第拾七話

四人目の適格者

 

 

先の事件で、責任者たるミサトは、人類補完委員会に事情聴取の為召喚されていた。

本来は、シンジが召還されたのだが、心身の健康上の都合と言う事で、ミサトが代わりに出席している。

 

「先の事件の使徒が我々にコンタクトを求めたのではないのかね?」

「被験者の報告からはそれを感じ取れません。イレギュラーな事件だと推定されます」

 

「彼の記憶が正しいとすればだね」

「記憶の外的操作は認められません」

 

「エヴァのACレコーダーは作動していなかった、確認は取れない」

「使徒は人間の精神、心に興味を持ったのかね?」

「その返答はできかねます。はたして使徒に心の概念があるのか人間の思考が理解できるのか全く不明です」

 

「これが予測されうる第十三使徒以降とリンクされうる可能性は?」

「これまでのパターンから使徒同士の組織的な繋がりは否定されます」

 

「これまではな」

「それはどう言うことなんでしょうか?」

 

「君に質問は許されない」

「はい」

 

「御苦労だった下がりたまえ」

「はい、では失礼します。」

ミサトの姿が消えた。

 

「使徒は知能をつけはじめています。残された時間は・・・」

碇は導き出した答えを述べた。

 

「後僅かか」

「はい」

碇の姿が消えた。

 

 

 

―市立病院―――――――――――――――――――――――――

『12号室のクランケ?』

『例のD事件の急患でしょ?ここに入院してから随分経つわね』

 

『なかなか難しいみたいよ、あの怪我・・・』

『まだ小学生なのに・・・』

 

『今日も来ているんでしょ?あの子』

『そうそう、週に2回は必ず顔を出してるのよ。妹思いの良いお兄さんよね』

 

『ほんとぉ、今時珍しいわね、あんな男の子』

往診が終わった看護婦達は、職員の休憩所で噂話に花を咲かせていた。

 

 

 

―司令室――――――――――――――――――――――――――

 

「消滅!?確かに第2支部が消滅したんだな!?」

発令所に冬月副司令の声が響いた。

 

「はい、すべて確認しました。消滅です。」

画面には「VANISHING」の文字がめまぐるしくスクロールしていた。

 

 

 

―作戦室――――――――――――――――――――――――――

 

「まいったわね〜!」

ミサトのぼやきが聞こえた。

 

「上の管理部や調査部は大騒ぎ、総務部はパニクッてましたよ」

マコトも本部の動きを伝える。

 

「で、原因は?」

「未だ分からず。手がかりはこの静止衛星からの画像のみよ」

リツコは説明を開始した。

 

作戦室の巨大床面ディスプレイに衛星軌道上からの北アメリカ大陸が表示された。

 

ネバダ州が拡大されていく中、荒れ果てた砂漠のような地形の中央にいくつかの建造物が見える。

 

 

「10秒前から再生します。」

マヤがカウントダウンを始めた。

 

「8」

「7」

「6」

「5」

「4」

「3」

「2」

「1」

「コンタクト!」

 

音もなく、建造物の中央から赤い光が広がっていく。

半球状に陥没していく地面。

 

―ザッザッザッザーーーッ―

 

半径35キロまで広がったところで衛星のカメラが破壊された。

中央のディスプレイには”VANISHING NERV−02”の文字だけが点滅していた。

 

「エヴァンゲリオン四号機ならびに半径89キロ以内の関連施設はすべて消滅しました」

マヤの報告が続く。

 

「数千の人間も道連れにね」

リツコは技術指導をしたネバダ支部の同僚のことを思いだしていた。

 

「タイムスケジュールから推測して、ドイツで製造されたS2機関の搭載実験中の事故だと思われます」

シゲルが取り寄せた資料をめくる。

 

「予想される原因は材質の強度不足から設計初期段階のミスまで3万2千768通りです」

マヤがMAGIの計算結果を補足した。

 

「妨害工作の線も考えられるわね」

ミサトは電源喪失事件の事が忘れられなかった。

 

「でも爆発ではなく、消滅なんでしょ。・・・つまり消えたと」

マコトは補佐として気になる点を指摘する。

 

「たぶんディラックの海に飲み込まれたんでしょう。先の初号機のように」

リツコは一番確率の高い答えを述べる。

 

「じゃあ、せっかく製造したS2機関は?」

リツコの平然とした態度にムッとしたミサトが詰め寄る。

 

「パーよ。夢は潰えたわ」

あくまでリツコは冷静だった。

 

「よくわからないものを無理して使うからよ」

一歩間違えば自分達も同じ運命をたどったという恐怖とそれから逃げるわけにはいかない怒りからミサトは憤慨していた。

 

リツコはポケットに手を突っ込んだまま表向きは冷静にミサトの言葉を聞いていた。

そっと顔を背けた後、心の中でつぶやく

(それはエヴァも同じだわ・・・)

 

 

―ネルフエスカレータ――――――――――――――――――――

第3新東京市からジオ・フロントへ降下する巨大エスカレーターにミサトとリツコが乗っていた。

 

「で、残った参号機はどうするの?」

ミサトが唐突に話し出す。

 

「ここで引き取ることになったわ。米国政府も第1支部までは失いたくないものね」

リツコもジオフロントを見下ろしながら返事をする。

 

「参号機と四号機はあっちが建造権を主張して強引に造ってたんじゃない。今更危ないところだけうちに押しつけるなんて虫のいい話ね」

「あの惨劇の後じゃあ、誰だって弱気になるわよ」

怒りを顕わにするミサトに対してリツコは心ここに有らずといった感じで慰める。

 

「起動実験はどうすんの?例のダミーを使うの?」

ミサトには、ダミープラグの事を生身のパイロットを使用しなくてもエヴァを安全に起動できる方法を模索する実験のひとつとしか説明していない。

 

だが、ダミープラグの開発は頓挫していた。

 

「これから決めるわ」

リツコの心はターミナルドグマに飛んでいた。

 

 

―コンフォート17―――――――――――――――――――――

 

「・・・どうしたの?」

いつになく考え込んでいるシンジにレイが尋ねる。

 

表層のイメージはATフィールドを緩める事により読みとれるが、思考に沈んでいる中までは感じ取る事はできない。

 

「いや、そろそろ参号機が来る頃だと思ってね・・・」

「・・・フォースが心配なのね?」

 

「いや、そうじゃないんだ、それよりコアにインストールされる方さ」

「・・・妹さんね」

 

「うん、トウジが何を思って何を決断しようが構わないけど、失われる必要のない命を失う事にちょっとね」

「・・・助ける?」

 

「僕は全てを救おうなんて傲慢な事は考えていないつもりだけど、手を伸ばせば助けられるなら、やっぱり手を伸ばしたい」

「・・・碇君の思う通りにすればいいわ」

 

「ありがとう綾波」

「・・・いい」

そう言ってレイはシンジの頭を胸に抱き抱えた。

 

 

 

―市立病院―――――――――――――――――――――――――

 

鈴原と書かれた病室の前にシンジとレイが居る。

相部屋だが、使用しているのは一人のようだ。

 

―トントン―

 

「どうぞぉ」

中から元気な声がした。

 

「やぁ、具合はどう?」

シンジが軽く挨拶する。

 

「悪くないですよ」

実は、シンジは第三使徒殲滅後に一度、彼女を見舞いに来ていた。

その時に自分がパイロットだが、ここに来た事は誰にも言わないで欲しい例えお兄さんでもとお願いしてあったのだ。

 

「・・・碇君知っていたの?」

「まぁね、最初の頃にお見舞いに来たから」

(・・・その時より酷くなってるね、代謝機能は促進しておいたのに・・・)

(・・・きっとNERV)

 

「そちらの方は碇さんの彼女ですか?」

「そう、僕の大切な人だよ」

レイはポッと顔を赤らめた。

 

「・・・綾波レイ、よろしく」

「鈴原ナツミです。よろしく」

 

その後、レイが彼女の手を握って、アンチATフィールドにより代謝機能を促進し、かなりの状態まで治癒させた。

アンチATフィールドは生物をLCLにまで還元してしまう。

そしてレイはLCLから如何なる生物も作り出す事が出来る。

つまり、力を制限することで、身体の悪いところをLCLにし、元の健康な状態を作ることにより物理的な損傷は殆ど治せるのだ。

 

その間、シンジは彼女と話したり、お見舞いに持って来た果物を剥いて食べさしたりしていたため彼女は自分の身体が治って行く事には気がつかなかった。

 

「じゃぁまたね、くれぐれも僕達が来たことは誰にも内緒でね。特にお兄さんには」

「はい、解りました・・・あ、あの・・・また来てくれますか?」

 

「勿論だよ、でも、近いうちに退院できると思うけどね」

「はい」

「・・・またね」

レイも微笑んで挨拶し二人は病室を出て行った。

 

「はぁ・・・綺麗な人やったなぁ・・・よっしゃぁ負けへんでぇ!」

何故か何かに気合いが入っている少女だった。

 

 

 

―ターミナルドグマ―――――――――――――――――――――

巨大なクレーンによって細長い円筒状の赤い物体が運ばれてきた。

待っているのはゲンドウとリツコだけであった。

 

円筒の曲面に合わせた四角いプレートには文字が刻印されていた。

 

DUMMY PLUG EVANGELION <2015> REI-00

 

「試作されたダミープラグです。レイのパーソナルが移植されています。ただ、人の心、魂のデジタル化はできません。あくまでフェイク、擬似的なものにすぎません。パイロットの思考の真似をする、ただの機械です」

レイの素体がない今、文字通り機械のみの物となっており、またデータも殆ど取っていないため第五使徒戦以前のデータで作られている。

 

「信号パターンをエヴァに送り込む。エヴァがそこにパイロットがいると思い込み、シンクロさえすればいい。初号機と弐号機にはデータを入れておけ」

 

「まだ、問題が残っています」

 

「構わん。エヴァが動けばいい」

「はい」

実際は動く保証すらないのだが、ゲンドウの言葉に逆らえないリツコだった。

 

「機体の運搬はUNに一任してある。週末には届くだろう。あとはキミの方でやってくれ」

唐突な話だがリツコにはそれが参号機の事であるのは解りきっていた。

 

「はい、調整ならびに起動試験は松代で行います。」

 

「・・・テストパイロットは?」

「ダミー・プラグはまだ危険です。現候補者の中から・・・」

「・・・4人目を選ぶか」

 

「はい。ひとりすみやかにコアの準備が可能な子供がいます。」

「・・・任せる」

「はい」

 

「・・・ダミープラグでいいわ」

「「レ、レイッ!!・・・」」

 

突然背後から声をかけられ二人は、驚愕した。

「・・・何時、ここへ入った」

「・・・今よ」

 

「レイ、貴方にパイロットの事まで口を出す権利はないわ」

リツコが忌々しげに言う。

 

「・・・そう?」

「・・・レイ、理由は何だ?」

ゲンドウが聞いた。

 

「・・・バルディエルが来るわ」

「どういう事?」

 

「・・・参号機を乗っ取っていると言う事か」

「・・・そうよ」

 

「・・・何故解る?」

「・・・リリスだから」

「「・・・・・」」

 

「・・・実験では私がパイロットと言う事で、初号機と共に行けばいいわ」

「・・・解った好きにしろ」

「・・・もう新たなコアは必要ないわ、今、準備に使おうとしている子供からも手を引くことね」

「・・・レイ・・・何に拘っている?」

「・・・リリンは私の子供達、リリン同士の争いは競争、でも他の使徒が手に掛ける事は許さない」

奇しくも、それはリリス本来の本能そのままの発言だった。

しかし二人を納得させるには充分すぎる物だった。

 

「・・・解った、手を引かせよう」

 

そしてレイは去って行った。

 

「司令、いいのですか?」

「・・・あれはリリスだ。問題ない」

 

未だ自分にアダムがあると思っているゲンドウはレイを疑う事はなかった。

そして、今の話からシンジと共に居るのは子供と共に居る事と同じだと誤解した。

そしてシンジは邪魔になれば何時でも始末できると思っている。

 

既に勝利を確信しニヤリと笑っているゲンドウと、それを酷く歪んだ顔で見つめるリツコだった。

 

 

 

―第1分析室――――――――――――――――――――――――

 

反射光を抑えた柔らかな照明の元、リツコは端末をたたいていた。

 

そのすぐ脇でミサトが暇そうにコンソールに半分体重をのせながら寄りかかっている。

 

何の気負いもなくリツコは話を切りだした。

「松代でのエヴァの起動実験、テストパイロットはレイを使うわよ」

 

「レイを?乗れるの?」

「多分ね、やってみないと解らないけど・・・」

何事もなかったかのようにキーボードをたたくリツコの横顔を見ながらミサトは引っかかるものを感じた。

 

「じゃぁレイは弐号機にも乗れるの?」

「それは無理ね」

リツコはつい、今までの知識で返事をしてしまった。

しかし、今のレイなら乗れるかもしれない、実際動かすだけなら問題ないのだ。

 

「じゃぁシンジ君は?、参号機には乗れるの?」

「無理ね」

 

「何故レイだけ?レイって何?」

「可能性があるだけよ、駄目なら次ぎのチルドレンを探すデータになるわ」

少し苛立ち気味でリツコが答える。

 

今までも肝心な事はゲンドウから聞かされて無い事は解っていた。

しかし、少なくともゲンドウに意見を言える立場だと思っていた。

それがレイの一言で自分の意見があっさり覆されたのだ。

しかもそのレイは自分の命令など歯牙にもかけなくなっている。

 

「なんかあったの?」

「いいえ」

 

ミサトは最近リツコの行動に疑問を抱き始めていた。

「赤木博士!まぁた、わたしに隠し事してない」

「別に」

 

「まあ、いいわぁ」

 

リツコは、無言でキーを入力し続けていた。

その傍らにはフォースに選出する予定だったトウジのプロフィールがある。

リツコはミサトに見つからないようそれを他のファイルの下に入れた。

 

 

―物資輸送列車―――――――――――――――――――――――

 

第3新東京市の市街地を飾り気のない列車が走っていた。

 

「街・・・人が創りだしたパラダイスだな」

第3新東京市を見ながら冬月が独り言のようにつぶやく

 

「かつて楽園を追い出され、死と隣り合わせの地上に生きるしかなかった人類。その最も弱い生物が弱さ故に手に入れた知恵によって造り上げた地上の楽園だよ」

夕日で暁に染まったビル群を見ながらめずらしくゲンドウが答える。

 

「自分を死の恐怖から守るため、自分の快楽を満足させるために自分たちで作ったパラダイスか」

「この街がまさにそうだな。自分たちを守る武装された街だ」

「敵だらけの外界から逃げ込んでる臆病者の街さ」

「臆病者の方が長生きできる。それもよかろう」

辛辣な言葉を吐くゲンドウに対し、あくまで生きることの重要性を説く冬月。

 

「第3新東京市、ネルフの偽装迎撃要塞都市。遅れに遅れていた第7次建設も終わる。いよいよ完成だな」

 

「四号機の事故、ゼーレにどう説明するつもりだ」

「事実のとおりに、原因不明さ」

 

「しかし、ここに来て大きな損失だな」

「四号機と第2支部はいい、S2機関もサンプルは失われてもドイツにデータが残っている。ここと初号機が残っていれば十分だ」

 

「しかし、委員会は血相を変えていたぞ」

「予定外の事故だからな」

 

「ゼーレもあわてて行動表を修正してくるだろう」

「死海文書にない事件も起こる。老人にはいい薬だ」

 

 

 

―リフレッシュコーナー―――――――――――――――――――

 

自動販売機が所狭しと並ぶ休憩用の長椅子にマヤが紙コップを両手で持って座っていた。

そこに屈み込むように加持が口説いている。

 

「せっかくここの迎撃システムが完成するのに祝賀パーティのひとつも用意されてないとは、ネルフってお堅い組織だね」

「碇司令がああですもの」

 

「キミはどうなのかな?」

加持はさっそく落としにかかっていた。

 

「いいんですか加持さん!葛城さんや赤木先輩に言っちゃいますよ」

マヤも口ではそう言いつつ加持との軽い会話を楽しんでいた。

 

「その前にその口を塞いで」

加持が屈み込み顔をマヤに近づけようとし、マヤが避けようと身をひねったときに声が聞こえた。

 

「お仕事進んでる?!」

 

加持は顔を上げるまでもなくわかった。

 

「ああ、ぼちぼちだな」

 

加持は悪びれた様子も見せずに笑顔を向けた。

 

そこには一部の隙もなくネルフの制服を着こなしたミサトが立っていた。

 

「じゃあ、わたしは仕事があるのでこれで・・・」

マヤはひきつった笑いを浮かべるとそそくさと持ち場に戻っていった。

 

「あなたのプライベートに口出すつもりはないけど、この非常時にうちの若い子に手を出さないでくれる?」

 

「キミの管轄ではないだろ?それとも葛城にならいいのか?」

「これからの返事次第ね」

 

「チルドレン、特に綾波レイの秘密!知っているんでしょ?」

嫌みっぽい口調から急にひそひそ声でミサトは聞いた。

 

「さて」

「とぼけないで」

 

「他人に頼るとはキミらしくないな」

「なりふり構っていらんないのよ。機体によって操縦者を選ぶと言っていたのに参号機が来ることになったらレイを乗せると言う。この裏は何?」

 

「ひとつ教えておくよ。マルドゥック機関は存在しない。影で操っているのはネルフそのものさ」

「ネルフそのもの・・・碇司令が・・・」

 

「コード707を調べてみるんだな」

加持はそう言い残すと足早に離れていった。

 

「コード707・・・シンジくんの学校!」

チルドレンの事を疑問に思っていて何故そこを調べようと思い至らなかったのか?ミサトは自分の浅はかさを悔いた。

 

 

加持はミサトと別れた後、偶然一人で居るシンジと出会った。

 

「たまにはどうだい?お茶でも」

「僕、男ですよ」

 

「俺もシンジ君と二人っきりで話しをしたかったんだが、君はいつもレイ君と二人だから声を掛けづらくてね」

「何故、僕なんかに?」

それには答えず加持は微笑んでいるだけだった。

 

「そうだ、一つ良いものを君に見せよう」

「いいもの・・・ですか」

 

2人は、加持の作っている畑に場所を移動した。

 

「スイカ・・・ですか?」

 

「ああ、可愛いだろ?俺の趣味さ、みんなには内緒だけどな。何かを作る、何かを育てるのは良いぞ、色んな事が見えるし判ってくる。楽しい事とかな」

 

「でしょうね、でもまだ僕はその時期じゃない」

「ほぅ、それはどういう事だい?」

 

「明日をも知れない身としては、今現在やっておかなければ後悔しそうな事の方が多いと言う事ですよ」

「どう言う意味だい?」

 

「例えば物を育てると言う事。僕はいつ長期入院になるかもしれない、明日には居ないかもしれない。それでは育てられる方が迷惑だし、僕が育てていた事に後悔してしまう」

「成る程、いや、悪い事を言ってしまったようだな」

加持は、この少年は戦場に身を置いている事をちゃんと認識していると思った。

 

加持にとってシンジは全くのノーマークだった。

オーバーザレインボーで会った時も、ちょっとひねたところはあったが、恋人を失って間もないための虚勢だろうと思っていた。

本部に来てからも、何か目立った動きや噂を聞いたわけではない。

尤も加持としては綾波レイの方に着目していたため気付かなかったと言う事なのだが。

 

「加持さん?」

「ん?なんだい?」

「加持さんは、今自分が命を掛けている物と、自分が居なくなると泣く自分の大事な人とどっちを取りますか?」

それを聞いた加持はシンジが、何かの時、綾波レイとどっちを選ぶべきかと言う時の事を聞いているのだと思った。

 

「そうだな、俺なら間違いなく大事な人だな」

「そうですか、では葛城さんに8年前に言えなかった事を是非言える事を期待してますよ」

 

「シ、シンジ君・・・き、君は何を知っているんだ?」

加持は狼狽した。

自分は若者の恋の相談を受けているつもりだったのだ。

それを、誰も知らないはずの自分の気持ちを指摘されて何故シンジがそんな事を知っているのかを考える前に焦った。

 

その時、加持の携帯の着信音が鳴った。

「か、葛城・・・」

タイミングよくミサトから電話があったため、更に焦ってしまった。

 

「そうか、解った伝えるよ」

「葛城から・・・、今からシンクロテストをやるそうだ」

 

「解りました、それじゃまた」

「ああ、またな」

シンジが去って行った後、加持はシンジの言葉を考えた。

 

(リッちゃんにでも聞いたのかな?でもそんな事話したかなぁ、酔って話したのかもしれんな・・・)

自分の知りたい真実が目の前にぶら下がっていたのに逃してしまった加持だった。

 

 

 

―コンフォート17―――――――――――――――――――――

 

「どうだった?」

「・・・参号機はダミープラグで起動、表向きには私が乗る事にしたわ」

 

「ダミープラグ完成していたんだ?」

「・・・いいえ」

 

「そうか、そう言う事か」

「・・・えぇ」

 

「ごめんね僕の我儘で・・・」

「・・・問題ないわ」

 

シンジは後ろからレイを抱きしめた。

レイはシンジの手に自分の手を重ねシンジに身を委ねた。