ここ、NERV総司令執務室に三人の姿が在った。
高級そうなマホガニーの机の上に手を組み合わせている碇ゲンドウとその傍に立つグレーの制服を身にしている初老の男、冬月コウゾウがいた。
その向かいに立つのは紅色のNERV専用のジャケットを身にした女、葛城ミサトが立っていた。
沈黙の続く空間の中、冬月がそれを破った。
「どうしても考え直すつもりはないのかね?」
「はい。………この度の戦闘で満足した指揮はおろか、リスクを減らすように作戦を考慮できなかったことで私は自信を失いました。このままでは指揮系統だけでなく、現場での士気にも支障をきたしてしまいます。」
―――これで父の仇。使徒への復讐は潰えてしまったわね。
ゲンドウの机の上には一枚の封筒が置かれていた。
そこに書かれているのは“辞表”だった。
暫く、沈黙が続いた。
その沈黙を破るようにゲンドウが話した。
「この辞表は受け取れん。」
「!!…何故です!?」
ゲンドウからの返事に驚きながらもその真意を尋ねる。
やがてゲンドウは緊張した面持ちで話す。
「この間の使徒戦での一度の失敗ぐらいで辞めるだと?…馬鹿馬鹿しいにも程がある。」
「……………。」
「辞めることで責任を全うするなどと甘いことを考えるな。」
「……ですが。」
「辞めるならやるべきことをやってから辞めろ。」
ゲンドウはミサトの返答を待たずに遮って話す。
「………しかし、私としては作戦部長としての資格は在りません。」
そう私には作戦部長としても軍人としてもそれを語る資格はない。
先日の使徒戦でのシンジのことを思い出しているのだろうか、顔に苦虫をつぶしたような表情だった。
それだけではない、ラミエル戦の後に自分の実績を調べてみたが、ほとんどがNERVのエヴァによるものではなく、エヴァシャドウのよって殲滅されたものばかりで一度として成功したためしがなく、パイロットに負傷を負わせるばかりだった。
また、ラミエル戦では幸運にも落雷があったおかげで殲滅にはいたった(これはショウによるものではあるがミサトは落雷の正体を知らない。)がこれは自分の実績によるものではない。
「私はもう自信がありません…。」
「とにかくこれは受け取れん。……葛城一尉!」
「はっ!」
ゲンドウの呼び声に直立不動で形を整えて立つ。
「処分を言い渡す。」
「はい………。」
「今日付けで一尉から三尉に降格。及び減給六ヶ月。」
「!?……はい。」
ミサトはゲンドウから停職処分を受けると思いきや、それとはまた異なった処分に驚きを隠せなかった。
「お前がそのような調子では困る。暫くの間、青葉二尉に指揮を担当してもらうが、お前は戦略自衛隊に派遣し、そこで戦場認識能力のノウハウを鍛えさせてもらって来い。頃合を見てこっちに復帰してもらう。」
そう言って、ゲンドウは机の上に置かれた封筒を手にする。
すると突然それを破りだした。
「!?」
「これは必要ないだろう。」
「………。」
ミサトはあまりのゲンドウの突然の行動にその真意を見出すことが出来ず困惑するばかりだった。
対するゲンドウはサングラス越しでミサトを見つめていた。
その隣に立つ冬月はミサトの辞表提出に驚きを感じていたが、更にゲンドウの行動に驚いていた。
「以上だ。もう、これ以上言うことはない。」
「はい。これにて失礼いたします。」
ミサトは敬礼をすると回れ右をして、自動ドアが開かれると立ち去った。
そして、静かに自動ドアが閉まった。
立ち去った後、暫く沈黙が部屋を支配した。
「これでよかったのか?」
冬月が尋ねる。
「……問題ない。」
「答えになっとらんぞ。」
「葛城三尉には暫く動いてもらわねば困るのでな。あれでいい。」
「………全てはシナリオ通りか。」
それからは再び沈黙が続いた。
―同時刻・リツコの研究室―
リツコは椅子に座り、一台の机の上にあるパソコンを見つめながら何かを調べているようだ。
パソコンのディスプレイに表示されているのは天気図の記録らしきものが映っていた。
そこにあるのは第三東京市上空の天気図だ。日時はラミエル戦との戦闘時とその一時間前の記録だ。
一時間前の天気図には快晴で曇り一つもない。しかし、対する戦闘時では一時的に雷雲が急激に生成されたものが記録されていた。普通、自然に雷雲が急激に生成されることはない。
リツコはそれをおかしいと思って調べたのだ。
「……どう考えても在り得ないわね。」
雷雲が急激に作り出すとしても、積乱雲があるときにその雲の内部でかなり冷えている時にしか出来ないはずなのに、これはあまりにも不自然すぎたのだ。
―――意図的に雷雲を造り出したとしてもどうやって?
リツコは疑問を浮かべるばかりだった。
「魔法でもない限り無理ね。……ふっ、非科学的だわ。」
自嘲気味に笑うリツコ。
しかし、それが的を射ていることであることを彼女が知るはずもなかった。
―EVANGERION―
Another Story
漆黒の騎士と白衣の天使
―第九話―
---戦士達の休息---
---Rest of soldiers---
今日は学校もハーモニクステストもシンクロテストもない。せっかくの休みを満喫しようとシンジは羽根を伸ばしていた。シンジは未だにミサトの部屋に居候させてもらっていた。
最初、戦闘が終わったら別の所へ住居を手配しようと考えていたが、突然ミサトが上司であり、NERVの総司令である碇ゲンドウから、戦略自衛隊で訓練を受けて来いとの命が下ったので、シンジに暫くの間、留守番を任されていたのだ。
シンジも一瞬訳がわからなかったが、ミサトの熱意のこもった瞳で“私は戦自で軍人としてのノウハウを学んでくるわ!二度とお粗末な指揮をしないためにも私は必ず帰ってくるわ!”と言われたので、仕方がなく暫くここに残ることにしたのだ。
そして、ミサトはボストンバックを肩にして去って行ったのだ。
「しかしまぁ、いきなり一人暮らしになるなんて思ってもみなかったな。」
シンジは紺と白のラガーシャツに紺色のデニムの半ズボンで床に寝転がっていた。
と後ろからぺたぺたと足音が聞こえてきた。
「クエ〜ッ!(俺のことは忘れていないか!?)」
「あ、ごめん。ペンペンもいたよね。」
「クエッ!(わかればよし!)」
「ん〜。それにしても暇だな〜。そういや綾波は何やってんだろ?………そうだ!」
シンジは綾波のことを考えているとこの前、綾波の家を訪れたときのことを思い出していた。
その時に今度、壁紙などを買いに行こうなどと言っていたことが頭に浮かんできたのだ。
「それじゃ。早速、電話しよ。」
シンジは身体を起こす。
そして、受話器に手を掛けてダイヤルボタンをプッシュしようとした所で手が止まった。
「………って僕、綾波の電話番号知らないや。」
シンジは自分の迂闊さを呪っていた。
仕方がないので綾波の家まで直接行こうとシンジは玄関に赴いたのだった。
「ペンペン。今から友達の家へ行ってくるから留守番よろしくね。」
「クエッ!(任しとけ!)」
ペンペンは敬礼するようにして言った。
シンジもまたペンペンに敬礼をするようにした。
「では、シンジは綾波の家へ行ってまいります。ペンペン、留守番を頼んだぞ。」
「クエ〜ックエッ!(おう!任しときな!)」
そして、シンジは扉を開けて出かけて行った。
炎天下の最中、アスファルトは太陽の熱に当てられて熱を帯びていた。
むわっとする熱気が身体にあたって暑い。
シンジはこんなところにはいたくないと言わんばかりに自転車を漕いでは走っていた。
「暑っい〜!!こんなところにいたら干乾びてしまうよ!」
シンジは愚痴を言いながらもペダルを漕いでいく。
しかも、走っているところが上り坂なのでさらにキツさ倍増だ。
「ぐぉ〜!!なんだって上り坂があるんだよ〜!?」
一生懸命に漕いでは上って行った。
そして、紆余曲折あってようやく綾波の住む団地に到着し、今綾波の部屋の前に立っている。
シンジはドアホンを鳴らす。
しかし、ドアホンの鳴る音は全く聞こえない。
「あれ?まだ、直ってないのかこれ?」
仕方なく、ドアをノックする。
暫くするとドア越しに近づいてくる足音が聞こえてきた。
間もなくして、ドアが開かれた。
そこには制服姿の綾波がいた。
「碇君?」
「や、綾波。お邪魔しに来たよ。」
シンジは緊張気味にしながら綾波に話し掛ける。
しかし、綾波の後ろから来る声を聞いて、機嫌がやや下がった。
何故なら。
「誰か来たのか?シンジか?ちょうどよかった。」
ショウがいたからだった。
「………何でここにいるのさ?」
「居ちゃいけない理由でもあるのかい?」
「まぁ、いいけどね。」
「ここじゃあ、暑い。レイ、皆で部屋にあがろう。」
「ええ。碇君、あがってもいいわ。」
「あ、お邪魔します。」
シンジは綾波に促され、部屋の中に入っていった。
やはり入ってみるとどうしてもコンクリ剥き出しの壁と天井、廊下が嫌でも目に入ってしまう。
やっぱり、どう考えても人が住むような部屋じゃないなと思うシンジだった。
シンジはショウを何の気なしに見る。
彼は白の七分ズボンに黒の半袖シャツを着ていた。
「俺さ、ここに来た時はレイが暑さにやられて倒れていたんだぜ?」
「ええ!?何で?」
突然のショウの告白にシンジが驚いた。
「何でも、窓を全く開かず、水もろくに飲めず脱水症状を起こしていたんだよ。」
「エアコンは?」
「エアコンはおろか、扇風機やうちわさえも全くなし。」
「…水道はあるんでしょ?」
「断水になっていたんだよ。何でも今日は朝から昼までは断水になっているらしい。」
部屋の中にある冷蔵庫に“本日、朝の6時から10時の間、断水します。”と張り紙が貼られていた。
「…それでどうしたの?」
「幸い、冷蔵庫に氷があったからそれをビニール袋に入れて頭にあてて休ませた。それからはコンビニまでアクエリ買いにいって来て、与えたらついさっき目が覚めたんだ。」
「うわ。こんな暑い中ご苦労だったね。」
「帰ってくればエアコンもついてないんだから休めやしないったらありやしない。」
驚いた、ショウがここに来ていたときに綾波が脱水症状を起こしていたなんてとシンジは思った。
気が付けば、エアコンもない。窓は開けてはいるものの全く風が入ってこないので暑い。
ショウと綾波の手には団扇(うちわ)があった。
「それどうしたの?」
「ああ、うちわか?駅前でうちわ配っていたんでな、貰ってきたんだ。」
「そっか、貸してくれる?自転車でここまで漕いできて体が火照ってしょうがないんだ。」
「シンジもこんな暑い中ご苦労なこったな。いいぜ、ほれ。」
そういうとショウもシンジにうちわを貸してやった。
シンジはそれを受け取ると勢いよく振った。
「あ〜涼む。」
「それはよかったな。そういや、どうしてここに来たんだ?」
「あ、それはね。ええと、こないだ一緒に壁紙とか買いに行こうみたいなこと言っていたのを思い出したから、ここに来たんだ。」
「碇君も?」
綾波はうちわで扇いで涼みながら言った。
「え?碇君もって…?」
「牧野君も碇君と同じようなことを言っていたもの…。」
「え?ショウも?」
だからか、それで綾波の家に居たんだ。
だけど、居てなかったら二人っきりで行けたのにとシンジは心の中でチッと舌打ちした。
ああ、僕って腹黒いなあと自分で思っていた。
「まぁな、ここに来て、レイが倒れて居るのを見たらますます行かなければいけないなって思ったよ。」
「…ごめんなさい。」
綾波はすまなそうに謝った。
「ん?これは俺の単なるおせっかいだし、気にしなくてもいい。」
「……うん。」
「さて、そうと決まれば早速買いに行くぞ。」
「でもどこに?」
「駅の近くに大きい家具屋がある。インテリア素材も十分揃えがいいからそこへ行こう。ついでだ、扇風機も買いに行こう。扇風機さえあれば、熱さは凌げるだろ。」
駅前は人通りが多いので、そこにはカフェやファーストフード、洋服店、本屋、などさまざまな店があって豊富なのだ。ショウもそこにある家具屋でインテリアの素材や家具を購入しているのだ。それでその店についてかなり詳しかったのだ。今では常連と化していて、店長とは顔馴染みになっていた。
「すいぶん詳しいね?」
「まぁ、そこでほとんどの家具買っているしなぁ。」
「ふぅん。それじゃあ、綾波も行こ。」
「ええ。」
そして、三人は家具を買いに行くべく、立ち上がった。
歩いていくのは熱いから嫌だとかまた綾波が熱中症で倒れなりかねないということでバスに乗っていくことにした。
一方、こちらヘリに赤木リツコが乗って、ある会場に向かっていた。
碇ゲンドウにより日本重化学工業共同体の対使徒戦闘用ロボット・JA(ジェットアローン)の完成記念披露宴に呼び出されたことでリツコをむかわせたのだ。
そして、今リツコは第二十八放置区域かつて日本の首都で多くの人が栄えていた東京だった地だ。
「ここがかつて花の都と呼ばれていた大都会だったとはね。…今じゃ見る影もないわね。」
一見は海ではあるが、その海の下には高層ビルが沈められた廃墟があった。
セカンドインパクトの影響により、南極の氷山が多く解けてしまったために解けた氷は水と成り、大きい津波が東京を直撃したために一夜にして死の町と化してしまったのだ。
暫く、その光景を眺めているとパイロットの言葉で気を戻す。
「見えてきました。まもなく到着します。」
「わかったわ。」
ヘリの目指す先には東京ドームにも似ているとも言えなくもない建物があった。
その近くにある着陸場には多くのヘリが並んでおり、多くの企業やスポンサーが来ているのだろう。
ヘリは、三十以上はあるだろう。
NERVのヘリもゆっくりと着陸していった。
リツコは多くの企業やスポンサーが招待されたパーティの中でリツコは一人寂しくNERVのテーブルの席に座っていた。テーブルの上には“NERV御一行様”と書かれたプレートがあった。嫌がらせとも言えるほどにテーブルの中心にビールや料理が少々置かれていた。しかも、テーブルの半径が人間の腕よりも長い届かないところに置かれている。他の招待者とは雲泥の差を感じるほどだ。
そんな中で一人の男がマイクを持って演説を始めた。
「本日はご多忙の所、我が日本重化学工業共同体の実演会にお越し頂き、まことにありがとうございます。日本重化学工業共同体を代表しまして私、時田シロウが紹介に預かりました。」
辺りから拍手が聞こえてくる。
暫く、時田シロウの演説が続いた。
何でも、ジェットアローンとか言う日本重化学工業共同体が開発した対使徒戦闘用ロボットやら、内燃機関は原子炉だとか物騒な話もいりかっていた。更にはどこぞのロボットよりはマシだとか嫌味にも聞こえる話を散々聞かさせられることになるリツコであった。
話を聞くたびにこめかみには青筋がたてられていて、顔は般若と化していた。
かなりのご立腹である。
「皆様には後ほど管制室で実機を御覧頂きますので、ご質問があればどうぞ。」
演説が終わり質問はないかと言葉がリツコの耳の入った。
すかさず、リツコは挙手した。
「はい。」
「これは、ご高名な赤木リツコ博士。起こし頂き光栄の至りです。」
堪忍袋の尾を切れさせまいと耐えながら質問をする。
「先ほどの説明によりますと内燃機関は原子炉を搭載させているとか。」
「ええ、先ほどの説明でも申し上げたようにこれは大きな特徴でもあります。連続百五十日作戦実行が保障されております。」
「しかし、格闘戦を前提とした陸戦兵器に原子炉を内蔵することは安全性の点からみてもリスクが大きすぎると思われますが?」
「五分も動かない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ?」
ピク
リツコのこめかみに青筋がまた一つ増える。
「遠隔操縦では、緊急対処に問題を残します。」
「パイロットに負担をかけ、精神汚染を起こすよりは、より人道的と考えます。」
ピクピク
更にこめかみが増える。
もう、我慢の限界だ。
「では、質問を変えます。」
リツコも科学者としてのプライドがある。一歩たりともゆずらせまいと食って掛かる。
「これはNERVでも確認されているものです。使徒と言う正体不明物体にはATフィールドという未確認のバリアがありますが、それに対していかように破壊できるのでしょうか?」
「ふん、そんなもの我が作りし兵器JAの力をもってして破壊するまでだ。」
得意げに時田はフンと鼻息を吐く。
その答えに唇を歪ませるリツコ。
それは悪魔の笑みにも呼べるに相応しいものであった。
「残念ながら通常の兵器では破壊は不可能なのですよ。これは今までの戦闘に置いても実証済みです。」
「…だ、だから何なのだ?」
時田はばつが悪そうに口をもごもごさせる。
弁論を休ませまいとさらにリツコの毒舌マシンガントークは続く。
「また、今までの使徒には槍状の武器を持つものもいれば、鞭を扱うもの、さらには遠距離攻撃の可粒子砲をもつ使徒がありますよ?それに対しての対策法はもちろんありますよね?」
「え…ええと…それは……その。」
「確か、貴方の言うジェットアローンとやらのものには原子炉搭載でしたわね?」
「そ、それがなにか?」
「もし、これから先また可粒子砲を持つ使徒が出現したとき真っ先に防御はおろか攻撃もするまでもなくやられますよ?これに対して答えは?」
「あ…う。それは………。」
「それだと原子炉は破壊されて広島クラスの原爆は起こりえますね?どうですか?時田シロウさん?」
「……………。」
時田シロウ、撃沈。
もはや、この勝負はリツコの勝ちだった。
この弁論を聞いていた出資した企業やスポンサーの顔が突然青ざめていった。
リツコは某漫画のシーンの“計画通り”と言ったデ○ノートを持つ主人公の顔をして薄ら笑いを浮かべていた。そこに立ちあっていた人は後ろに死神を見たとか言わなかったとか。
暫く、出資者達が形相を変えて時田シロウに詰め寄った。
数々の質問に時田は困惑する。
リツコは勝者の背中を見せては静かに去った。
その後、JAが待機所のケージのロックが解除され、姿を現した。
各々は成功しますようにと手を合わせながら祈るものが数多く居た。
しかし、突然制御が利かず、暴走を起こしてしまった。
これにより時田シロウは青ざめてしまい、出資者は鬼の形相で彼を睨み付ける。
「あらあら、誰かさんに似て礼儀知らずですこと。」
リツコはヘリに乗ってNERVに帰る途中で上空より見下ろしていた。
リツコは勝者の笑み…いや、悪魔の笑みをしていた。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「はっ!な、何でございましょう?」
リツコは普段大人のように冷静沈着であるが、その姿は普段の姿とは逆におもちゃを得た子供のように無邪気に微笑んでいた。その変わり様にパイロットは一瞬怯える。
「ちょっとあのタマゴちゃんの手足を打ち落としてくれないかしら?」
「は?し…しかし、私にはそのような権限は。」
「私が許可してあげるわ。ね♪撃ってお終いなさいな。」
目が笑っていなかった。その目は“いいから撃てってんだよ。殺したろか、ワレ。”といった恐ろしい目をしていた。パイロットは軍人としての本能が危険と脳内で警鐘が鳴り響いていた。“殺される”と。
「了解しました!!姉御!!」
パイロットはすぐさま操縦桿を動かして、卵型ロボットもといジェットアローンを目標に定める。
目標が近づくと共にパイロットは見事な腕で両手足を撃ち落し、ジェットアローンを歩行不能に陥らせた。
パイロットはMission Completeと大いなることをやり遂げた遠くを見る軍人の目をした。
「愉快だわ。ウフフフフフフフフフフ。」
はっきり言って怖い。
暫く、悪魔の笑みが続きNERVに到着するまでの間、パイロットは後ろから感じる禍々しいオーラに押しつぶされながら任務を果たした。到着後、パイロットが精神衰弱ということで倒れたのは後日の話。
時は遡って数時間前。
第三新東京市駅のバスロータリーに着き、降りてから暫く歩いたところで目的の店についた。
“INTERIOR-TOKYO”と縦の看板に緑色の背景の上に白で書かれている。
中に入ってみれば、様々なインテリア雑貨が丁寧に整理されていて、購買者に見やすいように陳列されていた。この中なら欲しい物をいろいろと揃えることが出来るだろう。
「まずは壁紙とフローリング用のコルクカーペットを買おう。」
「そうだね。」
ショウが言うと、それに答えるようにシンジが返事をして、綾波はコクリと頷いた。
綾波の部屋はコンクリ剥き出しなので、まずは内観をよくしようと壁紙を買うことにした。
壁紙・フローリング素材のコーナーに立ち寄って、そこでベージュのフローリング素材と白地の壁紙を注文した。持って行くのは大きすぎるので、後日に業者が運んできて貼ってくれることにした。
次にカーテンを買うことにした。暖色系は暑く思わせるので、涼むような感じの色を選択した。
綾波の髪の色に合った水色のカーテンを買うことにした。
暫く、三人でこれが合う、これは合わないとシンジとショウが言い合いながら、次々と購入していった。
綾波にはインテリアの知識はないのでほとんどショウとシンジにまかせっきりで意見にコクコクと頷いているだけだった。
暫くして、おおよその物を注文した。
そして、会計を済ませようとレジに並んだ。
「え〜、合計八万六千五百四十三円になります。」
流石にカーテンやカーペット、壁紙や雑貨など多く買うと万を軽く超える。
その言葉にシンジは唖然とする。
中学生には到底払うような金額ではないからだ。
「…僕、そんなお金持ってきてないよ?」
「カードで払えばいいだろ、NERVのカードで。綾波今、持っている?」
「あまり、使うことはないから持っていないの。」
「げ。…じゃあ、シンジは。」
「……葛城が、中学生が無駄遣いはよくないってことで預けられているんだ。」
「……絶対、横領しているだろ。それ。」
「多分ね。」
「…仕方がない、俺が払うよ。」
「…でも、あなたに悪いわ。」
「いいよ、その代わり。今度、何かおごってくれよ?それでチャラにしてやる。」
そういうとショウは尻ポッケから財布を取り出して、お金を取り出した。
シンジは財布から出てくる福沢諭吉さんが一枚…三枚…五枚…九枚取り出されたのを見てまた唖然とした。
なぜ、こんなにも万札があるのだろうか?
どう考えてもありえないものだった。
レジのお姉さんもシンジと同じく、唖然としていたがすぐに営業の顔に戻ってお金を受け取った。
小銭も受け取った。
「ええと、九万五百四十三円預かりました。おつりは四千円です。…ありがとうございました。」
「どうも。」
そういって、後は綾波の住所を伝票に書いてから綾波本人の直筆でサインを書いて終えた。
これで明日には部屋の中が変わっているだろう。
買い物を終えると店を出て背を伸ばした。
「ん〜、これでよし…と。後はレイの服でも買いに行こうか?」
「え?なんで?」
「レイの服が全くないんだよ。あるのは制服と下着だけらしいんだ。だよな?」
「ええ。必要ないから。」
「……綾波も何かおしゃれしたほうがいいよ?」
「どうして?」
「え?ええと、あ、綾波の私服姿も見たいなぁなんて…あはは。」
「………。」
「レイも何か服を買うといい。女の子なんだからおしゃれの一つや二つはしたほうがいいよ?」
「…そうかしら。」
「絶対そうだよ!」
「俺も見てみたいな、レイの私服姿。」
シンジとショウに勧められて、綾波も賛同するようにコクリと頷いた。
「よし、そうと決まれば。買いにいくぞ。」
そして、綾波の服を買いに向かった。
家具も買い、綾波の洋服も買い終えた。
今はここ“ベルの樹”で三人はオムレツを食べていた。
ここなら肉嫌いの綾波でも食べられるだろうと思ってここを選択した。
ショウはベーコンとコーンのクリームチーズソースのオムライスを選び、シンジはチーズインオムライスハヤシソースを、レイは海老とほうれん草の照焼クリームソースのオムライスを選んだ。
ここの少し値段が高めではあるが、味が絶賛なのでここに来た。
最近ではここの店も地元では評判になっているらしくて、近々二号店を開店する予定らしい。
「それにしても、ここのことは詳しいねぇ?」
「週末はよくここに通うからな。それでいろいろな店を知るようになったんだ。ほれ、レイ、頬にクリームが付いているぞ。」
そういいながら、紙ナプキンでレイの頬についたクリームソースを拭き取る。
傍から見ると仲のいいカップルに見えなくもない。
シンジは何故か苛立った。
「…ありがとう。牧野君。」
心なしか綾波の頬が薄く朱色に染まっていた。
チョット綾波サン?ナニ紅クナッテルンデスカ?
シンジの心では片言口調になっていた。
「……それにしてもちょっと気になるんだけど?」
「なんだ?」
ショウがオムライスをスプーンに乗せて口に運ぼうとしたとき。
「何でそんなにお金持っているの?とても中学生が持つような金額じゃなかったよ?」
ギクリ。
一瞬、ショウの口に運んでいたスプーンが直前で止まって硬直してしまった。
「どうしたの?」
「……………。」
言える筈もなかった。シンジの父・碇ゲンドウのNERV専用預金通帳より横領しているなどと。
しかも、それは巧妙にお金を盗んでいることを悟られないように証拠を揉み消しにしていた。
さらには暗証番号も記憶しているので何所でも簡単に引き落としが出来た。
ゲンドウの懐にはかなりの金額があるので少しぐらいは盗られても気が付かないだろうということで盗んでいた。ちなみにゲンドウの被害総額はおよそ一億円だった。もっと盗んでもいいのだが、これだけでも十分に暮らしていけるのでそれ以上は盗まなかった。
今ではスキミングや暗証番号が買える時代になっていて、もはやセキュリティは信用出来ない程に質が下がっていたのでやりやすかった。最も、ゲンドウは引き下ろされている金額の書かれた領収書は見ることはないので幸いにもばれていない(らしい)。
ショウはここをどうにかして誤魔化そうかと考えていた。
「ええとな、その。俺の叔父が投資家なんでな、そこから生活資金を支援してもらっている。」
これは全くの嘘っぱちだ。しかし、これが無難な答えだろうということで誤魔化した。
「へぇ、そうなんだ?」
「あぁ、まぁな。(すまん、シンジ。俺な、本当はお前の親父の預金通帳から盗んでいるんだ。)」
と心の中で謝罪していた。
どうにかして誤魔化すことが出来たことに胸を撫で下ろしていた。
その後はシンジも綾波もNERVからの緊急呼び出しがなかった為に暫く休みを充実に過ごしたのだった。
―――あいつからもらった記憶に間違いがないなら今日はジェットアローンを止めるためにNERVから呼び出しがあるはずなんだけど……?やはり、俺が存在するはずの世界に居るせいか因果律が確実に変わっているな。どんな些細なことでも歴史は塗り替えられてしまっている。俺はもともとこの世界には存在しない人間…。その為に歴史の軸が捻じ曲げれらてしまっているんだ。本来はあってはならないことだ。俺はこの世界では存在することは許されない存在だ……。
ショウは少し影を背負ってしまう。
ショウは様々な異世界を渡ることであるべき歴史を塗り替えてしまったことである世界を破滅や滅亡へと導いてしまったことがあるのだ。もともと自分が存在するはずのない世界で因果律が歪められてしまう。人は拒絶しなくても、世界が拒絶するのだ。ある程度歴史に干渉しないのであれば、心配はいらないのだが。歴史に少しでも関係する人に出会ってしまうだけでも歴史は大きく変わってしまう危険性があるのだ。
そのせいでいくつもの世界を破滅に導いてしまことだろうか。
「ショウ!?どうしたのさ?早く行くよ!」
シンジの呼びかけに意識を戻す。
「ああ、すまん。ちょっと考え事をしていた。」
「ふぅん?何を考えていたのか知らないけど、人が話しているってのにそれはないんじゃないかな?」
「悪かったよ。」
「ホントに悪いと思っているの?」
「もちろんだよ?」
「…碇君。牧野君。」
「「ん?」」
ショウとシンジは綾波に呼ばれて、二人そろって声をハモらせながら言った。
「あれは何?」
綾波の指差す先はアイスキャンデーの屋台だった。
涼しげな感じをした水色を基調とした屋根に白のアイスボックスがあった。
そこの屋台で麦藁帽子をした何所か若々しい感じをした小麦色の肌をした三十代位のおじさんが子供達にアイスを売っていた。
「ああ、あれアイスキャンデーを売っているんだよ。食べたことないの?」
「………ええ。」
綾波が少し恥らいながら言った。
シンジは少し驚きを感じていた。
あの綾波が恥じらいでいるのだ。彼女は普段は無表情で感情を露にしないのだが、確かに彼女は恥じらいでいたのだ。やはり、ショウとあってから彼女は変われたのだろう。そう思うとシンジは少し嫌な感情がわきあがってきた。
「暑いし、のども渇いていたところだ。レイも食べるか?」
「いいの?」
「ああ、もちろんだ。シンジも食うだろ?」
「え?あ、うん。食べるよ。」
シンジはショウからいきなり話を振られたので少し驚く。
「んじゃ、頼むか。おじさん、ください。」
「あいよ!どれがいい?」
「ええと、俺は抹茶ミルクで。綾波は?」
「…黄色いのが食べたい。」
「ん?レモン味だな?それ一本。シンジは?」
「僕は…ええと、サイダー味でお願い。」
「はいよ、抹茶ミルク、レモン、サイダー味ね。三百十五円だよ。」
アイスキャンデー売りのおじさんにそれぞれのお金を渡して、近くのベンチで座って食べることにした。
ショウは片手にレイの買った服の入った紙袋をベンチの傍に下ろした。
木陰に隠れているので、そよ風が気持ちいい。
三人でベンチに座って、アイスキャンデーを咥える。
「あ〜、アイスキャンデーなんて何年振りかな。」
「ん〜。冷えるね〜。」
「…美味しい。」
「レイは始めてなのか?」
「…ええ。」
レイはそういいながら、美味しそうにアイスキャンデーをしゃぶっている。
どうやら気に入ったようだ。
今日一日は三人で羽を伸ばし、休日を満喫したのであった。
夕方まで三人で遊んだ。
―NERV本部・総司令室―
ここ総司令室では三人の人影があった。
椅子に座り、机の上に肘をつけて手を組んでいるゲンドウと傍に立つ冬月とそれに対して立っているリツコだ。
「…でどういうことだ?赤木博士。」
「全てはシナリオどおりに実行しただけですわ。何か問題がありまして?」
「…シナリオどおりなら何故、JAをつぶした?」
「あの科学者ぶった下種が腹立たしくて…いえ、我らNERVに対して邪魔なものだったので破壊したまでですわ。」
「「……………。」」
「それにあの男の作り出したロボットを無様な姿にするのも一興かと。おほほほほ。」
リツコは声高に笑う。
マッドサイエンティストここにあり。
リツコの背中から禍々しいどす黒いオーラが出ていた。
「そ、そうか。……もういい。下がりたまえ。」
リツコの顔が恐ろしくて、少し弱腰になるゲンドウ。
流石に恐ろしかったのでこれ以上の弁解は聞くまでもなく下がらせた。
「ええ、失礼しました。」
リツコは一礼をして部屋を後にした。
彼女が去ると緊迫した空気が一瞬和らいだ。
「……いいのか?碇。」
「問題ない…。………多分。」
「…………そうか。」
冬月もこれ以上追及しなかった。
「ところで今度、正式にエヴァ弐号機の搬送が決まったそうだ。」
「そうか。」
「ここもにぎやかになるな?」
「……やかましいほどに十分賑やかですよ?冬月先生。」
「久しぶりだな。その呼ばれたな。碇が私を先生などと呼ぶのは。」
「ほんの気まぐれですよ。」
そんなこんなで平和なNERVであった。
……………To Be Continued