第七話
「変えられないチルドレンの仕事」
◆―――第三新東京市、エヴァ射出口
「うごがあああああああ!!!」
トウジは胸に焼きごてを押し付けられたような錯覚を味わった。
熱く強い。火で殴られたらこんな感じやろか?などと場違いな事を考える余裕もなく、トウジは一瞬で気絶した。
だから今回も見る事は無かった。
ラミエルの加粒子砲と参号機の間に現れた人影の事を。
◆―――ネルフ本部、発令所
《参号機前方にパターン青、および強力なATフィールド発生!!》
「何ですって!」
『参号機を戻して』というより前にミサトは突然の使徒発生にただ驚いていた。
彼女がもう少し有能なら驚くより先に参号機の収納というやるべき事に気付くだろうが、それよりも使徒の方が優先されたらしい。
モニターに移るその姿。
発令所の誰もがその人物を知っており、『ああ、また出た』や『敵なのか?』と幾らか考える余裕の出てきた人もいる。
参号機の胸部装甲の前に浮かびながら、片腕を前に出し12枚の羽を一点を中心に傘の様に広げて加粒子砲を防ぐのではなく参号機の回りに流している。
無能な作戦部長の指示の元、加粒子砲の砲撃に晒された参号機の前に立ち砲撃を安々退けるのはシンジだった。
永遠とも言える時間が過ぎ去って行くが、加粒子砲が止まる気配は一行に無い。
(威力は前のまま)
(加粒子砲の持続時間が延びたかな?)
(トウジは大丈夫かな?)
無能な作戦部長が呆けているのに気がついたリツコは慌ててオペレータに最適と思える指示を出す。
「いけない!参号機を戻して!」
ジオフロント内に戻る参号機、モニターには参号機が地上から消えると同時シンジも消えて地面を抉る加粒子砲が写っていた。
モニターに写るビルが一個、地面に一つクレーターが出来上がった地上。
《パターン青、消失しました・・・・・・》
そこには先ほどまでいた筈のシンジの姿はどこにもいなかった。
「け・・・ケイジに行くわ、後よろしく!!」
ミサトは何を思ったのか、負傷した参号機のケイジへと向かった。
リツコが止める間もなく発令所から消えてしまったので、仕方なくリツコが指揮をとり初号機出撃の停止と敵の分析、そして参号機およびパイロットの状態を調べた。
最初の高熱による一撃でショック状態になったのか、トウジはただ気絶していることがプラグスーツの信号から判った。
外傷も無いのであるとしたら精神あるいは心の心配だろう。
とりあえずパイロットの休息と参号機の胸部装甲とコアの状態を調べるように指示を出した後、リツコはミサトの行動を思い返していた。
(ミサト・・・・・・ケイジに向かってどうするつもりだったの?)
(パイロットが心配だから?気絶してるのに労いの言葉でもかけるつもりだったの?)
(後よろしく?それでもあなたは作戦部長なの?)
(もしあの使徒が更に攻撃を仕掛けて第三新東京市を破壊していたらどうするつもりだったの?)
(初号機は?あなたの指示は生きてるからあのままだと出撃されてたわよ・・・)
思い返して頭痛がするような気分になった。
あまりにもお粗末過ぎるのだ。
その頃ラミエルは攻撃すべき対象がいなくなったので、本部直接攻撃を図るべく下方からドリルを出現させて地面に穴を掘っていた。
◆―――第三新東京市、市街
湖を走るモーターボートに誘導された初号機1/1サイズのバルーン・ダミーがラミエルに向かって接近させるが、使徒の反応は何も無い。
だが、ダミーが銃を構えた瞬間、使徒から加粒子砲が放たれ。モータボート共々ダミーは跡形も無く消え去った。
《敵、加粒子砲命中。ダミー蒸発》
ケイジから戻ったミサトはリツコが行っていた情報収集を強引に奪い取り、第五使徒の情報を集めていた。
「次」
使徒から離れた位置にあるトンネルから独12式自走臼砲が現れ、使徒に向け砲撃を行う。
だが、着弾の寸前で巨大なATフィールドが出現し、あっさりと弾かれてしまう。そして報復とばかりに加粒子砲の砲撃によって、独12式自走臼砲と線路はダミーの様に消えた。
《独12式自走臼砲消滅》
「・・・なるほどね」
ミサトは集めたデータに満足しながらも、敵の攻守のバランスのよさに思わず笑みを浮かべていた。
◆―――ネルフ本部作戦課、第二分析室
『これまで採取したデータによりますと、目標は一定範囲内の外敵を自動排除するものと推測されます』
「エリア侵入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち。エヴァによる近接戦闘は危険すぎますね」
ミサトの副官としてマコトは情報の分析の結果を報告するが、自分で言っていて『当たり前だろ』と考えていた。
「ATフィールドはどう?」
ミサトは余裕があるのか、考え込んでいるのか、癖なのか人差し指と中指にペンを挟んで振りながら話す。
モニターには使徒全体を覆う巨大なATフィールドが表示され、独12式自走臼砲の弾丸を跳ね返す映像が映し出されている。
『健在です。相転移空間を肉眼で確認出来る程、強力な物が展開されています』
「誘導火砲、爆撃などの、生半可な攻撃では泣きを見るだけですね。こりゃ」
「攻守ともにほぼパーペキ。まさに空中要塞ね・・・。で、問題のシールドは?」
ミサトの声でまたモニターが切り替わり、ラミエルの下方から地面に向かって伸びているドリルが映し出された。
一定スピードを保ちながら順調に掘り進んでいるその光景を見ながら、ミサトは『ジオフロントまで届く距離・・・あの巨体のどこにドリルが収まってたのかしら?』などと質量保存の法則を考えていた。
『現在、目標は我々の直上、第三新東京市0エリアに侵攻。直径17.5mの巨大シールドがジオフロント内のネルフ本部に向かい、穿孔中です』
「敵はここ、ネルフ本部へ直接攻撃を仕掛けるつもりですね」
「しゃらくさい!!・・・で、到達予想時刻は?」
『明朝、午前00時06分54秒。その時刻には22層、全ての装甲防御を貫通して、ネルフ本部へ到達するものと思われます』
ミサトはシミュレーションモニターの時計を見る。
「あと10時間たらずか・・・」
残り少ない限られた時間。使徒が現れてから猶予があると見るか、あまりにも少なすぎると見るか難しい所だった。
その頃地面を掘り進んでいたラミエルのドリルが第一装甲板に接触して少し動きを鈍らせるが、回転速度が低下しただけで以前掘ることは止まらなかった。
「で、こちらの参号機を状況は?」
ネルフ本部内・第8ケイジでは胸部装甲の中心がすっぽり抜け落ちたような参号機の姿があった。
「胸部第1装甲板は完璧に融解。でも思ったより被害は少なかったわね・・・」
参号機の胸部装甲板の取り外し作業をコーヒー片手に眺めているリツコ。
「あと10秒は照射されていても持ちこたえられたでしょうけど・・・」
リツコの隣でマヤが参号機の破損データを見ながら、リツコの意見をフォローする。
だが二人ともある事実をあえて喋らないようにしている為、語尾が小さくなる。
(被害が少ないのは使徒に助けられたからよ)
ネルフの一員として、また使徒を敵視するミサトの前でそんな事は言える筈が無く。二人は判っていながら今の結果だけを報告した。
《一時間後には換装作業、終了予定です》
「零号機は使えるの?」
ミサトは再起動が行えるようになった新しい戦力、零号機の事をリツコに聞く。
「再起動自体に問題は有りませんが、まだフィードバックに誤差が残ります」
「実戦はまだ難しいわね・・・使うなら初号機かしら」
コーヒーをすすりながらリツコは予想を口にする。
「参号機専属パイロットの様態は?」
「身体に異常はありません。神経パルスに変動が見られませんので問題ないでしょう」
緊急処置室のモニターにカプセルの中で眠るトウジが映っていた。
突然のショックで気絶しただけなので、重症患者のような扱いはしなくてもいいのだが、チルドレンがそれだけ大事にされていると言う証明だった。
《敵、シールド到達まで、あと9時間55分》
「状況は芳しくないわね」
「白旗でもあげますか?」
ミサトの弱音とも取れる発言に、マコトは冗談混じりに返した。
だがミサトは口に笑みを浮かべたまま、とっておきの悪戯を思いついた子供の様に嬉しそうにしていた。
「その前にちょっち・・・やってみたい事があるの」
◆―――ネルフ総司令官、公務室
「目標のレンジ外、超々長距離からの直接射撃かね?」
ミサトが提案した作戦を冬月は驚きを織り交ぜながら質問と言う形で返した。
「そうです。目標のATフィールドを中和せず、高エネルギー収束帯による一点突破しか方法はありません」
冬月は驚きと呆れが半々の顔だが、ミサトは自信満々な表情をしていた。
「MAGIはどう言っている?」
「スーパーコンピューターMAGIによる回答は、賛成2、条件付き賛成1でした」
「勝算は8.7%か・・・。」
「もっとも高い数値です」
100回やったら92回ほど負ける計算だが、ミサトは自分の発案に絶対の自信を持って答えた。
「反対する理由はない、やりたまえ葛城一尉」
ゲンドウは冬月が反対するよりも早く、ミサトに許可を与えた。
それに呼応したのか、性格なのか。ミサトは自信に満ちた力強い返事で答える。
「はいっ!」
ミサトの中では『自分たちの力で使徒を倒す』が優先され『共闘』と言う考えは浮かばなかった。
◆―――ネルフ本部、エヴァンゲリオン武器庫
エヴァ専用陽電子砲(ポジトロンライフル)円環加速式試作20型
エヴァ専用の武器だけあって、ミサトとリツコが横に立って見上げてようやく上が見える。
高さなら三階建ての建物に、銃身の端から端までは合わせるとまるで一つの橋に見える。
「しかし、また無茶な作戦を立てたものね。葛城作戦部長さん」
「無茶とはまた失礼ね。残り9時間以内で実現可能、おまけに最も確実なものよ?」
呆れた言い様のリツコに心外なとばかりに反論するミサト。
作戦部長としての顔が気を引き締めているが、内心ではこれまでの使徒戦の屈辱を晴らす絶好の機会だと考えて喜んでいた。
何しろ前々回は指示らしい指示は無い状態で使徒に横取り、前回は指示を出しながらほとんど横取り、そして今回はその使徒の助けられたのだ。
何としてでも自分の発案で倒したいミサトとしては嬉しくないはずが無かった。
「これがね・・・。でも、うちのポジトロンライフルじゃ、そんな大出力は耐えられないわよ?どうするの?」
「決まってるでしょう、借りるのよ」
「借りるって・・・まさか・・・。」
眉をひそめ、呆れも呆れるリツコ。
「そ、戦自研のプロトタイプ」
◆―――戦略自衛隊、つくば技術研究本部
『徴発礼状』ミサトはそう書かれた紙を軍人と研究員に突きつけて黙らせる。
「という訳で、この自走陽電子砲(ポジトロンライフル)は本日15時より特務機関ネルフが徴発します」
『どういう訳なんだ!』と突っ込むより早く、ミサトは国連直属のネルフに許された権力を行使して言ってのける。
「可能な限り、原型を留めて返却するよう努めますので」
決して『壊さないで返す』や『壊したら弁償します』や『絶対返す』等は言わない。
あえて”努力”と言う範疇で抑えておく事により、大破しても責任を取る気が無い意地汚さだった。この様子では返すかどうかすら怪しい。
「ではご協力感謝いたします、いいわよレイ持っていって!」
その合図でつくば技術研究本部の屋根が外れた。
そこにはレイの操縦するエヴァ初号機の姿があった。
「精密機械だからそおっとね」
ミサトはお気楽に言ってのけるが、研究員達は今にも失神しそうだった。
突然突きつけられた徴発礼状、屋根を壊して強引に持って行かれるポジトロンライフル。
(自分たちが何かしたか?)
ネルフと言う組織に対して反感の目がどんどんと育つ、いい見本だった。
怒りの目で見られている事に気付いていないのか、気付いて無視しているのか。ミサトはマコトと更に話を突き詰める。
「しかし、ATフィールドをも貫く、エネルギー産出量は最低1億8000万キロワット。それだけの大電力をどこから集めてくるんですか?」
マコトは心配そうに言うが、ミサトは『何そんな事聞いてるの?』と不思議そうな顔をした後、嬉しそうに言う。
「決まってるじゃない。日本中よ」
ミサトの後方ではレイによってポジトロンライフルが屋外に持ち運ばれた後だった。
この会話のすぐ後、日本各地でニュースや放送を通じてネルフの作戦によってとばっちりを食う事実が突きつけられた。
『本日、午後11時30分より明日未明にかけて全国で大規模な停電があります。皆様のご協力をよろしくお願いいたします。
繰り返しお伝えいたします。
本日、午後11時30分より明日未明にかけて全国で大規模な停電があります。皆様のご協力をよろしくお願いいたします』
◆―――ネルフ本部、総合作戦司令室発令所
《敵シールド、第7装甲板を突破》
予想通り順調にラミエルは地面を掘り進んでいく。
『もう少しゆっくり来なさいよ』等と希望的観測を考えるが、口にはしない。
「エネルギーシステムの見通しは?」
ミサトは自分の考えを誤魔化すように作戦の進み具合を確かめる。
神奈川県新小田原市ではアンビリカルケーブルで使われているような赤と青の巨大なケーブルが道路沿いにある山を目指して延ばされてゆく
「現在、予定より3.2%遅れていますが本日23時10分には何とか出来ます」
「ポジトロンライフルはどう?」
ネルフ本部技術局第三課(電磁光波火器担当)にはレイが持ってきたポジトロンライフルの各パーツが所狭しと置かれ、その間を機材と技術員達が走っていた。
電話に出るのは責任者の一人で、自らの仕事に誇りを持っているので自信を持って答えた。
「技術開発部第三課の意地にかけても、あと3時間で形にしてみせますよ!!」
「防御手段は?」
ネルフ本部第8格納庫にビルの壁面を引っぺがして立てかけたようなひし形の板があった。
「それは、もう盾で防ぐしかないわね」
「これが・・・盾ですか?」
マヤは不安そうに言うのも無理は無い。
確かに逆位置についている取っ手やエヴァを大きさの基本と考えれば盾とも言えなくは無いが、あまりにも無骨なのだ。
鉄板を何十にも貼り付けたらこんな物が出来上がるんじゃないかと思ったら、リツコが不安を打ち消すように説明する。
「そう、SSTOお下がり・・・見た目は酷くとも、元々底部は超電磁コーティングされている機種だし、あの砲撃にも17秒はもつわ。二課の保障つきよ」
「そいつは結構・・・で狙撃地点は?」
ミサトは脇にいる日向のモニターに映る地図に顔を近づける。
「目標との距離、地形、手頃な変電設備を考えるとやはりココです」
「ん〜。確かにいけるわね・・・」
そこはスーパーコンピュータMAGIが判断した位置で、ある山頂が表示されていた。
「狙撃地点は双子山山頂。作戦開始時刻は明朝0時。以後、本作戦を『ヤシマ作戦』と呼称します!!」
「了解っ!!」
(あとの問題はパイロットね・・・)
ミサトはこの作戦の是非を決める不安を胸に思った。
◆―――第8ケイジ直轄制御室
緊急処置室のカプセルから目をうっすらと開けたトウジが出てくる。
意識が朦朧としているのか、また目を閉じて眠りの世界へ落ちていったが、異常は見当たらなかった。
「トウジ君の意識が戻ったそうよ」
「そう」
緊急処置室からの連絡を受けたリツコはコーヒー片手にミサトに言う。
「でも彼、もう一度乗るかしら?」
「大丈夫よ、単純だから」
トウジは第四使徒戦から異常なほどやる気を見せている。
何故を問いただしたとき『乗る理由が判ったんです』と返されたが、シンジとの会話の細かい経緯は聞けなかった。
だがミサトにとって乗ってくれるならそれに越した事は無い。
トウジがいないのをいい事に好き勝手にミサトは言う。
「双子山決戦急いで!!」
◆―――中央病院、第三外科病棟
「・・・う・・・?」
薄手の毛布一枚をかけられたトウジの目がゆっくりと開く。
トウジは見慣れない天井を見ながら、ゆっくりとこれまで起こった事を思い出す。
「・・・・・・あれからどないなったんやろ」
元気が少し無くなりながらも、独り言を言える位意識が覚醒すると。
病室のドアが開いて食事のトレイを載せたワゴンを押して入ってきた。
「・・・なんや綾波か・・・」
トウジが話せる状態だと判断したレイは、ポケットから手帳を取り出して淡々と言う。
「明日午前0時より発動するヤシマ作戦のスケジュールを伝えます。
鈴原、綾波の両パイロットは本日、
1730、ケイジに集合。
1800、初号機、及び零号機、起動。
1805、発進。
1830、二子山仮設基地到着。
以降は別命あるまで待機。明朝日付変更と同時に作戦行動開始」
「そうか・・・わしはやられたんやな」
そう言ってトウジは上半身を起き上がらせる、レイはその様子を”しっかり”と見ながら持っていた袋詰にされた黒いプラグスーツを渡す。
「これ、予備のプラグスーツ」
「お、ありがとさん」
「寝惚けてそのままで来ないでね」
レイにそう言われて、ようやくトウジは自分の格好を改めて見た。
裸。
男として隠しておきたい大事な部分までしっかり露出して見られていた。
「うおおおおう!!綾波、見んな!!」
慌ててシーツを巻き上げて大事な所を隠す。
「食事・・・、持ってきたから」
慌てふためくトウジだったが、レイは無表情で冷静だった。
「汚名挽回・・・いや名誉返上のチャンスやな、しっかり食わな」
「・・・・・・・・・」
レイは基本的に回りの物事に無関心なのでトウジの言い間違えを正す事は無かった。
シーツを巻きつけただけの裸のままトウジは食事を食べる。
後ろを振り返らずにこれからをどうにかしようとするのが、現在のトウジの原動力となっている。それは強さでもあるが過去を振り返って失敗を補おうとしない脆さでもあった。
そんな様子を見ながらレイはある一言を伝えようか迷っていた。
だが結局レイはその一言を言わすに病室を出る。
トウジが妹の仇でもある使徒を憎んでいる事は知っているのも、言わなかった原因の一つかもしれない。
『あなたは使徒の攻撃から使徒に守られたのよ』
それは単なる事実だが、何故かそれが羨ましく思っている自分がいることをレイは感じていた。
◆―――第壱中学、夕暮れ
第壱中学の屋上では2年A組の男子生徒+一部女子生徒が集まっていた。
ネルフは出来うる限り報道管制で情報を抑えようとしたが、日本中の電力を消費する作戦なのでばればれだった。
それでなくても昼から使徒はずっと第三新東京市で穴を掘っているのだ。
この集まりの発端は必死になって情報を集めようとする人物の中でも、比較的情報を掴みやすい位置にいる男。
父親がネルフに勤務しているのをいい事に自宅でデータを盗み出す相田ケンスケが原因だった。
「それにしても遅いな。おい、相田!本当にこの時間のここでいいのか?」
生徒の一人はケンスケがエヴァを見に行くと言う独り言を聞きつけて、一緒に山を見ていた。
現在トウジとレイがエヴァのパイロットである事を知っているのはケンスケ一人だが、エヴァンゲリオンと呼ばれるロボットが使徒という敵を倒していると言う事実は第三新東京市に住むものなら誰もが知っていた。
巨大ロボット、好奇心旺盛な中学生なら一度は実物を見たいと思い。気が付けば人が人を呼び2年A組のほとんどが揃っていた。
「パパのデータをちょろまかして見たんだ。この時間に間違いないよ」
「でも出てこないぜ?」
ウ〜〜〜〜
低い地鳴りと鳴り響くサイレン。
それに連動するように山の一角がずれて中から巨人が姿を現す。
「エヴァンゲリオンだ!」
角を生やした紫色の巨人と漆黒の巨体、レイの初号機とトウジの参号機だった。
「おーー」
「すげえ!」
「かっこいい〜〜」
その頃参号機のエントリープラグ内では学校の屋上に見えるクラスメイトの姿をトウジが見ていた。
「何やってんのやアイツら、もう避難せなアカン時間やで?」
ケンスケの姿を見つけて(ケンスケの仕業やな)と思い立ったトウジは、軽く片手を上げて校舎に向かって手を振る。
「おお、応えたぞ!!」
「お〜いっ、頑張れよぉっ!」
「頼んだぞ〜〜」
思っても見なかった参号機の応対に、クラスメイトはいきり立ちながら声援を送る。
だが初号機はそんな様子を全く無視して片手に巨大な盾を持ちながらとっとと先に行ってしまう。
「あっちのパイロットはサービス精神無いな」
「黒いのみたいにやってくれりゃあいいのに」
(黒がトウジだとしたらあれは綾波だからな・・・)
そんな事する筈が無いと知っているケンスケは思わず苦笑する。
(トウジ、生きて帰ってこいよ!)
決して今この場では言えないエヴァのパイロットである親友にケンスケは心の中で応援を送る。
◆―――双子山山頂
エヴァ専用改造陽電子砲(ポジトロンスナイパーライフル)ネルフ仕様、元戦自研自走陽電子砲
技術開発部第三課の意地が実り、見事にそれは双子山山頂へ姿を見せた。
だが盾同様に無骨さとはみ出た精密機械に”急いで作りました”をどうしても感じてしまう、銃身が異常に長い巨大な銃だった。
「ホンマに”これ”大丈夫なんでっか?」
「理論上はね・・・。けど、銃身や加速器が保つか撃ってみなければ解らないわ。・・・こんな大出力で試射した事、一度も無いから」
リツコとしては『大丈夫よ』とは言ってみたいものの、試射も練習もやっていないぶっつけ本番の一発勝負なので。そんな事言えなかった。
時間がない、判ってはいるがどうしようもない問題だった。
そこにミサトが歩み寄ってきて、トウジとレイに向き合って話す。
「本作戦における各担当を伝達します」
仮設基地の強力なライトを浴びてミサトは目をつぶり、背に向きなおして言った。
「トウジ君?」
「はい」
「参号機で砲手を担当」
「はい」
「レイは初号機で防御を担当して」
「はい」
「これはトウジ君と参号機の方がシンクロ率が高いからよ。今回は、より精度の高いオペレーションが必要なの。陽電子は地球の自転、磁場、重力に影響を受け直進しません、その誤差を修正するのを忘れないでね。正確にコア一点のみを貫くのよ」
リツコが専門用語を含めて説明するが、勉強嫌いのトウジに判るはずが無かった。
全て聞いていたが、頭を抱えて悩んでいる。
「ようするにどうすればええんでっしゃろ?」
「・・・・・・・・・あなたは真ん中のマークが揃ったらスイッチを押して。あとは機械がやってくれるわ」
「ほなら判りやすくて助かります」
青筋を浮かべながら至って簡潔に言い直すリツコ、ようやく自分のやる事を理解したトウジは安心する。
「でも・・・一度、発射すると冷却や再充電、ヒューズの交換などで、次に撃てるまで時間がかかるから」
「せやったら一発目が外れた場合はどないなるんですか?」
「今は余計な事は考えないで、一撃で撃破する事だけを考えなさい」
リツコの説明にミサトが割り込むように叱責する。
そこに今まで黙っていたレイも割り込んできた。
「あたしは・・・あたしは参号機は守ればいいのね?」
「そうよ」
トウジと違って一言でリツコは答える。
「わかりました」
「時間よ、二人とも着替えて!!」
ミサトが時間を告げた。
「「はい」」
トウジとレイは仮設の更衣室で無言のまま着替えている。
いつものトウジならスケベ根性丸出しで、一枚のカーテンを挟んだレイの着替えシーンを凝視する所だろうが。
さすがにこれからやる大きな役目で緊張しているのか、自分のプラグスーツをただじっと見ている。
シュッ!
着替える音と、プラグスーツの空気を抜く音だけが更衣室に響く。
二人は双子山に急場で作られたエヴァンゲリオン搭乗タラップの最上段にならんで座っていた。
左側には初号機とレイ、右側には参号機とトウジ。
雲一つ無い星空、エヴァの顔がすぐ横にあることからかなりの高さなので双子山山頂で準備をしている光もここには届かない。
星と月の光が二人を照らす中、二人はずっと無言だった。
◆―――双子山山頂、ヤシマ作戦
《午前00時00分00秒をお伝えします》
第14大型移動指揮車、今回の作戦全ての情報を見つめながらミサトはマイクを手に参号機へ通信を入れた。
「トウジ君、日本中のエネルギーをあなたに預けるわ、がんばってね」
『わかりやしたっ!!』
腹ばいになってポジトロンライフルを構える参号機から気合が入った声が返ってきたので、ミサトは幾らか安心する。
「第一次、接続開始!!」
「第1から第803管区まで、送電開始!」
作戦指示通りに、オペレータが入ってくる情報を読み上げる。動き始めた変圧機が、高圧電力特有の鈍く低い唸りをあげる。
「全冷却システム、出力最大へ」
「温度安定、問題なし」
「陽電子流入、順調なり」
冷却機の周りは急激な気温低下で霜が現れ、それとは正反対に変圧器は回りに高温の火花を散らす。
「第二次、接続」
「全加速機、運転開始」
「強制収束機、作動」
「全電力、双子山変電所へ。第三次接続問題なし」
「最終安全装置、解除」
「撃鉄起こせ」
参号機はポジトロンライフルの撃鉄を持ち上げ、砲弾に見える砲門を銃身に添える。
モニターには『空』が『安』に『実装』が『火』の文字へと変わる。
「地球自転、および重力の誤差修正。+0.0009電圧発射点まで後0.2」
「第7自最終接続、全エネルギーポジトロンライフルへ」
この時日本中の電力全てがエヴァ参号機のポジトロンライフルへと集まった。
システムはエネルギーの総和と地球自転に重力、相手のコアの位置を計算して瞬時に計算結果を導き出す。
全エネルギーの収束、その秒読みが開始される。
「8、7、6、5」
あまりにも順調すぎる、その様子を嘲笑うかのように。ラミエルの円周部分が光を放つ。
『目標内部に高エネルギー反応!』
「なんですって!!」
今までずっと穴を掘る作業を行っていたので、このタイミングで攻撃が来るとは思っても見なかったミサトは思わず大声を上げる。
「4、3、2、1」
オペレータの冷静な声がミサトの意識を現実に戻し、0のタイミングで叫ぶ。
「発射!」
ポジトロンライフルから加粒子砲に匹敵する蒼いエネルギーが放射される。
それと同時にラミエルからも同様の出力の砲撃が参号機に向かって放たれる。
一直線にぶつかり合おうとするエネルギー。
二つのエネルギーはお互いに干渉しあって曲がり、片方はラミエルの後方の市街地へ。もう片方はポジトロンライフルを構えた参号機の後方の山へと激突して巨大な爆音を発生させる。
地面が揺れ動き、エヴァを含めた辺り一面が被害にあう。
第14大型移動指揮車も揺さぶられ。瞬時にモニターは回復するが、映し出されているのはいまだ顕在するラミエルの姿だった。
「ミスッた!!」
思わずミサトは唸りながら怒りを含めて叫ぶが、それとほぼ同時にラミエル下方から伸びたドリルがジオフロントへその姿を現した。
《敵シールド、ジオフロントに侵入!》
「第二射、急いでっ!」
トウジは急いでライフルのヒューズを交換しようとするが、後方から巻き上げられた衝撃で意識が朦朧となり。交換し終わるまで数秒のロスが生じてしまった。
「目標に、再び高エネルギー反応!」
急いでいないなら問題ないが時間との戦いになっている今、それはあまりにも致命的な浪費だった。
「ヒューズ交換、再充電開始!」
「銃身冷却開始!」
ポジトロンライフルの様子が敵の様子より遅く報告される。
「まずい!!」
あまりにも相手が早く、こちらが遅すぎる。
と言うより相手の連射精度を調べなかった作戦部長のミスである。
ラミエルの第二射までの時間は僅か5秒、圧倒的に時間が足りない。
「うおっ!」
エントリープラグ内のトウジの目に強烈な閃光が映し出された。
ラミエルの加粒子砲が、準備の全く出来ていない参号機に向かって放たれた。
トウジが目を開けるとそこには強烈な光と初号機の姿があった。
傍で控えていた初号機が、ラミエルの加粒子砲が放たれると同時に参号機と加粒子砲の間に滑り込んで防いでいた。
「綾波なんか!?」
トウジは思わず叫ぶが、事態は好転しない。
それどころか遅れた準備と相手の素早い反撃で盾は高温でどんどんと溶けていっている。
「まだなの!」
ミサトは苛立ちを抑えきれずオペレータに怒鳴りつけるが、時間が無い現実は決して変わらなかった。
「後15秒」
「間に合わない!!」
冷静な部分が冷酷な未来を告げる、盾は溶かされ初号機も参号機も加粒子砲の炎に晒される。
ATフィールドも12000枚の特殊装甲もあの砲撃の前では成すすべなく破壊され蹂躙されるだろう。
エヴァは破壊される。
どうしようもない現実が一秒単位で押し寄せようとしていた。
人は目の前に希望があればそれにしがみ付く。
言葉では否定しても心の奥底で強大な味方がいればそれに寄る。
だから誰もが安堵した、オペレータの告げるその言葉を聞いたときに。
「初号機前方、パターン青。使徒です!!」
ポジトロンライフル発射準備完了まで13秒前、盾が溶けるまで6秒前の事だった。
◆―――双子山山頂、エヴァ
ポジトロンライフル発射準備完了まで12秒
加粒子砲の砲撃と初号機の溶けかけた盾の間に12枚の羽のうち6枚を六角形にして加粒子砲を真っ向から防ぐシンジ。
残りの6枚はまだ背中に残っている。
参号機のトウジは始めて見る事態に慌てつつも砲撃体勢。
ポジトロンライフル発射準備完了まで11秒
「目標内部に、再び高エネルギー反応!」
モニターには高エネルギーを保持したまま、新たなエネルギーを作り出すラミエルの映像が映し出された。
もちろん加粒子砲は今だ止まっておらず、シンジのATフィールドが阻み続けている。
トウジ、只今状況についていけず混乱中。
ポジトロンライフル発射準備完了まで10秒
(加粒子砲の同時発射!?)
(とんでもない進化だね)
(僕がいなかったら確実に負けてたね)
(でもその程度じゃまだ甘いよ)
ポジトロンライフル発射準備完了まで09秒
発射されている加粒子砲より威力は小さいが、ラミエルの両端から新たな加粒子砲が二つ発射され。
シンジのATフィールドの真横をすり抜けようとする。
(遅い!!)
ポジトロンライフル発射準備完了まで08秒
残った6枚を3枚ずつ三角形の形にして左右に展開。
浮遊しながら3個のATフィールドと3本の加粒子砲が正面からぶつかり合う。
ポジトロンライフル発射準備完了まで07秒
トウジはようやく目の前の現実を見るようになった。
ポジトロンライフル発射準備完了まで06秒
「ミサトさん、”あれ”は何でっか!?」
砲撃体勢のまま、トウジは移動指揮車のミサトに聞く。
初号機は盾を構えたまま防御体勢を維持していた。
ポジトロンライフル発射準備完了まで05秒
「あれは”使徒”、私達の敵よ」
ポジトロンライフル発射準備完了まで04秒
トウジは洗脳に近い思い込みでその単語に反応した。
”使徒”それは妹の仇であり、自分にとって憎むべき”敵”だった。
ポジトロンライフル発射準備完了まで03秒
そしてミサトは第一次直上会戦、第二次直上会戦でシンジの攻防を見届けていたときから考えていた黒い思いを言葉にする。
ポジトロンライフル発射準備完了まで02秒
「レイ!ライフル発射と同時に目の前の使徒をプログナイフで殲滅しなさい!!」
ポジトロンライフル発射準備完了まで01秒
トウジの役目はポジトロンライフルでラミエルの殲滅。
レイの役目は参号機の防御からシンジの殲滅へ。
そしてネルフの役目は使徒殲滅。
今までエヴァを助けてくれたとしても、それは”使徒”。
異論を唱える者は誰一人としていなかった。
ポジトロンライフルにかかった参号機の指が動く。
初号機の肩にあるウエポンラックからプログナイフが姿を見せる。
怒り、憤怒、激情。様々な思いが戦場を巡り、ポジトロンライフルから加粒子砲に匹敵するエネルギーが発射される。
「発射!!」
シンジの後方から初号機のナイフが迫る。
シンジの横をすり抜けてポジトロンライフルのエネルギーがラミエルに向かう。
(まだ初号機の前に盾は健在)
(いなくても大丈夫だね)
(今の綾波はまだ人形だから・・・)
(僕を殺すんだね)
シンジはATフィールドを解除すると同時にディラックの海を展開してラミエルに接触する。
遠方からエネルギーの奔流が迫って、初号機のナイフが元いた場所を通り抜ける光景が見える。
気のせいか。レイのナイフが通り過ぎた場所がシンジの真横で、ディラックの海で転移しなくても当たらなかったように見える。
(綾波が僕を庇う?)
(まさかね・・・)
ポジトロンライフルからの砲撃は史実通りにラミエルのコアを貫いた。
シンジの姿はいつも通りに”消えた”筈だから、ラミエルの体から離れてシンジはディラックの海の中に避難する。
後に残るのはシンジの移動を感知できなかったセンサーとラミエルの屍骸だった。
◆―――第三新東京市、移動指揮車内
地面を掘り進んでジオフロントに到着したラミエルのシールドは光を失い止まり、ラミエル本体も浮遊力を失い崩れるように倒れていった。
「『よっしゃ!!』」
トウジとミサトの嬉しそうな声が同時に響く。
多少の誤差はあったものの、ほぼ作戦どおりに使徒の殲滅に成功した。
ある程度予測していた事とは言え、シンジの姿は既に初号機の前に無い。
パターン青は初号機が切りつける前に既に逃亡していると計器は告げていた。
エヴァは無傷で作戦はほぼ成功、シンジは殲滅できなかったがネルフにとって脅威となる目の前の使徒は殲滅できた。
『使徒はネルフにとって殲滅するべき目標』だと全職員が改めて思い知らされる戦闘だった。
双子山から回収作業が進む中。
レイとトウジはそれぞれエヴァの中で考え事をしていた。
(使徒・・・化け物の姿ばっかりやと思っとったけど)
(ちっこいのもおるんやな・・・)
(せやけど躊躇いは禁物や!)
(使徒はわいが倒すんやから!!)
これまでトウジの考える使徒というのは『正体不明の巨大な化け物』だった。
だが今回始めて自分の眼で見る使徒は黒と白の人間サイズの使徒。
どこかで『人殺し』を諌める自分を考えたが、相手が使徒であるなら話は別である。
『使徒を倒す』これがトウジの免罪符となって。相手がどんな姿であれ、トウジの中では殲滅対象となっていく。
(何故・・・)
(何故・・・)
(何故、私はナイフの軌道を逸らしたの?)
(何故、殲滅しようとしなかったの?)
(何故?)
レイは自分のやった事が理解できず思考のループに陥っていた。
自分の役割は使徒殲滅、その命令を来たと言うのに実行に移そうとした瞬間手が自然に横にずれた。
まるでシンジを殺さない為に自分がわざと外したようだ。
確かに殲滅する為にナイフを振るった筈だった、だが現実はシンジが居たとしてもかすりもしなかった。
(何故?)
(何故?)
(何故?)
レイは自分で自分の事が判らなくなっていた。