第九話
「二人目の被験者と親友の器」

◆―――太平洋直上、輸送ヘリ



「ミル55D輸送ヘリ!こんな機会でもなきゃ、一生乗る事なんて無いよ。全く、持つべき物は友達だよな、トウジ!」

「せやろ?友情っちゅうのは大切や!!」

ケンスケはトウジと楽しく話していた。

操縦者、その横にミサト。後ろの座席にトウジ、ケンスケが座っている。

「毎日同じ山の中じゃ、息苦しいと思ってね。たまの日曜だからデートに誘ったんじゃないのよん」

「ええっ! ほんなら、ホンマにデートっすかあ!? この帽子、今日のこの日のために買うたんですぅ、ミサトさん!!」

トウジは帽子を被り直して気を引き締めるが、格好はいつものジャージ姿なのでどこが変わったのか本人以外非常に判りにくい。

辛うじて『肩の線がいつもより一本多い』位である。

現在このヘリはセカンドチルドレンと弐号機の迎えに来ていた。

ドイツから太平洋艦隊を使って輸送される弐号機とその専属操縦者。

使徒の生態はいまだ解明されていないが、第三新東京市を目指して来ることは判っていた。

だからこそ緊急時に備えレイは第三新東京市へ残ってこの場には居ない。

ケンスケはトウジの友達でミサトの誘いもあって同乗を許可された。



そうこうしていると雲が開けて大海原を行く十数個の船が眼下に見える。

「おおぉっ!空母が5!戦艦が4!大艦隊だ・・・ほんと、持つべきものは友達だよな」

「これが豪華なお船?」

ミリタリーマニア・ケンスケは思っても見なかった撮影チャンスにカメラを素早く太平洋艦隊に向ける。

それに引き換え、『デート』の言葉で喜んでいたトウジは無骨な戦艦に気落ちする。

「まさにゴージャス!さすが国連軍の誇る正規空母、オーヴァー・ザ・レインボウ!」

ケンスケは撮影しながらも独り言を呟きまくる。

もしかしたら自分の知識を回りにひけらかしているのかもしれない。

「あんな老朽艦が良く浮いていられるものね」

「いやいや、セカンドインパクト前のビンテージ物じゃないっすかあ」

ミサトの感想に便乗するようにケンスケは更に言う。

わざわざ太平洋艦隊勢ぞろいで弐号機とパイロットを輸送してきてくれたにも関わらず、この言い草。

この態度がネルフの評判を著しく落としている事だということにミサトは気付いていない。

ネルフの悪しき風習である。



◆―――オーヴァー・ザ・レインボウ



「はっ、いい気なもんだ!玩具のソケットを運んできおった。ガキの使いが」

底部に『UN』と白く印字されたエヴァの電源用ソケット。

ヘリはそれをしっかりと掴みながら静かに太平洋艦隊の一つに着艦する。

その光景を双眼鏡越しに眺めていた毒舌艦長とは別の位置から一人の少女が見ていた。

腰まで伸びた赤毛に薄着のワンピースを来た美少女、髪の中にエヴァ搭乗の際に使用する紅いインターフェイス・ヘッドセットが取り付けられていた。

彼女の名前は惣流・アスカ・ラングレー。セカンドチルドレンである。





「おお、凄い!凄い!凄い!凄い!凄い!凄い!凄すぎる〜〜!男だったなら涙を流すべき状況だね、これは!」

まるで幼児が始めての玩具を手に入れたように大喜びであたりを撮影しまくるケンスケ。

ヘリが着陸後、一番出口に近かったケンスケは、降りると同時に辺りを撮影をし始めた。

戦艦を遠くから撮影したことはあった、試しで小さな船に乗ったこともあった。だがこれほどの大艦隊の上はエヴァのエントリープラグ内同様これまでに無いほど感激できるものだった。

特にエントリープラグ内と違い、今回はカメラは壊れないで撮影を続けることが出来る。

「はぁぁ〜〜凄い!凄い!凄い!すっごーーーーい!!」

「まて、待たんかい!?」

ケンスケの後を追うようにトウジの帽子が飛ぶ。

船の上というのは遮蔽物が著しく少ないので、風をもろにくらう。

ヘリから降りると同時に風の洗礼を受けて、すっぽ抜けた帽子を必死に追うトウジだった。

ミサトが『同乗・・・止めときゃ良かったかしら?』などと思っても今更後の祭り。

周りの船員や軍人から冷たい視線を浴びせられながら頭を隠すように抱えながらヘリを後にする。

「止まれ、止まらんかい!?」

ケンスケを追い越し、それでも止まることなく風に流されつづけるトウジの帽子。

ある人影の足にぶつかってようやく止まったので、トウジは思わず安堵の息をつくが。その足が帽子を思いっきり踏んだので叫んでしまう。

「ぁあっ!」

「Hello、ミサト。元気してた?」

「まあね。あなたも、背伸びたんじゃない?」

「そ。他の所もちゃ〜んと女らしくなってるわよ」

トウジは必死になって踏まれた帽子を取り返そうとするが、足は全く動かず帽子はいまだ踏まれたまま。

その苦悩の判った上で、踏んだ本人はミサトと話していた。

カメラを持つケンスケ、足元で苦戦するトウジ。ミサトがトウジに紹介し様とした所ちょうど強風が甲板に通った。

アスカの服装は前述した通り薄着のワンピースでスカートである。

丈の長さは膝まで無いので、風が吹けば当然捲れる。



パンッ!

パンッ!



アスカの足元でしっかりと捲くれあがったスカートの中身を目撃したトウジ。

天性の勘か、たまたま運が良かったのか。カメラをアスカの方向に向けてしっかりとスカートの中身を撮影したケンスケ。

二人の頬にはアスカの手の平の跡が赤く刻まれた。

「何すんのや!」

「見物料よ。安いもんでしょ」

トウジが起き上がって叫ぶが、アスカは”当然だ”と言わんばかりに言い返す。

ちなみにケンスケへのビンタは頬だけではなくついでにカメラまで破壊していた。

「何やてえ。そんなもん、こっちも見せたるわっ」

対抗意識を燃やしながらトウジは自分のズボンを脱ぐ。

勢い余ってか、元々そうするつもりだったのか。ズボンだけでなくパンツも一緒に脱げて、トウジは下半身丸出しをアスカの前に晒す。

「ぅわあっ!何すんのよ!!」



パンッ!



結果トウジは両頬に手の平の跡を付ける事となる。

「・・・で、噂のフォースチルドレンはどれ?・・・まさか今の・・・」

何とか気を取り直して同じチルドレンを確認しようとするが、万が一にもありえない事態を想像してトウジに向き直る。

アスカは『そんな訳無いわよね』と思っていたが、現実は時として冷酷かつ無慈悲である。

「・・・・・・そうなのよアスカ、”それ”がフォースチルドレンの鈴原トウジ君なの」

中学二年とはいえ、あまりにも無様な様子を見せてしまったので。ミサトもフォローする気が無いのか力が抜ける。

「嘘でしょ!?」

「・・・本当なのよ、それでトウジ君・・・その子がエヴァンゲリオン弐号機の専属パイロット、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーよ」

何とか自分の職務を思い出して、両頬に跡を作ったトウジに紹介する。

「ファーストチルドレンは起動するかしないかギリギリのシンクロ率、素人のフォース、サードは行方不明だって言うし。まともな戦力はあたしだけね」

「なんやと?もういっぺん言うてみい!!」

トウジはビンタのショックから立ち直ってアスカに掴みかかるが、幼少のときからエヴァのパイロットに選ばれて軍事訓練も行っていたアスカに喧嘩だけで鍛えたトウジが適う筈もなく横に避けて足を引っ掛けられただけで転倒する。

「今まで来た使徒は何とか倒したらしいけど。このあたし、惣流・アスカ・ラングレーが使徒なんてあんた達よりもっと美しく倒してやるわ!」

確かに言うだけの事はあり使徒との実戦経験こそレイとトウジに劣るものの、単純な格闘力としてはアスカが群を抜いている。

だがそれだけで勝てるほど戦争は甘くなく、また使徒はそれほど弱い相手ではない。

まだアスカはその事を知らない。



◆―――オーヴァー・ザ・レインボウ、館長



「おやおや、ボーイスカウト引率のお姉さんかと思っていたがぁ、それはどうやらこちらの勘違いだったようだなあ」

皮肉が混じった艦長の言葉。ミサトは内心腸煮えくり返るほど怒り心頭だったが、自分の仕事を思い出して何とか自制する。

しかし提示した自分の身分証明書の体重や生年月日が黒くで塗りつぶされているので艦長側としてもかなり寛大な言葉ではある。

「ご理解いただけて幸いですわ、艦長」

「いやいや、私の方こそ久しぶりに、子供たちのおもりができて幸せだよ」

「すっごい〜すっごーーい」

艦長に副長、向き合うミサトを前方にトウジとアスカ。

ケンスケはさっきからブリッジ内と窓からの戦艦風景を撮影し続けて話の邪魔をしている。

「この度は、エヴァ弐号機の輸送援助、ありがとうございます。こちらが非常用電源ソケットの使用書です」

「ふんっ。だいたいこの海の上で、あの人形を動かす要請なんぞ聞いちゃあおらんっ!!」

艦長はファイルを受け取りながら自分たちが予想していなかったネルフと言う組織の乱入に腹を立てて言葉に少し怒りが混じる。

「“万一の事態に対する備え”と理解していただけますか」

「その万一に備えて、我々太平洋艦隊が護衛しておる。いつから国連軍は宅配屋に転職したのかな?」

「すっごい〜すっごーーい」

やはりケンスケは邪魔しかしていなかった。

「某組織が結成された後だと記憶しておりますが」

そんなケンスケを放っておいて、副長は艦長の言葉にしっかりと答える。

「おもちゃひとつ運ぶのにたいそうな護衛だよ。太平洋艦隊勢揃いだからな」

「エヴァの重要度を考えると足りないぐらいですが。では、この書類にサインを」

受け渡しの紙を取り出して艦長に渡そうとするミサト。

「まだだっ。エヴァ弐号機および同操縦者は、ドイツの第3支部より本艦隊が預かっている。君らの勝手は許さん!」

だがミサトの行動に対して艦長は理論的に返すが、自分の行動を妨げられた事でミサトの額に青筋が浮かぶ。

それでも最大限の理性を働かせて、静かにミサトは言う。

「では、いつ引き渡しを?」

「新横須賀に陸揚げしてからになります」

「海の上は我々の管轄だ。黙って従ってもらおう」

副長に続くように艦長が重々しく言う。

「判りました。ただし、有事の際は我々ネルフの指揮権が最優先であることを、お忘れなく」

「カッコエエ〜〜」

持っていた書類を収めてファイルを閉じるその凛々しい姿に思わずトウジが感嘆する。



「相変わらず凛々しいなあ」

その中に第三者が乱入してきた。

「加持先輩!」

アスカが嬉しそうに言う男、加持リョウジ。見た目こそ30代に無精髭のだらしない格好に見えるが。スパイとしての仕事は超一流の持ち主である。

「どぉも」

「うへぇッ!」

アスカとは正反対に”何で!?”という驚愕と怒りを含めた表情をするミサト、変な声が出る。

「加持君?君をブリッジに招待した覚えはないぞ!」

「それは失礼」

艦長は突然の乱入者を叱り付けるが、当の加持は難なく捌く。





「では、これで失礼します。新横須賀までの輸送をよろしくお願いします」

頭を下げてブリッジを後にするミサト。

艦長と副長しか居なくなったブリッジで思わず本音が漏れる。

「Shit!子供が世界を救うというのか!」

「時代が変わったのでしょう。議会もあのロボットに期待していると聞いています」

「あんな玩具にか!バカ共め、そんな金があるのなら、こっちに回せばいいんだ」

艦長の視線の先には弐号機が乗せてある輸送艦が合った。



◆―――太平洋深海、同刻オーヴァー・ザ・レインボウ廊下



海の中と海の上で二つの動く物体があった。

海の中では静かに泳ぐ巨大な物体。

鋭角的なフォルムを持ちながら生物の滑らかさを持ち合わせた巨大な魚ともいえる物。

体長は軽く100mはあり、エイを巨大にすればこんな形になるかもしれないが。少なくともこれまで人類が見た海洋生物にこんなのはいなかった。

第六使徒ガギエル。

ただ還る、それだけの為にガギエルは太平洋艦隊に向かって海の中を進んでいた。



太平洋艦隊の船員は船乗りでありながら軍人である。

有事も平時の危機が迫ったら、一人の軍人として行動するのだが。今日はいつもと勝手が違った。

『中学生を連れたネルフの30歳独身の作戦部長(女性)が来る』という伝達があったのだ。

呆気に取られつつも、船員達は皆それを命令として受け取り。船内で見かけても『ああ、ネルフの奴か』としか思わなかった。

部外者ではあるが、一応客人の扱いなので。聞かれれば答えるが無視を通している。

だから誰も危機感を持たず、誰もその人物の歩みを止める事は無かった。

制服姿の少年、だがそれを見ても『またネルフか』と思うだけで誰も注意したりしない。

それが少年にとって嬉しくもあり、また虚しさの原因でもあった。

(危機感無いのかな?)

(加地さんの部屋に直接移動しても良かった・・・)

(折角、チャンスをあげてるのに・・・)

(まあ、この世界では僕は常識外だから・・・)

(仕方の無い事か)

少年は考え事をしながらある場所を目指して歩いていた。

誰も少年が使徒だとは知らぬまま。



◆―――オーヴァー・ザ・レインボウ、貨物エレベータ



エレベータには五人が固まって乗り込んでいた。

積載重量に問題は無いが、重量と大きさはまた別問題。五人は満員電車の様に詰め込まれた状態で乗っていた。

「何でアンタがここにいるのよ!」

そんな状態でもミサトの怒りは決して衰えず、加持に掴みかかるように言う。

「彼女の随伴でね。ドイツから出張さ」

「うかつだったわ。充分考えられる事態だったのに・・・」

決して会いたくないとは言わないが、出来るだけ会いたくない人物。それが現在のミサトにとっての加持リョウジという男である。

「「ちょっと、触らないでよ!」」

それまで何とか我慢していたミサトにアスカが加わり、男性陣を非難する。

「「仕方ないだろ?」」

加持とトウジは受け入れられる訳無いと知りつつも、何とか弁解する。

ケンスケは狭い中でも必死にエレベータの外の映像を撮影するのに夢中で聞いていなかった。



◆―――オーヴァー・ザ・レインボウ、客室



加持の荷物がある部屋、その部屋の中に一個のケースと一人の少年がいた。

少年はケースに手を伸ばしてゆっくりと開ける。

するとそこには人の胎児に似た”何か”があった。

少年は硬化ベークライトで固められているそれに手を乗せ、ゆっくりと目を瞑る。

すると”何か”は吸い込まれるように少年の手に融合し、一度脈打ったかと思うと少年の体の中に消えていった。

(・・・心を持たない肉体だけの存在・・・か)

(これが知恵の実の力・・・かな?)

(三個の欠片に器)

(後11・・・12個かな?)

少年は自分の指に僅かに傷をつけて一滴の血を垂らして、今までそこにあった”何か”と同じ物を作り出して硬化ベークライト中に沈めてケースを閉じる。

その後少年はいつも通りに消え。残った部屋では、今までどおり『何事も無かった』部屋が残った。



◆―――オーヴァー・ザ・レインボウ、食堂



「今、付き合ってるヤツ、いるの?」

食堂へと移動した六人は軽めの食事をとっていた。

テーブルの下では加持の足がミサトに伸びて、人知れず攻防戦を繰り広げていた。

「それが。あ、あなたに関係あるわけ?」

「あれ?つれないなぁ〜」

「ん!」

何とか加持の足を蹴り飛ばす事に成功するミサト、テーブル下攻防戦第一回はこうして幕を閉じた。

「君は、葛城の直属の部下なんだってね?」

「え、ええ・・・。形式上はそうなっとるらしいですわ」

トウジは突然話し掛けられた加持に、自分のネルフでの立場を思い出して何とか答える。

「じゃあ彼女の寝相の悪さが直ってるか知ってるかな?」

N2地雷に匹敵する爆弾発言を軽々と投下する加持。

「「「えぇ〜〜〜〜〜っ!?」」」

アスカ、トウジ、ケンスケはその言葉から『加持=ミサトの寝相を知る男=そう言う付き合いのあった男』へと思考が飛躍する。

思わず少し体を引いて二人から離れ、ケンスケ曰く『いや〜んな感じ』のポーズをとる。

「な・・・な・・・な、何言ってるのよぉ!!」

ミサトはいきなりの加持の言葉に顔を真っ赤にさせてテーブルを叩きながら加持に詰め寄るが、加持は全く気にした様子は無い。

「相変わらずかぁ、鈴原トウジ君」

「ミサトさん寝相が悪いん・・・!?・・・って、なんでわしの名前を?」

今まで知ることの無かったミサトの私生活の一部を垣間見つつも、初対面でいきなり自分の名前を知っていたことに不思議さを覚えた。

「そりゃ知ってるさぁ。この世界じゃ君達チルドレンは有名だからねぇ。何の訓練もなしに、いきなりエヴァを起動させたフォースチルドレン。ここにはいないけどファーストチルドレンのレイちゃんと協同して既に三体の使徒を倒している」

「そうでっしゃろ?どや、判ったか惣流!お前なんぞおらんでも使徒ぐらいわしが倒しちゃる!」

「何言ってんの!甲板であたしに手も足も出なかったくせに!」

「それとこれとは話が別じゃ!こっちにはお前に無い『実績』ちゅうもんがあるんや」

「ふんっ!そんなものこれから作ればいいのよ」

「負けるのが落ちじゃ、とっととドイツでもどこでも逃げかえればええんや」

「その台詞そっくりそのまま返してやるわ、この万年ジャージ男」

「ジャージは日本の芸術じゃ!侮辱は許さへんで!」

論点がどんどんずれてヒートアップするトウジとアスカの口喧嘩。

今だに『ミサト×加持』のショックから抜け出せないケンスケ、ミサトは頭を抱えながらテーブルを向いて『悪夢よ・・・悪夢だわ・・・』とブツブツ呟いていた。

「・・・じゃ、またあとで」

逃げるように加持はその場から消えた。





ようやく沈静化した口喧嘩を終えて、アスカは加持と共に甲板に出ていた。

「どうだっ、鈴原トウジ君は?」

「つまんない!あんながさつで野蛮なのが選ばれたチルドレンだなんて、幻滅」

アスカにしてみればエヴァに乗ることは世界一にも均しい名誉な事だが、いざ会ってみると素人だった。

幻滅しても無理はない。

「それでも彼らは確かに三体の使徒を倒してる、結果は認めてやっても良いんじゃないか?」

「偶然よ、あたしならもっとスマートに勝ってみせるわ!」

「期待してますよ、お姫様」



◆―――オーヴァー・ザ・レインボウ、エスカレーター



「しっかしいけすかん艦長にパイロットやったなぁ〜」

沈静化したといっても怒りが静まるわけでもなく、トウジはいまだ艦長とアスカに対して怒りを持っていた。

「艦長はきっとプライドの高い人なのよ、皮肉の一つも言いたくなるんでしょ?それにアスカは元々あんな性格だから大目に見てあげてね」

ミサトは大人の対応としてフォローを入れるが、艦長に対しての感想はトウジとほぼ同じである。

ケンスケは昇るエスカレーターの中でもカメラを回している。

「しっかし何ですか?あの加持っちゅう男は?」

「昔からなのよ、あの馬鹿!」

トウジの言葉にミサトは今度は怒りを隠しもせず言い放つ。

「ジャージ!!」

そんな会話はエスカレーターの上から声がかけられ中断する。

見上げてみると、そこにはアスカがいた。

「ちょっと付き合って」

この時、トウジの呼び方は『ジャージ』で固定された。ある意味『フォースチルドレン』より無様な呼び方である。



◆―――オーヴァー・ザ・レインボウ、弐号機輸送艦



アスカとトウジはエヴァ輸送艦にヘリコプターで移動して、エヴァを間近で見上げていた。

うつ伏せで眠るように冷却液に体を半分沈めた真紅の機体。

「真っ赤っかやな・・・血の色みたいで不吉や」

零号機、初号機、参号機でエヴァに見慣れているトウジはさほど弐号機に対して関心を見せなかった。

今まで見なかった”赤”と言う色にのみ着目する程度だ。

アスカは弐号機の飛び乗り、上から見下して話し掛ける。

「違うのはカラーリングだけじゃないわ」

意気揚々とそれが自分の凄さだと錯覚してアスカは言う。

「所詮零号機と初号機は、開発過程のプロトタイプとテストタイプ。参号機は弐号機の後継機で同じ実戦用だけど、乗るパイロットが違えば出せる性能も変わるわ。そしてあたしの弐号機こそが実戦用につくられた、世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ!!制式タイプのね」

「そんなん、使徒が出てこんと判らん事やんけ」

トウジは正論を言うが、アスカは自分の言葉に酔っているのか全く聞いていない。



ドゴォォォン



アスカの返答より早く、海を伝って衝撃波が弐号機の輸送艦まで届く。

《水中衝撃波!》

「爆発が近い」

「なんや!何が起こったんや!」

アスカだけ冷静に今の揺れを感知して、急いで外に出る。

するとそこには波しぶきを上げて船を切断する”何か”がいた。

「使徒やな!」

「あれが?・・・本物の・・・」

「あーー!何で参号機がないんや、こないな所で来るなんて聞いてないで!!」

ある意味アスカ以上に使徒殲滅に熱心なトウジは自分のエヴァが無い事を悔やんだ。

だが嘆いた所で現実が変わる事は無く、参号機は遠く離れたネルフ本部。トウジ自身の戦力はない。

「何とか本部まで・・・って離れすぎや!使徒が目の前にいるっちゅうのに何も出けへん!!」

一人叫んでいるトウジは隣で『ちゃ〜〜んす』と笑っているアスカに気付く事は無かった。



◆―――オーヴァー・ザ・レインボウ



水飛沫が艦隊の一つに接触すると、それが金属の塊である事が嘘の様に見るも無残に砕かれて爆発する。

次々と沈み行く船、原因不明の攻撃にブリッジの艦長は戸惑っていた。

《各艦、艦隊距離に注意の上、回避運動》

「状況報告はどうした!?」

《シンメリン、沈黙!タイタスランド、リカス、目標確認できません!》

「くそっ。何が起こってるんだ・・・」

船から見える情報は少なく、海中には巨大な移動物体があるとしか判別できない。

次々と船が沈む中、思わず艦長の口から弱音が出る。

「ちわ〜ネルフですがァ見えない敵の情報と、的確な対処はいかがっスかァ〜〜〜?」

ブリッジの入り口からミサトが顔を出して、そうとは聞こえないが情報提供を申し出る。

「戦闘中だっ。見学者の立ち入りは許可できないっ!」

「これは私見ですがどお見ても使徒の攻撃ですね〜」

ミサトがもっと情報の大切さを必死に売り込めば艦長も心を変えたかもしれない。

だが自分自身の作戦、あるいは自分の力で使徒を倒せないので。ミサトは太平洋艦隊が沈んでもいいと自分を納得させて、上辺だけ協力するような口調で言う。

「全艦任意に迎撃っ」

それにより艦長は自分たちでどうにかし様と躍起になる。

「無駄なことを」

使徒に対して通常兵器が聞かないことは知っていたので、艦長に聞こえない様に本音が出る。

その後からケンスケは戦況をひたすら撮影していた。





「こんな所で使徒襲来とは、ちょっと話が違いませんか?」

部屋に戻った加持は、窓から使徒の攻撃を見つつ電話で誰かと話していた。「そのための弐号機だ。予備のパイロットも追加してある。・・・最悪の場合、君だけでも脱出したまえ」

その声はネルフ総司令のゲンドウだった。

「わかってます」

加持は決心したように電話を切って、荷物のケースを手に甲板へと進む。

既にその中身がすり返られ、渡すべき物ではないと気付かないまま。





「やっぱり嫌や〜〜〜こないな格好。男の、いや漢の着るもんやない!!」

強引に弐号機の真紅のプラグスーツを着る事になったトウジ。

元々女性用のそのスーツにトウジの体型、胸部の薄いオカマに見える。





『何でわいがこないな物、着んとあかんのや?』

『あんた馬鹿?エヴァに乗る為に決まってるじゃない』

『これ・・・女物やないか・・・』

『仕方ないでしょ、予備のプラグスーツがそれしかないんだから。それとも怖い?』

『そうやない・・・ただわいの中の”漢”が拒否しとるだけや!』

『やれやれ、フォースは弱虫。これじゃあ役に立つパイロットは私だけね』

『なんやと!?』

『違うって言うの?このあたしの見事な操縦を間近で見せてあげたら、反論する気もおきないでしょうけど。乗らないんじゃ無理よねえ〜〜』

『そこまで言うんやったら見せてもらおうやないか!負けたら笑ろうたる』





見事に誘導されてプラグスーツを着る羽目になったトウジ。

もう少し、思慮が深ければこんな事にはならなかっただろう。

「ジャージ、着替えは・・・・・・・・・」

弐号機のエントリープラグを出して乗り込もうとするアスカの声が途中で止まる。

「何や!文句があるんやったら言うてみい!!」

「・・・ぷぷ・・・あははははははははは!!!」

「我慢や・・・耐えるんや鈴原トウジ」

アスカの笑いの原因がわかり過ぎているからこそ、激昂する事も出来ずトウジは必死に耐えた。

「あはははははは!!!」

静かに横たわる弐号機の周りをアスカの笑い声が響く。





「L.C.L Fullung. Anfang der Bewegung. Anfang des Nerven anschlusses. Ausoloses von links-Kleidung. Sinkuo-start」

ドイツに居た頃と全く同じシンクロの仕方、後方で『わいは漢や・・・、わいは漢や・・・、わいは漢や・・・』と自分を保とうとするトウジを無視してシンクロを進める。

ERROR!

ERROR!

ERROR!

だがエントリープラグ内には紅い警告表示が出され、シンクロは起こらない。

「何や?」

「思考ノイズ?あんた日本語で考えてるわね、ちゃんとドイツ語で考えなさいよ!!」

「ドイツ語?・・・うぁっ、ちゅわ・・・ねいむ。どや?」

それは英語だ、と突っ込みたいアスカ。

おそらく『What’s your name』と言いたいのだろうが、冷静なアスカは『駄目だこいつ』と結論付ける。

「・・・思考言語切り替え、日本語をベーシックに!!」

あまりの馬鹿さに呆れながら再シンクロ、今度はちゃんと起動する。

「エヴァンゲリオン、弐号機、起動!」





《オセローより入電。エヴァ弐号機、起動中》

ブリッジに響く輸送艦からの放送。

「何だと!?」

「ナイス!アスカ!」

「いかん、起動中止だ、元に戻せ!!」

艦長は急いでマイクを手に輸送艦に怒鳴りつけるが、横からミサトがマイクを取り上げる。

「構わないわ、アスカ!発進して!!」

「なんだとっ!!エヴァ及びパイロットは我々の管轄下だっ、勝手は許さんっ!!」

「なに言ってるのよ、こんな時に段取りなんて関係ないでしょっ!!」

艦長とミサトは綱引きの様にマイクを取り合いながら叫ぶ。

「し、しかし、本気ですか?弐号機はB装備のままです」

副長は双眼鏡を使徒から弐号機が立ち上がろうとする輸送艦に移しながら現実にある危惧を口にする。

ちなみにB装備とはエヴァの基本装備状態を示し、あくまで”陸上”での戦闘を考慮に入れているため海中ではほとんど機能しない。

「「えっ!?」」

思わぬ事実に艦長とミサトの声が一緒に出る。

《B装備・・・エヴァの・・・何やったっけ?》

《基本装備よ。海上じゃ動きが鈍る、あんたそんな事も知らないの!?》

スピーカーから聞こえてくるトウジとアスカの声。

「トウジ君も乗ってるのね!」

《おお〜〜ミサトさん、わいも乗っとります》

ミサトはB装備と言う事実を突きつけられて固まっている艦長からマイクを奪取して喋る。

「子供が二人・・・」

「試せるか・・・・・・・・・アスカ、出してっ!!」

呆然とする艦長を無視して、ミサトは情報収集も兼ねて命令を下す。

第四使徒戦では無残に止まった参号機でのダブルエントリー。

今回はあの時と違い、停止する心配も無いので堂々と言える。





「来よったで」

起動したことでガギエルにその位置を知られた弐号機。

ガギエルはスピードを緩めることなく輸送艦に突進する。

「行くわよっ!!」

他の船同様に輸送艦は真っ二つに引き裂かれるが、それよりも一瞬早く弐号機は空に跳んでいた。





弐号機が格納してあった輸送船、その一番近くにいた戦艦の一つに巨大な重量が追加された。

「う、うわあああ!!!」

乗組員は慌て、担当の船長は沈まないように船を操作する。

船の上に悠然と立つエヴァンゲリオン弐号機、真紅の機体は蒼い海と対照的にその姿を映し出し、優雅さがそこにあるが。足元の船は今にも沈みそうである。

「何処っ!?」

アスカは何とか着地の成功を喜びつつ、敵の位置を探る。

「あっちやあっち!!」

トウジは必死に指で方向を示すが、アスカとしては『左舷11時』などの口頭での方角を求めていたので脱力。

つくづくトウジが素人だと思い知らされる。

「ミサト!非常用の外部電源を甲板に用意して!!」

内心の怒りを誤魔化すように外部電源の指示を遠く離れた位置にいるミサトに言う。





「解ったわ!!」

「何をするつもりだっ!?」

ミサトはアスカの性格をよく知っているので、電源を用意させた意味とこれから何をするか瞬時に理解した。

だが横にいる艦長は何の事か判らず、マイクを取り返すことも忘れてただ呟く。

そして彼の疑問は数秒後には解消されていたが、別のショックが彼を襲う。

《さ、飛ぶよわ!》

《飛ぶ?何のことや?》



ドガンッ!

ドガンッ!

ドガンッ!

ドガンッ!



海上に鳴り響く船が拉げる音。

一隻、また一隻。沈む事は無いが太平洋艦隊の船がどんどん負傷していく。

使徒ではなくジャンプしながら移動するエヴァ弐号機によって。

途中で包まっていた防護布を捨て去って、跳んでいく弐号機。

操縦者の腕か、危機を察知して乗組員が逃げたのか。弐号機が着地する位置は船の甲板で人がいない場所限定なので死者はいなかった。

だがこれ以外急いで外部電源の位置まで行く事が出来なかったとは言え、この時点で太平洋艦隊はほとんどの戦力を使徒とエヴァによって失われた。





《予備電源出ました!》

《リアクターと直結完了!》

《飛行甲板待避ーーー!!》

《エヴァ着艦準備よし!》

ミサトと艦長がいる空母、乗組員の必死の作業により下準備は滞りなく行われた。

アスカの言うとおり外部電源は用意した、甲板から人は消え着地の場所も作った。

「総員、耐ショック姿勢!!」

「デタラメだ!!」

艦長の野次と副長の冷静な命令が下るが、それでも太平洋艦隊側としての万全の準備。

だが空母の大きさをもってしても、エヴァと言うのはあまりにも巨大な物体だった。

「エヴァ弐号機、着艦しま〜〜す!!」

「・・・・・・」

自分の操縦で海に落ちることなく弐号機を目的の場所まで持ってきたことで嬉々として言うアスカ、それとは対照的にトウジは予想外の衝撃に言葉が少なかった。



ドドーーーン!!



重量なら空母の一割弱、それでも巨大な物体に変わりないエヴァが空母の一箇所に着地すると船は傾いて甲板上にあった戦闘機『Su−27』が幾つか海中へと滑り落ちていく。

「もったいな〜い」

着地の衝撃で空母は今だ揺れているにも関わらず、窓からその様子を撮影していたケンスケは涙を流しながら思わず嘆く。

撮影根性だけなら一流のカメラマンに近いか同等であった。

弐号機は何とか体勢を立て直して空母を元の平らな位置に戻すが、海に落ちた戦闘機は返ってこない。

《目標、本艦に急速接近中!!》



◆―――弐号機



「正面や!!来るで来るで来よったで〜〜〜」

トウジは何も出来ないのを重々承知していたので、せめて使徒の居場所を報告するぐらい役に立とうと色々言うが。

はっきり言って五月蝿いだけであまり役に立っていない。

トウジのうろたえを聞きつつ、アスカは甲板に出された外部電源を弐号機の後部に接続する。

「外部電源に切り替え・・・・・・切り替え終了」

内部電源の残り時間が『88:88:88』の無制限に切り替わる。

『どうするつもりだ?』

『使徒を倒すには近接戦闘がベストです』

スピーカーからミサトと艦長のやりあいが聞こえてくる。

どうも言い争いは小康状態に入ったようだ。

「で・・・でかい」

トウジはミサトの声が聞こえていないのか、正面から来るガギエルを見据えていた。

ラミエルもそれなりに巨大だったが、あれは多角形で生物を思わせるフォルムではなかった。

だがガギエルは水上生物特有の生々しさと。エヴァの数倍、船並みの大きさを備えていた。

「思った通りよ」

内心トウジと同じくらい驚いていたアスカだったが、誤魔化す為少し声が大きくなる。

肩のウェポンラックから工具のカッターに似たプログナイフを出して前に構える弐号機。

あと数秒で衝突すると思われたその瞬間、ガギエルの口が開いた。

「何!?」

今までと違った動きにアスカは警戒するが、その疑問はすぐに氷解する。

開いた口に生えていた数十本の牙の内二割ほどを縦から横に方向を変えて弾丸として撃ってきた。

「嘘っ!?」

思っても見なかった遠距離攻撃に慌ててアスカはナイフを振るって数本を叩き落す。

恐るべきはアスカの動体視力と反射能力だが、生憎と弐号機の下の船舶にまで突き刺さる牙に対しては対処の仕様が無かった。



ドガッ!

ドガッ!

ドガッ!



船の横に突き刺さるガギエルの牙。

その一本一本はエヴァの腕と同じくらい太いので被害は大きくなる。

その様子に満足したのか、突進してくると思われたガギエルは急旋回して別方向から同じ攻撃を仕掛けてくる。





ドガッ!

ドガッ!



何とか自分に向かってくる牙だけは弾いて海に落とす弐号機。



ドガッ!

ドガッ!



だが船に当たる牙はその数をどんどん増やしていく。

例えエヴァが対使徒用の兵器とは言え、攻撃が当たらなければ意味はない。

「近くに寄って来なさいよ!!この卑怯者!!」

アスカは遠く離れた位置にいるガギエルに向かって叫ぶが、相手は気にした様子もなく牙を撃ち続けてくる。

何度打ち出しても次に口を開いたときには新しい牙が生えている、まるでサメの歯だ。

「ちっ!!」

また船体に幾つか穴が開いた。





「どうするんだね」

「・・・・・・」

近接戦闘がベストとか言っておきながら、それが出来ないので口を塞ぐしかないミサト。

この展開は予想外だった。

突進で船を沈めていた相手に遠距離攻撃があるとは思ってミサトだったが。そもそもこれまでの使徒に遠距離攻撃が合ったのだから次もそうである可能性は有る、それを考慮しなかったのは単なる認識不足に他ならない。

「被害は甚大だ、後数発打ち込まれたら船が沈む!」

「・・・・・・・・・」

事態は非常に芳しくない、それでもミサトには打開策が思いつかなかった。

誰もが口を塞ぐその時、望遠鏡で戦況を見ていた副長が声をあげる

「艦長、敵の動きが止まりました!」

「何?それは本当か」

慌てて艦長とミサトは窓から海を見ると、船の正面で動きを止めた巨体がいた。

そこだけ見ると小さな島に見える。

「何故だ?何故動きを止める?」

艦長の疑問には誰も答える事は無かったが、後方でケンスケは動いていた。

「今の内にディスクを・・・あ〜〜〜!!Yak−38改!!!」

使徒の動きが止まった事で、今にも撮影時間がなくなりそうだったカメラのディスクを変更しようとするケンスケ。その視線の先にまだ無事な戦闘機が一台姿を現す。

『お〜〜い、葛城〜〜』

「加持〜〜」

そこから聞こえてくるのはミサトの知り合い兼昔の恋人加持の声だった。

ひょっとしたらこの劣勢を覆す何か策でも?あるいはこの事態の説明を?と笑顔で加持の名前を呼ぶミサト。

『届け物があるんで俺、先行くわ〜〜。じゃあよろしく〜、葛城一尉〜〜!』

口をあんぐり開けてミサトは思わず固まる。

戦闘機は無情にもネルフに向かって突き進んでいく。

「に、逃げた・・・」

ケンスケは交換したレンズで戦闘機を撮影しながら思わず呟く。

その時、戦場では変化が表れた。



◆―――使徒VS使徒



(零距離攻撃の次は遠距離攻撃・・・)

(進化しつづける使徒・・・)

(やっぱりこれって僕のせいだね・・・)



シンジは”上空”からガギエルを見下ろしていた。

漆黒の布地が吹き付ける風で纏わりつき、白の長髪が後ろに引っ張られる。

少々自分の格好に違和感を感じているが、それでも目はガギエルから離さなかった。



バシュッ!



鈍い音を立てながら一本の牙がシンジに向かって発射される。

シンジは慌てることなく、背中に生やした12枚の羽の内一枚を少し広げて斜めに構える。

牙がATフィールドを接触すると、力のベクトルが斜めに逸らされてシンジの横を通り抜けて海へ落ちる。



バシュッ!

ガンッ!

バシュッ!

ガンッ!

バシュッ!

ガンッ!



連続して発射される牙に対しては、6枚の羽を六角形に展開して正面から受け止めて叩き落す。

船体をいとも容易く貫いた牙だったが、シンジのATフィールドは破れない。





「何・・・あれ?」

弐号機に写る映像でアスカとトウジもそれを見ていた。

上空に打ち出される牙をいとも容易く跳ね返す漆黒の人影。

「あれは使徒や、わい等は第零使徒って呼んどる」

「あれも・・・使徒?」

初めて戦う巨大な使徒もアスカの常識外だったが、空を浮かぶオレンジ色の羽を生やした人に見える使徒は更に常識外だった。

「せや、わし等の敵。使徒やないとあんな芸当でけへんからな」

「使徒・・・・・・」

アスカが持つ使徒のイメージは『正体不明の巨大な生き物』だった。

だからこそのエヴァンゲリオンなのだが、今眼前にいる使徒と呼ばれる生き物は人に酷似していた。

『だが、あれは使徒』

アスカの中でトウジが考えて似た結論が出る。

(使徒)

(使徒!)

(使徒!!)

(使徒!!!)

(使徒はあたしが倒す!)

アスカもまた、トウジの様に姿形が何であれ『使徒殲滅』と言う大義名分を自分の中に作り出す。

《アスカ、聞こえる!!》

自分の中で答えを導き出した時、ミサトからの通信が入った。

「聞こえるわよミサト」

《別の船からの連絡が入って、使徒のコアは口の中にある事が判ったわ。プログナイフを投げて破壊するか、口の中に入って紅い球体を直接叩いて!!》

ミサトとしてもゲンドウから殲滅対象順位としてシンジの方が高い事は知っていたが、今の現状ではシンジの助け無しではガギエルを倒せない可能性が非常に高い。

だが下された命令は、どうしようもない無理な注文である。

現在ガギエルは体の大半を海中に沈め、上を向いてシンジと戦っている。

口から侵入しようにも船から離れすぎて辿り着けない。

船を移動させようにも動力がガギエルの牙で半壊状態で即稼動させるのは危険。

それに現在、牙が休むことなく撃ち続けられているので例え侵入あるいは投擲にしてもその前に打ち落とされる。

別案が無いのは判るが、どうしようもない命令である。

「無理に決まってるでしょうが!コアなんて見えないじゃない!!」

当然アスカは反論するが、ミサトは気にせずに続ける。

《今の所、他に手が無いの。チャンスを窺ってやって頂戴》

「・・・りょ〜かい」

あまりのお粗末さに気の抜けた返事を返すアスカだった。





(思ったより連射精度がいいな・・・)

(さすがガギエル)

(でもまだ甘い)

(右翼、左翼、投擲姿勢)

(盾の横をすり抜けて砲撃開始!)

(僕・・・ちょっと格好いいかも・・・)



シンジはガギエルと弐号機の間に入る為に位置を移動していく。

その間に残った6枚のATフィールドが打ち出される牙を蹴散らしながらガギエルに突き刺さる。



ブシャッ!



鮮血が海を染めるが、羽が突き刺さったままでもガギエルの砲撃は止まない。

シンジの位置が弐号機前方の斜め上、弐号機から見てガギエルのコアが目の前に見えた。

(使徒同士が移動してる)

(これはチャンスね!)

(砲撃の止むタイミングを見計らって投擲・・・)

(これしかないわ!)

プログナイフを槍投げの構えで片手に構え、アスカは気を窺う。

「おい、惣流。殲滅すんなら空中のあいつが先やで!そういう命令が出てんのや」

後方でトウジが何か言っているがアスカはほとんど聞いていない。

目で見る限り脅威はシンジではなくガギエルの方にある。

命令?そんなもの知った事か。

殲滅するにしても、あのデカブツの後でも問題ない。

「惣流?聞いとんのか?」

もちろん聞いてない。

(五月蝿いだけで何も役に立たないなら黙れ)

(邪魔をするな)

(使徒はあたしが殺すんだ!)

「惣流!!」

トウジの声と、新しく発射されたシンジの羽がガギエルの口に突き刺さるタイミングが重なる。



ブシャッ!

ブシャッ!



口を開いたままの状態で貫かれたガギエルは一瞬動きを止め、これをチャンスと見たアスカはすかさずナイフを投げる。

「とりゃああああああああ!!!」

銃弾の様に回転しながらプログナイフはガギエルのコアに向かって真っ直ぐに進む。



(まずい!カヲル君の魂!!)

(ディラックの海へ!!)

(たいしたもんだよアスカ)

(一瞬の隙を見逃さないその心)

(やっぱりアスカはエースパイロットだよ)

(ただそれだけの価値だけどね)



ナイフがコアに突き刺さるのと、シンジがガギエルの口の中に現れるのはほぼ同時だった。

ナイフはコア抉りながら、球体の半分を叩き割って動きを止める。

一瞬の静寂。

そしてガギエルの体は海上で爆発した。



ズガーーン!!



◆―――新横須賀



爆発した使徒と、いつの間にか消えた使徒。

例えシンジが空中にいたとしてもエヴァのナイフは爆発の衝撃でどこかにいってしまったので、攻撃方法が無いので殲滅はどんなに楽観視しても無理だったろう。

弐号機に外傷や破損は見られなかったが、その代わりに太平洋艦隊はほぼ壊滅状態に陥った。

一番酷いのは、ガギエルの牙が突き刺さったまま新横須賀まで運行した艦長の乗っていた船だ。

それでも何とか到着に成功し、命令どおり弐号機を降ろす。ケンスケはその様子を撮影していた。

レンズから視線を外し後ろを見ていると、そこにはプラグスーツを着たアスカが船から降りていた。弐号機同様真っ赤なプラグスーツを着込んでいるので目立つ。

だがそれよりもケンスケを驚愕させたのは、同じプラグスーツを着たトウジの存在だった。

「いやあ〜〜んな感じ!!」

「ケンスケ!!後生や!わいを哀れに思うんやったら撮らんといてくれ!!」



◆―――ネルフ本部、司令室



「いやはや、波瀾に満ちた船旅でしたよ」

ネルフ総司令官公務室にて、太平洋艦隊から一足先に逃げた加持がゲンドウと話していた。

「やはり、これのせいですか?」

そう言いながら机の上に置かれたスーツケースを開く。

するとそこにはシンジが眺めていた実物そのままの物があった。

紅い固形物で囲まれた人間の胎児にも見える生き物。

「すでにここまで復元されています。硬化ベークライトで固めてありますが、生きてます、間違いなく。人類補完計画の要ですね」

「そうだ」

ゲンドウは普段はめったに見せない表情、嬉しそうに口を歪めながら言う。

「最初の人間、“アダム”だよ」



◆―――第壱中学、翌日



「ホンマ、顔に似合わずいけすかん女やったな」

「ま、俺はもう会うこともないさ。ご愁傷様、トウジ」

ケンスケとトウジの話題は昨日の出来事である。

顔と性格は一致しないの生き証明を見て、二人の意見は一致している。

ケンスケはネルフとは無関係だが、トウジは同じパイロットとして顔を合わせなければならない。

そんな会話をしていると、ドアが開いて誰かが入っていた。

「ん?・・・・・・ああああ!!!」

その人物に指を刺しながら驚くトウジ。

自分の名前をドイツ語表記で黒板に書き、皆の方に振り向いて太平洋艦隊の上では見せなかった笑顔を見せて言う。

「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくっ」

(猫かぶりや、やっぱいけすかん女や)

(性格は悪い!でも被写体としては売れるぞ!!)

色々な思いが渦巻く2年A組の朝だった。



◆―――余談



なお、太平洋艦隊とエヴァ弐号機、プラグスーツを着たパイロット両名を撮影したケンスケのデータは。機密保持ということで全て没収された。

残るのはケンスケの記憶のみで、トウジの赤いプラグスーツ姿は秘匿とされた。