第拾弐話
「出会うことの出来た四人」

◆―――第壱中学、昼休み



「平和だねえ〜〜〜」

「何やケンスケ?いつもの『凄い!凄い!凄すぎる〜〜!』は無いんか?」

「トウジの『さあ〜飯や飯、学校一番の楽しみやからな〜〜』と一緒にするなよ・・・近頃俺の好奇心を満たしてくれる被写体がいなくってね、新横須賀の戦艦もまだ先だしな」

「気にするんわ進路相談の面接やな・・・」

相変らずチルドレンの学校生活は平和の極みだった。

表向きトウジとアスカとレイは会話はするし険悪では無いが、努めて仲が良いとは言えなかった。

レイはいつも通り何かの本を読むか外を一人で眺めており、トウジはケンスケと日常生活を大事にして、アスカはチルドレンの中で学校内アイドルの地位を獲得し近頃は委員長の洞木ヒカリとも仲良くなっていた。

同じチルドレンという括りだが、三者三様の生活。

ほとんど交わる事は無かった。



◆―――ネルフ本部



ピィーーー!!



ネルフ本部エヴァ用実験ホールの制御室に警報が響き渡った。

「実験中断。回路を切って」

リツコの声が途切れる前にマヤは素早く電源を落として回路そのものを断ち切る。

「回路切り替え」

「電源回復します」

紫の初号機が立つその場所から明かりが消え、すぐ後に明かりが灯る。

リツコはマヤの手際のよさに感心しながら立った今取ったデータを覗く。

「問題はやはりここね」

「はい。変換効率が理論値より0.00008も低いのが、気になります」

マヤの言葉に続けて近くにいた作業員の一人がリツコに声をかける。

「ぎりぎりの、計測誤差の範囲内ですが、どうしますか?」

「もう一度同じ設定で、相互変換を0.01だけ下げてやってみましょう」

「了解」

常に新しいデータを得るために、今日も技術部のメンバーはエヴァに関わっていく。

使徒が来ない場合でもネルフ技術部は忙しい日々を送っていた。

「では、再起動実験、始めるわよ」





エレベータが開いてミサトは乗り込むと目的の階のボタンを押して少し待つ。

放っておいても機械は存在理由を発揮する為に扉を閉ようとするが、自分で開閉ボタンを操作して閉めても問題ない。

ほんの少しだけ考えてボタンに手を伸ばすとまだ開いたままの扉の向こうから人影がやって来た。

「おおぃ!!ちょいと待ってくれぇ〜!」

ミサトの”昔の男”兼、今だミサトを狙いつづける加持リョウジである。

特に表情を返ることなく、ミサトはエレベータの『閉』のボタンを押した。

機械は命令通りに扉を閉めるが、完全に閉まる前に加持の手が隙間に入って安全装置が働いて扉が開く。

「セーフ!」

「ちっ」

思わずミサトは舌打ちする。





「ではフェーズ1から、再起動実験スタート!」

リツコは声を張り上げて目の前の赤いボタンを押そうとする。

指は今だボタンに触れたまま押し込まれておらず、あくまで触っているだけだ。

しかし目の前のモニターに写る映像がどんどんと消えて、遂には全ての画面が黒に染まる。

「主電源ストップ!電圧0です!!」

マヤの言葉通り、モニターだけではなく制御室の明かりまで全て消えた。

暗闇ともいえるその中で、制御室内の全ての人間の目がボタンに指をかけたリツコに集まる。

「あ、あたしじゃないわよ」

自信が無いのか声が小さい。





「ふ〜。走った走った」

加持は額に汗を垂らしながら大仰に腰の後ろを叩く。

『もう歳かな?』と思わせる素振りだが、次の瞬間何事も無かったように身を起こしたのであまり効果は無い。

「こんちまた、ご機嫌ななめだねぇ」

「来た早々あんたの顔見たからよ」

ミサトは苛立ちながらエレベータの『閉』のボタンを再度押す。

今度は走ってくる人もいないので順当に閉まると思ったが、半開きの状態で突然エレベータが止まる。

中途半端な状態のドアに何事かとミサトは扉を見る。

「あら?」

「停電か?」

「まっさかあ。有り得ないわ」

ミサトが言った途端、エレベータ内の室内灯の明かりが消えて真っ暗になる。半開きのドアから廊下を見てみるとエレベータ内と同じように電灯の明かりが消えていた。

すぐに非常灯の赤い光りが灯るが、いつもと違う事に変わりは無い。

「変ね。事故かしら」

「赤木が実験でもミスったかな?」

「でもま、すぐに予備電源に切り替わるわよ」

二人ともこの事態を深刻に受け止めず軽口を叩いているが、数分後には考えを改めた。





リツコが技術部面々の熱い視線に晒された頃、ミサトと加持が中途半端に止まったエレベータの中にいる頃、本部発令所は慌しい空気で支配されていた。

「駄目です!予備回線つながりません!」

シゲルは受話器を置いて冬月にそのことを告げる。

「馬鹿な・・・生き残っている回線は!?」

使徒戦のときの様にマイクで音量を増加して話したり、電話越しに話すことが出来ないので、冬月は階下フロアのオペレータに叫んで聞く。

「全部で、1.2%。2567番からの、旧回線だけです!」

1.2%、基準をネルフ全体で考えるとそれはあまりにも少ない数値だった。

「生き残っている電源は、全てマギとセントラルドグマの維持に回せ!」

「全館の生命維持に、支障が生じますが?」

ジオフロントの吸気システムも所詮は機械で動いているため、これを止めると酸欠の可能性があるのでシゲルは冬月に聞く。

だが返ってきたのは単純な命令だった。

「かまわん!!最優先だ!」



◆―――第三新東京市、市街



今日のマコトの勤務シフトは午後からの予定だ。

通常ならそれまでの時間はプライベートに過ごすのが普通の部類に入るのだろうが、その時間を少々削ってマコトは寄り道しながらネルフに向かっていた。

「あれ?」

信号待ちしていたマコトだったが、突然信号の光が消えて点灯しなくなる事に不信感を持つ。

辺りを見渡してみると、どの信号も同じようでただの棒になってしまっていた。





「進路相談の面接・・・やっぱおとんに言わんとアカンやろな〜」

学校が終わった放課後、ネルフでの訓練の為に珍しくレイ、アスカ、トウジの三人は一緒に歩いていた。

思春期の少年少女が近くにいればそれなりに会話が発展しそうだが、アクの強い三人なので共通する話題はあまり無い。

トウジは独り言を言って冷めた空気を誤魔化していた。

「進路ね・・・考えた事も無かったわ」

アスカはトウジの言葉を独り言とは受け取らず自分に話し掛けたのと思って返事をする。

「ファースト。アンタ進路どうするの?やっぱりネルフ関係?」

「進路?」

「そ、何かやりたい事無いの?」

「・・・・・・無いわ」

少し考え込んだレイだったが、質問の答えを一刀両断にして返してきた。

結局また三人とも無言の冷たい空気が復活して話はそこで途切れてしまった。





第三新東京市からジオフロントに降りる為のゲート。

IDを通して個人を承認、正規人員以外は通れない仕組みになっている。

これまで何度も同じ動作をしているので、レイはいつもどおりカードをスロットに通す。

いつもならここでゲートが開いてジオフロントに通じる道が開くのだが、今日は全く反応しない。

無言でカードを見つめるレイの横で同じようにトウジがカードを通してみるが、やはり結果は同じ。

エラーにもならず認証もされず、ゲートは鉄の壁になってそこにあった。

「何してるのあんた達?ほら、代わりなさいよ」

別のゲートを使えばいいのに、わざわざレイを押しのけてカードをスロットに通すアスカ。

それでもゲートは開かず、ムキになってアスカはカードを何度も通すがそれでも結果は変わらなかった。

「もぉ〜、壊れてんじゃないの、これぇ!!」



◆―――ネルフ本部



運動会の綱引きでは一致団結する人間の不思議。

「「「よ〜いしょお!!」」」

「「「よ〜いしょお!!」」」

「「「よ〜いしょお!!」」」

技術部員は動かない金属製の自動ドアに鉄パイプを差し込んでてこの原理を使いこじ開けていた。

少しずつ移動してドアが開くが、途中から取っ掛かりが無くなり開く為に使っていた男手は全員床に倒れこむ。

その上を跨ぎながらリツコとマヤは進む。

辺りに電灯の光が無い為、リツコの手の中にある懐中電灯の光が一番大きな光源だった。

「とにかく発令所に急ぎましょ。七分たっても復旧しないなんて」





「ただ事じゃないわ」

数分待っても動かないエレベータの中でミサトは緊急時対応のパネルを開いてボタンを押していた。

だがウンともスンとも言わず、エレベータは止まったまま動かない。

「ここの電源は?」

加持も事態を重く見てミサトに話し掛ける。

第7使徒襲来以前に本部着任となったが、まだ内部施設に関しては詳しく知らないので聞く。

「正、副、予備の三系統。それが同時に落ちるなんて、考えられないわ」

「となると落とされた・・・か」

「仕方ない、とりあえずここを出て発令所に行きましょ。加持、アンタ、ドア開けなさい」

半開きになっているドアを指差してミサトは加持を前に出す。

「お、俺?」

「そ、力なら私より上でしょ。とっととやる」

「へいへい」

命じられるがまま加持は両手をドアにかけて力を振り絞った。





「やはりブレーカーは落ちたというより、落とされたと考えるべきだな」

同時刻、加持の考えとほぼ同じ事をゲンドウは口にしていた。

隣には冬月。場所が本部発令所なので対使徒戦の時と同じに見えるが、辺りが暗いので普段より陰鬱な印象を受ける。

「原因がどうであれ、こんな時に使徒が現れたら大変だぞ」

蝋燭に火をつけながら、冬月が答えた。



◆―――第9使徒・マトリエル



航空自衛隊府中総括総隊司令部、総合警戒管制室(略して戦自総括総隊司令部)。

肩書きだけは偉く立派だが、相手が使徒になると通常兵器が役に立たないので現在のこの場所は情報収集位しか役に立っていなかった。

事実ここに並ぶ戦略自衛隊の上級将校は、第三使徒戦の時ジオフロントに出向いて指揮をとっていながら、何一つ成果を上げていない。

戦力は無くとも情報は入る、レーダーに突如出現した正体不明の物体はしっかりと感知された。

《測的レーダーに、正体不明の反応あり。予想上陸地点は旧熱海方面》

「恐らく、八番目のやつだ」

「ああ、使徒だろう」

浅間山での使徒・サンダルフォンはネルフによって秘匿され。シンジは名目上”零”がナンバリングされているので、本当は九番目なのだが情報操作で知らされていない。

「どうします?」

「一応、警報シフトにしておけ。決まりだからな」

「どうせまたやつの目的地は、第三新東京市だ」

「そうだな。ま、俺達がすることは何もないさ」

度重なるエヴァによる使徒殲滅の報告と、通常兵器の無力さは上級将校達のやる気をなくしていた。





海の中を四対の足が動いていた。

第9使徒・マトリエルは少しずつ少しずつ蜘蛛の様に歩いて地道に進んでいく。

第3使徒・サキエルの時には邪魔する者が大量にいたが、今回は誰も対処してないのでマトリエルは陸地まで止まることなく突き進む。

陸に上がると、中華なべを逆さにして幾何学模様と目を幾つも貼り付けた使徒が姿を見せる。

《使徒、上陸しました!》

《依然進行中》

「第三新東京市は?」

上級将校の一人は初めから受け渡した指揮権でネルフがどうにかすると思っていたが、どうにもならないので思わずオペレータに聞いた。

《沈黙を守っています》

「一体ネルフの連中は、何をやっとるんだっ!!」





その”ネルフの連中”は発令所の最上部フロアへと続くタラップを昇っていた。

今まで自動でのエレベーターばかり使用していたので、ジオフロント完成から使うことが無いと思っていたタラップ。

完成から10年ほど経ってようやく使われる日が来た。

「タラップなんて、前時代的な飾りだと思っていたけど、まさか使うことになるとわねぇ」

「備えあれば憂い無し、ですよ」

リツコに続いてマヤも登る。





その頃加持の腕力で人が抜け出せるほどの隙間が開いたエレベーターから抜け出した、ミサトと加持はその足で発令所に向かっていた。



◆―――第三新東京市、ジオフロント進入口



ゲートとは違う場所に設置された非常ドア。

”非常”の時に使用されるからこそ、こう言う名前なのだが。その非常ドアはゲートと同じく金属の壁の役割しか果たしておらず、開く気配は全く無かった。

開閉スイッチを押す音だけが空しくあたりに響く。

「これも動かないわ」

「こっちも駄目みたいや」

「どの施設も動かない。おかしいわ」

今まで他の事を考えていたレイだったが、目の前の非常事態に無表情に真剣さが加わる。

「下で何かあったってこと?」

「そう考えるのが自然ね」

言葉は少ないが、それでも事態に対する正確さは充分に伝えていた。

「とにかく、何とかネルフ本部に連絡せんとアカンな」

そう言ってトウジは荷物の中にある携帯電話を取り出す。





同時刻、オペレータの青葉シゲルはチルドレンと同じように近くの受話器を取っていた。

「駄目です。77号線もつながりません」

場所は違っても言う事はどこも一緒だった。

ちなみに、青葉の言葉にある77号線とは、司令席の日本政府と人類補完委員会へのホットラインに次いで最優先される国連への回線の事である。

つまり、これが繋がらないと言う事は、電波、有線、非常回線のあらゆる外部通信手段が途絶え、ネルフ本部が完全な盲目になったのと同義である。





受け手が連絡取れない状態なので、当然トウジの携帯からも連絡はつかない。

「・・・・・・全然出えへんで」

「駄目。連絡つかない」

同じように携帯を使っていたレイが続け、公衆電話を使っていたアスカも同様の答えを返す。

「こっちもだめ。有線の非常回線も切れちゃってる」

八方塞で三人は途方にくれる。

その中で一番早く動いたのはレイだった。荷物の中からファイルを取り出す。

アスカは出された物でレイが何をするか察知して、対抗意識を燃やして同じ物をバックから取り出す。

「綾波に惣流、何してんねん?」

「あんた馬鹿!?緊急時のマニュアルよ!」

「馬鹿とは何やねん!ちょっと忘れただけやないか!!」

ネルフは『緊急対応マニュアル』をチルドレン全員に配布し、常に手の届く所に持つように義務付けられている。

レイとアスカはそれを忠実に守り、荷物の中に入れていたが。トウジに渡されたそれは自宅の机の上で今も眠りつづけている。

これからもそれが使われる予定は無い。

「とにかく本部へ行きましょう」

睨みあう二人を完全に無視してレイは真っ当な結論を口にする。

燃える炎にいきなり冷水を引っ掛けられた二人は、示し合わせたかのようにお互い離れる。

「そ、そうね。じゃ、行動開始の前にグループのリーダーを決めましょう」

突然のアスカからのリーダー宣言、これにいち早く反応したのはトウジだった。

「リーダー?ほなら、ワイに決まりやな!」

「何言ってるのよ!当然あたしがリーダーに決まってるじゃない!!」

「リーダーはわい!惣流は福リーダーでもやっとればええんや!」

「はっ!ジャージの分際で何言ってんのよ」

「なんやと!!!」

「何よ!!!」

またしても睨み合いが復活し、レイはそれを無表情に見つめながらマニュアルと睨めっこしていた。

「こっちの第七ルートから下に入れる・・・」

まだ怒鳴りあっている二人を無視して、レイは一人でトウジ達と逆方向に歩いていった。

十数秒後、レイが一人で歩いていることに気がついた二人は慌てて後を追ってリーダーの事は有耶無耶になってしまった。





『No.7』と印字された巨大な扉。

これだけ見たら認証ゲート、非常ドアと変わらない金属の壁に見えるが。この扉の横には手動で開ける為のレバーが付いていた。

「ジャージ!力仕事はあんたの出番でしょ」

「ちっ!しゃあないのう!」

単純な筋力で言えば確かにレイ・アスカと比べるとトウジの方が上に見える。

だがあからさまに『面倒だからあんたよろしく』と顔が言っているのでトウジとしては不機嫌になる。

だが親から『力仕事は漢の仕事』と言われている為、断る事が出来ず悶々と感情を押し込めるトウジだった。

「ぬおおおおおお!!!硬いっ!重いっ!疲れるうう!!!」

変な叫び声だが、それでもトウジは必死にレバーをまわして扉を開けた。



◆―――マトリエル、上陸



戦自総括総隊司令部につめていた指揮官の一人が受話器を置いて怒鳴る。

「統幕会議め。こんな時だけ現場に頼りおって」

「政府はなんと言ってる?」

上級将校の一人は電話が終わったのを見計らって話し掛けると、ある意味予想した答えが返ってきた。

「ふん。第二東京の連中か。逃げ支度だそうだ」

《使徒は依然健在、進行中》

マトリエルは一定の速度を保ちながら第三新東京市目指して進んでいた。

既に陸地をかなりの距離、進んでいる。

「とにかくネルフの連中と連絡を取るか」

「しかし、どうやって?」

「直接行くんだよ」

まだ電話の怒りが収まっていないのか、少し怒りを混ぜて将校は言う。



◆―――第三新東京市



戦自の命令で第三新東京市上空にはJASDFの表示のついたセルナ機が飛んでいた。

外部スピーカーから第三新東京市全てに聞こえる声が響く

《こちらは第三管区、航空自衛隊です。ただいま正体不明の物体が本地域に対し移動中です。住民のみなさんはすみやかに避難してください》

信号が止まってしまった為、いつも以上に周りを気にしながら歩道を歩いていたマコトは空を見上げてそれを聞いていた。

停電と言う異常事態がジオフロントまで被害にあっているからこそ、航空自衛隊が出てきたとマコトは推測する。

「やばい!急いで本部に知らせなきゃ!!」

情報は一分一秒でも早く、ネルフに届けなくてはならない。だが今のマコトには徒歩以外の移動手段が無い。

「ああ、でもどうやって!?」

そんなマコトの耳に声が届く。

スピーカーを通して聞こえる電子音、これから女性だと判るがどんどんと近づいて来ている。

《非常事態にも決して慌てない高橋、高橋をよろしくお願いします》

こんな時でも宣伝を忘れない選挙カーだった。

「あー。ラッキー!!」



◆―――ネルフ本部、発令所



第一発令所に何とか辿り着いたミサトと加持は近くにいたオペレータの一人を捕まえて話をし始めた。

「そこのアンタ、どんな状況?」

「これは葛城一尉!只今碇司令の命令で赤木博士と伊吹二尉は状況の把握を、我々は回線の維持と復旧ルートの割り出し作業を行っています」

「この停電の原因は?」

後から加持も口を出す。

「現在捜査中ですが詳しい事は判っておりません」

「そう・・・ありがとう、自分の職務に戻って」

「はっ!」

そう言うとオペレータは自分の席に戻ってキーボードを打つ作業を続けるが、電気がほとんど来てないので作業は遅れに遅れていた。

「俺たちに出来る事・・・今の所無さそうだな」

「・・・私はリツコの所に合流するわ、あんたはアンタで仕事しなさい」

「へいへい」

ミサトはリツコの元へ、加持はとりあえずこの停電の思い当たる調査に自分の足で向かっていった。



◆―――第三新東京市



『当管区内における非常事態宣言発令に伴い、緊急車両が通ります。』

ウグイス嬢の怯える放送と共に選挙カーがすさまじい勢いで使徒の横を走り抜ける。

高速道路の為使徒からは見えていないのか、元々興味が無いのか。間近に使徒の黒い足があるにも関わらず向こうは気にせず進んでいる。

『繰り返し緊急車両が通ります』「・・・ってあの! 行き止まりですよ!?」

途中からマイクのスイッチを切って、強引に『非常事態のためネルフまで連れて行ってください』と同乗したマコトに話し掛ける。

目の前にはネルフのゲートが存在しており、電車の遮断機の如く道路を遮っていた。

当然減速する物だとばっかり思っているウグイス嬢は、全然落ちないスピードに涙声になっていた。

「いいから突っ込め! なんせ、非常時だからな!」

「了解!」

マコトの急ぐ気持ちがドライバーに伝染したのかスピードは更に上がる。

「いやあ! もう止めてぇ!!」

ウグイス嬢の悲鳴と車のアクセル音、それに遮断機を破壊する音が辺りに響く。



◆―――ジオフロント、緊急用進入路



トウジとアスカとレイの三人は道なのか作業用の空間なのか隙間だらけの金属の上を歩いていた。

作業途中で廃棄された印象を受ける。

「いつもやったらピュー!と二分でジオフロント、距離は長かったんやな」

「あそこまで行けばきっとジオフロントに出られるわ」

「それ三回目やで?」

「うっさいわね!アンタ達代替案か何か無いの?」

「せやけどわしもこんな所知らんから・・・」

「役に立たない男ね!」

「仕方ないやろ、知らんもんは知らんのや!」

アスカとトウジの口論が激しくなりそうだったが、レイの一言がそれを止める。

「黙って」

「なによ、優等生!」

怒りの捌け口をトウジからレイに替えるが、レイは全く気にした様子もなく上を見上げる。

「人の声よ」





頭上の暗闇の先を光が移動して、かすかにマコトの声が聞こえる。

「日向さんだ!」

「オペレータ三人衆の真ん中の兄ちゃんや!!」

「「おーいおーい!」」

声を張り上げて腕を振るトウジとアスカだったが、向こうに届いてないのか返答は無い。

《非常事態宣言!現在、使徒接近中!!繰り返す、使徒接・・・・・・》

「使徒接近!?」

「また来たんか!!」

「時間が惜しいわ。近道しましょう」

使徒に対して驚くトウジとアスカだったが、レイは瞬時に思考を”シンジ”に切り替えた。

火口内で現れたのは報告で知った、今度こそ間近であって話がしたいと思った。

「リーダーは私よ。勝手に仕切らないで!」

D型装備の前でレイの内心を知らずに反発した時と同じようにアスカが怒鳴る。

だが次の瞬間180度声の調子を変えて言った。

「で、近道ってどこ?」





通風ダクト、正常に動作していればセンサーが危険を感知して人が入れば排除するだろうが今は停電中。

四つん這いでなれば進む事も可能だった。

「まさかこないな所があるとは思わんかったわ」

「さっすが司令のお気に入り、じゃなきゃこんな所知るはず無いわよね〜」

「・・・・・・」

それは先ほどトウジと口論していたアスカの残っていた怒りの感情だった。

「いつも澄まし顔でいられるしさあ」

「・・・・・・」

明らかにアスカが挑発しているのだが、レイは全く取り合わず先に進む。

「何や何の話や?」

トウジは後方で一人話に入れず二人に着いて行くだけだった。

「ファースト・・・何か言いなさいよ」

「発令所は遠いわ、急ぎましょ」

言葉に怒りを込めた揶揄だったが、レイはアスカの怒りなど全く無視して現状での最優先すべきことを口にする。

「あんた!ちょっと贔屓にされてるからってなめないでよ!!」

アスカは前を行くレイの肩を掴んで進行を止める。

「なめてなんかいないわ」

送風ダクトの狭い空間の中で、向き合う二人。

「それに贔屓もされてない。自分で判るもの」

それでもレイは表面上は冷静だった。

話が止み無言で歩みを再開すると、送風ダクトから外に出る事が出来た。





それからしばらく一本道を進むと、二又に別れた道があった。

右か左か、実に簡単な選択である。

「うーん。右ね」

「あたしは左だと思うわ」

先ほどの言い争いが尾を引いているのか、正反対の解答に至るアスカとレイ。

「アンタもいちいち突っかかるわねえ!!ジャージ、アンタはどっちなの!?」

突っかかっているのはアスカなのだが、ここにそれを咎める人はいなかった。

「判らん!!」

ある意味男らしい解答のトウジだったが、一対一対一ではあまり意味が無い。

「んもう。あたしがリーダーなんだから黙って付いてくればいいのよ!!」

そう言うとアスカは一人先に進んだ。

レイとトウジは仕方なく追って右側の通路を進む。

停電でセンサーは切れ、三人が進む道には人工の明かりは無い。

だからこそ三人の誰も気付かなかった、後から人が迫っている事に。





「昇っとるで?ホンマにこの道でええんか?」

「ジャージのくせに、いちいちうるさいわね。だったら付いて来ないでさっきの道を左に行けば良かったじゃない!」

相変らずトウジとアスカが口論しながら道を昇っていた。

ちなみに目指すべきネルフ本部はもっと下である。

アスカも自分の失敗を心のどこかでわかっているのか無言で進むと、光が漏れるドアがあった。

「ほら、今度こそ間違いないわ」

意気揚々とアスカは扉を開くが、そこで見えた風景は地上のビル郡と太陽の光と空の青さ。少なくともジオフロントの円形空洞の地下ではない。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「ちょ、ちょっと間違っちゃったみたいね。気を取り直して分岐点まで戻りましょ」

アスカに後から二人が冷たい視線を送るが、あえて気付かない振りをするアスカ。

誤魔化すためか口調が荒い。

「さあ、とっとと行きましょう!!」

「ちょ・・・まてや惣流、ドア閉めなアカンやろ」

二人を追い越して来た道を下っていくアスカだったが、開けっ放しの扉にトウジが気付いて慌てて閉めようと向かう。

視線がアスカの方を向いているため、トウジとレイはいつの間にか扉の前に現れた人物に話し掛けられるまで存在を感知する事は出来なかった。



「やあ!」



「!!!!!!!」

後から声をかけられたレイ、早歩きで聞き逃したアスカ、そして一番驚いたのは人がいるとは思ってない上に一番近距離で話し掛けられたトウジだった。

「なななな!!!!」

ネルフのチルドレンになってから鍛え上げた俊敏さで素早くその場から転げながら退避する。

「あ、ごめん。驚かせちゃった」

その様子を見て、自分が悪い事をしたと思ってすぐさま謝る。

「でもトウジ、こんな所で会えるなんて運命を感じないかな?トウジの珍しい奇行も見れただけでも価値有りだよ」

「シ・・・シ、シ、シ、シンジやないか!!」

「久しぶりだね、トウジ」

それは碇シンジだった。





シンジの第一印象。アスカにしてみれば学校で見かける自分の取り巻きの一人か同年代のひ弱な少年、トウジにしてみれば会うのは二度目だが”漢の”友情で結ばれた友達。

だがレイだけはシンジを見た瞬間何かを感じ取った。

それを表す言葉をレイが持っていないので、(あなた誰?)や(これは何?)と考える事しか出来ないが。それでもレイは始めて見るはずのシンジに自分と似た何かを感じていた。

性別も話し方も見た目も二言三言話した印象だが性格も全然違う。

だがレイは思う『・・・この人、私と同じ感じがする・・・』と。

「そっちのお二人は初対面だね。僕はシンジ、碇シンジ。はじめまして綾波レイさん、惣流・アスカ・ラングレーさん」

「あんた、どうして私たちの名前を!?」

いきなり自分たちの名前を言ってきたシンジにアスカは警戒心を最大限に引き上げるが、シンジはそんなアスカの様子に呆れつつ答える。

「失礼だが、君はもう少し自分の言葉に責任を持つべきだね。有名な噂だよ?エヴァンゲリオンのパイロット。綾波レイに惣流・アスカ・ラングレーそしてトウジ、三人の話はね。それに君達の容姿はこの町ではかなり目立つ」

「うぐ・・・」

確かにそのとおりだった、特にエヴァのパイロットが噂が広まる原因はアスカ本人が作った為強く反論できなかった。

特にアスカの赤毛とレイの蒼い髪は美人であることも手伝って異様に目立つのは変え様の無い事実だ。

「それにしてもシンジ、お前何でこんな所におるんや?使徒が来よったんやからシェルターに行かんでええんか?」

「ちょっと野暮用でね、たまたまトウジがいたから挨拶にと思ったんだ。迷惑だった?」

「そうやないけど、ちいと心配になってな。人が巻き込まれんのはもうこりごりや」

使徒接近の緊張感の中、いきなり現れたとは言え知り合いなのでトウジは気安く話し掛ける。

「早ようシェルターに行った方がええで、後はわし等に任せえ」

「ふふ、頼もしいねトウジ。それじゃあ僕は近くのシェルターに避難させてもらうよ、自分たちしか戦えないって思ってるみたいだけど死んじゃ駄目だよ?」

そう言ってシンジは扉から外に出てトウジがやる筈だった開閉を行う。

扉はギシギシ音を立てながらゆっくりと閉まり、通路はまた静寂に包まれた。

「ジャージ!何よあいつはアタシに反論するなんてムカツク男ね。あんたの知り合い!?」

「友達や。ちゅうても会うのは二度目やけどな、前はえろう世話になったええ奴やで」

気を取り直して歩き出した三人の話題はやはりシンジについてだった。

レイとアスカの言い合いで些か暗い雰囲気だったので、それを払拭する意味合いでもシンジの存在はありがたかった。

「しっかし、使徒侵攻中の真っ最中に出歩く普通?危機感足らないんじゃないのアイツ?」

「・・・シェルターに向かう言うてたから大丈夫やないか?」

いきなり現れたと思ったら即座に消えてしまったので止める事は出来なかったが、よくよく考えてみると現在の第三新東京市は戦場真っ只中なのだ。

いくらシェルターに向かうとは言え危険であることに変わりは無い。

今更後の祭りだが、同行させてジオフロントに匿った方が良かったのでは?考えるトウジだった

「で、何ていったっけアイツ?」

「シンジやシンジ」

「名前は判ってるわよアタシが聞いてるのは苗字の方よ、聞き流しちゃったから忘れちゃった」

分岐点まで戻って改めて左側の道を歩く一行。

「確か、”碇”やったな。わしも名前ばっかり呼んどるから忘れそうや」

「ふーん、碇・・・ねえ」

話に加わっていないが二人の後ろを歩くレイがその言葉で歩みを止める。

「ん?どうかしたファースト?」

「・・・・・・・・・碇」

俯いて何か考えながらレイはその言葉を言う。

「さっきのアイツの苗字でしょ?使徒接近してるんだから止まらないでとっとと行くわよ」

アスカに促されて歩みは再開するが、レイの次の言葉で全員が止まる。

「碇・・・司令と同じ苗字、行方不明のサードチルドレンは”碇シンジ”・・・」

「え?」

「なんやてっ!?」

「じゃ、じゃあさっきのアイツが碇司令の息子で・・・サードチルドレンだって言うの?」

「・・・そう言えばサードはそないな苗字やったような・・・せやけど偶然やろ?たまたま同姓同名であのシンジとは無関係・・・」

アスカはそれなりにネルフの情報を仕入れているのでレイの言葉に説得力を感じたが、トウジは信じられないのか否定する。

「それにわい、サードチルドレンはここに来たその日に使徒の戦闘に巻き込まれた聞いたで?それが本当やったら今の今までどこで何してたんや?シンジと初めておうた時、あいつピンピンしとったで」

「言われてみればそうよね・・・そもそも無事なら隠れる必要なんて無いんだし」

トウジの否定でアスカも”同姓同名説”を信じようとするが、レイが荷物から出した『緊急対応マニュアル』の一ページに印刷されたカラー写真を見せられて愕然とする。

「・・・・・・」

「・・・シンジやな」

そこには『サードチルドレン:碇シンジ(現在行方不明、発見次第即諜報部へ連絡)』と書かれており、その上の写真にはさっき会った碇シンジの写真があった。

「じゃあ、やっぱりさっきのアイツは・・・」

「サードチルドレンね、間違いなく」

「・・・嘘やろ?シンジがわしらと同じチルドレン?」

三者三様の言葉を紡ぐ中、真っ先に動き出したのはトウジだった。

分岐点まで戻ってシンジが消えた扉に向かって走ろうとする。

「何する気!?ジャージ!!」

「決まっとる!シンジがホンマにサード何やったら捕まえなアカン!」

「無理ね、あれから時間が経ちすぎてる。それに今の私たちはネルフ本部に行かないと」

激情するトウジを止めたのはレイだった。

「私たちにしかエヴァは動かせない、彼が近くにいる保証は無い、本部に行って誰かにサードの事を伝えた方が合理的よ」

いつもより静かで感情の篭っていないその言葉は、トウジの熱を急激に冷ました。

お陰で冷静な思考がトウジにも出来るようになったので、立ち止まって本部への歩みを再開する。

「・・・すまんな綾波、わしちょっと気が高ぶってるみたいやった」

「・・・・・・」

トウジの言葉に今度は返答せずにレイは先へ歩く。

言っていた事は瞬時に考えた結論だったが、それ以外にもレイ自身にも判らない『困惑』が確かにあった。

同じ感じのする不思議な人物、行方不明のサードチルドレン、会ってみたい。

だが優先すべき”命令”は感情よりも優先度が高かった。

考える様にはなったが、今だ行動がそれに付いていかず。表向きの綾波レイはまだ人形だった。



◆―――ネルフ本部、発令所



対テロリスト用にわざと入り組んで作ってある狭い道を時速100km近くで走行した選挙カー。

その間もマコトは『使徒接近』と繰り返し、運転手は荒ぶる血を抑えられず事故ギリギリで走っていた。

だが不幸な同乗者ウグイス嬢はただ耐えることしか出来なかったので、結果として気絶した。

そんな選挙カーは遂に発令所まで辿り着き、マコトの声が当たりに響く。

《現在、使徒接近中!直ちにエヴァ発進の要ありと認む!!》

マコトのいる地点から二段ほど上の層で座っていたゲンドウはそれを聞いて立ち上がる。

「冬月、後を頼む」

「碇?」

「私はケージでエヴァの発進準備を進めている」

「まさか、手動でか?」

普段やらない、と言うよりまだ一度もやった事の無い手動作業に冬月は驚愕を隠せなかった。

そもそもゲンドウがこんな自主的に自分から動く事が珍しい。

「緊急用のディーゼルがある」

「しかし・・・・・・・・」

冬月は一番肝心な問題点を、ゲンドウが行った後に呟く。

「パイロットがいないぞ」



◆―――ネルフ本部、通気ダクト



結局三人は本部目指して歩いていた。

途中分岐点が幾つかあったが、レイが即時即決で答えを出すので後の二人はそれについて行くのがいつの間にか基本スタイルになっていた。

だがしばらく進むとにR−015という表示の巨大な扉があった、先ほどの『No.7』と印字された扉の三倍近く、手動ハッチは無い。

「これ開けられるんはゴリラか使徒だけやな・・・」

例え三人の力を合わせたところで、開けるのは無理そうなので今回はアスカもトウジを急かしたりはしない。

「しかたないわ。ダクトを破壊してそこから進みましょう」

レイはそう言うと近くに落ちてあった鉄パイプの一本を掴んでダクトを殴りつける



ガンッ!



「ファーストって怖い子ね。目的のためには手段を選ばないタイプ」

その様子を見てアスカが感想を言うが。



ガンッ!



「いわゆる独善者ね」

「お前にだけは言われとう無いな」



ガンッ!



「なんですっ〜て〜〜〜!!」

「ホンマの事やないか!」

結局レイを無視してのトウジVSアスカといういつもの公式になってしまう。



◆―――ネルフ本部、ケイジ



ネルフ本部内、初号機ケージではゲンドウ以下十数人の作業員が掛け声と共に人力でエントリープラグを引き上げていた。

「「「よいしょ!よいしょ!よいしょ!」」」

綱引きの要領で少しずつ上がっていくエントリープラグはエヴァの頚骨の位置でその動きを止める。

「プラグ。固定準備完了」

ゲンドウは望遠鏡でエヴァの様子を見ていたマヤの報告に満足すると、命令しやすい位置に移動した。

「あとはあの子たちね」

リツコの言葉は目の前に準備された初号機、弐号機、参号機に吸い込まれて消える。

零号機はちょうど第七使徒戦の修理と同時並行でカラーリングを蒼に変更している為今は動かせない状況だった。



◆―――ネルフ本部、通気ダクト



「ぜーったいに前見ないでよ。見たらコロスわよ」

レイを先頭、トウジを最後尾においてアスカの脅しが真ん中から来る。

現在三人はダクト内を匍匐全身で進んでいるのだが、三人とも学校から直にネルフに来たので制服姿。アスカとレイはスカートなのでトウジが前を向けば普段見えない中身が見えるかもしれなかった。

その脅しが効いたのかトウジは下を向きながら這っているが、欲望深き青少年がそれで満足する訳が無かった。

音源を頼りに『惣流が前を向いた』と辺りをつけて視線をあげて天国を見ようとするが、トウジが見えたのはアスカの靴の裏だった。

「死ね、このスケベ!変態!!」

「はがっ!ふごっ!」

止む事の無い蹴りの連打がトウジの顔面に見事に決まる。

「見るなっていったでしょ!」

「や、あがっ!止め、うごっ!」

アスカの蹴りは止む気配を見せず、振動がダクト内に伝わる。

一撃食らわせてトウジが悶絶するたびに、揺れはましてダクトの底を固定していた金属片が歪んでいく。

「やめっ!わしが悪か、ふげっ!った・・・」

「天誅!!」

そして計13発目の蹴りがトウジの鼻に決まった時、遂にダクトの底が抜けた。

「おわあああ」

「きゃあああ」



ドスン!



一緒に落ちる二つの影、ちょうどその場所は初号機のケイジだった。

落ちた事を確認した後、レイは足からしっかりと着地する。

「あなた達!」

ミサトの喜ぶ声、こうしてエヴァとチルドレンがようやく揃った。



◆―――ネルフ本部、ケイジ



エントリープラグの準備にハッチの開閉と、エヴァの拘束具を固定してある油圧ロックを人力で破壊するのは人の手だが、やはりそれだけでは出来ない部分も存在する。

緊急用のディーゼルの動力源でエントリープラグの挿入とエヴァの起動シークエンス、エヴァの非常用バッテリーでケイジの拘束具を排除して何とかエヴァ三機は発進準備が整った。

だがいつも使う地上への射出口は当然ながら電力で動いている為操作不能、よってエヴァ三体は緊急用の通路を這って進んでいた。

哀しいかな先ほどダクトを進んでいた三人と酷似している。

「も〜う、格好悪ーい」

先ほどはどうしようもなく、今回も電力が無い為どうにも出来ない状況なので仕方ないのだが。

アスカとしてはエヴァの這う姿が美しくないので思わず愚痴がこぼれる。

「縦穴に出るわ」

レイの助言も左の耳から入ってすぐさま右の耳に抜ける。

ショックの為ほとんど聞いていない。





その頃第九使徒マトリエルはエヴァ射出口の一つの上に陣取って、下部についた目から溶解液を垂れ流していた。

地上とジオフロントの間に敷き詰められた特殊装甲を流用した物で、液体であるがゆえに一度付着すると容易に剥がせない、少なくとも直接的に当たればエヴァよりも恐ろしい代物だった。

マトリエルは自分の体を少しずつ揺らしながら溶解液を垂らして射出口に円形の穴を作る。

下に見える縦穴の幅より円形の穴が大きく開けられた事を確認して、マトリエルは自身を変形させていった。





縦穴に出たエヴァ三体はライフルを背負った弐号機に続いて、参号機、初号機の順番で縦穴をよじ登っていた。

壁に手足をついて少しずつ昇って行っているのだが、やはりアスカがこの行動に文句をつける。

「あー。またしても格好悪ーい」

それでもエヴァの手足を交互に動かして昇っていくエヴァ。

真上にはまだ遠いが日の光が見えていたのだが、それが黒に染まり辺りは暗闇に包まれた。

「ん?」

突然の事態にアスカは昇るのを止めて視線を凝らすと、上からマトリエルが落ちてきた。

「嘘っ!!」

入り口の大きさより更に大きかった半球の体が変形して縦穴より小さい棒状になっていた。

足は全て後部、エヴァとの位置関係からは一番離れた位置に揃って存在していた。

相変らず下部の目からは溶解液が垂れ流されているので、マトリエルの体と溶解液が一緒くたになって墜落してくる。

「くっ!!」

アスカは突然の事態に一瞬慌てたが、持ち前の反射能力で素早く背負っていたライフルを真上に撃ちまくる。



ドドドドドドドドド



狙いをつける必要はなかった。

何しろ縦穴の真上全部が使徒の体なのだから。

弾丸はマトリエルの目から入って空に全て抜ける。

だが自由落下が止まる筈も無く、マトリエルはライフルを構えたままの弐号機と衝突した。

弾けとんだ溶解液も多少付着して、激痛を感じる。

「いたたた!!」

続いてその下にいた参号機。

「何で落ちてくんのや!!」

そのまま初号機も使徒の重さに耐え切れず一緒に底まで落ちていく。

「・・・・・・」





一緒に落ちていくマトリエルとエヴァ三体を地上から見下ろすシンジは思わず溜息をつく。

「・・・・・・・・・」

(イスラフェルとサンダルフォンが全然進化してなかったからちょっと期待したんだけどな)

(まあ自身の形状変化は凄いと思うけど・・・)

(結局パレットライフルで殲滅・・・か)

(やっぱり最弱の使徒の汚名は挽回出来なかったか)

(アスカが電力復旧するまで穴の底で使徒と一緒にいる選択をする訳ないし)

(後始末が大変そうだね、三人とも)





底は少し幅が広い空間になっていたが、そこにいたのは細長い形状に端に足をくっ付けたマトリエルの屍骸と、これをどうしようか途方にくれるエヴァ三体だった。

呆気なく使徒殲滅。

今までの使徒の様に自爆しなかったのは助かったが、巨体がそこにある事実は変わらない。

『・・・・・・どないしよ』

『放っておく、訳にもいかないわね』

『内部電源は後3分半よ』

『『『・・・・・・・・・』』』



結局三人はマトリエルの屍骸をその場所において地上に逃げる選択をする。

その後地上から引上げ作業がエヴァ三体で行われ、地上からマトリエルは釣り上げられることになる。

パイロット曰く『今回は戦っていた時より重労働だった』らしい。