第六話
「突き動かす思い」
◆―――ネルフ本部、第二実験場
縦に長い直方体の部屋。壁は全面白一色、一部にだけ強化ガラスがはめ込まれている。
それだけ聞くと変な部屋と言う印象を受けるが、ここに今いる人影は人間の数十倍の大きさだった。
ネルフ本部第二実験場での零号機起動実験。それはシャムシェルを攻めて来る22日前、初号機が起動する2日ほど前の出来事である。
濃い黄色のカラーリング、レンズのような光を持たない単眼は何も移さずただそこに立っている。
エヴァンゲリオン零号機、専属パイロット綾波レイが現在搭乗して起動実験を行うところだった。
「起動開始」
強化ガラスの向こうにある零号機を見据えながら碇ゲンドウの声が響く。
《主電源接続全回路接続》
《主電源接続完了、起動用システム作動開始》
《稼動電圧臨界点まで、あと0.5》
《0.2》
《突破》
オペレータは現在の状況を逐一報告する
《起動システム第二段階へ移行》
《パイロット接合に入ります》
《システムフェイズ2スタート》
《シナプス挿入結合開始》
《パルス送信》
《全回路正常》
《初期コンタクト異常なし》
《左腕上腕金まで動力伝達》
零号機の左腕にEVANGELIONの文字が浮かぶ。
《オールナーブリンク問題なし》
《チェック2550までリストクリア》
《第三次接続》
《2580までクリア》
《絶対境界線まであと0.9》
《0.7》
《0.5》
《0.4》
《0.3》
ビィーーーー!!!
辺りに響き渡る警告音。
《パルス逆流》
その声と共に零号機が動き出す。
だがそれは通常ではありえない起動だった。
拘束されているその体は暴れるように動き回る。
『暴走』、そう呼ばれていた。
《第三ステージに異常発生》
《中枢神経素子にも拒絶が始まっています》
「コンタクト停止、六番までの回路を開いて」
リツコは急いで零号機を止めようとするが返ってきたのは絶望的な言葉だった。
「駄目です信号が届きません」
零号機は腕と壁を繋いでいた拘束具を壊し、肩に付いていた拘束具も破壊する。
自由になった腕で強引に肩と両腕から拘束具を引き剥がし、完全に自由になる零号機。
《零号機制御不能!!》
「実験中止、電源を落とせ!」
「はいっ!」
ゲンドウの声がすると同時にリツコは配電盤の所にある緊急停止のレバーを引く。
すると頭を抱えて苦しそうにする零号機の背中に刺さっていたアンビリカルケーブルがあっさりと抜ける。
《零号機、予備電源に切り替わりました》
《完全停止まで後35秒》
まるで頭に怪我をしたかのように両手で頭を抱え頭上を見上げる零号機。
内部電源に変わってしばらく経つと、零号機は突然第二実験場唯一の強化ガラスに向かって拳を振り上げた。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
特殊強化ガラスにヒビが入り、フレームは拉げ、壁に拳の跡が刻まれていく。
「オートイジェクション作動します!」
「いかんっ!」
零号機の頚骨の位置からエントリープラグが射出されて天井に当る。
その噴射の威力そのままに天井の隅に留まり続けるエントリープラグ。
その間にも零号機は決して止まることなくガラスをそして壁を殴りつづける。
内蔵された燃料が切れ、天井から落下するエントリープラグ。
「レイ!!」
「特殊ベークライト急いで」
リツコの指示の元、即効性の凝縮剤が壁から放射され零号機の下半身を固める。
《完全停止まで5》
《4》
《3》
《2》
《1》
《零号機活動停止しました》
オペレータの声が辺りに響く中、床に叩きつけられたエントリープラグに誰よりも早く駆け寄るゲンドウ。
急いでハッチを空けようとするが高熱で触った手を離してしまう。
「ぐおっ!」
仰け反った拍子に眼鏡が床に落ちる。
ゲンドウは一瞬戸惑いを見せるが、高熱に焼ける手を苦悶の表情で隠して無理やりハッチをこじ開ける。
「レイ!」
ゲンドウは、エントリープラグの中のシートに横たわるレイを呼んだ。
レイはうっすらと目を開け美しく透き通る赤い瞳が見えた。
「大丈夫か!?レイ!」
レイはゆっくりと頷いた。
「そうか・・・」
足元では高温のLCLによって眼鏡のレンズが割れフレームが歪む。
◆―――ネルフ本部、赤木リツコ執務室
「綾波レイ14歳、マルドゥックの報告書によって選ばれた最初の被験者ファーストチルドレン。エヴァンゲリオン試作零号機および現初号機専属操縦者、過去の経歴は白紙、全て抹消済み・・・」
リツコは持っていた紙面をもう一枚捲り、次の紙にかかれている事を読み上げる。
「碇シンジ14歳、マルドゥックの報告書によって選ばれた三人目の被験者、サードチルドレン。エヴァンゲリオン初号機専属操縦者の”予定”、4歳で親元から離れ以後10年間『先生』と呼ばれる親族の元に預けられる。性格は主に従順、友達はほとんどいない、現在行方不明・・・か」
見比べてみると、明らかに怪しいのはファーストチルドレンの経歴だ。『白紙』などと一言で済まされてしまっては、どこからエヴァのパイロットとして選抜されたのか理解に苦しむ。
だがリツコは綾波レイという少女が作られた存在であり、リリスの肉体の一部をもった”使徒”である事を知っていた。
そう言う意味では碇シンジという少年は、たんなる一般人に過ぎないのだ。
現にフォースチルドレンは完全無欠の一般人+素人であった。
だがミサトの報告を信じるなら彼はネルフから逃げた、スーパーコンピューターマギが統括するこの第三新東京市の包囲網の中から。
理論的に考えるならミサトが見たサードチルドレンは偽者で、ネルフに敵対する別組織のスパイと考えるのが自然だろう。
だがリツコが今現在調べている第零使徒、ただの勘に過ぎないのだがどこかサードチルドレンと繋がっているような気がする。
「同一人物?・・・・・・まさかね」
それが真実でありながらあまりにもありえない現実なので、リツコは思考の外へ追いやる。
◆―――第壱中学、校庭
「皆・・・ええ乳しとんなあ」
年齢に相応しいのか、スケベ爺の素養があるのか、思った事を正直にトウジは述べる。
ただいま第壱中学2年A組は体育の授業真っ最中。
男子は校庭でバスケットボールとランニング、女子はプールで水泳の授業だった。
「はあ、目の保養や」
ちょうど別の班がバスケットボールをやっているので、現在休憩中のトウジ。
そしてその目線は一人離れた場所に座る綾波レイに向けられた。
(まさかあいつがエヴァのパイロットやったとはな)
(1年の時、転校して来てからずうっと友達いてないな)
(よう知らんけど、ほんまは性格わるいんとちゃうか?)
無表情かつクラスで孤立しているのはパイロット同士となった後もほとんど変わっていない。
精々『おう、綾波。おはようさん』『・・・・・・おはよう』と挨拶をネルフで交わす程度だ。
学校限定で言えばトウジと綾波の間柄はパイロットになる前とほとんど変わってはいない。
「トウジ、綾波かひょっとして?」
「結構、ええ乳しとるなあ」
突然話し掛けられる親友ケンスケの冷やかしにも、真っ正直にスケベ丸出しで答える。
「綾波の胸」
ケンスケは突然選挙の演説の様に大声で叫ぶ。
「綾波の太もも」
それに呼応するようにこちらも大声で叫ぶトウジ。
「「綾波のふくらはぎ」」
まるで打ち合わせていたかのように同調する二人。
くどいようだが、今は学校の授業中で生徒は周りに大勢いる。
男子ならまだしも、プールサイドまで聞こえるような大声で未成年の主張をしてしまっては良い目で見られる訳が無かった。
「きゃースケベ!」
「鈴原って目つきやらしい〜」
「相田って盗撮してるって噂もあるのよ!!」
「変態〜〜!!」
非難の目と罵詈雑言が投げかけられるが、トウジとケンスケは全く気にしていない。
言われた当事者でもあるレイが全く反応しないのもその一環だが。
これにより男子生徒から『よく言った』『それでこそ漢だ!』などと持ち上げられたのも原因の一つに当たる。
プールサイドでその光景を見ていた委員長ことヒカリが表情を曇らせたが、平和な学校の日常風景だった。
◆―――第三新東京市、開発区
レイは驚くという感情を表に出さない。
極論を言ってしまうと、ゲンドウに対して喜びを表現する微笑を浮かべる以外はほとんど表情が無い。
『暗くなった夜道に恐怖する』
『雨の日は憂鬱になる』
『高い場所にいると緊張する』
『異性あるいは同姓に対して友好関係を築く』
などといった人間らしさが希薄なのだ。
これは全てゲンドウによるマインドコントロールと教育の賜物で、レイ自身今の境遇を疑問に思う事は無い。
常に閉めきられてくすんだ色のカーテン、壁紙が貼られずコンクリート剥き出しの壁、電気がつきそうにない天井の蛍光灯。
血が染み込んだ枕とベットシーツ、1ドア冷蔵庫の上に置かれた錠剤とビーカー、キッチン脇にあるダンボール山盛りとなった血の付着した包帯。
あまりにも14歳と言う年頃の女の子が住むにはおかしい空間だが、レイはこの場所が自分が生まれた場所と酷似している事もあり落ち着いていた。
ネルフでの訓練が無く、世の中では休日と呼ばれる土曜日。だがレイは何するでもなくただ時間が過ぎるのを待っていた。
予定では今日は零号機の再起動実験。
初号機と零号機が扱えれば、片方が負傷してももう片方が戦力として代えが効くので理にかなっている。
ベッドの上で横になっていると、ドアが開いた様子も無いのに侵入者が目の前にいた。
「あなた誰?」
虚ろだがレイは二度その姿は見ている。
漆黒の衣装に純白の仮面と長髪、それは碇シンジだった。
(綾波だ・・・)
(白い巨人でもない、僕みたいに12枚の羽も生やしてない)
(ATフィールドが綾波自身の形を作ってる)
(でも、何で僕こんな所にいるんだろ?)
(自分で自分が判らない)
「使徒」
レイの質問に対してシンジは端的に返した。
それは事実であるが全てではない。だがシンジはこの時のレイがこの回答でも納得すると心のどこかで知っていたのでそっけなく答えた。
「お前は人形だな、綾波レイ」
この世界でまだ誰も聞いたことのない使徒の”碇シンジ”の声。
使徒との会話自体考えられない事だが、レイはそれに対して感激するような性格ではなかった。
「私は人形じゃない」
「いや、今のお前は人形だ。綾波レイ」
レイには珍しく怒気を少し混ぜた返しに、シンジは気にした様子もなく同じ言葉を返す。
「”自分”と言う存在を自ら否定し、他者に依存するお前は人形だ。綾波レイ」
聞きようによっては辛辣でレイ自身を否定する言葉にも聞こえる。
レイもそれを自分を否定するものだと受け取ってベッドから飛ぶように起き上がってシンジの仮面に向かって平手打ちを叩き込もうとする。
シンジは避けようと思えば避けられたが、あえてレイのやりたいように叩かれてあげた。
バチンッ!
レイの右手が仮面に当たって良い音を出すが、シンジの体には外傷は全くない。
むしろ叩いたレイの手のほうが痛そうだった。
「満足か?人形」
数十センチの距離で向かい合うレイとシンジ。
仮面の向こうに見えるシンジの目と、ほぼ同じ高さでレイが対面するがお互いに一歩も引かない光景だった。
「私は人形じゃない」
「今のお前は他者から与えられた”ファーストチルドレン”と言う人形でしかない、綾波レイ」
レイの言葉により強力な皮肉で返すシンジ。
もしレイが人形を否定する以外の部分で気が付く余裕があったら。シンジは何度も『今』といっている事に、『ファーストチルドレン』ではなく『綾波レイ』と言っている事に気がつけた事だろう。
周りの大人、例外としてゲンドウがいたが。同年代でもほとんど触れようとしなかった、チルドレンではなくたった一人の『綾波レイ』に話し掛けるシンジ。
だがレイのそれを気付く余裕はなかった。
「私は・・・私は人形じゃない!!」
三度目にして今まで以上の叫びがマンション内を駆け巡る。
「感情の吐露、やれば出来るではないか。綾波レイ」
どこか感心した口調になったので、レイは一瞬我を忘れてまばたきをする。
ほんのかすかな時間意識が目の前の人物から外れ、目を開けた次の瞬間シンジはその場にもういなかった。
二度の使徒戦で客観的に見せられた映像で知った、突然消える現象。
目の前でそれを見せ付けられて、レイは少し呆けたが。気を取り直してもう一度同じ言葉を言う。
「私は・・・・・・人形じゃない」
◆―――ディラックの海
(何やってるのかな僕・・・)
(あの”綾波”は僕を選んでくれた”綾波”とは別人なのに)
(何で会いに行ったのかな?)
(碇ゲンドウの呪縛から自力で抜け出して欲しかったのかな?)
(起動実験の事故がシナリオの一部だって伝えたかったのかな?)
(それとも碇ゲンドウが綾波レイを通して碇ユイを見てるって伝えたかったのかな?)
(よく判んないや・・・)
(僕、何がしたかったんだろ?綾波を追い詰めてまで・・・)
シンジは胎児の様に丸まって光の無い漆黒の空間でただ考えていた。
◆―――第三新東京市、一方その頃
トウジは貰った地図と風景を見比べながら頭を抱えていた。
つい先日ジオフロントから帰ろうとした所にリツコに呼び止められ『ごめん、これレイの新しいIDなんだけど。明日から使うから渡しておいて。これ地図ね』と言われて強引に渡されたのだ。
断る暇もなくリツコが走り去ってしまったのでトウジは届ける事にした。
トウジには都合が悪く断る理由の無い土曜日だったので、学校で渡す事は出来ない。
仕方なく貰った地図を見ながら歩いているのだが、トウジは開発区の地理に疎く地図を見ながらでも歩みは遅かった。
「うお〜〜ここはどこなんや〜〜!!」
叫んでも状況は変わらず、炎天下の中トウジはひたすらマンションを探しつづけた。
◆―――第三新東京市、開発区
ドンドンドン!
「おーい、綾波〜おるか〜〜」
スケベ心満載の青少年トウジ。
だが彼には自分が信じる道理。男、もとい『漢の道』があった。
トウジは親友の盗撮・隠し撮りを黙認しつつも、おこぼれ頂戴しながら欲求を満足させつつも。『一人暮らしのおなごの部屋に黙って入るなんぞ漢のする事やない!』と自分に正直なのか中途半端なのかよく判らない神経の持ち主だった。
IDを渡すと言う大義名分はあるが、”住人はいるけど触ってません”と喋らないポストが語っている為に手渡しするしか方法がなくなる。
インターフォンは故障していたのか全く動かなかったので、こうしてドアを叩きながら呼びかけるトウジだった。
ドンドンドン!
「綾波〜〜〜おるんやったら返事せえ〜〜」
ドンドンドン!
「ID持ってきたんや〜〜〜おらんのか?〜〜」
はっきり言って近所迷惑だが、このマンションは元々レイ以外住人がいないのでその心配は皆無だった。
叩き続けること数十秒。
ようやく、ドアが開いてレイが姿を表す。
「何?」
「おう、新しいIDや!赤木はんから渡せっちゅう話や」
「そう」
学校同様必要最低限しか会話しない二人。
それだけなら普段と変わらないが、ここはレイの部屋のすぐ前で現在ドアは半開き。
トウジは始めて見る女の部屋に多少緊張していたが、あまりの殺風景さと無機質さに別の意味でまた緊張した。
(こ、これが女の部屋かいな?)
女性と言う物を偶像化あるいは神格化しているトウジとしてはショックな光景だった。
もし彼が少し惹かれている大人の女性兼自分の上司である葛城ミサトのマンションを見たらショック死するかもしれない。
「わ、わいは先に行っとるからな!」
夢想と現実の大きな隔たりを誤魔化すようにトウジはその場から逃げた。
トウジはジオフロントに着く前に『綾波はきっと特殊なんや、例外や』と自分を慰める事に成功していた。
◆―――ネルフ本部、第二実験場
(レイ、大丈夫か・・・)
実験の為、レイは純白のプラグスーツに着替えていた。
脳裏には三週間前の起動実験のときにエントリープラグの入り口を開けて心配そうにこちらを見るゲンドウの姿。
その姿が消えると、別の温かさが自分の中に篭るのを感じた。
湧き上がるのではなく、与えられるようなくすぐったさ。
たった一度だけ味わったそれはサキエルに完膚なきまでにやられた後に病院で感じた温かさだった。
それはゲンドウを思う時に感じる温かさとは別物だった。
(あの時感じた温かさ・・・)
(この気持ちは何?・・・嫌じゃない)
レイは自分でも気付かないうちに微笑を浮かべていたが、その時思い出していたのがゲンドウなのかそれ以外かレイ自身にも判らなかった。
《レイ聞こえるか?》
零号機のエントリープラグ内にゲンドウの声が響く。
「はい」
レイはしっかりとした口調で答えるが心の奥底では表情とは正反対の微かな、わだかまりがあった。
「これより零号機の再起動実験を行う、第一次接続開始」
《主電源コンタクト》
《稼動電圧臨界点を突破》
《了解、フォーマットをフェース2へ移行》
《パイロット零号機と接続開始》
《回線開きます》
《パルス及びハーモニクス正常》
「シンクロ問題なし」
オペレータの声と表示される状態を見ながらリツコとマヤの声も入り乱れるように響く。
三週間前にズタボロになった実験場の陰は跡形も無く修復され。特殊ベークライトの赤い色はもう一つも無い。
外からトウジも再起動実験の様子を窺っている。
《オールナーブリンク終了、中枢神経阻止に異常なし》
《再計算誤差修正なし》
エントリープラグの中で次々と入ってくる情報を聞きながら、レイは部屋から持ってきた壊れたゲンドウの眼鏡を見ていた。
プラグ内の一部に立てかけるように置いた”それ”を見ながらレイは少し考え込む。
(私は・・・・・・)
だがそんなレイの思考も関係なく再起動実験は着々と進んでいく。
《チェック2590リストクリア》
《絶対境界線まで》
《あと》
《2.5》
《1.7》
《1.2》
《1.0》
《0.8》
《0.6》
《0.5》
《0.4》
《0.3》
《0.2》
《0.1》
《突破》
《ボーダーラインクリア!》
《零号機起動しました》
《了解、引き続き連動試験に入ります》
三週間前には暴走したが、今回は正常に動き出した。
その結果に研究員たちもオペレータも安堵の息を洩らすが、冬月が取った一本の電話でまた緊張が復活する。
「碇、未確認飛行物体が接近中だ。おそらく第五の使徒だな」
「テスト中断、総員第一種警戒態勢」
冬月の言葉に即座に周りに指示を出すゲンドウ。
リツコに向き直り、現状を聞く。
「零号機はまだ戦闘には耐えん、初号機および参号機は?」
「参号機は300秒、初号機はパイロット搭乗後340秒で準備できます」
それを聞いて数瞬考え込んだゲンドウだったが、すぐさま指示を出す。
「参号機を出撃、続いて初号機を出撃させろ」
「はい」
傍に控えていたミサトがこれを聞いて、すぐさま発令所へと走っていく。
トウジは参号機のケイジへ。
そしてその様子に満足したようにゲンドウはマイクを持って零号機宛てに言葉を喋る。
「レイ、再起動は成功した。戻れ」
『はい』
その言葉が終わるか終わらないかと言うタイミングで、エントリープラグ内の明かりが弱くなる。
レイは目を閉じて気持ちを落ち着けながらゆっくりと口を開くと気泡が少し出た。
◆―――第三新東京市
二つの青い半透明の四角錐を底面で合わせたような姿の飛行物体が飛んでくる。
ビル並に巨大でありながらどういう原理か地面から一定距離を保って滑るように飛ぶ。
「目標、芦ノ湖上空へ侵入!」
「エヴァ参号機発進準備よし!」
「続いてエヴァ初号機、80秒後に準備できます!」
発令所に急いで準備したエヴァの状態と敵の現在位置が表示された。
今回は第四使徒の時の様に戦略自衛隊によるミサイルでの攻撃をは行っていない。
二回もやれば”効果なし”が判ったのか。未確認移動物体、途中からパターン青に変化した使徒が出現すると同時にネルフへの指揮権を譲渡していたのだ。
だから攻撃らしい攻撃はまだ使徒もネルフもやってはいない。
「トウジ君、いい?」
『今度の敵はどうやって倒すんでっか?』
「敵の攻撃手段が判らないの、だから今回の出撃は様子見と情報収集ね」
『はぁ・・・』
全く攻撃手段の判っていない敵に対して、ミサトは無謀にも『目の前に出すからどうにかしろ』と言うのだ。
確かにこれまでの戦いで使徒に対して有効なのがエヴァだけだが、エヴァの防御手段が特殊装甲とATフィールド”しか”無いのもまた事実である。
最強にしてそれしかない兵器をいきなり戦場に投入しようとする無能さにミサトは気付いていない。
「発進!」
何度か味わった射出口固定台ごと地上に放り出される感触。
トウジはジェットコースターに乗ったような錯覚を覚えながら今回の戦いのことを考えていた。
(前回は綾波が倒したっちゅう話や今度こそわしも活躍せんと)
ネルフはトウジには事実を隠蔽して伝えてある。
ネルフの強みは”使徒に対向できるのはネルフが持つエヴァだけ”と言うことである。
だが現実ではエヴァは完膚なきまで倒され、敵であるはずの使徒に助けられて何とか倒したのが現実である。
特務権限の情報封鎖と偽造した情報で回りに伝えているのだ、気付いていない最前線のパイロットにそんな事が伝えられる訳が無かった。
参号機がジオフロントから地上まで半分ほどの位置を通過した時、ラミエルに変化が起こった。
今まで黒一色だった中央部の黒い溝の様な部分が輝きを増し始める。
「目標内部に高温エネルギー反応」
「なんですって」
オペレータの青葉シゲルの報告にミサトは驚きを隠せなかった。
攻撃方法の予測は行っていなかったが、まさか出現しようとするエヴァを狙ったこのタイミングで仕掛けてくるとは思っていなかったのだ。
「円周部を加速、収束していきます」
「まさか、加粒子砲!?」
リツコは自分の記憶からラミエルの攻撃方法に行き当たるが、それが判った所で参号機の射出と言う事実が変わる事は無かった。
高速で地上へと現れるエヴァ参号機、だがラミエルの攻撃準備も既に整っていた。
「駄目避けて!」
「へっ?」
ミサトは無茶な指示を出す。
射出直後のエヴァの肩と射出口固定台は最終安全装置としてロックボルトで繋がれている。
これは射出口固定台が高速で打ち出される場合エヴァが転倒したり、空中へ投げ出されない処置からかなり頑丈に作られている。
それこそ今のトウジでは壊す事に集中してようやく壊せる代物だ。
射出直後、的確な指示も無く、どんな状況か理解していないトウジに避けられる筈も無かった。
カッ!
ラミエルの加粒子砲がエヴァ参号機へと放射される。
間にあったビルは高温に晒された蝋燭の様に溶け、加粒子砲は一直線に参号機の胸部に直撃する。
突然の激痛。
トウジの悲鳴がエントリープラグ内と発令所に響く。
「うごがあああああああ!!!」