綾波の行方不明騒動が解決してから三日が過ぎた。
もともとの原因は赤木リツコ女史にあるのだが、これを知っているのは僅か少数のみだった。
猫になったことを知るシンジからあの白い猫は本当は綾波だったんじゃないの?と説明を求められた。
「人間が猫になるなんてまず有り得ないだろ?それにあの猫は出張先から帰ってきた叔父に返した。」と言って何とか有耶無耶にするが、シンジは半信半疑ながらも納得してもらい、渋々引き下がった。
―――全く、シンジの奴疑り深いな。…見た目はただの中学生なのに侮れないよな。
シンジの直感センスには毎度の事ながら驚かされるばかりで、ひやひやするのもたまにある。
綾波が学校に登校したときにはクラスでは騒ぎになったらしいが、一週間も経てばその騒ぎも収まった。
そんなことは他所にもうじきサンダルフォンが襲来するであろうタイムリミットが近づきつつあった。
とそんなことを考えていたら周りが何かしらの話題で賑わっていることに気がついた。
「今度の修学旅行ってさ沖縄だろ?俺さ、スキューバダイビングって初めてなんだよな」
「ふふふ、それだけじゃないぜ!青い果実が成長する時期…もとい○学生の柔肌が見れる!女子の水着姿を眼にとくと焼き付けるのさ!」
「「「おおおお!!」」」
なんてことを言ってたりする会話が聞こえてきた。
そういえば、修学旅行も近いんだっけ、忘れてたなぁ。
ここんところ忙しくてすっかり忘れてたよ。
……そういえば、使徒が襲来するかもしれないからシンジ達は待機だったっけ?
ある者からもらった"記憶"からサンダルフォン襲来時の記憶を呼び起こす。
忠実どおりに歴史がそのままならシンジ・アスカ・綾波は使徒襲来に備えてNERVにて待機ということになる。
しかし、自分と言う存在そのものがイレギュラーなので歴史より早く襲来する可能性も否定できない。
自分はNERVに属するものではなくただの中学生としてここにいるわけなので修学旅行には行こうと思えば行く事はできる。
だけど中学生時代なんてとうの昔に終えているので修学旅行に行きたいなんてとても思えなかった。
こう考えてしまうのも無理もないだろうといわれても仕方が無いと思う。
なにしろ何千、何万と永い時を生きてきたのだから身体は少年でも頭の中身が違う。
そう、達観した老人以上に…いや下手すれば賢者以上の並外れた考え方を持っているのだ。
だからだろう精神年齢が桁違いなので考え方がどうしても違えてしまう。
だから同年代とは噛み合わないのだ。
そんなくらい思考から修学旅行の期間はどうしようか切り替えようとしたら不意に後ろから声をかけられた。
「……どうしようかなぁ。」
「何がどうしようだって?」
「ぬぅおおお!…シ、シンジか、どうした?」
考え事をしているときに急に後ろからシンジに声をかけられた。
昔っから考え事に没頭していると周りのことを気にかけるのを忘れてしまう癖があるのだ。
この癖は直さないと…と考えながらシンジにどうしたんだ?と聞く。
「ああ、うん。今度の修学旅行だけどショウはどうするの?」
「?…なんでそんなことを聞くんだ?お前も行くんだろう?」
「うん…でももしかしたら行けないかもしれないんだ。」
やはり行けないのかと予想していたことが当たった。
「ほら、僕がエヴァのパイロットって事は知っているよね?」
「ああ、もしかして使徒とかっていう奴が来るかもしれないからか?」
「うん。……って使徒のこと言ってたっけ?」
ギクッ!
迂闊だった。
本来使徒の存在については一般人には秘匿扱いとなっているので知られているはずがなかった。
シンジがショウの口から『使徒』と言う言葉を知っていることに訝しげに思った。
「あー。俺ね、少し前に逃げ遅れたこともあってそれで知ってしまったんだ。」
「…ふぅん?」
「…修学旅行にいけないなんてご愁傷様だな。せっかくの中学生時代の一大イベントなのにな。」
「全くだよ!楽しみにしていたのに!綾波の水着姿が見られると……いやなんでもない。」
話題を変えることに成功して、少しほっとする。
「ふぅん?見たかったのか?レイの水着姿。これはいい事を聞いたな。言っちゃおうか?」
「や、やめてよ!知られたら綾波に変な目で見られるよ!」
「まぁ、あれだな。中学生って異性に興味を持つ時期だからな。そう思ってもおかしくないさ。若いねぇ。」
「……それ、なんかオヤジ思考っぽいよ。」
オヤジ思考なショウに少し引くシンジだった。
シンジも修学旅行に行くことを楽しみにしていたらしく待機ということで少し気分は下降気味だった。
「…もしも仮にその使徒とやらが早く来たら修学旅行もいけるかもしれないだろ?」
「そんな都合のいいことが来るわけないよ。」
「まぁ、そうかもな。」
外は全くの快晴で曇り一つもない空に燦然と地を照らす太陽があった。
耳を澄ませば蝉の鳴き声が聞こえてくる。
















EVANGERION
Another Story
漆黒の騎士と白衣の天使

―第十七話―
―The offense and defense in the incandescence―
―灼熱の中の攻防―
















現在、浅間山の頂上に三体の巨人が佇んでいた。
その上空には失敗したときの保険として戦略自衛隊のヘリがホバリング待機していた。
しかも、最悪なことにN2地雷が装備されている。
蒼の機体・エヴァ零号機と紅の機体・エヴァ弐号機、紫の機体・エヴァ初号機だった。
そのうち一体のみがダルマ状態で耐熱ボディを装着していた。
余談ではあるが、これを見たアスカは勿論如く抗議した。
これに綾波が自ら行くと言った事にアスカは更に憤慨して、自分がやると俄然やる気になった。
今から、浅間山で使徒を襲撃しようとしていた。
事の発端はリツコ率いる研究課チームが使徒らしき物体をレーダーで観測したとの事でエヴァのパイロットを務めるシンジ、アスカ、綾波は修学旅行返上で作戦に赴いていたのだ。
修学旅行はNOだとミサトに言い渡されたときアスカは当然の如くキレたらしい。
それはさておき、今作戦が決行されようとしていた。
エヴァ弐号機の背中のクレーン装着ユニットに掴み手がガチッと音をたてて、吊り上げようとした。
そして、摂氏1000℃を超える灼熱のマグマへと突入した。
「熱っついわね〜。まるでサウナよ。」
「我慢してね。すぐに終わると思うわ。」
「全く。修学旅行にいけない上に使徒を倒さなくちゃならないだなんて腹立たしいわよ!」
「近くに温泉がわよ。これが終わったら皆で疲れを癒しましょうね。」
「温泉かぁ〜。まぁ、いいわ!日本の趣って奴を勉強するいい機会ね。わかったわよ!使徒はまだなの?」
「まだ奥底よ。頑張って頂戴。」
そういって、アスカにミサトが激励の句を残して通信をきった。
「目標は後どれぐらいで辿り着くのかしら?」
「あと1000メートルほどですね。…それにしてもエヴァをマグマに放り込むなんて無茶な話ではないですか?」
「仕方ないわよ。人類の存続が掛かっているんだからリスクが伴うのはやむを得ない事よ。」
浅間山臨時発令所の役目をするモニターのカーゴタイプの車で様々な通信と使徒とエヴァの状況、サーモグラフィー、パイロットの体調管理の状態など多くの情報がモニターに映し出されていた。
リツコとミサトはそれぞれの情報を確認しつつ、集中していた。
「陸、海に続いて今回は地中。しかもマグマの中だなんて使徒ってのは得体が知れないわね。」
「私達科学者には興味深いデータだけれどね。」
「…でも今回は使徒を殲滅じゃなくて確保でしょ?全く上の考えていることって理解しがたいわ。」
「今回は使徒のデータを得る為に確保するのよ。今は幼虫の状態でまだ成虫には孵化していない今がチャンスなのよ。これで後の使徒に対抗するデータが得られれば儲けモノよ。」
レポートを手にしながらリツコが言った。
モニターにはエヴァの今いる場所を示すポインタが使徒のいる目標下降地点近くまで迫っていた。
「限界深度オーバーしました!目標まで後300メートルです。耐熱ボディも融解が徐々に見られます!このまま、下降を続けては危険です!」
悲鳴にも似た声で返してくるオペレータの一人マコトが言った。
「責任は私が持つわ。そのまま、作戦を続行しなさい。」
ミサトは今も三尉ではあるが、これを三佐に再昇格のチャンスとくれてやると碇指令から命じられた。
そして、今、ここで指揮を執り行っているのだ。
「ねぇ、本当にあの耐熱ボディ耐えられるの?こんなことを言うのは駄目だとは思うけど…不安よ。」
「大丈夫よ。論理的にも数値的にも耐えられることをMAGIが言っているんだもの。私も念のため調べたけど耐えられると推測できるわ。」
レポートから目は一切放さずにそのままで返してきた。
「…そう。日向君、使徒の状況は?」
「先ほどから変化は見られません。このまま何事もなく終わればいいですけど……!!これは!?」
ビィーッ!ビィーッ!とけたたましい警告サイレンが車内に鳴り響いた。
使徒の状況を示す表示ウィンドウが赤の警告を示すように点滅し、睡眠していた幼虫状態の使徒が見る見るうちにもぞもぞと蠢いている。
「どうしたの!?」
「そんな!まさか!孵化が予定よりも早いわ!」
「使徒が覚醒したというの!?」
『ちょっと!どういうことよ!?まだ、見えてもいないのに覚醒だなんて聞いていないわよ!』
モニターにアスカからの通信が入った。
『覚醒した?俺たちはどうすればいい!?このまま待機なのか?』
『私たちは何をすればいいのですか?』
続いてシンジからの通信が入る。
「くっ!シンジ君とレイちゃんはそのまま待機よ!ただし、万が一の為に武器課が支給した冷却弾装備のフリーズライフルを持って頂戴!アスカはプログナイフで使徒を迎撃の為に装備!」
『わかったわ!』
『『了解。』』
アスカはまだ見えぬ使徒の姿がいつ出てくるかわからない状況で神経をすり減らすほどに極限にまで集中をする。

浅間山から、NERV所員のいる所から少し離れた木々の陰に隠れているノーバディの姿、もといショウの姿があった。
今回はいつものコートではなく上着に紺色をしたフードつき半そでのパーカーにベージュ色の七分ズボンを着るといったラフな格好であった。
「この使徒も予定よりずれているのか。…このままでは未来の予定調和も狂う…。サンダルフォンも覚醒した今、俺はまだ出るべきではない。今回はシンジたちに任せてみるのが吉かもしれないな…。」
ショウは手元に携帯ポータブル情報端末を手にして、小型スピーカーから音声が流れていた。
音源はミサトとリツコのいる臨時発令所カーゴ型車の室内からだ。
前もってショウが暇のある時間に自宅で小型のスパイ用ネズミ型盗聴器を作り、作戦の実行される数時間ほど前に忍ばせたのだ。
昔から手先が器用だった彼にはできる芸当だ。
また、科学者だった経験もあるのでこういったものを作るのは得意でもある。
スパイ用のネズミのロボットの体内にはこの時代のCPUよりはるかに優れた情報処理能力を持つ端末が内蔵されているのでリアルタイムでかつ、音や映像を鮮明にそのままの状態で送り込まれることが可能なのだ。
遠隔操作も電波の届きにくい地域でもごく微細な電波を受信することができればプログラムされた実行コマンドをすることができる。
「(さて、エースパイロットの名乗るその実力が伊達ではないことを証明できるいい機会だ、惣流・アスカ・ラングレー。その腕前見せてもらおう。シンジとレイは今回は待機か。どう動くかな?)」
携帯端末から目を外して、遠く離れた浅間山の火口近くに見える紫と蒼の巨人を見据える。
見据えるその先には巨大なライフルを構えている姿が見える。

アスカは未だにまだ見えぬ使徒の姿を探すことに躍起になっていた。
かなり奥深くまで潜った所為かアスカの呼吸も荒く、息苦しさが見える。
また、エヴァの耐熱ボディも融解が目立っており、以って数十分が限界と見える。
「ったく!こっちは暑いんだから、早く出てきなさいよ!」
『アスカ!使徒が急上昇を始めたわ!対流を利用して、上に迫ってきているわ!チャンスは一度きりよ!うまく殲滅して頂戴!』
「全く簡単に言っちゃってくれるわよ。しょうがないわね。」
アスカは苦虫を噛み潰した顔をしながら、インダクションレバーを引く。
耐熱ボディのライトアームの武器ボッドからプログナイフを取り出そうとするが。
「あっ!?プログナイフが炭化しているわよ!」
『なんですって!?』
『アスカ!これを!』
通信からアスカのプログナイフが使えないことを知ったシンジはエヴァ初号機のウェポンラックより耐熱強化コーティングが施されたプログナイフ・改をマグマの中へと勢いよく強く投げ出した。
「はやく!はやくぅ〜〜〜っ!使徒が来る〜!」
プログナイフは未だにアスカの搭乗するエヴァ弐号機のいる深度にまで到達していない。
プログナイフが下りてくる間にもサンダルフォンが迫ってきていた。
サンダルフォンは止まる様子を見せることなく緩急をつけて猛突進して身体ごとエヴァ弐号機に体当たりした。
――ドガンッ!
「きゃあっ!」
耐熱ボディで守られているとはいえ溶岩にも耐えうることのできるサンダルフォンの固い外殻でダメージを与えた。
これに大きく揺られて使徒から離れることができた。
「流石に固いわね…!来たっ!」
使徒が再び攻撃を繰り返そうと大きく離れたそのときにシンジが乗るエヴァ初号機の手から投げられたプログナイフが見えてきた。
ところがサンダルフォンはエヴァがそれ手に使用としていることに気がつき、させまいとしようとプラグナイフを口から圧縮された火炎弾を吐き出すとそれを破壊した。
「あっ!…そんな!」
一方発令所でもその様子がモニターに表示された。
「あの使徒!口から炎の弾を吐き出したわ!」
「そんな筈は…あの使徒成長しているの!?学習能力が高いわ!」
モニターにはサンダルフォンが相手の攻撃手段を妨げたことに満足したのか再び猛突進を繰り出そうとしている様子が映し出されていた。
「アスカ!」
「どうすればいいのぉ!肝心の武器はあれしかないし、他に何か対抗できる武器はないの!?」
「ごめんなさい。こんな事は予想していなかったことだから武器はそれしかないのよ。今回は捕獲することが目的だったから…。」
「そんなのはどうだっていいわ!攻略法はないの!?」
「…………。」
アスカの問いにミサトは答えられなかった。
場所変わって、アスカとサンダルフォンのいる火口ではエヴァが押されていた。
サンダルフォンが電光石火の如く体当たりを繰り返している。
体当たりされるごとにエヴァ弐号機の耐熱ボディに亀裂が入り始めた。
ミシミシと嫌な音がアスカの身体を伝わって感じた。
「無防備相手に嫌な攻撃!なんとかならないの!?」
「アスカ!熱膨張だ!冷却パイプを利用して…。」
「そっか!それだわ!」
シンジのアドバイスによってアスカは意味を理解したのかエヴァを動かし、ワイヤーと繋げている冷却パイプを素手で引き千切ろうとする。
サンダルフォンに攻撃されながらも耐えながら賢明に千切る。
「こんのぉぉぉぉお!千切れなさいよぉ〜〜〜っ!」
思いが通じたのか渾身の力でパイプを千切った。
「切れたっ!13番パイプを!はやくぅ!」
「13番パイプよ!冷却液を最大まで!!急いで!」
リツコの指揮でオペレーターたちは指を急がせ、必要なコマンドを入力する。
コマンド入力を終えると同時にエヴァ弐号機の手に持つパイプから冷却水が一斉に溢れ出てきた。
次第にそれはエヴァ弐号機の周りを急激に冷やした。
冷やされた範囲にサンダルフォンが入り込むと動きが鈍り始めた。
しかし、それでもなおエヴァ弐号機に突進を仕掛けてくる。
「チャンスは一度きりよ!使徒を誘き寄せて、口の中にそれを突っ込んで頂戴!」
「いいわ!さぁ、来なさい!」
アスカは目の前に迫ってくる使徒に集中しながら、反撃のタイミングをはかる。
そして、それはエヴァを丸ごと飲み込もうかのように大きく口を開き噛み付いた。
半ば呑み込まれながら手に持った冷却パイプを丸ごと胃の中に突っ込むように入れた。
次第に効果が現れて、サンダルフォンの力が弱まってきた。
力は見る見るうちに衰えて、力尽きエヴァ弐号機を吐き出すと段々と灼熱の底へと沈んでいった。
サンダルフォンの身体に亀裂が入り、頭が…身体が…コアが砕け散り、ボロボロと壊れていった。
それを見たアスカは安心したように息を吐いた。
「ふぅ…やっと倒したわ!さぁ、引き上げてよ!もうこんなところいられないわ!このままじゃ私の身体が干からびてしまうわ!」
「よくやったわね。今引き上げるわ。エヴァを回収して頂戴!」
使徒が殲滅されたのを確認したミサトはエヴァを引き上げるように命令する。
しかし、事は突然にして起こった。
――…ミシッ!……ギヂッ…ギギ…ギヂッ…
「えっ?」
不意にエヴァに僅かな浮遊感を感じたアスカは嫌な予感が頭をよぎった。
上を見上げるとエヴァの背部に繋げているウィンチのワイヤーが溶岩による融解とサンダルフォンとの戦いによって受けたダメージが蓄積し、ストレスが爆発したようにそれは鈍い音を立てながら切れた。
――バヂッ!
ワイヤーが限界を迎えて、エヴァ二号機が下へ下へと落ちてゆく。
―――私が………死ぬ?
―――ここまで来て………もう終わり?
―――私…もう助からないの?
―――死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ…
「いやぁーーーーーーーーっ!」
死への恐怖に耐えられずアスカはパニック状態に陥る。
それから助けようと上から紫の巨人がエヴァ弐号機を掴んだ。
――ガシッ!
「アスカ!大丈夫だから!落ち着いて!絶対放さない!」
「……シンジ?」
「大丈夫!生きて帰ろう!皆が待っている。」
「………………馬鹿…無理しちゃって。」
エヴァ初号機は耐熱ボディも無しに灼熱の中へとダイブしたのだ。
済んでのところでエヴァ弐号機の救出に間に合うことができた。
見てみればエヴァ初号機のボディが融解し始めている。
しかし、アスカの目の前に映るエヴァ初号機に何処となく安心できたのだった。
――彼がいる…彼が守ってくれている
たったそれだけの想いがアスカの心を穏やかに保つことができた。
――ガクン!
「えっ?」
「へっ?」
エヴァ初号機より少し離れた上のほうのワイヤーがまたしても亀裂が入った。
エヴァ二体の重さに耐え切れなかったせいか、それが切れた。
――バキッ!
「「ええ〜〜〜〜〜〜っ!?」」
再び、エヴァは沈下し始めた。
「ちょっとぉ〜〜〜〜っ!せっかく助かったと思ったら何よ!これ!?」
「そんなはずは〜〜〜っ!」
「やっぱりあんた馬鹿シンジだわ!見直したと思った私が馬鹿だったわ!」
「そりゃないだろ!せっかく助けてやったのに!」
「助からなきゃ意味がないわよ!」
口げんかをする余裕があるところは流石シンジとアスカだった。
とそこに再び何かに掴まれている感を二人は感じることができた。
エヴァ初号機の上には綾波の乗る蒼の巨人・エヴァ零号機だった。
彼女もまた耐熱ボディ無しに灼熱の溶岩の中へと救出の為にダイブしたのだった。
エヴァ零号機も初号機と同じくボディが融解し始めていた。
「………今引き上げるわ。」
「綾波ぃ〜〜。」
「くっ…ファーストに助けられた…。」
シンジは綾波に助けられてほっとした。
アスカは綾波に助けられたのが気にいらないらしくしかめっ面になる。
しかし…。
――ガクン!
「え?」
「うっ!」
「いっ!」
またまたしても再び不吉な浮遊感に襲われる二人は旋律を覚えた。
額には熱による汗ではなく冷や汗がダラダラと流れ出ていた。
「い…いや、まさか…。」
「流石に…これはない…わよ……ねぇ?」
「………耐え切れないわ。」
綾波の冷静な分析に二人は死刑宣告を受けた囚人の如く顔が見る見るうちに真っ青になっていった。
やがて、それは耐え切れず切れた。
――バキン!
「「嘘ぉ〜〜〜〜〜!!」」
アスカとシンジは絶叫した。
最早、助からない。
絶体絶命、絶望。
最後の灯火が風に吹かれて消える寸前の状態だ。

「うまくいったと思えばこれか……しかたがない。」
呆れたようにショウがため息を吐きながら魔法の構成を編み始める。
足元に蒼の魔方陣が浮かび上がるとショウは詠唱を始めた。
「慈愛に満ちる大地よ、我の足を束縛せし鎖を解き放せ!飛翔(ウィング)!」
足元に光り輝く魔方陣が更に輝きを増していくとそれはショウの身体を包むように覆われた。
さらに魔法を構成し、呪文を詠唱する。
「更なる速さを、風よ、光よりも速く吹け!光速天翼翔(レィウィング)!」
金色のヴェールに覆われたようにショウの身体が輝き、晴天の空へと飛び立ち、浅間山の火口へと向かって行った。
再び魔法を構成しながら呪文を詠唱する。
「我、汝ら炎の精霊と契約を結びし者なり、炎の加護を受けたまわん!防炎障壁(ヴァンスフレイド)!」
詠唱を完了したと同時に炎のように燃え盛る蒼い炎の翼が背中に生えてきた。
正体を悟られないよう為に私服から黒のコートに一瞬にして変わった。
本来、そのコートには特定の者以外を対象に視覚妨害障害魔法の効果が掛けられているのだ。
したがって、正体は悟られる事は不可能だ。
だから、絶対に知られることはできないという自信を持っていたのだった。
そして、意を決して灼熱の溶岩の中へとダイブしていった。
溶岩の飛沫が飛び散りながら、深く深く潜っていった。
魔法の力によって加速されたショウはあっという間に目的の深度まで潜りエヴァが見えてきた。
見た限りでは何とか地上へと上がれないかとエヴァ初号機が平泳ぎしていた。
エヴァ弐号機はダルマの格好で手足をジタバタともがいていた。
エヴァ零号機は黙々としながら頭から沈んでいる様子が伺える。
「―――(…やれやれだな)引き上げるとしようか。」
綾波は深く沈んでいっているというのに何故か心はとても静かに落ち着いていた。
彼女の瞳には何かを期待しているような瞳をしていた。
やがて、何かを感じたのかはっと気がついたように目を大きく開かせる。
「………来る。」
やがて、彼女の予感は当たり、目の前に金色の輝きを放つ一つの球体に蒼の翼をつけたような見慣れないものが現れた。
綾波はそれから来る気配に安心感を覚えた。
――彼が助けに来てくれた
目に見えない何かを綾波は心で感じた。
目の前に浮かぶ金色の球体が揺らいだ。
――大丈夫か?
そんな時、彼の声――ショウの声が聞こえたようなそんな気がした。
これに綾波は微笑を返すように顔が和らぐ。
綾波はほっとするような不思議に落ち着いていく気になった。
一方、ショウも綾波の乗るエヴァ零号機に目を向けていた。
綾波のほうが気になって仕方がないのかショウは目をエヴァの中にいる綾波を見るようにして佇んでいた。
「(シンジの奴も惣流の奴も……レイも皆、無事みたいだな)」
ショウは三人の安否を確認すると再び魔力を溜め、魔法を構成する。
「蒼天の彼方より竪琴を奏でよ、彼の者達に小さな翼を与えよ…天歌(カントゥス・アンゲルス)!」
呪文詠唱が完了すると三体のエヴァが白の光の衣に優しく包まれるようにして輝きを放った。
「ちょっと!なによ!?あれ!?」
アスカは突然の金色の球体が目の前に現れたことに驚愕している。
「あれ?落下しなくなったよ!…ていうか浮いてる!?」
火口深くに沈んでいたエヴァが突然に緩やかに落下スピードが落ちて、止まったことに驚くシンジ。
「え?あ!ほんとだ!ねぇ、シンジ!さっきからエヴァの身体が光っているんだけど何よ、これ!?」
「えっ?」
シンジはエヴァ初号機のボディを見ると淡い白い光に包まれていることに気がついた。
―――これは?一体?…………この感じ何処かで覚えがある…。何故だろう?それに…落ち着く。
シンジはエヴァを包む光から覚えのあるものを感じた。
それからは害意は感じられない。
むしろ、落ち着くもので心地いい感じだった。
「アスカ、大丈夫。害意はないから安心してもいいと思う。」
「はぁ!?何言ってんのよ!パニくり過ぎて頭がいかれたの?」
「(よく、いうよ。さっきまで一人で死ぬかもしれないって怯えてたくせに…。)」
「なんか言った!?」
「ナンデモ(汗)。」
本音を心の中で言ったにも拘らず、女の勘とやらで、鋭く感じたことにシンジは冷や汗を流した。
触らぬ神に祟りなしやらなんやらでここは何も言わないのが吉だと感じたシンジは何も言わなかった。
「―――……(そろそろ引き上げるか。)」
ショウは上を向いて、ゆっくりと天へと向けて青空目指し、上へと舞い上がった。
それに続くようにエヴァも舞い上がる。


臨時発令所車内ではエヴァ三体がマグマの中にワイヤーなしで沈下していく様に焦燥感と危機感で喧騒としていた。
「ちょっと!なんとかならないの!?」
「……無理よ。シンジ君もレイも助けにいったのは良くても肝心のワイヤーが切れてしまったんじゃ助からないわ。…もはや絶望的よ。」
どうにかならないのかと囃し立てるミサトにリツコは冷静に状況を分析して、結論を出す。
それはとても残酷な真実だった。
どう考えてもエヴァが…子供たちが助かるとは到底思えない。
子供たちはエヴァのボディとコックピット内の室内温度の自動調節機能、生命維持装置があるので時間的には生き延びられるだろうが、エヴァのボディの耐久力は高くても、摂氏2000度を越す溶岩の中ではいずれ、ボディが完全に融解し、消し炭になるのは目に見えていた。
仮にエヴァを助け出す為のワイヤーがあったとしても摂氏2000度の灼熱の溶岩だ、それに耐えられるかの課題もあるし、それがクリアしなければ助けだすのは到底不可能だ。
「私たちは……爪を噛んで見るだけしかできないの…?」
「………ミサト。」
悔しさに打ちひしがれるミサトの身体が震える様子にリツコはかける言葉が見つからなかった。
ミサトはリツコと違って子供に対しては保母に似た考えを持っているのだ。
―――エヴァよりも子供の命が大切。
そんな考えを持っているのだ。
軍人である者にとって任務を遂行するのにこういった考え方は邪魔なものではあるが、それはミサトにとっての良心でもあり、本当に正しい考えだとミサトは信じているのだ。
「これは!?一体何が!?」
「どうしたの!?」
突然の驚きの声にリツコはオペレーターに聞く。
「はっ…それが…ワイヤーがないはずのエヴァが…浮上を始めたのですが…。」
「なんですって!」
「シンジ君達は無事なの!?」
―――エヴァが浮上を始めた。
この吉報にミサトは身を乗り出すように飛びついてきた。
モニターには間違いなく三体のエヴァを現す赤と蒼・紫のポインタが深度零メートルを目指して浮上しているということが表示されていた。
「お願い無事でいて頂戴…。」
無意識であってかミサトは胸の前に指を絡めて両手を握り締めて祈る。
エヴァが地上に出るまでミサトとリツコはモニターから目を離さなかった。
「(―――――憶測でしかいえないけれど今のはきっと……ノーバディね。)」
ノーバディが関わっているであろう事は口にはしなかったリツコだった。


長らく溶岩の中にいたエヴァがついに灼熱の海を突き破って地上に現れた。
大きく火口から跳ぶとそれぞれは着陸した。
上を見上げると赤で満たされた世界から解放されると同時に蒼に満たされた空が懐かしく思える。
「生きているのね…私たち…。」
「なんだかもう蒼の空が懐かしく感じるよ…。」
「……………。」
たった数十分しか溶岩の中に入っていたのに久々にみる景色が懐かしく感じられたアスカとシンジ。
それと同時に生きているのだという九死に一生を得たという気持ちと安心感と開放感で一杯だった。
綾波は人を探すように辺りを見回したが目的の人物が見当たらない。
一方、ショウはエヴァから離れた温泉街の一角にあるホテルの屋上にいた。
いつの間にかコートで覆われていた服装も私服に変わっていた。
「(全く、あいつらに関わると疲れる…まぁ、退屈はしないがな)………久し振りに温泉に入るか。」
ショウはエヴァの姿を確認すると屋内に通じる扉の中へと消えていった。


山の陰から差し込む夕日の温泉街、そこで少数ながら賑わう観光客の姿、常連のもの、地元の者があった。
その中の一つ、民宿『はるか』があった。
築140年のやや古ぼけた民宿ではあったが、年を重ねるたびに何度か補強工事を行ったせいもあり、いくつか新調されている箇所が見える。
明治時代からある老舗は珍しく明治時代からある宿はセカンドインパクトが起こって以来めっきり減ってきたのだ。
その中でも民宿『はるか』は天然の温泉が枯渇することなく今でも尚保ち続けていることで人気があるのだ。
今では子供から老人まで人気があり、一般開放されていて多くの人気を得ているらしい。
ショウは今、その温泉宿にいた。
「(温泉なんて何百年ぶりかなぁ…。さっきまで使徒襲来(?)による警報があったせいか客が少ないな。)」
檜(ひのき)の桶のなかに手ぬぐいと洗面用具、着替えの浴衣を手に温泉に入ろうと宿のロビーを歩いていた。
築140年だけあって年季の入った旅館で古ぼけていて、それでいて懐かしい雰囲気があった。
「俺の生まれは田舎町だからなぁ…だからかな?懐かしいと思えるのは…。」
懐かしい雰囲気にショウは自分の生まれた故郷を思い出した。
発展した都市にはないもの、現代の人の忘れられた自然に対する思いが詰まった懐かしいものがある田舎。
海に面していて、潮風が心地よかったのを覚えている。
父に連れられて、温泉に通っていた幼い頃の俺……。
でも今は父の顔も母の顔すら朧げで思い出せない。
厳しかった昔堅気の父、全てのものを包むように優しかった母、それだけは覚えている。
弟妹達の顔すらも思い出せないが名前は覚えている。
瑠璃、少し生意気で琥珀とは気が合い、少し男勝りな妹…
琥珀、何かと明るく天真爛漫、行動を起こすと必ず問題を起こす破天荒な弟…
瑪瑙、瑠璃とは正反対で明るく、おっとりとしていて天然で呆けることがあり、笑わせてくれた妹…
珊瑚、末っ子の妹、いつも大人しげで少し引っ込み思案で顔見知りの妹…
自分は長男なので父と母が仕事で忙しく構ってあげる暇がなかったので自分が代わって面倒を見ていたことを今でも覚えている。
いつも瑠璃と琥珀には振り回されっぱなしで面倒を見ると必ず疲労困憊になったのを覚えていた。
まだ普通の人間であった頃の俺はインドアに偏りがちだったので、体力・筋力は劣っていたので筋肉痛になることがしばしばあった。
馬鹿やっていた頃が懐かしく思える。
あの頃に戻れるならもう一度…と何度思っただろうか。
今となってはもう会えない…。
会いたいと願っても、望んでももう二度と会うことができない…。
悲しい思いに沈むショウは脱衣所の入り口の暖簾(のれん)をくぐっていった。


―――カポーーン…
石積みで囲んだ石風呂に白く濁った白濁色の温泉が白い湯気を撒き散らしていた。
そのなかでショウ一人だけが湯船を独占していた。
というか客があまりいないのだ。
居ないお陰もあって周りは静かでのんびりと入り浸っていた。
僅かに吹くそよ風が湯船から出た肌を冷やすのと身体の半分が湯で温まり、ちょうどそれが気持ちよく感じさせた。
まだ、完全に沈んでいない山からの陽が差し込んでいてそれが湯気でぼやけていて何処となく風流だった。
「あ〜〜〜。やっぱり温泉は気持ちいいわ。」
思わず口には出さずにいられない気持ちになった。
とその時後ろから足音が聞こえてきた。
他の客が入りに来たのだろうかその足音はこっちに来ていた。
次の瞬間、飛沫をあげて湯船に入ってきたのは人ではなかった。
何かしら丸みを帯びた黒い物体が浮かんでいた…もとい泳いでいた。
よく見てみるとそれはペンギンだった。
しかも手ぬぐいを頭に載せてくつろいでいた。
「人懐っこいな…っていやいやそうじゃなくて…なんでペンギンが温泉に?しかも手ぬぐいを頭に載せちゃっているし!」
ありえねぇ!Why?何故?ペンギンって普通極寒地域に生息するもんじゃなかったっけ!?
「も〜、ペンペン!湯船に飛び込んだら駄目じゃないか!すみませんでした!……って!何で!?ショウがここにいるのさ!?」
後ろを振り向けば、そこにいたのは驚いたことになんとシンジがいたのだった。
これに自分は思わず驚いた。
「シンジぃ!?いや、俺は温泉に来たんだけど…っていうかどうしてここに!?」
「え?僕?さっきまで使徒と戦っていたんだけど終わったからここで温泉に入ろうって事でここに着たんだけど…ていうかさ!何でここにいるの!?修学旅行はどうしたの!?沖縄に行ってたんじゃなかったの!?」
どうしてここにいるの!?とは思わずにいられないシンジだった。
ていうか前を隠せ、見えているぞ。
ショウは思わず心の中でツッコミした。
「――〜〜〜っ!(よりにもよってここがシンジ達の宿泊宿だったとは〜〜〜!!迂闊だ〜〜!)その…俺は昔、身体が弱くてな…紫外線を諸に受けると肌が過敏に反応して蕁麻疹(じんましん)を起こすんだよ…今は治ったけどまだ後遺症で発作を起こす可能性があるから修学旅行は諦めたんだよ(よくまぁこんな嘘思いつけるもんだな、俺も…)」
これを聞いたシンジはあからさまに胡散臭そうな顔をしていた。
「ショウ…なんか嘘っぽいんだけど?ねぇ?本当のこといってよ?」
「いや、俺は嘘ついていないぞ?(汗)」
「ここにいるのはとても偶然とは思えないし、なんかささっき言ったことも明らかに嘘っぽいよ?」
「確かに…ここにいるのは偶然にしては出来すぎかもしれないが…だけどそれだけだろ?(汗)」
「……怪しい。」
「しつこいな、お前。(どうも、シンジは苦手だ!こいつは見た目とは反して感受性が高い!)」
その後もシンジとショウの探りあい(いやらしい意味ではないぞ!)をするが、女湯からのアスカによる桶が飛んでくるまではこの口論は続いた。
その後、綾波に会ったときは流石に驚いていたが、使徒のときに居たのを知っているので綾波はあまり追求しなかった。




                            ……………To be continued