきりとした状況を返したのはアスカだけだった。

レイとトウジも普段と違う何かを感じていても、それを説明するだけの状況にいなかった。

ある意味で三人のシンクロ率の差を示していた。

《レイ、右手を動かすイメージを描いてみて》

「はい・・・」

レイは右手側のレバーロックを握り、いつも通りのイメージを作り上げる。

既に何度も試したエヴァの操縦なので、自然と考えが浮かぶ。



◆―――ネルフ本部、プリブノーボックス



《データ収集順調です》

「問題は無いようね、マギを通常に戻して」

《了解、マギ通常モードに戻ります》

リツコの命令でマギは定期検診が終わった状態に戻ろうとするが、バルタザール・メルキオール・カスパーの作業時間に若干のタイムラグが生じる。

「ジレンマか・・・作った人間の性格が伺えるわね。」

「何言ってんの?作ったのはあんたでしょ?」

独り言として呟いたつもりのリツコだったが、傍にいたミサトに聞こえていたのか質問してくる。

「あなた、何も知らないのね」

「リツコが私みたく自分の事べらべらと話さないからでしょ」

冷めた返答とも取れるリツコの言葉に気分を害したのか、少し語気が荒くなってミサトは言う。

「そうね、私はシステムアップしただけ、基礎理論と本体を作ったのは・・・母さんよ」



◆―――ネルフ本部、発令所



「確認しているんだな?」

「ええ、一応」

冬月はシゲルの後からモニターを覗き込んで異常部位を見る。

「3日前に搬入されたパーツです。ここですね・・・・・変質しているのは」

「第87蛋白壁か・・・」

壁の一部分、人間の手の平ほどの大きさが他の部位と違って異常を示している。

「拡大するとシミの様な物が有ります。何でしょうね・・・・・これ?」

「浸食だろう?・・・温度と伝導率が若干変化しています。無菌室の劣化は良く有るんです、最近」

同じ映像を見ていたマコトも会話に参入して工事の粗を責めたてる。

「工期が60日近く圧縮されてますから・・・また気泡が混ざっていたんでしょう。ずさんですよ!B棟の工事は」

シゲルも同じように責めるが、期間を60日も早めて完成させただけたいした物だと気付いていない。

「そこは使徒が現れてからの工事だからな・・・」

「無理ないっすよ。みんな疲れてますからね」

「明日まで処理しておけ・・・。碇がうるさいからな」

「了解」

マコトは冬月にそう返して、自分の業務に戻っていった。



◆―――ネルフ本部、第87淡白壁



シゲルとマコトに冬月が見ていた淡白壁に少しずつ変化が表れる。

客観的に見たら、それは氷が溶けて水になるように壁がグズグズと拉げていく様だった。

まるでその部分に『何か』が存在して、動いている様にも見える。

その壁は実験中のプリブノーボックスのすぐ上にあった。



◆―――ネルフ本部、プリブノーボックス



「又水漏れ!?」

プリブノーボックスの中に警報音が響いたので、リツコは後ろに座るマヤに問いただす。

急いで内線電話で確認を取るマヤ。

「いえ、浸食だそうです。この上の蛋白壁」

「参ったわね・・・テストに支障は?」

「今の所は何も」

少し考えてリツコは新しい命令を下す。

「ではテストを続けて、このテストはおいそれとは中断できないわ。碇司令も五月蝿いし」

「了解、シンクロ位置正常」

《シュミレーションプラグを模擬体経由でエヴァ本体と接続します》

《エヴァ零号機コンタクト確認》

《ATフィールド、ツーオクトで発生します》



ALERT!!!

ALERT!!!

ALERT!!!



「どうしたの!?」

《シグマユニットAフロアに警報発令》

「第87蛋白壁が消失!第6パイプが切断されて実験続行に支障が出ます」

「実験中止、第6パイプを緊急閉鎖」

「はい!!」

マヤは急いで第6パイプを閉鎖させるが、アラームは鳴り止まない。

「先輩!大変です!!ジオフロント直上にパターン青、二つ!?」

マヤの操作するコンソールに、外部端末からの情報が休むことなく入ってくる。

映像までは来ていないが、そこには『ANGEL PATTERN : BLOODTYPE−BLUE』の文字が表示されていた。

「チルドレンに緊急連絡、エヴァ発進準備を急がせて!!」

間近に作戦部長のミサトがいるが、この実験での最高責任者はリツコだったので、そのまま指示を出していた。

隣でミサトがリツコの命令に歯噛みしていた。



◆―――第三新東京市、空中



(うーん・・・)

(僕が本部に入る訳には行かないから壁ごと引き摺り出したけど・・・)

(どうなるのかな?)



相変らずの漆黒の衣装に白亜の仮面と長髪に12枚のオレンジ色の羽で浮遊しているシンジは目の前の物体に注意を向けていた。

元は壁の一部だったのだが、ここに持ってくるために円形にくり貫いた。

そのままディラックの海の中で戦えば済む話なのだが、あくまでシンジは”自分の手を下さない為”にこうして姿を表していた。

どうしてそんな事をするのか今だに判っていない。

第11使徒イロウルの強みは環境に合わせた進化である。

支えている訳でもないのに円形の壁と、その中に紅く光る極小のコアが一緒になって浮かんでいる。

どうも状況に合わせて飛行能力を自ら作り出したようだが、この段階で既にシンジが知る史実から大きく離れてしまっている。



(僕の力なら楽なんだけど・・・)

(サポート、サポート)

(早く出てこないかな?)



悩んでいると、イロウルに変化が起こった。

今まで壁だった物が黒尽くめに染まり、シンジとほぼ同じ大きさに縮む。

そして鏡を写したようにシンジと全く同じ姿になった。

違うのは仮面と髪も黒である事と、背中のATフィールドが無い位だった。



(これが・・・進化?)

(いや、相手に合わせた変異だ)

(でも力不足じゃないかな?)



向かい合う二人の使徒。

どちらも動く気配はなく時間だけがただ過ぎていった。



◆―――ネルフ本部、ケイジ



レイを除くチルドレンは怒りに燃えていた。

『使徒に敗北』それは認めてはならない現実だった。

例え自分たちより強い力を間近で見せ付けられても、エヴァは負ける訳にはいかない。

シンジとエヴァは真正面からの戦いをまだ行っていない。

それは『勝てるかもしれない』と言う希望と『負ける訳には行かない』と言う怒りになってパイロット達の戦意を向上させていた。

プラグスーツに着替え、いつも通りシンクロするパイロットとエヴァンゲリオン。

今回も初号機をダミープラグで起動させての戦争。

四機のエヴァに二体の使徒。

これまでの戦いの中でもっとも戦力の多い戦いになった。

「惣流!発進準備OKや!」

「ジャージ!ファースト!!あたしはいつでも行けるわ」

「・・・零号機発進準備完了」

《初号機、ダミーシステムと直結完了》

エヴァはそれぞれの武器を携えて地上へと上がっていく。



◆―――第三新東京市、市街地



急いで第一種警戒態勢へと移行した第三新東京市。

ものの数分で市民の誘導は完了し、兵装ビルを除くビル郡は全てジオフロントへ格納された。

零号機はパレットライフル。

初号機はハンドバズーカ。

弐号機はスナイパーライフル。

参号機もパレットライフル。

各々が空中に浮かぶ使徒用に中距離砲を持って現れた。

もちろん近距離用の武器も合図があれば射出できるように準備されている。

ある意味今のネルフ全兵力を投入した状況だった。

《初号機と弐号機が前衛、零号機と参号機は後衛に回って》

ミサトの指示がエントリープラグに届いた次の瞬間、初号機がバズーカを撃っていた。

狙いが外れ、砲弾は遠くの山間部へ着弾した。

《ちょっとリツコ!!》

《仕方ないでしょ!ダミーシステムはまだ未完成なんだから!!》

どうもダミープラグは連携を取る以前の問題らしい。

アスカは思考を瞬時に切り替えて、初号機を『先走って使徒を倒そうとするパイロット』と認識する。

動きにムラがあり、自分と比べると美しくないと思えるがこれも貴重な戦力だと自分を納得させる。

「ジャージ!近づくから援護よろしく!ファースト!!参号機と左右に展開して!!」

エースパイロットとして自分は使徒を倒さなくてはならない。

初号機はさっきからバズーカを連射しているが、的が人間サイズしかない上にまだ遠距離の為当たる訳も無く薬莢を空にしていた。

「・・・ミサト、前衛はあたし一人で充分よ。この役立たず下がらせなさい!!」

待ちに待った倒すべき使徒が上空にいる、それも二体。

両方とも似た格好をしているが、片方はみまちがえる筈も無い毎度毎度ネルフをコケにした使徒。

自然にアスカの語気が荒くなる。

「攻撃・・・開始!」

一足飛びで有効射程距離まで接近した弐号機のパレットライフルから弾丸が空に向かって放たれた。



ドガガガガガ!!!







片方は12枚の羽のうち4枚を自分の下に移動させてはじく。

片方は当たって体の所々が失われるが、瞬時に酸素を取り入れて自分を作り直す。

両者とも向かい合ったまま全く動かず、地上からの攻撃には見向きもしなかった。



弐号機のパレットライフルが、初号機の新しいバズーカが、零号機の援護射撃が、ATフィールドを中和しようとする参号機が。

全て無視された。

二体の目標は砲撃に目をくれず、はじいて再生して常に向かい合っていた。

攻撃は届く、だが再生される。

攻撃が全く届かない、当たらない。

これがアスカの神経を逆撫でする。

当事者達にとってこれほど屈辱なことは無い、何しろこちらは敵として認識していても相手は見向きもしないのだから。

それで倒せれば溜飲も下がるが、現実では一向に倒せないどころか消費しているかどうかすら怪しい。

「くっ!ジャージATフィールド全然中和できてないじゃない!!」

『わしは力振りしぼっとるわ!!綾波、そっちはどうなんや!?』

『駄目、効果なし』

焦るパイロット達、それでも戦況は有利には働かない。





無為な時間がただ過ぎて、変化を待ち望んでいるとようやくイロウルが始めて動きを見せた。

シンジと同じように12枚の漆黒の羽を背中に広げる。

一本一本が別の生き物の様に動き回りシンジを襲う。

シンジは自分の下のATフィールドを展開させたまま、残った8枚でそれを迎え撃つ。

切り裂き、再生。

再生し、再度攻撃。

そして切り裂いて、再生。

一進一退の攻防が、エヴァを無視した形で行われた。

だが無視したからと言って砲撃が止んだ訳ではない。

弾丸の雨が下からイロウルに突き刺さり、一瞬動きを止める。

その隙を突いて、シンジは12枚の羽を立方体の形に展開させる。

一枚の羽が一本の直線に相当し、立体を作り出す。

イロウルはそこから脱出しようと面の部分から抜け出そうとするが、その前にATフィールドが完成して箱型のATフィールドが完成する。



(さようならイロウル)

(カヲル君の欠片になってね)

(立体のATフィールドなんて初めてだったけど)

(倒すには充分すぎる)



シンジは箱型ATフィールドを圧縮してイロウルを押し潰していく。

ジワジワとすり潰され、細菌サイズのイロウル達はATフィールドによって全て存在を否定され消滅した。

後には何も残らなかった。

イロウルを倒す為に展開していたATフィールドを全て動かしたシンジは無防備だった。

対イスラフェル戦で『卑怯でやだな』等と品行方正を説いていたアスカだったが、怒りがそんな思いを打ち消す。

無防備なその背中に打ち出される弾丸。





だがATフィールドが無いにも関わらず、弾丸がシンジの体に打撃を与える事は無かった。

「何でよ!!」

思わず涙声が出るが結果は変わらない。

トウジと初号機も同じようにシンジに攻撃するが、新しくATフィールドを展開されて阻まれてしまう。

第10使徒のときと同じくエヴァが無力、倒せない。

そんな思いが辺りを支配して、砲撃が止む。

おそらくシンジはまた消えるだろう、”いつも通り”に。

発令所のメンバーもそれを考えているのか、ミサトも指示を出したりはしなかった。

そもそも出した所でどうにかなるとは思えなかった。

『また倒せずに逃げられる』

そんな風に思うが、倒す方法が浮かばない。

そしてシンジがディラックの海に消えようとする刹那、異変が起こった。



(え・・・・・・)



シンジの下半身が吹き飛んでいた。

レイが撃った銃弾の一つが直撃して。



(綾波・・・)

(そうか・・・そう言う事か)



ATフィールドは心の壁。

あの紅い海になってしまった世界で唯一”碇シンジ”と言う自分を見てくれた”綾波レイ”と”渚カヲル”に対してだけシンジは心を開いているのだろう。

他のエヴァや使徒には無理でも今は綾波レイただ一人がシンジのATフィールドを中和できる。

例えそれが違う綾波レイだとしても。



(さっきは他の攻撃に紛れて判らなかった・・・)

(アスカでも)

(トウジでも)

(ケンスケでも)

(ミサトさんでも)

(リツコさんでも)

(父さんでも)

(母さんでもない・・・)



更なる銃弾が残った上半身に直撃して、衝撃そのままに遠くへ吹き飛ばされる。

シンジは薄れ行く意識の中でふと考えた。



(まだ僕はカヲル君を、綾波を求めてる・・・)

(それが叶わないと知ってるくせに)

(前の世界で出来なかった分、僕はこの世界の綾波に恩返しがしたいのかな?)

(まだ死ねない)

(体を再構成さ、せ・・・るん・・・・・・だ)



そしてシンジは意識を失った。



◆―――ネルフ本部、発令所



それは衝撃だった。

難攻不落の自由要塞、それが”第零使徒”であった。

ダメージを与える事など稀、例え与えたとしても次に現れるときには完治している。

物語の中に生きる不老不死の存在と間違えてもおかしくないそれが吹き飛ばされた。

零号機の銃弾、たったそれだけで。

「・・・第一種警戒態勢のままエヴァ全機は現状待機。着弾予想地点を重点に捜索、モニター急いで!!」

「りょ、了解!!」

「判りました!!」

慌しく動き出した発令所のメンバー。

画面では活動停止した初号機と、銃を降ろした弐号機に三号機、そして銃を斜め上に構えた状態で固まった零号機が映し出されていた。

予想だにしなかった零号機の僥倖。

本来なら喜ぶべき事態だが、誰もが目の前の現実についていく事が出来なかった。

そして彼らは着弾予想地点の近くであるものを発見する。



◆―――ネルフ本部、ケイジ、惣流・アスカ・ラングレーの場合



(あの女に負けた?)

(このアタシが!?エヴァンゲリオンエースパイロットであるこのアタシが?)

(違う!まだ使徒を殲滅した訳じゃない)

(じゃあ何で第一種警戒態勢が解かれたの?)

(第零使徒を殲滅したから?)

(アタシじゃなくてあの女が殲滅したから?)

(違う!違う!違う!違う違う違う違う!!!)

(アタシは惣流・アスカ・ラングレー)

(アタシこそが人類最強の、エヴァンゲリオンのエースなのよ!)

(あんな人形みたいな女なんかに負けない、負けられない!!)

(ファーストにもジャージにも使徒にだって負ける訳には行かない!!)

(あの使徒はまだきっと生きてる)

(そしてまた別の使徒が現れたときに出てくる)

(その時こそアタシがエースである事を証明する)

(その時こそ、アタシがあいつを”殺す”)

ケイジに収容されていく弐号機の中でアスカはひたすら考え込んでいた。

自分の攻撃をATフィールド無しで弾いた使徒。

小さな体は人間と見間違えそうになるが、内包する強大な力はエヴァを上回る。

決して認めないが心のどこかで判っていた。

『あれには勝てない』

だが目に見える”最強”を自分と同じパイロットが傷つけた、かなり大幅に。

信じられない。

信じたくない。

だが現実は変わらない。

負けた訳ではない。

使徒殲滅と聞いた訳ではなく、ただ第一種警戒態勢が解かれて本部帰還を命じられただけだ。

でも自分に出来なかった事を綾波レイはやってのけた。

自分と同じパイロットであると言うただそれだけの筈の人形みたいな女が。



許せない。

何が?

綾波レイが。



許せない。

何が?

不甲斐ない自分が。



許せない。

何が?

いとも容易く撃ち抜かれた使徒が。



何故あの銃弾を撃ったのが自分ではなかったのか。

何故自分の攻撃が弾かれてファーストの攻撃が当たるのか。

何故、何故、何故?

判る事など何も無い、あるのは結果としての現実だけ。

そんな現実は耐えられない。

だから思う『絶対あの使徒は生きている』。

そう思わなければ、アスカは立ち直れなかった。

エースでありながら使徒に助けられる自分に耐えられなかった。

意識改革で何とか自分を取り戻したアスカのエントリープラグ内にミサトからの通信が入ったのはそのすぐ後だった。

アスカはそれを聞いて愕然とする。

「・・・嘘!?」



◆―――ネルフ本部、ケイジ、鈴原トウジの場合



(わしは・・・何をしてるんやろ)

(前の前ぐらいまで上手くいっとった)

(あの第零使徒っちゅうのを倒す為に)

(妹の仇を取る為に戦っとった)

(でも前の使徒・・・)

(あれは助けられたんや)

(そして今回も・・・)

(何も出来んでただ、助けられた・・・)

(わしは・・・何をやってるんや?)

(惣流が前線で戦って・・・)

(綾波は誰も倒せんかった、使徒にパチキかまして・・・)

(ダミーなんとか言う、新しい装備も入って・・・)

(ホンマにわし、役に立ってんのやろか?)

悩んでも答えは出ない。

トウジの悩みは自分自身で答えを出す物で、今の彼に他人が何を言おうと慰めにはならなかった。

もしいるとすれば、参号機の中の妹だろうが。トウジは会話ができるほどエヴァとシンクロしていない。

悩んで、悩んで、悩んでそれでも答えが出ない中、エントリープラグ内に通信が入った。

アスカとは少々違うが、トウジもその報告に驚いた。

「それは・・・ホンマでっか?」



◆―――ネルフ本部、ケイジ、綾波レイの場合



(何故・・・攻撃が当たったの?)

(何故・・・ATフィールドを貫けたの?)

(中和は出来なかった筈)

(でも攻撃は届いた)

(何故?)

誰よりもシンジに攻撃が当たって驚いたのは当事者であるレイだった。

この世界で現状唯一、シンジのATフィールドを破る事のできる稀有な存在。

まさか別の世界の自分がシンジと言う存在を受け入れ、彼の願いを叶えていること等想像も出来ないレイに判る訳も無かった。

(判らない・・・・・・)

(何・・・これ?)

(喜び?違う気がする)

(悲しみ?近いと思う)

(私が・・・人じゃないから?)

(私は何をしたかったの?)

(使徒殲滅、それは命令)

(でも嫌だった・・・そんな気がする)

表面上はやはり無表情なレイだったが、思考はいつも以上に回って捻じ曲がって悩んでいた。

答えは出ない、いつもの結論に辿り着こうする時、エントリープラグ内に通信が入る。

その通信内容はレイにとって驚くべき問題ではなかった、それよりも優先するべきは今考えている悩みだ。

だからレイはその報告に対して一言言っただけで済ませた。

「そう」



◆―――第三新東京市、病院



「・・・・・・・・・知ってる、だけど知らない天井だ」

自分の記憶の中に眠る見慣れた天井。

だがそれは記憶の中とは違う天井でもあった。



『サードチルドレン発見』



それは第零使徒落下予想地点から数百メートル離れた位置で見付かった。

何故こんな場所にいるのかがまず疑問だった。

何しろその場所は山の中腹で、獣道と呼んでも差し支えない場所だった。

少なくとも中学生がいる場所にしては異質すぎた。

そして彼の格好は夏服の学生服だった。

場所が場所でなければ気にする問題ではないが、交通機関の無いその場所ではありえない格好だった。

地上探索を行っていた諜報部員は慌ててシンジをネルフ系列の病院へ搬送。

検査結果は『異常なし、全くの健康体』だった。

ネルフ総司令の息子にして、世界最強の兵器エヴァンゲリオンのパイロットかもしれない少年。

見つけた諜報部員はそれを聞いて歓喜した。





シンジは自分の状態を少しずつ把握していく。

どうも自分が常時稼動させているコアはレイの銃弾に打ち砕かれてその効力を失ったようだ。

首から上の部分が自分を、”碇シンジ”と言う形を再構成したのだろう。

心臓は鼓動を打ち、手足には血が巡っている。

脆弱な人間と言う肉体、力は失ったわけではなく表に出していないだけ。

腕を見ると注射針の後もあるので血液検査もされた後だと推測する。

そう考えるとこの状況は嬉しい誤算だった。

コアが無事だったら間違いなく”使徒の碇シンジ”を再構成しただろう、だが今の自分は人間と呼べる。

おそらく遺伝子の異常も見られず、表向き完璧な”碇シンジ”だろう。

「・・・どうしよう?」

レイに撃たれたのは済んだ事だが、ネルフに捕まったのは予想外の出来事だった。

このまま逃げても問題は無い、どうせまた『サードチルドレン行方不明』になるだけだ。

だがそれよりもシンジはこの世界の綾波レイにもう一度会ってみたいと思った。

一度目は第零使徒として、二度目は碇シンジとして、度重なる使徒戦で共に戦い殺されそうになった綾波レイ。

他の”碇シンジが知っている人達”が、どんな風に変化しているかも知りたい事の一つだった。

シンジは病院から逃げなかった。



◆―――ネルフ本部、赤木リツコ



『サードチルドレン見付かる』

本来ならば朗報と呼べるのだが、リツコはそれほど事体を楽観視していなかった。

チルドレンは貴重だ、特に”初号機専属”なら。

参号機以降の後継機は汎用性を持たせた為、選ばれた人間でなくても戦力にはなるが。零号機、初号機、弐号機だけはエヴァが合って後からパイロットを選ぶ順番なので、どうしてもパイロットは必要になる。

だがここでパイロットが一人増えて、エヴァの稼動率が上がり戦力増強になったとしても『それがどうした』。

第15世代有機コンピューターに個人の人格を移植して思考させるシステム、その第一号の人格移植OS、スーパーコンピューターMAGIがこれまでの対使徒戦から導き出した『これまでの使徒戦において第零使徒が入なかった場合の勝率』と『第零使徒に対する勝率』。

どちらもエヴァが一体増えた所でどうにかできるほどの勝率を出していない。

第3使徒、サキエル。

第零使徒不在の場合の勝率:2.3%

初号機の暴走を考慮に入れて、入れない場合の勝率は−9.4%。

第4使徒、シャムシェル。

第零使徒不在の場合の勝率:4.5%

初号機の暴走及び、参号機の戦線復帰も考慮に入れて。

第5使徒、ラミエル

第零使徒不在の場合の勝率:8.7%

準備の為の時間があった場合を考慮に入れて。

第6使徒・・・

第7使徒・・・



『第零使徒との直接対決の勝率:−54.5%』



既に終わってしまい、起こった過去を掘り返した所で今が変わるわけでは無い。だが確実に言える事は『第零使徒がいなければ負けていた』。

もちろんそれもまた可能性の一つでありえない現実と言う可能性もあるが、ほぼ間違いない。

MAGIのメンテナンスと称して、私的運用が出来るのが自分だけでよかったとリツコは考える。

嘆きたくなる燦々たる結果にパソコンの電源を落とすしかすることが出来なかった。

エヴァだけで倒した使徒は第9使徒マトリエルのみ。偶然と幸運がたまたま今の現実を作り出しているだけで、ありえる可能性を模索したら死がどれだけ身近にあるか良く判る。

倒し方が無いわけでは無い、今回の対使徒戦で第零使徒殲滅の可能性も出てきた。

だが、それでも可能性は所詮可能性で過去でも現実でもなく、確定していないあやふやな未来の希望に過ぎない。

「あの人の息子、チルドレンが一人追加・・・か、この事は秘匿扱いにしないとエヴァには乗らないかもね・・・他の子達も含めて」

リツコはパソコンを新たに立ち上げて、今までの履歴とデータを全て抹消した。

そうでもしなければ『勝たなければいけない』を、考える事も出来なかった。