第拾話
「力の代価」

◆―――第壱中学



トウジはエヴァのパイロットである事をケンスケを除き必死になって隠していた、レイは元々クラス内で交友が無かったので隠すつもりは無くても隠していた。

トウジは元々優等生ではないのでネルフの訓練で学校を休んでいてもあまり気にされず、レイは休んでも気にするクラスメイトがほとんどいなかった。

一応チルドレンの守秘義務というものは存在するが、暗黙の了解や公然の秘密とばれる物はいつかばれる。

そして遂にトウジとレイがエヴァのパイロットである事がクラスにばれてしまった。

何故か?答えは簡単である、アスカがばらしたのだ。





「おい!見たかよ!」

「見た!見た!」

「なにがぁ〜?」

「知らねぇ〜のか?あの外人!」

「外人?」

「2年A組に転校して来たんだよぉ〜!先週!」

「グ〜だよなっ!」

「惣流・アスカ・ラングレーって言うんだろう?」

「マジに可愛いじゃん!」

「帰国子女だろ?ヤッパ、進んでるのかなぁ〜〜?」

「バカ言え、きっとドイツで辛〜い別れがあったんだ。見知らぬ土地で傷ついた心も癒せずにいるんだよ!」

「「「「「おおおおおおおお!!」」」」」

とまあこんな感じで第壱中学の生徒(主に男子)は盛り上がっていた。

転校後アスカの下駄箱にラブレターが無かった日は無いが、足蹴にされてゴミ箱行きか焼却処分に合う。

「あ〜〜あ!ネコも杓子もアスカ、アスカか〜」

「みな、平和なもんや」

文句を言いながらも、ケンスケとトウジは校舎裏で当の本人に気付かれない様こっそりとアスカの写真を一枚30円で売っていた。

「毎度あり〜!」

アスカは自分がエヴァンゲリオンのパイロットである事を隠そうとはせず、転校初日に早速ばらしたのだ。

その時トウジとレイもパイロットである事が話の流れでばれてしまったが、視覚効果と突然現れた話題性によりアスカが人気を独占した。

元々トウジがエヴァに乗るのは妹の仇である使徒を倒す為であり、目立つ為ではない。

レイも同様に目立つつもりは欠片も無い。

トウジはケンスケと『A組の二馬鹿』と言うあり難くない称号を、レイは『A組の人形』と言う不思議な称号をそれぞれ持っている。

ある程度知ってるが故に気安さでエヴァの事を聞きに来る人物はいたが、それでもやはり話すなら美人という事で男女問わずアスカにエヴァの事を聞きに言っていた。

アスカもそれに答えて話せる範囲でエヴァの事は話している。

「写真にあの性格は、写らへんからなぁ〜〜」

ネガを透かして見ながらトウジが言う。その写真は目線を向いていないことから全て望遠、隠し撮りという事が解る。

それでも顧客層は一年から三年まで男女問わず幅広く売れている。

太平洋艦隊上でアスカの本性の一部を知ってるが故に、トウジとケンスケは複雑な心境だった。

「ま、それが写真のいい所でもあるんだけどな」





朝の登校時間、待ち合わせていたわけでは無いがアスカとトウジが歩道橋の上で出会った。

「ヘロ〜、ジャージ!グーテンモーゲン!」

「お、惣流。おはようさん!」

オーヴァー・ザ・レインボウでのやり取りはどこへやら、学校内では同じパイロット同士仲が良く見えるトウジとアスカだった。

アスカの内心では『何でこんな素人がパイロットに?』と。

トウジの内心は『裏表の激しい猫かぶりなやっちゃな』と。

お互いとてもではないが仲が良いとは言えなかった、あくまでそう見えるだけだ。

二人は歩道橋のエスカレーターを止めて話しているので後ろには行列ができていた。

登校中なので、周囲の好奇の目がものすごい数になっているのだがアスカはいつもの事なので気にしない。

「で。ファーストチルドレンはどこ?ここにいるんでしょ?」

「綾波か?綾波やったら、ほれあそこや」

歩道橋の下を見てみると、そこにはペンチに座って本を読んでいるレイの姿があった。

アスカはレイの元へ駆け寄ると何故か段となっている所に上って仁王立ちで腰に手をあてて立つ。

レイの読む本の上に人影が差したので読みにくくなったのか、体をずらすレイ。だが、影はしつこく追いかけてくる。

影の正体を見るために目を上げるレイ、そこには当然アスカがいた。

「ハロウ〜あなたが綾波レイね?プロトタイプのパイロット」

アスカにしてみれば友好的に話しているつもりなのだろうが、わざわざ見下ろしながら言う辺り、無意識に自分と他人に優劣を付けている。

「あたしアスカ。惣流アスカラングレー。エヴァ弐号機のパイロット、仲良くしましょ」

「どうして?」

視線を本に向けたままレイは答える。

無礼さで言ったらどっこいどっこいだった。

「そのほうが都合がいいからよ、色々とね」

「命令があればそうするわ」

予想していなかった返答にアスカは少し考えるが、単純に考えて答えを出す。

「・・・変わってるね」

「それはお前もや」

歩道橋の上からやり取りを見ていたトウジは思わず呟く。



◆―――ネルフ本部、赤城博士執務室



カタカタカタ。

ネルフ技術部の一室に、キーボードを叩く音が響く。

赤城リツコが今調べているのは主に第零使徒”碇シンジ”についてだった。

行動原理については今だ不透明な部分が多く、どこから現れるのか、目的が何なのか、意志の疎通は可能なのかと疑問は多々あるが。戦闘に関して言えばエヴァに流用できる部分は多い。

特に顕著なのがATフィールドだ。

個人の素質なのか、使徒それぞれにも個性があるのか。全く同一のATフィールドが観測されることは無い。

現状では主に”強度””範囲””形”の三種類で調べているが戦闘を重ねるにつれてデータは興味深いものに変化していく。

強度や範囲で言えば第五使徒ラミエルに勝るものは今のところエヴァにも無い、例外はシンジだけだ。

そもそもチルドレンではATフィールドを発生させる事と、何とか中和させる事が精一杯なのだ。

アスカに言えば激怒しそうだが、真っ向から一対一で戦ったら強力なATフィールドは中和すら出来ずに殺されて終わることだろう。

(ATフィールドの強化・・・)

(防御だけじゃなくて攻撃に使うのはそれからね)

(今の段階では展開出来るだけでも由としなきゃ)

(それとなくあの子達には”出来る事”だって伝えましょ)

色々と考えていると、後ろから手が伸びてきて顔の両側からの抱きつかれる。

「あ・・・」

「少し痩せたか?」

「そう?」

「悲しい恋をしてるのだ」

耳元でささやくのはアスカの護衛かつ、オーバーザレインボーからとっとと逃げ出した加持である。

リツコは微かな嫌悪感を覚えたが、言ったところでやめる訳でもないし。”こういう男”なのであきらめて話す。

「どうして、そんなことがわかるの?」

「それはね。涙の通り道にほくろのある女性は一生泣き続ける運命にあるからだよ」

片目の下にあるリツコのほくろを指で撫でながら口説く加持。

なんと言うか、大人の恋の駆け引きである。

「これから口説くつもり?でもだめよ!こわーいおねえさんが見ているわ」

リツコはそう言いながら前を指差す。

するとそこには窓ガラスに貼りついてこちらを見ているミサトがいた。

荒い鼻息でガラスが曇る。

「お久しぶり、加持くん」

明るい声で言うリツコ。

「や!しばらく」

加持も今までのやり取りなど無かったことのようにリツコから離れてけろっとしている。

「しかし加持君も意外とうかつね」

「こいつのバカは相変わらずなのよ!あんた弐号機の引き渡しすんだんならさっさと帰りなさいよ」

部屋に入ってきたミサトが怒鳴る。

「今朝、出向の辞令が届いてね、ここに居続けだよ。昔みたいにまた3人でつるめるな」

ミサトの激怒に慣れているのか、加持は動じないで軽く返す。

「誰があんたなんかと!」



ピーー!

ピーー!

ピーー!



ミサトの怒鳴りが続くかと思ったが、ネルフ全てに流れる警報がそれを止めた。

「敵襲!?」

《警戒中の巡洋艦”はるな”より入電。我紀伊半島にて巨大な潜行物体を発見。データを送る》

オペレーターの一人が入ってきた情報を読み上げながらデータをマコトにまわす。

「受信データを照合。波長パターン青。使徒と確認」

「総員。第一種戦闘配置」

冬月が臨戦態勢を命じ、第七使徒戦が始まろうとしていた。



◆―――第三新東京市、海際



エヴァ専用のウイングキャリアーが三機、空を飛ぶ。

エントリープラグには既にパイロットが搭乗し、真紅の弐号機、漆黒の参号機、オレンジ色の零号機が降下位置に近づいていく。

《先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は15%、実戦における稼働率はゼロと言っていいわ。従って今日は上陸直前の目標を水際で一気にたたく!参号機並びに弐号機は交互に目標に対し波状攻撃、零号機は援護に回って》

「「「了解!」」」

一息で作戦内容を三人に伝えるミサト。言っている事はそれらしく聞こえるが、要約すると『零号機の援護の中、参号機と弐号機で何とかしろ』である。

波状攻撃と言うのなら的確な攻撃方法を提示するべきである。

辛うじて零号機と参号機の持つパレットライフルと、弐号機の持つソニック・グレイブが攻撃のやり方を表していた。

「あーあ。日本でのデビュー戦だっていうのに、どうしてわたし一人に任せてくれないの?」

「作戦よ」

「惣流一人に任せとったら、負けてまうわ」

「何ですって!!」

トウジは揶揄を込めながら、レイも言葉少なくありながらアスカを責める。

《三人とも、エヴァ落とすわよ》

黙らせるようにミサトは命令する、命令の復唱を待つ前にミサトの手によって三機のエヴァは地上へと降下する。

「うわっ!」

「・・・・・・」

「いきなりですかミサトさ〜ん!」

それでも足からしっかりと着地してエヴァは海に向かって臨戦体勢をとる。

「三人がかりなんて卑怯でやだな、趣味じゃない」

口喧嘩は戦闘の緊張で収められたが、アスカはまだ言い足りず思わず独り言を言ってしまう。

《わたしたちは選ぶ余裕なんてないのよ。生き残るための手段をね》

双方向回線が開いていたので音声を聞いていたミサトが映像を出してアスカを窘める。

理由があってもアスカはまだ納得していないのか、表情は重い。

だが海から半月を逆さにして貼り付けた、ヤジロベーを思わせる第七使徒イスラフェルが姿を現したので表情が緊張で固まる。

『来よったで!』

《攻撃開始!》

ミサトの号令がスピーカーから入り、戦闘が開始された。





「あたしから行くわ!援護してね」

「何言うとんのや!わしが先や!」

「レディーファーストよ!」

「どこがレディーや、へそで茶で沸かすわい!!」

参号機と弐号機はお互いを押しのけるように使徒に接近した。

零号機は着地地点から少し横に移動して、斜めからイスラフェルに対して攻撃を開始している。

零号機が攻撃している中、弐号機と参号機はスーパーの特売品を取ろうとする主婦に見えなくも無い滑稽な姿で突進していた。

《ちょっと!何やってるのよあんた達!》

ミサトは叱りつけ様とするが、それよりも早くアスカがトウジを押しのけて行動に出る。

「いける!」

「何やて!?」

トウジの音声を後に聞きながら、三段跳びの要領で空高く跳びあがった弐号機はソニック・グレイブを真っ直ぐに振り下ろして使徒を左右に両断する。



「はあああああああ!!!」



筋肉にも見える赤い物が分断された場所に見え隠れする。

「・・・中々やるやないか」

「どう?ジャージにファースト。戦いは常に無駄なく美しくよ」

トウジは賞賛を、アスカは自画自賛するが。ただ一人、レイだけはパレットライフルによる砲撃を続けていた。

「ちょっと、ファースト!敵は殲滅したのよ!」

《何やってるのレイ!》

アスカは危うく巻き込まれそうになりながら、折角の見せ場を台無しにしてくれた怒りを含めて。ミサトは困惑を織り交ぜながら聞くが、レイは端的に返した。

「使徒が動いています」

「え?」

アスカの呟きよりも早く真っ二つになったと見えた使徒は、くるりと皮がむける様に別々の使徒となって再生した。

形は元の使徒のスケールを小さくした姿、大きさは元の半分ほどだが今だ健在なのに代わりは無い。

《なんてインチキ!》

ミサトは持っていた受話器とマイクを握りつぶしながら叫ぶが、作戦部長の言葉ではない。

元々使徒は正体不明の敵で攻撃方法もその造詣も多種多様で、どのような攻撃もありえるのだ。

それを踏まえた上で情報収集と作戦立案が試されるのだが、ミサトはその事を全く判っていない。

「くっ!個別撃破するわ!ジャージ手伝いなさい!!」

ソニック・グレイブを拾い上げて攻撃に移る弐号機。

「お、おう。判ったわい!」

参号機は肩のウェポンラックからプログナイフを取り出して片手でパレットライフルをもう片方にナイフを構えて中距離から砲撃する。

イスラフェル・乙の手に当たる部分を切り刻む弐号機、イスラフェル・甲を穴だらけにする参号機。

だがダメージを負わせたと思った次の瞬間、そこにあった傷が回復して元の状態に戻る。

「何?こいつら?」

「なんちゅう回復力や!」

斬っても突いてもイスラフェル・乙は即座に回復して弐号機へと接近する、そしてイスラフェル・甲も穴だらけから瞬時に回復して参号機へ近づく。

有効な攻撃方法が見つからないまま、弐号機と参号機は二人のイスラフェルに高々と持ち上げられてしまう。

「何すんのよ!」

「ちょ、待てやコラッ!!」

そのままどこかに投げられると思った二人だったが、イスラフェル・甲乙が行動を起こす前にオレンジ色の帯がイスラフェルに巻きついて動きを止めた。

《パターン青にATフィールド発生、使徒発見!弐号機上空です!》

レイは弾丸を撃ちながら移動指揮車の中にいたオペレーターの報告聞いていた。

眼前では、持ち上げられたエヴァ二体の更に上から四枚の羽を使ってイスラフェル・甲乙を縛り付けるシンジの姿があった。

8枚の羽は今だ背中にあり4枚だけ巨大化させて、帯としてそれぞれのイスラフェルの腕を掴んで動きを制限していた。

動きが止まったので弐号機と参号機は素早くイスラフェルを土台にしながら左右に跳躍する。

ネルフにしても考えられる助けだったが、レイは躊躇いながらもつい先日伝わった命令どおりに”シンジ”を攻撃する。



(えっ!?)



自分が人間から攻撃される可能性は思考の片隅に常に置いていた。

だがその最初の攻撃と二度目の攻撃を同じ人物、しかもレイから行われるとは思っていなかったシンジは一瞬混乱する。

その一瞬で18インチ徹甲弾を秒速2000mで弾き出すパレットライフルの弾丸はシンジに辿り着いた。

かなりの距離が離れて、しかも的が人と同じ大きさ、直撃はしなかったが余波がシンジを襲う。



シンジの左腕が吹き飛んだ。



衝撃で体が吹き飛ばされ、イスラフェルに巻きつけていたATフィールドが解ける。

そのころ左右に跳んで、何とか体勢を立て直したエヴァ二体は武器を構えて再戦状態に移っていた。

三角形に位置するエヴァ三体、自由になったイスラフェル、そしてATフィールドは健在だが体の一部が無いシンジ。

《レイ!まずはデカイ使徒から倒して、あっちは後回しよ!!》

ミサトの通信を合図に戦況が動く。

イスラフェル・甲乙が零号機の方を向いて顔から砲撃を打ち出した。

「!!」

弐号機と参号機に対して近距離戦闘を行っていた為、判断が遅れATフィールドを張る間もなく零号機は砲撃の洗礼を受ける。

頭部と胸部の外装部が融解、そのフィードバックをもろに受けてレイは気絶する。

《零号機、戦闘不能》

《距離をとって!今、接近戦をしたら相手の思う壺よ!!》

「せやけどミサトさん!零が、使徒があそこにおるんや!綾波が一撃くらわしたから弱っとる!チャンスや!!」

「ミサト!こいつら回復の早さが異常よ、なんか無いの!?」

エヴァ二体の持てるそれぞれの攻撃で、先ほどやられそうになったのだ。

同じ事をすれば同じ結果になって終わる可能性が非常に高い。

《・・・》

行き当たりばったりで何も考えていなかったミサトは作戦を立案しようとするが、イスラフェルは考える時間を与えずそれぞれのエヴァに向かってジャンプする。

「来た!」

「くたばりやあぁぁぁぁ!!」

トウジは空中を跳ぶイスラフェル・甲に向かってライフルを撃つが、やはり結果は先ほどと同じように瞬時に回復してしまう。

打ち続ける参号機に横に避けて出方を窺う弐号機。

イスラフェル・甲乙が着地した次の瞬間、またオレンジ色の帯が延びてきた。

今度は8枚、イスラフェル一人辺り4枚ずつ。

《使徒のATフィールド低下》

《相対位置、以前変わらず》

《変化はATフィールドだけです》

《測定距離、一枚辺りおよそ500m》

移動指揮車内で次々と報告が入ってくる。

イスラフェルの両手、両足はそれぞれ拘束されてさっきより強固にその場に繋ぎ止められる。

《チャンスよ!二人ともコアを狙って!!》

好機と見たミサトはすかさずアスカとトウジに指示を送る。

トウジは持っていたプログナイフを上段から振り上げてコアを突き刺す。

アスカはソニック・グレイブを一度引き越しを低く構えて、一直線に突く。

ほぼ同時に展開された二つの攻撃。コアにヒビが入りこれまでの様に再生することなく光が失われていった。

「今や!!」

蝋燭の最後の輝きの如く、イスラフェル・甲乙のコアが光を保って爆発する瞬間。

トウジはイスラフェル・甲を蹴り飛ばして距離を稼ぐと、持っていたパレットライフルでシンジを砲撃する。

「お前もくたばれやあああ!!!」

弐号機はシンジと距離が離れていて、零号機は装甲部中波、参号機だけがシンジに対して攻撃できるので正しい判断と呼べるが。

つい最近まで素人だったトウジからは考えられない素早さだった。

(殺す!)

(使徒は殺す!)

(何としてでも殺す!)

(優先順位なんて知るかい!!)

(ただ殺すんや!!)

怒りはトウジの動力となり攻撃を繰り返す。

だがシンジはレイの時と違って残った四枚を前方に回し、四角形のATフィールドの面を作って自分に当たる弾丸だけ跳ね返す。



カンッ!

カンッ!

カンッ!



数十発中四、五発が跳ね返された時、遂にイスラフェルが爆発した。



ドゴゴゴゴゴゴ!!!!



爆音と爆風が辺りを包み。視界が開けたときそこにあったのは巨大なクレーターと動かない状態だが五体満足のエヴァ三体だった。

シンジの姿は既に無い。



◆―――ネルフ本部、作戦部報告



『先の太平洋艦隊との共同作戦において、ネルフの風潮は著しく損なわれた』

『ネルフの特務権限と情報操作の強みは”対使徒迎撃、汎用人型決戦兵器”であるエヴァンゲリオンのみが使徒を倒せると言う事にある』

『その点においては誰も表立って異論を唱える事は無いが、現実において”使徒とエヴァの共謀”などと不本意な噂も存在する』

『確かにエヴァを助けようと思われる使徒の動きを目の当たりにすれば、そのような考えが浮かんでも仕方が無いが。ネルフにとっては痛手でしかない』

『”使徒同士が同士討ちしてくれるのならば、エヴァは必要ないのではないか?”などと何処で調べたのか戦略自衛隊と全てを見ていた太平洋艦隊からか無責任な報告も上がってきている』

『だが第七使徒”イスラフェル”との戦闘において零号機の功績と参号機の行動が全てを黙らせた』

『参号機の攻撃はATフィールドによって防がれたが、零号機の攻撃は第零使徒”呼称なし”の左腕部を破壊する事に成功。その後の戦闘で行動に支障が無い事から大打撃とは言えないが、これにより効果があることが証明された』

『この事によって、エヴァが対使徒に有効な兵器である事が再度証明され。空中でN2爆雷の投下を窺っていた国連第二方面軍に対し強みが出来たと言える』



『だがこれまでの経緯から第零使徒を殲滅したとは考えられず、更なる対策が必要となる』

『使徒の正体は今だ謎に包まれているが、今後チルドレンの訓練には二体の使徒同時殲滅を念頭においた訓練を追加する予定、以前から思案されていた事だが急務となる』

『人型、そして人と同じ大きさの使徒は倫理観からチルドレンに”人殺し”と言う誤った重荷を背負わせるかもしれないが。彼らの安全を考えるならこれが最良と言える』

『利用できるのならば利用、あるいは即時殲滅』

『第零使徒の力は強大なので、いつネルフに牙をむくとも限らないので危険である』

『使徒に心の概念があるいは意志の疎通が可能なのか不明だが。会話が可能なら利用あるいは共闘し、協力体制を保ちながら近く殲滅すべきだと思われる』



《第七使徒戦闘 中間報告書 責任者 作戦課長 葛城ミサト一尉》





「ん〜〜〜最後の一文は消しておきましょ、私らしくないもの・・・」

自分の執務室に腰掛けながら報告書を書いていたミサトは中間報告書の下書きを見てそう言った。

あの第零使徒・シンジはこちらが攻撃しているにも関わらず今の所ネルフに仕掛けてきた事は無い。

だが今回の戦闘は今までと違い明らかに殺意を持って相手に攻撃したので敵対する可能性も捨てきれない。

共闘と使徒、そんな物は不可能だと考えて切り捨てる。

現実に可能でありながら、人の思いがそれら全てを排斥している事に人は誰も気がついていない。

使徒であるシンジを除いて。



◆―――ネルフ本部、訓練室



赤木リツコとしては第零使徒の戦い方はエヴァに対して見本とも言える。

ある意味他の使徒がATフィールドを全て防御に回しているのに、あの使徒だけは攻守兼用で瞬時に使い分けているのだ。これはお手本とも言える。

他の使徒がATフィールドを攻撃に使わないのは、使徒同士に組織的なつながりが無い事と推測されるが。エヴァに関してそれは無意味な問題だ。

ATフィールドの変化は既に現実がそこにあるのだから、こちらに流用するのか簡単だった。

利用できる物は利用する。

だが人としての赤木リツコにとってあの使徒は脅威だった。

エヴァをもってしても倒せないと言う考えは弐号機が来る前も来た後も変わってはいない。

あまりにもあの使徒は『強すぎる』。

あの小さな質量から生まれる強大なATフィールド、エヴァと同等の大きさの使徒二体を拘束する力。

開発中のダミープラグが正常に機能して四体のエヴァが同時に攻撃を加えたとしてもおそらく勝てない。

博士としては貴重な検体だが、人としてはとっとといなくなって欲しい存在。それがリツコにとってのシンジだった。



「今回はATフィールドの変異実験を主体としたシンクロテストを行います」

相反する思いを抱えているとはとても思えないほど、いつも通り整然とした立ち振る舞いでリツコはプラグスーツに着替えた三人のチルドレンの前にいた。

「質問です!赤木はん」

トウジは手を上げて学校では見せない率先さを見せる。

「何?トウジ君?」

「へんいって何です?」

「・・・・・・」

中学生レベルだ理解しろ!と怒鳴りつけたいのを必死で我慢しながらリツコは言う。

「・・・判りやすく言うと、ATフィールドの形を変えて攻撃にも使えないか実験するの」手に持っていた紙面を一枚捲ると、分割されたATフィールドが帯状になってイスラフェルを捕まえる寸前の映像が白黒写真で写っていた。

「エヴァと使徒との戦いでは何度も第零使徒が姿を見せてるのは知ってるわね?あの使徒はATフィールドを自由自在に使いこなせてる、だったらエヴァでもそれが出来る筈。判った?」

「あんた、それ位言われなくても気付きなさいよ!本当に馬鹿なんだから・・・」

「・・・しゃあないやろ、漢字は難しいんや」

「ま、漢字は確かに難しいのは認めるけどね・・・」

(あんたの勉強不足でしょ)とアスカは続けたかったが、その前にリツコに止められた。

「お喋りはそこまで、まずはトウジ君。エントリープラグに入って頂戴」

そして実験が開始された。





実験が終わった後のアスカとトウジは不機嫌の絶頂。レイはどこか沈んだ印象を受けるが表情はいつもと同じく無表情だった。

「本当にATフィールドって変形するの?」

「せやな・・・張れても腕動かして振り回すんやったら出来るんやけど・・・」

「・・・・・・」

出力差はあえて無視しておいて三人のエヴァは全てATフィールドを張ることには成功している。レイについては零号機、初号機双方で。

前からなのでこれは進歩とは言えないが、意図的に位置をずらす事には成功した。

自然体や武道の構えをとった状態では前方、上空、後方など任意の位置に八角形のATフィールド。

両手を前に伸ばして手の平からATフィールドを出す場合は手を動かせば上下左右の位置を動かす事は出来た。

だがシンジの様に背中に12分割して展開したり、全体の数割を分けて動かしたり、帯や剣の様に細身のATフィールドを発生できなかったり、四角形や六角形のATフィールドを作ったり、ましてや太平洋艦隊戦でシンジが見せたATフィールドの投擲など全く出来なかった。

今出来る事はATフィールドを展開して両手を使った幅広い鈍器として使うのが精一杯だろう。範囲がエヴァの周り限定なので今までのATフィールドとあまり変わりないが・・・。

リツコはこの事態を予想していたが、チルドレンとしては面白くない。

何しろ憎むべき、倒すべき”敵”に出来る事がこちらに出来ないのだ。苛々しても致し方ない。

「こうなれば練習よ、ジャージにファースト!!」

「おう!打倒使徒!向こうにできるんやったらわい等にも出来る筈や!!」

「構わないわ」

その後も二度ほどシンクロと同時並行でATフィールド展開実験は行われたが、結果は変わらなかった。

生死に観点を置いた勝敗は別にしてATフィールドではシンジを超える者は愚か近づくチルドレンすらいなかった。

それが彼らとシンジの間に更なる溝を作っていった。



◆―――開発区マンション403号室、碇シンジの場合



(あはははははは)

(痛かったな綾波)



(あはははははは)

(僕のほうが早かったよトウジ)



(あはははははは)

(あんまり目立たなかったねアスカ)



(あはははははは)

(でも血の一滴も出なかった)



(あはははははは)

(皆僕がいらないんだ)



(あはははははは)

(皆僕を殺そうとするんだ)



(あはははははは)

(でも僕は使徒として生きている)



レイの済むマンションの403号室で復元させた左手を開いたり握ったりしながらシンジは物思いに耽っていた。

人であった時に捨てられた誰も自分を見なかったと自分で作り上げた周りに対しての印象とは違う本物の殺意。

碇シンジと言う使徒を敵として認識した上で殺そうとする意志。



(愛情の反意語は憎悪ではなく、無関心である)

(マザー・テレサ・・・だっけ?)

(愛情と憎悪は似て否になるもの)

(どちらも感情を僕にぶつける事に変わりは無い)



シンジの寂しさは色々な形で補われていった。

例えそれが今だけのものだと知っていてもシンジは偽りの幸せに浸っていた。

それがすぐ醒める夢だと言う事もシンジは知っていた。



(寂しい!)

(さびしい!)

(サビシイヨ!!)

(でも誰が僕を見てくれる?)

(誰も僕を見てくれない)

(強いからどうしたの?)

(そんなの何の意味もない)

(殺すなら!殺すその瞬間まで僕を見て!!)

(見続けてよ!!)



◆―――コンフォート17



アスカはしばらくネルフの用意したジオフロントの個室に住んでいたが、諸事情によりミサトと同居する事になった。

『子供を一人にしておけないわ!』などと保護者意識を思わせる思考も確かにあったが、自分の復讐の為にパイロットの手綱を取っていくのも必要だと思った事も確かだった。

荷物の量、一人でいる個室、ある程度知った人間との同居、様々な要因は合ったアスカだったが。引越し一日目にして早くも後悔していた。



「ミサト!何よこの冷蔵庫!!ビールと摘みに水しか入ってないじゃない!」

「やあねえ、机の上にお袋の味があるでしょ〜〜」

「さっきコンビニで買った惣菜じゃない!」



「それにしても汚ないわねえ、そんなんだから30で今だ独身なのよ」

「まだ29よ!」



「荷物が半分しか置けないじゃない!隣の部屋か下の階にでも移ろうかな」

「あ、それ無理。転居届けに学校の届け出にネルフのカードも全部変更しちゃったから、改めてやると二週間はかかるわよん」

「何でこう言う仕事は早いのよあんたは・・・」



「ところで当番決めるけど、ジャンケン知ってる?」

「知ってるに決まってるじゃない!」

「負けないわよ?」

「ふんっ!このあたしに勝とうなんて百年早いわ!!」

五分五分だったがお互いほとんど決めたとおりにやらないのは必然だった。



「こっちが私の部屋?げっ、鍵の無い部屋なの?無用心ね」

「日本人の心情は、察しと思いやりだからよ〜〜それとも誰かに襲って欲しいの?」

「そんな訳無いじゃない!!・・・でも加持さんだったらいいかも」

「あんっ!?」

人を射殺す視線のミサト、アスカは気付いていない。

「ま、他に人いないみたいだし。大丈夫・・・か」





セカンドインパクト以前東京にあった夢の島を思わせるミサトの住居は滅多に見せないアスカのやる気とビールを人質にとられたミサトによって一時間徹底的に掃除して何とか人の住める場所となった。

食生活は二人とも作り手になれないので外食かコンビニ弁当のみ。家事は自分の分のみ、気が向いたら相手のもやる。

これが二人の基本スタイルとなった。

何事もあったがこのまま終われば平和なのだが、最後に一波乱あった。



「いやあ〜〜〜エッチ!馬鹿!変態!!」

「クエエエエエエ」

「動物の分際でこのあたしの裸覗くなんて良い度胸してるじゃない!!」

「クエッ!!クエエエッ!!」

「万死に値するわ!」



風呂に入ろうとしたアスカと、すっかり忘れられていた最後の同居人温泉ペンギンのペンペンが風呂場で出くわした。

ペンペンは二人が掃除している間にこっそりと風呂に入り湯船を満喫していただけで、突然乱入してきたアスカにこそ否がある筈なのだが。うら若き可憐な乙女を自称するアスカにペンペンの祈りは通用しなかった。

アスカは持ち前の戦闘能力ですぐさまペンペンを撲殺する。

全身に傷を負いながらも九死に一生を得たペンペンは、何とか自分の寝床に帰ることに成功するが。

後日アスカに『アンタ三日間飯抜き!!』と罰を与えられることになる。

こうしてとても同居とは言えない共同生活が始まった。

それは見せ掛けだけの茶番だった。