第拾参話
「人の心を真似た機械」
◆―――コンフォート17
セカンドインパクト。
西暦2000年。
南極。
閃光。
光の巨人。
四枚の光り輝く羽。
自室で着替えをする葛城ミサトの脳裏にはその時の光景が写る。
地獄を見たショックで二、三年ほど失語症になっていたが。それでも目に移って脳に焼かれた情報は決して色あせる事は無かった。
胸に垂れ下がる十字架のペンダントを見ると、それがスイッチになって記憶の扉が開放される。
傷だらけの父。
脱出ポット。
葛城調査隊の最後。
死の世界へと変わる南極。
自分ひとりだけが生き残った事実。
ミサト自身が自分である為にも、それは忘れられず忘れてはいけない記憶だった。
「使徒は私が殺す・・・・・・」
二部屋ほど離れた位置でシャワーを浴びている同居人と冷蔵庫の中で寝ている温泉ペンギンに聞かれない小声でミサトは呟いた。
◆―――三日前、第9使徒戦後、ネルフ本部
「ミサト!あたし達サードに会ったわ!!」
マトリエル戦が終わり、電力も復旧していつも通りのジオフロントに戻った後の作戦部への報告中のアスカの言葉だった。
「せや、ミサトさん!わし等三人シンジとおうたで!」
トウジもそれに言葉を繋げて熱心に話すが、レイは特に何も言わなかった。
「サード・・・って、サードチルドレンの碇シンジ君!?」
諜報部の総力とMAGIの全力でも掠りもしなかった碇シンジの捜索。
仕事自体はまだ残っているが、見つからない人物をずっと探しつづけるほどネルフは暇ではなかったので探索の規模はかなり激減していた。
例えそれが世界最強の兵器エヴァンゲリオンのパイロットだとしてもだ。
動かせるエヴァ四体、それだけでネルフに軍事力が集中しているのは周知の事実だが。ミサトの思考ではそれでも戦力不足なのだ。
例え総司令の碇ゲンドウが『パイロットの補充は必要無い、探索のレベルを落とせ』と命令されたとしても、ミサトの考えは変わらない。
ミサトとしてはチルドレンとサードとの接触に驚きと同時に喜びも感じていた。
サードチルドレンの生存を確認。
肝心の第零使徒を倒すには至っていない事実。
親友からの報告で”パイロットがいなくてもエヴァを動かす事の出来る機械”を建造中らしいが、完成はまだ遠くやはりパイロットは必要。
明らかな戦力不足の中での希望の光とも言える。
「それであんた達、どこで彼と出会ったの?時間は?どんな様子だった?」
慌てながらも必要な情報を集めるべく、ミサトはチルドレンに質問を叩きつける。
頼りが三人の子供だけと言うのは心許ないが、報告を総合するとミサトの時と違い割合好意的な会話をした事が判った。
ただチルドレンに関しては触れず、あくまで『一般人の鈴原トウジの知り合い』として言葉を交わしたようだ。『フォースチルドレンの鈴原トウジの知り合い』ではなく。
「・・・判ったわ、とにかく貴重な情報をありがとう。諜報部の方にまわしてすぐに見つけるよう手配するわ」
「頼むわよミサト、このアタシがエースパイロットだって見せ付けてやるんだから」
「お願いしますわミサトさん。シンジがエヴァのパイロットって事をふまえて、もう一度話したいんや」
「・・・・・・よろしくお願いします」
「判ったわ三人とも、とりあえず今は休みなさい。疲れてるでしょうから」
そう言ってミサトは部屋から三人を退出させて、すぐさま諜報部と連絡を取り合う。
『サード発見の可能性が高まる』その希望がミサトの思考を埋めていた為、彼女はあることに気がつかなかった。
レイが司令以外の誰かを頼ったと言うことを。
◆―――開発区、403号室
シンジは自分の行動を少し後悔していた。
紅い海に浸っていた時間で自分一人の中で考えに耽ることに慣れた為、この世界でのレイ、アスカ、トウジとの会話は新鮮なものだった。
ミサトの様に”サードチルドレン”ではなく”碇シンジ”を見てくれた事。
だが今回の件でほぼ間違いなくチルドレン三人に自分がチルドレンの一人である事がばれてしまうだろう。
今回は深く考えないトウジだけでなくレイとアスカもいたのだから。
(これで彼らの中で僕は”サードチルドレン”になる)
(僕が最も嫌うエヴァのパイロットとして・・・)
(嫌だな・・・)
(そんな事関係なくもっと話したかったのに・・・)
あの時レイは前の世界で渚カヲルと会った時の様にシンジに対して何かを感じていた。
それが他の使徒と同じく『アダムと似る物に対する怒り』なのか『自分と似た存在への同族意識』なのかは不明だが、あれ以上長居したら自分がサードチルドレンだと確実にばれただろう。
(未練だよね・・・)
(この世界の綾波たちは、僕がいた世界の綾波たちとは別人なのに)
(姿見が同じだからって、まだ期待してる)
(そんなの出来るわけ無いのに)
(それをやったら、僕は綾波を通して母さんを見ていた父さんと同じ事をしちゃう)
(出来るわけないよ・・・)
今日もシンジは綾波レイの部屋の隣403号室で何もせずただそこにいた。
それが嫌われる結果に辿り着くのが怖い逃避だと知った上で。
◆―――ネルフ本部、ハーモニクス試験室
エヴァとのシンクロ率の高さは諸刃の剣と言っても過言ではない。
パイロットの思考をエヴァの操縦に伝えるために必要なシンクロ率は高ければ高いほど自分の体の様に動かせる。
逆に低いと起動さえしない。
だがシンクロ率の高さはハーモニクスの高さと比例する傾向がある。
エヴァとパイロットの神経接続の調和を示すハーモニクス。
ネルフ本部の発令所から神経接続の調整は出来るがそれはあくまで補助的なことに過ぎない。
シンクロ率の高さ=エヴァを思い通りに扱える=エヴァが負う傷のフィードバックでほぼ100%操縦者の人体が傷を負う。
上手く操縦できなければ使徒は倒せない、だが上手く操縦できれば出来るほど危険は上がっていく。
それこそが諸刃の剣だ。
アスカは他の二人のシンクロ率とハーモニクスの数値よりかなり高い数値を出しているので、それが危険だと知りながらも自分で自分を褒める。
レイのシンクロ率:37.3%
アスカのシンクロ率:83.1%
トウジのシンクロ率:40.3%
ハーモニクスの数値の差もこれに近い。
アスカは現状でATフィールドの操作で使徒に適わない苛立ちを、エースパイロットである事を再認識して誤魔化していた。
今ハーモニクス試験室ではチルドレンが全員エントリープラグ内に入っていた。
その様子を見ながらリツコとマヤがハーモニクスの作業を進める。
「0番、1番、ともに汚染区域に隣接。限界です」
「2番には少し余裕があるわね。グラフ深度をあと0.1下げてみて」
モニターに写る表示値で、一番跳びぬけているのはアスカだった。
レイとトウジの数値もじわじわ上がっているが、それでもアスカの数値まではかなり遠い。
「やはり、アスカのシンクロ率が一番・・・か」
「何か問題でもあるんですか?先輩」
「数値の向上がこれ以上無い、と言うのはちょっと・・・ね」
明確な言葉は何一つ無かったが、マヤはリツコが何を言いたいのか判ってしまった。
ようするに『強化がないと戦力不足』と言う事だ。
ATフィールドを自在に操る第零使徒:シンジ。今だ敵対行動を取った事は無いが、ネルフにとって殲滅対象であり人類にとっての敵である事に変わりは無い。
どうやればATフィールドの変換が出来るか今だ解明されていないが、今の戦力だけで牙をネルフに向けられたら間違いなく負ける。
「やはりあの計画・・・今まで以上に力を注ぐべきかしらね?問題点もまだある事だし」
「ダミーシステムですか?先輩の前ですけど、わたしはあまり・・・」
マヤはその開発に関わる要人の一人でもあるので、ダミーシステムが”どんな物”か知ってしまっている。
それを知りながら開発に関わっている自分に怒りを覚えつつも、言葉として出るのは周りを責める叱咤だけだった。
「感心しないのはわかるわ。しかし備えは常に必要なのよ、人が生きていくためには」
「先輩を尊敬してますし、自分の仕事はします。でも、納得はできません」
どこまでも自分勝手な言葉をマヤは言い放つ。
それが”自分の仕事”だと言い聞かせ誤魔化し、心の奥底では納得していないと周りを責める。
マヤのそんな葛藤だが、リツコは一刀の元に切り捨てる。
「潔癖性は辛いわよ。人の間で生きていくには。汚れた・・・と感じたときにわかるわ。あなたもそろそろ判っているんじゃない?」
ダミープラグの開発は第二次直上会戦と呼ばれた第四使徒シャムシェルとの戦闘の時から既に始まっている。
マヤは数ヶ月単位で既に関わりすぎているのだ、リツコの言う”汚れた”も言葉にはしないが理解してしまっている。
反論が出来ずマヤは言葉を無くして俯く事しか出来なかった。
「お疲れ様、三人とも上がっていいわよ」
リツコがチルドレンにかける声が遠く感じられた。
◆―――コンフォート17、隣家
誰一人として欠けたらこの祝賀会は成り立たなかっただろう。
今だミサトの復讐鬼と自宅の惨状を知らないで話し掛け、襟章の線がいつもと違う事に気付いたトウジ。
学校でトウジにその事が話題に上がり、すぐさま昇進したと結論付けたケンスケ。
ケンスケが祝賀会をやろうと言い出して、それを聞きつけたアスカが便乗。
そしてネルフ内の同僚をかき集め、親しい学友を呼び、半強制的に祝賀会が『コンフォート17のミサトの部屋の隣の部屋』で開催される事になった。
ちなみにミサトの部屋は元からの汚さと、同居人アスカがその汚さを増長させ客人を呼べる部屋ではなくなっていた。
『御昇進おめでとう祝賀会場、本日貸し切り』と部屋の中に垂れ幕が下がる。
部屋のつくりはかって知ったるミサトの部屋と同じ、床に直で座るため机と騒ぐ為の飲食物があればそれで良かった。
参加者は主賓のミサトにトウジとケンスケ、アスカと何故かいるクラスメイト洞木ヒカリ、今はいないが加持リョウジに赤木リツコが加わる予定である。
「「おめでとうございまーす」」
率先してミサトのビールと乾杯するのは、オレンジジュースのトウジとケンスケだった。
「ありがとう。ありがとうね鈴原くん」
「ちゃうちゃう、言い出しっぺはこいつですねん」
ミサトはこの祝賀会の事の発端を作ったのはトウジだと思っていが、どうもネルフの若き作戦部長に感銘を受けたケンスケの仕業だと知った。
トウジは手を振って横にいるケンスケを指差す。
「そう。企画・立案はこの相田ケンスケ、相田ケンスケです」
「ありがとう、相田くん」
「いえ。礼をいわれるほどのことはなにも。当然のことですよ」
『まいっちゃうな〜』と思わせる口調で頭をかきながらケンスケは答える。
「そやけど、何で委員長がここにおるんや?」
トウジの疑問は向かいの席に座るヒカリだった。
膝の上にはミサトに付いて来たペンペンが乗っかっている。
「あたしが誘ったのよ」
「「ねー」」
馬が合ったのか、委員長としての責務か、ヒカリとアスカはそれなりの友好関係を築いていた為、親友と呼んでも差し支えは無かった。
ヒカリにしてみればアスカの上司の祝賀会と言う微妙な位置だったが、折角お呼ばれして断るのも悪いと思ってここに来た。
アスカの友達にトウジの友達、だがチルドレンの最後の一人がいないのでミサトは思わずアスカに聞く。
「レイは?」
「誘ったわよ、でも付き合い悪いのよねあの子」
それはミサトの予想通りの答えだった。
例えこの場にレイがいたとしても、人の輪にいつつもきっと無言でいるだけだろうと予想してそれ以上追求はしなかった。
「あー、それにしても加持さん遅いわね」
ジュースと摘みを交互に食べながらアスカはぼやく。
「そんなにかっこいいの?加持さんて」
「そりゃもう、このへんの芋のかたまりとは月とスッポン、比べるだけ加持さんに申し訳ないわ」
「なんやて?もう一回ゆうてみい!」
女子中学生の明るい話に首を突っ込むトウジ。
ケンスケもそれに参加して、ヒカリの膝の上でおろおろしているペンペンを除けば、そこは第壱中学校2年A組だった。
自分以外は半分ぐらいの歳の少年少女、祝賀会と言えど自分以外はアルコール摂取が無理なので一人でビールを飲むしかやる事が無かった。
話題に花を咲かせたくても、通じる相手がいない。
お陰で主賓でありながらミサトは肩身の狭い思いをしていた。
(はぁ〜、加持でもリツコでもいいから、早く来ないかしらね)
(ビールばっかりもう三本目、摘みも予備が切れそう・・・)
(それにしても、この子達四人で言い争って何のパーティーか判ってるの?)
(ま、これも若さね)
ピ〜〜ンポ〜〜ン
ミサトが年長者として羨ましく思っていると、玄関からチャイムが鳴り響く。
おそらく加持かリツコがようやく来たのだろう。
「きっと加持さんだわ!!」
そう言って玄関に視線を向けるアスカだが、次の瞬間笑顔は不機嫌な顔に変化する。
「本部から直なんでね。そこで一緒になったんだ」
やって来たのは加持とリツコの二人組みだった。
「「あやしいわね」」
アスカとミサトの声が被る。
「まあ、焼き餅?」
「そんな訳ないでしょ」
ミサトは一旦放したビール缶にまた口をつけて、飲酒を再開する。
そんな様子に安心しつつも、加持は急に真面目な顔になって最敬礼する。
「いや、この度はおめでとうございます、葛城三佐。これからはタメぐちきけなくなったな」
「なに言ってんのよ。ばーか」
それが建前の事だと見抜いたミサトは軽口で返す。
「しかし、司令と副司令は揃って南極に行ってる。二人が一緒に日本を離れるなんて前例のなかったことだ。これも留守を任せた葛城を信頼してるってことだろ?」
「だといいわね」
ミサトはそれだけ言って加持を黙らせた。
一応今回は祝賀会なので、わざわざネルフの事情を持ち出す必要性はない。
それにネルフ事情になるとトウジとアスカのシンクロ率が引き出す亀裂や、今だ現れつづける使徒に対しての暗い話題になりかねない。
黙らせるのが一番手っ取り早い方法なのだ。
「とりあえず飲みなさい!!ビールなら沢山あるわよん」
強引とは判っているが、祝賀会は続く。
◆―――南極
セカンドインパクトで地軸は曲がり、南極大陸の上にあった氷山のほとんどは溶けて海面の水位を上げる結果になった。
そしてセカンドインパクトがもたらしたもう一つの結果で、南極はかつての氷の白と海の青の世界ではなく、一面紅い海になった死の世界となった。
そこに生命の息吹は全く無かった。
そんな紅い世界を甲板に長い包みをくくりつけて一隻の空母が進む。
その後には更に数隻の護衛艦が付いて紅い海を通っていた。
「いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極」
先頭の空母でネルフ副指令、冬月が前に立つゲンドウに話し掛ける。
「いや、地獄と言うべきかな」
「だが我々人類はここに立っている。生物として生きたままだ」
「科学の力で守られているからな」
「科学は人の力だよ」
疲れた口調で言う冬月に対して、ゲンドウはいつも通りの高圧的な口調で答えた。
それが世界の真実だと言わんばかりに。
「その傲慢が十五年前の悲劇、セカンドインパクトを引き起こしたのだ。結果このありさまだ。与えられた罰にしてはあまりに大きすぎる。まさに死海そのものだよ」
「だが、現在の穢れなき、浄化された世界とも言える」
確かに今の南極は浄化された”何も無い”世界だった。
汚れてもいないが。これ以上変化をもたらすことの出来ない、生きていけても人が住めない世界だった。
「俺は罪にまみれても、人が生きている世界を望むよ」
会話が一旦区切られると、まるで示し合わせたように艦内放送が入る。
ピーー!!
《報告します。ネルフ本部より入電。インド洋上空、衛星軌道上に使徒発見》
第10使徒、サハクィエルは宇宙にいきなり現れた。
◆―――ネルフ本部、発令所
「二分前に突然現れました」
《第六サーチ、衛星軌道上へ》
《接触まであと二分》
発令所では諦めにも似た口調で報告が入る。
使徒到来はいつも突然で、それに慣れても心身の負担になる事に変わりは無い。
特に今回は大気圏外に発生と言う前代未聞の使徒なので、緊張も高まる。
宇宙にある衛星がようやく使徒に辿り着き、シゲルが報告する。
「目標を映像で捕捉」
その言葉が終わる前にモニターにサハクィエルの姿が映し出された。
「こりゃすごい」
「常識を疑うわね」
円形のアメーバに目玉を付けて、三個並べたらこんな形になるのだろうか?
これまでの使徒は巨大ではあっても生物の範疇を超える物ではなかったが、この使徒は生物と呼んでいいのかも疑わしい。
何しろ見た目で言うなら感覚器が”目”しかないのだ。人間の常識をはるかに超える生き物だった。
「目標と接触します」
《サーチスタート》
《データ送信開始しました》
《受信確認》
サハクィエルの両側に衛星が回り込んでデータを取り始める。
だが5秒と経たずに衛星は外側から凝縮されるように破壊される。
「ATフィールド!?」
「新しい使い方ね」
リツコは科学者の目から見て、今の攻撃は『衛星を取り囲んで押し潰した』と見ていた。
エヴァのATフィールドが面でしか活用できないのに比べて、今のは立体。しかも攻撃手段として用いるのはどこか第零使徒に通じる物を感じた。
(やはり、ATフィールドに関しては使徒の方が一枚上手・・・か)
(出力は例外を除いてほぼ同格)
(人間らしく、戦術と戦略で勝つしかないわね)
(真正面から戦ったら確実に負けるわ)
ミサトと違いリツコは悲観しながらも常に新たな考えを模索していた。
◆―――大気圏外
両脇を回っていた衛星を瞬時に破壊したサハクィエルは自らの体の一部を分裂された。
端っこをほんの少しだけ切り離して地表に投下させただけなのだが、全体の大きさがあまりにも巨大なので全体像から見たらほんの少しでも、それ一つでエヴァの五分の一ほどの大きさになる。
空気との摩擦熱で少し削れるが、ほぼ原型そのままでサハクィエルの一部は地上へと辿り着いた。
まるで隕石の如く。
◆―――ネルフ本部、作戦室
足元に表示されたモニターには太平洋の海域の一部をクレーターにした使徒の弾痕が表示されていた。
「大した破壊力ね。さすがATフィールド」
ミサトは感想を言ってのけるが、作戦課の部長としてこの場ではあまり相応しくない言葉にも思える。
「落下のエネルギーをも利用しています。使徒そのものが爆弾みたいなものですね」
「とりあえず、初弾は太平洋に大はずれ。でも二時間後の第二射はそこ。あとは確実に誤差修正してるわ」
マヤの説明にリツコがコメントする。画像はだんだん陸地に近くなっている落下跡を示して。四発目の弾痕は陸地をクレーターに変えていた。
「学習してるってことか」
「N2航空爆雷も効果ありません」
第七索敵衛星から最大望遠で捉えられた、国連軍による攻撃の画像を見ながらマコトが言う。
球形の爆発がサハクィエルの周りを覆うが、本体には全く変化が無い。
「以後、使徒の消息は不明です」
「来るわね、多分」
「次はここに、本体ごとね」
「その時は第三芦ノ湖の誕生かしらね?」
「富士五湖が一つになって太平洋とつながるわ。本部ごとね」
ミサトとリツコは軽く話すが、それは本部消滅を暗に示す言葉だった。
「で、どうするの?今の責任者はあなたなのよ?」
現在使徒の放つ強力なジャミングの為、南極出張中のゲンドウと冬月には連絡は取れない。
実質ミサトが作戦の最高責任者となるのでリツコの言葉も重い。
「日本政府各省に通達、ネルフ権限における特別宣言D−17、半径50キロ射以内の全市民は直ちに避難。松代にはMAGIのバックアップを頼んで」
「ここを放棄するんですか?」
ミサトの出した命令は実質ネルフ撤退に近い。
だがあくまで避難するのは市民とMAGIだけで、ネルフ職員はそれに含まれない。
「いいえ。ただ、みんなで危ない橋を渡ることはないわ」
すぐさま第三新東京市上空には移動のためのヘリと放送。
高速道路に一般道は避難する自動車で埋められ。
高層ビル群は次々と地下へ収納されていく。
避難しないネルフの職員を除いて、ジオフロントの人員も必要最低人数しかいなくなった。
◆―――ネルフ本部内。女子トイレ
「ミサト、作戦内容聞いたわ。やるの?本気で」
「ええ、そうよ」
今この場にはリツコとミサトしかいないが、二人とも使徒戦のためかいつもの余裕が無い。
「あなたの勝手な判断でエヴァを3機とも捨てる気?勝算は0.00001%。万に一つもないのよ」
「0ではないわ。エヴァに賭けるだけよ」
それはあまりにも勝率の悪い賭けだが、ミサトはヤシマ作戦のときの様に堂々と言う。
これが彼女なりの不安の打ち消し方かもしれないが、周りには暴挙としか取られない。
「・・・葛城三佐、あなたならきっとそう言うと思ったわ。それで勝率を上げるために技術部からの新しい装備使わせてもらえる?0が一つ減るわ」
「何それ?聞いてないわよ?」
「今言ったわ」
悪びれもせずにリツコは堂々と言う、この辺りがミサトと親友になれる強さであった。
「導入するエヴァ”四体”。その中で初号機に乗せるわ、レイには零号機で出てもらって」
「四体?ちょっとそれどういう事?新装備って何?」
ミサトにとって寝耳に水の話である。使えるエヴァは三体、それが今までのネルフの常識だったが、リツコはそれを打ち破る発言をしたからだ。
「充分な試験もまだ、問題も多いけど今はそんな事言ってる場合じゃない。だから使うわ『ダミープラグ』を、あなたもそれを考慮に入れて作戦を再検討してね」
それだけ告げるとミサトを置き去りにしてリツコはこの場を後にした。
後に残ったミサトは技術部から流れてくる噂だけでしか知らなかった”それ”を思い出す。
「ダミープラグ・・・パイロットの思考ルーチンを読み込んでエヴァを起動させるシステム、完成していたの?」
まだ割り切れない部分はあるが、戦力が増えるのなら願ったり叶ったりだ。
誰もいないのをいい事に、ミサトの悪意が少しだけ言葉として出る。
「エヴァを四体同時起動・・・まさに世界を支配できる力ね」
◆―――ジオフロント。兵装ビル最下階
エヴァは既に地上に準備されている為、パイロット三人は地上に近いこの位置でミサトに呼び出された。
しかし足元にピラミッドの三角錐の形状をしたネルフ本部が見えるので、まるで浮いてる気分だが人間としてはあまり長いしたくない部屋だった。
その中にアスカの絶叫が響き渡る。
「えー!?手で受け止める?」
「そう。落下予想地点にエヴァを配置、ATフィールドを最大であなた達エヴァ四体で直接使徒を受け止めるのよ」
ミサトは容易く言うが、大気圏外からの飛来物を受け止めるのは事前にわかっていたとしても容易な事ではない。
どうしようもない作戦内容で、アスカとトウジは呆れているがレイはミサトが言ったある事に気が付いて質問する。
「葛城三佐、動かせるエヴァは三体しかありません」
「今作戦ではエヴァを四体使用します。レイ、あなたは零号機で出撃してもらうわ」
「はい」
レイは自分の役割を知ったので、もうエヴァ”四体”の疑問を知ろうとはしなかったが、残りの二人は治まらなかった。
「四体!?ちょっとミサトどういう事?まさかサードが見つかってパイロットが一人増えたの?」
「そうなんでっかミサトさん?シンジの奴がいたんですか?」
ようやく作戦内容伝達のショックから立ち直った二人が矢継ぎ早にミサトに詰め寄る。
「違うわ。リツコ率いる技術部の集大成でね、『パイロットがいない状態でエヴァを動かす機械』って言うのを使う事にしたの。まだ問題が多いらしくて使いたくないみたいなんだけど、そんな事言ってる場合じゃ無さそうだしね」
「パイロットの・・・あたし達の代わり?」
「ええ『ダミープラグ』、今作戦では初号機に乗せる予定よ」
「ほうか・・・シンジや無かったんか・・・」
「ただしダミープラグではATフィールドの強度が極端に落ちるから、戦力としてはあまり充てにしないで。基本はあなた達三人での行動になるわ」
「使徒がコースを大きく外れたら、わし等が間に合わんかったらどないなります?」
「その時はアウト」
「機体が衝撃に耐えられなかったら?」
「その時もアウトね」
「勝算はあるんでっか?」
「神のみぞ知る、といったところかしら」
あえてミサトは『0.0001%』を言葉にはしない、数値化することでチルドレンたちに負担をかける事を考慮に入れたからだ。
例えそれがダミープラグ搭載のエヴァ四体同時展開で0.00001%が0.0001%に上がったとしてもだ。
「すまないけど、ほかに方法がないの、この作戦は」
「作戦と言えるの!?これが」
「ほんと、言えないわね。だから嫌なら辞退できるわ」
ここにいる三人がそれを選択しないと判っていながらミサトは言う。
『断る理由が無い』
『使徒殲滅が目標の場合逃げない』
誰一人自体を申し出なかった。
「みんないいのね?」
もう一度三人を見渡してミサトは言った。
◆―――ネルフ本部、発令所
モニターにノイズが走り、”LOST”の表示が出る。
先ほどまでサハクィエルを追っていた衛星からの最後の映像が切れた証だった。
「使徒による電波攪乱のため目標を喪失」
「正確な位置の測定ができないけど、ロスト直前までのデータからMAGIが予想した落下予想地点は・・・これよ」
ミサトはモニターに第三新東京市の地図に予想範囲を重ねて表示させる。
落下予想は第三新東京市全域に及び、山間部を除いて殆どを埋めていた。
「何や!こんなに広いんか?」
「嘘でしょミサト!信じらんない!?」
「目標のATフィールドをもってすれば、そのどこに落ちても本部を根こそぎえぐることができるわ」
補足説明で横からリツコが口を出す。
「ですからエヴァ全機をこれら四箇所に配置します」
モニターには正三角形より少し高さが低い三地点に零号機、弐号機、参号機が。そして他のエヴァに比べて移動距離が一番少ない位置にダミープラグの初号機が配置されていた。
地図上で一番上が零号機、右側に参号機、左側に弐号機、そして下に初号機の順。
「この配置の根拠は?」
「勘よ!」
「「勘!??」」
「そ。女の勘」
レイの質問にあまりにも堂々とミサトが答えるので、アスカとトウジは言葉を失ってしまった。
一瞬だが、『ミサトの頭の中はどうなってるんだろう?』とアスカは考えてしまう。
根拠も無しによくもまあここまで強く言えるものだと感心すらしてしまう。
「落下予想時間まで150分、三人とも準備して!!」
◆―――第三新東京市、郊外
起動は既に終了して、俯いた体制で”四体”のエヴァがそれぞれの配置地点でその時を待っていた。
零号機のウィンドウを開いても、普段と変わらないそっけない応対が帰ってくることは予想できたので。トウジは弐号機への通信ウィンドウを開いた。
「惣流・・・今大丈夫か?」
『何よ、作戦開始まで時間無いのよ。何か用?』
「初号機の事なんやけどな・・・」
『ダミープラグ・・・あたしも細かい所までは知らない、だけど今のパイロット以上の働きはしないって聞いた事があるわ』
「そう・・・なんか?」
『そうよ。どうせ単細胞のあんたの事だから「これでわし・・・エヴァのパイロット止めさせられるんとちゃうやろか?」とか思ったんでしょ?』
「実は、その通りや。わしエヴァのパイロットとして役に立ってるんか不安になってな・・・」
『安心しなさいジャージ。例えこのエースパイロットのアスカ様より操縦が下手でもシンクロ率が下でも、あんたはエヴァのパイロット。それは変わらないわ』
「・・・すまんな、何か人生相談みたいで」
『すまないと思うんだったら、いっつも現れる小さな使徒も倒せるぐらいに精進しなさい!!きっとアイツ今回も出てくるからチャンスよ』
「そやな、後ろ振り返るぐらいなら前向きに生きなアカン!!使徒はわしが倒すんやから」
『それはこっちの台詞よ!使徒は私が倒すんだから!!』
お互いが気に食わない存在で、学校では殆ど交友の無い生活を送っている二人。
幾らかアスカがトウジを見下す傾向があるが使徒のことになると利害が一致して共闘関係が出来上がる。
今回もまた緊張感と適度な集中力の中で使徒戦が始まろうとしていた。
この時二人は自分たちがレイとの仲に亀裂を作っている事に気付いていなかった。
二人が気にしない、そしてレイ自身も疎外感を口にしないから誰も気付かなかった。
だがレイと二人の間には見えないが大きな溝が出来上がっていた。
それを自覚するのはまだ先のこと。
◆―――ネルフ本部、発令所
モニターには大気摩擦で焼けながら落ちてくるサハクィエルの姿が映し出された。
比較対照が無い為小さく感じるが、あれでエヴァより十数倍大きい。
「目標、最大望遠で確認!」
「距離、およそ二万五千!」
シゲルに続いてマコトが報告をする。
「おいでなすったわね。エヴァ全機、スタート位置」
ミサトの号令でエヴァ三体がクラウチングスタートのポーズを取る。
両手を地に付け、片方の足を腰の下に、もう片方の足を少し後ろに置く。
そしてリツコはマヤの隣のコンソールに座り、ダミープラグに指示を送って他のエヴァと同じ格好を取らせていた。
「目標は光学観測による弾道計算しかできないわ。よって、MAGIが距離一万までは誘導します。その後は各自の判断で行動して・・・あなたたちに全て任せるわ」
これ以上の作戦を思いつかなかったミサトは頼る事しか出来ない自分を悔しく思った。
エヴァと使徒が現れる時にいつも現れる第零使徒を戦力として考える事も出来たが、それはこの作戦以上に危険な賭けなので考慮に入れていない。
これまでの行動と同じ動きをする可能性が無いとは言い切れないので、エヴァを危険に晒す可能性もある。
《信号、受信を確認》
《管制システム切り替え完了》
《全神経ダミーシステムへ直結完了》
《感情素子の14.1%が不鮮明、モニターできません》
「やはり完全にはまだ遠いわね・・・」
ダミープラグも準備が整ったようだが、リツコの言葉どおり完全には機能していない。
命令は全て発令所から、情報は余すことなく入ってくる予定だったがどちらも中途半端な状態。
だが今は時間が無いのでこれ以上を望むのは不可能だった。
「使徒接近!距離およそ二万」
シゲルの報告でミサトは顔を引き締める。
「では、作戦開始」
◆―――第三新東京市、市街地
「行くわよ!準備はいい!?」
『OKや!いつでもええで!!』
『問題ないわ』
アスカの号令にトウジとレイが答える。
アンビリカルケーブルが背中から切り離され、残り時間五分のカウントダウンが始まる。
「GEHEN!!」
市街地を走り抜ける参号機。
送電線を飛び越える弐号機。
山間を跳びぬける零号機。
そして建物を踏みつけて破壊しながら進む初号機、他のエヴァと比べて”考慮”が欠けた動きをしている。
四機はMAGIの誘導のまま落下予想地点に向かって走っていく。
第10使徒サハクィエルの役割は他の使徒と違い『アダムとの接触』ではなく『邪魔者の排除』である。
だからこそサハクィエルは四機をほぼ同時に破壊できる最高の位置へ落下する。
初号機の真上、地表までの距離が一万二千を切った時に判断された落下地点だった。
(まずい!!)
それはリツコが一番恐れていた事態だ。
ダミープラグで稼動する現在の初号機のATフィールドでは、足止めどころか接触と同時に叩き潰される可能性が高い。
近くにいた参号機と弐号機の走る速度を考慮に入れたら間に合うかギリギリの時間。
すでに初号機は落下地点で上を見上げながら待ち構えているが、単体では確実に負ける。
(アスカ、トウジ君・・・お願いだから間に合って)
だが現実は数少ない希望を叩き落す絶望へと変化していった。
残り距離五千、それまで大気との摩擦熱で発光しながらただ落下していた使徒が三つに分裂した。
(!!!)
「嘘っ!!」
『なんてインチキ!!』
「分かれよった!」
次々と当たりから理不尽な現実に対する愚痴が入るが、それで現実が何か変わる訳ではなかった。
そもそも分裂する使徒がいたのだから、作戦立案の段階で考えておくべき問題である。
薄い楕円に目を貼り付けた三個のサハクィエルになった爆弾はどんどんと地上に近づいていく。
『アスカ!トウジ君!それぞれ近い左右の使徒へ、レイは初号機に向かってる一番デカイやつを!!』
ミサトは珍しく作戦部長としての指示を出す。
それはサハクィエル着弾に零号機が間に合わない現状での最良かもしれないが、最良が結果にたどり着くかは別問題。
リツコは瞬間的に敗北を意識した。
(弐号機と参号機は間に合うかもしれない・・・でも初号機に零号機は・・・)
だがそれでもリツコの中に諦めは無かった。
必ず来る、それはこれまで集めたデータから推測した科学者としての結論だった。
そしてシンジは来た。
◆―――第三新東京市、初号機直上
(参号機と弐号機までの距離は二千・・・)
(三箇所同時展開か・・・)
(ディラックの海に引き擦り込んだら楽なんだけど)
(それはやっちゃいけない)
(でも何で僕は直接手を下さないんだろ?)
(その方が楽なのに)
初号機の数十メートル上でシンジは四角形のATフィールドを三個作り上げていた。
頭上に浮かぶ三枚の壁、それらは真上と左右それぞれにのサハクィエル向かって飛んでいく。
(それにしてもダミープラグとはね・・・)
(僕のせいか・・・)
(ゼーレが完成を急がせたんだな)
(綾波・・・・・・)
(!!!!)
意識を迫り来るサハクィエルに向けていると、下方に強烈な衝撃を感じた。
いつか零号機に撃たれた衝撃に似ているが、今回外傷は無い。
急いで下を覗いて見ると、ウェポンラックの開いた状態の初号機と落ちていくプログナイフ、そして”四枚目の”ATフィールドがあった。
シンジは驚いていた。
どうも自分の心の壁は、思ったより周りを拒絶しているらしい。
意識的に展開していた12枚のATフィールド以外にも、エヴァが使う八角形のATフィールドが無意識の反応で出るとは思わなかった。
あまり試す事の無かった全力を出してみようかとふと思ったが、今は優先させる物が上から降ってきているので四枚目を展開させたままシンジはサハクィエルを待ち受けた。
そして三箇所でサハクィエルが着弾する。
思ったより軽い感触にシンジはエヴァの攻撃が届く位置までATフィールドを楽々と降ろす。
シンジはこの時、自分がどれだけ桁外れの力を持っているか気づいていなかった。
自分一人で、ずっと一人でエヴァと共に戦ってきたことが目を曇らせた。
三つに別れてもまだなお巨大なサハクィエル。
それに負けず劣らずのATフィールドを離れたまま展開させる力。
そしてエヴァと同じ守りのATフィールドを更に展開。
シンジは間違いなく脅威だった。
人類にとってエヴァにとって、そして使徒にとって。
それに気付かないでシンジはゆっくりとサハクィエルの巨体を地上のエヴァに近づけていった。
アスカとて目の前の脅威にいつまでも呆けているほど馬鹿ではなかった。
『ジャージ!ファースト!デカブツからやるわよ!!』
『そ、そやった!』
アスカの本心は別にあった、サハクィエルしか倒せないのではないかと言う疑念が。
だがエースパイロットとしてそれを認める事は出来ないので、あえて順番だけを言葉にした。
大気圏外からの衝撃を完璧に相殺したATフィールドはサハクィエルを料理が載った皿の様にエヴァの横に移動させる。
その体にプログナイフを突きたてる弐号機。
プログナイフを薙いで斬りつける参号機。
地面に落下したプログナイフを掴んで突き刺しながら殴りつける初号機。
零号機もそれに加わってサハクィエルの体を切り裂いていく。
体そのものがコアでもあるサハクィエルは内包したエネルギーを全て自爆へと変換させた。
膨れ上がる三つの体。
そして辺りは轟音と閃光に包まれる。
ドゴゴゴゴゴゴ!!!!
◆―――ネルフ本部、発令所
第10使徒殲滅、作戦は成功。エヴァ四機健在で爆心地も市街地への被害は少ない。
結果だけ見ればそれは充分すぎるものかもしれないが、当事者達の表情は暗い。
いつもと変わらないのはレイぐらいで、他の人間はほとんど思い悩む表情をしている。
本部を根こそぎ抉ることの出来る使徒、それが自爆したと言うのにエヴァにも第三新東京市への実被害があまりにも少なすぎた。
シンジのATフィールドが自爆の衝撃をほとんど上と横に逃がして、ATフィールドの下にある第三新東京市を守った為だ。そのシンジも爆発の閃光と共にまた消えていた。
近くにいたエヴァは負傷していたが、外部装甲が多少融解した程度の話。
それはシンジの強力すぎるATフィールドを露呈させる結果でもあった。
「・・・・・・・・・・・・」
ミサトとリツコは発令所からの映像で何度目かの”助けられた”事実に打ちひしがれ。
間近でそれを見せ付けられたパイロットは意気消沈していた。
さすがのアスカも言葉には出さないが、心のどこかで悟っていた。
『勝てない』事に。
どんなに悩んでいても、事後報告のためにチルドレンとネルフメンバーはこの場所に立たなければならない。
ようやく電波障害から回復したシステムが南極との通信を繋ぐ。
「申し訳ありません。私の勝手な判断で初号機および零号機を破損してしまいました。責任は全て私にあります」
《かまわん。使徒殲滅がエヴァの使命だ。その程度の被害はむしろ幸運と言える》
《ああ、よくやってくれた、葛城三佐》
ゲンドウの労いの言葉が重くのしかかる。
いっそ責任を追及してくれたらどれだけ楽だったか。
倒すべき敵に助けられたミサトの心情は重い。
《パイロット一同、よくやった》
「「「はい」」」
《では葛城三佐、後の処理は任せる》
通信が切れた後も皆即座に動こうとはしなかった。
一種の共闘体制に合ってもシンジの強すぎる力は嫌悪や畏怖の対象だった。