「……知らない天井……でもないか。」

ハァと溜息をついて白い天井を見つめている。

今、病室のベッドの上に寝転んでいる。

先ほどのラミエルの使徒戦で負傷して気を失ったのだ。

尤も、戦う間もなく地上に射出された途端にラミエルからはなった価粒子砲の光線をモロに食らってしまったが、後に緊急回収されたので一命は取り留めた。

その後の記憶が少しずつ蘇ってきた。

「あぁ、そういや…葛城の馬鹿を殴ったっけ。」

そう、回収されている間に心臓蘇生を繰り返したおかげで息を吹き返して、ケイジに着いてから作業員の手を借りて、降りたんだった。で、その後、葛城が俺を気遣ったんだけど、先ほどの作戦はおろか指揮もなく、地上に打ち上げられたことが気に入らなくって、殴ったんだ。

無理もない、作戦も指揮もなしに相手の力量も調べずに戦場に放り出したのだから、怒るのは当然のことだろう。

シンジは重い体をゆっくりを起こす。

とその時にちょうど、病室のドアが開かれた。

そこから出てきたのは、病院食の入ったトレーを乗せたカートを運ぶ制服姿の綾波だった。

「綾波……。」

カートを押して、シンジの横までやってくる。

そして、スカートのポケットからひとつの手帳を取り出して、それを開く。

「明日、午前零時より発動されるヤシマ作戦のスケジュールを伝えます。」

「え?」

シンジはいまいち状況が掴めず、ただ混乱するだけだった。

綾波はそんなこともお構いなしにメモを読み上げる。

「碇・綾波の両パイロットは本日17:50にケイジに集合。18:00にエヴァ初号機及び零号機の起動。18:05に発進。同30分に双子山仮設基地に到着。以降は別命があるまで待機。明朝、日付変更と共に作戦開始。」

一旦おいてカートの中に置いていたシンジの予備のプラグスーツを取り出す。

「これ、新しいプラグスーツよ。」

丁寧に畳まれたプラグスーツをシンジの手元に持っていく。

「ありがとう。」

素直にそれを受け取る。

「それと寝ぼけてその格好で来ないでね。」

「ん?」

綾波の注意に訝しげに疑問を持ったが、目線を綾波から自分の体に向ける。

と、そこは。

「NOOOOOOOOOOO!!」

自分の格好に気が付いて、力のあらん限り叫んだ。

なぜなら素っ裸だったからだ。

慌ててシーツを身に巻きつける。

「あ、綾波。」

「……?なに?」

「あの、その…み、見た?」

「…?何を?」

「い、いや。何でもないんだ。見てないなら見てないでいいんだよ。」

「?」

綾波は質問の意味がわからず、首を傾げるだけだった。

「60分後には、出発。…はい、食事よ。」

そう言って、トレーをシンジの上の台に乗せる。

「食べられそうにもないよ。」

シンジはうんざりといったように返事を返す。

「食べないと体がもたないわ。」

「………うん。」

「先に行ってるわ。」

綾波が一言、言い残して去ろうとしたとき、シンジが彼女の手を掴んだ。

「?」

綾波は自分の手を掴まれたことに驚いて、シンジの方をゆっくりと振り向く。

「何?」

シンジは綾波が去ってしまうことに、恐怖を感じたのだ。

―――― 一人になるのが嫌だ。

シンジの瞳にはそう映っていた。

頭まで考えるより、先に手が動いていた。気が付いていたときには、もう綾波の手を握っていた。無理もないだろう、彼はエヴァンゲリオンのパイロットの前に十四歳の少年なのだ。彼の心は大人に比べてもどうしても幼く感じる。

どんなに何度も戦っても、やはり戦うことは怖いのだ。

――――いつか、死ぬかもしれない。

使徒との戦いは、常に死と隣り合わせ。

先ほどのラミエルの価粒子砲を食らった時は“死ぬ!!”とそう思った。

だけど。今、生きている。

手を繋ぐことで伝わってくる綾波の温もりと鼓動。

それを確認することで自分が生きていると実感できた。

その手を放したくないとシンジは思った。

一人になるのが今怖く感じている。孤独になるのが耐えられない。

「……………あのさ。

「?」

「あ、ううん。やっぱり、なんでもないんだ。」

シンジは手を放そうと思った。

しかし、何時までたっても放そうとしなかった。いや、放したくなかった。

綾波は手に伝わってくるシンジの手の震えを感じた。

「怖いの?」

「………うん、怖い。」

シンジは女の子である綾波の前で“怖い”と恥ずかしくて言えなかったのだが、今、手に感じる温もりを握り締めている内に少しずつ気持ちが和らいでいった。

そして、シンジは素直に胸の内を語った。

――――何故だろう、怖いなんて恥ずかしくて言えないはずなのに。

シンジは心で思ったが綾波がそばにいることで落ち着いていく。

「あの時、使徒の攻撃を食らった時に僕は死んだと思っていた。」

「でもあなたは生きているわ。」

「うん、僕は今こうして生きている。だけど、いつか死ぬとわからない今、一人になるのがとても怖いんだ。」

シンジは俯いた。情けない顔をとても綾波には見せられない。

「………。」

綾波は手のひらに伝わるシンジの鼓動を感じながらも耳を傾ける。

「こんなこと恥ずかしくてとても言えないんだけど。」

「何?」

「……その…できれば、暫く傍にいて欲しいんだ。」

シンジは弱弱しくもそれは願うように言った。

「………。」

「今のままだと、とても落ち着いて戦闘には出れそうにもないから…。」

「………。」

「だめ……かな?」

シンジは下に向けていた顔をゆっくりと上げて、綾波の瞳をまっすぐに見つめる。

綾波の紅の瞳がシンジの瞳と交錯する。

綾波は困惑していた。

何故なら、今までこんなことを言われたことはなかったのだ。

――――碇君は一人になることを恐れている。

それだけは理解出来た。だけど、そのあとはどうすれば良いのかわからなかった。

手のひらに感じるシンジの温もりと鼓動。

それからは嫌な感じはしない。

傍にいてあげればいいの?

暫く、考え込んでいたが綾波が動いた。

「………いいわ。」

綾波は繋がれた手を放すことなく、傍に置かれていた椅子に腰を下ろした。

暫く、シンジと綾波の手は繋がれていた。

時が止まったようにいつまでも繋がっていた。

お互いに感じる温もりと鼓動。

シンジはその鼓動を感じながら、少しずつ気持ちが和らいでいく。

そして、時は一秒一秒とゆっくり刻まれていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―EVANGERION―

Another Story

漆黒の騎士と白衣の天使

 

―第八話―

--- Do not say good-bye---

---さよならは言わないで---

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

−NERV本部・発令所−

時間は数時間前に遡る。

エヴァ初号機が回収されてから、20分後のことだ。

ここ、発令所にはメインオペレーターの三人、日向マコト、青葉シゲル。

そして、最上部に碇ゲンドウと冬月コウゾウがいた。

そんななか一人の作戦部長、葛城ミサトがモニターを見ていた。

その左頬には先ほどシンジに殴られたところに一枚の湿布がはられていた。

殴られた後、暫くは呆然としてはいたものの、辛うじて仕事のことを思い出して、頭を切り替えるが、やはりシンジに殴られたのが一番ショックだった。

自分のせいでパイロットを危機にさらしてしまったことが、より心を痛く締め付けた。

もう二度とへまはしない。

そんな真剣な心持ちでモニターをじっと見詰める。

少しでも多くの使徒のデータを取るために。

モニターにはエヴァ初号機1/1バルーンダミーが湖上の船上に浮かんでいた。

そして、バルーンダミーがラミエルに接近すると、価粒子砲によって蒸発した。

「ダミー蒸発!」

「次!」

モニターが切り替わり、線路上に独十二式自走臼砲が姿を現す。

そして、ラミエルに向けて銃弾が放たれる。

しかし、銃弾を受けることもなく肉眼でも確認できるほどのATフィールドによって、阻まれてしまい、傷一つ付ける事はおろかダメージを負わせなかった。

更にはATフィールドによってカウンター攻撃を食らい、独十二式自動臼砲が破壊されて、吹き飛んだ。

「十二式自走臼砲、消滅!」

ミサトは冷静に使徒の攻撃方法を分析する。

「……なるほど…ね。」

「これまでに採取しました分析データによりますと目標は一定距離内の外敵を自動排除するものだと思われます。」

日向は事務的に報告をする。

「エリア進入と同時に加粒子砲で100%狙い撃ち……エヴァによる近接戦闘は危険過ぎるわね。」

冷静に分析すると、近接戦闘は不利であることが理解した。

「ATフィールドは?」

「以前、健在です。相転移空間が肉眼でも確認できるほどに展開されています。」

独12式自走臼砲が誘導火砲を発射したビデオが再生される。

「爆撃、誘導火砲のような生半可な攻撃では、痛い目を見るだけですね。こりゃ。」

「攻守ほぼパーペキ、まさに空中要塞ね……問題のシールドは?」

「現在、目標は我々の直上、第三新東京市ゼロエリアに侵攻、直径17・5メートルの巨大シールドがジオフロント内のNERV本部へ向かい、穿孔中です。このままでは、明日零時八分に全装甲隔壁を貫通し、NERV本部に到着するものと思われます。」

使徒のシールドの貫通される目標の到達時間の図解がモニターに表示される。

「………初号機の状況は?」

ミサトはケイジに回線を繋げる。

サブモニターにリツコが映る。

「胸部第3装甲まで見事に融解、でも機能中枢をやられなかったのは不幸中の幸いね。」

「………そう。」

頭の中でミサトは先ほどのシンジのラミエルの攻撃によって、絶叫する姿が再生された。

「あなた、まだシンジ君のことを気にしているの?」

「………。」

「何時までも気にしてもしょうがないわ。そんなことをしたってやってしまったことは変わらないわ。」

「………。」

「彼らを傷つけないためにも、あなたが最良の策を考えるべきではなくて?」

「………そうね。」

「ふぅ……とりあえず、あと三時間後には換装作業終了予定よ。」

ミサトの落ち込みに呆れながらも、報告をする。

「わかったわ。……零号機は実戦には使えるのかしら?」

「再起動自体には問題はありませんが、フィードバックに若干誤差が残っています。」

リツコの横にマヤが顔をひょっこり出しながら、片手にレポートを手にして、状況を報告する。

「実戦は無理ってことね。」

ミサトは大きく息を吐く。

「………初号機パイロットの容態は?」

「体には問題ありませんが、まだ眠っています。強制覚醒は心理パルスを不安定にするため、余り薦められません。」

「………状況は芳しくないわね。」

ミサトは腕を組みながら、考え込む。

とそこにマコトが冗談を言った。

「白旗でもあげますかねぇ?」

「………白旗を揚げたら、終わりでしょうが。…でも白旗を揚げる前に一つやりたいことがあるわ!」

ミサトの瞳には情熱の炎が宿っていた。

「な、何ですか?」

マコトはミサトのオーラに少し圧された。

 

 

―NERV本部・総司令執務室―

部屋は薄暗く、天井にはセフィロトの樹の模様が描かれている。

そんな中に一つのマホガニーの机が置かれている。一人がそこに座り、もう一人は傍にじっと立っていた。

「目標のレンジ外からの遠距離射撃かね?」

手を組みながらサングラスを掛けたゲンドウの横に立つ冬月は言った。

「はい、目標のATフィールドを中和せずに高エネルギー収束帯による一転突破による方法しかありません。」

真剣な面持ちで二人に対峙するミサト。

暫く、沈黙が部屋を支配する。

「MAGIは何と?」

「賛成が二つと条件付きが一つと結果が出ました。」

「ふむ、勝算は8.7%か。」

「はい、最も高い数値です。」

「むぅ、他に作戦立案はないのかな?」

「残念ながら。」

今まで口を開かなかったゲンドウが命令を出した。

「反対する理由はない、存分にやりたまえ葛城一尉。」

「はい!」

葛城はゲンドウに対し、敬礼をする。

そして、後に綾波の搭乗する零号機で戦略自衛隊からポジトロン・S・ライフルを徴収した。後は、装備が完成しだい作戦を遂行するの待つのみ。

ヤシマ作戦まであと4時間21分。

 

 

―PM10時45分、双子山山頂付近仮設基地―

辺りはもう既に暗くなっていた。空に満月の月が闇夜を照らしていた。

基地の前に集う作業員達にシンジとレイ。そして、ホワイトボードの前に立つミサト。

集う場所には、簡易ライトが辺りを照らしていた。

そこでは作戦立案の最終確認が行われていた。

「………以上が作戦よ。」

ミサトが言うには、日本全国から電気を徴収して、溜めた電力をポジトロン・S・ライフルに集中させ、目標に放つ作戦だそうだ。ちなみに、綾波が防御を担当することになる。零号機はまだ実戦に耐えられず、ついさっき起動実験に成功したばかりなので思うようには動かないのだ。そこで耐熱コーティングを施したSSTOの盾で初号機を守ることになった。

一方、シンジはポジトロン・S・ライフルの担当を任された。ミサトからは二撃目は考えるなと言われた。一撃目を外せば、次弾を装填して、電力をチャ−ジするのに20秒かかってしまい、こっちがやられるというリスクが伴う。

「何か、質問はないかしら?」

ミサトの問いに手を挙げたものが居た。シンジだ。

「……何かしら?」

「その作戦、信用してもいいんですか?」

シンジは今の今までまともな作戦を言い渡されたことがなく、更にはパイロットに対する指揮も全くなっていないミサトに不信感でいっぱいだった。

「……さっきは悪かったわ。」

「もう終わったことです。さっきの質問に答えてください。」

「……成功率はMAGIに計算して、最も高い数値が出たのよ。大丈夫だわ。」

「機械に頼ってどうするんです。MAGIがいう計算とやらにパイロットの身の保障はあるんですか?」

「…常に戦いにはリスクは在るものよ。」

「それが答えですか。」

「………。」

「………。」

暫くの間、沈黙が続いた。その間、決して誰も口を挟まなかった。

やがて、痺れを切らしたようにシンジが口を開いた。

「いいでしょう。その作戦に乗ります。」

「………。」

「これで失敗したら、あなたは作戦部長を辞め、NERVから去ってもらう。」

「!!」

シンジのあまりの言葉に辺りが驚愕し、ざわめく。

これはミサトに対するシンジの挑戦なのだ。

これで失敗したら、自分には作戦部長としての資格はないと言うことだろう。

ミサトはシンジの目から放せず、ただじっとしていた。

やがて、ミサトは言った。

「いいわ。」

ミサトの返事にシンジは満足そうに頷く。

辺りは一層騒がしくなった。

綾波はミサトに対するシンジの挑戦的な態度に驚きを感じていた。その顔に表情はないが、目には驚きの色を浮かべていた。解散の合図が出るまで、シンジの顔を見ていた。

作戦開始まであと残り2時間。

 

今、綾波とシンジはエヴァ待機場所の最上部に在る搭乗タラップに座り、戦闘待機していた。闇夜を照らす月が何時までも優しい明かりで辺りを灯していた。

綾波の横には山吹色のエヴァ零号機が、シンジの横には紫色のエヴァ初号機がじっと佇んでいた。シンジと綾波は二人一緒に隣合わせで座っていた。

「何故、あんなことを言ったの?」

綾波は先ほどのミサトに対する態度のことをシンジに言った。

「在りのまま、心の思うがままに従っただけだよ。それに今までの戦闘指揮でろくなものは言った試しがない。こんなんじゃ命がいくら在ってもきりがない。」

「………あなたは死なないわ。私が護るもの。」

「………ありがとう。だけど、防御も必要としないほどに一撃で倒してやるさ。」

「何故?」

「君を傷つけさせたくないからだよ。」

「私を?」

綾波はシンジのほうを振り向く。

「うん。」

シンジもまた彼女の言葉に答えて、綾波の顔を見る。

綾波はまたしても、驚いていた。シンジの目に映るのは無表情の顔の綾波ではあったが、彼女の瞳に映る色を見て、驚いていることを理解した。

「一つ聞いてもいい?」

「何?」

「綾波は何故エヴァに乗るの?」

「………。」

綾波は暫くの間、沈黙し考えていた。やがて口を開く。

「絆……だから。」

「?…絆?」

「ええ。」

「それは誰との絆?」

「……碇司令。」

「父さん?」

「NERVの皆と牧野君…。」

「……ショウもいるんだ。」

シンジは綾波の口から出た牧野ショウという男の名前が出てきたとき、言いようのない不快感が心を覆った。

「…碇君との絆。」

「!」

一瞬、シンジは綾波の口から自分の名前が出たことに喜びを感じた。

嬉しいという感情と共に、心は躍る。動悸が激しい。

シンジの耳に入るのは、綾波の言葉以外、自分の高鳴る脈打つ鼓動の音だけ。

―――え?え?今、僕の名前を言ったよね?僕との絆?うわ、嬉しい!どうしようドキドキしてるよ。落ち着け、落ち着け、落ち着け。…ああ!駄目だ抑えられない。

思わず顔が綻ぶシンジ。

「時間だわ。」

綾波はプラグスーツの腕に装着している固定式時計に目を向けて言った。

液晶ディスプレイに映っているオレンジ色の蛍光が時間を刻んでいる。

「行きましょう。」

綾波はゆっくりと立ち上がり、エヴァ零号機に搭乗しようと歩を進める。

綾波の言葉に半ばトリップしかけていたシンジは目を覚ます。

シンジは綾波の姿を目に付ける。

「綾波!」

「………何?」

「僕は君を必ず護る!」

「………ええ。」

「じゃあ、また。」

「………さよなら。」

シンジは耳を疑った。

確かに綾波はそういったのだ。

―――さよなら。と

まるで別れを告げるような言葉じゃないか。そんな言葉がさっきから耳からはなれず、気になって仕方がなかった。

シンジの心には不安と言う名の闇に侵されていた。

時は非情にも流れを止めることもなく、時間が過ぎ行く。

 

…チッ…チッ…チッ…ボーンボーンボーン

 

時計の秒針がゼロを指すと共に、長針がゼロを指した。

何処かで町にある時計台が十二時を告げる音が鳴り響いた。

そして、日本が静寂と漆黒の闇に閉ざされた。

闇夜を照らすのは満月の月明かりだけだった。

 

指揮車でミサトはモニターをじっと見つめる。

他にメインオペレーターを執る青葉シゲル、日向マコト、伊吹マヤがいた。

「作戦スタートです。」

「シンジ君!あなたに日本中の電気エネルギーをあなたに預けるわ!」

「了解。」

シンジは綾波への不安をよそにミサトからの通信に耳を傾け、答える。

いよいよ始まる。

「第一次接続開始。第1から第803区まで送電開始!」

日向マコトがディスプレイに目を向けて、次々と表示されるウィンドウとグラフや電力の通電システムの計測器から情報を伝える。

「ヤシマ作戦…スタート!!」

ミサトが威勢良く開始の合図を言い渡す。

合図と共に指揮車の中が喧騒とする。

そして、山間部にある電力加圧装置と電力タービン、冷却装置が作動し始めた。

電力加圧装置から最大容量の電力を集中していることから白煙がもうもうと上げ始める。電力ケーブルに電気が迸ることでそれが熱を帯びる。

「電圧上昇中、加圧水系へ。」

「全冷却機出力最大へ。」

「陽電子流入順調なり。」

「温度安定依然問題無し。」

「第2次接続!」

「全加速器運転開始、強制収束機作動!」

オペレーターが自分の作業を果たそうと懸命に状況を伝える。

作業は順調に進められていく。

「最終安全装置解除!」

「撃鉄起こせ!」

シンジはインダクションレバーを引き、初号機の手がポジトロン・S・ライフルのセーフティレバー(安全装置)を引き、撃鉄があがる。

シンジは集中しながらバイザーの裏側に映る赤の照準が合わさるのを待った。

―――綾波。

シンジはさっきの綾波の言葉を思い出す。

“さよなら”と言った言葉を忘れず、頭の中に引っかかっていた。それが彼の集中を僅かながらも乱していた。

―――こんなことを考えている場合じゃない。

シンジは頭にリフレインする綾波の言葉を振り切るように頭を振る。

気を取り直して、バイザーに映る赤の照準を再び見る。

「地球時点誤差修正……電圧、発射点上昇中。」

コクピット内に通信を通じてオペレーターの声が伝わってくる。

緊張しているせいか、僕の鼓動が大きく聞こえる。

ドッドッとシンジの脈が激しく響いていた。

「全エネルギーポジトロンライフルに集中!」

「カウントダウンスタート!」

カウントダウンが始まると同時にポジトロンライフルの銃口に陽電子が白の粒状となって集中し始める。

「…10…9…8…7…6…!!」

マヤがディスプレイに突如、使徒からの高エネルギー反応を示すウィンドウが現れ、驚く。

「目標より高エネルギー反応あり!」

「なんですって!?」

ミサトは声をあげる。

「どうする!?」

シンジからの通信がミサトに届く。

「っ!カウント終了まで放っては駄目!」

ミサトは“放て!”と言うのを堪えて、エネルギーが最高値に達するのを待つことにした。そのときだった、ラミエルから一条の光が放たれた!

価粒子砲だ。

それはエヴァ初号機を目指して一直線と進んでいく。

距離は縮まっていく。

シンジは耐え切られず、トリガーを弾いた。

ライフルより一点に集中された電力が一条の光となってラミエルへと放たれる。

双方より放たれた陽電子は互いに干渉しあい、軌道をはずした。

ラミエルから放たれた電光はエヴァよりはなれた山に激突し、一本の火柱が上がる。

一方、エヴァから放った電光は市街に直撃し、白光の柱が天に上げられた。

「っ!ミスった!!」

「ヒューズ交換!!第2射急げ!」

シンジはすぐさま薬莢口をスライドさせて次弾を装填する。

「再充電開始!」

「銃身冷却開始!」

「目標より再び高エネルギー反応!」

「っ!間に合わない!」

ミサトが悲鳴にも似た声で叫ぶ。

ラミエルの可粒子砲がエヴァ初号機に向かって放たれる。

シンジは思わず目を閉じた。

しかし、来るはずの衝撃は何時まで立っても来なかった。

目を恐る恐る開けると、そこには眩い閃光の中、SSTOの盾で初号機を護るエヴァ零号機の後ろ姿だった。

シンジは驚愕する。

「綾波!」

エヴァ零号機の持つ盾は確実に融解していく。

―――このままでは綾波の盾がもたない!

「くっ!まだか!?」

シンジはさっき自分が指示を待たずにトリガーを弾いてしまったことを後悔した。

その後、イレギュラーが発生することは思いもよらなかった。

「!?さっきの可粒子砲の衝撃により、第42電力加圧装置が破損!このままではエネルギーが足りません!」

「!?……そんな。」

ミサトは魂が抜けたように放心する。

万策尽きた。絶体絶命。もうどうしようもない。そんな絶望感が辺りを覆った。

「シンジ君、もう駄目だわ。」

「何故だ!?」

「さっきので電力装置が一つ破損したの。このままでは使徒を倒せないわ。」

「そんな!」

シンジはミサトの報告に愕然とする。

シンジの心の中では後悔の念でいっぱいだった。

目の前に立つエヴァ零号機は動くことなく初号機を護ろうと耐えていた。

「もういい!綾波!やめるんだ!」

シンジは叫ぶがエヴァ零号機は逃げるそぶりを見せなかった。

「もう十分に護ってくれたよ!だからもうやめてくれ!」

シンジは力のあらん限り叫んだ。

しかし、逃げようとしない。

自分は何も出来ないことに唇をかみ締めインダクションレバーを叩いた。

「くそ!」

そのときだった。

シンジの頭に直接響くような声が聞こえた。

―――お前って、呆れた馬鹿だな。

「え!?」

―――女一人護れずして、もう諦めるのか?

「っ!じゃあどうしろってんだよ!」

―――……ったく力を貸してやる。彼女に死なれると俺も困るんでな。

「え?」

―――良く聞け!いいか!使徒から決して目を放すな!チャンスは一度だ!

「え、ああ。」

―――俺が電気を作るから、エネルギーチャージしたら放て!

「でも、電気を作るってどうやって?」

―――使徒に集中しろ!

「わ、わかった!」

シンジは訳も解らず、とにかく使徒に集中してバイザーに赤の照準が合わさるのを待つ。

エヴァ零号機の盾はもう完全に融解しようとしていた。

そして、共に目標に赤の照準が合わさる!

そこにシンジの脳にまた声が響く。

―――天より轟く雷よ、一条の光となりて、眩い閃光と共に振り下ろさん…電極光陣(ライトニングボルト)。

「え?」

シンジは突然の呪文じみた言葉に間抜けた声を出す。

そして、上空に暗雲が蠢く。

そこには紫電が迸っていた。

とどうだろう、一条の雷がポジトロン・S・ライフルの電力動力炉に直撃した。とそこに通信が入った。

「え!?ポジトロン・S・ライフルに高エネルギー収束!」

「何ですって!?」

「チャージ完了!何時でも打てます!」

ミサトはもう訳もわからず混乱するばかりだった。

しかし、状況が状況だったのですぐさま脳をフル回転させる。

「っ。シンジ君!放てぇ!!」

シンジは目標を確認するとトリガーを弾いた。

ポジトロン・S・ライフルの銃口より粒状の光が収束し、一条の光となってラミエルへと放たれた。

それはラミエルのボディをいとも容易くも貫通した。

そして、力を失ったラミエルは浮力も失い、地に落ちていった。

ラミエルの可粒子砲から解放された零号機はほぼ融解した盾を落とし、後ろに倒れようとした。シンジはそれに気づいて、ライフルを投げ捨てて、倒れようとする零号機を腕で抱えて庇う。

「綾波!」

シンジは咄嗟に零号機のエントリープラグの挿入ハッチを無理やり、エヴァの手で剥がし、エントリープラグを手動で射出する。

そして、手に握られたエントリープラグに衝撃を与えまいと丁寧に地面に下ろしていく。シンジもエヴァからエントリープラグを半射出させて、内側からハッチを開けて地面に降り立つ。

「綾波!」

シンジは綾波の搭乗しているエントリープラグに駆けるとたどり着き、ハッチを手で開けようとする。がそれはラミエルの光線による熱によって高熱を帯びたハンドルだった。あまりの熱さにシンジは手を放そうと思ったが、自分を身を挺してまで護ってくれた綾波に申し訳ないと思い、手を放さずハンドルをまわしていく。

やがてガコンと音と共にロックが解除される。

そして、開かれたハッチから高温のLCLが溢れ出す。

シンジはそんなこともお構いなしにエントリープラグに入り込む。

とそこには力をなくしてぐったりと横たわる綾波の姿があった。

「綾波!しっかりしろ!」

シンジは思わす彼女の華奢な体を抱き起こす。

「……………。」

「綾波!目を覚ましてくれ!お願いだ!」

 

 

綾波の意識は何も見えない、何も見えない完全なる静寂の闇に閉ざされていた。

………。

………私は死んだの?

………私は無に還るの?

………何も見えない。何も感じない。

………。

………?

………暖かい。これは何?

………暖かい何かが私を包んでいる。

「…み………て…れ……だ!」

何?誰かが私を呼んでいる。

「頼む……死な……で…目を………れ。」

だんだん意識がはっきりし始める。

………泣いているの?

………何故、泣くの?

………私は死んでも替わりはいるのに。

………どうして?

………。

………行かなくちゃいけない気がする。

………今、行くわ。

そして、静寂なる漆黒の闇に光が差し込まれた。

綾波の意識が覚醒してゆく。

「……う。」

綾波はうめき声をあげると身体も反応する。

「!?綾波!しっかり!」

次第に綾波の瞼が少しずつ開かれていく。

そして、紅の瞳が露わになる。

綾波の瞳にはシンジの涙を流す顔が映る。

しかし、まだぼやけていてはっきり見えない。

瞬きを繰り返すと次第に見えるようになる。

顔の輪郭がはっきりと見える。

「………。」

「綾波!」

「………碇君?」

「綾波!よかった!生きていてくれて。……ごめん護るって約束したのに護れなくってごめん。本当に…ごめん。」

シンジは綾波を護れなかったことに罪悪感を抱きながら、涙ながらに謝る。

綾波はどうしていいのかわからず困惑する。

表情こそ変わらないが。

「………何故?」

「え?」

「何故泣くの?」

「………。」

「何が悲しいの?」

「…綾波が生きていてくれるのが嬉しいから泣いているんだよ。」

「………。」

「嬉しいときにも涙は流すんだよ。」

シンジは綾波を優しく抱きしめる。

綾波はシンジからの抱擁を拒まず、受けいれる。

プラグスーツ越しに互いの温もりが感じる。

「私……。」

「うん?」

シンジは抱いている綾波から離れようともせず、肩越しに話す。

「ごめんなさい。…こういうときにはどんな顔をすればいいのか解らないわ。」

シンジはゆっくりと抱いていた綾波から身を放す。

そして、シンジは綾波の瞳を見つめながら言った。

「嬉しい時にはね。笑えばいいと思うよ。」

綾波は何かを考えるようにして黙る。

シンジは綾波を起こそうと手を差し伸べる。

そして、綾波は差し伸べられたシンジの手を掴もうと自ら手を伸ばし、シンジの顔を確認して掴むと微笑んだ。

その笑顔は月の光に反射して、それがより一層美しく輝かせていた。

それは天使の微笑みとも呼べる程に美しい。

シンジはその笑顔の美しさに言葉を失う。

どれぐらいの時間が経ったのだろうか、どちらとも動かなかった。

それはまるで映画のワンシーンのように。

時が止まったようにも感じられた。

「…どうしたの?」

と不意に綾波が訝しげに首を可愛らしく傾げた。

綾波の問いにシンジは慌てふためく。

「え、あ。ううん。何でもないよ。」

ゆっくりと彼女の手をしっかり掴みながらエントリープラグから引き出す。

そして、綾波も土に足をつけると力が入らないのか、前に倒れようとする。

すかさずシンジは前に倒れようとする綾波を腕で支える。

「大丈夫?」

「…ええ。」

「僕が支えてあげるよ。ほら。腕を僕の肩にまわして。」

彼女の右腕をシンジの左肩にまわす。

そして、ゆっくりと綾波に負担をかけまいとしようとするかのように歩く。

暫くしてシンジが口を開いた。

「……綾波。」

「………何?」

「さよならなんて、別れ際にそんなこというなよ。」

「………。」

「まるで自分が消えてしまうかのようで僕は怖かったよ。」

「………。」

「これからはさよならなんて言わないでよ。」

「何故?」

「何故って。う〜ん。…さよならってのはね確かに別れる時に言う言葉だけど。」

「………。」

「あの時の綾波の言葉は本当に自分が消えるような言葉に聞こえたんだよ。」

「………。」

「だから、これからはまた会えるようであればその時は“またね”って言ってよ。」

「………!」

―――牧野君と同じ。

―――初めて会ったとき彼が言ってくれた言葉。

―――“また、会いましょうだろ?

―――また会うときに言う言葉。そして、再会を約束する言葉。

―――彼は教えてくれた。

綾波は初めて病院でシャドウ、もといショウに会った時に教えてくれた言葉を思い出していた。それが偶然にもシンジも彼と同じことを言っていたのだ。

「…?綾波、痛むの?大丈夫?」

「ええ、大丈夫。」

「ならいいけど。」

「約束するわ。…さよならは言わない。」

「!……約束だよ?」

「ええ。」

シンジは綾波が約束してくれたことに嬉しく感じて微笑む。

暫く歩いていると木々の間から明かりが見える。

おそらくミサト達なのだろう。

シンジと綾波もそれに気づき、明かりの元へ歩んでいく。

 

 

エヴァの近くにある一本の木の枝の上に一つの人影があった。

漆黒のコ−トに龍を象った銀の止め具、顔こそフードに覆われていて見えないが。

それは紛れもなくシャドウ、もといショウだった。

彼はシンジと綾波が歩むのを見守っていた。

やがて、呟いた。

「全く、レイも無茶するもんだな。……普通、騎士が女を護って後衛は女がするべき…ん〜違うか。シンジもまだまだ甘いな。……まぁ、結果はなんにしても勝ったしいいか。」

ショウはエヴァの方に振り向く。

吹き抜ける風が彼のコートをなびかせる。

見る先には使徒の光線の熱によって装甲が融解した山吹色のエヴァ零号機と力なく倒れる零号機を支える紫色のエヴァ初号機が静かに佇んでいた。

―――もう少し撃つのを我慢すれば間違いなく倒すことが出来ただろうな。

―――レイを一切傷つけることはなかったはずだ。

「俺の力なしでしか倒せないようじゃ一人前としては程遠いな。」

そう、あの時シンジに力を貸したのは他ならぬ彼なのだ。

さっき使用したのは上級レベルの雷系魔法だ。

それによって雷雲を呼び起こし、対象に雷を放つ魔法だ。

本来なら多数の敵に放って殲滅するものではあるが、咄嗟の機転で雷を動力炉に放つことで膨大な電気エネルギーを作り出し、それをポジトロン・S・ライフルに補充させたのだ。

「………あまり魔法を使うと碌な事にならない。これからは自粛しないとな。」

そう言って、木の枝を足場にして跳び去った。

後に残ったのは月の光に照らされるエヴァだけが残った。

辺りは風の音と風に吹かれて揺らめき騒ぐ木の葉が擦れる音だけだった。

何時までも月は優しく辺りを照らしていた。

 

……………To be continued