「フンフンフンフ・フフフフ・フフフフンフ〜ンフフン……フンフンフンフ・フフフフ…………」
銀髪の少年が楽しそうにベートーベンの第九を鼻歌で歌っていた。
「か、カヲル君!?」
「へぇ〜。アンタはまだ懲りてないんだ?」
「……学習能力が無いのよ」
「歌はいいね〜。歌は心を潤してれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。そう感じないかい、アスカ君?」
爽やかに振り向く少年を金髪の少女は問答無用でボコボコにしていた。
2018年。
忌まわしい時から三年程たったある春の日の出来事であった。
やっぱ綾波でしょ!
外伝 ある春の日常
あ、こんにちわ。
僕は碇シンジって言います。
これでも三年前はエヴァっていうロボット……え、いいじゃんそれぐらい……解ったよ。
えーと、汎用人型決戦兵器エヴァンゲリオンって言う人造人間に乗って使徒っていう人類の敵と戦っていたんだ。
ああ、そりゃ僕だって嘘みたいって思うけど、間違いなく本当のことだよ。
え、今は何してるかって?
ははは、あれから僕達は有名人になっちゃったから、色々表にでると問題になるんだよ。
だから、僕達は新しい戸籍を作って貰って今は北海道で暮らしているんだ。
え、どうしてそんな簡単に戸籍が作れるかって?
まぁ蛇の道は蛇っていうことで深くは訊かないでよ。それほど大袈裟なことでもないしね。
…………作ったのは僕じゃないし。
ま、そんな訳で今は平和に北海道の自然を満喫しているんだよ。
ああ、後ろのことは気にしないで。いつものことだから。
え、いつもあんななのかって?
まぁあの二人のコミュニケーションらしいからね。それに今回はカヲル君……あの銀髪の美少年のことだけど、カヲル君が全面的に悪いからね。
え、何をしたのかって?
う〜ん。話すと結構長くなるんだけど……それでも構わない?
そう? だったら聞いてくれると嬉しいね。
2015年。
サードインパクトの脅威が過ぎ去ってからすぐに僕達は北海道に引っ越したんだ。
僕達っていうのは僕とかつて一緒に戦った戦友と呼べる三人の友達のことなんだ。
蒼銀の髪が綺麗な赤い瞳の女の子で綾波レイっていう女の子、金髪の美少女で惣流=アスカ=ラングレー、そして銀髪で綾波と同じく赤い瞳の美少年の渚カヲル。僕達は今は仲良く平和に暮らしているんだ。
え〜と……それで……綾波は…………その……え〜と、僕の…………彼女…………なんだ。
そう、そうなんだ。うん、それ以上は何も訊かないで!
で、アスカはカヲル君のかの……ゴメンなさい……
…………カヲル君はアスカのげ……下僕です。
ま、まぁそんな訳で北海道の生活っていうのは殆ど農作業と牧畜だね。
あたり一面に広がるたくさんの農作物。
加持さん。ものを育てるのってこんなにも素晴らしいことなんですね!
ここに来てから、加持さんがスイカを育ててた理由がわかる気がしますよ。
いや〜ホントに今までは野菜なんで育てたことなかったですからね。料理はするんですけど、その食材はスーパーで買うだけだったから、誰がどんな思いで作ってたなんて考えもしませんでした。大変勉強になります。
牧畜は専ら乳牛の世話だね。
ビックリしました。そして感激しました。
ココに来て初めて搾りたてのお乳というのを飲ませてもらった時の衝撃は凄かったですよ。
僕もアスカもパックに詰められたものしか飲んだことなかったからね〜。あ、カヲル君や綾波は牛乳を飲んだことがなかったんだって。
……そういえば綾波が牛乳飲んでる姿って見たこと無いな。
でも余程気に入ったのかあれ以来、毎食時に牛乳(搾りたて)を飲んでるし。
……初めて牛乳を飲んだときにアスカが綾波の耳元で何か囁いてたのは……深く考えないことにしよう。
うん。それがいい。
話を戻そうか。
セカンドインパクトの影響で日本中の気候は年中夏みたいになっていたんだ。
それはこの北海道も例外じゃなく暑いっていうより暖かかったんだけど……それが突如として変わってしまったんだ。
テレビでは専門家が何だか専門用語を並べてゴチャゴチャ言ってるけど、僕には全く意味が解らない。
アスカは時々ふーん、とかばっかみたいとかコメントをしてたけどね……やっぱり大卒は違うね。
そう言ったら殴られた。
で、結局何が言いたいのかと言うと……
春夏秋冬……季節が再び巡ってくることになったんだ。
それはそれで喜ばしいことだと思うんだけど、気候が変わると農作物の種類や時期なんかも考えなきゃならなくなるわけで色々問題が多くなるんだ。
その年の夏頃、そのニュースが放送されて以来。
僕達は半信半疑ながら、知り合いのオジサンから必要なことを聞いたり、本で調べたりしてみた。
すると本当に驚いたよ。
北海道では冬が来るととてつもなく寒くなって、雪もたくさん積もるそうだ。
オジサンによればそれはそうとう厳しいものだったらしい。
今年はそこまで寒くはならないだろうとは言っていたが、それなりの覚悟も必要と言われた。
僕達はそれから冬支度に必要な作物とか雪対策なんてのを勉強した。
ここに来てから一年近く経っていたせいか、農作業なんかは漸く自分達だけでできるようになっていた。
それなのにここにきていきなりやり方を変えざる負えなくなると言うのは精神的に少々辛いものがあった。
いくら現実が辛くてもそれが変わるわけでもないので僕達は流れに従がって生きることにした。
普段アスカは農作業をよくサボって馬を乗り回しながら、ついでに牛の見回りなんかをしてるんだけど……
何故か今回はアスカが中心となって頑張ることになった。
しかも何かがはまったのかアスカはそのまま畑仕事に精を出し始めた。
…………そんな地味なことは僕にお似合いって言ってたのにね。
変わりにカヲル君が牛の世話をしだしたんだけど…………これが悲劇の始まりだった。
「歌はいいね〜。歌は心を潤してれる。リリンの生み出した文化の極みだよ。そう感じないかい、ウシ君?」
何に影響されたのか知らないけどカヲル君が馬に乗りながらギターを片手にして、牛相手にそんなことを言い始めた。
…………乳牛なんだよ、カヲル君? せめてウシさんかウシちゃんじゃないのかい?
そうカヲル君に言ったら……ザンネ〜ンといいながら馬で疾走していった。
…………仕事してよ。カヲル君。
…………あ、そういえば綾波もアスカのことも君付けだったっけ。
「ふふふ、僕にとっては等価値なんだよ」
いつの間に戻ってきたんだいカヲル君!
僕が振り返ると既にカヲル君は失踪していた。
それから来る日も来る日もそんなことをしながら過ごしていった。
九月も終わり、十月になったころ、初めて気温が下がり始めてきた。
ああ、これが秋なんだなと何だか感激してしまった。
気が付くと周りの木々の葉が紅く色づいていた。
──これが紅葉だそうだ。
本来、北海道ではそんなに広葉樹林は多くないそうだが、セカンドインパクト以降の夏気候のせいで大分増えたそうだ。
その為にこんなにも素晴らしい光景が見れるんだから儲けもんだと思った。
「碇君……」
綾波が紅葉狩りに行こうと誘ってきた。
勿論反対する理由はないので行くことにした。
ま、早い話がハイキングなんだけど。
綺麗な景色に囲まれて、綾波と二人っきりっていうのもなんか新鮮でいい。
なんだか綾波がぶつぶつ言ってたけど、どうしたのって聞いたら
「何でもない……」
って返ってきたのでそれ以上は訊かなかった。
……でも、お付き合いがどうとか、先生がどうとか聴こえたような気がするけど。
お昼頃の時間になったので木陰で二人で昼食。
綾波が作ってくれたお弁当を食べよう……と思ったら物影からアスカとカヲル君が現れた。
「み、皆で食べた方が美味しいと思うわよ」
「僕もそれには賛成だよ」
ま、いいんだけど。
……付けてきたんだね、二人とも。それ以前に綾波のいる方から舌打ちが聴こえたような……気のせいだよね?
まぁ仲良く昼食をとった後、のんびりと家へと帰ってきた。
久しぶりの休日を過ごした後、僕達は以前に比べてより頑張りだした。
何せ秋が来たんだから冬もやってくるのは確かなことだからね。
初めての冬越えだし、準備は念入りとね。
綾波は食事の準備、アスカは農作業。僕は暖房の用意や、家の修繕等。
カヲル君は牛の世話といいながら、馬で走り回っている。ギターを抱えたまま。
何だかアスカとカヲル君の立場が入れ替わったみたいだ。
アスカにそう言ったら殴られた。
「アタシはあんなに遊びまわってなんていなかったわよ!」
嘘だ。それは絶対嘘だ。
さすがにこれ以上言うとキレかねないので声には出さなかった。
……でも表情には出てたみたいで、結局ボコボコにされた。
……酷い。
もうちょっと真面目に仕事した方がいいとカヲル君に言うことにした。
このままじゃアスカの怒りが爆発するかもしれないと。
「それは…………間違いない! まちがいない! …………………………まぁちぃぐわぁいぬぅわぁぁぁい!!」
って叫びながらどこかへ逝ってしまった。
カヲル君……君は僕の気持ちを裏切るんだね?
その後も僕達は変わりなく過ごしていった。
相変らず第九を歌ったりしたり、訳のわからないことを叫ぶカヲル君のことを二人に相談してみた。
「……そう、もうダメなのね」
「キリギリスはほっときなさい」
綾波はともかくアスカの言うこともイマイチ訳がわからなかった。
────この時は。
そして冬がやってきた。
容赦なく寒いね。
雪はまだ降ってきてないけど、セカンドインパクトから夏しか体験したこと無い僕には堪えるね。
アスカも綾波もコタツで丸くなってるし……僕もだけど。
カヲル君なんか
「コタツはいいね〜。コタツはリリンが生み出した文化の極みだよ」
とか言ってるし。
取り敢えず、牛の世話は当番でやっている。
こればっかりはいくら寒くても必要なことだからね。
自給自足をしている僕達だけど流石にこの時ばかりはそうもいかなかった。
米はあるんだけど生もの、特に魚介類や野菜が不足してしまっていた。
今日は僕が牛の当番なのでアスカと綾波が町まで買出しに行くことになった。
ちなみカヲル君はお留守番。
この時僕は知らなかった。
綾波とアスカとにやりと笑いながら出かけたことに……
綾波とアスカが帰って来た頃、ちょうど雪が降り出してきた。
僕達は寒さも忘れて外へと飛び出していった。
綾波の髪が雪に映える。
とても神秘的な光景だった。
思わず抱きしめちゃったのは仕方が無いことだと思う。
……そのままキスしちゃったのも仕方が無いことだよ。
……舌を入れてきたのは綾波だよ
呑気に雪を眺めたのも束の間、急に風が吹いてきてあっという間に吹雪になってしまった。
どんどんと積もっていく雪。
二時間もすると一メートル以上も積もっていた。
……これって異常じゃないの?
綾波とアスカが今日の夕飯の準備を始めた。
以前からは考えられないが、最近は綾波に教わってアスカの料理の腕も上がっていた。
少なくとも一人で一食作ることぐらいはわけないほどに。
僕とカヲル君も手伝おうとしたのだが、二人がいいと言ったので好意に甘えることにした。
僕達はコタツに潜りながらテレビを見ることにした。
ニュースでは初雪について報道されていた。
やはりこの雪は異常らしい。
さすがにこれだけの量がこの短時間で降ることは通常ないそうだ。
そんなこんなでいい匂いが漂ってくる中、僕はお腹の虫が今にも叫び声を上げそうなのを自覚していた。
綾波とアスカが料理を運んでくる間、僕達は大人しく待っていた。
そして全て運び終わったのか、アスカも綾波も席に着いた。
目の前には香ばしそうな野菜炒め、暖かそうな煮物。
メインの海老の天ぷら。
具沢山の味噌汁。ちなみに自家製の味噌である。
綾波が近所のおばさんに作り方を教えてもらったそうだ。
艶のある美味しそうなご飯…………全て三人前ずつ。
カヲル君の前にはお箸すら置かれていなかった。
「こ、これはどういうことなんだい?」
流石にカヲル君も焦ったように言う。
ま、当たり前だけど。夕飯抜きは洒落にならないし……
「……働かざる者食うべからず」
「歌い続けた虫がどうなったか知ってる?」
にやりと笑う二人に僕は背筋が冷たくなった。
かつてアスカの言ったことを僕は初めて理解した。
結局、カヲル君は夕飯抜きの上、外に放り出された。
異常な吹雪のなかへと…………
カヲル君。
何もできない僕を許して……僕だって命は惜しいんだよ。
その後、カヲル君は綾波とアスカに土下座して懇願していた。
その甲斐あってか三日ほどで御仕置きは済んだ。
何でもATフィールドの応用で吹雪を防いでいたらしい。
うん、便利だね。
……お腹は膨れないけど。
その日以降、雪が降った日にカヲル君が外に出されるのは恒例となった。
少なくとも次の日の朝には回収されてたけど……
時が過ぎるのは速いものでもう三月になった。
その時、カヲル君が酷く疲れた声で言っていた。
「春はいいね〜。春はお腹を満たしてくれるよ。そう思わないかい、シンジ君?」
そう思うよ。カヲル君。
なのにどうして君は今年も同じ事を繰り返すんだい?
そんな訳で二年連続で懲りないカヲル君にアスカが制裁を加えているんだ。
あ、綾波も加わった。
……凶器攻撃はダメだよ、綾波。
「…………こっちは?」
ATフィールドはもっとダメ!
うん、そんなわけで僕達は平和に元気にやってま……は、は、は……
「「「「はっくしょんっ!!」」」」
「「「「!?」」」」
なぜか突然僕達は揃ってくしゃみをしてしまった。
思わずお互いの顔を見合わせえる。
「「「「ふ、あはははは」」」」
うん、とっても楽しくやってます。
……それにしても風邪かな?
何だか鼻がむずむずするし……あ、綾波も鼻が気持ち悪そうにしてる。
アスカとカヲル君はかゆそうに目をこすってるし…………
後書き
何となく思いついたので(笑)
シンジ達にはこれから春の試練が……
by BOUVARDIA
夢魔で御座います。
この度は、外伝などと言う感極まる投稿を頂き有り難う御座います。
コメントをと言う事ですので僭越ながら・・・
3年後・・・それでも変らないところがシンジらしくてとても暖かく感じましたです。
因みに北海道は杉花粉ではなく白樺花粉症と言うのがあるそうです^^;
今後とも宜しくお願い致します。
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