第四話
「四人目の生贄たる愚者」
◆―――太平洋上空、高度５０００
オレンジ色のカラーリングの零号機、紫色が主体の初号機、装甲のほとんどが赤色の弐号機、そしてエヴァ参号機は漆黒がカラーリングだった。
そんな三号機を吊り下げてアメリカからわざわざ巨大な全翼機を使ってネルフまで輸送しているが、重量の問題で低空飛行を強いられていた。
「エクタ６４よりネオパン４００へ」
「ネオパン４００了解」
何事も無いまま凍結中の零号機、修理の完了した初号機に加え、三体目のエヴァがジオフロントに収容された。
◆―――第三新東京市、病院、鈴原トウジの場合
三号機が輸送される二日前、第三使徒戦の翌々日。鈴原トウジは病院にいた。
瓦礫の下敷きになった妹、鈴原ナツミが入院している病院へのお見舞いのためである。
道があるのにわざわざビルを壊して進むほど第三使徒もはた迷惑な存在ではなかったのか、ビルの中から視界に巨大な二人の巨人を収めた少女は『これは夢や！』と言って現実から失神と言う手段をもって逃避した。
だから彼女は、自分が何故頭部に怪我をしているのか？何故足が動かしづらいのか？何故上半身は何とも無いのか？と疑問に至る経緯を知らない。
そもそも気絶からまだ目覚めてもいない。
トウジが医者から聞いた話では『戦闘に巻き込まれて、瓦礫の下敷きになった。予断を許さない状況』らしい。
今も鈴原ナツミはベッドの上で寝たままである。
そんな妹を見たトウジは『あの怪物のせいや』と自分なりの結論に至った。
確かに少女ははじめて見る使徒と言う怪物にビックリして気絶、逃げることも出来ず重傷を負ったように見えなくもないが。
ここがネルフ傘下の病院であること、主治医は意図的にトウジに伝える情報を操作している事、そもそも鈴原ナツミの怪我が本当なら無かった事を知っていたら、そんな結論は出てこなかっただろう。
専門医から見れば、その怪我は人為的に作られたものであると判るが。素人のトウジには知ることが出来なかった。
妹の容体を心配しつつも、医学の知識など皆無の自分には何も出来ない事を歯がゆく思いつつトウジは病室を後にする。
そんな時、とぼとぼと病院から出て行くトウジの耳にある人物の言葉が届いた。
「鈴原・・・鈴原トウジ君ね？」
白衣に金髪、だけど眉毛は黒。
どこぞのアニメのマッドサイエンティストが具現化したのか？わしは実験台？とトウジは本気で思ったが、その先の言葉を聞いて考えを改める。
「私はネルフ技術一課Ｅ計画担当博士の赤木リツコといいます。よろしく」
「はー・・・・・・で、そのネルフのお偉い博士がわしに何の用でっか？」
トウジにしてみればネルフと言う組織それ自体になじみが無い、精々『親が働いている所』と言うイメージしかなく、わざわざ話し掛けられる理由が思いつかなかった。
ちなみにリツコは保安部員を使ってこの場所の人払いをしてある為、現在リツコとトウジしかこの場にはいない。
「妹さん・・・・・・怪我したのね」
「？、ええ？あの怪物が来よったせいですわ」
妹が怪我をしている事を何故知っているのか不思議に思ったが、ここが病院であると言う事から判ったのだろうとトウジは考える。
「そこで鈴原君？その怪物を倒してみたくない？」
「えっ・・・どう言う事でっしゃろ？」
いきなり突きつけられた提案にトウジは首をかしげる。
「あの怪物、使徒って言うんだけどそれを倒せるロボットのパイロットを探してるのよ」
「それに・・・わしが乗れっちゅうことですか？」
「簡潔に言うとそう言うことね、でも強制じゃないから辞退できるわ」
「せやけど、わいがおらんようなったらナツミが独りぼっちになってしまうんです」
トウジとしては妹の見舞いと言う目的があってここにいる。
まだ小学校低学年で遊びたい盛り、一人でいる事は辛いだろうと思ったからこそ妹思いの兄として来ている。
その妹はまだ気絶して話してもいないが・・・。
「でもね、トウジ君。これからもあの怪物はやってくるわ、この病院だって危険かもしれない。妹さんがまた酷い目にあわないとも限らない・・・」
リツコはトウジの説得にあえて妹を引き合いに出す、事前調査からこの少年が妹思いである事か知っていたので効果は絶大だった。
「いきなりの話で・・・少し考えさせてください・・・」
「解ったわ、明日、同じ時間にもう一度聞きに来るのでそれまでに決めておいてくれるかしら？」
「・・・解りました」
トウジは自分が深く考えない性格だと知っていた、もし妹が目を覚まして今の自分の顔を見たら『なんや？しけたツラして、何かあったんか？』と兄譲りの容赦ない大阪弁が炸裂するだろう。
だがその妹は目覚めることなく入院している。
その夜、トウジはしばらく眠る事が出来なかった。
普段なら『食う』『遊ぶ』『寝る』の三拍子は何事においても優先して行える特殊な体質だったが、珍しく考え事をしていて眠る事が出来なかったのだ。
（パイロット・・・わしがあの怪物、使徒っちゅうのを倒す・・・）
トウジの頭の中には『命の危機』や『死闘』と言った戦争は浮かんでいなかった。
ただ単純に『わしに出来るんやろか？』と疑問に思うだけだ。
色々考えた末に思い出されるのは、頭と両足に包帯を巻いてベッドに横たわる妹の姿だった。
（遊びたい年頃や・・・）
（あいつ・・・痛そうやったな）
（目、覚ましたら何日も経ってる、まるで浦島太郎やな）
『・・・妹さんがまた酷い目にあわな・・・』
病院で交わしたリツコの言葉がトウジの脳裏に甦る。
そしてトウジは次の日にリツコと会ったその場所でしっかりとした口調で言った。
「やります・・・いえ、やらせて下さい」
妹を二度とこんな目にあわせない為、トウジはそう決心してエヴァンゲリオンのパイロットとなった。
その決断が彼にとって不幸を呼び寄せる結果だと知らないで。
次の日、トウジはナツミが死んだ事を聞かされる。
自分が乗る参号機のコアの中に入れられる為に、第一次直上会戦の時と同じようにナツミに対してネルフが意図的に行った事など知らずに、ただ事実だけを聞かされた。
トウジが見たのは、顔に白い布を被せたナツミの死体。ネルフが用意した魂の抜け殻だった。
◆―――ネルフ本部、ケイジ
エヴァの起動は幾つかの段階をへて、エヴァとシンクロする事によって正常に機能する。
トウジも事前の説明と渡された教本によって幾つかの事実は知っていたが「ようは気、落ち着けて座っとったらええんやろ？」と簡潔に終点に行き着いた。
確かにパイロットがやる事はその程度なのだが、この時リツコが「ま、まあそう思ってくれていいわ」と言ったのが全ての始まりだった。
これにより元来勉強嫌いのトウジは必要最低限以外は覚えようとしなくなってしまった。
小難しい事を考えずにいると言う事は、反対に落ち着いていると言う事でもある。
エントリープラグ内のトウジは移り変わる映像に『ほおー』『大したもんや』などと声援は上げているが、落ち着いてはいる。
ＬＣＬにも『なんや水や！溺れさす気かい！』と驚いていたが、呼吸ができるようなのですぐに落ち着きを取り戻す。
これによりエヴァ参号機の初期起動は問題なく成功した、シンクロ率もレイが使う初号機よりも若干高い２９．５％。
思ったより簡単に起動したエヴァ、トウジはその裏にある『暴走の危機』や『シンクロの大変さ』などは知らずに調子に乗った。
「天国で見とってくれナツミ！わいが仇とったる！！」
トウジの原動力は”怒り”だった。
彼の思いは誤った認識と共に少しずつ増長する。
◆―――ネルフ本部、エヴァ訓練場
「トウジ君調子はどう？」
「慣れました、悪くないですわ！」
「それは結構、エヴァの出現位置、非常用電源、兵装ビルの配置、回収スポット全部頭に入ってるわね？」
トウジは第三東京市住まいである、当然ながら町並みは頭に入っているので覚えるのは『何がどこにあるか』だけである。
それもゲームが得意なトウジとしては勉強とは違いゲーム感覚で覚えてしまった。
「はい！」
「ではもう一度おさらいするわね。通常エヴァは有線からの電力供給で稼動しています。でも非常時に体内電池に切り替えると、蓄積容量の関係でフルで一分、ゲインを利用してもせいぜい五分しか稼動できないの。これが私たちの科学の限界―――ってワケ。おわかり？」
「はい」
「ではインダクションモード。目標をセンターに入れてスイッチオン」
ドガガガガ
エヴァのエントリープラグから第三新東京市に立つサキエルの姿が見えた。
手の中にあるパレットライフルから弾丸が打ち出され、その体に全て吸い込まれる。
ちなみにインダクションモードとは正確な目標攻撃の為、コンピュータによる誘導を優先する操縦方式である。
「悪くないわ、じゃあ一点集中で使徒のコアを狙って」
「おっしゃ！次や次！」
ドガガガガ
多少ずれはあるものの弾丸は半分ほどコアを直撃する。
「その調子よ、続けて」
エントリープラグから見える擬似映像の使徒に向かってトウジは弾丸を撃ちつづける。
オペレータの伊吹マヤはリツコと共にガラス越しに動くエヴァ参号機と入ってくる情報を見比べていた。
インダクションモードの補佐があるとは言え、かなりの的中率である。
「しかしよく乗る気になってくれるましたね、トウジ君」
「妹さんの仇討ち、一番の理由はそうらしいわ」
現在ネルフにある兵力はレイの初号機とトウジの参号機だけである。
レイは戦闘訓練を昔から行っていて現在原因不明の完全回復を果しているが、自動的にほとんど素人のトウジの訓練が優先される。
トウジは少しでも多く訓練を積んでシンクロ率の向上とエヴァを思い通りに動かせるようになる事。レイは初号機での起動を問題なく行う事とシンクロ率の向上が現段階での目標となった。
微量ではあるが、二人とも発生原因の判らないＡＴフィールドも張れるようになった。
ミサトはそんなトウジの訓練の模様を、リツコとマヤの後方で静かに見ていた。
◆―――第壱中学、２年Ａ組
トウジが訓練を開始してから二週間弱。
使徒がいつ攻めて来るか判らないネルフとしては、その時に備えて少しでもエヴァの兵力は上げておきたい課題だった。
その為トウジの訓練は日に日に本格的なものへと移り。ネルフか自宅か移動、一日のほとんどを訓練に費やす日々が続いた。
訓練以外は学校に行かねばならない、勉強嫌いのトウジとしては堂々と大義名分を手にした事により辛さもあったがもくもくと訓練をこなした。
まるで妹の死を忘れる為に・・・。
訓練の成果がすこしずつ現れ、トウジは久しぶりの学校に行く事になった
「デゥウーンダダダダダダダダ、ドゥアアーーン」
眼鏡の少年が模型のＶＴＯＬ機を片手に奇声を上げている。
そんな怪しげにも思える人物に委員長：洞木ヒカリが話し掛ける。
「何、委員長？」
「昨日のプリント、届けてくれた？」
「え？ ･･･あ、ああ。いや、なんかトウジの家、留守みたいでさ」」
ギクリとするメガネの少年：相田ケンスケ。机の中の渡す筈だったプリントを机の中に押し込んでお茶を濁す。
「相田君、鈴原と仲良いんでしょ？妹さんが亡くなってから二週間も休んで心配じゃないの？」
クラスメイトの妹の葬儀、と言う事で二人は二週間前にトウジの家に行っている。
だがそれ以降、トウジの姿を見ていないのでヒカリはケンスケを責め立てるが、ケンスケは矛先を変えるように言葉を選ぶ。
「まさか・・・妹を追って自殺・・・」
「ば、馬鹿なこと言わないでよ！鈴原がそんな事する訳―――」
ガラガラーッ
そのとき教室の後ろ側の入口の引戸が開く。
そこには、黒いジャージを着た鈴原トウジが突っ立っていた。
「トウジ？」
「鈴原！」
「なんや、ずいぶん減ったみたいやな」
ケンスケの席に近寄りながらトウジは休んでいた期間中に変わってしまった教室内を見渡す。
「疎開だよ、疎開。皆転校しちゃったよ、街中であれだけ派手に戦争されちゃあね」
「喜んどるのはお前だけやろな。生のドンパチ見れるよってに」
トウジは呆れたように言う。
ケンスケとしてはほんの二週間前に妹が亡くなっているトウジの様子が、あまりにもいつも通りだったので反対に不安だった。
「まあね。トウジはどうしてたの？こんなに休んじゃってさ。妹さ・・・いや、何でもない。ごめん」
ケンスケは軽い気持ちで訊いてみたが途中から失言だと気付いて言葉を止める。
トウジは表情を少し曇らせたが、呟くようにそれに答えた。
「ちょっと・・・その事で話があるんやけど、屋上行けるか？」
「今から？サボりになるぞ？」
「すまん」
「・・・ま、いいけどさ」
近くで聞き耳を立てていた委員長に見つからないように二人は教室を後にする。
万が一見つかったら抜け出す事など不可能だからだ。
◆―――第壱中学、屋上
「で、何？」
屋上についたケンスケはトウジにすぐ話し始めるように急かしたが、トウジは屋上を見渡して誰もいないか確認していた。
「おっしゃ、ちょうど誰もいないみたいやな」
「人に聞かれるとまずい話なのか？」
「・・・まあな」
トウジは屋上を三度見渡して満足したのかドアから離れてケンスケに話し出す。
授業中で体育の授業を行う生徒の声以外はほとんどしない静かな空気が流れた。
「ケンスケ・・・この前の騒ぎ、知っとるか？」
「ああ、パパのデータも見たからね。ネルフのエヴァンゲリオンとか言うロボットと使徒っていう敵との戦争だって」
「そうか・・・知っとるんか」
トウジはケンスケのその言葉を聞いて一瞬黙ってしまったが、ここまで連れ出してしまった事と親友に隠し事をしたくない思いがトウジに続きを喋らせた。
「実はな・・・わし、あれから今までずうっとネルフにおったんじゃ」
「ネルフに？なんでまた？」
「わし・・・わし、そのロボットの・・・エヴァンゲリオンのパイロットになった・・・」
「・・・・・・」
ケンスケはトウジのその言葉を聞いて黙り込んでしまった。
しばらく静寂が屋上に流れ、トウジの言葉の意味をようやく理解したケンスケが喋る。
「・・・・・・嘘だろ？」
「嘘やない、ホンマの話や」
トウジはケンスケの顔を見ながら真っ直ぐに答えた。
「この前の騒ぎでナツミの奴が亡くなった、その事はケンスケも知っとんのやろ？そん時、病院でネルフのお偉いさんがパイロットにならないかって誘ってきたんや。わし、ナツミを殺した使徒っちゅうのが許せん！！わしの怒りを教えんと気がすまへんのや！！だからパイロットになったんや！！！」
「トウジ・・・・・・」
ケンスケは親友が導き出した答えに感心しつつ羨ましくもあり、また悔しくもあった。
ケンスケは英雄願望と兵器を操って何かをしたいという子供らしい思いも同時に持ち合わせていた。
改造のエアガンや愛用のビデオカメラなど遠く及ばない”本物”。
親友が悩んだ末に出した答えは確かに人間らしく自分の家族に対する復讐と実に人間らしい事だと思う、だが同時に『どうして俺じゃないんだ』と悔しがる思いもあった。
ケンスケはトウジの戦闘技術など喧嘩だけに使える素人のものだと知っていた。
ケンスケはトウジの学校の成績が自分より下である事を知っていた。
そしてケンスケはトウジが自分が求めてやまない物を手に入れている事を知ってしまった。
人間の優劣が勉学や技術で決まるとは思ってはいない、だが何故トウジなのか？
トウジに対して感心する、だが同時に怨みたくもなる。
「・・・・・・妹さんの分まで、頑張れよ」
ケンスケは声を引きずり出してそれしか言えなかった。
湧き出る思いを口にすれば恨みの言葉か羨望の言葉が出るのはわかっていた。
軽口に『俺もエヴァのパイロットになりたいよ』等と言うかもしれない『なんでお前なんだ！俺の方が優秀じゃないか！』と理不尽な怒りをぶつけるかもしれない。トウジの妹の死を冒涜してしまうかもしれない。
だから、それ以上の事はケンスケには言えなかった。
まるで会話が止まるのを待っていたように屋上のドアが開く。
そこにはクラスメイトでありながら、ほとんど話すことの無い薄幸美人。綾波レイが立っていた。
「・・・鈴原君、非常召集。先・・・行くから」
それだけ伝えるとレイは振り返り階下へと降りていった。
「おう、了解や。それじゃあケンスケ、またな！」
それを追うようにトウジも屋上からいなくなる。
後には呆然と佇むケンスケが残され、その耳に特別非常事態宣言を知らせるサイレンの音が届いた。
ウ〜〜〜〜
《ただ今、東海地方を中心とした関東中部の全域に特別非常事態宣言が発令されました。速やかに指定のシェルターに非難してください。繰り返しお伝えします・・・》
◆―――ネルフ本部、発令所
その頃第四使徒シャムシェル、巨大なイカを思わせるその巨体が海からその姿を見せていた。
《目標を光学で確認、領海内に進入しました》
ネルフ第一発令所ではオペレータの声と副指令、ミサト、リツコの声が入り乱れていた。
《総員第一種戦闘配置》
《了解、滞空迎撃線用意》
《第三新東京市、戦闘形態に移行します》
《中央ブロック収容開始》
今まで立ち並んでいたビル郡の殆どは迎撃用の弾丸が詰まった物以外全て地下、ジオフロントへと格納される。
《中央ブロック、および第一から第七管区までの収容完了》
《政府および関係各所への通達終了》
《現在滞空迎撃システム稼働率４８％》
「碇司令のいぬ間に第四の使徒襲来。意外と早かったわね」
「前は１５年のブランク、今回はたったの三週間ですからね」
モニターに映る上陸済みの使徒が森の奥を進み、木々が次々に倒壊する。
やがて湖の側を通過し、湖面に波が起こる。
「こっちの都合はお構いなしか、女性に嫌われるタイプね」
山間部や各所から戦略自衛隊がミサイルでの攻撃を行うがシャムシェルは無視して突き進む。
外見にも全く変化は見えず、効果が出ているとは思えない。
そんな光景を見て、冬月コウゾウは思わず呟く。
「税金お無駄遣いだな」
どこかと電話していたオペレータのシゲルは伝言をミサトに告げる。
「委員会から再びエヴァンゲリオンの出動要請が来ています」
「うるさいやつらね、言われなくても出撃させるわよ」
伝えられた言葉にミサトは鬱陶しさを感じた。
◆―――第三新東京市、第３３４地下避難所
市民が数百人単位で避難しているシェルター、第壱中学の生徒もここに避難していた。
そんな中でケンスケはただ黙ってじっと自分のハンディカメラのモニターを見ているが、切り替えても切り替えても画面は全て同じでお花畑の静止画像。
思わずケンスケは声を漏らした。
「くそっまた報道管制だ！」
一緒に避難すると思っていたトウジはこの場にはいない、シェルターの外で戦っているのだろう。
それを考え出すとケンスケの心は黒い思いで満たされた。
（なんでトウジなんだ？）
（トウジが嘘言ってるって事も・・・いや、あいつはそんな嘘をつく奴じゃない）
（じゃあ本当にトウジがあのロボットを？）
（なんで俺じゃないんだ！）
（くそっ！くそっ！くそっ！）
（こんなビックイベントだって言うのに・・・）
（死ぬ前に一度・・・今度また敵がきてくれるか判らない）
（トウジの雄姿を、これも親友の務めだよな）
ケンスケの思考は自分の身勝手な思いから他人に大義名分が移っていた。
どんな理由があるにせよ、彼の思考は『外に出る』の一点に集約された。
気がつけば友達と楽しく談笑しているヒカリに近づいて「委員長！ごめん腹が痛いから便所行ってくる」と言っていた。
恋する乙女、ヒカリは愛しのトウジがいない事を先生に聞いたが「ああ、彼なら早退しましたよ」と言っていたのでほっと一安心していた。
だが同じシェルターにいない不安、普段なら正常に働く思考回路も今は無く。ケンスケの言葉に「もう、早く済ませてきなさいよ！」と怒りを持って応対してしまった。
普段の彼女ならこの時ケンスケが片手にビデオカメラを持っていたことに気が付けただろうが、この時は完全に見逃してしまった。
こうしてケンスケはトイレに行くと見せかけて入り口からシェルターを抜け出した。
◆―――ネルフ本部、発令所
「トウジ君、レイ。出撃いいわね？」
《はい》
《いつでも行けまっせ！》
ミサトの声に無表情に返すレイと、それとは対照的に気合があふれ出そうなトウジ。
これから戦場に行くわけだが、二人の表情からはとてもそうとは思えない。
ミサトが肝心な事を言っていないので、このまま出撃されたら困ると判断したリツコは伝えるべき作戦内容を口頭で伝える。
「二人とも、ＡＴフィールドを中和しつつ二点からのパレットライフルでの同時正射。訓練と同じにやればいいわ、良いわね？」
《了解》
《任せてください！》
それを聞いたミサトは自分が伝えるべき作戦内容を他者に取られてしまったと少し不愉快になる。
だがもしリツコが助け舟を出さなかったらミサトは何も伝えずにエヴァ両機を地上に射出していた事だろう。
怒りを誤魔化すようにミサトは号令を下す。
「エヴァ両機、発進！！」
第四使徒の進路方向に初号機が側面の方向に参号機が射出された。
◆―――第三新東京市、市街
その頃シェルターをまんまと抜け出したケンスケは町が一望できる小高い山頂へと到着していた。
第三新東京市の少し手前まで来ていたシャムシェルは目当ての物が近くにあると感じてその体を持ち上げる。
近くに立つビルに匹敵するほど高いその巨体。
黒光りするその体は鉱物のようでありながら柔らかさも備えているのか、立ちあがる際に体が曲がる。
その様子を山頂からビデオに収めていたケンスケはかなり喜んでいた。
「すごい、これこそ苦労の甲斐もあったというもの！！」
少しの間、横にある見えてるのか使ってるのか判らない目で周りの様子を見るシャムシェル。
すると遠く離れた位置にある二つのビルから警報音が鳴り響き、エヴァ初号機と参号機が姿を現す。
「お、待ってました！」
すかさずケンスケはカメラの向きを変えてエヴァを撮影する。
撮影できる喜びと、トウジが乗っているかもしれないという嫉妬心がケンスケの心を揺さぶる。
「トウジ、本当にお前なのか・・・」
《作戦通りにいいわね、レイ、トウジ君！》
「はい」
「妹の仇や！！」
ドガガガガガガガ
ドガガガガガガガ
ほぼ同時に連射されるパレットライフルの弾丸。
劣化ウランの弾丸は全てシャムシェルの巨体に吸い込まれるが、弾丸より勝る装甲でシャムシェルは全て受け止める。
その結果弾丸はシャムシェルの体に穴を穿つ事も無く、煙となってシャムシェルを隠す。劣化ウラン弾特有の属性である。
《馬鹿！爆煙で敵が見えない！！》
作戦どおりの二点一斉射撃。作戦通り完璧にやって見せたが、肝心の作戦部長は罵詈雑言でそれに答えた。
命令どおり全ての弾薬を使い果たした両機、トリガーを握っても音が出るだけで何の反応も返ってこない。
「おっしゃ、やったで！」
トウジは煙で見えない敵を倒したと思っているが、発令所の誰もそれに賛同する事は無かった。
特に目の前にいた初号機のレイが最も集中していた。
辺りが静まる、大量の煙だけがそこにあった。
《・・・・・・やった？》
ミサトの声がしたと思った次の瞬間、紫色に光る紐のような物が煙の向こうから現れた。
それは初号機に向かって､一直線に飛んでくる。
「！！」
瞬間的に身を屈める事でそれを避けるレイ、目の前には両端から光る紐を触手にして伸ばすシャムシェルの姿があった。
外傷が全く無い。
「ミサトはん！効いてない！」
トウジもようやく晴れた煙の外に、鞭の様に攻撃するその姿を捉えた。
《二人とも！新しいライフルを出すわ、受け取って！！》
合図と共に初号機の真横、参号機の少し前に新しいパレットライフルが射出される。
レイは立ち上がりながらそれを掴みまた射撃を開始する。
少し遅れ、一歩前に出ながらライフルを手に掴む三号機。だがその一歩で参号機はシャムシェルの射程距離に到達した。
シュパッ！
音がしたかと思うと、参号機が前に出した左手の指の三本が断ち切られていた。
親指と小指を除いた残り三本が音を立てて地面に落下する。
「・・・・・・え？」
トウジの思考が指が切られたという事実に追いついた時、左指に激痛が走った。
「うごあああああああ！！！」
喧嘩などで味わった傷など軽く思える喪失感、確かに自分の指がそこにあるのに痛みだけが伝わってくる。
《トウジ君！落ち着いて、斬られたのはあなたの指じゃないわ！》
ミサトは命令でも何でもない気遣いを口にする。
だがその言葉があったとしても痛みは消えず、トウジは激痛に苦しんだ。
「ぐう、うごあああ、がががああ！！」
右手でパレットライフルを持って強引に攻撃を加えるトウジ。
レイの弾丸もシャムシェルに届いているが、先ほどと同じ弾丸なのか結果は一緒だった。
むしろ混乱状態にあるトウジの攻撃があたる筈も無い分、先ほどより悪い。
レイの攻撃を完全に無視して攻撃目標を参号機に絞ったのか、参号機のもとのシャムシェルはゆっくりと近づいていく。
「来んなボケッ！あっち行けやああ！！！」
必死になって弾丸を打ち出すが当たらず、当たったとしても全く効果が無い。
シャムシェルは先ほどより接近して触手で参号機を払う。
例えトウジの訓練が上手く行ったとしてもこれは実戦、命をやり取りをする戦争なのだ。
だが実戦初めてのトウジは無謀にも背中を見せてその場を逃げようとするが、その前に触手の一本が三号機の足を掴む。
そして軽々と三号機を持ち上げ遠く離れた山へと放り投げた。
「へっ？」
視界が空で埋まる、トウジは気が付けば空にいた。
エヴァと地面を結びつけるアンビリカルケーブルが虚しくその後を追った。
その頃ケンスケは、自分の方に飛んでくる黒い機体の撮影に夢中になっていた。
撮影する人間はカメラ越しに現実を見ると、そこが現実ではないと錯覚してしまう場合が多々ある。
ケンスケもその例に漏れず、参号機が自分の真横に落ちて土砂により跳ね飛ばされるまで自分の危機に気付く事は出来なかった。
◆―――ネルフ本部、発令所
「レイ、パレットライフルは効かないわ！プログレッシブナイフでの近接戦闘に移行して！」
《了解》
「ちょ、ちょっとミサト！」
参号機がちょうと投げられようとした頃、ようやくパレットライフルでの効果の薄さを理解した無能作戦部長はレイにそれ以外の攻撃方法を指示した。
現在ソニック・グレイブのようなエヴァの中距離武装は無く、肩に格納されているエヴァ用のナイフしかない。
ライフルより可能性のある攻撃方法ではあるが、技術部のトップとしてリツコはナイフでは倒せない敵だと看破していた。
敵は中距離の触手での攻撃、だがナイフを刺すためには零距離まで接近しなくてはならない。投擲と言う手段もあるが訓練していないので可能性は薄い。
見たところ触手の攻撃は音速を超え、人間の動体視力の限界を更に越えている。
そんな相手に接近戦など死なば諸共でなければ出来る訳が無いのだ。
止めようとしたがもう遅い、レイは命令どおり肩にあるプログレッシブナイフを取り出して使徒に迫っていた。
◆―――第三新東京市、市街
トウジは倒れながらも遠く離れた位置にいる使徒の姿を見て、ほっとした。
少なくとも目の前の危機はいなくなったのだから。
だがその安心は警報によって遮られた、見てみると参号機の左側から警告が出ていた。
「何や！」
視線をそちらに向けてみると、凄く見知った顔があった。
「ケンスケ！何やっとんのや！？」
発令所のモニターには《相田ケンスケ》のプロフィールが表示される。
《トウジ君のクラスメート！？》
《何故こんなところに？》
ミサトもリツコも慌てふためくが、珍しくミサトがすぐさま指示を出した。
《トウジ君？そこの民間人を操縦席へ。回収した後初号機共々一時退却、出直すわよ！》
《許可のない民間人をエントリープラグに乗せれる思っているの？》
《私が許可します！》
《越権行為よ葛城一尉！！》
「わ、判りやした！」
リツコが止めようとするがトウジは指示そのままにエントリープラグを排出する。
《ま、待ちなさいトウジ君！あなたのシンクロ率じゃ・・・》
「ケンスケ、はよ乗らんかい！！」
「トウジ・・・やっぱりトウジなのか！！」
ケンスケは親友の言葉に導かれるように顔だけ持ち上げた参号機のエントリープラグへと入っていく。
しかしそこはＬＣＬの満たされた空間、当然防水処理されていないカメラは壊れた。
「ああーカメラ、カメラが！！」
《再エントリースタート！》
ケンスケの悲しみなど知った事ではないオペレーターの声がスピーカーから響く。
◆―――ネルフ本部、発令所
「神経系統に異常発生！」
「異物を二つもプラグに挿入したからよ、神経パルスにノイズが混じってるんだわ」
マヤとリツコは正確に状況を把握するが、それを遮るようにミサトは叫ぶ。
「トウジ君！一時撤退よ。回収ルートは３４番、山の東側に後退して！！」
《了解です！！》
「レイも聞こえたわね、一時撤退よ」
しかしミサトの命令どおりに使徒に対して近接戦闘を仕掛けていたレイにその命令は遅すぎた。
ドゴッ！
鈍い音がしたと思ったら、初号機の腹は触手の一本に貫かれていた。
ナイフによる攻撃にはまだ遠い、腹部に走る激痛を堪えながら強引に接近しようとするレイだったが。もう一本の触手が肩に突き刺さり、転倒させて初号機を地面に縫い付ける。
「レイ！！」
「参号機シンクロ率急低下！」
「エントリープラグ内、浄化フィルターにも異常発生。目詰まりです！」
「ＬＣＬの浄化不能！プラグ内、無菌状態を維持できません！」
「参号機、完全に沈黙！！」
「パイロット、および民間人気絶しました！！」
初号機の負傷に引き続き、新たにオペレータが読み上げる参号機の異常。
「ちょっとどういう事よリツコ！」
「ミサト・・・・・・トウジ君の低シンクロ率じゃ異物が入ると起動指数以下に落ちてしまうのよ、それに泥だらけの民間人を放り込んだからＬＣＬが肺にまで汚れを吸い込ませてしまったの・・・」
「それって・・・」
「パイロットが気絶したままじゃ、参号機はすぐには復活できないって事よ！！」
止めようとしたのにこの始末、親友のあまりにもずさんな指示でエヴァ両機が動かなくなった。
「初号機が止まったら・・・もう打つ手は無いわ」
リツコは最後の希望を口にするが、その初号機は使徒に腹部と肩を触手に貫かれて道路に縫い付けられて身動きが取れない状況、早ければすぐにでも破壊されてしまうだろう。
発令所内に緊張が走った。
それの名は『絶望』、エヴァが負けて人類全滅と言う最悪のシナリオが脳裏をよぎる。
そんな時だった。
まるでこうなるのを待っていたかのように第三使徒戦のときと同じように戦況が一変する。
「初号機直上にパターン青！！ＡＴフィールド発生！」
◆―――第三新東京市、市街
『天使』
誰もがそれを見てそう思った。
漆黒の衣装に純白の仮面と白い長髪にオレンジ色の光り輝く１２枚の羽。第一次直上会戦と時の姿形そのままに”碇シンジ”がそこにいた。
シャムシェルは空中に突然現れた物体を見上げてキョトンとしていた。
触手は今だ初号機に突き刺さったままだが、顔が少しだけ上に向いているように変化する。
ほんの数秒、何も動かない時間が過ぎ去ったが。
真っ先に動いたのはシャムシェルだった。
左右に伸ばした触手の付け根から、新たに二本触手を作り出してシンジを攻撃する。
（サキエルと同じだね）
（やっぱり紛い物の僕じゃ還りたくないんだ）
（それにしても機能増幅！？）
（進化する兵器・・・）
（使徒の力はどこまでも強くなる・・・）
（ただ還る為に）
シンジは両手を前に伸ばすと、それに呼応して１２枚のうち三枚二対の羽が左右から巨大化しつつ前に出て触手を掴む。
人間の常識を越えた音速同士の攻防。
シャムシェルは必死になって掴まれた触手を外して再度攻撃しようとするが、シンジは羽を同時に操って掴んだまま硬直体勢に持っていく。
◆―――ネルフ本部、発令所
「全計器フル稼働！取れるだけデータを取って！」
「りょ、了解！」
「映像、光学、粒子、音声、全てよ！一つも取りこぼさないで！」
発令所ではモニターに写る使徒同士の戦いのデータを取る為にリツコが奮戦していた。
直属部下でもあるマヤはそれに答えキーボードを打ちまくる。
◆―――第三新東京市、市街
触手を絡め取った事を確認したシンジは残りの六枚を巨大化させて初号機に突き刺さっている触手を掴んで引っこ抜く。
触手一本に対して三枚の羽、四本の触手と１２枚の羽が掴み合ったまま動きを止めた。
《ミサト！何してるよ、チャンスよ！！》
《そ、そうだったわ、レイ！何とか攻撃して！！》
腹部と肩口を貫く激痛に耐えながらレイは薄れる意識で発令所から届くリツコとミサトのやり取りを聞いていた。
顔を上げてみると、そこには黒い塊から生えたＡＴフィールドが使徒の触手を押さえ込んでいた。
《起き上がってレイ！今しかチャンスは無いわ！！》
（使徒と接触していれば魂は回収できる）
（どうして僕がやらない？）
（どうして僕自身の手でカヲル君の欠片を取らない）
（どうして？）
（どうしてネルフに背中を預けてるの？）
レイは自分を押さえつけている物がなくなっている事に気がつくと、初号機の手と足を使って前に出た。
倒されたがナイフはまだ手の中にあったので、握りなおして無防備になったシャムシェルのコアに向かってナイフを突き刺す。
ドスッ！
鈍い感触の後、擦れ合ってナイフとコアの間に火花が生じる。
目以外の顔は見えないが、シンジは必死になってシャムシェルの触手を押さえつけていた。
少しでも気を抜けば、触手は羽から抜けて初号機を襲う。
（還れシャムシェル！）
（魂の還るべき場所に）
レイが渾身の力を振り絞ってナイフをコアの更に置く深くに突き刺すと、紅く光っていたコアは光を失って赤黒い色に変わった。
その様子に満足したレイは、初号機の電源は切れていないにも関わらず地面に倒れこむ。
シンジが掴んでいた触手も姿を消して、１２枚の羽は大きさを元の小ささに戻して背中へと戻っていく。
（ごめん綾波・・・）
シンジはコアを破壊されて動かなくなったシャムシェルと、地面に横たわった初号機。
それと山の頂上、エントリープラグの中で気絶している二人を乗せた参号機を残したまま、前と同じように消えた。
またしても一瞬の出来事で発令所の誰もが言葉を失っているが、さすがに二度目なので復帰は早かった。
「日向君・・・目標は？」
「は、はい！パターン青消滅、エヴァ両機共に健在です、パイロットおよび民間人全て生きています」
「・・・そう」
誰に言われるまでも無く、今回の戦闘では完璧に『助けられた』。
倒すべき相手に助けられる事が悔しくて呪いたくなるが、その助けが無かったらエヴァで使徒を倒せなかったのもおそらく事実。
ミサトの内心は複雑だった。
第三新東京市では、もう日が暮れようとしていた。